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2015年1月17日 (土)

航送車両の入換

まずは写真からご覧いただいてよろしいでしょうか。
見てのとおり、DE10による入換なんですが、ここがどこかと申しますと青函連絡船があった当時の青森駅構内なんです。
そうです、雪の連絡船桟橋の入換です。
もう少しくわしく書きますと、青森駅構内に三つあった連絡船用岸壁の一つ、青森2岸の入換で、手前が岸側、岸壁と船を結ぶ可動橋(数十cmという潮位変化に対応できる接続橋です)があって、その向こうに連絡船の車両甲板がぽっかりと口を開いています。
船は青森港進入を撮影したポジの前ゴマから推測すると摩周丸かと思われますが、定かではありません。すいません。

De10_1670

摩周丸を含めた津軽丸形の貨客船の車両甲板は4線構造で、各線とも20m級客貨車なら4両、4線合計で16両が収容可能でした。

船の階層を降りていくと突然線路と車両が出現する様や雰囲気は、航空母艦の航空機格納甲板ととてもよく似ています。

車両甲板は船尾側のランプドアを開放すると、線路は岸壁の軌道桟橋と連結することができます。
その際、船尾は左右の形状が絞られますから、中央の2線は分岐器で1線にまとめられて桟橋と連結されました。
そして、車両甲板に積載あるいは卸下する車両の入換は、地上側の入換機関車によって行なわれました。
ただし、思い機関車が桟橋上に乗ってしまうと船の重心にも桟橋の構造にも負担をかけてしまうため、入換機関車と被入換車両の間にはヒ500やヒ600といった控車が数両連結されて、機関車はあくまでも陸上だけを移動するシステムになっていました。

写真にもDE10の向こう側に連結された控車群を見ることができます。
さて、このDE10 1760号機はDE10 1500番台の中でもラストナンバーに近い機関車ですから、これを撮影した当時から心穏やかに眺めることができました。
このDE10では1976年初めまでの製造機、DD51では1975年までの製造機は蒸気機関車とう汰のために登場してきましたから、それはもう目の敵なんです。
たとえば、今は真岡鐵道に譲渡されて蒸機伴走用として使用されているDE10 1535号機は同じ青森機関区新製配置ですが、製造が1971年なので、もろに青森機関区所属の9600をつぶした機関車です。
これに対して、1760号機は1977年製造で蒸機の淘汰にいっさい関わっていないため、心情的に落ち着いて見ることができたというわけです。
ちなみに、青森機関区9600の完全DL化は奥羽本線秋田-青森間電化に伴う1971年10月改正時なんですが、連絡船桟橋入換仕業のDL化はそれより何年か早かったようで、青森操入換がまだ9600だった時も、すでに桟橋入換はDD13やらDD15に替わっていました。
青森機関区では4桁ナンバーの9600たちが多く見られたんですが、彼らをこの航送車入換でぜひ見たかったものです。

1988年3月、青函トンネルの開通によって青函連絡船のこんなシーンは見られなくなりましたが、今、また青函トンネル区間は新幹線走行という進化のためにブルトレの走行が遮られようとしています。

(写真・文/某I)

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