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2016年12月22日 (木)

2011年、磐越西線で走ったD51498

H氏の記事でスノープローを装着したC57180の凛々しい姿を見て、自分も磐越西線に行けば良かったと後悔することしきり。実際、11月最終の運転日とクリスマストレインの運転時にスノープローが付けられることはある程度予測していて、どちらの日も休みを入れていたのだが天候のせいにして出撃を見送ってしまった。ただただ自分の腰が重かっただけで、天気予報を言い訳にしたわけだ。
C57180は当初の頃、夏場でもスノープローを付けたまま走っていたのに、ここ数年、暖かくなると外してしまう。JR東日本のD51498やC61、C58などが年間を通じてそのままでいるのに、どうしてC57だけはこまめに外すのか不思議でならない。ただただ残念だ。

さて今回は以前やっていたブログでも掲載した画像。前述のようにH氏の写真に刺激されて古い磐越西線の写真をひっくり返し、トリミングし直した東日本大震災から約1カ月後のもの。C57のピンチヒッターで「ばんえつ物語号」に集煙装置と後藤工場タイプの変形デフレクターをまとったD51498がお目見えし、本番前の試運転の際に訪れた。

こうしてみると現役時代はベテランファンに嫌われた集煙装置だが、今のファンの中にはこちらのスタイルの方が好みだと感じている人も多いのではないかと思う。実際、天賞堂などが模型化すると、こういった重装備の製品から売り切れるという。プラスティックのC58などは1号機や切り詰めデフの北海道タイプなど7、8種類のバージョンが出たが、一番始めに模型店から消えたのが集煙装置を付けた関西や岡山地区のものだった。昔は集煙装置などのパーツが模型化されることなど考えられず、カツミの滅茶苦茶な形をしたプラ製や宮沢模型のD60用の物しかなかったことを思えば隔世の感がある。おまけにクルクルパーと呼ばれた、煙突に装着する回転式火の粉止めまで売られているのだから、古いファンはあきれているかもしれない。名著「機関車の系譜図」の著者・臼井茂信氏などはその本の中で、わざわざ別項にして「落ち武者のパレード」と題し、この火の粉止めとLP403のシールドビーム副灯を酷評していたほどだ。

話がそれたが、あれから5年が経過し、重装備好きな自分としては久しぶりにD51498もこのスタイルにならないかと待望しているが実現は難しそう。せめてC57180が通年、スノープローを付けたままでいてくれたらと願っている。

(写真、文:U)

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