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2014年11月 9日 (日)

徳大寺有恒氏が死去

7日、自動車評論家の徳大寺有恒氏が亡くなった。このところあまりメディアに出てこないと思っていたら、闘病生活を送られていたようだ。
この人の批評を貪るように読んで参考にしたのは昔、就職して新車を買った頃。今でも「間違いだらけのクルマ選び」などは書棚の奥に並んでいるが、残っている自動車雑誌のバックナンバーを開けば、何度も読み返した痕跡がついたこの人の記事が出てくる。

ただ、最初はその車を持ち上げていても、後になって手のひらを返したような記事が目に付くようになってからは意識的に記事を見ることを避けた。評論家がたたえる何百万もする車をやっと買って、少したっただけでその評価を下げられたのではガッカリ。車を何台も乗り継いで酸いも甘いも分かっているベテランドライバーならともかく、社会人になってローンを組んでやっと車を買うことができるようになった若者には、やはり評論家の意見は大きい。次々と新しい車が出て自分の車が相対的に陳腐化していっても、愛車の評価が下がるのを残念に思うのも当然だ。
まあ、全盛期あれだけ多くのメディアに出ていれば、ほかで述べたことを忘れてしまったり記事の依頼先に合わせた原稿も仕方あるまい。評価を変えることによって新車需要が伸びることも計算に入れていたのかと、今となってはうがった見方もできる。

一方、車を単なる機械としてではなく、ファッション的な視点から眺める記事は新鮮で、そんなところはとても面白かった。当時はこんな風に車を語る評論家や自動車雑誌は少なく、筑波サーキットのラップタイムやゼロヨン、馬力、あるいは愚かにもドラフトのしやすさなどといった暴走族まがいのテクニックなどの記事ばかりでウンザリしていたから、かなり新鮮に映った。
また後年、外国車に乗る機会ができて彼の記事にしばしば出てきた日本と外国メーカーの車づくりの姿勢や、乗り手側が求めているものの違いなどを痛感するようになった。
車にはメカ的な工業生産品としての評価よりも、むしろ情緒的であったり感覚的な批評の方がマッチするのではないかと考えるようになったのは、紛れもなくこの人の引力だと認識している。

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12月19日の東京発の伊東行き「富士」は珍しいことに東京駅発が14時ごろとのこと。どうせ午前の下りだと思っていたが、ツアーの募集要項を見て意外に感じた。
東海道線東京口の午後の下り列車と言えば我々の世代にとってはEF58重連の荷35列車や、それに続くブルトレが西下する時間帯で光線的にも美味しいスジ。当時はあまり遠くへ行ける金銭的な余裕はなかったから、大井町や大森などが主要な撮影ポイントとなった。今では入れないが大井町の電車区脇などは人も少なく(今考えれば私有地だから当然なのだが)、駅から至近で、ここで撮影した写真は多い。
EF5861なども東海道線では「午前の上り」「午後の下り」というスジが狙い目で、自分などは客車の種類などに関係なく、この時間帯の列車にロクイチが入ることのみを待ち望んだものだった。

だからこのまがいものには違いないが、「午後の下り」で運転される「富士」はそれだけで嬉しい。客車の種類、両数などはさておき、これだけでムラムラときてしまうものがある。
しかし、やはり昔と比べて撮影ポイントが少なくなり、脚立などを必要とする所が多いのも事実。ホームでの撮影も金曜日とはいえ試験休みの学生などでごった返しそうだから、またまた騒然となるのだろう。

絵の良し悪しなどは度外視して静かに撮れれば、それだけでじゅうぶんだ。

(写真、文:U)

Img0211
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