鉄道

2018年3月14日 (水)

最後の記事

かねてから予告していたようにこのブログの記事もおそらくこれで容量がいっぱいになってしまい更新ができなくなると思われる。そこで「続、ロクイチ(EF5861)に集った仲間たち」を開設しましたので、今後はどうかそちらをご覧くださいますようお願いする次第です。
内容についてはほぼこれまで通り、カテゴリーに「ブルートレイン」や「EF58」などを設けて過去の記事を検索しやすいようにしてあります。今後ともどうかよろしくお願いします。

なお、すでに新設したブログには数本、記事をアップしてあります。

http://ef586169.cocolog-nifty.com/blog/

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当ブログ最後の画像は1980年9月に宮原機関区で撮影した最も好きなEF58、69号機の写真を。

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2018年3月12日 (月)

D51498

3月25日に「四季島」のツアー客が釜石線の「SL銀河」に乗車するとかで本日と来週、盛岡~花巻~遠野で試運転が行われる。往路はC58先頭で復路はDE10×2という編成。今年は雪が多かったから沿線にはまだ雪がありそうで、H氏は出撃したらしいからいずれこのブログにその成果を見せていただけると期待しているが、特に2両のDE10が前に立つ姿は関心をそそる。

そんなことを思いながら古い写真をスキャンしていたら、1996年4月14日の水上への家族旅行の際に撮影した雪晴れのD51498の写真を思い出して再度デジタル化した。過去に一度、アップしたことのある写真だが、邪魔なヘッドマークもなく12系客車を牽く、現役時代にも見られた編成でもあり別の写真を添えてもう一度掲載させていただく。

子どもが1歳と半年になったときの旅行。水上の奥にある谷川温泉でテニスでもやろうと思っていたらスキーができるほどの雪に見舞われた。もちろんスキー場はすでに営業を終えていたが、そうなるとほかにやることもなく、仕方なく「道の駅」や温泉街で時間をつぶした後、せっかくSLが走るのだからと持参していたカメラと200ズームで水上を発車する場面を撮りに行った。ホームに入ってD51に近づくと音にビックリして子どもが怖がったことも思い出すが、積雪の好天にもかかわらずファンがほとんどいなかったのは、まさかこの時期に雪が降るなどと考えていなかったからだろう。

そのD51もそろそろファンの目を引きつける趣向を考えて欲しいものだが、2011年にやったような集煙装置と変形デフレクタ姿などいかがだろうか。

(写真、文:U)

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復活前。後閑駅構内に保存されていたD51498。

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2018年3月10日 (土)

大井町

通勤経路を変更した。これまでは田園都市線、半蔵門線を利用していたが、こうも毎日遅延するのでは精神衛生上もよろしくないと感じ、田園都市線と大井町線を使って都心に出るルートとした。時間的には約10分程度所要時間が長くなるが、今までの経路だって毎日のように遅れるのだからほぼトントン。せこいことを付け加えれば定期券も6カ月で約¥14000ほど安くなった。それに先日、会社の若い奴と大井町で飲んだら、なかなか良さそうな飲み屋も多く、その日は3軒しかはしごしなかったものの、これからこの街を新規開拓するのも楽しそうだ。できれば駅前の「モデルス・イモン」に16番の蒸気機関車用パーツが置かれていれば言うことはないが、ロストワックスのSL部品は「モデルス・イモン」の原宿、池袋、横浜店だけの扱いとなっているのが惜しまれる。それでも書籍や工具などはしっかり揃うから、これから大井町を通るのが楽しくなりそうだ。

その大井町、昔から撮影には手軽だった。駅のホームや電車区脇の職員用通路も今のようにうるさいことは言われなかったし、大森方の踏切や歩道橋も高校生の頃にはずいぶん重宝した場所。古い写真を見ると大井町で撮ったブルートレインや団体列車、荷物列車などかなりの数になる。
先日、少し時間があったから出勤の時にホームの大森方先端に行ってみると、今も昔と大きく変わっていない。長いレンズも使えそうだから一度、185系などを撮っておいても良さそうだ。

今日は当時の写真を少しだけアップする。

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ところでSNSなどに載っているように明日11日、高崎~熊谷~横川~高崎で旧型客車5両をEF6437とEF6019でプッシュプルするらしい。そんなに早い時間帯でもないし、出かけても良いと思う反面、今年は花粉症の当たり年。今も涙目でPCの前にいることを考えれば躊躇してしまう。花粉症が恨めしい。

(写真、文:U)

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2018年3月 8日 (木)

キハ183在庫一掃

久しぶりに天賞堂の「銀箱」を買った。中身は真鍮製C58の郡山式集煙装置付きバージョン。かつて宮古機関区に配属され山田線で使われたタイプだ。自分としては同様のタイプをかつて珊瑚のキットを元に金岡工房で作っていただいて、素晴らしい出来栄えに満足しているが、C58ファンとしては天賞堂のC58のモデルは販売される度に買ってきたから今回も予約を入れておいた。

SLブームが本格化する以前に無煙化された線区の、しかも人気の低いC58。さらにその中でもかなり特殊なスタイルをした郡山式集煙装置付きを商品化(と言っても数は多くはなさそう)するとは、ある意味「暴挙」とも言えるほどのことではないかとタマげた。鷹取式や多度津式など、箱形をした集煙装置を付けたC58は関西でも多く見られたから、それなりに知名度はあるものの、この山田線仕様はここだけのスタイル。製品化を聞いたときの驚きは、こんな値段(消費税込み¥456000)でファンの少ないC58が売れるのだろうかということもふくめてかなりのものだった。

高価であるのは間違いない。1988年に出た最初の金属製C58が¥85000だったことを思えば実に5倍の価格だ。韓国の人件費も上がったし、もちろんディテールなどもかなり豊かにはなっていて特製品もかくやとおもわんばかり。毎日眺める度に「発見」があるといっても過言ではない。だから一方で、従台車の灰箱開閉テコなどは走行を考慮して相変わらず省略されているのは量産品としての限界だろうし、ボイラの太さも前回の金属製品から細くなっていて、同じ天賞堂のプラスティック製と並べると細すぎるのが明らかであることも目についてしまう。

金属製の鉄道模型の将来を考えたとき、もう16番の蒸機モデルは天賞堂しか作れまい。キットを組み立てるなど神業のごとき技術もない自分としては、物足りない点よりも素晴らしいところをめでつつ、末永く大切にしていこうと思う。

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鉄道撮影に復帰後の2008年以降に撮ったキハ183系の写真もこれでお終い。在庫一掃というところ。

思えば2013年から北海道にはずいぶん通ったが、スラントノーズの183系に遭遇した頻度は決して高くなかった。夜行寝台列車が目的で行っておきながら、「あれもこれも」という撮り方は自分の性分に合わないし、そんなに間口を広げても決して満足な絵は撮れまい。撮れる範囲で押さえられた写真で個人的にはじゅうぶん満足している。

今回のタテの写真は千歳空港から飛行機に乗るまでに少々、時間的猶予があったので寄り道したときの写真。2015年夏の撮影、時間が余ったが、ほかにやることもなく、さりとて羽田から車を運転して帰宅するから酒も飲めない。「じゃあ」というわけで撮影に臨んだ。スラントノーズ車が札幌で折り返して来ることは下の写真を虎杖浜で撮ったから知っていた。虎杖浜の松田水産でタラコなどの海産物を買った後、札幌行きを見に行ったら予想よりも長い6両編成。「ならば」と言うわけで沼ノ端に向かった。

基本的には架線のある区間で気動車を狙いたくはなかったが、パンタグラフが付いていてもあまり違和感を持たないスタイルのスラント車だから良しとしたい。

(写真、文:U)

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追記

おそらくこのブログもあと、1~3本の記事で更新できなくなると思われます。最後に寄稿される方は記事あるいは写真が途中で 掲載できなくなる可能性がありますのでご注意ください。

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2018年3月 6日 (火)

北舟岡のスラントノーズ

前の記事でもお知らせしたとおり、まもなくこのブログの容量がいっぱいになる。2009年からスタートして足かけ9年、アクセスも150万に迫ろうとするほどの勢いは考えてもみなかった。ただ、自分はともかく仲間の皆さんはまだまだ素晴らしい画像をお持ちだから、是非とも拝見したい。そんな思いもあって、続編を設定させていただくことにした。このブログの反省から続編は「ブルートレイン」や「EF58」などというように車両や列車別のカテゴリーも設ける予定にしている。

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さて、またもや183系気動車の写真。夜行列車撮影の余録だからいずれにしてもロクな写真はないが、この北舟岡は光の関係でいくらかマシに感じたもの。と言ってもこんなに短い編成でマークも「北斗」ではなく「臨時」だから、全盛期の姿には遠く及ばないのは承知の上でアップするが、4両程度で使われている現況を思えば贅沢は言えまい。ましてこのときは日没迫る時間帯にまさかスラントノーズが現れるとは思ってもいなかったのだから。

このときは妻と洞爺湖温泉に旅行に行き夕方、妻が温泉に入るのを見計らって北舟岡に出かけた。洞爺湖から北舟岡までは車で20分ほど。19時からの夕食にも悠々間に合うわけで後ろめたさもあまり感じることはなかった。
渡道していたH氏の横に入れていただいたが、もしも立ち位置が確保できなかったらある秘策を考えていた。しかしながら多くのファンは黄金に回ったようで案外のんびりした雰囲気で撮影に臨めたのは良い意味で誤算。また、黄金で撮っていたら上下線が少しセパレートしているから下りの後追いは困難で、北舟岡だからこそ抑えらたというわけだ。

(写真、文:U)

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2018年3月 4日 (日)

西宮北口のダイヤモンドクロス

就職して1年間は東京に勤務していたが翌1983年の5月大阪支社勤務となった。初めて実家から離れて親の干渉からも逃れられるとの解放感を強く感じたが、そんな雰囲気に浸ろうと思ったのは大間違い。とにかく忙しい日々で、今度は仕事から解放されたいと願うほどだった。当時は携帯電話もなかったしポケベルも普及していない、やっと自宅の電話が留守番電話になったような時代だが、いったん出社すると帰宅はほぼ深夜か未明。まして新人の身だから文句なんぞ言ってはいられない。こき使われたことを思い出す。

大阪で部屋を借りたのは阪急神戸線の西宮北口。先輩に、住むなら阪急沿線の西宮から御影あたりが静かで良いと聞いたこともあるが、鉄道撮影に行ってこのあたりの良さは自分でもよく分かっていたから、夙川だ岡本あたりを中心に家探しをした。結果、家賃と広さなどのかねあいから西宮北口から北西へ徒歩15分ほどのところにあるマンションを借りることになった。国道171号のすぐ近くで、窓から六甲山系が眺められ非常に環境の良いところ。結婚が決まっていた妻も大阪に転勤させてもらうことが叶い、大阪・堂島の会社まで40分ほどで通えたのは便利だった。

通勤に使う西宮北口駅はすぐ南にプロ野球・阪急ブレーブスの本拠地である西宮球場があったことは有名だが、鉄道ファンには阪急神戸線と今津線が交差するダイヤモンドクロスがある駅として知られていた。もちろん私鉄に疎い自分も存在は知っていて毎朝(夜はほぼ毎日、車で帰宅)それを眺めて出社するのだが、写真を撮ることは一度もなかった。今津線の古い車両を撮っておかなければいけないとの思いはあったものの、ついぞ地元の電車にカメラを向けることもなく、大阪での任期4年は終わろうとしていた。
そんな折、写真を撮る決定的なきっかけとなったのが神戸線・西宮北口駅の駅舎改造工事のニュース。転勤直後から構内には建設資材が置かれ、何らかの工事が始まるのだろうかと予想はしていたが、これによって名物でもあるダイヤモンドクロスがなくなってしまうと知った。

で、慌てて撮影したのが以下の写真。地上からでももちろん構内の配線は分かるものの、上空からの方が一目瞭然なのは確実。図面のようで面白味に欠ける写真だが、配線だけは分かってもらえるだろう。

Photo_5上が宝塚方向。右が梅田方。

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高架化される西宮北口の駅本屋が姿を現し始めていたころ。右が宝塚方向。手前の曲線は今津線から神戸線への短絡線。

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左が梅田方。手前の曲線を通って今津線からの列車が神戸線へ乗り入れていた。

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上が宝塚方向。

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お知らせ

このブログもそろそろ容量がいっぱい。引っ越しせざるを得ない段階となりました。そこで新たに「続・ロクイチ(EF5861)に集った仲間たち」を開設します。詳細が決まりましたら、あらためてお知らせしますが引き続き、よろしくお願いします。

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2018年3月 1日 (木)

特急用気動車2態

自分にとって特急用気動車は昔から気になる存在。キハ81、82、181系など、首都圏ではあまりお目にかかれない存在だったこともあって、地方に出かけると割と真面目にカメラを向けたものだ。

その中でもキハ82は特別で、蒸気機関車現役時代に北海道で撮った「おおとり」や「北海」、あるいは比較的最後まで残った紀勢線の「くろしお」はカット数が多い。キハ181系と見た目、それほど大きな変化はないものの、前面のスカートに付くエアホースがいかめしく、これに貫通扉の幌が加われば言うことはない。保有する模型のキハ82には全て黒いゴム製の幌を取り付けて悦に入っている。

超望遠レンズ購入後にキハ82を撮るチャンスはなかったが、今思うと正面を長いレンズでタテで撮っておきたかった。後年、そんな思いからキハ181系を狙ってはみたが、やはりキハ82の厳つさには及ばず、何度かトライしてはみたが満足な画像を残すことはかなわなかった。

写真の「くろしお」は1978年9月に新宮~三輪崎の海っぺりで撮ったもの。

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下は1984年7月に大沼付近で撮影したキハ183系「北斗」。まだ北海道にはキハ82系が残っていたはずだが、このときの家族旅行で遭遇するチャンスには恵まれなかった。
この旧塗装、自分としては好まざるもの。なんでこんな塗装にしたのか、初めて見たときに幻滅したが、前回の記事にも書いたようにこの後のブルー系を基調にした車体色は北海道の地によくマッチしたものだったと感じる。

(写真、文:U)

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2018年2月24日 (土)

「北斗」の俯瞰撮影

3月のダイヤ改正で消える183系の「北斗」。今回の画像は豊浦の展望塔からお手軽に撮った2015年8月のもの。

いくら北海道といえども夏の日中はやはり暑い。未明に宿を出て朝の下り「北斗星」撮影後、夕方の上り列車まで特急や貨物列車を撮るのにあちこち動き回るのも億劫。豊浦の温泉施設「しおさい」でひと風呂浴びるのが良いが、そうすると風呂上がりに酒を飲みたくなってしまう。だからアルコールを控えて夕方まで過ごすのに、この展望塔は非常に都合が良かった。1階で食べ物は調達できるし、展望フロアは風が通って涼しく快適。何より眼下にはほど良いカーブがあって、通過する列車を俯瞰するにも低すぎず高すぎず持ってこいなのだから、ものぐさな身としては根が生えてしまうのも当たり前。本を読みつつ、列車が接近すると三脚にセットしたカメラで撮れば良い。平日はほとんど人も来ず、貸し切り状態なのも静かで良かった。

何度か行っているうちに、ここで夜行列車を撮りたくなったのは自然の成り行き。以前アップした「北斗星」は展望塔営業開始前に管理人さんの高岡さんに頼んで上がらせていただいて撮ったカットだ。
雪で道が閉ざされてしまう冬季は閉鎖されてしまうが、自分の足を使って俯瞰撮影などすることなどない自分にとっては貴重なアングルだった。

(写真、文:U)

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2018年2月22日 (木)

消滅間近のキハ183系スラントノーズ

ネットを見ていたらディアスゴーニ社からブルートレインをはじめとした、今はなき列車を取り上げるDVDの広告がやたらと目に入った。かつてファントムの模型でしばらく定期購読していたが、設計図がずさんだから購読をやめた経緯のある会社が出した商品。それでも初回の「北斗星」は¥390だから文庫を買ったお釣りで買ってみた。

酒を飲んで帰宅した夜、家族が寝静まってから寝酒を飲みつつ見てみると、よく撮っていると感心する反面、北海道のシーンで静狩陸橋からの映像がないのが惜しかった。自分だけの欲求かもしれないが大いに残念。ここを通過する「北斗星」の姿は、動画なら遠く長万部方から小さく見えるからライトが眼下に迫るまでのシーンが収められるはずで(全部を収録すれば5分以上になるために省略した可能性もある)、やや画竜点睛を欠く思いだった。まあ¥390。そんなに堅いことを言っても仕方ないが、あの陸橋から見える「北斗星」をはじめとする夜行列車が接近する様子は多くの方々の記憶に刻まれているはず。そのシーンは名画「アラビアのロレンス」の中でピーター・オトゥール扮するロレンスが、手下を助けて砂漠の中を戻ってくる名シーンを彷彿させるもの。収められていれば最高だったと思う。

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1年近くご無沙汰している北海道では春のダイヤ改正で183系気動車に動きがあるとか。函館~札幌の「北斗」からの183系撤退とスラントノーズ車の引退。

北海道には夜行寝台列車を撮りに何度か通ったから、合間に来る183系もそれなりの写真があるかと言うと全くそんなことはない。好きな車両は自分が納得いくまで執拗に撮るくせに、関心の低いものについてはかなりぞんざい。光線状態やバックなどに配慮してキハ183を狙ったことなどただの1度もなかった。自分のこんな性向、蒸気機関車現役時代やEF58を撮っていた頃から連綿と続く悪癖で、後になってもっとしっかり撮っておけば良かったと毎度毎度悔やんできたくせに、どうやら今回も同様のようだ。過去のデータを眺めても183系気動車の画像に満足できるカットは見つからなかった。
ただし渡道の回数だけはこなしてきたから、本番を待つ間に撮った画像はそれなりの数にはなる。

今回の画像はファンが蝟集した黄金で2015年5月に撮ったもの。前年はほとんどファンがいなかった黄金の海岸も、この年には日が長くなるにつれ、人が多くなり諸々のトラブルも増えた。下り列車を黄金から離れたポイントで撮影すると現地入りが遅くなって場所の確保が難しくなる可能性もあり、早々に着いて軽く酒を飲みながら合間にやって来る特急や貨物列車で時間をつぶしたものだ。
これは修学旅行のために設定された列車。すでに室蘭線でスラントノーズの183系を見る機会は減っていたから物珍しさも手伝って自分にしてはやや短めの400ミリレンズを短い編成に向けてみた。

(写真、文:U)

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2018年2月18日 (日)

189系の「青梅マラソン号」回送

今朝、国鉄色の189系が川崎まで入線するというので家から近い場所へ久々の〝朝練〟に行った。青梅マラソンに伴い川崎から河辺まで運転された臨時列車で、聞くところによればこれがおそらく189系最後の南武線入線になるのではないかとのこと。取り立てて思い入れはなかったが、今年になってカメラを使う機会がないから、久しぶりに出かけてみた。義父の墓が津田山にあって、お参りに行く際に見かけていたポイントを目指した。光線の状況から豊田からの送り込み回送なら逆光にならないだろうと予想していたが、それよりも上がったばかりの太陽が建物に遮られて光線状態を云々言う以前の問題だった。まあ、晴れると列車側面に日は当たらないからこれはこれで良いとして、後から3,4人が来たところをみると案外知られた場所だったのだろう。

河辺行きの本列車は正面から長いレンズで撮れば順光になるポイントがあることに思い当たったが、寒さを我慢して待ち受けるほどのものではないと回送だけで引き揚げた。189系に熱を上げる方々がいることについては、その世代世代のターゲットがあるし、いつの時代もそんなものだから、それはそれで大いに結構なことだが、自分としてはいよいよ撮りたい車両がなくなったことを痛感した、何の手応えもない〝朝練〟だった。

(写真、文:U)

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