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2018年1月16日 (火)

東海道線を下る61号機

福岡時代の写真はまだあるが、住んでいた92~95年はすでに電気機関車もED76とEF81だけになり、EF30やED72、73、74、75が活躍していた頃の面白みは薄らいでいた。だから撮影には行ってはいたものの、入れ込んで撮るような車両はなく、せっかく九州にいるのだからという義務感のようなものだけに動かされていたのかもしれない。なにしろ酒も美味いし魚を中心とした食べ物も最高!日中は毎日が二日酔いで、暗くなるとまた酒を飲む繰り返し。なにかのついででもなければ自ら線路際に立つ機会を作りようもなかった。

いずれまた当時の写真をアップするつもりだが、真っ赤な485系などをこのブログで見るのも不快なのでいつになるやら。その際はもっと昔のモノクロ写真と併せて掲載することになるだろう。

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国鉄からJRになってEF5861の人気はさらに上がったが、個人的には東京機関区が廃止され新鶴見、田端と転じた61号機への関心は低まってしまった。きっと仲間の方々もそうだと思うが、おかしなマークを付けてイベントものに担ぎ出されると不快なファンも多くそれがたまらなかったし、区名札差しに「新」とか「田」との札が入っていることに違和感があった。特に形式写真が撮れる機会などは「東」以外のものだとその印象が強く、正面方向以外から撮影することは滅多になくなっていく。さらに61号機の晩年(まだ車籍はあるのだから「晩年」という表現は違うかもしれないが)は国鉄時代の車体色がだんだんと派手になり、エンド標記のプレートなどまでが金色にされ、何だかかつてのスターが厚化粧されてしまったかのような悲哀すら感じた。

今回の写真は1988年11月に戸塚~保土ヶ谷で撮ったもの。12系の「やすらぎ」という団体用客車を牽いた際のカットで600ミリ使用。かつてブルートレインを撮っていて夕方の光線が気に入り、何度かチャレンジした写真。東海道線の客車列車は午前の上り、午後の下りが良い光を浴びるが、ヘッドマークなど無粋なものを付けずに61号機が夕方の下りに入るチャンスは少なかった。ここは本来なら真夏の17時前後の光が最も良いのだが、そんなチャンスはもう訪れなかった。ブログ開設時の再掲。

(写真、文:U)

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