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2016年5月

2016年5月31日 (火)

エアフォースワン 

伊勢志摩サミットも無事に終わり、来日していた海外要人も帰国していった。

セントレアには各国のVIP機が並んでいる写真も報道されていたが、やはりアメリカのVC25(B747)は圧倒的な存在感を放っていた。

エアフォースワンはセントレアへの到着が夜になったので、明るいうちの撮影機会はセントレアからの離陸時と岩国基地への到着時に限られていたが、皆さんよく研究していて厳重警戒の中、セントレア離陸は空港島内(ホテル)やチャーター船で海上からの撮影を試み、それぞれ良い作品をゲットされていた。岩国も比較的良い撮影環境で奇麗なショットが紹介されていた。

今回は遠方の平日ということで「サミット祭り」への参加は見送ったが、5月22日(日)の夕方に給油のために立ち寄った横田基地で、久しぶりのその姿を捉えることが出来た。

なるべく横からの奇麗な写真・・・とも頭をよぎったが、現地に着いてから撮影場所の下見をする中で考え方を変えて、思い切って「正面&腹」に挑戦することとした。

横田基地のRW(滑走路)18へ降りてくる航路の真下に公園があり、その端の誘導灯のある所まで来ると当然多くの警察官が警備していた。ここだと着陸寸前なので航空機の高度は多分30mも無い場所。当然撮影可能か確認し、OKをいただいてから脚立に乗ってカメラを構えた。

遠くから高度を落としてくるAF1が見え、正面を望遠レンズで撮ったあと広角レンズで至近のショットを狙った。

大統領が実際に搭乗している航空機をほぼ真下から撮影できる機会はかなり珍しいと思われ、また普通のB747ジャンボジェット機とは違った様々な特殊装備が下から記録出来て大満足の成果であった。

頭上を通過する際にはAF1からのすごい風を受けたが、これも良い経験になった。

(写真・文:K.M)

Air Force One VC25 82-8000 オバマ大統領搭乗機 2016.5.22 横田基地にて

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2016年5月29日 (日)

新型リゾートしらかみ 橅編成 落成回送

先日たまたまタイミング良く時間が出来たので、首記甲種回送の撮影に出向いた。逗子~新鶴見をDE101576、新鶴見からEF652070(後は高崎からEH200、長岡からEF510のはず)が牽引して回送、新川崎と新鶴見で長時間停車があるため、3か所で迎撃。編成が短いので少し物足りない感じは否めないが、グリーンの色合い清々しいデザインが夕陽に映える。

 今回は、2か所目で撮影完了後に移動しかけたところで、偶然にもMa氏と遭遇、当方徒歩だったので同乗させて頂き、脚立まで借用させて頂いて、3か所目をご一緒させて頂きました。ありがとうございました。

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2016-5-26 根岸線及び新鶴見前後

( 文、写真:H )

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2016年5月27日 (金)

EF5861(ロクイチ)御料車試運転

EF5861の本来の役割はお召列車のけん引。その客車は近年では1号編成で御料車を中心とした5両編成であった。

この組み合わせ、お召列車本番以外に、その前後の回送やお召の訓練運転(公式試運転)、検査後の試運転など「旗付でない」ロクイチが先頭に立つ姿も魅力あふれる被写体であった。

回送や試運転時には1号御料車にカバーがかけられるケースもあるが、それはそれで特殊感を醸し出し良いものだった。

1992年の秋、1号編成の試運転が行われEF5861が充てられた。このころ、回送や試運転に一般の青いゴハチが入ることや、その後はEF65PFも担当したので、順当な運用といいながらもやはり無理をしてでも撮りに行った。平日の午後を半休にして小雨の大崎駅へ行くとすでに係員が客車の引き出しを待ち、またEF5861が単機で構内に送りこまれて来る準備をしていた。

入換、据え付け作業が終わり、係員が車両の足回り点検などをして静かに発車していった。この場に居た撮影者は数名だった。

大崎駅の情景も大きく変わり、今はこの面影はほとんど無い。

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(写真・文:K.M)

1992年10月29日 試9961レ EF5861+1号編成  大崎駅

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2016年5月26日 (木)

エアフォースワン アメリカ大統領専用機

伊勢志摩サミットの開催で、サミット恒例の主要各国からトップの来日に伴うVIP機の飛来が報道にも出ている。テロ防止などの観点から厳重な警備と情報管制の中、皆さん何とか撮影しようと苦労されているのかと思う。

特に海上空港のセントレアや米軍基地などが使われると、難易度はかなり高くなっているであろう。

VIP機の中でも注目を集めるのは一般的にはアメリカ大統領専用機の、いわゆるエアフォースワン。正確には大統領が搭乗する飛行機がエアフォースワンというコールサインになるのであり、特定の飛行機の機体を指すものではないが、普通は青と白のジャンボジェットのことで特に違和感が無いのが普通。

今回の伊勢志摩サミット・広島訪問は平日でもあり業務多忙につき、サミット関係の機体を追いかけることはせずに静観している。まあ、過去に何度も撮っているので今さら感があるというのもあるが。

ただ、5月22日(日)は、サミットに先立ってベトナムを訪問するオバマ大統領専用機が、ワシントンを出た後、燃料補給でアンカレッジと横田米軍基地を経由したので、休日の夕方とうことで、一応横田基地に撮影には行ってそれなりの成果は得られているが。

抜群の撮影環境だったのが1993年のクリントン大統領来日のとき。南風の中、羽田空港に午後の到着ということでB滑走路RW22に降りてきて(当然D滑走路がまだ無いときだった)、夏には珍しい青い空をバックに、京浜島から文句のない奇麗な写真を撮ることが出来た。

(写真・文:K.M)

1993年7月10日 82-8000 VC25A クリントン大統領搭乗機 Air Force ONE

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予備機の82-9000 SAM(Special Air Mission)29000のコールサイン

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2016年5月25日 (水)

EF65PF牽引 20系あさかぜ

20系客車といえば「あさかぜ」、ブルトレ牽引といえばEF65P、EF65PFをすぐにイメージしてしまう。EF65500番台のけん引する20系あさかぜが東海道本線を上ってくる姿は、昭和50年代前半はごく日常の風景だった。当然ヘッドマークを付けて目の前を疾走していった。

ご紹介の写真、機関車がEF651000番台(PF)に変わっただけであり、なんの変哲もないようにも思えるが、実はほとんど実現しなかった組み合わせ。定期のあさかぜから20系が引退したときはまだPFはブルトレ運用には入っていなかったためである。

そして、まだ20系が季節臨であさかぜに残っていても、定期列車以外には原則ヘッドマークは付けられなかった。

とはいえ、色々な事情でこのようなカットも残すことが出来たのは幸いであった。

(写真・文:K.M)

1984年8月11日 8012レ あさかぜ52号 EF651100 東海道本線 興津にて

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2016年5月23日 (月)

K・Mさんにお応えして

K・M氏の記事を受けて羽越線の道川~下浜(K・Mさんは奥羽本線の「道方~下浜」としているが、羽越本線の「道川~下浜」のようだ)で長いレンズを使用して撮った画像をアップする。この写真は当ブログには掲載していなかったかもしれないが、今となってははっきり覚えていない。再掲だったらお許し願いたい。

換算1400ミリ。「あけぼの」を撮りに行ったときのものだが、客車9両とはいえ貨物列車と比べるべくもない短い旅客列車では、編成後部がカーブに残らない。
ましてや6月(2013年)。陽炎の心配もあるから本命の「あけぼの」で挑戦する愚挙は避けた。何しろ前夜、H氏と秋田市内で痛飲して当日は寝坊し、現地に着いたのは「あけぼの」通過15分ほど前だったから、最初の撮影がいきなり本番だったということもある。

さらに言えば、立ち位置から長いレンズを使うと右側の架線柱が重なりすぎて鬱陶しい。非電化区間ならともかく、電柱が立ち並ぶ場所で闇雲に長いレンズを使うと返って悪い結果を招くという判断も働いた。貨物列車で遊ぶくらいが無難だろう。「あけぼの」は800ミリで無理はしなかった。もちろん2台のカメラで撮る手もあったが、ファインダーから目を離して撮るようなまねは、なるべくならしたくない。

昨年9月にも現地を訪れたが、延伸される高速道路の橋脚工事でバックがうるさくなってしまい、当時のような写真を撮るのは難しくなっていた。

(写真、文:U)

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最下段の写真は2012年9月撮影。編成の後部に白っぽく見えるのが高速道路の橋脚部分(工事中)。上に道路が走るわけだから、ここでの撮影はかなり制約を受けるようになるだろう。

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EF5861 お召列車の朝

サミットが近づき首都圏でも厳戒体制になっている。

この趣味をやっていると海外要人のVIP機やお召列車撮影などで、このような警備についてはかなり慣れっこにもなっており、ある意味警備に協力し、平穏に目的(撮影)を終える術を本能的に身に着けてきている。

1982年5月、東北本線・日光線でEF58によるお召列車が運転されたが、運転当日5月23日の朝に宇都宮運転所に立ち寄ってみると丁度EF5861が1号編成を入れ替えしているタイミングだった。特に厳しい規制もなく、全く普通に撮影もさせていただけて、のんびりした時代だった。

出発準備が進められているのを遠目で見ていると、乗務員の旗が開かれで記念撮影が始まった。

記念撮影後もしばらく開かれたままであったので望遠レンズで数枚シャッターを押した。

34年前のちょうど今日、5月23日の朝の出来事。

(写真・文:K.M)

1982年5月23日 EF5861 1号編成 宇都宮運転所にて

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2016年5月22日 (日)

ブルトレヘッドマーク復活の頃

国鉄末期の1985年、それまでは東海道のブルトレにだけ残っていたヘッドマークが全国で復活した。かなり徹底された復活ぶりで関門・青函のような短区間でも、夜間しか走行しない区間でも付けられたことで東奔西走して撮影した。

1985年のGWは東北地方へ出かけ、あけぼの、日本海、ゆうづる、出羽などを撮ったが、青森あたりでは時間帯も集中しかつ本数も多く、どれをどう撮るか正に贅沢な悩みだった。

紹介するのは「出羽」だが、この列車そのものの写真というより「この場所」がポイント。

これはペンタ67の300ミリなので35ミリ版に直すと150ミリだが、画面の左奥をいまさらながら眺めると、もしここで800ミリとか1000ミリで撮っていたら・・・・・ということでアップした。

(Uさん、いかが?)

(写真・文:K.M)

1985年5月5日 2001レ EF8168 奥羽本線 道方ー下浜

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2016年5月21日 (土)

奇妙な客車

今、どれだけの人がご自身で開拓した撮影地、あるいはすでに知れ渡った撮影地でも独自のアングルを考えて撮影に臨んでいるのだろうか?
写真というものの性格上、「人まね」をするのは成長過程のファンとしてはある意味、至極当然。自分も諸先輩の写真を作例として趣味を続けてきたから否定する気は皆目ない。
しかし、40歳を超え趣味歴20年以上に達するようなベテランが、撮影地ガイドの作例を真似たり、同じような写真を撮って、満足しているとしたら考えものだ。

もちろん初めて訪れる撮影地ならそれもあるだろうが、どこに行っても、何度行っても、撮影地ガイドと同じ写真さえ撮れれば満足だというのであれば、人様の写真を見ていれば良いではないか。

前回、函館本線・国縫駅での写真をアップしたら、さっそく質問を受けた。
曰く「何ミリのレンズを使ったか?」「ホームのどの位置から撮影したのか?」「脚立は使ったのか?」などなど。

悪いけれど答えなかった。
「ご自身で試行錯誤してください」とだけ返信したが、この趣味の醍醐味は、自分で開拓したりアングルを考えることに面白味があると考えているから。人と同じ写真を撮ることだけに終始するなら、こんな趣味は廃れるし長くは続かない。
たかが趣味のことで偉そうに言うつもりはないが、知り合いならともかく、ただただ自己満足の「結果」を求めるために、匿名でいきなり「方法やプロセス」をたずねてくるような輩は「恥」を知るべきだと思う。少なくとも本名ぐらい名乗るのはマナーではないか。

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4月20日の「カシオペア」客車の試運転。以前から撮りたいと思っていたカヤ27が本線に出たので、そちらをメインで撮りに出かけた。
こんな写真、真似する人も、どこで何ミリのレンズで撮ったかなどと質問する人もいないだろうから、蕨~南浦和の歩道橋の踊り場から500ミリで撮ったと、先に書いてしまおう。買ったばかりのカメラの試し撮りを兼ねて露出もマニュアルではなくオートをチョイスした。

以前も書いたが、編成のど真ん中にマンションの影が落ちるが、列車側面が日陰になる側からの撮影だから全く問題ない。車端面にだけ光が当たればじゅうぶんだ。
営業運転では客車の後部にも丸いヘッドマークが付けられていたものだが、それすらないから、ますます奇妙ななご面相だ。

(写真、文:U)

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2016年5月20日 (金)

カシオペアクルーズ試運転 - H編

遅ればせながら、先にレポートされているT氏と同場所で厳しい陽炎の中、無謀にも超望遠ショットを強行したHです。この場所は元々K氏の秘蔵場所でしたが、前回の撮影結果を拝見して衝撃を受け、次回機会があれば必ずここを訪れようと心に決めていた。

このため、今回は迷わず当地を訪れた。光線状態は悪く曇りの方が適する場所にも関わらず、撮影タイムに近づくにつれ、日差しがより強まり、強烈な陽炎が立ち上る状況下ではあったものの、思いが強すぎて諦めきれず、超望遠ショットを強行した。

そんな天気で少々気合いが緩みかけてはいたが、車で到着すると超望遠レンズをかかえたMa氏が先着されており、後からT氏も到着され、おかげさまで退屈しない楽しい撮影会になりました。結果は・・・やはり強引だったかもしれず、またリベンジの必要がありそう。

 尚今回は、残念ながら都合で追いかけはままならず、御召ローピン塗装となった81は諦めざるを得ず帰途についたが、ふとSLみなかみのスジが当日は遅いことを思い出し、時計を見れば間に合うことが判明、水上インターで降りた。暑すぎて煙は期待できないものの、人も少なくまったりとC61撮影にいそしめた。新ヘッドマークもなかなか綺麗だ。


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 2016-5-14 上越線

 ( 文、写真:H )

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EF5861 真横の印象

EF58の大窓機を撮るのは、当然なるべく「正面」からが鉄則。横から撮るなんて愚の骨頂である。ただ61号機は900回以上撮っているので、真横からの流しなどのカットも在る。銀のステンレス帯が良いアクセントとなり、またお召仕業の前後だと足回りが磨きだされていて、他のゴハチとは存在感が異なる。

しかし、機関区においてはなかなか真横のカットは撮ることが出来ない。狭い構内で障害物なく真横からのきれいなカットはかなりハードルが高かった。

1984年5月、機関区ではないが、ゆっくりロクイチを広い構内で撮る機会があった。

この日は沼津ー掛川ー(二俣線)-豊橋ー沼津と14系6両の団臨が運転され、これに充当されたEF5861は掛川で客車をDE10に引き渡したあと、再び豊橋で上りを受け取るために単機で回送された。その単機回送のダイヤが西浜松9:31着・14:34発という、なんと5時間を超える超長時間停車。しかも停止位置も抜群であったため、二俣線には行かずに数時間西浜松でのんびりと撮影をしていた。

広い構内で、薄曇りの天気だったことも好条件で、気の済むまで撮影を楽しむことが出来た。

(写真・文:K.M)

1984年5月5日 EF5861 単9421レ 西浜松にて

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再開するものの…

パソコンの突然の不調でブログの更新をすっかり怠けてしまった。今のご時世、使えるパソコンが身の回りに1台しかないはずもなく、ほかのマシンで記事は書けたのだが、ノートPCで画像処理をする気力が出なかった。視力が衰え始めた今、しばらく使っていないノートPCでの作業は億劫。画像の処理もモニターの発色の違いから手をつける気になれなかった。
その間、仲間の方々にすっかり甘えてしまったが、K・M氏やHo氏、Ha氏、T氏のおかげで、密度高くバラエティ豊かな記事が展開され、書く側から見る側として楽しませていただけたのはけがの功名といった印象だ。

さて、再開。まだアップしていなかった3月の北海道で撮った画像を掲載したい。撮影地はいずれも国縫。相変わらず長いレンズで狙ったもの。

先般、「カシオペア」の試運転が上越線経由で行われたもようだが当方、いよいよ鉄道撮影への熱が冷めてしまったようで出撃しなかった。ヘッドマークもないし、前位が双頭連結器ではないEF64では、好き嫌いの激しい自分としては魅力に欠けた。いっそ北海道へ渡ることも考えたが、いったん重くなった腰は上がることはなかった。正直、来月からの本番も、3月までのような気分で臨むことは難しいだろう。

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上の写真は3月18日、小沼湖畔で撮影後(9日の記事の写真)、高速道路を使って先回りした。下は16日。同業者は誰も来ないし、スロープを下ってくる雰囲気が気に入って、20日のDD51最終日も国縫で撮影した。

(写真、文:U)

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2016年5月19日 (木)

カシオペア試運転

14日は、カシオペア試運転を追って遠征してきました。本来は、この時期は会社のキャンペーン期間中でもあり当日は休日出勤が入っていたのですが、無理やり別の人間に代わってもらって、出撃しました。しかし、当初予定していた場所は、ロケハンの結果、背景に邪魔な重機が入ってしまうことが判明し、急遽昨年秋のカシオペアクルーズをKさんとUさんとご一緒に撮った場所に移動しましたが、ブログの威力は絶大で既にポイントには三脚の山。あれあれと思いきや、近づくと先客のうちお二人はHoさんとMaさんだったので、隙間に入れていただき何とか場所は確保しました。しかし、ピーカンの下、ファインダーを覗くと陽炎が相応に出ていたので、果敢に超望遠に挑まれた結果はHoさんにお任せするとして、軟弱な小生は早々に超望は捨て200ズームで迎撃。僅かに頭に陽が当たったものの、トップからの光線でひさしの長い影が出てしまいやや残念な結果に。そこから、2013年秋のカシオペアルーズを撮った岩船町の先まで移動しましたが、まあ急ぐ必要もないとゆっくりトイレ休憩やらガソリンの給油だのしてのんびりと現地に着くと、ブログの影響もあってか既に三脚が林立して満杯状態。何とか側溝の上に脚立を立ててポジションを確保しましたが、その後も続々と人数は増え続け、相当な人数になってしまいました。Maさんも後から駆け付けられて何とか場所を確保されました。まあこの場所も16時通過だったので前面の右半分まで辛うじて陽が回ったので、ローピンでお召し塗装のEF8181は美しかったです。先週今週と地方出張が続き、翌日は父の3回忌でヘトヘトですが、まあ1日で往復800キロを走った甲斐はあったかと思います。情報をご提供いただきました方々ありがとうございました。(写真・文:T

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2016年5月18日 (水)

EF8197 北斗星

定期客車列車が消滅し、長い編成を活かしたダイナミックな写真が撮りづらくなってきている。貨物列車はあるが、編成美や長さの予測の観点から難易度は高い。

1991年当時、多くのブルトレが東北本線に健在だった頃、蒸機や陸羽東線のDE10重連あけぼの、ED75三重連貨物などを撮りに行く「ついで」に撮るのが北斗星だった。

毎日何本も撮れためにテレコンを付けて遊びで撮ったカットが出てきた。露出オーバーや粒子の粗さは無視し、うねる客車だけが見どころといった駄作。

(写真・文:K.M)

1991年9月22日 東北本線 杉田にて 

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2016年5月16日 (月)

EF58157 中央本線岡谷駅

最後まで残ったEF58の中で唯一青のままだったのが157号機。

60,61号機は別扱いとして、ゴハチ末期には稼働機が次々と茶色に塗り替わっていき、89・122・150など初めはもの珍しさで追いかけたりもしたが、最後には青い157号機のほうが貴重になる逆転現象が起きてきた。

その157号機が中央本線岡谷駅に居る写真が出てきた。「鉄道の日」関連で、当時大人気のゴハチが展示されたもので、展示前日の土曜日に側線に入っている姿をスナップショット。なんとか駅名表示板と絡めてとれないか撮影位置を工夫した記憶がある。

(写真・文:K.M)

1985年10月12日(土) EF58157 岡谷駅にて

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2016年5月15日 (日)

EF81 トップナンバー

直流電気機関車を中心に鉄道写真を撮っていた学生時代、就職後も勤務地が静岡でEF58の荷物列車からの撤退・EF62への置き換え、ブルトレ牽引がEF65PFからEF66への転換期など思う存分楽しむことが出来ていた。

ところが1985年に新潟への転勤となり、さてどうしたものか・・・と思っていたら、シュプール号全盛期に入りEF64のユーロライナー、EF62やEF64の貨物・団臨などを満喫した。

国鉄の終焉とJR発足を新潟で迎え、そろそろ被写体にも飽きてきたころから、少し趣向を変えてEF81のトップナンバーを追いかけた時期があった。まだ全機が健在だったが500番台の投入も控えて車齢の古いものは程なく落ちるとの観測から、富山機関区に運用を聞いて週末の信越本線・北陸本線での貨物牽引の姿を捉えていた。

(写真・文:K.M)

1988年 信越本線 北条にて EF81 1

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2016年5月14日 (土)

カシオペア

本日カシオペアが試運転で北海道へ向けて走っているようだが、またそろそろ渡道の準備をしないといけない。
今回の運転は日曜夕方まで撮ってしまうと帰る飛行機が無い様だ。
さてどうしたものか?経由して帰るか翌日帰るか悩ましいところ。

(写真・文:Ha)

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2016年5月13日 (金)

EF5861 御殿場線を行く

EF5861(ロクイチ)が単線片持ポールの区間を走る姿は、1988年から成田臨に入り始めたことで比較的良く作品を見るが、それ以前はあまり撮影の機会はなかった。日光線、両毛線などは宇都宮や高崎第二のEF58(やEF57)が担当し、身延線や飯田線の単線区間はまだEF58は入れなかったし、そこにロクイチが充当されることはほぼありえない状況だった。

写真は御殿場線に入線したロクイチの団臨。上りこう配でカーブに差し掛かかるところなので、目いっぱい滑り止めの砂を撒きながら近づいてきた。

(写真・文:K.M)

1993年11月14日 9625列車 EF5861+14系9両 御殿場線 足柄にて

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2016年5月12日 (木)

Brilliant Silver Arrow

カシオペアの定期運行は、今回のダイヤ改正で幕を閉じた。僅かに臨時ツアーが計画されカシオペアクルーズとカシオペア紀行として運行されるようだが、シルバーのEF510は既にもう田端にはいない・・・。 シルバーのEF510E26系の組み合わせによるシルバートレインの美しさは格別であっただけに残念。


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写真は、前面窓をギラつかせながら爽快に走り抜けるシルバートレイン 上りカシオペア。

 ( 文、写真:H 

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2016年5月11日 (水)

ED500という機関車

田端のEF510がブルトレ仕業から撤退し転属していった。過去のEF65PやPF時代の期間と比べると非常に短期間の活躍だったが、注目度という面では夜行寝台特急の終焉ということで列車自体がマスコミにも大きく採り上げられ、またネット上の情報合戦で多くの作例が公表されている。

このEF510のデザインの原型なのかもしれないが、ED500という機関車を思い出した。

量産に至らず、その活躍を見ることはできなかったが、本線上の試運転を撮影することが出来ていた。東海道貨物線の東京貨物ターミナルと西湘貨物ターミナル間を、EF66を次位または後部に付けてのコンテナ列車を使っての迫力ある光景が繰り広げられた。

機関車形式(ED500)と番号(901)の間に「- (ハイフン)」が入れられていたのもこのころから。

(写真・文:K.M)

1993年2月28日 ED500-901+EF664  試9095列車 大磯ー二宮にて

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2016年5月 9日 (月)

小沼湖畔の「カシオペア」

「打てば響く」仲間の方々に当ブログへの寄稿をあらためてお願いしたところ、K・M氏やT・H氏が呼応してくれた。いずれ鉄道雑誌が衰退し、かつて自分たちが撮影した成果を発表する場が消滅することを予測している身にとって、このブログに「ピアノの発表会」としての機能を有し続けられればと願っていただけに、同調していただけることは喜ばしい。各々が蓄えてきた数々の成果を振り返るフォーラムとして、可能な限り存続していければこの上ないことだ。

さて、下の写真は3月18日の下り「カシオペア」。ED79区間で1回目を撮った後、先回りした。函館から国道5号を北上し、七飯のトンネルを抜け信号を右折してすぐのポイント。小沼の湖畔沿いに大沼の駅に向かう直線でとらえた。かつて畏友K氏が「レイルマガジン」で紹介していたが、編成がきれいにフレーミングできる好ポイント。もっと短いレンズで撮れば小沼の湖面も入るのだが、超望遠レンズ一辺倒の自分にはもとよりそんな考えはなかった。500ミリ。

実は小沼、大沼付近は鉄道撮影から遠ざかっていた時代にもスキーで毎年のように訪れ、リフトが動き出す前のひとときをついて「北斗星」撮影をしていた場所。このポイントも知ってはいたが、大沼駅寄りのカーブにばかり通っていたから、ここでの「カシオペア」撮影はこれが初めて。

こうしてみるとそこそこの望遠効果も出て悪くない。湖畔の森の中は北欧のイメージさえ漂うといえばオーバーか。惜しむらくは国道5号を走る自動車がフレームインしてしまったことだが、DD51牽引の終焉に合わせて慌てて駆けつけた身としては贅沢は言えまい。

6月の「カシオペア」運行に向け北海道ではDF200―120による乗務員訓練が繰り返されており、本番さながらの如く、「カシオペア」客車を使った訓練列車も5月半ばには行われると聞く。そろそろ北海道行きの航空機の予約を考えなければなるまい。

(写真、文:U)

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ED62重連貨物

ごく普通の機関車でも、2台連なると倍以上の魅力になるのは蒸機・電機・DL共通のもの。

小型の電気機関車であるED62は飯田線の旧型電機(ED18,ED19、EF10)淘汰のために投入された改造機であるが、そのスタイリングが何となく気に入り折を見ては撮影に行っていた。

1990年代前半、飯田線北部で冬季だけED62の重連貨物列車が運転されていた。土曜日の昼間、上片桐からの5273レ。通常は本務機の前パンタは降ろされていたが、たまに4丁パンタで来たり、先頭に17号機が入ったりと風光明媚な飯田線をのんびり走っていた。

(写真・文:K.M)

1992年1月25日 5273列車 ED6217+ED625 七久保にて

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2016年5月 8日 (日)

山口のけむり 2016年 二日目往路

 前日の興奮が冷めやらぬまま、昨年のロケハンで見付けた新たな場所へ狙いをつけた。アウト側からも比較的サイドの見えるS字だ。 超望遠でのカーブ飛び込みと中望遠でのS字上とを狙う。 遠くで発車の汽笛がこだまし、そのうちドラフト音が聞こえてくる、いつもながらドラマティック。いつもに増して煙を吐き、ドレンをきりながら姿を現わした。

 二日目も素晴らしいスタートが切れた。そしてゆったり追いかけても2回ほど撮れた。こうして、この後復路で繰り広げられるド迫力の最終章へと展開したのであった。

今回もT.A氏には大変お世話になりました、感謝致します。

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 2016-3-21 山口線

( 文、写真:H )

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2016年5月 7日 (土)

変わらぬ撮影地 原宿

首都圏にも多くの旧型電気機関車が走っていたころ、通学経路であった山手線沿線での撮影は日常生活の一部だった。EF13,EF15の貨物列車やEF58の団臨、各種回送や事業用車、そしてお召列車などをホームの先端から気軽に撮れた。

今のように何か走るとなると黒山の人だかりで、場所取りや脚立の林が出来る・・・などとは全く無縁ののんびりした時代。多くても数名の顔見知りが集って軽くシャッターを切っていた。

午後に南下する列車は良い光線で撮れ、特に原宿、恵比寿は良く通った場所。この日はEF15の重連で人気のあった5472レの先頭に、これも人気だった45号機(本務69号機)が入り、しかも157系のお召列車の運転で宮廷ホームに横を通過するので、並びを狙った。

今もあまり変わらぬ佇まいの原宿駅だが、ホーム先端には柵が出来ている。

(写真・文:K.M)

1979年7月3日(火) 原宿駅にて 5472レ(EF1545+EF1569)、157系お召(13:18発 伊豆急下田行)

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2016年5月 6日 (金)

山口のけむり 2016年 初日復路

 復路には期待を寄せて、かなり久しぶりに行ってみたい気分にかられて当地を訪れた。秋は日が短く暗すぎるから、運転開始のこの時期が勝負となる。 結果は期待通り、いや期待以上に大迫力のドラマが展開され、天高く立ち昇る灰色のけむりに息をのんだ。明日への勢いがつく成果であり、ワクワクしながら宴会へ向かった。

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 2016-3-20 山口線
( 文、写真:H )

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2016年5月 5日 (木)

山口のけむり 2016年 初日往路

 前回触れた通りこの時点では気分が中途半端なままで航空機に搭乗しレンタカーを運転し、ギリギリの時間帯に到着した撮影地でT.A氏に迎えられて体制を整えて撮影に臨んだ。

 遠くから聞こえてくる汽笛とドラフト音、かなりの迫力で目の前にC571が姿を現した。久しぶりに気持ちが高揚し、この瞬間から気持ちは晴れ上がった。新たな年の初撮影には十分な結果であるとともに、復路への期待に胸膨らませた。 
 だがこれはまだ、これから展開される感動のドラマの序章に過ぎないことに、この時点では気付くはずも無かった。

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  2016-3-20 山口線
( 文、写真:H )

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EF5861 こどもの日のプレゼント

今日5月5日のこどもの日に運転された列車で思い出すのは昭和55年のゴーゴー記念号。5が四つ並ぶ日ということで沼津・豊橋間でEF5861が静岡のお座敷列車を牽引し往復した。当時は珍しかったヘッドマークが付くということで沼津機関区での形式写真から始めて一日中この列車を車で追い駆けた。下り9443列車は新所原10:23着で13:10発と超長時間停車、上り9440列車も鷲津14:17着で15:50発とゆっくりと停車中も撮れるスジ。

このEF5861の運用、起点は4月25日の東京機関区臨A117運用。単機6347列車で品川から沼津に送り込まれたあと翌26日に沼津のお座敷列車を牽引し沼津ー大阪(宮原操)、27日に大阪ー沼津、29日、30日と同じように大阪往復をこなし沼津機関区に取り込まれた。

2日間沼津で休んだあと、5月3日臨A118運用で沼津ー豊橋を往復し、中一日をおいて5月5日を迎えている。この運用のあと6日の単8102で品川に帰投する、延べ12日間の運用であった。当時はこんな長距離・長期間運用も比較的多く、今から思えば飽きるほど撮れるという贅沢な環境にあった。

写真は上記の鷲津駅での停車中のショット。今にしてはヘッドマークが無いほうが好ましいと思えるのも贅沢な我儘?

(写真・文:K.M)

1980年5月5日 9440列車 EF5861 鷲津駅にて

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2016年5月 4日 (水)

山口のけむり 2016年 二日目復路

ややレポートが遅れたが、T.A氏と同道して本年運転開始の山口線へ出向いたので、今回を含めて4部作で報告したい。

 傘寿ヘッドマークの評価は別れるところだが、今回は2日間ともC571の迫力に圧倒されるほどに凄まじいものであった。年明けの身内の他界以降、何も手がつかない気分であったが、結果的に本年の蒸気機関車撮影の素晴らしいスタートを飾れたこととなり、気持ちを立て直すことが出来た。

 初回の写真は、最も度肝を抜かれた2日目往路を紹介しよう。ご来光のごとく夕陽の斜光が差し込む中、天まで覆い尽くすほど煙とドレンを吐く姿に思わず興奮。

 山口線というと、D51200の本線復活が発表され、サッパからボイラも搬入されて最近開館した京都博物館では、組み上げの様子が見学できるようになり、注目されがちである。しかし一方で、C571と並んで未だ車籍が抹消されたことのない現役蒸気機関車C56160の去就が気になるところである。本年は最後となるかもしれない重連運転が夏に予定されているため注目したい。

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2016-3-21 山口線

( 文、写真:H )

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2016年5月 3日 (火)

お召し回送

K・M氏がこのブログに本格的に復帰してくれるはこびとなった。正直、ホッとしている。古いネガをスキャンする気になかなかなれない自分としては、デジタルカメラで撮った近作でつないでいる次第だが、青いDD51が夜行列車牽引から撤退した今、力を注いで撮影するような被写体もなくブログの閉鎖、あるいはPW制化も視野に入れていた。
そんな矢先だからHa氏やK・M氏の参加、復帰を非常に心強く感じている。お二方とも貴重で素晴らしい写真を多々撮ってきているから、このブログもかなり傾向が変わって上品にリニューアルできることだろう。
また、余裕ができればK氏やH氏からの寄稿もありそうだから、自分自身も非常に楽しみにしている。

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先ほど仕事が一段落したので職場で記事を書いている。今夜(2~3日未明)は20台近い大型テレビに囲まれたメインデスク。

CMやニュースなどをモニターするための席だが、どうしてこんなくだらない番組ばかりなのだろう。芸人がものを食って騒いでいた り、女を装ったデブが闊歩していたり、学芸会に出てくるような、「お遊戯」を繰り広げる自称「アイドル」を気取ったガキどもがゾロゾロゾロゾロ…。

見ている奴がいるのかネ???

こんなことを書くと、思い上がった匿名希望の人たちからの批判が来るのかもしれないが、これはブログ。新聞やテレビ、書籍と違って金を頂戴しているわけではない。個人が考えていることに口を挟まれても、大きなお世話。そんな輩のことまで視野に入れて迎合する媒体ではない。そこまで配慮しなければならないのなら、そもそもブログなんか始めちゃいない。

だから、(自らの)このスタイルは変えない。不快なら読みなさるな。痛くも痒くもない。

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先日、カメラ販売店の人と雑談していたら、キヤノンの5000万画素機、EOS―5Dsの販売が思っていたよりも伸びていないという。特に鉄道写真を撮っている人たちは高画素であることが災いしているのか、想像していたよりも鮮鋭な画像とならず、原寸大に拡大するとブレが気になってしまうとのこと。5Dsからもっと画素数の低い機種や、差額を出して1DX系に買い換える人も少なくないらしい。早めに見切りをつけて高く売れるうちに売り、それらに乗り換えているらしい。やはり思っていた通りだ。

以前にもそんな予想を記事にしたし、あらためてその原因を記すのもバカバカしいからやめておくが、けっきょくはネコに小判…のようで、一口で言えば高性能すぎたようだ。
とりわけ運動写真や乗り物写真のような動きの激しい被写体では、ミラーショックが限りなくゼロにならない限り、高画素機をむやみに使用するのは失敗のもと。ただでさえ駅のホームなどでの三脚使用が禁止されつつある昨今、手持ちで撮ることが増えれば当然のことだ。カメラのスペックだけに目を奪われて飛びついたら大やけどする。

どうやらニコンはそれらのことを傍観しつつ新機種を開発しているもようだが、自分としてはD810から買い戻したD800Eをしばらくは使うつもり。

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下の写真は2011年10月31日のお召し列車運転終了後の米子への回送。A氏やH氏に同行させていただいた。紋章や国旗などがたたまれてしまって、こんなことならどちらも撤去してくれた方がスッキリしたのに、返って目障りな印象を持った。

この写真、モニターで借りていた当時の最高画質を誇ったニコンD3Xで撮影したものだが、今や2400万画素など当たり前の時代。感度もISO100が基準で高感度性能もそれほ どではなかった。それでも飛び付いたおバカさんを知っているが、先日売り払おうとして愕然としたと語っていた。買い取り価格¥50000にも満たなかったという。売り時を誤ったことが大きいにせよ、普通の(状態の良い)D3の方が高く売れる傾向にあるという。

(写真、文:U)

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2016年5月 1日 (日)

EF12がお座敷列車を牽いた日

4月29日夜は、このブログ関係者恒例の集まりがあり、いつもながら大変な盛り上がりで夜が更けた。いつになっても、何年経っても、共通の趣味を貫き、青春を共にした仲間のつながりは貴重な財産となっていることを実感した次第。

この会合をきっかけに、私も昔の写真を中心に定期的に掲載をしていこうかと考えた。

本文・記事を厚く書くことはできないかもしれないが、鉄道写真を撮り始めた1975年からのネガ・ポジは2002年のものまでデジタルデータ化出来ているので、写真素材だけであればネタには事欠かない。

今回は吾妻線を走ったEF12けん引のお座敷列車。当時でも結構珍しい組み合わせで今となっては貴重な記録になっている。

(写真・文:K.M)

1979年5月15日 回9531列車 EF125+ロロフ6 郷原にて

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