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2016年1月

2016年1月30日 (土)

気分が乗らなかった日の写真

こういう写真は自分の好みではないが、何度も北海道に行っていると天気によって気分が乗らず、適当な場所でお茶を濁してしまうことがある。
高い金を払って旅行に行きながらも、やる気が削がれるのは、晴れると思って現地に行ったら太陽が雲に隠れてしまうケース。晴れの予報を見て、「よし、やるぞ!」と現地に乗り込んだら、みるみるうちに雲が出て感度を上げなくてはならなくなる場合で、特に時間的にももうほかの場所に移動する余裕がないときなどはその傾向が著しい。

今回は移動する時間こそあったものの、それでも本来、自分が好むアングルとは異なる場所で撮ったもの。柄にもなく海をフレームに入れたが、肝心の列車が小さすぎてあまりにも物足りない。2015年12月2日にも同じ日の写真をアップした。
晴れればもう少しマシな写真が撮れたかもしれないと思って、「カシオペア」を紅葉のシーズンに狙おうと思ったが、やはり好みとはいえない場所。再訪問する機会はなかった。

(写真、文:U)

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豊浦町の噴火湾展望塔より

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2016年1月28日 (木)

函館駅のED79

18日の記事にアップした写真と同じときに撮影した「はまなす」牽引のED79。いよいよこの機関車も見納めとなるようだ。先日の北海道行きでは深夜にもかかわらず夜間撮影を敢行した。午前1時前に青森から函館に着き、反対側にDD51が連結され出発するまでの間、ホームにとどまるから約40分前後撮影可能。

この日はあいにくの降雪だったが、それでも自分をふくめ5人以上がカメラを構えていた。乗客も降りてきて撮影していたのは、始発の青森駅ホーム先端が立ち入り禁止になったことも大きな要因なのだろう。

さて、その海峡線は3月21日をもって在来線の旅客列車が運転を終了するが「はまなす」は下りの3月21日青森発が最終(上りは札幌発20日が最終)。と言うことは海峡線の在来線最終列車は一応、この下り「はまなす」となる(ただし、新幹線開業後も在来線の列車が海峡線に乗り入れる可能性があるから「最後」とは言い切れないが)。
つまりこのシーンを撮るなら3月22日の函館着午前0時44分から1時23分発までの間がラストチャンス。ただし、この21から22日未明は、485系上り「白鳥96号」が21日の18時21分発で最終だし、その後も「スーパー白鳥」が上り1本、下り3本発着する。春休みだし、どうせ混乱するのは想像に難くない。加えて報道関係者も多く訪れそうだから、ひょっとしたらこの時間帯、駅への入場規制も考えられる。

余談だが20日に札幌発の上り最終「カシオペア」を牽引したED79は青森からどうやって戻って来るのだろうか?単機か、あるいは…。

(写真、文:U)

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2016年1月26日 (火)

昭和64年正月の山口線

久しぶりに投稿いたします。

平成にかわる直前、昭和64年(1989年)正月の山口線初詣列車、上りの長門峡発車です。

当時はいい光線で撮れた場所ですが、現在は運転時刻が遅くなっているので、冬場は厳しいのかも知れません。

写真・文:YM

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2016年1月24日 (日)

着雪のカシオペア

天気も良さそうであったし、514号機のカシオペアも悪くないなと思い、久しぶりに南浦和に出掛けてみました。通過の約1時間前に到着しましたが、常連の方々に加えて、普段あまりお見かけしない方も既にスタンバイされておられ、いよいよ「カシオペア」も終焉が近いことを感じさせられました。(ここは、ちゃんとした脚立も必要だし、それなりの長玉も必要なので、「北斗星」の最期も無秩序なことにはならなかったのですが、結構な人出でした・・)首都圏では、なかなかすっきりと障害物なしに撮影できる場所は相変わらず限られるのでまたいつもの場所に来てしまいましたが、若干なりとも着雪があってよかったと思っています。(まあ、かつての「あけぼの」の着雪には比べるべくもないですが。)ところで、自宅のパソコンが5年経ったのでWindows10のパソコンに乗り換えたところ、フォントは小さいわ、色々な操作がいちいち違うわで、半ばパニック状態。また、OSが違うだけでなく、パソコンメーカーが違うことでディスプレイの色調が全く異なり、RAW現像後の結果もよくわからず、調整にかなりイラついています。そんな訳で、ちょっとテストも兼ねてアップさせていただきます。(写真・文:T

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2016年1月22日 (金)

D5の価格について思うこと

昔、フィルム時代のカメラとして高嶺の花だったハッセルブラッド。レンズシャッターの500CMのボディが当時¥350000ほどで、ニコンやキヤノンのフラッグシップ機ですら足元にも及ばないほどの価格。学生だった自分にはもちろん手の届くものではなかったが、レンズの描写力なども含めてあこがれの的だったことは間違いない。プロのカメラマンのステータスでもあって、ファッション写真の分野などではこのカメラを使っているかどうかで、その力量が判断されたという逸話すら残っているほどだ。

それが今やデジタル一眼の時代となっては¥500000という機種もザラ。3月に発売されるニコンのフラッグシップD5などは実勢価格¥750000になりそうだというのだから物価の上昇を考えても驚きを禁じ得ない。昔の物価を単純に今と比べるのはおかしいとは分かっていても、ハッセルだって軽く2台は買えてしまう。

もちろんデジタル時代のハッセルも手が届かないほどの価格に上がっているが、それにしても¥750000という価格は軽自動車にも手が届きそうな金額で、カメラの高性能化を差し引いて考えても、ある種の「とんでもなさ」を感じてしまう。Dの一桁機を主力機種としている新聞をはじめとする報道機関にしても、組織に属するカメラマン全員にD5を2台ずつ貸与することは、よほど体力のある会社ではないと難しいだろう。リオ五輪を前に送信手段、事前取材への予算、渡航費などにも金がかかる状況を考えると、4年に1度のモデルチェンジ(マイナーチェンジは2年に1度)などを繰り返されていては、たまったものではない。マスコミの中でも今度のD5は五輪取材に行くカメラマンだけにしか配備しない社があると聞いている。
もちろんメーカーはマスコミに対してそれなりの優遇をするとしても、考えてみればほぼ使用することのない動画機能までもふくんだ高価格のカメラを、現場が要望するまま2~4年ごとに更新するようでは会社の財務、経理部門としては見識を疑われる。当然の話だろう。

カメラメーカーはこのようなサイクルで、フラッグシップ機のモデルチェンジをこれからも繰り返すのだろうか?オリンピックのたびごとに新型機を発表していけば次の冬季五輪を終え、いよいよ東京五輪となったときに発売されるD6(仮称)は¥800000にも届いてしまいそう。新聞の購読費の値上げなどを考えなくては、東京五輪を乗り切れるかどうか危うい一方で、無闇に上げたら読者がネットに流れてしまう恐れもあって難しい選択となる。

今回のD5の価格にはそんな思いをもってしまった。「カシオペア」の終焉に間に合わせようと自分も早々に予約を入れたクチだが、これまでD3、D3S、D4、D4Sほか、さまざまなデジタル一眼を使ってきた者としては、これまで1度も使ったことのない動画機能だけでも外して価格の高騰を抑えて欲しいものだと切に思う。

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お分かりの方も多いかと思うが、長万部の国道5号のオーバークロス上から2014年4月に撮影した「トワイライトエクスプレス」。今年の年賀状用写真の候補の1つになったカットだ。
ニコンD4Sで850ミリ換算では、まだこの位置(上の2枚)では列車が大きく写らないから当然トリミングした。ピッタリのサイズは1400ミリ以上が必要だと考えるが、そんな画角にしたらいくらまだ寒い4月の北海道とて陽炎で酷い画像になってしまっただろう。さっそく翌5月にDX機のニコンD7100を1050ミリで再挑戦したが、やはり画像素子が小さくなるDX機では、いくら画素数がアップしてもFX機のD4Sを凌駕するまでには至らない。ほぼ同等の結果だった。

ここは無理なトリミングをせずにFXで中央のようなヨコ位置でとどめる方がクレバーというもの。DX機に過度な期待は禁物。850ミリでは下の写真がほぼノートリ。

(写真、文:U)

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2016年1月20日 (水)

国鉄型電機の主張

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ようやく関東地方も冬らしい気候となり、毎日寒い日が続いている。先日の降雪こそ、ほとんど雪は無くなってしまったが、逆に今日は北からの空っ風が冷たい。

色々と立て込んで来てしまい、カメラを持って出ていないためストックからの掲載。瀬野八に使用されているEF67だ。朱色に塗られたコイツもれっきとした国鉄型電機。補機としての主張も今では板についてはいるものの、後継の電機(EF210-300番台)も増備されていることから、今では余生を送っているといった印象だった。100番台だからEF65からの改造になるが、いずれこの特異な外観も過去帳入りしてしまうのだろう。そんなことを思いながらシャッターを切った1枚。

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(写真、文:K )

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2016年1月18日 (月)

苦肉の迂回ルート

 

北国の人にとっては18日に関東に降った程度の雪は大したことはないに違いない。スキーや撮影でそのことを少しでも知っている自分としても、今朝の通勤時に各鉄道路線が大幅に乱れたことには、「雪に弱い」首都圏の鉄道の姿をまざまざと見せつけられた思いだ。

通勤に利用しているのは東急田園都市線。いつもより45分ほど早めに家を出て駅に着いたらホームに入れない。長いこと待ってようやく電車に乗ったものの、各駅に先行の電車が止まって1駅に10分近く停車する。満員という状況を通り越したスシ詰め状態の中で、「大雪で遅延」と、誰もが分かっている当たり前のことばかりを繰り返すのんきな車内放送に、「こいつバカか?」と思いながら聞いていたが酸欠の兆候も出て、がまんも限界。知りたいのは渋谷までのおおよその時間。気分が悪くなって、もどす(ゲロを吐く)女性も現れ、遂に「あざみ野」で下車し、横浜市営地下鉄で新横浜へ行き新幹線に乗ろうと思ったが駅構内から出ることすらできない。もちろん地下鉄も入場規制。
仕方なく隣の「たまプラーザ」まで歩いて羽田空港行きのリムジンバスに乗り、空港からモノレールでようやく会社に到着したのは自宅を出て4時間半後。リムジンはガラガラだしモノレールは定刻通りの運行だったから、たまプラーザまでの時間が長かったことになる。

いざとなったらレンタカー屋でスタッドレスタイヤの車を借りる手も浮かんだが、このルートは今後、何かのときに役に立ちそうだと学習できたのは大きい。間引き運転をしながら代替のバスも出ず、駅に入ろうとする列の後方には何の案内もなく、ホームに係員すら立っていない東急の一部駅を使っている身としては1つ勉強になった。せめて渋谷までのおおよその所要時間ぐらいHPの運行情報に載せてくれていれば、早めに別の交通機関を模索したのだが、もし出ていたとしたらこんな苦肉の迂回ルートは思いつかなかったかもしれない。

おかげで貴重な体験ができた。

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函館の夜をエンジョイしすぎて夜更かしし、「ならば!」と思って撮りに行った「はまなす」。午前1時ごろから1時間近く停車するから、おかげですっかり酒が覚めてしまって、さらにもう1軒(この夜3軒目)行く羽目になったが、雪の日に1度は撮っておきたいカットだった。

(写真、文:U)_dsc15570
〈追伸 仲間の方々へ〉 時期尚早かもしれませんが、カウンターを7桁に設定し直しました。

〈さらに追伸〉 東急の間引き運転は以前、雪が降った日、東急東横線の元住吉で起きた事故が原因で国交省が指示(そこまで拘束力があるものかどうかは不明だが)したという話もある。国家公務員の上級職(今はそんな呼び方はしないが)でもトップクラスではない連中が行く役所だけあって、現実にそぐわない要請は事実だとしても解せないことはない(どちらでも同じか)。朝の通勤・通学時に間引き運転して、あれだけの沿線利用客をまかなえると思ったのか??? 事故が起きるのを懸念しての指示だったとしても、自分たちの責任逃れしか考えていないボンクラどもだ。緊張を強いられる朝のラッシュ時、前の電車に接近しすぎたらストップするだろう。そのために運転手が乗務している。こんな状況下で追突でもしたら韓国で起きる、信じられない人為的事故のようではないか。

まあ、しょせん国交相は○○○○への分け前ポストだし、その程度の官庁か。事実だとしたら東急もイイ迷惑だったのではなかろうか。

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2016年1月16日 (土)

Train Suite「 四季島」ルート発表

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先般、2017年春から運行予定の「四季島」の運転ルートが発表された。現行の「カシオペア」の後継と位置付けられているが、今回の運行パターンや、走行路線を見てみると、ただ単純に札幌を目指す「カシオペア」とはまるで異なっている事がわかる。より自由度の高い「カシオペアクルーズ」に近く、もっと言えば、90年代全国で見られたジョイフルトレインと呼ばれる専用列車を現代風に豪華にした感じだろうか。最大の相違点は、我々鉄チャンの側から言えば、客車ではなく、ハイブリッドトレインであること。機関車牽引なしで、電化、非電化を問わず走行可能となることから、今回のような運行ルートになったのだと推測できる。

写真は、「四季島」とは全く関係ないが、今回発表されたルートに入っていて驚いた日光線を行く107系普通電車。もと165系改造車ということで、107系、特にこのツートーンの日光線用は気に入って撮影していた。昔からあまり変わらない、ここ今市あたりの風景に、今回の「四季島」の車輛がどう映るのか、今から楽しみでならない。

2012-11     107系電車    JR日光線/今市付近

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(写真、文: K)

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2016年1月14日 (木)

「カシオペア」が走らない日の過ごし方

3月から、これまでのような頻度で北海道に乗り入れなくなる「カシオペア」。秒読み段階を迎えて今年初の撮影に行ってきた。ほぼ1日おきの運転で撮影効率は悪いがファンの姿をちらほらと見かけたのは廃止間際のいつもの現象。それでも数はまだ多くはなく、「北斗星」廃止時に比べれば殺伐とした雰囲気はない。雪が舞う寒い時期だが白銀の世界でとらえるには最後のシーズン。雪の中を機関車が重連で長大編成を牽くシーンは今後、望めないのではないかとも思う。

一方、行く前に悩んだのは「カシオペア」の運転がない日の過ごし方。今回も函館に泊まり、1月10日はいざとなったら朝っぱらから朝市に繰り出して酒でも飲んでいようかとたくらんだが、考えてみたら海峡線の特急やEH500の貨物も最期。関心は低いが旅先で日の高いうちから酔っぱらって過ごすよりも有意義と判断して、車体に文字が書きまくられたゲテモノ485系の「白鳥」などを撮ることにした。

このゲテモノ、かつて東北線の奥中山付近で俯瞰撮影したことがある。何かの用事で岩手に行った際、ついでに撮影した「はつかり」だったと思うが、撮ったリバーサルを現像することもなく放っておいたらなくしてしまった。あまりのスタイルに現像する気にもなれなかったのだろう。

それが今や引退を間近に控え、好きな酒をがまんして撮りに行ったのだから変われば変わったものだ。9月末にも青森側で撮影しているし、我ながらこの変心には驚いている。大嫌いな水戸岡鋭治の文字だらけの車両を彷彿させるが、もとをただせば国鉄時代の車両、スタイルは水戸岡のデザインよりもはるかにマシだから少しは前向きになったのだろうと自ら分析している。

いずれ穴埋めの画像として使う予定。

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H氏の参加やT氏の記事でこのブログも賑わいを取り戻しつつある。H氏の記事では夕張線の川端~滝ノ上にかかる鉄橋上の写真が懐かしい。高所恐怖症の自分がこの橋を怖々と歩いて渡ったことを鮮明に記憶している。

また、T氏の写真を見るとかつてEF5861の成田臨を、1988年の正月明けに仲間たちと揃って撮りに行ったことを思い出す。まさしく「初詣」のごとき状況で、5台のマイカーを並べて記念撮影などもしたものだ。

まだ機関車が客車を牽いているのが珍しくもない時代。これからも皆様の秘蔵の写真をじっくり拝見させていただいて、若かった頃を振り返るきっかけとしたい。

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今回の写真は昨年7月に撮影した「北斗星」。例の安直な編集の撮影地ガイド本にはまだ掲載されていないポイントらしい。知っている人は多いはずだが、ここに来る人はもう何度も北海道に通ったはずの方々。ありきたりの撮影地に飽きたであろう人たちのようだ。

(写真、文:U)

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2016年1月12日 (火)

今年の初撮り

Uさんに加え、KさんそしてHさんも活発に動いておられ、楽しく拝見させていただいております。また、鉄ちゃんは休業中の方も含め、多くのお仲間の皆さまからもお年賀状を頂戴し、ありがとうございました。

Uさんのような、質の高いストイックな画像は私には限界があるので、まあ新年の初撮りは肩肘をはらずに家からも比較的近い我孫子口の成田臨に行ってきました。成田臨と言えば、かつてはロクイチや他のゴハチも頻繁に入っていたのですが、今となっては電車のみ。しかも、189系や651系ですら既に貴重な存在となってしまい、確実に昭和の時代が遠い過去のものになりつつあることを実感させられます。今年は189系が原色である豊田区のM51編成がラッキーにも入線したので、沿線はかなりの数のマニアでごった返していました。当初は木下~小林のいつもの定番の場所を目指して行ってみたのですが、あまりの雑草に「駄目だこりゃ!」ということになり、急遽別の場所での撮影となりました。それにしても、撮影した踏切には物故者の霊を慰める大きなお地蔵さんが立っていたり、別の踏切は名前自体が「頭割踏切」と、新年早々心霊スポットに行ってしまったようで、新浦和橋下で味わうような、ちょっと背筋の寒さを感じながらの撮影となりました(笑)。Hさんの気合い一杯のお写真のあとでは気がひけますが、まあご笑覧ください。成田線に行ったついでに成田空港にも足を伸ばしてきましたが、まだまだB747に出会うことができました。写真撮影だけでなくB787なんかとは全く異質のエンジン音も間近で堪能でき、結果的には成田臨よりもそちらの方がテンションが上がったかもしれません。 (写真・文:T

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2016年1月11日 (月)

回顧 最後のけむり

このところ、いくつかの雑誌で最後の夕張線の蒸気機関車特集が組まれており、その時期その場所を訪れた当時の情景が走馬灯のように蘇ってきた。これは、昨年1224日に国鉄本線蒸気廃止40年を迎えたからだが、当時高校生だった筆者は、国鉄本線現役最後の蒸気機関車達を目指して、期末試験最終日の夜行で発ち試験休み期間中、紅葉山を拠点として夕張線を訪れた。

5両のD51 241, 465, 603, 916, 1086が雪の中、重い石炭運搬列車牽引にあたっている姿に感動すると共に、最後となってしまうことへの寂しさが入り混じった複雑な思いで向き合ったのを覚えている。(397も残っていたはずだが、訪れた期間には運用に入っていなかった。)

写真は、訪問期間中に運転された最後になったであろう蒸気機関車によるラッセル車運転である。当時のフィルムを眺めて見たい衝動に駆られて、エクタクロームを引っ張り出してスキャンしてみた。


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1975-12 夕張線  ( 文・写真:H )

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2016年1月10日 (日)

最後の力走!EF641000

南武線の画像が続き申し訳ない。

前の記事で、南武線205系の引退をお伝えしたばかりだが、その南武線にも地味ではあるが貨物列車の設定が残っている。「米タン」と呼ばれるオイル輸送の貨物が武蔵野線経由に変更されてからは、南武線全線を日中走破する貨物列車は無くなってしまった。ただ、北限にあたる立川と府中本町の間には、まだ何往復かの貨物列車の設定がある。

冬場には、石油輸送も活発化しタキの長さも延びてくることから、この冬休みに野暮用ついでに撮影してみた。掲載写真はその時のもの。運よくEF641000番代の国鉄色がやってきてくれた。そしてこれまた絶妙なタイミングで下り南武線がファインダーに滑り込んできてくれた。考えはできても、中々こういったタイミングでは撮影は難しいもの。何かすごく得した気分にさせてくれる。

愛知区のEF64も国鉄色の稼働車は今や数台。期限ぎりぎりまで使用していきなり休車になるのだろうか。その時期は、もうそこまで来ているはずだ。

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2016年1月 9日 (土)

ありがとう205系@南武線

正月明けの三連休。都内はやっと冬らしい空気に包まれている。個人的なことだが、今月は何かと色々行事が連なり撮影に出かけることが厳しい状況になっている。今日のような冬晴れのもと、どこかへ出かけて気分良くカメラを向けたいところだが、しばし我慢を強いられることになりそう。

こんな状況に限って、あれこれ撮影欲が湧いてくるものだから困ったものだ。この冬に色々試したいことの中で雪中撮影があるのだが、この暖冬でどうなることやら。ちょっと春までの間、作戦を練ろうと思っている。

今日は、南武線の205系によるイベント列車が走ったので、少しだけ時間を見つけて出てきた。これは実質「さよなら運転」と言えるもののようだが、あれだけ走っていた黄色線の205系が、すでにE233系に置き換わり、今や今回の1編成を残すのみとか。年明け早々、またまた時代が移り行く。

掲載写真は、撮って出しのものから・・・

スジが悪くて回送列車しか綺麗な光線で撮影はできなかった。相変わらずのいつも類似したHMを装着して登場したが、お若い電車ファンがやたらと多かったのが印象的。長距離列車とは違い、地元の足として活躍してきた205系への最後のお別れは、この時期らしい晴天の中あっけなく終了した。

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2016-01-09     JR東日本/南武線: 武蔵小杉付近

(写真、文:K )

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2016年1月 7日 (木)

ニコンがD5を発表

年明け早々、ニコンがD5を発表したが発売は3月。「カシオペア」消滅の日に間に合うかどうかは微妙だが、何はともあれすでに予約は完了させた。テストで使ったという知人によれば性能的にはD4Sよりもさらに進歩して特にAF性能は素晴らしいらしい。ISO102400にまで上がった常用感度も現実的にはISO8000まではじゅうぶん使えると言うから、発売日が間に合いさえすれば下り「はまなす」の青森駅発車程度ならそこそこの画質で撮影できるだろうと期待している。
何はともあれ、3月に入って1日でも早く発売して欲しいものだ。

スペックについてはカタログ等で見られるが、記録媒体がコンパクトフラッシュとXQDのそれぞれ2枚ずつのスロットとなり、これは後で有償にて交換ができるという。

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北海道のDF200が2月以降名古屋地区に転属し、四日市周辺で稼働しているDD51の後釜に就くようだ。そのため一時期、DF200とDD51の重連で試験運転が行われると聞いた。3月以降、いよいよDD51の姿を見る機会も激減しそうだ。

久しぶりの電化区間での「カシオペア」。

(写真、文:U)

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2016年1月 4日 (月)

年頭にあたり

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正月三が日も過ぎ早4日。年々「お正月」を感じることが少なくなってきた昨今、特に今年のお正月は、暖かかったせいもあるのかお正月を感じられずにあっという間に時間が流れていった感覚だ。

年頭にあたり新年の抱負などを書くべきなのだろうが、特にいつもと変わったことは感じていない。家族をはじめ自分の周り全ての方々の健康を祈りつつ、また今年も楽しい時を過ごせれば有難いと考えている。昨年は、いろんな意味で仲間たちとの時間の大切さを再認識した年だった。それぞれが家庭を築き時間とともに状況が刻々と変化していく中、ほんの一瞬ではあるが同じ時を過ごせたことは、自分にとって望外な喜びだった。今後もこんな時間を創造しながら趣味活動に励んでいければと思っている。

Uさんの予想に反して、今年の初撮りにはまだ出ていない。確かに天気は安定し暖かく初撮りには好都合の日和が続いているが、珍しく家事を忙しなくこなしているうちに今日を迎えてしまった。取り立てて気の向く被写体が想いつかなかった訳だが、春の改正に向けて色々考えなくてはならないだろう。と同時に、ダイヤ改正がどうした!、という気持ちになっていることも事実なのだ。何かと時系列で物事を考えてしまい、ただでさえ時間に追われる感覚に陥っているから、趣味活動くらいは、切迫感から少し離れたいとも思う。もっと自由に、もっと即物的にカメラを構えたいと思うことが多くなった。私の場合、相変わらず見苦しい写真の掲載が多々あると思うが、読者の皆様には昨年同様宜しくお願い申し上げたい。

新年の最初の掲載は、このブログのタイトルにもなっている、「ロクイチに集った仲間たち」と撮影したEF5861の富士山バック。この時代、文字通りロクイチを追って東奔西走していた訳だが、中でもロクイチ富士山バックは、僕等の間で垂涎の的となっていた。冬季になると東海道線の上り列車を絶えずチェックし、晴れ予報とロクイチ運用が重なると、ここの仲間たちと本当によく沿線に繰り出していたものだ。天気が晴れでも、富士山が見えなかったり、日が短くて線路端まで日が指さなかったり、または綺麗に晴れていても、肝心の富士山の頂上に雲がかかったりと、それはそれは一筋縄ではいかなかった思い出が甦る。

写真は、何度も何度もチャレンジを繰り返し、また今回もダメか、と半ば諦めかけていた卒業式直前の春休み、朝霧が消えて快晴の空のもと撮影できた渾身の1枚。この時の想いは今でも忘れはしない。あれから33年、途方もないくらいの歳月が流れたが、今年もその仲間たちと線路端に立てる幸せを噛みしめたいと思っている。

(写真、文: K )

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2016年1月 2日 (土)

新年早々の言い訳

正月は朝から酒。きっとKさんなどは「初撮り」に出向いているのかもしれないが、もはや自分の身の回りに朝酒をがまんしてまで撮りに行きたい列車はない。昨年はまだ暗いうちに上野に着く臨時の「あけぼの」が設定されていたから、雪で遅延しないかと気をもんでいたが今年は気になるような被写体は皆無。北海道新幹線の工事の関係で三が日に上ってくる「カシオペア」すら運休だから、自分らしく朝っぱらから酒を飲む「まっとうな」な正月を過ごしている。

多くの友人から頂戴した写真がプリントされた年賀状を見ながら酒を飲むのはとても幸せなひとときで、それぞれの人の顔を思い浮かべながらついつい酒が進む。皆さん、1年のスタートを飾る年賀状には取って置きの1枚をチョイスしたのだろう、どれも素晴らしいものばかりで、「こんな場所があったのか」とか「こんなアングルがあったのか、やられた!」と感じる写真ばかり。まったく、どいつもこいつも特ダネ的な写真のオンパレードで、せっかくの酒がやけ酒になってしまう。ありがたいやら悔しいやら。

さて自分はと言うと、先ほどやっと年賀状を郵便局のポストに投函してきたところ。言い訳をすれば31日の午後2時まで勤務があって、元旦は自分と妻の実家へ行かなくてはならず、さらにどの写真を印刷しようか迷ったから遅くなってしまった。なにしろブログをやっていると、掲載した写真から選ばざるを得なくなって既視感のある写真しかない。お恥ずかしい。

ろくな写真ではありませんが、どうか今年も引き続きよろしくお願いします。

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昨年12月に撮影した「カシオペア」。年賀状はこれとは別の写真にしました、

(写真、文:U)

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