執筆者K・M

2017年9月17日 (日)

行きがけの駄賃 根府川を行くEF5861

UさんのコメントでEF58170のきらめく紀州路が行きがけの駄賃であることが分かったが、そのレスポンスでブログにアップしようと考えていたのが1980年3月10日に竪堀で撮ったEF5861だった。ところが正に以心伝心、早速Uさんがその日の竪堀での作品を出していただけた。

なぜ行きがけの駄賃が竪堀のEF5861かといえば、この日から私は四国のDF50と山陽本線のEF58を撮りに遠征に行く予定であり、計画より早めに東京を出ればEF5861を2回撮ってからでも十分当初の予定を変えずに高松入りすることが出来たという次第。

1980年3月10日、私はHさんと早朝の品川駅から321Mに乗り、途中横浜駅からUさんがジョインされて3人で東海道本線を下った。根府川で降り、続行してくるEF58128牽引の8101レを撮りに反対側のみかん畑に急いで撮影。その後は駅近くの橋の袂の定位置でEF58125の104レ20系銀河、EF58101の荷32レ・・ただしこれは下り電車とカブリ・・・、を撮り、再びみかん畑に行き本命のEF5861の8345レを撮影。

その後、普通電車で富士駅に移動し、駅の立ち食いそばで天ぷらそば(230円)で朝食。3人で竪堀に向かい、Uさんご紹介の旧国や8346レのEF5861を富士山バックで撮影。13:02竪堀発の電車で富士駅に戻っている。

ここで私は下り電車で大阪方面へ、UさんHさんは上り電車で帰京された。

竪堀で私が撮った旧型国電の写真とUさんのを比べると、私が少し右側の位置に三脚を立てていたことがわかる。

(写真・文:K.M)

1980年3月10日撮影。

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2017年9月14日 (木)

「きらめく紀州路」 回送列車

DF50のサヨナラ列車つながりでUさんが「きらめく紀州路」の写真を出された。個人的には正直驚いた! 白Hゴム170号機の列車をUさんが遠征されて撮っていたことに。。。。

推測だが、多分充当機は66号機か43号機と踏んで行かれたのではないだろうか。この2年ほど前にオールA寝台6両の団臨が東海道本線経由で紀勢本線に入ったときは確か66号機が充てられ、私は97号機牽引の根府川が限度で紀勢本線までは行けなかったが某Iさんは遠征されたかと(ですよね!)。イベント列車であれば当然人気の(大窓)カマが入るであろう・・というのはある意味自然な流れなので。。。。

Uさん記載のとおり、きらめく紀州路の回送はEF5861の牽引であったが、私は1980年3月27日の夜に東京駅に到着した回8106で撮影をしていた。併車として旧型客車1両が付いての到着であった。

ちなみにこの日、3月27日の手帳には以下の牽引機記録が書いてあった。

6102レ(臨時銀河)EF58143、104レ(上り銀河)EF5855、回9961(客車疎開)EF5868、荷33レEF5882、荷2033レEF58167、103レ(下り銀河)EF58101。

(いずれも東京基準)

(写真・文:K.M)

1980年3月27日 回8106列車 東京駅

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2017年9月11日 (月)

紀勢本線DF50サヨナラ列車撮影紀行③

Uさんの記事に触発されて、当時の記録を並べただけのものをアップしたが、今度はコメントでakaさんからのコンタクト!もちろん私もわかりますよakaさん!! ゴハチを追いかけていたころは、東西相互での情報交換や、遠征時の車への同乗など、よくご一緒しました。

さて、DF50サヨナラ関係ではネタも尽きたかと思いつつ、35ミリフィルムのスキャン画像を出してみたら、当時の雰囲気がわかるカットも少し出てきたのでご紹介。まああの日は本当に雨に悩まされたことが良くわかる一コマでもある。

(写真・文:K.M)

1980年3月1日紀勢本線122列車

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2017年9月 9日 (土)

紀勢本線DF50サヨナラ列車撮影紀行

ペンタ67を購入して1ヶ月、UさんがアップされたDF50重連のサヨナラ列車を撮りに行ったことは鮮明に覚えているし、また当時の記録も細かに残している。どうやって行ったか、何があったか、、、などこのブログの中の内輪の想い出話として再度ご容赦いただきたい。

まず1980年2月29日(この年はうるう年)、東京駅から新幹線ひかり171号でUさん、Hさん、私の3人で名古屋入りしている。名古屋からは905Dで紀勢本線に入ったが、名古屋での乗り換え時間が相当あったので3人で喫茶店で時間を潰したとの記録。この時の名古屋駅ではEF641を「見た」らしい。。。

名古屋を定時で出た905Dには実は某I氏も乗っていたが、なぜ名古屋で会わなかったかというと某I氏はグリーン車に乗っていたという次第。日付も3月1日に変わり、新宮に早朝に到着し、Uさんコメントの「めはり寿司」で朝食を済ますが雨が強くなってきてくる。そんな中Tさんは新宮まで自家用車で到着されジョイン。

サヨナラ運転は定期の122列車で行われたが、朝の8時半頃から新宮構内でDF50にヘッドマークと旗が付いてのミニ撮影会も許された。

雨がひどいので122列車に乗車することとして一番前の客車に座席をキープ(但し機関車寄り2両はマニ36)。122列車は新宮駅を「蛍の光」が流れる中で定時発車。Uさんコメントのとおり、途中の熊野市・新鹿で停車中を撮影し、その後4Dに乗り換えて先行し多気へ。

多気駅近くの食堂で食事をゆっくりしてから鉄橋へ行くが、光があたる側には足回りが隠れ、完全逆光側は足回りがスッキリ・・という究極の選択。結局Uさんは光、私は足回りをとって撮影は終了。多気から906Dで亀山へ行き、亀山18時発の急行で名古屋へ。名古屋から19:07発の新幹線ひかりに乗り、食堂車で打ち上げの食事をして21:08に東京駅に着いた。

・・・・と手帳の記録に基づき「撮影紀行」を記す。

ちなみに支払った経費も記録されているので余興で開示。

周遊券1万円、特急券2900円、ピラフ・ソーダ(名古屋の茶店)680円、缶コーヒー100円、きしめん260円、コーラ80円、めはりすし・コーヒー570円、乗車券200円、ファンタレモン70円、特急券1200円、肉丼450円、カレー・コーヒー600円、新幹線特急券2900円、ビーフコロッケ定食(食堂車)900円  ・・・・・締めて20910円なり・・・

しかしあれから37年以上経っている今、このブログのUさん、Hさん、某Iさん、Tさんと今も強くつながっていることに本当に感謝!!

(写真・文:K.M)

1980年3月1日 紀勢本線 DF50サヨナラ

左の特急、右のEF58が画面に入るように撮影した。

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2017年9月 8日 (金)

ペンタックス67を買ったころ

Uさんが懐かしい写真をアップしていただいたので、それにお応えする形で書かせていただくが、ほとんど私的コレポンの域を出ないことはご容赦。

まず、ペンタックス67を購入したのは1980年2月9日(土)の昼前、新宿東口のSカメラ店でした。二人で67ボディー2台、105ミリレンズ2本、200ミリレンズ2本をまとめて買うので安くしろと交渉し、その場で現金で購入した次第。そしてそのまま浜川崎に向かい、最初のシャッターは荷35レを牽引するEF58157。そしてEF58118の荷36レを撮ったあとはこの日のメインである5191レのED16重連。素晴らしい順光の中、ED162+ED165を200ミリレンズで撮影することが出来た。

そして私はその夜に夜行列車で上越線へ向かい、厳寒の中で水上や石打でのEF16やEF58のバルブ撮影、昼は181系のときやEF16貨物を追いかけるという、大学生の体力にものを言わせたような日程でペンタ67のフル稼働が始まった。

ちなみにこのペンタ67は2007年まで現役で使っていて、引退の最終カットは飯田線の工臨を牽くEF58157を選んだ。

27年間使ったカメラの最初と最後のカットを同じ機関車に出来たことはある意味奇跡的。しかも、まだこのカメラも機関車も現存しているので、もう一度「最後のカット」を撮ることも物理的には可能な状態にある。

(写真・文:K.M)

1980年2月9日 荷35レ EF58157 浜川崎

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2017年9月 3日 (日)

成田空港に来ていたジャンボ(3)/e

成田空港に撮影に通うようになって約30年弱、その間に空港内部、いわゆる制限区域で撮影したことが4回ほどある。いずれも全く別ルートで、当然毎回しっかり許可をとってのこと。単なる趣味で撮っている素人が普段は外から見ているところに立ってカメラを構えられるのはとても新鮮で貴重な機会。

滑走路の横では迫力ある離陸・着陸が目の前で展開され、駐機場では綺麗なランプショットもゆっくり撮れる。ジャンボジェット全盛時代にはメイン機体の背景にも多くのB747が映っていて、今更ながらその勢力には驚く次第。

・・・・・・と3回も連続でジャンボの話題で食傷気味と思うのでこの辺で。。。

(写真・文:K.M)

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2017年8月29日 (火)

成田空港に来ていたジャンボ(2)

今日までに撮影したB747ジャンボジェットはシリアルナンバー基準で1374機を数える。全製造機数の90%に相当し、未撮影の機体で現存しているのが約110機。年間40日ほど成田に通っても、このところ潰せるのは年間で精々4~5機。直近では8月12日にエアブリッジカーゴのB748F(VP-BBP)が撮れて、夏休み唯一の成果といったところか。

先述のように、今はジャンボが成田から無くなっていく、、、と言っているが、その昔はDC8が、B707が、L1011トライスターが、、、といつの時代も盛者必衰の理。そのうち「あれだけ来ていたB777やA330も最近少なくなってきたねぇ」なんて話す日も来るんでしょうね。

(写真・文:K.M)

いすれも1990年代の成田空港にて

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2017年8月28日 (月)

成田空港に来ていたジャンボ(1)

高校・大学の頃に鉄道写真を撮りに行けば当たり前のようにEF15やEF58、ED75が来た。同じように成田空港でも様々なB747ジャンボが来ていた。JALやANA、ノースウエストやユナイテッドは、それこそ飽きるほど次々と来ては飛んでいくので、フィルムの節約に苦労したものである。

デジタル化したポジのフォルダーを開ければ、こんなショットが次から次へと出てくる。もちろんこの時期、まだL1011トライスターやDC8、B707なども飛来していた時期だから、だれもB747のSPや初期型が来ても騒がないし、本当に日常の光景だった。以下、説明するまでもないので適当に並べてのご紹介。

(写真・文:K.M)

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2017年8月27日 (日)

成田空港のジャンボジェット(B747)事情

これまで1500機以上が製造され、世界の空を席巻したB747。旅客も貨物もVIPも特殊用途もこなす特徴あるフォルムとその大きさからくる存在感は大変魅力的である。

1990年代、成田空港は世界でも有数のジャンボジェット天国で大げさに言えば飛来する半数がB747という感じ(実際それに近いと思う)だった。

その後、4発の大型機という効率性の悪さがB777を始めとする双発機に代替されていき、○○航空のジャンボが日本線から撤退、最終フライト・・・などとなると多くのファンが集まる事態になってきている。これまで散々撮影している私は、そのような人混みで敢えて撮るインセンティブも無いので、そのような日には空港に近寄らないようにしているが。。。

先週の金曜日、平日の休暇にふらっと行った成田空港、まあ並べれば貨物機を中心にポツポツとジャンボも来る感じではある。ただPAXはデルタもダイナも今秋までらしいので、最後まで残るのはNCAとキャセイ、ポーラ(アトラス)あたりになるのだろうか。

(写真・文:K.M)

2017年8月25日 成田空港にて

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2017年8月26日 (土)

地元での日常の風景 DD51貨物列車

団臨・お召し・EF5861・・・など特別な存在を追いかける撮影は狩猟的で大変楽しいものであった。情報を集め、入念な計画を練り、仲間とワイワイ出向き、一発必中でシャッターを押すあの緊張感は、30年経った今でも思い出すくらい。

一方、これまでのネガ・ポジをデジタル化していく作業の中で、ほとんど撮った記憶のないカットが多く出てくる、というより太宗の写真がそんな存在であることにあらためて気づいた。そして、そんな何気ない写真や、対象とした列車以外の背景やたまたま写っていたものなどに妙な懐かしさを覚えるものである。

線路端から望遠レンズで順光バリバリの中を行くEF5861牽引の列車の写真はもちろん何にも代えがたい貴重なのだが、全く別の意味で日常の情景も捨てがたいものがある。

これは1990年代前半に亀戸に住んでいたときのもの。寝坊した土曜日などにカメラ1台肩にかけてふらっと行ってはコトコトやってくるDD51の貨物列車などを撮っていた。この頃、この貨物線と総武線の間にある空き地には、雑草を処理するために数頭のヤギが放されていたと記憶している。

(写真・文:K.M)

1991年 亀戸付近にて

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