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2015年11月27日 (金)

EF651118

記事を書こうとして「仲間」に「お」を付けて「お仲間の方々」とするのが果たして相応しいのかどうか迷った。「仲間」であれば自分も含まれるわけだから、その頭に「お」を付けるのもどうかと思う。こんな些細なことにひっかかって書き始めるまでに30分も時間を浪費してしまった。挙げ句、このブログのタイトル通り「お」を付けず、あっさり「仲間」とすることにした。

どうでも良いことだが…。

で、仲間たちとの水上旅行から早くも1週間。とても楽しい時間だったために、心の中にポッカリと穴があいてしまったようで、例えて言うなら「祭りの後」といった気分だ。これからせわしい年末になるまで少しの間、空疎な思いに駆られそう。昨年は北海道通いが続いていたし、東海道線にEF65501の「富士」が走って、そのことでずいぶん気が紛れていたが、今年は魅力あるターゲットもなく日々茫洋と過ごしそう。どのみち、もうすぐ鉄道撮影から離れざるを得ないのだから、今のうちから心の準備を始めるのに良い機会なのだが…。

そんな中、これからはこの機関車の撮影に少しばかり力を傾けてみようと考えていた田端のEF651118が廃車回送された。当初は廃車の予定ではなかったのに、10月17日の故障で再起不能となって解体先の長野に運ばれて行った。
せめて最期を見届けようかと思ったが、天気も芳しくないし、後部に赤い反射板が取り付けられる姿では見るに忍びない。おまけにナンバープレートも外されていると知ってパスすることにしたが、いずれにしてもこの突然の廃車は残念この上ない。外観からは分からなかったが、国鉄時代に製造された機関車ゆえ、やはり内部の傷みは激しかったのかもしれない。

2008年まで10年間のブランクを明けて、鉄道撮影に復帰した最初に撮ったのが、この機関車が牽く「銀河」。同年3月のことだ。ニコンからD3が発売され、その高感度性能に魅せられ、春先の早朝にもかかわらず川崎駅近くの踏切に1番乗りしたことを思い出す。
先代のレインボー機1019号機はEF65PFでも初期車。前面に通風口があって個人的にはあまり好みではなく、2代目のこれに代わってから、いずれはしっかり撮ってみようと狙っていた。

しかし振り返ってみると、この機関車を撮る機会はあまり多くなかった。工臨の仕業が多く、客車を牽く機会が少ないことが最大の要因。単機と見間違いそうなスカスカの工臨列車に重い腰を上げる気力は湧かなかった。したがって2008年からこの機関車を撮ったのは10回にも満たない。工臨と言えども機関車の正面をアップで撮るなど、もう少し工夫して記録しておけば良かったと、毎度のことながら後になって悔やまれる。

下の写真は2012年7月15日の撮影。鉄道撮影から遠ざかっていた自分としてはEF65PFが甲府まで入線するなどということに違和感を持ったが、行きつけだった北浦和のトンネル出口で長いレンズ(換算700ミリ)を構えてみた。例によっておちゃらけたヘッドマークには辟易するが、考えてみればこの機関車がマークを付けたシーンを撮ったのはこの列車に使われたときだけ。
「ゲッパ」といった呼び方をする、品性のかけらもない下衆が多かったことを思い出す。

(写真、文:U)

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