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2015年5月

2015年5月31日 (日)

583系による「Y156」イベント列車

20150531

5月最後の日曜日も東京ではまずまずの天気になった。とにかく最近は晴れたらやたらと暑い。今年東京では5月の夏日の日数が過去最高になったとか。いやはやこの先の本格的な夏が思いやられる。

さて今日はそんな日和の中、ちょこっと新鶴見界隈へ久しぶりに出向いてきた。最近何かと流行りの583系を使った団臨である。横浜セントラルタウンフェスティバルに合わせて、毎年この時期に団臨が運転されており、今年も例年通りの運転となった。583系がこの京浜地区、それも普段全く縁もゆかりもない浜川崎やら、根岸線経由で大船に抜け東海道線へ入ったりと、まるでミステリー列車のような動きをする団臨であり、毎度のことお若いファン注目の列車と言えるだろう。実際、沿線を見て廻ってみたが、日ごろは閑散としているポイントでも、今日に限ってはかなりの盛況ぶり。この583系の人気の高さがうかがえるというものだ。当然のようにいつもいらっしゃる知人の方々にも、お会いすることができたが、やはりここで皆こぞってカメラを向ける気になれず、違うポイントへと失礼させて頂いた。シール式のHMが装着されているだろうから、いつになく正面気味に構え撮影したが、モニタに出た画像は、すでに真夏のような画像。まだ朝方にもかかわらず、陽炎の餌食となった。

6両というミニ編成ながら、いまだに国鉄色を保ち我々の前に現れると、現役当時(今も現役だが・・)の風格が甦り、この重厚なデザインと相まって、大変魅力的なこの583系電車は、同時代を生きてきた485系電車とともに益々今後も注目の的となっていくだろう。

2015-05-31      9522M  583系団臨     新鶴見付近にて

(写真、文: K )

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2015年5月29日 (金)

今月3度目の渡道

26日の深夜に洞爺湖旅行から戻り、1日おいて28日からまた北海道入りした。今回は天気予報も芳しくないため予定していた31日までのスケジュールを1日早く切り上げるつもりで宿などをキャンセルしたものの、出かける直前になって31日の天気予報が好転し当初の予定に戻した。主な目的は数カ所の下見。3月にも行ってはみたが、日没が遅くなった現時点での日当たり具合を実見したかった。天気はあまり期待できない今度の旅は、さらに日が長くなる6月の撮影に向けた現地調査といった名目で、写真としてはろくな結果は得られまいと割り切っている。

昨年しばしば通った撮影地では気の済む絵が撮れたし、そこが人であふれるようになり、不快な気分にさせられるケースも出て、別の場所に逃げたくなったこともある。北海道まで行って場所取りに時間を取られ、朝の列車を撮ってから夕方の上りを撮るために、茫洋と同じ場所にとどまるのも無為。日中、車があればすぐにでも行ける洞爺湖などの観光地を巡ったり、美味い昼食を取る時間も欲しくなって、撮影地にはギリギリに入ってほぼ間違いなく立ち位置を確保できるポイントを担保したいと考えた結果、こうしてまた渡道するはこびとなった。

6月下旬から7月上旬は日の入りが1年で最も遅い時期。ゴールデンウイーク明けから沿線には想像以上に多くのファンが来ているほどだから、夏至の頃にはさらに増えるのは間違いない。前回の記事にも記した奈良ナンバーの人物のごとき有象無象までもが集まる中、嫌な思いをしないためにもそんな「逃げ場」で穏やかに最後の夜行列車を押さえたいと願っている。

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妻と洞爺湖旅行した3日間ももちろん寝台列車の撮影は行った。これは24日午前、空港から現地へ向かう途次のカット。晴れると下り列車にはどう考えても長いレンズは使えないからがまんして300ミリで撮った。

蒸気機関車現役時代の中学生の頃、ひっきりなしにやって来るC57やD51を撮った所だが、40年近く前と様相は一変。木々が伸び、バックに望めた地平線も隠れてしまった。単に「撮った」というだけの手応えのない写真だが、空港から近く手軽だし懐かしい場所でもあって4月に続いてここを選択した。現地滞在は15分程度。鉄道なんぞに興味のない妻が時間をもてあますことがないよう配慮した面もある。

(写真、文:U)

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2015年5月27日 (水)

ロクヨンセン根府川を行く

20150526_3074

関東では、ここのところ連日晴天が続いている。梅雨入り前の貴重な晴れ間を有効に使いたいと思うのは誰しも思うところ。鉄チャンにおいてもしかり・・・

今回は、快晴が見込まれる東海道線に出向いて来た。AM4:30には太陽が上がるこの時期、まだ誰もいない根府川のホームに立ってみた。今でこそこの根府川駅は、すぐそばにある白糸川橋梁に風対策のフェンスが設置されたため、列車撮影には向かなくなってしまったが、かつてここは、鉄チャンの聖地とでも言うべき、東海道線の有名撮影地であった。少なくとも、ここのブログに登場する方々にとっても思い入れがそれぞれ強い場所だと思う。ブルトレの撮影には、まず根府川と思ったし、ゴハチの荷物列車をはじめ、臨客や甲種回送時には、お仲間と連れ立って何度となく通った場所。富士山バックの「竹倉」と並んで、おそらく一番通った撮影地だろうと思う。

高校生の頃、友人と二人、この駅のホームにある待合室で一晩夜明かししたことがある。もちろん、翌日のブルトレを撮影するためだ。当時は、自宅から初電で根府川を目指しても、ブルトレの1本目(いなば・紀伊)には間に合わず、この方法しか選べなかった。夕方に根府川に着き、対面のみかん山から「さくら」「はやぶさ」「みずほ」をやり、日が暮れてから、待合室でナイターを聞きながら眠れぬ夜を過ごした。真夜中でもひっきりなしに通過する貨物列車の振動音は今でも身体が覚えているほど、もの凄い轟音だったことを思い出す。こうして今同じホームに立ちながら、当時のことが蘇り、波の音の合間にチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」が静かに流れだした。(何て言ったら、またU氏に冷やかされるか・・)ホームにまたがる跨線橋も、その待合室も当時と変わらないで残っていたことが、そんな気持ちにさせたのだろうか。あれから40年、随分時間が経ってしまった・・

話が大分それてしまったが、この現代においては、東海道本線にEF641000番台が走る時代。ゴハチ末期の頃、山から下りてきたEF62が東海道線を疾走したが、それを思わせるようなロクヨンセンの運用だ。この愛知にいるEF64も今回のダイヤ改正で運用が減少し、少なくとも現在国鉄色をまとっているカマの活躍も限られることは容易に想像がつく。写真は、トンネルを抜けカーブを切って朝日を浴びた檜舞台に躍り出るところを捕えたもの。強い朝日が一層ロクヨンを凛々しく見せていた。

2015-05-26    3074レ    EF641019     東海道本線/根府川

(写真、文 : K )

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2015年5月25日 (月)

洞爺湖温泉にて

先週に続いて北海道に来ている。もちろん撮影は行うが今回は妻と2人で洞爺湖の「乃の風リゾート」というホテルに滞在中。客室や屋上の露天風呂から洞爺湖が望め、夜は湖上から花火が打ち上げられる絶好のロケーション。豊浦の「しおさい」も大好きだが、ここはここで非常に気に入って再訪することになりそうだ。

昨日は夕方、やはり2週連続渡道のH氏と車で20分ほどの北舟岡で待ち合わせ、上り「北斗星」を撮ったが夕日はまあまあといったところ。可もなく不可もなくといった感じだった。当初、サミットが開かれたウインザーに宿泊することも考えたが、そこよりももう少し線路に近い立地で、夕食までに悠々帰還できたのはありがたい。懸念していた中国人の団体客も少なく第1夜は静かに過ごせた。

先週の北海道から帰る際、レンタカー店から空港へ向かう送迎バスの運転手さんに聞いたところ、やはり中国人の旅行者には頭を悩めているという。
車の返却時、どんなに損傷していても10人が10人とも絶対に自分には瑕疵がないと言い張るらしい。冬の雪道でスリップが原因で事故を起こしても止まらない車が悪いから、それは店の責任であって、むしろ慰謝料を要求するとんでもない奴までいるというのだからレンタカー店はかわいそう。中国の現状を考えれば本国で車など持っている人は限られるから運転が上手ではないのは分かるにしても、いけずうずうしいという言葉がピッタリ。
今泊まっているホテルにも鉄道ファンの従業員が複数いて、そのうちの1人の話によれば朝食のバイキングでも焼き海苔などを独り占めしてしまうというのだから凄い。ホテルやレンタカー店にとっても大事なお客ではあるものの、どうやら痛し返しというのがホンネのようだ。

話がどんどんこのブログの路線から外れそうだから、この件は自分の別のブログに記すとして、とにもかくにもかの国の方々には閉口してしまう。北海道にまで飛来するPM2・5などを見てどう感じるのかうかがいたいところだ。かつての日本人旅行者も海外ではこんなふうに見られていたのだろうと思うと、あまり批判はできないのかもしれないが今は今。この時代、この国に住んでいる者としての率直な思いだ。

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先週は個人的に非常に手応えのある1枚を記録することができたと思う。何度も通った某地も今では大勢のファンが集まって昨年の静けさは望むべくもない。

17日はおかしな場所(最先端)に立ち位置を確保して皆の迷惑になったり、やたらとたくさん三脚を並べる品性下劣な奈良ナンバーの人間(こう書かれるのが本望なのだろう)が出現して、もうここは完全に荒れてしまった。ダイヤがダイヤだから非電化区間で捉えるなら撮影地は限られるが、アングルさえ考えればもう少し新たなスポットは開拓できそう。

「人の多いところはなるべく避ける」ということをモットーに、夜行列車の終焉までニッチな場所を求め続けたい。

今回の画像もそんな場所の一つ。先週19日、雨の中の上り「北斗星」。

(写真、文:U)

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下の2枚は滞在中のホテル客室から24日撮影。

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2015年5月23日 (土)

ついに引退か!485系T18編成

485
この週末を含めて今月末で、とうとう絶大な人気を誇っていた新潟の485系T18編成が引退するようだ。これで485系の国鉄カラーは、仙台区の1本と、九州の1編成のみということになる。

我々にとって随分と見慣れたこの国鉄カラー、いわゆる特急色も今では、中々お目にかかれなくなってきたということになる。益々昭和が遠くなりにけり・・といったところか。まだ東北新幹線がない時代の東北本線、そしてこの春の新幹線の延伸で消えた北陸本線の485系たちをリアルタイムで知っているだけに、やはりここでも隔世の感を強く感じている。最近では、6両編成というミニ特急と思われるようなショート編成で活躍していたが、特に若者のファンに人気があったT18編成の引退となれば、おじさんだって少しは食指が動くというものだ。

ここのブログのお仲間の中では、雑食性が強い私にとって、485系T18編成の引退は、ブルトレ廃止と同じように悲痛な思いがしてしまう。僕等の夢はいったい何処へ向かうのだろう。

写真は、T18編成より一足早く引退したK編成による「北越」号。多くのファンに見送られながら、さっそうと通り過ぎていく姿は、カッコよく未だに目に焼き付いている。

2015-02    1056M 北越6号   北陸本線:水橋付近

(写真、文: K )

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2015年5月21日 (木)

DF200牽引の寝台客車

 前の記事でK氏が17日の写真をこちらがアップする旨、書かれていたが、それを掲載してしまうとまたもや撮影地での自分の立ち位置確保に影響が出そうなので、その写真は一段落してからアップすることにする。Kさん、申し訳ない。

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それにしても北海道に行ってみたら3月のダイヤ改正の頃より人が多かったのは意外。そしてその多くが(Kさん、Mdさん、Hさんも含めて)海峡線と函館、室蘭線での「北斗星」ないし「カシオペア」を追跡撮影しているのにもビックリ。つまり早朝、ED79の区間で撮影して、その列車を追い抜いてDD51区間でさらに1、2回撮影し、午後の上りを撮ってからまた翌朝の海峡線での撮影のために函館方面に舞い戻るという強行軍。自分にはとてもそんな芸当はできず、鉄道撮影引退間近の老体としてはただただ感心するばかりだった。

その一方でこちらは初のDD51区間での「はまなす」の走行写真を撮るために、レンタカーで車中泊を行った。千歳に着いたのが夜だからホテルに入っても睡眠時間は3時間程度だと予想してそんな行動を取ったものの、やはりじゅうぶんに眠ることはできなかった。今後ももう少しDD51の「はまなす」は撮っておきたいと考えているから再チャレンジするだろうが、イイ年をしたオッサンとしては誇らしげに披瀝できる話ではない。ほどほど満足いくカットが撮れたらあまりやりたいものではないというのがホンネだ。

で、今回は19日に雨の中、苦労して撮影したDF200による24系客車と711系電車の疎開回送。荒天で質の悪い画像だが、たまたま渡道最終日にタイミング良くキャッチすることができたのは僥倖と言うべきだろう。この日は下り「北斗星」が18日の車両故障を引きずっていて1時間20分ほど遅れたり、貨物の3056列車にDF200の1号機が充当されるなど時間帯がどれも接近して、あちこち移動しての撮影となったが雨は降りやまず、おかげで靴の中が水浸し。無理するべきではなかった。

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ところで前回の記事に書いた「海峡」は7月4日の運転とか。暑い日中のダイヤになりそうだから長いレンズの使用は困難だし、トップライトの炎天下ということも前向きになれない理由に挙げられる。お仲間に誘われたら参戦するかもしれないが、どうしたものか思案中。

(写真、文:U)

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2015年5月19日 (火)

残照に向かって・・・

20150516_8010_2
さて今回は、先週末に渡道してきたものより更新させて頂きたい。

ここ数年、私は春から初夏にかけて渡道し夜行列車を中心しとした撮影を続けてきた。しかし何度も触れている通り、今回の春のダイヤ改正で「トワイライトEXP」を失い、さらに「北斗星」も臨時化という大きなダメージを受けてしまった。10年単位で考えれば、徐々にその数が減ってきた訳だから、およその予想はできていたものの、やはり現状のような運転本数では、夜行列車末期状況と言わざるを得ない。

こうした中、今回の渡道は、現地で友人と撮影を共にする機会を持ち、気持ちの上では、いつもとは違った別の意味での楽しい時間を共有することができた。その友人とは、ここのU氏であり、Md氏であり、そして関西からはH氏まで駆けつけてくれるという豪華なメンバーだ。彼等は、夜行列車の撮影でも、上り列車にその主眼を置いており、これからの日の長くなる時期に特に張りつめている様子であった。今回あらためて同行させて頂き再認識したが、3月の時と同様、噴火湾に沈む夕日は本当に素晴らしく、それを目一杯車体に受けて走り行くブルトレは生唾ものだ。病みつきになるのもわかる気がする。こんなシーンも、期間限定とは何とも悲しくなるというものだ。

みんなで撮影した日曜日の画像はU氏に任せるとして、ここでは、前日の「カシオペア」号の方を掲載。

この日は何かのトラブルに巻き込まれて、8010レは定刻より16分延にて運転とのこと。しかし非常に条件がタイトな時間帯での撮影のため、この+16分は厳しいものが、嫌な予感がよぎってしまう。そうでなくても、何だか煮え切らない夕日がボヤ~と線路端まで届いていて、1分ごとに露出が変化していく状況だ。これ以上待てないぞ!とシビレを切らしたとき、ようやく踏切が鳴りだした。ご覧のような柔らかい夕日と言えば、まだ聞こえが良いが、パッとしない残照の中を通過していったとしておこう。こうして今画像を改めてみると、よくぞここまで残照が映っていたと思うほど、その時は暗く、気持ちも落ち込んでいたらしい。

2015-05-16       8010レ  カシオペア

(写真、文: K )

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2015年5月17日 (日)

日本海海戦記念企画???

このところ自分の興味が実物の鉄道車両よりも模型に向いている。何度も繰り返すようだが来年以降は撮影したい列車や車両が淘汰されるから、関心が模型に向いてしまうのは当たり前と言えば当たり前で、模型店のHPやオークションなどばかり眺める日々が続く。

そんな中、天賞堂のHPを見ていたら、戦艦「三笠」の模型の記念企画の案内を見つけた。期間中10%引きの「三笠」の模型(?)を買った人に単3電池、送料、Z旗(船同士の意思疎通のために用いる国際信号旗)風クロスがプレゼントされるというもの。
個人的には興味のない話なのに、これに目がいってしまったのはこの企画のタイトル「日本海海戦110周年記念」という点。

日本海海戦って、つまりは戦争ではないか。それを記念したキャンペーンってどういうこと?
戦死者などを追悼したり不戦の意味を込めた「記念日」ならともかく、軍艦の模型を売るのにこういう文言を使う無神経さがよく分からない。そのうち真珠湾奇襲から70年記念とかうたって模型を売るような企画も登場するのか。
もちろん戦艦や軍用機などは戦争に使われるもの。それは承知しているものの、さすがに
「日本海海戦110周年記念」と名打った商売には抵抗を感じる。

銀箱(天賞堂の金属製鉄道模型用の箱)の蒸気機関車をそこそこ所有している同社のファンの1人としてはいささかガッカリ。

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K氏が記事で触れた快速「海峡」の運転はどうやら7月の初旬で、青森に着いた当日の上りの「はまなす」が日中、函館との間を「海峡」として1往復するものらしい。白昼堂々の運転はファンにとってありがたいものだが、「カシオペアクルーズ」が運転される5日との説もあるようで、それが本当ならこの日は臨時「北斗星」の走る日でもあるから沿線はまさにお祭り状態。天気が不安定な時期であるものの賑わうことは間違いなさそう。

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前回アップした写真の少し前のショット。本当はこちらのアングルが狙いだった。
直前に貨物列車が来るから、それで本命の「カシオペア」がフレームに納まるかどうか確認したうえでレンズをチョイスした。
ご覧のように東京・尾久のホームと似たような角度だが、こちらは機関車2両を入れても14両の編成が悠々入るしバックの景色も段違い。

(写真、文:U)

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2015年5月15日 (金)

ED79「海峡」号の話題

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津軽海峡線に快速「海峡」が運転されるとの情報が舞い込んできた。

まだ確実な話ではなさそうなので何とも言えないが、こういったリバイバル物は、その日限定が多いから、おそらく1日のみの運行だろう。客車は、「はまなす」で使用している14系を組み換えで使用するのか?しかしこの手の話が出てくるということは、いよいよこの路線も終幕が近づいてきている事を実感してしまう。新幹線函館開業時には、現行の特急電車は廃止されてしまい、トンネルの関係から貨物列車は夜間走行とのことだから、日中はいったいどうなるのだろう。沿線には無人駅がいくつもあるが、普通列車はどのくらい残るのだろう。ここでも新幹線開業による悪影響が出ないよう願うばかりだ。

そんなことを思いながら、昔の「海峡」の写真を探してみた。この頃は、そんな将来のことなどに思いもよらず、ただ79を撮りたくてここまで足を運んでいたと思う。日中には、この快速「海峡」が何往復か運転されていて、貨物列車は、全てED79重連牽引であり、先ごろまで動いていた白い50番代で来ることを避けていた時代。当然夜行列車も、「はまなす」はもちろんのこと、多客時には、北斗星3往復に、エルム、函館までの日本海に、カートレイン北海道まであり、今思うと隔世の感だ。この撮影ポイントも現在では、全く景色が変わってしまったと思うが、懐かしい「海峡」号の話題を聞きかじったので、掲載させて頂いた。

1993-05  3132レ  ED793 快速「海峡」    木古内付近にて

(写真、文:K )

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2015年5月13日 (水)

4月の撮影分から

3月の北海道旅行の画像がそろそろ底をついてきたので、ようやく先月の写真をアップする。もちろんDF200などの画像は腐るほど撮っているから、それを順次、掲載しても良いのだがそれでは自分自身が面白くない。つまらない写真とは承知のうえで、今回も青いDD51重連が牽く「カシオペア」を選んだ。

4月19日の撮影。場所は分かる方なら分かるであろう有名地。意地が悪いと思われるだろうがかつて場所を明記したら人が来るようになって、自分自身が行ったときに立ち位置がなくなってしまった苦い経験があるから、以来このブログではなるべく書かないようにしているのでお許し願いたい。

ここは今頃は辺り一面にタンポポが咲き誇りカッコウの鳴き声が響くのどかな所。昨年行ったときはそのタンポポに圧倒されて柄にもなく思わず何枚もシャッターを切ってしまった。ここで撮ろうと決めたのは、人も少ないだろうという予感とそんな環境をじっくり味わいたかったから。2日連続で通った。

雪が解け、木々に黄緑の芽が出てきてふきのとうがふくらむ絶好のタイミングで、宿で作ってもらった朝ご飯のおにぎりをほおばりながら列車を待つのはまさにピクニックだった。これは500ミリ。今はもっと新緑に包まれて、さらに美しい景色があふれていると思うが、羽虫も増えているだろうから、虫除けスプレーを持参した方がベター。

(写真、文:U)

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2015年5月11日 (月)

ワンパ写真の思い出

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「ワンパッ!」 何て懐かしい響きだろう。最近はトンと聞かなくなった・・

「ワンパ」とは、ワンパターン写真の略称であり、どんな鉄道の被写体に関わらず、縦横比3:7くらいに撮影する撮り方のこと。ワンパターンというと、どこか悪いイメージがあるが、鉄道写真を記録写真と割り切れば、何だかんだいっても、この撮り方が一番わかりやすいと思っている。

掲載写真は、先週までの連休を使って昔のフィルムを少しスキャンした中からの1枚。このブログで、ゴハチの写真と言えば、ロクイチをはじめ綺麗で優雅な大窓機ばかり。その希少性を理解して頂く上でも、ゴハチの大多数を占めていたHゴム改造機の○ソガマの掲載をお許し頂きたい。

この写真、ここのお仲間でもあるT氏と大学の先輩方とともに初めて東北にゴハチを狙いに行った時のもの。もう37年の歳月が過ぎ去ってしまった。ペンタ67を導入してまだ2ヶ月あまりの頃で、当時写真歴も浅い私は、撮影に関して色々とご教示頂いた。鉄道写真=記録写真と解釈していたから、記録するにはどう撮るか、的なアドバイスを頂きながらの撮影だったと思う。もちろん撮影教室のような堅苦しいものではないから、大変楽しく撮影できたが、実は随分と勉強になったという訳だ。

ペンタ67に200mm1本。三脚なし。これが当時の私の基本撮影スタイル。そして、このカメラではモノクロフィルムしか使わなかった。まだ未熟で他は使えなかったというのが正しい表現か。以後しばらくして、このブログで登場するU氏をはじめ、某I氏、M氏等と出会うことになるが、彼らは当時(70年代)から超望遠レンズで撮影しており、その画角の魅力を見せ付けられていたことも非常に懐かしく思い出される。フィルムを装てんし、1コマ1コマ大切にシャッターを切っていたあの時代。まさか現在のようなデジタルカメラが一般的になるなんて思いも依らなかったが、今一度当時の気持ちに立ち返り、もっとシャッターを大事に切らねば、と考え直した次第。この写真を見てそう思った・・

1978(S53)-12-30    

8404レ ざおう54号  EF58103    東北本線/古河-栗橋にて

               PENTAX 67  SMCタクマー200mm f4 TRI-X

(写真、文/ K )

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2015年5月 9日 (土)

自宅で鉄チャン

このところ自宅で熱くなっているのが模型撮影。実物撮影もそろそろ撮りたい列車や車両が減って、その後は興味の対象が模型に移行するのは確実。先日もカツミのスーパーシュパーブラインのC51を入手するなど、細々とは続けているが、これらの模型を撮影するのにフォーカス合成なる手法を覚えて、これが実に楽しい。
小さい模型を普通に撮影すると後ろの方はピントが合わないが、この方法を用いれば前から後ろまでピントが来る。昔は4×5などのカメラであおりを効かせてやっていたものだが、デジタル1眼でも容易になった。

最初はフリーソフトをダウンロードして行っていたフォーカス合成だが先日、フォトショップCCをオンラインで登録し、このところこれ一辺倒。家にいながら鉄ちゃん気分でなかなか楽しい。まだ技術的に稚拙すぎて、画像をアップするのはおこがましいが、興味ある方はぜひお試しあれ。フォトショップCCも最も安いパックなら月々¥980、実物撮影にも即戦力となるから、つまらない雑誌に無駄なお金を払うよりも有用。

フォーカス合成については初心者の自分がここで説明するよりも、ネットなどで調べた方が分かりやすい。取りあえず今日はこんな写真を撮影したが、いずれ人形やストラクチャーを配置すれば、さらに楽しめそうだ。

(写真、文:U)

Ef57

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上のEF57はマクロの200ミリレンズを使用。こうしてみると一見、超望遠レンズで撮ったようにも映る。ただしこのEF57、残念ながら16番なので線路の幅が広いのが難点。

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2015年5月 7日 (木)

キンタ(EH500)の行方

20150429_3062
今回も先日の宴席での話題から・・・

GWは、いつものことながら遠征には出かけず、単発撮影だけでお茶を濁している事が多い。今回も通例通り、取り立てて報告できる撮影には行っていない。こんな多客時に肝心な「北斗星」が運休だから、疑問に思われている方も多いと思うが、臨時列車としてなぜ運転しなかったのだろうか。もし運転があれば、切符は即完売だろうし、なお不思議に思うところだ。

で、やはり新幹線延伸による影響についての話題が幾度となく取り上げられたが、それは、旅客列車のことより貨物輸送の方。先日1日だけ津軽線に行った時の貨物列車は、大半がEH500とEH800に変わり、最後まで残存していた白いED79は一本も現れなかった。後で調べたことだが、このED79のスジにEH800が運用されていたようだった。その道にお詳しい先輩の話では、新幹線開業後は、通常は海底トンネル内での旅客と貨物の交換(すれ違い)はないダイヤとなり、もっと言えば、貨物列車は原則日中走行しないダイヤになるとのこと。当然のことながら、この区間の貨物輸送は、全てEH800型の機関車に統一されてしまうため、現在五稜郭まで北海道に乗り入れているEH500は、改正後は消滅することになる。そして、日中の貨物列車も見られなくなるということになるわけだ。

これらが事実なら、来春のダイヤ改正は、今年よりさらに大きな変化が見込まれるのではないか。この春の改正では、ついにキンタ東海道線進出かとマニアの間では度々話題になっていたが、来年はいよいよ現実のものになると想像できる。そうなると玉突き現象で、現行のEF65PF、EF64、EF66、そしてEF81あたりに大きな影響が出てしまうことは疑いのない事実だろう。

だからといって、何をどうすると考えもない事も事実で情けない状況・・・

ただ長年撮影を続けてきて思うのは、世の中どんなに変わっても時代は繰り返す、それも加速しながら自分を追い越していくということだ。

写真は、先日の海峡線でのキンタ。単線の大きなカーブをキィキィ言わせながら迫ってきた。近い将来ここも思い出となるならまた行ってみようかな。

2015-04-29            JR東日本:津軽線/ 蟹田-瀬辺地にて

(写真、文/K )

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2015年5月 5日 (火)

Kさんの記事を受けて

ここ数年、恒例となっている宴会はどうにか終了。味は非常に良かったものの、量としては物足りなかったと感じた方もいらっしゃったようだが、そこはお許し願いたい。暴飲はともかく暴食が寿命を縮める年齢だから、少しでも長生きして鉄道撮影や模型を楽しみたい方々には良かれと思ったものの、皆さんまだまだお若く、飲んだ後の深夜のラーメンなどが必須のようだった。下見にまで行ったくせに行き届かない点が多々あっとと反省し、来年はメンバーなどの縮小も視野に入れ、もっとこぢんまりとやる方向で計画したいと思う。また、渋谷という場所でこの時期に開催するのも、ちょっと無理があると感じた次第。

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さて前回の記事でKさんが書いているように、地味な「はまなす」もそろそろ撮っておかにゃなるまい。
自分にとってこれまでは単機牽引でもあり、特急列車の陰に隠れた存在だったが、考えてみればDD51の牽く区間で走行写真を1度も撮影したことがない。
非電化区間でとらえるには難しいダイヤということも「はまなす」を切り捨てていた要因だが、寝台特急も「カシオペア」か「北斗星」のどちらか1本のみとなれば、いきおいその存在が脚光を浴びるのは当然のなりゆき。

夏至の頃ならば下りを東室蘭付近の架線のない区間でもギリギリ撮影可能というアドバイスも頂いたが街中に入ってしまい、あまり積極的にはなれない。無理して高感度撮影しても、ただ撮っただけという画質の悪い絵になって、満足するにはほど遠い。
ここは割り切って架線下でもキッチリと撮れる場所を選ぶのがクレバーな行動だと判断した。候補地としてはいくつか考えられるが、いずれにしても前夜の飛行機で現地入りしてレンタカーを借り、車中泊で早朝の撮影を敢行するというのが常道だろう。「はまなす」の撮影を後回しにすると、非電化区間からわざわざ電化区間へと戻ってこなくてはならない。北海道入りして初っぱなに撮っておかないと後の行動に支障が出てしまう。考えてみれば非常に厄介な列車なのだ。

ただし前述のように重連の特急寝台に比較してしまうと、それほどの満足感は得られまいと分かっているから、ちょっと億劫な気がするのも偽りのない事実なのだが。

(写真、文:U)

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2015年5月 3日 (日)

今後のターゲットは何処に?

201005
前の記事でU氏がコメントしているように、昨日は恒例となった宴が都内で催され、大変充実した時間を過ごさせて頂いた。詳しくはU氏に任すことにするが、学生時代から、線路端で切磋琢磨した親友や先輩方とこうした席で時間を共有できたことの幸せを今ひしひしと感じているところだ。日常では忘れかけている出来事が、懐かしい顔ぶれを前にするとフラッシュバックして甦る。大切な仲間たち、大切な時間。今は、この仲間たちに再びエネルギーをチャージされた感覚で、生きる歓びを気づかされている。

写真は、宴でも話題になった急行「はまなす」。「北斗星」や「カシオペア」の影に隠れて地味な存在だが、今や全国唯一の夜行急行列車になった。来年の新幹線の函館延伸では、大きく影響が出る列車だけに、記録という意味では外せない列車だろうが、時間帯が限られているため、なかなか撮りづらい列車であることも事実。まあそれを何処でどう撮るなどとお仲間たちとあれこれ談義するのも楽しい時間であるのだが・・

2010-05  201レ  はまなす        千歳線:島松-北広島にて

(写真、文:K )

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2015年5月 1日 (金)

宴会に備えて1日早い更新

明日は待ちに待ったお仲間たちとの宴会。このところ毎年1度、恒例となってきて、わざわざ関西からも駆けつけてくれる方もいる。ただ、せっかくいらしても今年は臨時「北斗星」や「カシオペア」も走らないし、代わりといえば翌3日に帰ってくる政府専用機でも撮るくらいしかなさそうなのが心苦しい。(すでにAさんには時刻などお伝えしてあるけれど、まあ3日も昼間っから酒を飲むからパスしましょう.。だから長いレンズは不要ですよ)、申し訳ないがその点だけはどうかお許し願いたい。
しかしながら会場となる渋谷の渋い居酒屋は良い酒も置いてあるし、それはそれとして盛り上がりたいと思う。皆さま、よろしくお願いします。

ところで自分は土曜日ながら出勤日。午後3時半には仕事を片付けられる予定だが、明日のブログ更新は難しそう。ペースが崩れてしまうが5月の初日である今日のうちに記事をアップしておくことにした。

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先日、今回の会にも出席されるH氏が磐越西線で行われたC61の試運転に1泊2日で行ってきたらしい。C57180の検査が遅れていて、5月はそのピンチヒッターで登場するためだが沿線はかなりのファンでにぎわったという。ゴールデンウイークの真っ盛り、しかも4月29日は祝日とあっては無理もない。おまけに今年はほかにめぼしい被写体もないから、いきおいここに人が集中したのだろう。C61が磐越西線で走るという、現役時代だったらあり得ない組み合わせも、当時を知らない人には問題にはなるまい(何しろあの水郡線にすら走ったのだから)。とにかく大盛況だったらしい。
現役時代からC61には全く関心のない自分でも、新緑の磐越西線自体は魅力的だし、喜多方のしょう油を買いに行くのには良いきっかけだったのだが、仕事の関係で参加できず残念。K氏などは東北線で「北斗星」を撮影し、さらに「あいづライナー」まで撮ったうえでH氏と合流したというのだから気合いが入っている。密度の高い撮影行を楽しんだことだろう。うらやましい。

明日の宴会ではそんな話も出て、このところ蒸気機関車撮影に熱心なH氏や海外の蒸機に詳しいM氏、それに模型などの世界で有名なI氏によってSLネタが多くなることが予想される。ブルートレインなどの客車列車が今年の内には壊滅状態となり、次に何を撮影するかという流れもあるだろうから復活蒸機の話題は必然。

そこで今回はあえて北海道の寝台列車の写真を外して、以前磐越西線で撮ったD51498の写真をアップすることとした。2011年5月、東日本大震災から約2カ月。磐越西線経由のオイル輸送が一段落してC57180の代わりに走ったD51498。その1年前から現役当時のD51499もどきの後藤工場タイプの変形デフレクタと、これまた鷹取式をモデルとした集煙装置を装備したスタイルになっていた時期のものだ。
昔は嫌われた集煙装置も時代が変わればその重厚感が好まれるようで、鉄道模型でもそうしたスタイルの商品が真っ先に売り切れるというご時世。群馬県川場村の「ホテルSL」に保存されているD51561号機も、長野工場式集煙装置と同じく長野工場型のデフレクタに換装され人気を集めているほどだから、再び498号機がこのスタイルになったら喜ばれるのは確実。

_dsc28631_2

 

このときは最初から最後までほぼ全てを流し撮りすることにして遠征した。速度の遅い蒸気機関車を流してもロッドがぶれないと流れた感じがしない。そこでシャッター速度は一律に25分の1秒としたが、やはり難しい。なかなか思うような絵は得られなかった。
これは日出谷の新津寄りにある平瀬(びょうぜ)の集落付近でとらえたものだが、煙があればもっとマシな写真になっただろうが計算通りには運ばないのがこの世界。同様に、ヘッドマークが付かない試運転の時に流し撮りをするべきだったいうことも反省点だ。日本の復活蒸機はどうしてマークを付けたがるのだろう。この点がネックとなってブルトレなき後も、すんなり蒸気機関車の撮影に転換できそうもない。

(写真、文:U)

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