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2014年10月 7日 (火)

交流機の前パン×

先日、結局は狙った場所が撮れないことが判明したため撮影を断念したUさんですが、その狙った列車とはカシオペアクルーズでした。
10日4日、カシオペア編成は午後の津軽海峡線を上ったのです(はずです)。
この列車だけを撮るために北海道行きを計画していたんです。
それはなぜか。
後ろのパンタグラフを上げたED79がけん引するカシオペア編成を撮影するためでした。

函館運輸所青函派出所所属のED79は常にNo.2側のパンタグラフしか使用しません。
No.1側パンタグラフを予備扱いとすることによって、摺動板、摺板の交換作業を省略できるんです。
No.2側とは津軽海峡線では奇数方にあたり、函館(五稜郭)方パンタグラフを常に上げることになります。
つまり、下り列車を撮影すると、ED79は必ず前パンを上げてくるのです。
すなわち交流機の前パン。
これって、実にカッコ悪いんですよね。
あくまでも主観ですのでご意見はいろいろあると思いますが、少なくとも私たちはそう感じています。

で、カシオペア編成なんですが、定期的運転のカシオペアは津軽海峡線では夏の下り列車だけが撮影可能で、上り列車は夜間なので撮れません。
つまり、ED79が後ろのパンタを上げたカッコイイ姿のカシオペア編成は幻の姿なんです。
それがカシオペアクルーズのおかげで撮れるはずでしたから、Uさんはそのための絵コンテを描いていたわけですね。

さて、北海道の交流機が前パンを上げるのは今に始まったことではなく、国鉄時代にさかのぼります。
1968年に函館本線小樽-滝川間が北海道で初めて電化され、翌1969年に電化は旭川まで伸びたそうですが、それからほどなく奇数方パンタグラフだけを常用するようになったはずです。
(この方式を採用していたのは、ほかには北陸本線のED70、EF70があります)
北海道にたびたびお邪魔するようになった1970年代前半には、すでにED75 500番台もED76 500番台も、常に奇数方の小樽(函館)方のパンタグラフだけを上げていました。
つまり、函館本線電化区間では上り列車がすべて前パンだったわけです。
蒸気機関車の撮影の合間、沿線で旅客列車や貨物列車の先頭でしばしば見かけたこのELたちですが、上り列車では当時から少しばかり違和感がありました。
よく乗車した列車で覚えているのは、上り夜行大雪を朝の岩見沢で降りた時、その先頭で前パンを上げたED76の姿でしょうか。
夜行利尻は電化区間もDD51けん引でしたが、夜行大雪はED76けん引だったんですね。

写真ですが、その頃なぜかこんな走りを撮影していました。
前パン、やっぱりどこか違和感がありますよね。
それにしましても、この時は上り夜行利尻か、大雪か、からまつで岩見沢あたりで降りるところを寝過ごしたんでしょうか。
もうちょっとカメラを右に振ってれば、編成のケツが電柱から抜けただろって突っ込みはどうかなしでお願い申し上げます。
蒸機の撮影では相当突き詰めたはずなんですが、ELとなったらこんな手抜き。
高校生時代の自分に非常に腹が立ちます。
また、最後になりましたが、前パンがどうのといいますのはあくまでも撮影の話でありまして、検査方法にいちゃもんを付けているわけではありませんので、どうか誤解のなきようお願い申し上げます。

(写真/文:某I)

Ed76_516_2

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コメント

Iさん、女房よりも長い約35年来のお付き合いだと、こちらの趣味趣向を熟知していますね。まさしく今回、私は「後(あと)パン」の「カシオペア」を好みのポイントで撮ることを目論んでおりました。

交流機の「片パン」は、もうこれは常識ですから当然ですが、絵にしたとき「前パン」は無様も良いところですね。自分が考えるに普通なら、あの必ずしもセンスが良いとは言えないデザインのヘッドマークを付けた「はまなす」よりも、「北斗星」や「カシオペア」などの優等列車狙いが当然なのに、それよりも海峡線では「はまなす」の人気が高いのはそんなところに原因があるのかもしれません(まあ、「はまなす」も蟹田や油川オンリーでバカの一つ覚え的な同じアングルの見飽きた写真ばかりですが)。

ですから前回と今回の「カシオペアクルーズ」は「後パン」の姿を撮るには最適の設定だったわけで、そのチャンスを2回も逸したのは残念至極です。


                               ↓


でもでも、お互い本当は「前パン」でもなく「後パン」でもなく、「ノーパン」が最高でしょ!
下品なコメント、申し訳ありません。

投稿: U | 2014年10月 8日 (水) 02時34分

Uさん、津軽海峡線カシオペアの話をネタにさせていただいちゃいました。

ほんと、交流機の前パンはいただけません。
今のED79は後パンだったところで、パンタそのものがシングルアームではありますが、それでもそんなのが前パンで来るよりはるかにましってもんです。
本当は下り列車が何かの理由で後パンで来ると、上がったパンタは元のPS103なんですけどね。

伊達紋別で、上りカシオペアクルーズの撮影はあの場所でとうかがった時、なるほど最高の場所だと思いました。
長玉で撮ると線路から少し離れた電柱側からの撮影で邪魔な電柱はただの1本も画面に入らず、背後もすべて緑になります。
編成全体も直線部にきっちり収まるでしょう。
その時の高さはベストとも呼べる架線の高さです。
こういう最高の条件の場所なんて、そうどこにでもないですよね。
ここがダメとわかり撮影を中止したお気持ちがよくわかります。
もし私が別仕事が入らず行けたとしましても、きっと「あの場所×」の報で中止したことでしょう。

それにしましても、オーバー35年なんですね。
宇10・12・65・70、浜25・60、竜28・39、広20・23・38・62・63などの大窓が失われていった頃でした。
それでもロクイチを筆頭に宮47・53、竜22・40・43・66、広7・16・18・19・64・69、関29・31といった美しき大窓たちがまだ活躍していましたね。


                    ↓


                    ↓

>>でもでも、ノー...
はい、まったく異存ありません(笑)。

投稿: 某I | 2014年10月 8日 (水) 21時17分

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