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2014年11月

2014年11月30日 (日)

今年最後(?)の北海道

今回の北海道行きでは豊浦町をベースに動き、のんびりした撮影旅行となった。
「カシオペア」は運休中だし、日の出が遅くなってここよりも西に行ったら「トワイライトエクスプレス」の撮影も困難。上りも非電化区間では撮れないから、午後はまるまる温泉につかったりするなどして過ごしたが、こういう旅もなかなか良いものだ。

豊浦は1989年5月下旬にまだ国鉄色のDD51が牽く「北斗星」を撮った場所。そのときは出張のついでで200ズームでお茶を濁したが、今回も同じ1148号機がトワイライトEXの先頭に立っていたのは偶然。

と にかく時間的に余裕がある旅だったから、空港からの往復も道央道を使う必要もなかった。そのため国道沿いの土産物屋にも立ち寄って虎杖浜のタラコやホッケなどの海産物も買ったし、電化区間の撮影地なども下見できた。帰りの千歳でもたっぷり時間があったため空港内の店舗をくまなく見て回り、おかげで土産物代が予定よりもずいぶんオーバーしてしまった。
しかしそれにしても空港ターミナルのショップはどれもこれも似たようなお菓子が多く、何が特徴なのか分かりづらい。チーズケーキやロールケーキ、チョコレートやポテト製品、どの店の何がどう美味しいのか、毎回違ったものを買って自分の舌で比較 しないとならない。酪農が盛んな北海道とはいえ、これほど同じようなものばかりだと共倒れしないのかと不思議。賞味期限も短いものが多いから売れ残ったらどうするのだろうと余計な心配までしてしまう。

一方、千歳空港限定製品とかテレビで紹介されたという触れ込みのお菓子も目立つ。この「限定品」という言葉に弱いのは一般大衆に共通するのか、自分もまた同じで今回も2点、そういうスイーツを買ってしまった。
なにしろ「空港職員が自腹を切っても欲しいスイーツ№1」などとあれば、何度も北海道に来ている以上、買って帰らないわけにはいかない。特に今回の最終日は土曜日で上りの乗客が少ないから、いつもは列をなしている店ものんびりしていて「限定品」も売れ残っていた。「お一人様一品」などという制約もなく、ここぞとばかりに買いまくった浅はかさにも我ながらあきれてしまった。

明日はクール宅急便で送った海産物が大量に届くが、カミさんに叱られそうだ。

(写真、文:U)

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2014年11月28日 (金)

素人の浅知恵

昨日から今年最後のつもりで北海道に来ている。思ったほど寒くはなく雪の心配はない。

飛行機の窓から見えた津軽海峡を見ながら考えたのは、新幹線が函館まで開業してもJR北海道に大きな収益はもたらさないのではないかということ。
なにしろ青森から函館と距離も短い。しかも青函トンネル内は最高速度140キロに制限されるのだから、現行よりも格段に便利になるというイメージがわかない。函館やせいぜい洞爺湖あたりを目的地とする旅行客ならメリットもあるが、札幌や旭川、道東方面への旅行客は直接、飛行機で千歳や釧路に着いた方が時間的にも当然便利。

このへんはJR北も分かっているようで、東京からの客よりも空港に遠い栃木や群馬あたりからの観光客をターゲットに誘致活動をしているらしい。しかしそれはあくまでも函館のみをピンポイントで訪れる人にはアピールできるものの、このままでは函館より先の道内各地へ足を運ぶとは思えない。

もちろんそれも一つの案だが、むしろJR北海道としてはとにもかくにも函館から先に客を誘致するのが重要ではないか。道内各地へ観光客を導き、いかにJRを利用させるかということが収益への大きな課題となるはずだ。もしそれが不便だと感じられてしまえば、正直な観光客は函館から先には足を踏み入れず本州側、つまり青森をセットに旅をプランニングしてしまうと思われる。
そう考えた場合、函館~札幌の在来線に何らかの魅力が加えたいところだ。

いよいよ12月2日から函館北斗~木古内で、新幹線の走行試験が開始される。

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こちらへ来る前に準備していた写真。

1980年8月、EF641000番台の上越線投入に際して行われた性能試験。
これは試験列車が石打折り返しで水上に戻るときのもの。2両目の車両性能試験車のマヤ10が珍しかった。

(写真、文:U)

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2014年11月26日 (水)

EF58 16号機

前の記事、UさんのEF58 31号機ですね。
当時、庫に行くと綺麗な形式写真を撮れる場所でパンタを上げてもらったものですが、あんな姿こそ庫の日常で、なぜかグッときてしまいます。
下転のEF58は最後は定期仕業がなかったですから、臨時仕業が少ない時期は検修庫横の機留線にダンゴにしておくことが多かったですよね。

そして、またまた出ました!
「DD51前付きなら行くべきだった」ですよー。
いいですね、Uさん独特、DD51の撮影を極めるフレーズです。
でもね、蒸機とDLの組み合わせを考えた時、DLが前という方が自然なんです。
1970年代前半、各地の蒸機は次々とDL化されていきましたが、DL転換した乗務員のハンドル訓練は本務機の蒸機の前付けが当たり前でした。
言いたくはないですが、それに慣れさせられていたため自然に思えてしまうんです。

そこで、この前の週末に山口に行かれたというHさんの話にも触れておきましょう。
どうやら電気式速度計の不具合のようで、DD51が前付きになったとのことです。
代弁すれば「あの頃あれだけやられたのに、40年も経ってまたかよ!」でしょう。
速度計が検出した速度データはATSの速度照査で必要ですから、当然先頭で走ることはできないんですが、まさかご自身でお出掛けになられた時に喰らうとは思ってもみなかったことでしょうね。
でもね、もっと凄いハマリだってあるんですよ。
暦上は三連休でしたから、誰だって振替休日の月曜まで運転があると思うじゃないですか。
えー、少なくともあたしゃあそう考えました。
25日から近くで業務があったこともあり、行きがけの駄賃を狙った私が悪かったんです。
C57 1号機の写真がちょっと必要でしたし。
なので、朝一の飛行機で着いて、レンタカーでルンルン気分でしたね。
が...「来ねえじゃん!」
そりゃ、来るわけないですわね。
Hさん、どうか私に免じてご溜飲を下げてくださいまし。

で、せっかくですから、その業務場所の近所の写真でいってみましょうか。
山陽本線大竹-岩国間です。
これを撮った頃は将来この近くに仕事場ができるなんて思いもしませんでした。
今まだその業務滞在中なんですが、パソコンにスキャン画像がありましたからアップしますね。

EF58重連の荷37列車、前ガマはいつぞや話題にしましたEF58 16号機です。
16号機の末期は大窓の上に装備した左右一体式のひさしが特徴です。
広島工場独特の工事として、パンタグラフはPS22Bに変わっています。
でも、加修された点はその2か所に側フィルター化程度で、大窓はもちろんのこと、KW3Dワイパーも標識灯も原形です。
さらに、前面窓下手すりと前面踏板がなく、側面では屋根昇降段も蹴り込み工事をしていません。
左右一体式ひさしとPS22B形、フィルター以外はことごとく原形なんです。
水切り、PS14A形時代はもちろん素晴らしい姿でしたが、この姿も私は変わらずいい感じだと思ってました。
だいたい、旧車体で落成した装備改造機で、先代車端梁に雪掻器取付座がないのもすごくかっこいいんです。
あ、後ガマは同じ装備改造機のEF58 23号機で元は大窓だったんですが、荷37列車が重連になった1978年10月改正時には残念なことに前面窓がHゴム化されていました。

(写真/文:某I)

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2014年11月25日 (火)

下関運転所の片隅で

参加できなかった11月22、23日の山口線撮影はC571の不調で前にDD51が付いたらしい。

わざわざ東京から駆けつけたH氏などの悔しがる顔は想像に難くないが、自分だったらスノープロー付きのDD51は大歓迎。むしろC571よりも気合いが入っていたかもしれない。

現地でそんなことを言ったらC57目当てで来た方々から顰蹙を買ってしまうが晩秋の光線の中、後ろのSLがファンサービスにモクモクと出す黒煙がバックの明るさを落とし、斜光に輝く前部のDD51は見事だったのではないかと想像してしまう。

運転日の2日ほど前に何となく諸々のブログを見ていたら、C571の不調が報告されていて、ひょっとしたらDD51がピンチヒッターとなるかもしれないとあったから、ちょっぴり心が動いたが、不確定要素の強い情報ということと、プライベートで憂鬱なことが重なって棄権してしまった。

結果、特に後者は自分の気持ちの在り方によるところが大きく、この間、家にいても何ら生産的な行動をしなかったのだから無為な休日を過ごすよりも、行っておくべきだったと悔やんでも後の祭り。この年齢になったら、次から次へとふりかかる諸問題に気持ちを揺さぶられることなく前向きに、そして軽薄に腰を上げる方が後悔を残さないですむのは間違いない。今後はもっとのんきに構えようと思った次第。

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1979年4月の初めに下関運転所で撮影した一コマ。当日は冷たい春雨にも関わらず現場におじゃました。
運転所の片隅、山陽本線のガード下に止まっていたEF5831号機を見つけたが、周りを他の機関車に囲まれていたり、各種設備に遮られて形式写真どころではなかった。それでもあきらめきれず回りを見渡すと、前方からブロニカの200ミリ(35ミリ換算で120ミリ程度)で引っ張れる引きはあったから、パンタグラフを上げていただいて撮影したのがこの写真。

もちろん、もっと短いレンズでの撮影はできたが、標準系のレンズだと見上げるような角度になって、せっかく上げてもらったパンタが見えなくなってしまうのが嫌だった。

実はこの翌日も訪問したら、もっとマシな位置に止まっていて、ようやく満足な停車時の写真を得ることができた。

しかし当時はこんな写真を撮るにも三脚すら立てず、左右逆像のウエストレベルのファインダーで撮っていたのだから無謀な時代だった。

(写真、文:U)

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2014年11月23日 (日)

「駅 Station」号

皆様、ご無沙汰しております。
Uさんが書かれていた、高倉 健主演映画の公開記念で1981年夏に全国行脚した、20系客車による臨時列車「駅 Station」号を撮影していたので、投稿します。
日本一周する行程の初日、EF65 1000番台牽引で東京駅を発ち、東海道本線を下っていくところです。大井町~大森にて。
文・写真:YM

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2014年11月22日 (土)

ひたちなか海浜鉄道 「ありがとうキハ222」

何だかんだで、年末ジャンボの売り出しも始まり、もうすぐ今年も終わりに近づいていますね。さて、私にとってこの12月の最大のイベントは今のところ、ひたちなか海浜鉄道です。ご存知の方も多いかと思いますが、126日に「ありがとうキハ222」のイベントが企画されています。ブルーとクリーム色の塗装と運転席の旋回窓が個性的な車両で、現存する同社の旧型気動車の中でも私が一番好きだった車両であり、大変寂しい限りです。アップするのは、今年914日に久々に盟友キハ2004と一緒に走った際の写真です。製造は昭和37年とのことですから、自分とも同世代の今や貴重な車両で、近年は車両の不具合が伝えられ、年間を通して登板回数も限られていました。9月に撮影した際にも一見して車両の痛みがあちこちに認められ、動向を心配していましたが、何とも残念な結果です。126日は、いつもながら葬式鉄の連中も乱入して沿線の混雑も予想され、不快な思いをしたくないので、ムービーでも回しながらひっそりとどこかでお別れをしようかと思っております。こうして、また昭和の時代の遺産の撮りたい被写体がなくなってゆくと、ますます撮影に出撃する機会が減ってしまいそうです。(写真・文:TBlog_201411221_2

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2014年11月21日 (金)

高倉健さんの死

つい先日、長らく使ってきたFOMAの携帯電話を解約した。2台使用しているうちの1台で、とうとう電源が入らなくなってしまった。修理もできない古いタイプだから継続するならほかの機種に変更するしかなかったのだが、12月に会社からスマホを貸与されるため3台も携帯電話を持ち歩くのが苦痛で解除を決めた。

こちらの電話にかけてくる人はほとんどいないし、ほぼ着信専用だったから以前から持っていても無駄だと感じており、良いタイミングで故障してくれたのはむしろ僥倖。ただ、来月から2台も嵩張るスマホを持ち歩くかと思うと、それはそれで面倒臭いのだが業務用とあらば仕方あるまい。定年までのがまんだ。

ご存知の方は電話帳に登録してある090-5326ー××××の番号を削除してくださいますようお願いします。もし、もうひとつの電話番号をご存知ない場合、メールにてお知らせ下されば連絡いたしますので、ご面倒ですがどうかよろしくお願いします。

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高倉健さんが亡くなって話題になったのがその代表作。

普通に考えるなら「網走番外地」と「幸福の黄色いハンカチ」なのだろうが、思い入れは人それぞれで、「鉄道員」や「八甲田山」を挙げる人も多い。18日は職場でもそんな話が交わされた。

個人的には何と言っても「駅 STATION」。鉄道ファンなら憶えている人も多いと思うが、この映画が封切られるころ、20系客車を使ったキャンペーン列車が全国を回った。EF5861の登板も期待されて自分も気になっていたが、ちょうど就職試験のピークでそれどころではなかった。幸いロクイチの登場はなかったが、ヘッドマークを付けたDD51などでも運転されたから、それなりに注目されたものだ。
しかしそれ以上に映画が良かった。刑事役の高倉健と居酒屋の女将・倍賞千恵子の演技に加え、根津甚八や烏丸せつ子などの演技も印象的。バックに流れる八代亜紀の「舟唄」が効果的で、この映画のDVDをいつ注文しようか考えていた矢先の訃報となった。

もう一つは「ブラック・レイン」。
この映画については主演のマイケル・ダグラス以上に悪役の松田優作の演技が話題になったが、高倉健扮する大阪府警の刑事も忘れられない。DVDも買ったしサントラ盤のCDも入手した。映画のエンディングに流れるハンス・ジマー作曲、グレッグ・オールマンのむせび泣くような主題歌がラストシーンを盛り上げ、かつてアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンが出演したフランス映画「さらば友よ」のラストを超える名場面となった。

もちろん「幸福の黄色いハンカチ」も素晴らしいが、これはポピュラーすぎてへそ曲がりの自分が賞賛するのは照れ臭いから、あえて上記の2つを取り上げる。

名優の死とともに、昭和という時代がますます遠くなっていく。

(写真、文:U)

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4月撮影

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2014年11月19日 (水)

早いもので...

今年も気付けばもう11月下旬にさしかかろうとしているんですね。
思い起こせば、昨年の今頃は「おらおら、写真撮ってこい!」「天気悪いなら、ポジ探せ!」「間違ってもビールなんぞかっくらってんじゃねえぞ!」とAさんに毎日ケツを叩かれていました。
そう、ANAのボーイング747-400の退役が迫っていたんですね。
すでにあれだけの747の陣容を誇ったJALからでさえ2010年に全機退役していましたから、民間機の旅客型の747-400は日本から消えようとしていたんです。
結局、予定どおりに今年2014年3月一杯でANAの747-400はリタイヤしましたから、日本をベースとする747は政府専用機と、NCA日本貨物航空のフレイター、747-400Fと747-8Fだけになっています。
このうち、政府専用機だってまもなく後継機の7...、おっと...

さて、ANA747-400ではJA8961号機という機体が最後の1機となりました。
このブログでもあの頃リタイヤのニュースをTさんが伝えてくれています。
国内線用の機体ですので、正確には747-400D型と呼ぶんですが、主翼の先端のウイングレットがないタイプです。
この機体のことはしばしば「ロクイチ」と呼んでいたんですよ。
ちなみに、2機あった時のもう1機は「ロクマル」でした。

今書きましたように、-400D型はウイングレットがありませんでした。
なので、見栄えとしてはこれが付いている-400型に負ける部分もありました。
ですが、-400Dでも勝てる部分がありました。
離陸直後の姿勢です。
ボーイング747は-400以前の在来型と呼ばれる型式の時から、離陸時の姿勢がグイっと立っていくことが素晴らしい特徴でした。
その立ち方、つまりコクピットでのピッチの上げ方は離陸重量によって左右されます。
たとえば、ニューヨーク発成田行きなどの長距離フルペイロード状態での離陸重量85万ポンド(約386トンです)では、ピッチをせいぜい15度程度までしか上げません。
飛行機はピッチを上げれば上げるほど失速しやすくなりますから、重いとピッチを上げづらいわけですね。
対して、日本の国内線ではせいぜい50万ポンド(約227トンです)程度ですから、19度程度までひょいと上げてしまいます。
完全にエアボーンした瞬間は20度まで上げることもしばしばでした。
ピッチをあまり上げない姿勢とグイっと上げた姿勢では、当然上げた方がかっこいいに決まっています。
ということは、離陸時のかっこいい姿勢は-400Dに軍配が上がるケースが多かったんです。
-400も一部は国内線で使用されましたから、その時にはやはり19度から20度までピッチアップしましたから、それはそれで最高だったんですけどね。

写真はANA747-400の最後の1機となったJA8961号機です。
まだANAに747-400シリーズが全機揃っていた頃に羽田で撮影したもので、A滑走路ランウェイ16Rをテイクオフしていきます。
(なので、ボディはD2Xだったりします)
鉄道でも長玉で線路端から撮るように、飛行機も接近して長玉で撮ります。
地上で離着陸を撮影する際には、可能な限り滑走路に寄って迫力を表現したいんです。
ピッチを19度まで引き、さらに20度へと引いていく747-400D、ちょっとかっこいいですよね。

そして、この羽田に今日午後、新しい機種が足跡を標します。

(写真/文:某I)

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2014年11月18日 (火)

ストック画像

このところ電車内で読書するのが辛くなっていたから眼科へ行ったら、やはり眼球に異常が見つかった。そこで少しでも目の負担を軽減すべく、しばらくはこのブログの記事も短めにしようと思う。

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過去、何度もアップした場所での「トワイライトエクスプレス」。

最近ここを訪れる人が多くなったようで、今さらながらの写真だが自分自身、撮影へ出向くことがめっきり減ってしまって、あり合わせの画像を掲載する次第。

それにしてもここは良いポイントだった。すぐそばに海岸が迫り、カモメが舞い天気が良いと駒ケ岳が見える。早めに到着して近くのコンビニで買った昼食を取って夕方まで一眠り。まるでピクニックにでも来たかのようで、のんびりした環境だった。

(写真、文:U)

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2014年11月16日 (日)

東京14:00発といったら...

少し前にUさんが12月19日に運転されます東京14時00分発伊東行き企画臨“富士”の話題をアップされていました。
午後の東海道下りスジ、8111列車に始まり、EF58重連の荷35列車、そして1列車“さくら”、3列車“はやぶさ”、5列車“みずほ”など、順光で撮れた列車群が懐かしいですね。
8111列車は沼津以西は7111列車となって山陽本線へとスジが伸びていきましたから、よく下関運転所や広島機関区の美しいEF58たちが西下していったものでした。

さて、東京14時00分発といったら、忘れてはならない列車がありました。
それは9027列車臨時特急“踊り子”です。
(K.Mさん、列車番号が誤っておりましたらご指摘ください!)
1982年の大晦日に突然設定され、なんと14系8両編成をEF58 61号機がけん引したんです。
185系が不足したことによる措置ですね。
臨時とはいえ、多客臨ですから誰もが普通に乗車できる特急列車です。
特急列車ですから東京機関区では当然ヘッドマークを用意し、取り付けます。
いきなり降って湧いたEF58 61号機けん引の特急列車、まるで1973年10月改正での日豊本線1211列車急行“日南3号”けん引機のDF50→C57化の時と同じ、発狂しそうな事案でした。

明けて1983年以降もしばらく東京機関区持ちでこの臨時仕業は続き、61号機以外のEF58や同区のEF65PFなども代わるがわる先頭に立ちました。
恒常的に設定されたのは土曜日の東京14時00分発の14系8両編成でしたが、多客期には別の時間帯に“お座敷踊り子”や“サロンエクスプレス踊り子”なども設定され、それらにはEF58 61号機が優先的に使用されていました。

現車8両とやや短い感じは否めませんが、EF58 61号機は換算29.0両を軽々と持って最高速度95km/hで突っ走っていきました。
EF58は換算55.0両(550tですね)を持っても平坦線では95km/hなんてお茶の子ですから、こんな換算29.0両なんて〝へ〟でもありません。

(写真/文:某I)

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2014年11月15日 (土)

ニコンDfの限定バージョン

今日15日、高崎からEF641001号機に牽かれて「ばんえつ物語号」の客車が甲府まで運転された。明日のイベント列車のための回送を兼ねたもの。
好きな1001号機だし自宅から中央線に行くには、東名の厚木ICから中央道まで高速がつながって便利になったから手ごろな被写体だったのだがパス。昨夜、帰宅してベッドに入ったのが未明の午前4時ということと、天気が良すぎて正面に光が当たらないことが大きな理由となった。
加えて来年度以降、ブルトレの廃止などで撮影対象がイベントものしかなくなりそうで、それなら何も今ガツガツ撮らずに、撮るものが無くなる今後に温存しておくのも、この趣味を長く続ける方策だ。どうせまた似たような列車はいくらでも走るだろう。現存する機関車と客車の組み合わせで手を変え品を変えながら仕立てなければならないイベントもの、睡眠不足で光も良くないならじっくり次のチャンスを待つとしよう。

で、起きてからネットを見ていると来月は583系を使用したこんな列車が走るという。あれやこれやと、「まあ、よくやるよ!」といった感じ。日中とはいえ寝台電車での婚活というのも何やらナマめかしいが、クリスマスイブ前日に旅行会社のツアーで閑散とした鎌倉で合コンする男女って、それほど出会いのない環境に身を置いているのだろうか?と、よけいな詮索もこの際なし。

それよりも、この手の列車のヘッドマークがまさか「臨時」では色気もないから、その点には興味津々。新幹線と重複するが、いっそ「のぞみ(望み)」なんていうのが相応しいところか。無理せずに時間があれば見に行くかもしれないが、総選挙や組閣などもありそうで時間が取れるかどうか。

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ニコンがDfのGold Edition」を12月に発売するという。各部に金色のパーツを使ったもので、ボディ単体と50ミリレンズ付きで1600台の限定品。かつてフィルム時代のF2チタンやFAのゴールド以来、久々の限定品で箱までも特別なデザインになっているようだ。

このカメラ、発売されたときにブラックボディのデザインに惹かれて実物を見に行ったほどだが、手にしてみたらその軽さにガッカリして購入を見送った経緯がある。
今回は写真で見ただけだがストラップの吊り環などはピカピカのゴールドのようだが、「Nikon」の文字などはゴールドと言うよりも黄土色っぽく見える。しかし現物でそれを確かめる前に全て売り切れてしまうだろうから、買うなら週明けにも予約すべきだが、デジタル時代になって1600万画素程度のカメラを後生大事にするほど、もはやカメラに愛着が湧くご時世とは思えない。コレクターズアイテムにはならずに使う人が多いと思うが、黒と金という仏具や霊柩車的な配色から、JR九州の「ななつ星」的なイメージを想像してしまった。

我々の仲間でペンタックスの6×7のEF5861エディションなるものを買って後悔した人を知っているが、果たしてこのカメラはどんな反響を呼ぶだろうか。
京都のHiさん、いかがですか?

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10月撮影の「北斗星」。例年ならそろそろマスコミがその去就を記事にする頃なのだが、衆院解散で鉄道の記事どころではないのかも。

(写真、文:U)

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2014年11月13日 (木)

健康維持のための鉄道撮影

50代も半ばになるとそろそろ体のあちこちにガタが出てくる。年齢とは直接関係ないかもしれないが自分の場合、最近最も気になったのが咳。8月の20日頃に出始め、おかげでピーク時は肋骨を折ってしまったほど。今でこそ少し緩和されたものの、それでもまだ寛解には至らず、近所の内科へ週に1度は通い続けている。CTスキャンで調べたら、悪い病気は見つからなかったから安堵しているが、これから冬になるから油断できない。

次いで気になるのが目。左目が霞むようになり、電車内での読書が面倒になってきた。白内障を覚悟して眼科に行こうかと思っていた矢先、目薬を使ったら症状が軽くなったから様子を見ているものの、早いうちに対処しておいた方が良いに決まっている。仕事でもパソコンを使い、何かにつけてスマホの世話になり、さらに家でも写真の処理などでVDT作業ばかりやっていれば目の酷使は避けられない。
夜行列車が衰退すれば写真撮影から離れられるから少しは楽になると思っていたら、模型にかける時間が増えれば同じこと。プラスマイナス0というわけで、今後も鉄道に関する趣味を続ける限り、目に現れるさまざまな症状には敏感でなければなるまい。

今のところこの二つの症状が気になるが、これからもまだまだ別の場所に現れるさまざまな衰えをだましだまし生きていくことになるのだろう。

さて、そんなことを考えると、前述のように鉄道撮影を離れるよりも、体力維持にはむしろ撮影を続けた方がベターではないかという発想が浮かぶ。とりわけ磐越西線や釜石線など空気の良い地方のSLが走るところで、撮影のために歩くのは老化防止に大いに貢献しそう。便利な都会で交通機関の恩恵にどっぷり浸かった生活では足腰が劣化するに決まっている。山登りやハイキングなどに関心はないが、列車を撮影するという明確な目的があれば否が応でも歩かなければならない。そういう意味ではこの趣味、ほどほどに続けていくのも体のためにはプラスになるだろう。
自分のようなな元来、怠惰な男、鉄道撮影から足を洗ったら、休日などは昼間っから酒を飲んでリビングのソファでゴロゴロして過ごす日々が増えるのは明らか。カミさんからも粗大ゴミ扱いを受けるくらいなら、今でこそあまり興味のない復活SLでも狙って、それに集まる自分と同じ中高年とワイワイやっていた方が健康でいられるかも。まがいものの復活蒸機だから、それほど入れ込まずに適当に撮れば良い。撮影などはほどほどにして、現役SL時代を知っている周囲の人でも相手に、伯備線の2492列車だの石北線の1527列車だのという話に相づちを打ちながら健康的に酒を飲めれば最高!
撮影に行って、良い空気を吸い、歩いて汗をかいた後に温泉にでも入り、おしゃべりすることは老化を遅らせる特効薬に違いない。

などと、年齢とともに鉄道を趣味という観点よりも、健康維持の側面から考えるようになって来た。お仲間の皆さんとそんな旅行に出るのも、そう遠い先ではなさそうだ。

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JR西日本のHPを見ると、16日に敦賀運転センター車両管理室構内でEF81の展示会があるとの発表。以前にそんな話は聞いていたが、5日前の正式発表とは突然すぎないか。

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久々のEF5861.

これを撮ったのはまだギリギリ20代のころだったかも。1987年だったか1988年。記録もろくに付けていない。もうこの頃は客車の種類などまったく眼中になく、なるべく良い光でアップで撮ることばかりを考えていた。600ミリでの撮影。

(写真、文:U)

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2014年11月11日 (火)

北舟岡の跨線橋から

今年最後となると思われる北海道行きを今月の下旬に設定した。オフシーズンということも手伝ってか宿もガラガラのようだし、レンタカー付きで格安なプランを見つけた。ひょっとしたらまた来月も行ってしまいそうなくらいリーズナブルな料金。1泊で磐越西線に行くのとほとんど変わりはない。

ただ、さすがに寒くなっているはずだし天候も期待できない時期だから成果のほどは推して知るべしだろうが、前にも書いたように「トワイライトエクスプレス」はこれから先、日本海側の降雪で遅延するシーズン。いつ来るかも知らずに寒い中でひたすら列車を待つのも辛いから、行くなら早いうちにという焦りもある。おそらく毎年、クリスマス頃に到来する寒波までは、列車の遅れを心配する必要はないだろうが、それでも降雪があると超望遠レンズの使用は厳しく、ならば少しでもその心配が低い11月中の方がベター。そう考えて重い腰をあげることに決めた。

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10月に北舟岡で上り「トワイライトエクスプレス」を待つ間に撮った画像。ここの跨線橋はそれなりに面白い。もちろん夕暮れ近い光線が景色を盛り上げているのだが、夕日を遮られずに列車に当たるポイントは案外少ない。_dsc51811_2
上は「トワイライトエクスプレス」の前に来る下り「北斗」。後追いでの撮影だが排気に邪魔されることがなかったのはラッキーだった。本当はこれよりもも う少し左寄りからトワイを撮りたかったが、編成が全て収まりきれないことと、この後さらに日が傾いてますます正面に光が当たらなくなっていったから立ち位 置を変えた。日の当たる部分を少しでも多く画面に取り入れようとしたわけだが、いっそDD51の正面の光が当たる部分のみをうんとアップにするのも一つの 手ではあった。まだまだやってみたいアングルは尽きないが、もうトワイでは試すことが難しそう。

_dsc5186

下はここ北舟岡でトワイと交換する下り貨物3067列車。待避線に入るから編成がくねって面白い。願わくば正面に日が当たればよいのだが、そうすると今度は上りトワイの正面に日が当たらない。
画面左上の信号機の後ろに撮影者が集まっているのが見える。

(写真、文:U)

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2014年11月 9日 (日)

徳大寺有恒氏が死去

7日、自動車評論家の徳大寺有恒氏が亡くなった。このところあまりメディアに出てこないと思っていたら、闘病生活を送られていたようだ。
この人の批評を貪るように読んで参考にしたのは昔、就職して新車を買った頃。今でも「間違いだらけのクルマ選び」などは書棚の奥に並んでいるが、残っている自動車雑誌のバックナンバーを開けば、何度も読み返した痕跡がついたこの人の記事が出てくる。

ただ、最初はその車を持ち上げていても、後になって手のひらを返したような記事が目に付くようになってからは意識的に記事を見ることを避けた。評論家がたたえる何百万もする車をやっと買って、少したっただけでその評価を下げられたのではガッカリ。車を何台も乗り継いで酸いも甘いも分かっているベテランドライバーならともかく、社会人になってローンを組んでやっと車を買うことができるようになった若者には、やはり評論家の意見は大きい。次々と新しい車が出て自分の車が相対的に陳腐化していっても、愛車の評価が下がるのを残念に思うのも当然だ。
まあ、全盛期あれだけ多くのメディアに出ていれば、ほかで述べたことを忘れてしまったり記事の依頼先に合わせた原稿も仕方あるまい。評価を変えることによって新車需要が伸びることも計算に入れていたのかと、今となってはうがった見方もできる。

一方、車を単なる機械としてではなく、ファッション的な視点から眺める記事は新鮮で、そんなところはとても面白かった。当時はこんな風に車を語る評論家や自動車雑誌は少なく、筑波サーキットのラップタイムやゼロヨン、馬力、あるいは愚かにもドラフトのしやすさなどといった暴走族まがいのテクニックなどの記事ばかりでウンザリしていたから、かなり新鮮に映った。
また後年、外国車に乗る機会ができて彼の記事にしばしば出てきた日本と外国メーカーの車づくりの姿勢や、乗り手側が求めているものの違いなどを痛感するようになった。
車にはメカ的な工業生産品としての評価よりも、むしろ情緒的であったり感覚的な批評の方がマッチするのではないかと考えるようになったのは、紛れもなくこの人の引力だと認識している。

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12月19日の東京発の伊東行き「富士」は珍しいことに東京駅発が14時ごろとのこと。どうせ午前の下りだと思っていたが、ツアーの募集要項を見て意外に感じた。
東海道線東京口の午後の下り列車と言えば我々の世代にとってはEF58重連の荷35列車や、それに続くブルトレが西下する時間帯で光線的にも美味しいスジ。当時はあまり遠くへ行ける金銭的な余裕はなかったから、大井町や大森などが主要な撮影ポイントとなった。今では入れないが大井町の電車区脇などは人も少なく(今考えれば私有地だから当然なのだが)、駅から至近で、ここで撮影した写真は多い。
EF5861なども東海道線では「午前の上り」「午後の下り」というスジが狙い目で、自分などは客車の種類などに関係なく、この時間帯の列車にロクイチが入ることのみを待ち望んだものだった。

だからこのまがいものには違いないが、「午後の下り」で運転される「富士」はそれだけで嬉しい。客車の種類、両数などはさておき、これだけでムラムラときてしまうものがある。
しかし、やはり昔と比べて撮影ポイントが少なくなり、脚立などを必要とする所が多いのも事実。ホームでの撮影も金曜日とはいえ試験休みの学生などでごった返しそうだから、またまた騒然となるのだろう。

絵の良し悪しなどは度外視して静かに撮れれば、それだけでじゅうぶんだ。

(写真、文:U)

Img0211
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2014年11月 7日 (金)

名撮影地・静狩

しばらく前にIさんがアップしたEF30の画像を見ていて、昔の思いがよみがえった。若い頃の勝手な妄想だが、貫通扉付きの車両が好きな自分としては、写真が撮りにくい関門トンネル界隈だけではなく、もっと運転線区が広がって山陽本線なら小野田~厚狭、鹿児島線なら八幡~枝光などで撮影できたら良いのにという願い。

東急沿線で育った者としては同電鉄の7000系や7200系ステンレス車に通じる雰囲気があって、蒸気機関車一辺倒だった当時から例外的に好きだった電気機関車。SLが廃止となって山陽線西部へEF58を撮りに行くようになり、しばしば見る機会が出てくると、その思いはますます募った。

単純に考えれば、たしかに距離の短い関門トンネル専用なのだからほかの機関車に比べても走行距離は多くないはずだし、交直両用という面からも利便性があり、そうなっても不思議ではない。まして前任のステンレス製EF10や後任のEF81のその後を考えれば、あり得ない話ではない。EF81の400番台が製造されれば、古くなったEF30がスノープローやデフロスタを装着して北陸線や常磐線に転属しないかと大いに期待したものだった。

ところが実際にはそんなことにならずに全機廃車。関門トンネル専用機としてその生涯をあっさり終えてしまった。
きっとステンレス製とはいえ塩害などの影響が大きく、見えないところの老朽化が著しかったのか、あるいは別の理由があったのか知るよしもないがスノープローなどをまとったEF30、願わくば撮ってみたい姿だった。

今から40年ほど前のこと。

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10月、久しぶりに静狩の跨線橋で「トワイライトエクスプレス」を撮影した。3月のスキー旅行の際に行って以来、約半年ぶり。以後、何度も北海道に撮影に行きながら意識してここを外していたのは、秋が深まった方が光線も空気の澄み具合も良いからで、個人的にはこの時期が年間を通じてベストだと考えたため。昨秋、それを強く感じて、暖かいときに行っても秋に勝る写真は撮れないと判断した。

とにかくここは広大で長いレンズが使えるのはもちろん、多少焦点距離を短くしたらしたで(350ミリ程度)後方に山々が写って北海道らしい景色が広 がり、全国数多ある有名撮影地の中でも超一級のポイント。レールに沿って電柱が並ぶのを残念に思う人もいるが、それはむしろ、まっすぐに伸びる線路を際立たせているようで、「あばたもえくぼ」と受け止めている。今年は特に廃止が発表された「トワイライトエクスプレス」をはじめ、夜行列車の先行きが絶望的になった年であったことからも、多い日には40~50人以上の人が押し寄せた日もあったとか。

真冬は日の出が遅くなって「トワイライトEX」と「カシオペア」の撮影は困難になるが、内浦湾から出たばかりの太陽は遮るものがなく一気に線路を照らし、2月ともなるとじゅうぶん撮影は可能。そのため今後も「トワイライトEX」廃止の3月中旬にかけてまだまだ多くの人が集まるのは必至と思われる。まして「北斗星」の廃止が正式発表されればなおさらだ。
早朝の凍結したツルツルの路面に転んだり、背後を通る自動車との接触事故が起きることも確実視され、道警・長万部署の要巡回ポイントにもなるだろう。

(写真、文:U)

_dsc50753

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2014年11月 5日 (水)

久々の模型ショー

2日、蒲田で開催の「日本鉄道模型ショウ」をのぞいた。7、8年ぶりでかなり久しぶり。前夜、ちょうど羽田に泊まったからアクセスが非常に便利だったことがその気にさせた。
しかししばらくぶりのショーは各メーカーの金属製の蒸気機関車模型が減って、個人的には非常に寂しく感じた。世代交代が進み現役のSLを知らない人たちが増え、電車や電気機関車に人気が集まるのは当然のことと承知しつつも、やはり物足りなさを覚えてしまったのは紛れもない事実。

そんな中、話を聞いたのは塩川光明堂という陳列ケースのメーカー。以前からここのケースを利用しているが模型の数も増え、そろそろ大型のケースを導入しようと思案していたから、いろいろと尋ねることが出来たのが今回の収穫。注文すれば部屋に見合った大きさのものまでオーダーを聞いてくれるというのも嬉しい。家具の配置などをふまえ、じっくり考えてみようと思う。

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日の入りが早まって、札幌発14時すぎの上り「トワイライトエクスプレス」も非電化区間での撮影がいよいよ困難になってきた。10月の訪問時でもギリギリの状況だったから、しばらくは潔く午後の撮影をあきらめるか、電化区間に撮影地を求めるかしかあるまい。
本格的な冬が到来し日本海側の雪で「トワイライトエクスプレス」の遅延が多くなる前にあと1回行きたいと思うが、前者を選ぶなら朝の撮影を終えたらもうその日はお終い。下り列車の撮影地の下見をするにも寒さが億劫で、午前中から酒を飲んで過ごすことになるのは明らか。不健康な旅になりそうだ。

今回の写真は10月の北海道で撮ったもの。早い日没に対応すべく選んだ苦肉の場所での上り列車。光線が良かったのだけが救いで、カーブ内側には人工物も多く、編成を入れることなど一切考えなかった。

(写真、文:U)

_dsc54991_2

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2014年11月 3日 (月)

東海道線を走ったLSE

IさんもDD13とは地味なところをついてきましたね。当時、EF58重連の荷35列車を品川駅に撮りに行くと、構内でこの機関車が入れ換え作業に従事しているところはしばしば見られたものです。
かく言う自分もそんな光景を思い出すと同時に、416両と量産された割には、あまりにも地味で趣味誌にも滅多に取り上げられないことから、古いネガをひっくり返してこの機関車の写真をスキャンしようと準備していたところでした。
1号機については入れ換え作業で池袋や新宿に停車しているところを押さえてありますが、われわれのお仲間にとって最も印象深いのが相模線で品川のお座敷客車を牽いたときだったと思います。いつの年だったかたしか12月のことだったと思います。何の団臨だったか、あるいは客車の疎開だったかはすでに記憶はありませんが、普段なら決して撮ることのないようなこんなネタを拾いに行ったのは今にして思えば単なる気まぐれだったのかもしれません。

自分にとってDD13というのは模型の方での印象が強く残っています。こんなに地味な機関車のくせにエンドウ、マイクロキャスト、天賞堂と昔から製品化するメーカーが多く、しかも手の届きやすい金額だったために、お年玉などが集まると何となく購入を検討したものです。
ただ、安いだけあって出来もそこそこで実感的ではなく、そんなことからどれも買うには至りませんでしたが、後年ムサシノモデルが出した決定版とも言える製品はとても良くできていて、かなり本気で迷ったものです。今、もし同社のスノープロー付きを見つけたら金額によっては即購入となることでしょう。

人様のネタで続けて記事を書くと同じ車両の写真ばかりに偏るので、今回はあえて画像の掲載を遠慮しますが、いずれスキャナーで取り込んでおきたいと思っております。

で、写真は183系との比較走行試験のために東海道線・大船~熱海間を走った小田急の7000形ロマンスカー。在来線特急の速度向上を目指して連接方式と通常方式とが比較された。
たしか1982年の12月の撮影だったと思う。個人的にはあまり関心のない話題だったが、このときはある仕事を兼ねて行かされる羽目になった。昼食付きで交通手段に現地までハイヤーを提供してくれると言うから、ならばついでに撮影もしようと、行き先を根府川に決めた。小田急線内で海に近いところを走る場所は少ないから当然の判断だろう。

(写真、文:U)

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2014年11月 2日 (日)

DD13 1号機

言うまでもなく、DD13形式のトップナンバーです。
配置は品川機関区。
ここでは多くのDD13たちが品川客操、汐留、大崎駅構内などの入換と小運転仕業に従事していました。
DD13若番がゾロゾロと配置され、1号機もその中の一員でした。

一番目立った活躍は品川客操の入換仕業です。
品川客操の南北の着発線はもちろんのこと、品川客車区構内まで出入りしての特急編成や急行編成の転線や編成組成が主な仕事で、引上線が品川駅構内まで延びていたためにホーム上からもしばしばその姿を目の当たりにできたんです。
ですから「おっ、トップナンバーじゃん」と目撃された方々も多いかと存じます。
第1次形独特、EF58などと同じLP402形前灯がボンネットにでんと居座り、台車はオハ61のTR11形台車のような古めかしいイコライザー式です。
2基装備するエンジンなんて古い気動車用を改良したものですから、パワーは今や釜石線にも走りますPDCのキハ142あたりとほとんど変わりません。
ブイーンとエンジンが唸り、黒煙を上げて20系15両編成などを右へ左へ動かす様には、つい「頑張れ!」と応援したくなってしまう衝動にかられたものです。

でもね、この写真は1970年代も後半に入っての撮影なんですが、こんな時期までDD13第1次形がなんて思われる方もいらっしゃるかもしれません。
が、そのほんの少し前の1974年まで、熊本に到着した14系“みずほ”基本編成は川尻駅構内に隣接して建設された熊本客車区川尻支区まで熊本機関区所属のC11によってけん引されてたんですよね。
鹿児島本線熊本-川尻間にいますと、14系“みずほ”だけでなく、熊本回転の多くのブルトレ編成(いずれも基本編成だけ、あるいは付属編成だけです)がC11けん引でやってきました。
そんなのに比べれば、こちらはとっくにDD13ですから、格段に近代化されていたことになります。

写真は後続の客車が14系ですから“さくら”編成か“みずほ”編成、または“あさかぜ”編成を引き出してきたところですね。
画面左端には20系から置き換えられたばかりの24系25形“富士”編成が見えます。
今、このDD13 1号機は1958年登場時の塗装に戻されて大宮の鉄道博物館に大切に保存されています。

(写真/文:某I)

Dd13_1

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2014年11月 1日 (土)

道内の気動車特急

早くも11月、今年もあと2カ月となってしまった。昨年の今ごろは廃止が決まった「あけぼの」を中心に、東京駅へ乗り入れるDD51の回送や、秩父鉄道のバスツアーに参加してC58363の夜間撮影などをやっていたが、今年は適当な被写体がない。
昨日、10月31日は田端のEF8181が黒磯まで24系×6の訓練列車に登場するため出かけようと準備していたが、朝起きると天気が芳しくなく、せっかくX氏から情報をいただきながらパスしてしまった。(Xさん、大変申し訳ありません。懲りずにまた教えてくださいますようお願いします)。

しかし本来ならこの時期、11月3日を中心に「特異日」で晴天率が高いのに、ことしも昨年同様、天気に見放されてしまった。実は昨年に続き今年も有休休暇を入れて東北地方に紅葉を見に行く予定にしていたが、2年連続でかなわなかったのは悔しい。

ポッカリ空いてしまった連休をどうしようかと思案中。もっとも手頃なのが蒲田でやっている「日本鉄道模型ショー」。ここ8年ぐらいご無沙汰しているが、久しぶりに見てこようかと考えている。
ただ、このショー、行ったら行ったで模型熱に火がつきそうなのが心配。来年は実物の撮影から模型に戻るつもりだが、早い段階から完成度の高い製品を見てしまうのは目の毒となりそう。

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今回は寝台特急以外の車両をアップしておきたい。
北海道にしばしば行きながらDD51の列車ばかりアップしてきて、ついでに撮影した道内の特急のショットも、ここらで見直してみようと思った。貫通扉のある183系以外はあまり興味はないが、たまにはこういう写真でつなごうと思う。

DF200についてもあらためて機会を設けたい。

(写真、文:U)

_dsc334911

_dsc40431

_dsc51181

_dsc53551_2

_dsc23891

_dsc26721

_dsc01493
_dsc42431
【ご注意】

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