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2014年12月21日 (日)

あ゛

1972年10月改正で、東京機関区所属のEF65Pのうち501~504号機の4両が下関運転所に転配されました。
その目的は山陽本線の波動輸送用とともに、集中台検を施行するためでした。
集中台検とは、各区所が配属されている形式すべての台検を施行するのではなく、各区所ごとに台検施行形式を限定し、該当形式以外は他区所で台検を施行することです。
これによって、必要人員も必要機材も能率化が図れるというわけです。

東京機関区は61号機を持っていたこともあってEF58の台検施行指定区、EF65Pは下関運転所が台検施行指定区になりました。
ですから、浜松機関区所属のEF58が所定仕業で東京機関区に入区し、ここで仕業を離脱して台検を施行、代わって東京機関区のEF58がそこから先の浜松機関区の仕業に入っていったのと同じように(61号機もよく使用されました)、東京機関区のEF65Pが所定仕業で下関運転所に入区して台検施行、そこから先の東京機関区の所定仕業を下関運転所のEF65Pが肩代わりするようになりました。
具体的に書きますと、東京機関区では台検までの残存距離が1200km前後になったEF65PをEL1組A1仕業に入れます。
A1仕業は回1列車~1列車“さくら”で下関まで行く仕業で、その機関車が下関運転所に着くと台検に入ります。
ここで下関運転所のEF65Pが東京機関区A2仕業に入り、2列車“さくら”で上京。
以下、A3仕業(3列車“はやぶさ”)~A4仕業(4列車“はやぶさ”)~A5仕業(5列車“みずほ”)と入っていきますが、その5列車“みずほ”で下関に着く頃には、もう台検が終わっているんです。
実は下関運転所では振替台検を行っていて、常に台車をもう1セット持ち、台検施行機は自分の台車の分解、検査、修繕、組立という過程を待っているのではなく、台車を外したら、すぐに検査を終えている台車を入れてしまいます。
これによって車体上げ、車体載せ、試運転と台検を3日間で済ませてしまうため、A6仕業(6列車“みずほ”)から台検施行機が運用に復帰していきます。

東京機関区EF65Pの台検施行はこのパターンを基準にしていたため、下関運転所所属のEF65Pが撮れるのは上り“さくら”、上下“はやぶさ”、下り“みずほ”だけ。
つまり、EF65 501号機が掲げるヘッドマークも基本的にこの3種類に限定されていたんです。
だから、私は「EF65 501“富士”」というものを撮っていないんです。
そりゃあ、何回かは台検中の不具合などでもうひと山、A6仕業(6列車“みずほ”)~A7仕業(7列車“富士”)が追加されたことも、またA3仕業やA5仕業で下っての台検だってあるはずですが、そんな時に撮っているはずもありません。
もちろん、1972年10月改正以前なら25分の1の確率で普通に501号機“富士”が撮れたはずですが、その頃は蒸機の撮影の合間にちょちょっと撮っただけなので、“富士”で501号機は来ませんでした。

...いつまでも本題に触れないのもいかがなものなので、仕方ないですがちょっとこの列車のことについて書きましょうか。

そういうわけで、以前こちらでUさんのこんな列車が走るよとの記事を見つけてから、この日仕事がなければ行ってやろうと虎視眈々。
「7列車“富士”じゃなくて団臨」ってことや、前面窓のHゴムが黒ってことなんかもどうでもよし。
日頃ほとんど使うことのない三脚まで持ち出してやる気を見せたんですがね。
そんな時に限ってこうなるんです。
「寒いとこでたくさん待つのはイヤ」
「人が出るとこに行くのはイヤ」
「被る確率がとても高いからイヤ」
「イヤじゃないけど仕事なの」
と、理由はさまざまでしょうけど、お出掛けされなかった方々もたくさんいらっしゃることと存じます。
そんな皆さま、「ほーら見たことか。ゲラゲラゲラ」とご溜飲を下げてくださいまし。
ちょいと向こうでは何とか撮りましたが、一番撮りたかったポイントではこうなりました。

(写真・文/某I)

Ef65_501

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コメント

Iさま
こんにちは。先日は長々とお付き合いを頂きまして有難うございました。
大変楽しい時間を過ごす事が出来ました。
その時お話をお聞きしたまだ撮影していなかった富士の件、こう言う事だったんですね。
ようやく理解しました。
狙っておられた場所では残念な結果となりましたが、団臨?とは言え長きに待たれた富士を撮影出来た事は良かったと思います。
あとはもう一つのアレですよね。何年後になるかは分かりませんが、そんな日が来ると良いですね。
また機会が御座いましたら色々なお話を聞かせて下さい。
有難う御座いました。

投稿: Ha | 2014年12月22日 (月) 17時46分

Iさん、2日続けてじっくりお話しでき良い休日となりました。昔、大学生だった頃を思い出します。

当方、22日に例の件がかたづきホッとしています。思っていたほどの難題ではなく、「案ずるより産むが易し」といった感じです。ご心配をおかけしました。

さて、今年は残すところあと週間あまり。来年はぜひKカメラマンとも飲みたく、設定のほどよろしくお願いします。
来年もますますのご活躍を心から願っております。

投稿: U | 2014年12月23日 (火) 11時52分

Haさん、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。
そうなんです、501号機は当時からターゲットに定めていましたが、いつも5列車“みずほ”までで、あとは東機のPが戻ってきまして、「501“富士”」は幻でした。
ですから、今回はスケジュールがうまくいったら絶対撮りたいと秘かに狙っておりました。
それに、P時代には今のような長玉がなかったことですし。
被ることは承知でここで待ち、そのとおり被りましたが、何とか証拠写真くらいにはなりました。
そうです、残りは「501“あさかぜ”」です!

投稿: 某I | 2014年12月23日 (火) 21時18分

Uさん、あれだけお話しできたのは久しぶりでしたね。
ここで「501“富士”」が走ることを教えていただき、思い通りとはいかないまでも、とりあえず撮ることができました。
ありがとうございました。
それより何より、22日が平穏で終わったようでよかったです。
おつかれさまでした。

Kさんとの件は了解です。
というわけで、Kさん、突然お電話を差し上げるかと思いますが、よろしくお願いいたします(もし読んでおられましたらなんですが...)。

投稿: 某I | 2014年12月23日 (火) 21時19分

某Iさま。
501富士、残念でしたー。
いい時間帯の運行でしたし、これは悔しいですね。
でもこのネタカット?もちゃんとパンタの向こうに富士がいて、シャッターチャンスはさすがというところです。(なんのフォローにもなってませんが)

かねがねUさんと一杯と思っておりましたので、ぜひ突然のお電話お待ちしております!
Uさま、その時はぜひよろしくお願いします。

投稿: K | 2014年12月25日 (木) 13時32分

Kさん、お久しぶりです。お元気で活躍されているようですね。
初めて山口線でお会いしてからずいぶん経ちました。あのときから一緒に飲もうという話があったのに、今もって実現しないののはこちらの怠慢で申し訳ありません。

当方、いよいよ撮影したいものがなくなって、きっと2015年はヒマをもてあましそうです。来年こそは是非お願いします。

投稿: U | 2014年12月25日 (木) 18時49分

Kさん、先日はおつかれさまでした。
今回はご覧になっていただき、またコメントをいただき恐縮です。
あ、ほんと何のフォローにもなっておりません^^

電話しました時、「お前、誰?」なんて言わないでね。

投稿: 某I | 2014年12月25日 (木) 22時47分

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