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2017年10月 5日 (木)

山口線の苦い思い出

D51200が山口線にデビューする運びとなったが、会社の若い鉄道ファンと話していたら、かつて山口線にC581が走っていたことを知らない世代であることに驚いた。1979年8月にC571が復活して予備的にC581も動態化されたが走った回数も少なかったし、趣味誌などに写真もあまり出されなかったから、そのためなのかもしれない。実質、5年使われただろうか?若いファンが生まれて間もない時期ゆえ、知らないのも無理もないわけで、おかげで山口線にSLが復活して40年近くたったことをあらためて実感させられることとなった。

C58のファンとしては最初の試運転に駆け付けたが、現役時代に装着したこともない、おかしな集煙装置や形式入りナンバープレートに辟易したことが強烈で、山口線から遠ざかる要因となってしまった。横浜の開港記念で走ったときは出発式に招待され、乗車の機会を得たから出かけたものの、それが走る姿を見た最後になった。前回の大阪赴任時に梅小路を訪れたときなどはデフレクタに変な装飾が付けられたり、煙室扉ハンドルがお召し列車用のタイプになっていたりとメチャクチャ。現役時代、北見で活躍していた頃を知る者としては、見るに堪えない姿に変わり果てていた。

それはそうと、C581が初めて「やまぐち号」を牽くと聞いて出かけたとき、レンタカーで川に落ちたことを思い出す。けっきょくそのときはC58が登場せずC57での運転となってガッカリしたが、C57でも仕方がないと諦め津和野~船平山で上り列車の撮影地を探していて事故を起こしてしまった。借りた初代シビックは丸っこい車体だから、ゴロゴロとよく転がる。上下逆さまになって川に落ちたが、怪我もなく機材も損傷せずに無事帰ることができたのは幸いだった。あのときの現場の写真もいずれスキャンしなくては。40年近くたった今だからこそ懐かしい思い出になり得たが、車で撮影に行くことが日常的になった昨今、皆様もご注意あれ。特に車で先回りして同じ列車を何度も撮ろうというケースはより慎重に。

(写真、文:U)

Img2451_3当時はまだDD51の貨物列車が走っていた。熱心なファンはこの頃からDD51を真剣に撮影していた。

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1980年3月に山口駅でC58が展示され、「やまぐち号」のC57と絡んだ。C57の発車に合わせるように停車中のC58からも盛大に煙が上がった。

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