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2015年10月

2015年10月31日 (土)

115系電車山スカの終焉

2014_115
10月も今日で終わり。明日から11月、今年も慌ただしく残り2カ月となる。

今朝は紅葉を求めて北へと向かうつもりで準備をしていたが、直前になり計画を変更、仕切り直しと相成った。例によって天気予報が悪い方にずれてしまい、未明の出撃に二の足を踏んだという訳。まあ気持ち半分予想していたから、大して打撃にはならなかったが、なかなか思うようにならないものだ。時間を無駄にしたくなかったので、曇天限定のポイントに出向いてきたが、この季節の清々しさを思うと、不完全燃焼は否めない。

今月で唯一残存していた豊田区の115系C1編成がとうとう引退したとのこと。これで、山スカ色の115系は全車撤退ということらしい。思えば、この115系の300番代車は昭和48~49年頃だったか、私がまだ模型店を自転車で駆け巡っている頃、当時の三鷹電車区でたまたま新車の入線シーンを見たことが昨日のように思い出される。それまでの0番代車には、冷房装置も無い時代で、窓もユニットサッシになり、随分近代的になったものだと驚嘆したものだった。確かこの115系300番代車の登場で、それまでの70系(71系)の旧型車が消滅したはずだが、あれからすでに40年も経っている訳だから、よくぞ今まで走り続けたきたと感慨もひとしおだ。

掲載写真は、その115系山スカ色の晩年の姿。このブログのお仲間と久々に線路端に立った時のもの。現在は体調を崩しているお仲間だが、いつかまた撮影にご一緒できることを願っている。

2014-11       115系300番代車   中央線:鳥沢-猿橋

(写真、文:K )

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2015年10月29日 (木)

「カシオペア」に関する未確認情報

このところ足が遠のいている北海道だが、週明けに仕事関係の知人から聞いた話では「カシオペア」の客車は来年のダイヤ改正以降、編成を分割して運用することが検討されているという。つまり編成が短縮されて、今のような堂々12両で運行される機会はなくなってしまうのではないかとのこと。

真偽のほどはまだ不明だから、この後は筆者の推測になってしまうが、以前の記事に書いたような北海道新幹線開業以降の道内乗り入れの機会は、これでほぼなくなるのではないかと思う。特に6両ないし7両での運行となれば「カシオペアクルーズ」などを募集しても人数的に採算も取れないだろうし、牽引する機関車をJR貨物に依頼してもそれなりの料金は発生してしまう。当然、EH800やDF200での試運転も必要になるわけで、そこまでして北海道乗り入れを継続させるとも思えない。
したがってこの話がもし事実だとしたら、12両で北海道を走る今の姿は見納めになると考えるのが妥当だ。

そもそもが定期列車ではない「カシオペア」。3月以降の運行計画がこのまま発表されなくても不思議ではない。公式な発表もなされずにフェードアウトしていくことだって当然のこと。北海道乗り入れ云々だけではなく、12両のゴージャスな編成も見納めになってしまうのだろうか。

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8月21日に富浦で撮影した「カシオペア」。
この日は珍しく先客がお二人。お1人はお仲間M氏の知人で以前、南浦和でお会いしたEさんだった。
千歳到着後、直ちにここに来て真夏の晴天下、陽炎を気にしながら撮影したが、撮り終えてから再び千歳空港に戻って政府専用機を撮った。

(写真、文:U)

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2015年10月27日 (火)

鉄道写真の美学

Ed75_asahi

東京では朝晩気温が下がり、もう一段秋が深まった感じの今日この頃。日中は快適に感じるくらいまで気温も上がるから、カメラを持ってどこかに飛び出したくなる。一年で一番好きな季節を満喫したい。今年は、色々とイベントも多いので何かと楽しみだ。

さて、今年も残すところ後2ヶ月と時間が自分を追い越していく感覚になってしまうくらい時が早く過ぎていくが、今年は、最後のブルトレ「北斗星」が春の改正で廃止され、行き場を失った鉄チャンも多い事と想像する。まだ夜行列車の「カシペア」が存続しているとはいうものの、やはり沿線に繰りだしている撮影者はまばらだと聞いている。やはりブルートレインと同一に考えられないというのが本音のところなのだろうか。

この趣味を長年続けてきて改めて思うことは、良き友人との繋がりの深さのこと。どの趣味もおそらくそうだろうけれど、年齢や経験を越えて忌憚なく話ができる友人の存在は、自分にとって大きくかけがえのないものに思える。鉄道という大好きな被写体を介して、相変わらず線路端に立てる幸せは、自分にとっては何事にも代えがたい出来事なのだ。

今後鉄道写真に何を求めるか?

撮るものがない、好きな車輌がない、と周りから嘆きばかりが聞こえてくる昨今だが、本当にそうなのだろうか。本当にカメラを置いてしまえるのだろうか。何をどう撮るか!という撮影の基本に立ち返れば、自分なりの撮影する楽しみがまだまだ残っていると思えてならない。私はいうと、これからは鉄道写真に「美しさ」「力強さ」「ひたむきさ」「優しさ」・・を求めたい。でもこれらは自分一人では撮ることができない。良き友人がいればこそ求められること。そんなことが最近わかった気がする。

掲載写真は、ちょっと前のストックからのもの。自分の中で「どう撮る?」がわからなくなり、試行錯誤を重ねていた頃のもの。ここは、太平洋からの朝日が素晴らしく、何度となく通ったポイント。写真のこの日は、神々しく太陽が顔を出したが、いつになく海が荒れていて波が高かった。こんな日だからか朝釣り漁船も現れなかった。ならばと、太陽も水平線もカットし、波立っている黄金に輝いた大海原に大好きなナナゴを置いてみた。

2009-01          震災前の常磐線にて

(写真、文: K )

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2015年10月25日 (日)

穀倉地帯を行く583系「あおもり号」

Tさんの記事で過分なお言葉を頂戴したが、撮影に当たって実はそれほど綿密な計算は立てていない。さらに言えば先日のTさんのEF641001の写真、自分はヨコでフレーミングしたがやはりタテで撮るべきだったと悔やんでいる。

少しでも旧型の茶色い客車を入れようとヨコにしたのだが、おかげでかなり窮屈な写真になってしまった。トリミングすることを前提に、架線柱に挟まれた非常に狭隘な位置でシャッターを切ったものの、EF64の表情としても圧倒的にタテで狙った方が良い顔をしている。妙な色気を出して客車なんぞ見せるべきではなかった。明らかな判断ミス。架線のない北海道の非電化区間や、(架線が)あってもパンタグラフを気にしないでも良い「北斗星」「カシオペア」などのDD51ばかり追いかけていたから、久しぶりの電気機関車撮影にとまどってしまったのが敗因。

それに気がついたから次のD51をタテで構えたのは当然の成り行き。前回アップした写真は、そんな前段があったからこその結果で、決してほめられたものではないというのが実態だ。

ただTさんのご指摘にあるよう、自分の場合、撮影時に後でトリミングしたり色の補整をすることを計算に入れてフレーミングや露出を決めているのは事実。
写真というものは撮るだけが全てではない。自分で現像、プリント作業まで経験したことのある、フィルム時代を知っている端くれとしては暗室作業のような「後処理」までを考慮して撮影に当たっている。トリミングやRAW現像、レタッチなどの作業を忌避する人もまだまだ多いようだが、デジタルの時代になってそれを否定するというのは時代遅れも甚だしいし、そんなことを平気でブログに書く感覚が自分には理解できない。

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この1枚を仕留めるために9月の初旬、能代まで車で出かけた。「秋の東北」という景色の中で、先行き短い583系を記録しておくことは自分にとって必須の課題で、ありとあらゆる方法で稲の色づき具合を調べてから決行した。

一昨年、同じく9月にここで定期「あけぼの」を撮影したが、そのときはすでに稲刈り直前。色づいた稲の黄色がくすんだ印象があったから、今回の583系「あおもり号」は良い時期に良いダイヤで走ると知って虎視眈々、狙っていた。

この日はパンタグラフの故障でここの通過は所定よりも約40分遅れ。オンタイムなら秋田駅で20分、八郎潟駅で8分停車するから最初に羽越線の道川~下浜の下山踏切で1回目を撮ろうと現地入りしたのだが、居合わせた方に遅延情報を教えていただき急きょそこを放棄し本命の能代方面に向かった。遅れを取り戻すために秋田の20分停車は短縮されると考えたからだ。

結果は予想通り。「あおもり号」は鶴岡通過時点の約70分遅れ(秋田駅に立ち寄って確認)を40分近くにまで縮めたから、秋田ではほとんど止まらなかっただろう。この判断は我ながら的確だったことになる。

定刻ならもう少し足回りに日が当たったかもしれないが、実は定刻だったら霧で見通しが悪く、この40分遅れはまさしく僥倖。ケガの功名ならぬ「ケガの光明」(「わくわくドリーム号」はさらに遅いスジだから太陽はもっと高くなってしまう)だった。故障の発生で普段は使用しない直流用のパンタグラフが上がっているのも珍しいという。

トリミングを否定する人にとっては300ミリがドンピシャのフレーミングだが(実際、自分も数年ぶりに300ミリの単玉を持ち出した)、少しでもレンズ中心部分の美味しい領域を使おうと、やや短めの280ミリ(ズームレンズ)からトリミングした。その効果のほどはパソコン画面上ではほとんど見分けがつかないが、このようにフレームの端にまで肝心な被写体となる列車が及ぶ場合は、その辺のことにも気をつかう必要がある。

(写真、文:U)

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【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にポインターを持っていって右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

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2015年10月23日 (金)

鉄道写真考(2)

 

Kさんの記事を拝見しつつ、先週末の写真も見返しながら、私としての感想を・・。確かにKさんの作風は以前の「ワンパ」から最近色々と模索・進化をされており、目を見張るものがある。その努力というか取り組み姿勢は大いに見習わなくてはならない。ついついこの歳になると自分を変えるのはおっくうになり、新たなチャレンジはしなくなって無難に収めてしまいがちだが、Kさんの場合、お若い年齢層のお仲間とも頻繁に撮影行に出掛けられており、そういった面からも新鮮な作風が生まれてくるのだと思う。敢えて、ホームや人も入れながらという作風は、Kさんにとってのチャレンジに他ならない。一方、Uさんの場合、超望遠に対するポリシーというかストイックさは、誰もその右に出る者はいないであろう。Uさんの場合、我々が普通に目にしている景色のごく一部を「超望遠」の目で切り取って見えてしまうので、誰も気づかないピンホールのような小さな空間を見事に射抜いてしまうのである。お恥ずかしいが、先週末の上越線の上りの写真、素人である私のような者が普通に600ミリ相当で撮ると以下のようになる。Uさんの作品と見比べて欲しい。右の架線柱1本分、左下のタイガーロープのポールなど目障りなものは最初からファインダーから除去し、しかも背景の部分を敢えて暗く潰して光の当たった機関車と12系のブルーの部分を浮き出るようにあえて絶妙のコントラストを出されている。また、真っ黒な蒸気機関車よりもバラストの部分の方が白っぽく明るいのに機関車の方が浮き出るように工夫されている。さらに、その場に居た人間でないとわからないが、撮影するポイントも私が道路脇で一番線路に近い位置から狙えっているのに対し、Uさんはあえて30メートル程後ろに下がり、道路を隔てた反対側から狙っておられるのだ。ごく普通に見えてしまうが、Uさんの場合1枚の写真にそこまでこだわり抜いているのである。しかも、撮った結果がたまたまそうなったのではなく、最初から絵コンテのように設計図のイメージが出来上がっていて、その通りに作品を具現化されているので本当に感心してしまう。ある意味、KさんとUさんの作風は対照的ではあるが、どちらも、安易に妥協せず、いまだにご自身の作品を進化されることにこだわっておられる。自分自身は大いに反省させられ、また鉄道写真の奥の深さも改めてお二方に教えていただいた気がする。そういう意味で、私にとっても大変有意義な1日だった。(写真・文:T

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2015年10月22日 (木)

鉄道写真考

20151020_3075ef6410452
先日はこのブログの仲間たちと遠征に出てきたが、最近撮影した私の写真を見て「以前と作風(撮り方)が変わってきた・・」とご指摘頂いた。これは古くからの友人だからこその意見で、大変有難くちょっと恥ずかしい気分になったが、それを解ってくれたことが何とも嬉しく思った。

近年「撮り鉄」などと呼ばれて世間でも随分と認知されたこの鉄道写真の分野。昔を思えば、どちらかというとマイナーな暗いイメージの趣味活動であり、世間の受けもよい方ではなかった。好きな列車(車両)をいかに綺麗にはっきり撮影するかを念頭に、自分自身長年撮影を重ねてきたが、改めて考えてみるとこれはこれで一つのやり方としては良かったと思っている反面、自分の昔撮影した写真を振り返ると、あまりに「遊び」がないところに少し悔いが残ってしまう。「遊び」という意味は、「余裕」とも置き換えられると思うが、もう少し視点をずらした構図や考えで撮影する余裕が欲しかったと今更ながら考えているところだ。

写真は、晴れた日の順光写真。被写体は大きくはっきり!家や人は構図から排除.・・・Must  Must Must・・・ベターではなくマストだった。

それなりに年齢を重ねたからなのか、フィルムからデジタルに機材が変わったからなのか、まだ自分の中では整理がついていないが、今まで培った自分の中の鉄道写真の概念を残しつつ、新たな写真にも挑戦して、今後もまだ鉄道写真の魅力を探っていきたいと思っている。

「写真は、目の前にあるものだけを記録するもの。」

そう思っていた若い頃とは違って、今ではなぜか目に見えないものまで写真に写せるように思えてきた。実は鉄道写真も奥が深いのかもしれない。

掲載した写真は、近年の心境の変化を反映した写真だろうか。昔は、こうは撮らなかった。

2015-10     リフレッシュ工事に伴う迂回貨物列車   横浜駅にて

(写真、文: K )

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2015年10月20日 (火)

有意義な秋の休日

Tさん、Kさんとの「カシオペアクルーズ」撮影は楽しい休日となった。
本来、このチャンスに北海道行きを企てていたが体調不良も重なって断念、日帰り可能な上越線内での撮影行に変更したものの、むしろこのツアーの方に参加できたことをありがたく感じている。特にK氏の案内で行った撮影ポイントは当方の好みにも合致し、なおかつほとんど人が来なかったから、3時間半もの待ち時間もあっという間で短いほどだった。

残念なのは前の記事でK氏も書いたようにヘッドマークが取り付けられなかったこと。前に付くEF64は補機という位置づけだからなのかもしれないが、上野から長岡まで約5時間もの間、花形列車の先頭を務めるのだから物足りなさはぬぐえない。この列車が北海道に渡る際、JR北海道管内ではED79やDD51にもマークが付けられることを考えれば、自社の線内を走るEF64にヘッドマークを付けないとはサービス精神が欠けている感もある。ファンの多い首都圏内だけでも混乱がなければ良いと判断したのかも。JR東の考えそうなことだ。
さらに自分にとっての追い討ちは期待していた双頭連結器のEF64ではなかったこと。普段、配給運用に就かず長岡車両センターの片隅に待機していることの多い普通連結器の1051号機が登板することは予想できたが、ヘッドマークか双頭機か、どちらか一方でも実現できていたらもう少し満足感も高かっただろう。まあ、それを承知で撮影に行った自分の独り言だが。

逆に幸いだったのは次位のEF81。何の変哲もない97号機とあらば、補機のEF64が切り離される長岡以遠に追いかける必要もない。ヘッドマークが付いているとはいえ、3月に機関車が不足して81号機や95号機が「カシオペア」の先頭に立ったのだから、ごく普通のEF81ならばわざわざ撮りに行く必要もない。無駄な高速料金やガソリン代を使わずにすんだことは、いつもならファンに人気の高い81や95、あるいは133号機を充当させる気配りのある田端運転所の〝深謀遠慮〟と皮肉な受け取り方もできる。それらの機関車を充てなかったのは、きっと20日の上野着の際の混乱を懸念してのことだろうが、おかげで「カシオペアクルーズ」撮影後は3名の考えが即まとまり、関越道を上りつつ、途中でこの日運転されたEF64+旧型客車+EF64のプッシュプル列車とD51の「SLみなかみ号」へすんなり転向できたのだからありがたい。天候が回復した関越トンネル南側で良い光線下、2本の列車を〝捕獲〟することができた。

ともあれ古くからの友人と朝から夕方までほぼ1日、列車撮影を堪能し、諸々の話ができたことは良き時間だった。
国鉄時代の車両や列車が姿を消していく中、被写体に拘泥せず、こうしたひとときを持てることはありがたい。そう考えると今後も実物撮影に悲観的になることなく、機会あるごとに線路脇に立ちたいと願うばかりだ。「病は気から」と言うが、体調も幾分回復したようだ。
Tさんのコメントへのお返事も兼ねて、この場でお二方にお礼申し上げます。

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今年は北海道の夜行列車にばかりかまけていて復活蒸機の撮影は久しぶり。特にこのD51498を撮ったのは何年ぶりのことだろう。今回もそれが目当てで行ったわけではないが、やはり蒸気機関車の魅力は侮れない。

水上からの復路は下り勾配ばかりだから煙の期待はできないが、傾いた太陽に黒光りするボイラが印象的だった。

(写真、文:U)

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2015年10月18日 (日)

カシオペアクルーズ 2015

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この時期は何をするにも良い気候で、外出すれば空気も澄んでいるように感じ、いつもと同じ食事でも美味しく感じてしまう。北国からは、日に日に紅葉のたよりが届いているが、そんな季節を感じながら撮影をしばし楽しみたいと思っている。

昨日は、ここのブログのU氏、T氏と一日撮影を楽しんできた。毎年恒例になった「カシオペアクルーズ」の撮影だ。彼等と撮影をそれも丸一日共にするのは、いったいいつ以来だろう。ちょっと思い出せないくらい前のことになってしまったかもしれない。気ごころの知れた仲間内との撮影は楽しいのは当り前だが、お互いに普段なかなか会って話もできない状況の中、こうして一日時間を共有すると、撮影は二の次に追いやられ、それぞれの近況話に花が咲くのは至極当然の成り行きか。仕事のこと、家族のこと、そして自分自身のこと。いったい今自分の周りにどれでけ本音で話せる友人がいるだろうか。自分に何ができるかをいつも考え精一杯生きてきたつもりだが、彼等と久々に話したことで逆に勇気をもらったように感じている。また近々線路端でご一緒したい。

当日の天気は、関東地方は雨模様。クルーズの運転の際はいつもこんな天気と感じながら北へ向かったが、案の定国境を越え新潟県に入ると一転、青空も見える状況に変わった。早々に線路端に陣取り、カシオペアクルーズを待ったが、それにしてもここ上越線は列車が少ない。一時間に1本あるかないかの普通列車が往きかうのみのローカル線に成り下がってしまったようだ。L特急「とき」の頃と比べようとは思わない。しかしかつて重連で上越国境を闊歩していた貨物列車を思うと大変寂しく感じてしまった。

今回の「カシオペアクルーズ」のEF64にはヘッドマークの装着がなかった。前回もEF64との重連区間では装着なしと聞いたが、やはりこの手の列車の運転への意欲が下がっているのだろうか。HMのことだけで意欲とは、大袈裟かもしれないが、こういった特別な観光列車を一つの商品として考え運転しようとしたなら、やはり全区間でPRをも兼ねて装着すべきだろうと思う。どこか心意気のような部分も感じて撮影したいと思うのは行き過ぎなのか。現実にこの列車の通過時間に合わせて地元の方々が見物に来られていたことも事実なのだ。

この後、午後からは群馬県まで戻り別のイベント列車の撮影を楽しんだが、後述は、次のお仲間にお譲りしたい。

2015-10-17      カシオペアクルーズ2015    JR上越線

(写真、文:K )

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2015年10月16日 (金)

雨の東十条

Kさんの腰の軽さは相変わらずのようだ。
写真を拝見すると、ED75牽引の「レトロ小町」は客車が高崎の旧型車とあって、かつて東北で日常的に見られた普通列車をほうふつさせる。あまりにも素っ気ないデザインのヘッドマークが画竜点睛を欠くとはいえ、当時の光景を知っている者にとっては懐かしき被写体だったに違いない。一見、遠そうに思える秋田県内での運転だったが、東北、秋田、山形の各新幹線の最寄り駅からレンタカーを使えば比較的楽にアプローチできるし複数回の撮影も楽々。気軽な撮影旅行には適していた。たまたまこの日が休みだった自分は諸事情から参戦できなかったが、このイベントをそんな風にながめていた。

で、こちらは雨の中、1年2カ月ぶりの東十条へ繰り出した。前述の秋田県の大曲で行われた、あの有名な花火大会を見物するツアーの復路、583系で運転された臨時列車を撮るためだ。タイトルのように「雨の東十条」では場所柄、有名な歌謡曲「雨の御堂筋」のようなムードのかけらもないが、とりあえず以下に報告する。

583系はしばしば「わくわくドリーム号」で上京しているが、腰の重い自分がこの列車に注目したのは久しぶりに上野駅に入るから。つまり大宮以南、旅客線を走行するわけだ。したがって「あけぼの」などで散々通ったポイントが活用できる。そのうえ上野到着が午前7時52分と、日の出が遅くなってきたこの時期でも露出に問題はなく、どう考えても先行き不安なこの583系をとらえるにはまたとないチャンス。数日前からお気に入りの浦和駅ホーム、南浦和の電車区脇などを候補地として楽しみにしていた。

しかし当日、未明に起きたら外は雨。2、3日前からの予報通りだ。たまには良い方に外れてくれることもあるだろうと淡い期待をもって起床したが悪い予報はよく当たる。いったんは出かけるのを断念しかかったが、それにしても車で出かけなければならない所用があり、それならついでにどこか雨に降られても楽に撮影できる場所をと考えて選んだのがここ東十条。

コインパーキングに止めた車の中で撮影機器に機材用のレインコートを被せ、必要最小限の物だけを持ち出して撮影に臨んだ。ここでは2013年1月に臨時「あけぼの」に充当された583系を撮影済みだから、しゃかりきになって早くからスタンバイする必要もない。雨だし通過10分前に準備が整えばじゅうぶんだ。雨天時など、悪条件の時に使うための旧型500ミリとはいえども無駄に雨にさらすことを避け、ゆっくりとポイントに向かった。

しょせんは雨の中、結果はご覧の通り不可でもないが可でもない。ただただ(所用への)「行きがけの駄賃」にしかほかならなかったが、そろそろ実物撮影から遠ざかるであろう自分が拙ブログにアップする話のタネ1回分くらいにはなり得たかも…。

(写真、文:U)

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2015年10月14日 (水)

快速「レトロこまち」の撮影

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この時代、電気機関車の牽く客車列車も珍しくなってきた。

今月の連休は、ED75が旧型客車を牽くというので遠征してきた。電機が客車牽引する姿は、群馬地区で運転されているSLのお供でその姿が見られるが、ここでは、どちらかというと電機は副産物的であり、どうしてもSL主体の運転形態が採られている様子。電機先頭の列車の最後部にSLが後ろ向きでくっついているのだから、撮影ポイントも考慮しなければならないだろう。第一カメラを構える時の気持ちも変わってしまう。今回は、ED75が旧型客車を牽くということと、運転区間が秋田~大曲(横手までの運転だが)の秋田新幹線内だったことから、興味をもち遠征してきた。

撮影当日は、晴れ予報であったにも関わらず、台風からかわった低気圧の影響なのか、上空の雲の動きが早く気が気ではなかった。撮影のメインとしておいていた一発目が、直前で雲に喰われてしまいやる気喪失。あとの行程は惰性で流れていった。掲載写真は、午後の下り列車をふて腐れモードで撮影した一枚。ここも日が出れば綺麗な夕日が車体に当たり、満足して帰途につけたはず(?)だった。と言ってみても仕方がないか・・・ウテシさんの信号指さし確認まで偶然写り込み、思いもよらぬカットになったのに残念!

2015-10-10    9421レ レトロこまち  ED75777 旧客x5 

                                奥羽本線:大曲付近

(写真、文: K )

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2015年10月12日 (月)

東海道ブルートレイン

北斗星の廃止を以って長いブルートレインの歴史が終わり、残る客車寝台特急のカシオペアも風前の灯と聞く。

この趣味を始めたころの東海道ブルトレの牽引機はEF65PやEF58。その後EF65PFに代わり末期はEF66との変遷を経てきている。ヘッドマークを付けたEF65Pのブルトレ牽引の姿はまさに芸術的と思うほど整っていて大好きだったが、EF65PFは個人的には「イマイチ」であった。そんな中でのEF66の抜擢は衝撃的であったし、そのスタイルからして貨物機というより、まさに特急旅客列車専用機と言っても良いくらい似合っていた。

丁度EF66がブルトレ牽引に投入された当時は静岡に住んでいたので、週末はEF58やEF62荷物列車の撮影の行きがけの駄賃という感じで、次々と上ってくる列車を撮っていた。

ここ静岡~用宗間の直線は上下の変化も好ましく良く通ったが、「安倍川」という新駅が開業するとホームの端から新たなアングルが得られたので望遠レンズで狙ってみた。

(写真・文:K.M)

1985年5月 安倍川駅にて

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体調不良

せっかく良い季節になったというのに体調不良。医者の言うことを聞かなかったことが原因だから自業自得だが、若い頃だったら多少無理がきいた体に忍び寄る衰えを痛感している。もうすぐ予定されている「カシオペアクルーズ」に合わせて渡道を考えていたものの、自宅から3日も離れて旅に出るのすら不安。それどころか検査の結果如何によっては、来月に予定されているお仲間の方々との旅行にも赤信号が点灯しそうな雲行き。旅行には何とか参加したいと今後、病院通いが続くことになるが、不摂生が招いた不始末をここ数日、大いに反省している。

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写真は8月6日撮影の上り「北斗星」。このときの旅は天候に恵まれず撮影地に苦慮したが、最終的にここ黄金のオーバークロスで機関車のアップを狙うことにした。いつもはトンネル付近までフレーミングしてもっと編成を入れるが毎度同じではつまらないと思い、道路の築堤の草むらから少し低めで構えた。500ミリ。

ここは足場も良いが、そこを草刈りした地元の人が居合わせて「俺たちが草を刈った秘密の場所」といった自慢話をいわゆる「ドヤ顔」で聞かされウンザリした思い出がある。列車を待つ間中、長々とそんな話を聞かされ続け辟易したが、〝外様〟の自分としては恐縮したふりをしてやり過ごすしかなかった。こちらとしては草なんか刈ってくれなくても、そこで構えるのに何の痛痒も感じなかったのだから、そんな事を声高にアピールされてもさすがに「私もここで撮らせていただいてよろしいでしょうか?」とか「ありがとうございます」とは言えない。恩着せがましいのにもほどがある。
まあ、「ブタもおだてりゃ木に登る」と言うから…。

そんな思い出も過去の話。DF200好きなあの方々は今も独りよがりに撮影を楽しんでいることだろう。

(写真、文:U)

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2015年10月10日 (土)

思い出の「レッドトレイン」

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早いもので10月も中盤に差し掛かろうとしている。あれほど暑くて苦慮した夏も完全に息をひそめ、これからは秋本番、いよいよ撮影のシーズンに入る。毎年この時期になると、日の出が遅く、日の入りも早くなり、長距離夜行列車の撮影もオフシーズンと感じたものだが、今年はその夜行列車も消えてしまい(もちろんまだカシオペアは健在だ!)、ちょっといつもとは気分が違ってしまう。さあこの秋はどんな被写体を追いかけようか・・・

今年は不幸にもブルートレインが消えてしまったが、かつて全国には「レッドトレイン」と呼ばれた列車が走っていた。ブルトレ24系の青に対して、同じ客車でも50系だから赤というだけで、何のライバル関係でも何でもないが、色としては真っ赤な客車が連なり、中々壮観だったように思う。夜行の寝台特急であるブルトレと比較してしまうと、こちらの「レッド」は全く地味な存在であり、地方都市の庶民の足としてその活躍を担っていた訳で、より我々に身近な存在だったのではないか。

80年代に50系客車が誕生して全国に配置されたが、客車列車というのが、時代のニーズに合わなかったのか、急速に活躍の場が狭まってしまい、今まで見ることのできたブルートレインとは違い、ひっそりと消えて行った印象が強い。

写真は、秋田地区で見られた50系客車による朝の通勤列車。当時の編成としては、最長の11両編成で、何と最後部にED75がもう1台付いている。実は、この列車からくりがあり、途中駅での機回し省略のため、6両の下り列車と7両の上り列車を連結して走行する区間があった。今となっては懐かしい思い出のシーンだ。

1993-05-29    1631レ ED75757     奥羽本線/羽後飯塚-八郎潟

(写真、文: K )

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2015年10月 8日 (木)

舞浜駅の583系

久しぶりに酒を飲む日が続いてクタクタ。今回は取りあえず写真だけ。

(写真、文:U)

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2015年10月 6日 (火)

大型蒸機並走運転

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毎年恒例の蒸機機関車同時発車のシーンを撮影してきた。

この週末、関東地方は秋晴れとなり気候も良いことからどこかへ出向きたくなるのが心情というもの。色々とネタと呼ばれる列車の情報も頂いていたが、昔から一度蒸機の並走シーンを見てみたいと思いつつも実現できていないことから、今年は思い切って行くことにした。

日の出から朝日が拝めそうな日和、やはりそのまま高崎を目指すのも勿体ないと思い始めて、行きがけの何とやらで東北線へまずは寄り道。早朝の貨物列車と、かろうじて運転されている「カシオペア」の撮影をした。個人的には、夏にブルトレが廃止になり、トーンダウンした気持ちは変わらないが、ここは未だに走っている「カシオペア」の撮影ができることを喜ぶべきなのだろう。思いのほか撮影者も多く綺麗な光を浴びて定時で通過していった。

この後、北関東道でワープしながら高崎へ向かった。D51とC61の同時発車、そして並走運転といっても、調べてみると並走区間は、高崎駅を出てほんの数百メートルであることがわかった。当然考えることは一緒で、この並走シーンにギャラリーは想像以上に集中していた。その現状に圧倒されてしまい、思い描いていた写真は撮影できそうもないとわかった時点で、いわゆる「ゆる鉄モード」にスイッチを切り替える。ここでも世間で良く耳にする「SL親父」が幅を利かせており、今頃来ても・・・とでも言わんばかりの態度に辟易してしまい、方向転換は容易だった。

写真をみてもわかるように、線路に沿った道には撮影者の脚立が林立し、すでに入る隙間すら難しい状況。背後には新幹線の高架橋が連なり、高層マンションが立ち並ぶ沿線風景。おまけに完全逆光での撮影となる有様だ。多くのギャラリーが見守る中、2台の蒸機機関車が交互に汽笛を鳴らし、空高く黒煙が立ち上がるのがわかった。しかしその後、ドラフト音など聞こえず、どちらかというと静々とゆっくり迫ってきており、2台の機関車がまるで吸い付いているようにきっちり横並びでやってきた。こうも綺麗に並走できる機関士さんの腕の確かさにも驚嘆したが、蒸機だけに息をあわせて加速してきた2台のSLに年甲斐もなく興奮してしまったことも白状しておく。

この「ググっとぐんま」キャンペーンは、年末まで続くという。今後もイベント盛りだくさんというから、期待して見守りたいと思う。

2015-10-04     9735レ C6120 ググっとぐんまみなかみ号

          9137レ D51498 ググっとぐんま碓氷号

                                高崎付近にて

(写真、文:K )

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2015年10月 4日 (日)

凸型DLの流し撮り

以前からどういうフレーミングで流し撮りするか試行錯誤していたJR北海道の特急列車牽引機DD51。自分なりにこんなフレームがうまくまとまるのではないかと思う。
「こうあるべき」などといった作例ではないが、個人的にはこのあたりが妥当だと感じているので、皆さまのご意見を聞くチャンスとして毎度の事ながら拙い画像をアップさせていただく。

凸型ディーゼル機関車の場合、どこまでを画面に入れるかは迷うところ。機関車1両、丸々フレームに入れても散漫だし、前側のボンネットだけでもアンバランス。キャブまで入れるのがほど良いと思うが、JR北海道の機関車だとそこに描かれている星のマークまで入れるのがベターだと感じる。

かねてからやってみたいと思っていながらなかなか踏み切れなかった北海道でのDD51流し撮り。8月7日撮影のこの「カシオペア」は2両目の機関車をほとんど無視して前の1両だけを追ってみることに専念した。

(写真、文:U)

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2015年10月 2日 (金)

碓氷峠の守り神

1993927_ef63_2
いつもこの時期がくると思い出すことがある。信越線の横川-軽井沢間が廃止になったのが1997年9月30日だった。すでに18年の歳月が過ぎ去ったことになる。

仕事の関係で月に3~4回この地に出向く機会があり、必然とカメラを持って動くことが日課になっていた。当時は地元のコアなファンを除けば、まだまだ撮影者は少なく、のんびりと釜飯を線路端で食いながら撮影できたことが本当に懐かしい。

先日久しぶりに行った軽井沢の変貌に驚き落胆したが、やはりここでも時の流れを痛切に感じた次第。写真は、独特のブロア音を発しながら、入れ替え連結作業に忙しいロクサンをホームから見ていた午後のひと時の一コマ。ロクサンは、下り方の連結面側の顔の方がジャンパ栓が盛り上がりいかにもゴツイ顔つきでカッコいい。

1993-09-27          EF63   信越本線/軽井沢  PENTAX67にて撮影

(写真、文: K )

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