鉄道

2017年3月24日 (金)

私鉄路線を走るEF5861お召し列車

EF5861が1号編成を牽いてお召し列車として走るのは、当然国鉄(JR)の線路上であるが、私が唯一撮った私鉄路線を走るこの組み合わせを撮れたのは1985年3月12日に走った、非公式お召し列車であった。

原宿から伊豆急下田までの片道運転であり、非公式ゆえに旗は付かず、また天候の悪い日の午後比較的遅い時間帯を走るスジ。根府川や早川など東海道本線の名撮影地に行くことも考えたが、ここはやはり伊豆急線内で単線を行く姿を撮りたいと、河津の山の中に車を走らせた。

通過1時間ほど前にようやく何とか撮れそうな場所を見付け、その後に来られた数名の方々と警官1名という少人数で、通過を見送った。カーブ区間が多いため、後方確認を行う機関士の姿も良い記録になっている。

(写真・文:K.M)

1985年3月12日

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2017年3月20日 (月)

EF5861 茶畑を行く

数百回の撮影機会のあったロクイチことEF5861。優美な大窓機の特徴を引き立てるためにもっぱら望遠レンズを使っての作品が多かった。

しかし何度も同じ場所で同じ客車などの組み合わせがあると、たまには作風を変えての撮影も試みた。1982年から3年間の静岡勤務時代、たまには茶畑でも入れと考えたが、意外とそれに適した撮影地は限られていた(真剣に探したわけではないが)。

ここ、掛川を出て新幹線の線路に挟まれた場所はその数少ない撮影地の一つで、曇りの天気になってしまったので標準レンズでシャッターを切った。

(写真・文:K.M)

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2017年3月16日 (木)

EF5861との並び

ご指摘のとおり「看板に偽りあり」状態でロクイチのアップが滞ってしまっていた。国鉄時代の写真は全部デジタル化を完了してるのでネタには困らない私だから言い訳は出来ない。。。

国鉄が民営化されたのはこの前と言う感じを抱きつつ、早30年も経つのかと思うと自分の年齢も感じてしまう。

国鉄車両だの、国鉄色などでイベントなども行われて沿線には多くの人が集まっているが、余程のことが無い限りピンと来ないのも昭和の時代に鉄道写真が存分撮れたという今から思えば贅沢なことなのかもしれない。

EF65やDE10の並びなども当時はご愛嬌で撮ったものだが、今となっては懐かしい組み合わせでもある。

(写真・文:K.M)

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2017年3月15日 (水)

DDのプッシュプル

2月27日の八高線。この日は北海道から「カシオペア」がEF8181に牽かれて上野に戻るため、こちらは比較的空いているとふんで出かけた。もちろん「カシオペア」撮影を終えてからでも高崎に戻る下り列車には間に合うのだが、そんなにあくせくするのは自分の流儀に則さない。いい年をして中高生の坊やたちと同じように、「あれもこれも」というのは恥ずかしく、午前9時前に家を出て1月と同じポイントへ向かった。

目的は2つ。
1つは下り列車を1月よりもさらに正面方向から狙うこと。つまり、前回よりももっと長いレンズで望遠効果を出すこと。もう一つは前後の機関車の間隔を詰めるように長いタマで圧縮することの2点。これらを課題として撮影に臨むことを決めていた。
晴れれば高崎から小川町に向かう上り列車を前から撮れば2つめの課題はクリアできそうだが、ダイヤを見ると正午に近く日が高い。午後3時すぎの下りの後追いの方が光線は良さそうだし、天気予報によるとその時間帯は曇り。天気が好転する下り列車に焦点を定めることにした。

まずは後追いの写真から。
前からも後ろからも撮ろうという、「2匹目のドジョウ」を捕まえようという浅ましい魂胆だから、バックの民家が写り込んでしまうのは割り切っていたが、コンクリートの建物やビルではなく、屋根瓦のローカルな印象で個人的にはじゅうぶん目をつぶれる範囲。光線も思い描いていた以上に強く、カメラの設定以上に彩度などをいじらずとも鮮やか。客車左の標識をフレームから外そうとするともっと線路寄りに急がなくてはならず、前からの撮影を終え脚立を下りた後、500ミリを装着したカメラに持ち替えてからでは忙しすぎる。まあフロックをもくろんだトライだったから、これくらいで満足しなければなるまい。

(写真、文:U)

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2017年3月13日 (月)

今年初のEF58の画像

このブログを見てくれている友人のS氏から、もっともな指摘を受けた。気づいていなかったのがお恥ずかしいが、今年になってタイトルにある「EF5861」の写真が1枚もアップされていないではないかという内容。言われてみればその通り。

ブログを始めた頃はモノクロを中心に古い写真をアップしてきたのに最近は、「カシオペア」や「北斗星」など、最後まで残った寝台列車ばかり掲載してきた。ネガのスキャンをほぼ完了しているK・Mさんが、懐かしい写真をアップしてくれているが、怠慢な自分はなかなかはかどらない。客車列車がほぼ消滅して、そろそろ昔の写真のデジタル化を始めなきゃと思っていた矢先の忠告だった。

そんなわけだが、スキャナーを稼働させるのにまずは自室を掃除して整理しなければならない。書籍や印刷物に埋もれてしまったスキャナーを掘り起こして使える状態にすることから始めなければならず、それだけでも1日仕事になりそう。新たなネガをスキャンするのにはもうしばらく時間が必要だ。

そこで今回は以前、取り込んだ写真の中からアップする。

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1980年10月12日、片岡~蒲須坂での撮影。栃木国体帰りの回送列車。300ミリで狙った写真が本命で、これはペンタックス6×7に200ミリだから35ミリ換算で100ミリの画角。自分としては旗の付いたお召し列車よりも大窓がよく見える何もない姿の方が好みで、この回送列車に力を注いで場所取りをした記憶がある。

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個人的には61号機よりも好きだった69号機。1979年3月26日、広島駅での撮影。
この日はほぼ同じ時刻に64号機の牽く上りの福井のお座敷列車があって、この後69号機が柳井から下関までを牽く下り旧型客車の撮影をパスした。今になってみてもその判断が良かったのか悪かったのかは分からないが、当時は64号機の撮影回数が69号機よりも少なく、それが理由でお座敷列車を優先した。立ち位置を少しずつ変えながら自分のお気に入りの角度で存分に撮れたこのときの写真は、自分の中で最も好きな69号機の姿だ。ブロニカのEC-TL、ニッコール200ミリでの手持ち撮影。

(写真、文:U)

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2017年3月11日 (土)

1月のDF200「カシオペア」

先月で「カシオペア」の北海道乗り入れも終了し、今月は撮りたい列車もなくカメラやレンズは休眠状態。明日12日の銀座線01系お別れ運転などは、長らく通学や通勤に利用してきた路線ゆえ少しは気になるが、どうせ渋谷界隈はオコチャマ達であふれ返り、そんな喧噪に接すれば不快な思いをするのは当然だから、ノコノコ出向いて貴重な休日を費やす価値はないと判断して自宅で静かに過ごそうと考えている(渋谷発着かどうかは我関せず)。

来月の583系お別れ運転はどうするか。1日が秋田~湯沢往復、8日が秋田~弘前2往復。どちらも行こうと思えば行けるわけで、特に後者はウジャウジャと前夜から場所取りの人が集まるのが必至の陣場~白沢や二ツ井のトンネルさえ外せば、静かに撮れるかもしれないから少しばかり惹かれるものの、ヘッドマークに往年の「はくつる」や「はつかり」など様々なものが採用されるとの毎度おなじみ、確証のない噂が流布されているから、線路際はまた大騒ぎになるだろう。果たしてそこに身を置いてまで時間と金をかけるだけの価値があるのかと逡巡している。

それはともかく「カシオペア」もしばらくは走らない今、行動力豊かなK氏はともかく、仲間の皆さんはどうしているのだろうか?

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1月に撮影した「カシオペア」。
どうせ曇られるだろうと思って行ったら予想に反して晴天。前の晩、伊達紋別の居酒屋でH氏と深酒し、ホテルに帰る道で空を見たら雲一つない。冬の北海道のことだから朝になれば天気も変わると期待しないで翌朝を迎えたが、天気は昨晩のままの青空。当初は静狩のオーバークロスを念頭にしていたが、前夜の「作戦会議」で機関車に日が当たらないことを確認しホテルから近く、他に誰も来そうもないポイントに直行した。
とは言っても睡眠不足。ホテルのフロントでH氏と合流したのは6時半というていたらく(おまけに10分ほど遅刻)。「カシオペア」の前に来る貨物列車にも「スーパー北斗」にも間に合わず、前戯なしにいきなり本番というありさまだった。

後の貨物列車と「北斗」は曇られたが、本命の「カシオペア」は光を浴びて通過したからじゅうぶんに満足。おまけにズームリングをワイド側に回して撮ったコマには指差確認する運転士の姿もしっかり捉えられていた。

ただし忘れられないのが撮影後のドタバタ。
0時半に千歳を発つ便を予約してあったのに、道央道の白老ICと苫小牧西ICの区間に複数のシカが迷い込み通行止め。この間を一般道で迂回しなければならず、レンタカーを返却して空港に着いたのが0時16分になってしまった。荷物を預けて自分が機内に入った後も、かなりの人が乗ってきたから、きっとほかにも同じ目に遭った客が多かったのだろうが、最後はヒヤヒヤさせられた旅となった。

(写真、文:U)

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2017年3月 8日 (水)

DD51の団臨「越後」

前の記事で高崎のDD51をアップしたが、今回は2010年12月に撮った団体列車を牽く同じく高崎のDD51842を引っ張り出した。以前やっていた別のブログに掲載したことのある写真だが、あらためて現像し直してみた。ご覧のような逆光。フィルム時代のリバーサルではとてもここまで救える写真ではなく、デジタル化の恩恵をまざまざと見せつけられたものだ。

単身赴任で大阪に行っていた頃の写真で、自宅に帰っていたこの日は東十条で「あけぼの」を撮った後、ここ蕨~南浦和に移ってこの列車を撮り、北浦和でEF510の「北斗星」を待ち、もう一度蕨に戻って485系国鉄色で運転された臨時「ひばり」を撮影したという、今考えれば豪勢な1日だった。

「出雲」のデザインと「越後」の文字がちぐはぐだが、それはそれで楽しめたのはありがたい。
3月18日からDD51が牽く「サロンカーなにわ」が山陰方面に運転され復路、「出雲」のマークを付けるようだが、それが正真正銘のものであることを楽しみにしているファンも多いと思う。以前は「撮るものがない」と嘆いていた関西のファンも、昨今のJR西や旅行会社による演出にはきっと満足していることだろう。

(写真、文:U)

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以前、トランスエアロ航空のアムールトラ塗装のジャンボ機の写真を掲載したことがあるが、今度はロシアエアラインのアムールヒョウのボーイング777―300。全日空でも2019年に羽田~ホノルル便にウミガメ塗装のエアバスA380を就航させるようだが、トラやヒョウのような猛獣の前では、迫力という点で一歩譲るのは認めざるを得まい。

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2017年3月 6日 (月)

八高線の訓練列車

今年3回ほどDF200の牽く「カシオペア」を撮りに北海道に行ったが、正直なところ、DF200やE26系客車に惹かれて行ったわけではない。いわゆるここ数年、北海道でDD51の寝台列車を撮ってきた「けじめ」とでも言うべきもので、区切りをつけようという思いにほかならない。もしもこの先、しばらくDF200が牽く「カシオペア」が運転されたとしても、DD51時代ほど繰り返し渡道をすることはないだろう。DD51の魅力に比肩するべくもないのは言うに及ばず。

1月、久しぶりにそのDD51を見たくなって八高線で行われた乗務員の訓練列車を撮りに行った。このブログにK・M氏がアップした長いレンズで撮った写真を見ると、旧型客車5両という編成も魅力的で大いに触発された。
問題は八高線には蒸気機関車時代から出向いていないこと。かつて正月に走ったDD51の高尾臨も高尾の駅で103系の快速電車と並んだのを撮ってお茶を濁した程度だから、沿線に足を踏み入れるのは46年ぶりということになる。もはや昔の記憶など全く当てにならず撮影地もゼロから捜さなければならない。前夜、会社でグーグルマップとにらめっこ。ストリートビューも併用して、DD51のボンネット前面に少しだけ影ができるような光線状態の所をようやく見つけ出した。

時間的に高崎に戻る復路しか撮れないのを覚悟で行ってみたら、そこはけっこう有名な場所、そこそこの数の方々が三脚を並べていた。鉄道ファンの嗅覚はやはり大したものだ。
ただ、長いレンズを使えばここは室蘭線の黄金のようなアングルで撮れそう、先客の方々よりも線路際に寄ってDD51主体の立ち位置から捕捉した。線路際にある発煙筒などが目障りではあるが個人的には許容範囲。後ろの客車などはほどほどに見えれば良いから、どうにか自分の好きな絵にねじ伏せることができた。

(写真、文:U)

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2017年3月 3日 (金)

キハ183―104

北海道で撮った古いモノクロネガを見ると、まだ現役だった蒸気機関車に混じってキハ82や10系などの気動車の写真が出てくる。小中学生だったからSL以外の車両にフィルムを消費することを自重していたものの、蒸機が来る合間のヒマつぶしに撮ったカット。今考えればもっと撮っておけば良かったと思うが、フィルムが足りなくなって現地で入手するのもままならない時代では至極当然のことだった。

キハ82をはじめとする特急用気動車は蒸気機関車一辺倒だった当時の自分にも格好良く映った。北海道の特急は編成も長く、SL消滅後もそれらを撮りに渡道するファンも多かったのも理解できる。ホンネを明かせばEF58よりも好きだったかもしれない。鉄道模型でも蒸気機関車以外の車両としては最も早い段階で入手したほどだから。

今、北海道で走っているキハ183にも魅力を感じる。ややもするとブタの貯金箱のように見えるスラントノーズ車よりも貫通扉のあるタイプで、室蘭線で言えば札幌方(下り側)の幌があるのがベター。これまでも「スーパー北斗」ではなく「北斗」に関しては、なるべく押さえるように心がけてきたつもりだが、1月に久しぶりに北海道で「北斗」を見たら編成が長くなってその傾向はより強くなった。経営が苦しいJR北海道ではまだしばらく活躍するだろうから、今後も数少ない被写体の一つとして心に留めておきたい。

前振りが長くなったが、その中でも今回、初見のキハ183―104(どうして「白ボウズ」と言うかは謎)は格別だった。ウィキペディアによれば、電源装置付きの中間車キハ184形を先頭車(キハ183形)に改造した車両で計4両が製造され残っているのは104号のみ。昔からたまに鉄道雑誌などで見かけたが、国鉄時代のキハ82などに準じた塗装よりも現行のものの方が良いというのも珍しい。常に気になる存在だったが、このほどようやくその姿を見る機会に恵まれた。

撮ったのは前の記事にも書いたように苗穂のホーム。かつて機関区がありC57やC58、D51の写真が残っている、それなりの思い出がある地。とはいえ札幌の次駅で手軽に片付けたのは夜の宴会への移動を考えた末のこと。前面をアップで撮れれば本望だから、あまり 場所にこだわっても仕方がない。2月25日はときおり雪が激しく舞う曇り空、15時すぎに札幌を出るスジでは岩見沢方面まで出かけて撮っても露出がつらくなることも言い訳にできるだろう。

バックが良くないのは自業自得。前の記事に使った「カシオペア」のようにもっと雪を舞い上げてくれればベターだったが、札幌を出たばかりでは速度もほどほど。諸々の条件を鑑みれば、ほとんど架線が写らないポジションを見つけられただけ少しはありがたいと開き直っておこう。

ちなみにこの写真は「オホーツク5号」。4号で網走から札幌に着いた編成が約20分ほどで折り返す。したがって4号を後ろから狙えば1回余分に撮れたわけだが、雪の中で後ろから撮っても舞い上がった雪でろくに姿は見えない。ここは潔く5号1本にかけて4号はスラントノーズ側から押さえることとした。

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2017年3月 1日 (水)

雪晴れの大岸で

「カシオペア」の北海道乗り入れが終息、これで一段落といったところ。最後の撮影は新雪が激しく舞い、客車がほとんど隠れてしまったが、過去2回の撮影でそこそこの絵が撮れたから、最後は北海道らしいこんなシーンがどうしても欲しかった。1月の撮影では太陽に恵まれたものの雪はなく、前週は自分の芸風からはみ出た高い位置からの撮影だったから、ようやく雪がたっぷりあるところで超望遠レンズを使うことができ、そういう意味では本懐を遂げたと言える。

それよりもラッキーだったのは、かねてから撮影したいと思いつつも、なかなか実現できなかったキハ183―104(どうしてだか不明だが、俗に言う「白ボウズ」)を目にすることができたこと。夜、伊達紋別の居酒屋での酒席に間に合わせるため近場の苗穂駅で安易に撮らざるを得なかった1カットだが、おそらくこれが自分にとって唯一無二の写真となる可能性大。4両編成の短い特急ではオーソドックスに収めても絵になりにくいと考え、正面の特徴ある顔をアップで狙った。札幌と網走を結ぶ「オホーツク」のどの列車に充当されるか皆目、見当がつかなかったが、最も理想的な15時前に札幌に到着し、20分ほどで網走に折り返す4号、5号に入ったのは非常に幸運だった。一説では今度のダイヤ改正で消滅するとか。事実ならば最後の最後に滑り込みセーフといったタイミングだ。これが今回の旅行で最大の収穫かもしれない。

まずは積もったばかりの新雪を派手に舞い上げて札幌に向かう「カシオペア」の写真、大岸で850ミリの画角で撮ったものを2種掲載する。

(写真、文:U)

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