執筆者K・M

2018年1月12日 (金)

成田 初詣

今年の初撮りは例年通り成田空港でのんびりと。1月4日の日の出前からB滑走路に降りていく機体にシャッターを切った。

鉄道写真同様、撮影目的は「記録」であり、風景や情景などの芸術的要素には全く興味がないので、順光で機体全体がはっきり写りレジが読めればそれで良し。誰でも撮れる量産写真と言われようが没個性と言われようがお構いなし。所詮の趣味の世界なので自分だけが満足していればそれでOK。よくSNSなどで他の人の作品をなんだかんだコメントしているのを見ると逆に(コメントしている人のほうを)可哀そうだと感じてしまう。

その昔は単焦点レンズをマニュアルフォーカスで必死にピントを合わせ、ISO64のコダクロームフィルムで露出とシャッタースピードの組み合わせに苦労しながら36枚を1枚づつ丁寧に撮っていたことから比べれば、デジタルカメラの革新的な技術で、だれでも簡単に一定の写真が撮れてしまう今の時代、そんな意味からすればすべてが没個性的でもあると感じる。

そんな中、日の出前に現地入りしたら、満月チックな月とB787のコラボが撮れてしまった。自分的には全く惹かれることのないカットであるが、エンジンの排気が月光を揺らめかせているところがちょっと面白い、ただそれだけである。。。

(写真・文:K.M)

2018年1月4日 成田空港にて

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2018年1月10日 (水)

EF6477お召列車

比較的穏やかな年末年始が過ぎ、気づけばこの10日間で出勤は1日(1月5日)のみ。その間、撮影は成田空港に4日間行ったがまだ線路端には立っていない。

正月に日章旗を見ると本能的にお召列車を連想してしまう。国鉄時代の末期、1986年10月に「国鉄最後のお召列車」が運転された。山梨県での国体に伴う運転で、往路は10月11日(土)に原宿から甲府までだったが悪天候で雨の中の撮影になった。

復路は10月14日、ちょうど鉄道記念日に大月から原宿までの運転で、大崎を12:15に出た回9505列車で大月まで送り込まれて、14:58に大月を出て原宿着が16:27のダイヤ。10月とはいえ陽の落ちるのも早くなってきていたので山の影が心配であったが、ぎりぎり機関車側面には光線が当たって、なんとか中央線らしいカットを記録することが出来た。

***

U様 コメントありがとうございます。EF5861の窓から漏れる橙色の暖かい光には癒されます。。。

(写真・文:K.M)

1986年10月14日 EF6477+1号編成

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2017年12月31日 (日)

EF5861の暖かい光

EF5861の撮影において最も重点を置いていたのは当然その大窓をどう活かすかであったが、数百回撮影している中ではちょっと変わった撮り方で遊んでみることも何回かあった。横からの流し撮りや丘の上からの俯瞰などは結構な頻度だし、夜の駅の停車中を編成でバルブすることは日常のことであった。

そんな中、こんなカットが出てきた。場所は高崎第二機関区(もうこの時は運転所になっていたかな)で、黄昏の中で出区前の準備中の姿。窓から漏れる白熱灯の暖かい光線が、蛍の光ではないが、なにかホッとする印象を醸し出している。

今年もあとわずか、2018年も何らかの形で線路端にはたまには立ちたいと思っている。

(写真・文:K.M)

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2017年12月22日 (金)

EF81のトップナンバー

もともと鉄道写真を撮り始めたときは蒸気機関車と旧型直流電気機関車がメインで、そのほかは来れば撮る程度の被写体であった。ただそんな贅沢も永くは続かず、蒸機は国鉄本線から消え、茶色い機関車達も青や赤の機関車に追いやられていく状態が加速化していった。そしてその後は遂にその青や赤の「国鉄型機関車」もJRの新型に職場を奪われていくことになっている。

新潟に赴任しているときに国鉄からJRに移行し、EF62なども風前の灯状態になったが、ふと気づくとあまり興味のなかった「赤い機関車」にも初期型は運命の日が迫ってきていた。EF81も500番台の投入が始まりトップナンバー始め一桁に若番はなかなかお目にかかれない状態になったのが1989年頃。

EF811については運用表を追って暇な週末などにコツコツその姿を記録に留めておいたが、そうしておいて良かったと今は思っている。

(写真・文:K.M)

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2017年12月20日 (水)

地縁のある広島

生まれてから24回の引っ越しをしており、色々な地域に住んできた。親も自分もいわゆる転勤族であったのでほぼ2~3年おきに異動し、また同一地域内の社宅移動などもあってこの回数に至っている。今住んでいる家がようやく12年目になってこれまでで最長記録になった。

そんな中、住んだことはないが鉄道撮影を始めてから頻繁に通い、その後も色々な縁が続いているのが広島県。初めて行ったのが1977年にEF59を撮りたくて真夏の瀬野や八本松、西条に同級生と遠征したとき。その後はEF59が無くなってもセノハチ越えのEF58を撮りに行き、荷37列車が広島運転所のEF58重連になった期間は山口線のC57と絡めながら頻繁に通った。

そして今はあるプロジェクトで広島には結構行く機会があり、1度だけ飛行機を使った以外はすべて新幹線での出張としている。もし今ブルトレが走っていたら間違いなく「あさかぜ」あたりを使っていたかもしれないが。。。

先日、懐かしの瀬野駅を通る機会があったが、元機関区があった場所は面影のかけらも全くないほど再開発されてしまっていた。瀬野の駅で貨物列車の後部に付けられる2機のEF59や機関区の中で撮れた多くのEF59が懐かしい。1コマのカットで5~6機のEF59が映っているほど当時の瀬野機関区は活気があった。

(写真・文:K.M)

1977年 山陽本線 瀬野 他にて

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2017年12月18日 (月)

EF5861御召列車撮影付随作例

UさんがニコンFチタンで撮影された1980年10月の御召列車関連の作品を拝見し、私のストックを調べてみれば見事に一緒に撮影していたことが思い出された。

10月11日と12日が御召運転の本番であったが、検査上がりの単機試運転は10月6日の単6933で実施され、私も同じ品川駅で撮影。カメラはペンタックスKXにトライXを入れて。

11日の御召運転後に宇都宮に行けば、翌日の運転に備えて宇都宮運転所の倉の中で整備中のEF5861の姿を至近で見られた。

この日の昭和天皇の車列も同じ場所で、私は御料車中心にペンタ67で2枚を撮っていた。後方からの後追いでも当時の宇都宮市内の街並みが懐かしく映っている。

(写真・文:K.M)

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2017年11月19日 (日)

EF58の形態分類 特殊機EF5824

172両製造されたEF58、EF18も含めると総勢は175両になり様々な形態のバリエーションが発生していた。

誰でも知っている流線型への車体載せ替えや、大窓・小窓、原型窓・Hゴム化、パンタグラフ交換、窓上の庇やヘッドライトのシールドビーム化など枚挙にいとまがないほど。おそらく全く同じ形態のEF58は存在しなかったとは思うが、正直「では160番台の機関車を2両並べたら区別できるか」と問われるとかなりの難問ではある。

相当細かい分類も、まるで学術書のようにまとめられて雑誌などに発表されているが、ここでご紹介の24号機、あまり目立たない原型小窓の機関車で晩年は阪和線・紀勢本線で走っていた。ただ、よく見ると原型小窓といっても左右で微妙に形状が異なっていることがわかる。

向かって右側の窓は丸みを帯びたアールが付いている反面、左側は角にエッジが出ている。車体載せ替え組みなので、その製造過程で何かあったのか、載せ替え後の改造や事故復旧か何かの追加工事で差が出たのか、私にはわからないが、ほかの原型小窓機では見たことのない形態である。

(写真・文:K.M)

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2017年11月12日 (日)

手軽な撮影地 平塚

Uさんご紹介の保土ヶ谷のカーブ、私もEF5853の銀河やEF5860のいなば紀伊を撮った記憶がある。

そして先般のDD51重連の上越線の撮影地、ここを見つけた十数年前当初は誰も来なかったが、その後、徐々に知れてきて複数の方が三脚を立てていたこともあった。もっとも相当な望遠レンズで一定のスキルが無いとまともなカットは撮れないので場所を見に来てすぐに帰って行く人がほとんどの状態ではあったが。

先般、DD200の試運転が東海道貨物線で行われ、偶々外出の日時が合ったので撮影出来ることになった。とはいえ最近の撮影地も全く判らず、東海道線に乗って沿線を下っていって遂に平塚まで来てしまった。何人かの先客が居たので多分撮れるのだろうと後方から人の隙間に望遠レンズを手持ちで構えた。

撮っているときは気づかなかったが、帰宅後にプリントを見て、なんか覚えのあるような雰囲気を感じ調べると、過去に何度か同じところで撮影していることがわかった。

1980年にここで撮ったのはEF5860の荷物列車やEH10の貨物列車。あれから37年、線路配置やバックのマンションに少し面影が残っている。

(写真・文:K.M)

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1980年3月25日 荷35レ

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2017年11月 7日 (火)

トランプ米大統領ご一行 VC25@横田

11月5日から7日まで来日していたアメリカのトランプ大統領、各種報道では「エアフォースワン(AF1)」で来日と大きく採り上げられ、横田到着時は空中撮影の映像も流れていたほど。一般的にはこのB747、米空軍ではVC25と呼ばれるジャンボジェットをAF1と称するが、実は大統領が乗っている航空機がAF1であり、AF1という機体自体は存在しない。鉄道的に言えば、天皇陛下が乗っている列車が「お召し列車」であり、なにも1号編成だけをお召し列車と呼ばないのと同じ。

そんなVC25が2機、しかも到着・出発とも昼間の時間帯となれば貴重なB747クラシックを撮らない手は無い。天気の悪い日が続いた10月とは打って変わって、このところは好天続き。

横田のRW36から韓国に向けて離陸するご一行のVC25は、富士山を背景にクライムしていった。今回の撮影地では、色々な旧友に久しぶりにお会いでき、同窓会さながらの楽しい撮影であった。

(写真・文:K.M)

2017年11月7日 横田基地にて

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2017年10月22日 (日)

EF58 大窓機点景

当ブログはEF5861という特定機関車を軸に青春を共にした仲間が参加しているが、Uさんのようにロクイチというより「大窓」にこそ真の魅力を感じている方々も多い。先般アップしたDD54も、初期型は窓が大きく、それ以降は小窓でHゴム化されているが、40両しか製造されなかったため機関車自体にレア感があり、細かな形態までは興味を惹かないというのが本音。一方でEF58やEF15、蒸機ではD51や9600など製造数が多いものは形態分類も興味深いものがある(もちろんその機関車形式自体に魅力があることが前提だが)。

EF58の大窓機が牽く列車を撮るときは線路端で望遠レンズを使ってというのが定石で「ワンパ写真」とか言ってはいたが、やはり一番窓の美しさが表現できる撮影方法であることは間違いない。

しかし少し違った撮り方もしているので懐かしい点景を紹介。和歌山で運転席に入れてもらっての撮影は22号機で、ワイパーがKW3Dの側、31号機は下関運転所での形式写真(っぽいもの)で、順光になる時間帯を待ってパンタを上げてもらい前に3mほど動かしての撮影。53号機は東京駅で銀河を牽く最後の全検出場直後の運用を新幹線ホームからバルブしたもの。

いずれも1カットごとに想い出が残るものとなっている。

(写真・文:K.M)

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