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2017年12月

2017年12月31日 (日)

今さらながらEH500の「カシオペア」試運転

年末、体に不具合が出て、あれこれと検査が続いたために忘年会に顔を出すこともなく新年を迎えることとなる。2017年は母の死をはじめとしてさまざまなトラブルやアクシデントがあり、何かと辛い思いをした1年だった。良いこともあったが、年齢相応の諸々の問題が押し寄せたものだった。

ブログの方は師走になって書く気力が失せ、K・MさんやHさんのおかげでどうにか命脈を保つことができた。しかしK・M氏にしてもH氏にしても、まだまだお宝写真があるようで、来年はそういう写真もますます拝見したいと思う。

ところで自分は秋口、古いネガをスキャンしたら何本かのフィルムが激しいカーリングを起こしていて廃棄せざるを得ない羽目になったが、今後もこういう現象が出ることをお仲間の皆さんにお伝えしたい。幸い、廃棄したフィルムはそれほど重要なものではなかったが、定着処理が不足していたものはきわめて強い酸の臭いがして、それを再度水洗いしたらネガがぐちゃぐちゃになって半ば溶けたような状態になってしまった。いわゆる「ビネガーシンドローム」というやつだろうか。アイロンを掛けるなどして修復することも考えたが、それほどの手間を掛けるような被写体ではなかったためスッパリ諦めた。そんなわけで皆さんにもネガフィルムを早急に点検することをお勧めする。この傾向はフジ、サクラの国産フィルムに見られ、トライXなどコダックのフィルムには出ていなかったから、国産フィルムで撮った若い頃の現役蒸気機関車の写真こそ要注意だ。

とにかくK・M氏のように早いうちにネガのデジタル化をすることを強くお勧めする。それも一刻も早く!

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11月21日のEH500による「カシオペア」客車の試運転。一脚で、もちろん1台のカメラでの撮影。機関車と客車の取り合わせだけが「売り」の列車ゆえ、記録重視で最も無難なアングルで撮影できる場所を選定した。

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最後になりますが、お仲間の皆さん、そしていつも年賀状やメールを頂戴する方々等、私は今年も喪中で新年の挨拶を失礼させていただきますが、来年も皆様方のご健康をお祈りするとともに、今後もこれまで同様のお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

〈追伸〉K・Mさん、せっかく記事を更新してくださったのに上書きするような形となってしまった無礼を、どうかお許し下さい。

(写真、文:U)

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EF5861の暖かい光

EF5861の撮影において最も重点を置いていたのは当然その大窓をどう活かすかであったが、数百回撮影している中ではちょっと変わった撮り方で遊んでみることも何回かあった。横からの流し撮りや丘の上からの俯瞰などは結構な頻度だし、夜の駅の停車中を編成でバルブすることは日常のことであった。

そんな中、こんなカットが出てきた。場所は高崎第二機関区(もうこの時は運転所になっていたかな)で、黄昏の中で出区前の準備中の姿。窓から漏れる白熱灯の暖かい光線が、蛍の光ではないが、なにかホッとする印象を醸し出している。

今年もあとわずか、2018年も何らかの形で線路端にはたまには立ちたいと思っている。

(写真・文:K.M)

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2017年12月30日 (土)

笹川流れ SL日本海庄内号 – 本運用往路2

  ゆっくり走っても楽に追い抜けて二番目の場所は、これも昨御召の時に送り込み回送を捉えた有名場所である。日本海バックであるが海岸線にいくつも飛び出した岩々がアクセントになる笹川流れ付近の独特の景色となっている。ここも早朝に場所を確保しておいたので問題無かったが、ここも数十名の砲列がひな壇状に形成されていた。

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2017-9 羽越線

( 文、写真:H )

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2017年12月28日 (木)

笹川流れ SL日本海庄内号 – 本運用往路1

よいよ本番。今回の運行は次のようなパターンであった。

一日目往路 ― 新津→村上:送り込み回送(EF81牽引)、村上→酒田:本運用

二日目 ― 酒田→村上:本運用、村上→新津:返却回送(EF81牽引)

まずは送り込み回送から撮影スタートであるが、本運用向けの場所確保に時間を取られて、現地到着がギリギリとなってしまったため、ベストな場所を確保できず残念な結果になってしまったので、写真を紹介するのは控えることとしたい。

 本運用のテーマは言うまでもないが深い群青色の日本海と紺碧の空バック。基本的には、このテーマに沿った場所の選定を中心に撮影計画を策定した。 往路一発目は超有名場所からスタ-トすることとした。最終的には数十名の砲列となったのは言うまでもない。日の出前から場所を確保したため、三番乗り程度と十分にベストアングルを確保できた。ここは逆光となるため、群青や紺碧を表現するのは難しい。

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 2017-9 羽越線

 ( 文、写真:H )

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2017年12月26日 (火)

ED75ゆうづる@青森運転所

国鉄時代末期に全国のブルトレのヘッドマークが復活した。それまでは東京駅発着の東海道ブルトレだけが伝統を細々と守ってきていたが1980年代半ばのこの時期、まだ特急夜行客車の本数もそれなりに残っていた中での復活は本当にビッグニュースであった。

当然、九州・山陰・東北・羽越・北海道方面に遠征して撮影はしたが、すでに社会人になっていて週末だけでは非効率であり、かつ冬場は条件が悪いのでチャンスは非常に限られていた。

復活後に先ず行ったのが東北・羽越のブルトレ群。ゆうづる、あけぼの、日本海、出羽などを撮影したが、昼間の暇な時間は機関区や運転所にお邪魔して機関車も撮ることができた。

青森運転所ではちょうど良い位置に停まっていたED75のパンタグラフを上げていただき形式写真っぽいものを撮ることも出来た。

(写真・文:K.M)

1985年5月 青森運転所にて

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2017年12月25日 (月)

東急2020系の試運転

クリスマスだというのに万が一に備えて病院で検査。年末ともあって一時帰宅する入院患者の検査もあり待ち時間が長い。そう予想して持ってきている機材を手に病院を出た。目と鼻の先の田園都市線で行われる東急の新型車両2020系の試運転を撮ろうというもくろみ。友人のY氏が教えてくださった貴重な情報だ。

毎度おなじみの場所での撮影だが東急、久々の新車を見ることができた。いずれこの車両が8500系を駆逐していくのだろうが、時間が経つのは案外早いもの。1年か2年もたてば、この2020系が田園都市線の主力になるのだろう。

ただし沿線在住の者としては新型車両よりも、きちっと定時運行してくれる方がはるかにありがたいのだが…。

病院からノートパソコンで写真を入力する次第。こういうのを「撮って出し」というのか。一脚利用の超望遠撮影では高速シャッターを切らねばならない。「試運転」の表示は写らなかった。

Yさん、ありがとうございました。

(写真、文:U)

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2017年12月23日 (土)

笹川流れ SL日本海庄内号試運転二回目 – 2

  今回のスジは、途中の停車時間が比較的長いため、途中追い抜きが容易であった。二発目は、立ち位置が無くなることを勘案して、昨年655系御召列車の時に復路を捉えた穴場場所に狙いをつけた。天気が今ひとつであったが、日本海バックに潮の香り漂う中を疾走する姿もまた良いものであった。試運転撮影はこれで打ち止め、帰途へついた。

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2017-9 羽越線

( 文、写真:H )

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2017年12月22日 (金)

EF81のトップナンバー

もともと鉄道写真を撮り始めたときは蒸気機関車と旧型直流電気機関車がメインで、そのほかは来れば撮る程度の被写体であった。ただそんな贅沢も永くは続かず、蒸機は国鉄本線から消え、茶色い機関車達も青や赤の機関車に追いやられていく状態が加速化していった。そしてその後は遂にその青や赤の「国鉄型機関車」もJRの新型に職場を奪われていくことになっている。

新潟に赴任しているときに国鉄からJRに移行し、EF62なども風前の灯状態になったが、ふと気づくとあまり興味のなかった「赤い機関車」にも初期型は運命の日が迫ってきていた。EF81も500番台の投入が始まりトップナンバー始め一桁に若番はなかなかお目にかかれない状態になったのが1989年頃。

EF811については運用表を追って暇な週末などにコツコツその姿を記録に留めておいたが、そうしておいて良かったと今は思っている。

(写真・文:K.M)

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2017年12月20日 (水)

地縁のある広島

生まれてから24回の引っ越しをしており、色々な地域に住んできた。親も自分もいわゆる転勤族であったのでほぼ2~3年おきに異動し、また同一地域内の社宅移動などもあってこの回数に至っている。今住んでいる家がようやく12年目になってこれまでで最長記録になった。

そんな中、住んだことはないが鉄道撮影を始めてから頻繁に通い、その後も色々な縁が続いているのが広島県。初めて行ったのが1977年にEF59を撮りたくて真夏の瀬野や八本松、西条に同級生と遠征したとき。その後はEF59が無くなってもセノハチ越えのEF58を撮りに行き、荷37列車が広島運転所のEF58重連になった期間は山口線のC57と絡めながら頻繁に通った。

そして今はあるプロジェクトで広島には結構行く機会があり、1度だけ飛行機を使った以外はすべて新幹線での出張としている。もし今ブルトレが走っていたら間違いなく「あさかぜ」あたりを使っていたかもしれないが。。。

先日、懐かしの瀬野駅を通る機会があったが、元機関区があった場所は面影のかけらも全くないほど再開発されてしまっていた。瀬野の駅で貨物列車の後部に付けられる2機のEF59や機関区の中で撮れた多くのEF59が懐かしい。1コマのカットで5~6機のEF59が映っているほど当時の瀬野機関区は活気があった。

(写真・文:K.M)

1977年 山陽本線 瀬野 他にて

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2017年12月18日 (月)

EF5861御召列車撮影付随作例

UさんがニコンFチタンで撮影された1980年10月の御召列車関連の作品を拝見し、私のストックを調べてみれば見事に一緒に撮影していたことが思い出された。

10月11日と12日が御召運転の本番であったが、検査上がりの単機試運転は10月6日の単6933で実施され、私も同じ品川駅で撮影。カメラはペンタックスKXにトライXを入れて。

11日の御召運転後に宇都宮に行けば、翌日の運転に備えて宇都宮運転所の倉の中で整備中のEF5861の姿を至近で見られた。

この日の昭和天皇の車列も同じ場所で、私は御料車中心にペンタ67で2枚を撮っていた。後方からの後追いでも当時の宇都宮市内の街並みが懐かしく映っている。

(写真・文:K.M)

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2017年12月17日 (日)

笹川流れ SL日本海庄内号 – 1

ご承知の通り、本年のばんえつ物語号の運転は、先のクリスマストレインで終了し、新潟駅迄入線する運行は幕を閉じた。思い返すと、新潟-新津間でのEF81とのプッシュプルの姿を捉えたのは2~3回程度であったと思うが今や遅し。

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 少し時間がたってしまったが、9月下旬に羽越線で運行された「SL日本海庄内号」を捉えに出撃した様子を何回かに分けて報告したい。

 今回と次回は、事前に2回行われた試運転の様子である。出撃できたのは二回目であり、一回目ではばんえつ物語のヘッドマークがついていたと聞いていたため、二回目こそはヘッドマーク無しでと期待していたものの、実のところハラハラしていたが、結果的には願いが叶った。都合の合間に立ち寄れる機会を利用して訪れたため、追い抜いても2回しか捉えることが出来なかった上に、天気に今ひとつ恵まれなかったが、日本海バックのヘッドマ-ク無しのC57を捉えることができ、ある程度の満足感は得られた。

 まずは一発目、有名場所へと向かった。既に足の踏み場もない状況かと恐れていたが、数人であり好みのアングルを確保することが出来た。

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2017-9 羽越線

( 文、写真:H )

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2017年12月15日 (金)

雪煙を舞い上げる「北斗」

JR貨物のEF64やEF65の何両かが国鉄時代に近い塗装に戻されて話題を呼んでいる。当時を知っている自分らの世代にとっても喜ばしいことで、工場を出たばかりのきれいなうちに撮影しておきたいとの衝動も生まれる。EF64にしてもEF65にしても、JR東日本には国鉄色の機関車があるのだから、それほど注目するに値しないとさめた見方もあるが、それらは臨時列車などで使われるばかりだから、定期の貨物列車に使われるなら撮影地なども事前にじっくり検討できてありがたい。

そんななか、ある噂を聞きかじった。あらかじめ断っておくが今回の件も真偽のほどは未確認。ファンの希望的観測が入り交じったものなのかもしれないが、今後工場入りするJR貨物のEF64,65は順次、国鉄塗装に戻されるという内容。塗装にかかる費用もその方が安くすむなど、さまざまな理由があるらしいが、もしこの話が本当ならば、なかなか楽しみではある。

噂を確認する術を自分は持たないし、急いでそれを知ってソワソワする必要もない。次に工場を出てくる機関車を見れば分かること。ここは噂通りになるかどうかを静かに見極めるのも楽しそうだ。

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今年の2月に北海道で撮影したキハ183系の「北斗」。DF200の「カシオペア」を撮りに行ったときのものだが、現像もせず放置していた。
ブログに掲載する比較的新しい写真が枯渇し、過去の画像を点検したところ、サムネイルを拡大してみると案外悪くないような気がしたのでRAW現像を行った。自己満足だが線路に積もった新雪が舞い上がり、それが朝日に照らされて季節感は伝わるのではないかと思う。腕が悪いのに天気と雪に助けられ、普段だったらどうということのない列車も幾分、マシに映った。「カシオペア」が通過して50分後の撮影だった。この「北斗」もまもなく全てが「スーパー北斗」に格上げされ、183系も徐々に淘汰されていくようだ。

(写真、文:U)

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2017年12月11日 (月)

ニコンF2チタンで撮った3カット

ところで、5日に上野駅を「カシオペア」で出発したJR30周年のツアー客は今ごろどのあたりにいるのだろうか?上野を出るときはJR貨物の機関車がJR東の豪華寝台客車を牽引することから、少しは注目を浴びたが、そんなツアーがまだ続いていることなど、乗っている人とその関係者以外はすっかり忘れてしまっているようで、もはや話題にすら上らない。特段、珍しい列車に乗れるような「売り」もなく、ただただ日本を一周する冗長な長旅だから14日に東京駅に着く頃にはツアー客の中にはウンザリしてしまう人がいるかも。このツアー、JR東が主体的に企画し、あとの6社は「お付き合い」しただけのようにも見える。なにしろJR東エリア以外は乗車する列車に取り立てて趣向を凝らしたものがないのだから。いっそ全行程、「カシオペア」で走った方が充実したのではないか。今回の参加者の率直な感想を聞きたいものだ。

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フィルム時代、大学生までは35ミリでオリンパス、ペンタックス、ニコン、キヤノン、ブローニーでペンタックス、マミヤ、ブロニカとさまざまなメーカーのカメラを使った(中古や親戚のカメラもふくむ)。その中で気に入ったのがオリンパスのOMシリーズだったが、社会人になって大口径望遠レンズを使うとなるとどうしてもニコンかキヤノンになる。後にキヤノンに長らく浮気した時期もあったが、けっきょくはニコンが自分のメインカメラに落ち着いた。

そうなるとニコンならではの世界にはまる。1982年当時はニコンのF3がフラッグシップ機だったが、それ以前のFやF2、ひいてはレンジファインダーのSPまでが魅力的に見え、ある日発作的にF2のチタンボディを買ってしまった。
F2チタンには「TITAN」と刻印された一般向け限定品と刻印のない報道用があり(ほかにも塗装だけチタンボディ風の偽チタンと呼ばれる個体が存在した)、どちらも購入したが今では状態の良いものは手元に残っていない。買ってはみたもののコレクターズアイテムだから傷をつけるのが怖く棚に飾っておくだけの「置物」と化し、やがてバカバカしくなって手放したからだ。1台¥90000ほどのカメラを何台も買って、実戦に使えないのではカメラとして機能しない。購入から1~3年でほとんど撮影に使わずに手放してしまった。

今回アップするのは最初に入手したF2チタン(報道用)で撮った12コマのうちの3枚。栃木国体行幸啓の車列と、そのすぐ前、1980年10月6日に試単6993列車で試運転に向かうEF5861号機。毎度おなじみの場所での61号機の写真。チタンボディだからといって良い写真が撮れるはずもなく単なる自己満足で無意味に使用したときのもの。

ただしその後、購買欲をそそるカメラが世に出なくなって再びチタンを入手したり、保証書付きのFブラックやF2、F3の高速モータードライブセットを買ってしまったから、ニコンの世界にはどっぷりと足を踏み込むことになってしまうのだが。

(写真、文:U)

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上2枚は変わり映えしない品川駅での撮影。お召し列車牽引の5日ほど前の姿で、足回りなど、普段より手入れが行き届いているように見えた。

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宇都宮市内でたまたま出くわした行幸啓の車列。先頭のオープンカーは栃木県警本部長か?商店のたたずまいなどを見ると、ずいぶん古い時代のようにも感じる。ロイヤルプリンスに乗っているのはもちろん昭和天皇。

3枚とも105ミリで撮影。マウント部に傷かつくのを危ぐして、常に105ミリを付けっ放しにしていた。

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2017年12月 8日 (金)

「カシオペア」と「リゾートあすなろ」

EH500によるJR30周年記念ツアーの「カシオペア」は事故や大きなトラブルもなく運行され何より。ヘッドマークが付けられないことや撮影には不向きなダイヤだから思っていたよりもファンが集中しなかったのか、とにかくお祭り騒ぎとしては無事発車した。

反面、この手のイベントとしては地味だったとも言えるようで、盛り上がりに欠けた感は否めない。マスコミにもあまり取り上げられず、JRの全ての会社が連携したツアーの初っぱなを飾る列車だったことを思えば、外部から見てパブリッシングとして成功と評価して良いかどうかは微妙だ。そもそも30周年を祝うなら3月か4月に行うべき行事で、師走になってやるようでは時宜を逸したイメージもぬぐえない。わざわざ日の入りが早くなって走行写真が撮れなくなる12月に、最初から照準を合わせていたと勘ぐるのは考え過ぎかもしれないが、JRとしては撮影するファンなど度外視で、ツアーが満員御礼ならそれで良しなのだろう。

何が「30周年記念」なんだか。

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先月4日に撮影した「カシオペア」。つまらない写真だが、最近はあまり撮影にも行っていないからネタが尽き、ついでに撮影したこんなものでもブログに活用するしかない。

11月21日にアップした写真の直後の画像で撮影後、ダイヤを見たらこの先の駅で30分ほど停車する。本来の目的である南部縦貫鉄道の撮影会は午後からの開始で時間が有り余ることもあって、もう一度撮ることにチャレンジしてみた。と言っても天気は悪いし機関車は取り立てて特徴のない98号機、間に合わなければ間に合わないで構わないと、途中でコンビニに寄って飲み物を買うなど、しゃかりきになって車を運転したわけではない。
偶然見つけたこの撮影地には誰もおらず、もう「カシオペア」は通過した後だと勘違いしたくらいだったが、近くの踏切が鳴り出し、遠くに赤い機関車が見えたから急いでカメラを構えた。
それにしてもこのあたりまで来るとファンの姿は少ない。偶然見つけた場所だから区間すら分からず、後で地図で調べたほど。晴れれば機関車の前面には光が当たらない場所と分かったが、曇りさえずれば撮影に向いていそうなポイントは数多ある。ファンの姿が一カ所に集中することが少ないのも納得できる。

下は前夜、たまたま遭遇した「リゾートあすなろ」とかいう列車。この手の列車には関心もないから、最初は第三セクターの車両かと思ったが、調べてみるとJRのものだった。

(写真、文:U)

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2017年12月 5日 (火)

東京駅9番線の61号機

最近、不具合が出始めたリビングのテレビを買い換えた。もともとわが家はニュースなど、報道番組中心でドラマやバラエティなどはほとんど見ないからテレビがついている時間は少ないのだが、それでも8年近くたてば不調も出る。決して見られなくなったわけではないものの、大画面テレビが安くなったこともあって、これまでよりも20インチほど大きいものを導入することにした。

買ったテレビは最近、発売になったもので音に鈍感な自分でも音質が良いのは分かるし各種の新しい機能も満載。デジタル一眼ではないが、使いこなせないようなものも多そうだ。その中でも前のテレビには備わっていなかった無線LAN機能が楽しい。パソコンではほとんど見なかったYouTubeで古いCMなどを探して懐かしんでいる。サントリーやレナウンなど、まだ小中学生だったころヒットしたものを検索して楽しんでいる。

そして昨日は山口線で行われたC571とD51200の重連運転の動画を堪能したが、ホームシアターから聞こえる汽笛や走行音がメチャクチャ素晴らしい。もちろん画像の方も煙がじゅうぶん出ていて画質もシャープなのだが、それ以上に音の良さにつくづく感心した。JR東日本のD51やC57のような、スカスカの汽笛とは違って全身から振り絞られたような、耳を塞ぎたくなるほどの大音響に圧倒されてしまった。中でも山峡に響き渡る長門峡の発車シーンは最高、何度再生したことか。自分自身、山口線ではC57とC56の重連を撮ったことはあるが、D51がC57のパートナーとなって汽笛の魅力が一段と増したのは間違いない。
機会があればムービーカメラを買って駆けつけたい思いに駆られたが、ここは冷静に考えて未知の分野に下手に手を出すよりも、酒を飲みながら上手な人の作品をリビングで楽しむ方がクレバーだろうとの消極的結論に達した。
こんなことならいっそのこと、もっと大きな画面のテレビを奮発すれば良かった。

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さて本日はJR30年記念ツアーの「カシオペア」運転日。昨日、社内の鉄道好きに「どこで撮影するのか?」と質問された。たしかに今日は休みだから彼らは当然、撮影に行くものだと思っていたようだが、ただただこういう列車が運転されたというだけの単なる記録しかできないようなダイヤだからパスすると答えたら意外だという顔をしていた。
その2人は本日、大宮などの駅を下見して早朝から場所取りをして本番に備えるらしく、こちらの場所を確保するから一緒に行かないかと再三のように誘う。光栄なことだが、申し訳なくもお断りさせていただいた。ファンが大勢、血相を変えて蝟集する所に身を置くバイタリティはすでに使い果たしてしまった年齢。今晩、多くのブログにアップされる皆様の写真を拝見させていただきJR30年を静かに祝したいと思う。

機関車は予想通りEH500の30号機が尾久に回送されたようだ。マークもなさそうだが、事故やトラブルがなど起こしたら慶事が台無しになってしまう。皆々様、お気をつけあそばせ!

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若かりし頃に撮った東京駅9番線での写真(再掲)。ここは早い時期に見つけた立ち位置だったが、EF5861がこのホームに入る機会に恵まれず、この時(1982年7月24日)まで写真を撮ることができないでいた。それがようやく「はと」のリバイバル列車で念願が叶えられたわけだ。大勢の撮影者が入ったものの達成感は大きい。ただ、本当はもっと長いレンズで入線から撮りたかったが、その後、チャンスがなかったのは心残り。

自分としてはEF5861を撮影する場合、少し高い位置から長いレンズで引っ張るのが最も好き。藤沢駅小田原寄りの職員通路などが最良のポジションだったが、今となっては立ち入ることすらできなくなってしまったは、ファン同士が掲示板でチクリ合うようになったご時世では致し方なかろう。おおらかだった時代が懐かしい。

(写真、文:U)

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2017年12月 2日 (土)

品川駅ホームのトイレとブルトレ

早くも師走。寒さが厳しさを増してきた。

冷えた朝、車の屋根を覆った霜を見ながら出勤する度、「今なお現役」という言葉が浮かぶ。言わずと知れた某鉄道雑誌の特集記事のタイトルだ。定年も近づいて「廃車」が迫ってきている我が身、まさにそんなフレーズが似合う。昨今の情勢では年金が出るまでもう少し仕事を続けることになりそう。だからそんな境遇を国鉄や大手私鉄から中小私鉄に引き取られた車両とダブらせてしまうし、気にもなってきた。時間をつくって、先日訪れたキハ104を保有した南部縦貫鉄道のような私鉄を訪ね歩いてみようかと考え始めている。

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トラブルが頻発する田園都市線を避け、通勤に京浜東北線を利用する機会が増えた。そのたびに昔、よく撮影に訪れた品川駅を通るが先日、家に戻る途次、トイレに行きたくなって下車した。ホームの先端、横浜寄りにトイレがあることを思い出したからだ。もしかしたらもう撤去されてしまい、「エキナカ」の商店街にあるトイレまで階段をかけ上がらなければならないかと不安もよぎったが、幸い昔の場所に残っていたのはありがたかったし、それ以上に懐かしかった。

なぜかと言えば、そのトイレが写った写真が山ほどあるからだ。今回はその画像。今、まさに商店が並んでいるあたり、当時の団体待合室裏にある階段から撮影したもの。メインターゲットは同じ品川駅の別の場所で狙うEF58の荷物列車や臨時列車だったが、合間に上ってくるブルートレインを押さえるには都合の良いお手軽な場所で、写真の良し悪しを度外視すれば雨もしのげて重宝した。つまり、そこからの写真が多いのは、いかに自分がいい加減な姿勢でブルトレを撮影していたかが分かるという証でもある。生意気にも写真にトイレが入ってしまうことが不満であったくせに、あれから40年と半年、そのトイレにお世話になってしまった。「原点回帰」と言うのは少し違う表現かもしれないが用を足してスッキリした後、ちょっとした因縁を感じたものだ。

(写真、文・U)

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