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2015年3月

2015年3月31日 (火)

高画素機の使い途

帰ってきたニコンD800Eをまだ鉄道撮影に使う機会はない。自宅の庭で咲き始めたチューリップを試し撮りした程度だが、カメラのモニターで再生するだけでD810との画像の違いが一目瞭然。このキレの良さこそ、このカメラの真骨頂。早くこのD800Eを携えて線路際に立ちたい。

しかしニコンも商売なのだから、そう遠くない将来、キヤノンに対抗するべく5000万画素、あるいは7000万画素クラスの新機種を開発するのだろう。不毛な競争だと思うが企業としては当然のこと、遅くも来年には登場すると予想している。
ただ、鉄道撮影においてそれほどの高画素機にメリットを感じる場面は少なく、もしあるとするならば停車中の車両をじっくり撮影できる機会となる。床下など陰になる部分は色の階調が豊かな高画素機が明らかに有利で、このことはD4SとD800Eで同時に同じものを撮ったときの画像を見ると歴然。三脚を使って形式写真などが撮れるならば、その性能が生かされるだろう。

むしろ問題は形式写真を撮る機会。今やそんなチャンスは滅多になく、駅で止まっているシーンや撮影会などに限られる。おまけに撮影会でも三脚の使用を禁じているものすらある。
昔話をするのも年を取った証拠だが、かつての車両基地は名簿に住所、氏名を書けば入れてくれたところが多く、好きな機関車を撮るときなどは、わざわざ低感度の微粒子フィルムを用意して訪問したことを思い出す。デジタルの高画素機もこういう場面にこそ有用なのだが、残念ながらそんなチャンスにはなかなか行き当たらず、本領発揮できる場面が少なすぎ。仮にニコンが5000万画素を越える新機種を出したとしても、自分の場合は実物よりも模型撮影用に特化してしまいそうだ。

そのように考えると今回のD810のD800Eへの買い換えは、迂闊に画素数の高い新機種へ飛び付いた自分への戒めともなり、同時に個人的なカメラの理想像というものを見極めるよい機会となった。
もし今後もブレについて抜本的な解決策がとれない場合、画素数としては4000万程度でじゅうぶんすぎるほどだから、高感度性能をD4などフラッグシップ機と同等までに引き上げてくれたらありがたい。そうなればISO感度を上げて、高速シャッターを切ることも可能となるわけだから、走行している列車を撮る場合でも手ブレによるミスは激減するはず。日中でも普通にISO1600程度で1000分の1秒以上のシャッターが切れ、なおかつ4000万画素あれば鬼に金棒。現段階ではD800EでもISO500を越えるとノイズが出始めるから、高感度性能と高画素の両立にこそ、もっと力を注いで新機種を開発してくれたら嬉しいと思う。

鉄道撮影から撤退する時期が近づいている自分としては、そんなカメラのいち早い登場を期待してしまう。

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形式写真にまつわる話になったので、かつて広島機関区で撮った大窓のEF5816号機と69号機の写真をアップする。

16号機については、この頃パンタグラフが下枠交差のPS22Bになったうえ、左右一体型のひさしで好き嫌いがはっきり分かれるスタイルになったが、個人的にはかなり気に入っていた。もしムサシノモデルがEF58を模型化するとなったら、ぜひともこの姿の16号機も製品化して欲しいものだが、多分買う人は自分だけだろうから希望しても却下されそうだが。

下はEF58中、最も好きだった69号機。こちらは特に形式写真を撮りたくて機関区や駅で止まっているシーンを何度か狙った。Img139_2

Img1365_2
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ところで昨日、JR西日本が「SLやまぐち号」の客車にマイテ49など5両の旧型客車を復刻すると発表した。現在のレトロ客車はその時点で廃止となるもよう。

もう一つ、「カシオペア」の北海道乗り入れも来年1月以降、廃止となりそう。第三セクター「IGRいわて銀河鉄道」が承認した2015年度の事業計画は、1月以降の「カシオペア」の運行を見込まないで試算されている。ここから推し量るに、すでに「カシオペア」の同線への乗り入れがなくなることは通告されていると解釈できる。

(写真、文:U)

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2015年3月29日 (日)

ついにカウントダウン!「北斗星」

20121110_22
ダイヤ改正から早二週間、現在運休中のブルトレ「北斗星」は、いよいよ来月から臨時列車として運転が始まる。今度から「カシオペア」号との交互運転だから、撮影も大分制約されることは致し方ないところ。それでもこれからは、夜明けも早まり、いよいよブルトレシーズン開幕だから、作戦を練られているここの読者の方々も多いと思われる。

当方も、今までの念を押すつもりで、撮影ポイントを見極めて悔いなど残すことのないよう、時間を大切にしていきたい。

写真は、秋晴れのもと那須高原を行く2列車、正調「北斗星」。左右のレールがギリギリ見える地上30Cmにカメラを構え、手持ち一発勝負で撮影した時のもの。牽引機関車のEF510も、こういった見上げた角度で撮影するとイメージがまた変わってくると思うが如何だろうか。

(写真・文/K)

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約4年間投稿をお休みしていたKです。マイペースにて撮影の方は継続していましたが、こちらのお仲間たちのブログには投稿せずに時間が過ぎてしまいました。このダイヤ改正を機に、再び復活させて頂きます。引き続き当ブログを宜しくお願い致します。

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2015年3月28日 (土)

船岡の桜

ニュースを見ると季節的にもうソメイヨシノが開花したとかしないとか、桜前線北上の話題が目立ってきた。今日28日などは上野公園が花見客で混雑するという。まだ三分咲きだが、日本人の桜に対する思い入れはひとしお。鉄道写真も沿線の桜を入れたものが増えてくる時期だ。

そういった中、ニコンD800Eを買い戻して思い出したのは東北線・船岡の桜。2012年に最初のD800Eを買ったとき、柄にもなく「北斗星」を俯瞰撮影しようと現地に行ったが、天気に恵まれず、新型カメラの高性能を試すことができなかったという思い出がある。
その「北斗星」が臨時となって、おそらく最後の桜の季節を迎えた今年は、あのときの悔いを晴らすラストチャンスとなるわけだ。おおよそ俯瞰撮影など縁のない自分でも、愛用していたカメラが帰って来たタイミングでもあるし、もう撮れないかもしれないという中で、うまいタイミングで時間が取れれば行っておきたいポイントの一つであることには違いない。

正直、EF510には興味がないから長いレンズで引っ張る必要もなく、手軽な装備で行けることもありがたい。急坂を歩かなければならない場所だからなおのこと。

あとは「やる気」の問題だけ。どなたかにお誘いを受ければ重い腰も上がるというもの。同道してくださる方がいればありがたいのだけれど…。

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自分でも同じ列車の写真が続くと飽きてくるので、今回の写真で取りあえず北海道のDD51はお休みとして、また懐古路線に戻ろうかと思っている。
この写真が晴天下での「トワイライトエクスプレス」最後のシーンとなった。

(写真、文:U)

Photo

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2015年3月26日 (木)

ニコンD810を放出

「トワイライトエクスプレス」や定期の「北斗星」が消え、残る夜行の客車列車は「カシオペア」と「はまなす」、それに臨時の「北斗星」だけとなったが、それらももはや風前のともしび。そろそろ鉄道撮影もお終いという段階となったというのに、かような状況を顧みずこの期に及んでカメラを買い換えた。それも現行機種を旧型にしたのだから、普通の感覚なら愚行と言われても仕方がないが、とにかくニコンD810のしまりのない画像は受け入れがたかった。D800Eが作り出す画像の良さに惚れ、その後継機種はきっと発展していると思い込んで導入したのが裏目に出た。

昨年7月の発売日に納入されたD810は直後の北海道旅行から使用を開始したが、画像にD800Eのようなキレの良さがなくモワッとした印象。気温の高い夏だったため当初は陽炎の影響とも考えたが秋になっても相変わらず。この間、パソコンからカメラの設定などをいじってみたりしたが、ほとんど改善されない。高画素機の場合、微少な手ブレでも画像に大きく影響を与えるから可能な限り三脚は使用してきたし、ニコンに持ち込んでピントの点検を2度もしたが好転の兆しはいっこうに見られない。素人ながらこれはもうセンサーのチューニングに問題があると結論づけ、とうとうD800Eを買い戻すことにした。

なにしろもう夜行列車の行く末にもカラータイマーが点滅しているのだから、気に入ったカメラで最後の記録を残したい。わずか650コマほどしか使っていないD810をオークションに出品しD800Eの元手とすることにした。
幸い高額で落札され、新品のD800Eを買っても¥50000ほどおつりが来そうだから負担はないが、気分的には割り切れなさも残る。昔はフィルムの違いが画質に影響したが、今はカメラそのものが画質を決める時代だから一度の散財も高額になってしまう。カメラ購入の際、その機種の画質を確認できるシステムが欲しいと痛感した。

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それに関連してもう一つ。
キヤノンから発売される5000万画素の新型機をテストした知人の談によると、やはり手持ちでの撮影は難しそう。、しかもファインダーではなくモニター画面を使って正確にピント合わせしないと、その高性能を発揮できないというのだから、動く列車撮影にはかなりシビアなカメラになりそうだ。

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「芸風」から大きくはみ出た「北斗星」の画像を2種。上の写真は豊浦のD51953が保存されている付近から850ミリ換算で撮影したものでノートリミング。1枚くらい、こんなロングの写真を撮っておいても良いだろうと考えた。ブログにアップするには列車が小さすぎるかと逡巡したが、記事の末尾に太字で記したような要領で見ていただければ幸いだ。

(写真、文:U)

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20153

【ご注意】

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2015年3月24日 (火)

雨の日の遊び方

朝から風雨が激しく宿を出るのも億劫だった10日は、最寄りの豊浦駅でお茶を濁した。
最大瞬間風速が20メートルを超え雨も激しい中、せっかく北海道に来たのだからと考えたものの、これほどの荒天では外へ出たら身の危険すら感じる。
取りあえず豊浦駅へ行ってみると跨線橋には屋根があってサッシの窓もある。「トワイライトエクスプレス」は当初から画像をいじってみることを前提にタテで流してみることとした。

通学の高校生も嵐のように殴りつける雨の中、跨線橋で雨宿りして列車待ちしていたが、こんな天気でも写真を撮ろうとする自分に冷ややかな目を向けている。
これほどの状況なら東京では学校は休みになるだろうに、北海道の学生さんたちは当たり前のように登校していく。そしてそれを担うJR北海道も定刻で列車を運転しているのには驚いた。昨今、問題視される同社だが、こんなに荒れた日でも定刻に列車が運行されている現実を目の当たりにすると現場の方々の意地を感じる。「トワイライトエクスプレス」もすでにこの日の上りの運休が決まっているのに、下りはほぼ定時にやって来た。

イチかバチかの低速シャッターで流して、あとはそれを軽くいじくったのが今回の写真。デジタルカメラになって、後処理で遊べるのも良いところ。それほど手を加えていないが、宿に帰って午後の暇つぶしには最適な素材となった。こんな楽しみ方もあって良いと思う。

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その豊浦の街に、かつて撮影したD51953が保存されていることを最近になって知った。
今回、絶対に見に行ってみようと考えていたが、狭くて非常に撮りづらい場所に置かれていた。こんな短いレンズは持参していなかったから、パナソニックのコンデジで撮ったもの。
この953号機、かつて胆振縦貫鉄道が発注したD51の中の1両で、後に国鉄に買収される。当時はテンダーに社章があったという。何度も行った豊浦町に保存されていながら、気がつかなかったのは恥ずかしい。扁平型のギースル・エジェクタ煙突も特徴。

(写真、文:U)

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Img060_2

1975年8月 沼ノ端

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2015年3月22日 (日)

DF200の画像②

予約を入れていたムサシノモデルのDD51745号機(13ミリ、3灯の五稜郭時代)がもうすぐ手元に届きそうな気配だ。今回は再々生産で以前の製品よりも更に良くなっているという。最初に発売されたときは転勤と重なって入手の機会を逸してしまったが、その後中古で探そうかと思っていたら店頭に限り今回の生産分で三つ目タイプの注文に応じてくれるとのこと。当然のようにお願いした。

さて、実物では現在、北海道の青いDD51の牽く夜行列車を追いかけているわけで、模型でもそれを買うのが自然な流れなのだが、現役の蒸気機関車時代を多少なりとも知っている者としては、所有しているSL模型の横に青いDD51を並べるわけにはいかない。金が潤沢にあるならそちらも入手したいが、ほかにも欲しい車両があるわけで様々なタイプがあるDD51の中から1両選ぶとなれば、どうしてもこのバージョンに絞られてしまう。 以前からこのブログで書いてきたように、今や国鉄時代の塗装よりも青い色が施されたものの方がしっくり来るというのが個人的な本心だが、蒸機と並べるのだから当時の色のものでなくてはなるまい。

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13日に撮影した画像。 この日、札幌に到着した下り最終「トワイライトエクスプレス」のJR西日本への返却回送を撮ろうと、某所で待っていたら、良いタイミングで183系「北斗」が貨物列車とすれ違った。ちょうどカメラをのぞいているときだったが、これほどのタイミング、しかも列車本数の少ない北海道で撮れたのは偶然にしてもラッキーだった。願わくばDF200は初期型がありがたかったが贅沢は言うまい。それよりも左が183系だったことを喜ぶべきだろう。

(写真、文:U)

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2015年3月20日 (金)

DF200の画像①

今回の北海道行きでは久しぶり古くからの友人K氏と1日だけだったが、行動を共にすることができた。

2008年に鉄道撮影に復帰したとき、沿線にフェンスが立てられたりして、かつて撮影できた場所が撮れなくなるなど周囲の状況が一変して右往左往する自分の面倒をよくみていただいた。ブルートレインの終焉に当たって、諸々の写真を撮ることができたのは彼のおかげにほかならない。この趣味に空白をつくってしまった自分だったが、その間も彼はコツコツと列車を追い続け、今になってみればうらやましいほどの貴重な記録を山ほど残している。お仲間たちとの集まりにしても幹事役を引き受けてくださり、初めて出会ってから30年以上経った仲間同士、連絡が途絶えないのは、これまた同氏のご尽力あればこそだ。

そのK氏と伊達紋別で酒を酌み交わし、昔話をしつつ翌日の夕方まで最後のブルトレ撮影にご一緒できたのは、「楽しい」という言葉以上の忘れ得ぬ良き1日になった。
彼にとって最終日、遅延発生のために撮りたかったポイントで迎え撃つことができなくなった「トワイライトエクスプレス」だったが、その無念を別の場所で取り返すことができたのは、仲間の1人として心から安堵した。なぜなら午前中の撮影を終える寸前まで、彼はこれまたダイヤ改正で消滅する711系電車を撮りに行こうと考えていて、それを半ば強引に引き止めたのが自分だったからだ。無理に誘っておきながら収穫を得られなかったら責任重大、同行のH氏の助言にも大いに助けられ、どうにかK氏も納得の1枚を仕留められたようでホッとした。

ご自身のブログで帰途、ベートーベンの「皇帝」の第2楽章が脳裏を廻っていたと安堵の気持ちを述べられているが、実に彼らしい表現で、こちらとしてはさながらマスカーニのカバレリア・ルスティカーナ間奏曲といった気分か。とにかく良かった。

まだRAW現像ができていないが、近いうちにそのときの写真をアップしたい。

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夜行列車の写真はまだあるが、同じ類のものばかりでは自分自身も飽きてしまうので今回はDD51は中休みしてDF200の画像。いつもはただ何となく撮っている貨物列車だが、今度の旅行では比較的真面目に撮影した。

(写真、文:U)

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2015年3月18日 (水)

上り最終の「トワイライトエクスプレス」

北海道旅行から帰ったら清々して、もう鉄道撮影にも区切りが付くと思っていたら、また良さそうなポイントを見つけてしまい気になって仕方がない。今まで写真で見たこともない場所だったり、ポピュラーながらほんの少しだけ立ち位置を工夫することで好みの絵が撮れそうな3カ所。

これから臨時運転のみになってしまう北海道の夜行寝台列車だから、効率は良くないが、ほそぼそとでも走る以上、どうしてもそこで撮ってみたいという願望を断ち切れない。定期列車がなくなれば熱も冷めて、模型の方に傾注できると思っていたが思わぬ誤算が生じた。

性懲りもなく次の渡道を本気で考え始めた。

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定期列車の「北斗星」が廃止になるにあたって、関東の有名撮影地ではいくつかのトラブルがあったと聞いたが、北海道ではそんな話を聞かなかった。自分の耳に入ってこないだけなのかもしれないが、実際にファンの姿も思ったほど多くはなく良い意味で肩すかしを食らった感じだ。

おそらく北海道に行った人たちはダイヤ改正ギリギリに駆けつけるよりも、最後の土日となった3月7、8日あたりにスケジュールを合わせたためだろう。最終の「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」に特別な装飾が施されるわけでもなく、通常のまま運転されるのだから、何も最後の列車にぶつけて平日に休みを取る必要もない。自分のようなヒマ人ならともかく、良識ある社会人なら土日をうまく使うのが当然だ。

もうひとつ考えられるのは東北線内で「カシオペア」の牽引にEF81が当てられ、注目の81号機や95号機が先頭に立ったことにも要因はあるようだ。
北海道にいてもそんな話題をしているファンを各地で見かけたから、ある意味、後ろ髪を引かれつつ撮影をしていたような印象も受けるほど、このネタは大きかったらしい。某所で会ったファンは下り「北斗星」最終列車の牽引にもEF81が当てられるのではないかと想像し、それなら今からでも青森に戻るなどと心配していたくらいだ。
北海道内でDD51が重連で牽引するよりも、EF81の注目機(81や95)の「北斗星」の方が魅力的なのだろうかと不思議な気持ちにもなったが、人それぞれの価値観が異なるのも趣味ならでは。
とにかく、それほどまでに今回のEF81による「カシオペア」のピンチヒッターはファンの心を攪乱させた。

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ところで今月21日に走るようだと2月10の記事にしたEF8181による旧型客車の運転はなくなったもよう。本当に計画されていたかどうかは知るよしもないが、当日はどのみち出勤日で撮りに行けるかどうかは微妙だったので、ないならないでありがたい。

また、21日に石巻線に入るという寝台客車を使用した臨時列車も、撮影を考えている人たちは確認の必要がありそう。

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写真は上り最終の「トワイライトエクスプレス」。
曇天で薄暗く、おまけに小雪が真横に流れるほどの強風だった。この日12日と前日の11日に札幌に着くはずだった下り列車が運休となって、最終上り列車は10日に着いていた編成。この日も運休となった2日間と同じような天候だったから、最後の日にも走らないとなったら乗客はもちろん、マスコミなども困るだろうと想像したが、どれだけ遅れようと最終日、安全に走れるならばきっと運転されるだろうとは予測してい た。

一般的な考えなら編成の側面が写るアングルを取るのが当然だろうが、天気が悪い中で、あの緑色の塗装がうまく出るとも思えず、そこは割り切って好きな角度から狙える場所を選んだ。

ハイビームで長い汽笛を鳴らしながらの通過だった。

(写真、文:U)

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2015年3月16日 (月)

定期ブルトレ全廃

ついにこの日本から定期ブルトレというものが消えてしまいました。
これまで唯一の定期寝台特急として設定されてきた、第1列車、第2列車特急“北斗星”が臨時列車に格下げされたんですよね。
ニュースなどでも当然ながら廃止されたトワイライトエクスプレスがどうしても大きくクローズアップされますが、事件の大きさとしては北斗星臨時格下げのバリューも大きいのになと思います。

その“北斗星”が運転を開始した1988年3月13日、少し残念な出来事もありました。
“ゆうづる”が廃止されたんです。
廃止というよりも、上野-青森間の特急列車から上野-札幌間の特急列車への発展的解消ではあったんですが、“ゆうづる”の列車名が消えることには変わりなかったんです。
かつて、1965年10月改正で“ゆうづる”は“はくつる”に続く東北二番目の20系特急として運転を開始したそうです。
“はくつる”が東北本線経由だったのに対して、“ゆうづる”は常磐線経由での運転でした。
東北本線だけを見ますと、ちょうど電化が盛岡に達した時ですから、盛岡以南はED75、以北はDD51ということで片づけられました。
が、問題は常磐線でした。
実は電化がまだ草野までだったんです。
なんと、平(現いわき)-仙台間のけん引機が平機関区のC62だったんですね。
山陽本線のブルトレC62けん引時代と違い、私は小学生になっていましたから、低学年ながら特急をC62がけん引していることを理解していました。
ただし、当然ながら撮影には行けずに岩沼電化に伴う1967年10月改正を迎えました。
今思えば、夏至の前後なら上りの富岡、木戸、広野、末続あたりで十分に走りを撮れたはずなんですけどね。
鬼才黒岩先生デザインになる秀逸な“ゆうづる”のヘッドマークを掲げたC62は、永遠のあこがれとなりました。

“ゆうづる”へのそんな幻想を私はED75に求めていました。
しかし、その“ゆうづる”そのものが青函トンネル開業に伴います1988年3月で消えてしまうんです。
それはそれは一大事でありました。
ただ、ED75 1001号機をはじめとする多くのED75P形が、国鉄のJR移行を大前提とした1986年11月改正で青森機関区から盛岡機関区へと転配されていまして、青森東運転区(←青森機関区)に転配されてきていた700番台なども“ゆうづる”仕業に入ってきていましたから、心の整理はついていたんですけどね。

ED75“ゆうづる”の走りが撮影できるのは下りの青森方に限られます。
そして、その下り“ゆうづる”は24系客車の尾久客車区、札幌運転区転配の関係から改正前々日の上野発3月11日が最後の列車となりました。
つまり、ED75“ゆうづる”走りを撮影できるのは3月12日の朝が最後になりました(上りはその日の青森発が最終列車ですが)。
ED75がけん引していたのは3列車と5列車の2本で、5列車がED75“ゆうづる”昼間の走りのラストとなったんです。
けん引機は写真のように700番台のED75 715号機ではありましたが、万感の思いで見送りました。

そして、それからちょうど27年、“ゆうづる”を発展解消させて登場した“北斗星”も定期運転を終えました。

(写真/文:某I)

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2015年3月15日 (日)

雪中撮影

昨日、13時半着の全日空機で帰ってきた。欲張って上りの「カシオペア」を電化区間で撮ってから帰ることも考えたが、飛行機の便を変更してまで、架線の下でいじましく粘っても仕方がないと判断し予定通りの便に乗った。

天候には見放された旅だったが、最後はうっすらと積雪する中で日差しに恵まれたから締めくくりは悪くない。これまで自分としては「カシオペア」の下り列車で手応えがある写真を得られていなかったから、この日の収穫はそれなりに意味のあるカットとなった。
一方、その次の定期最終「北斗星」は、残念なことに全般検査出場直後とおぼしき1093号機が先頭についてしまい、個人的にはコントラストの強い絵となり、ただ単に最終列車の記録というだけのものになってしまった。
塗り直されて美しく青いDD51は遠景なら映えるが、アップで撮影すると積雪が日差しを反射して特にナンバーが読みにくい、朝夕の斜光が差す時間帯に来てくれると歓迎だが、日が高い「北斗星」のスジで撮るなら、もっと時間の早い函館付近で撮れば良かった。
もちろん最終列車の先頭にきれいな機関車を入れるという配慮があったのだろうから、それはそれで粋な計らいだったと素直に受け止めてはいる。

さて、こうやって8日間も続けて鉄道撮影をしたのは学生時代から数えて30数年ぶり。蒸気機関車が現役だったころは当然だったが、おかげで久しぶりに大量の画像を処理する作業が待っている。少しずつRAW現像していくつもりだが、本命の寝台列車以外にも183系気動車やDF200などもあって、少し時間が必要だろう。こういった作業を急いで短時間にこなすと、色の調整がうまくいかなくなって感覚がおかしくなってしまう。疲れ目でパソコン画面を見続けて色作業をするとロクでもない結果を呼ぶから、少しずつこなしていこうと思う。

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11日に撮った「カシオペア」。朝から雪の降る天気で撮影するのも億劫だったが、雪の中を走る北海道の夜行列車ももう撮ることはできないと(4月の降雪も考えられるが)奮起した。
前の記事でも触れたように200ミリほどで撮影したが、なんだか自分の写真ではないみたい。風も強く傘など何の役にも立たないから、機材を守るために大きめのゴミ袋を用意して、カメラやバッグをそれで覆いつつ1時間ほど寒い中でがまんした。

着雪でヘッドマークが見えないが、雪の激しさがよく分かって残念には思っていない。「一円玉」と揶揄する人もいるが、雪の中を走っているのだから当然のこと。マークが見える方がむしろ不自然だろう。
このとき、比較的近い長和に行った友人によると、現地は雪も降っておらず積雪もなかったというのだから、ほんの少し場所が離れるだけでも天気は大きく異なるものだ。

(写真、文:U)

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2015年3月13日 (金)

明日、帰京

明日14日の札幌着「北斗星」を撮影してから午後早い便で帰る予定。
今回は人が多いことを予想して少しでもすいているところを中心に回ったが、主にこれまでここで撮ったらどんな絵になるか試してみたかったところがいくつか含まれている。もう最後だと思うとどうしても自分の目で確かめておきたかった。手垢のついたような有名撮影地はなるべく敬遠したが、まあまあそこそこの絵も1,2カットは撮れたのではないかと思う。

特にタテの写真を意識したが、超望遠レンズでそれが撮れるようなポイントは少なかった。各地の跨線橋やオーバークロスなどなど中心に見て回ったが、これはもう少し延命される臨時「北斗星」や「カシオペア」撮影のための下調べも兼ねたもの。次の5月の渡道もそんな場所を見つけたい。

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1,2月に北海道に来ることができなかったのは、自分の健康面での問題もあったが、それよりも3月のダイヤ改正直前の方が天気が安定するかという思惑も働いた。しかし実際に来てみたら完全に晴れた日は一日のみ。12日は朝の下り列車はまあまあ明るく、積雪の反射もあってきれいに撮れたが、ほかは思っていたほど甘くはなかった。特にひどかったのは11日の下り列車。横殴りの小雪が激しい天候で、おまけに風も強く「トワイライトエクスプレス」などは早々と運休になった。

こういう日はいくら超望遠で撮影しようとしても無駄。ろくでもない写真を量産することになる。考えれば分かることだが吹雪の中では視界が悪く、人や車などは近くに来るまで認識できない。超望遠レンズで遠くのものを撮ろうとしてもホワイトアウトして見えないのだから、こういう状況では短いレンズで列車が近距離に来てからシャッターを押すのが常道。今度の旅行では珍しく自分にとっては「ワイドレンズ」とでも言えるような70~200ミリも持参したから、11日の朝の「カシオペア」「北斗星」はこうやって迎え撃った。

久しぶりに200ズームでの撮影だったが、結果はまるで自分の写真ではないみたい。被写界深度は深いし、軽くて手持ちでじゅうぶん撮れるから非常に楽。ある意味「撮れて当たり前」の世界で、これで撮れなきゃ、こんな趣味はやめた方がイイとすら感じてしまうほどの緊張感のなさ。まるで携帯電話のカメラでちょこっと撮ったような手軽さにバカバカしくなるほどだった。
このレンズ、買ってからなかなか日の目を見ることがなかったが、ここにきてようやく役に立った。

追々アップする予定。今回は某所で撮った「北斗星」。

(写真、文:U)

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2015年3月11日 (水)

3.13 に向けて

昨年12月から新幹線H5系による試運転が始まっている青函トンネルですが、そのトンネルは1988年3月13日が青函連絡船からのバトンタッチの日でした。
その前日までED79重連がウエイトコンテナを積載したコキ50000、1000t編成をけん引してのハンドル訓練が連日たくさん運転されていましたが、この日の未明、改3053列車を津軽海峡線通過一番列車として本番が始まりました。
津軽海峡線初列車はED79 1号機けん引下り海峡でも、記念の前面幕を出した485系上り“はつかり”でもなく、何の装飾もないED79重連高速貨Aだったんです。

対しまして、青函連絡船はその青函トンネル営業開始と入れ違いで廃止してしまいますと一部の貨車航送に支障しますことから、この3月13日のダイヤ改正日まで運航したのちに終航することになりました。
ただし、青森ベースで申しますと、早朝青森発の21便までで前日までに青森に到着していたすべての営業車両の航送を終え、その次の23便八甲田丸には控車ヒ500、ヒ600だけが積載されました。
控車とは、いつぞやの記事でご説明しましたとおり、重いDE10が船の車両甲板やそこと岸壁とを結ぶ可動橋に載ってしまわないよう、DE10と被入換車両の間に数両連結される車両のことです。
なぜ控車だけを積載するかといいますと、彼らは青森駅常備でも青森操駅常備でもなく、JR北海道の所属だったからです。
青函連絡船は国鉄時代は函館にありました青函船舶鉄道管理局の管轄、わずか1年弱でしたがJR化後はJR北海道函館支社の管轄だったんです。
なので、もう青森に用のなくなった控車は船に載せて所定復帰させなければなりません。
でも、津軽海峡線経由では最高速度65km/hのヒ500、ヒ600が連結できる貨物列車はありませんし、そんな遅い配給列車だって設定できなかったんですね。
かくして、青森駅構内にいた控車群はDE10に可動橋の手前まで押し込んでもらい、そこから先の数十mは構内係の方々の手押しで車両甲板へと入っていきました。
八甲田丸は23便で控車たちを無事函館に送り届けたのち、再び8便で青森へ戻り、青森でのその折り返しとなる7便が下り青函連絡船最終便となりました。
かつて何度となく過ごした船客待合室で終航式が挙行されたのち、青函7便八甲田丸は青森2岸を出航していきます。
この日は通常は厳しく禁止されていた岸と船とを結ぶテープも解禁となり、写真のような別離のシーンが展開されるところとなりました。
八甲田丸は下り最終営業便で函館に向かったのち、最後は青森港へとフェリー(回航)され、今でもここ青森2岸でメモリアルシップとして展示されています。

特急“北斗星”の運転はこの日の夜から始まりました。
青森運転所からは試運転列車が多く走る青函トンネルをすでに24系客車が札幌運転区へと転配されていました。
1988年3月13日は北海道ブルトレというものが初めて運転された日だったんですが、あの伝統ある特急“ゆうづる”がその日の朝に最終運転を終えた悲しい日でもありました。

あれから、まもなく27年が経ちます。

(写真・文/某I)

Hakkodamaru

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2015年3月10日 (火)

北海道入り直後のカット

7日に北海道入りして早くも4日目。晴れたのは8日の1日だけと、今回の旅行は天候に恵まれないが、そんなことは想定内だから取り立てて問題はない。むしろ晴れたら光の当たり方の問題から敬遠していたポイントで撮影できるから返って楽しい面すらある。

終焉が迫りつつあるためどこの撮影地も人が多いが、なるべくそういうところには行かずに、静かな場所あるいは場所取りの必要がない知られざる立ち位置を優先的に選んで展開している。

まずは千歳に着いてレンタカーを借りた直後の「カシオペア」から。
場所など選んでいるヒマはなく、空港近くの線路際で撮ったあまりにも凡庸すぎるカット。この冬は雪が少ないようで持参したアイゼンなどの出番はなさそう。
自分としては異例の短めのレンズ、400ミリを使用した。

北海道新聞の電子版によると、どうやら「カシオペア」も北海道に乗り入れるのは9月で終わりとなるらしい。

(写真、文;U)

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【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

 

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2015年3月 8日 (日)

5日の上り「「カシオペア」

現在、伊達紋別。本日は晴天に恵まれたが、明日から天気は下り坂。昨晩はお仲間の方々と酒を飲み交わし、時間がいくらあっても足りないくらいだったが、今夜は一人寂しく夕食。早々に就寝してしまおう。

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本日も上り下りとも「カシオペア」にEF81が入ったようだが、南浦和の電車区周辺では住民からの苦情で車道上での撮影者が排除されたらしい。

騒ぎになったようだが、その影響もあるのか、北海道は予想より人が少ない。

5日の「カシオペア」。晴天に恵まれたが、機関士助手席の紙袋が非常に目障りだったため画像処理した。宇都宮以北ではもっと機関車に向かって左側に置かれていたらしいが、それにしても前方視認の妨げにならないのだろうか。正面の窓際に物を置くという行為は、安全面から考えるとどうなのだろう?撮影に関しての身勝手な注文でもあるが。自分自身も車を運転するときにダッシュボードなどに物は絶対に置かない。人形やぬいぐるみを置いている女性ドライバーを見かけるが、それに共通する行為にも映る。

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(写真、文:U)

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2015年3月 6日 (金)

北海道行き直前のリハビリ写真

本の話から。

表紙のカバーや広告に出ている批評が凄いので買った幻冬舎の「土漠の花」(月村了衛著)、たしかに退屈はしないのだが、本年度一番の「号泣小説」と絶賛されるほどの印象を受けなかった。
ソマリアの国境付近で墜落ヘリの捜索に当たっている自衛隊員たちの野営地に、命を狙われている現地の女性が逃げ込んで、自衛官たちがその女性を守りつつ拠点に戻るというストーリーだが、次から次へと続くアクション場面に辟易する。劇画や映画なら良いだろうが、小説として捉えると人間同士の会話が希薄で凡庸な展開。秋元康や草野満代のオーバーすぎる批評が陳腐で滑稽だ。
決してつまらなくはないが、こんなハードカバーを読みかけのまま北海道旅行に持参しないですんだのは良かった。

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その7日からの北海道行きを前にEF81の81号機と95号機が相次いで「カシオペア」に充当された。このところ撮影に出かけていなかったから、ちょうど良いリハビリを兼ねた出撃となったが、さすがに人気の機関車だけあって平日にもかかわらず、どこも大変な人出だったらしい。

こちらは「あけぼの」時代に通った浦和界隈でお茶を濁したが、客車よりも機関車主体のアングルをチョイス。3日の上りはあわや普通電車に被られるところだったが、何とか押さえることができ、これで後顧の憂いなく旅行に行くことができる。
この日は思ったよりも露出の上がらない曇り空。晴れると架線の影が機関車の正面に落ちるから、曇りは歓迎なのだが暗い曇天はやはり困る。けっきょくISO感度を1600まで上げてギリギリ400分の1秒で撮ることはできたが、正面方向から狙ったものだからハイビームのにじみが出て全体にイエローの強い、黄砂が降っているような色調になった。

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さて北海道には7日朝一番の全日空機で羽田発で入る。その日は夕方、伊達紋別市内の居酒屋でお仲間の方々と一献傾けることになるが、それまではフリー。昼ごろの便でゆっくり北海道入りしてもよいのだが、どうせ駐車場が混雑しない早朝に羽田に着くのだから始発便に搭乗することとした。
9~13日の夜は豊浦町の「しおさい」に泊まるので、このブログをご覧になっている方の中でむさ苦しい格好をした長いレンズ持参の鉄道ファンを見かけましたら、どうぞ遠慮なくお声を掛けてください。

(写真、文:U)

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下はほんのお遊び。

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2015年3月 4日 (水)

春の珍事

通勤に使っている田園都市線。朝のラッシュ時の慢性的遅延は当たり前になってきているから、「遅れないはずがない」と10時出社の時は、それを見越して自宅を出る。いわば「定刻通り遅れている」というイメージだ。

しかし今日4日の遅れはひどかった。車内放送によると駒沢大学と桜新町の間で行われた夜間作業の遅れで電車に遅延が出たというお粗末な話。
しびれを切らして途中駅でほかの路線に乗り換え、初めて都営地下鉄の中延~泉岳寺を乗車できたのは朝っぱらから貴重な体験だったがほとほと疲れた。2時間30分も立ったまま電車に乗ったのは何年ぶりだろう。「乗り鉄」ではない自分としては勘弁して欲しいというのが率直な気持ち。

車内放送の「信号が変わり次第発車します」というアナウンスも当たり前すぎる。何度も何度も繰り返すことも拍車をかけ、こいつらバカじゃないかとすら。これからどうなるのか、渋谷まで何分程度かかるのかなど、具体的なことを知りたいのに、こういう誰でも分かる内容ばかりではイライラさせられる。
さらに駒沢大学で気分の悪くなった乗客の救護が重なったのだが、その情報が入った途端、遅延の原因がこちらにすり替えられたのにもあんぐり。
かわいそうにイライラの矛先はどうしても乗務員に向かってしまう。二子玉川では乗客が激しく文句を言っている場面にも遭遇した。

ところで鉄道ファンとしてはこの田園都市線の夜間工事の遅れを目の当たりにして、青函トンネルの新幹線試運転や関連工事などに不手際があった場合、在来線に対してこんな影響が及ぶのかと思い知った次第。
やはり試運転が本格化する9月以降の「カシオペア」「はまなす」の運転は厳しくないのだろうか?

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久しぶりの鉄道撮影。今年になって2回目で約2か月ぶりだというのに、ご覧のように雨にたたられた。上り電車にかぶられたことは個人的に画面のすきまが埋まって、ネガティブにはとらえていないし、雨をつんざいて走るシーンなど滅多に撮れない(そもそも天気が悪いと撮りに行かないわけだが)から、これはこれで良しとしている。

それよりもダイヤ改正間際になって発生した春の珍事、EF81による「カシオペア」牽引は、このまま10日発の下り列車まで続くらしい(と言うことは12日の上りまでということ)。現在、95号機が青森に下って明日5日に上ってくるなど、関東のファンには良い被写体になりそうだ。

北海道の夜行寝台列車撮影をキャンセルして、次の81号機牽引を狙うというファンも多いだろう。ふだんはEF81に関心のない自分だが、3日も上り列車を撮りに行ってしまった。

(写真、文:U)

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2015年3月 2日 (月)

春めいて

3月になって春めいてきたせいか気持ちも少し前向きになって、7日からの北海道行きが楽しみになってきた。昨日は未明からの行動に備えてLEDのライトなど、暗い中で使うアイテムを買って意気込みもじゅうぶん。ついでに午後は雨の中、EF8181で運転された下り「カシオペア」も撮りに行って約2か月間、鉄道撮影から遠ざかっていた空白期間のリハビリとした。

楽しみは7日に現地でお仲間の方々と酒を酌み交わすこと。H氏や昨年、ニセコで知り合ったF氏のほかにM氏や、ひょっとしたらK氏も同席してくれるかもしれず、そうなるとちょっとした宴会になりそう。毎度お世話になっている伊達紋別市内の居酒屋の大将が出してくれる獲れ立ての魚を囲んで、大いに話が盛り上がることだろう。

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それにしても首都圏は首都圏で12日まで「カシオペア」にEF81が充当されるようだから、こちらもまた賑わいそう。北海道行きを予定しているEF81ファンは遠征をキャンセルして、このハプニングを見届けるのも良いだろう。

すでに牽引機は最後まで決定しているようだし、それを知らずとも下り列車に何号機が入ったか分かれば、翌々日の上りを狙えるというのも行動が取りやすい。81号機や95号機が先頭に立つ日の蓮田~東大宮などは大変な混雑になるのは必至。社会問題化しないよう願うばかりだ。

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もうこんなアングルで撮影することはまずないだろう。カラフルな塗装で個人的に関心の高くない列車ならともかく、こういうお気に入りの車両の場合に俯瞰やロングといったポジションを選ぶことは考えられない。

この写真は客車が赤い50系で冬の日差しを浴びて色が際立つと考えたから当然、カラーをメインにしたわけだが、欲張ってモノクロを撮ってもこの程度。当時は50系客車の新製回送にEF5861が入ることもたびたびだったから、こんな場所をチョイスする余裕があった。
1981年12月19日の回8111列車。

(写真、文:U)

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