« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月30日 (火)

こちらも畑違いの写真を

Iさんにならってこちらもいつもとガラリ違った写真でいきます。
と言ってもジャンルとしては鉄道に違いない被写体。先日の北海道旅行で〝朝練〟と〝夕練〟の合間に撮った函館市電。ブログを初めて以来、路面電車の写真を自分の記事にアップするのは初めてではないかと思う。

早朝、木古内方面で「北斗星」を撮って、そのまま非電化区間に追いかけて2回目を撮影しても上りの「トワイライトエクスプレス」まで8時間近くも間が空く。この間、特に撮りたい列車もなく、せいぜい貨物のDF200を狙うぐらいが関の山だが、それとて太陽が真上に来てしまう時間帯。夕方になればもっとマシな光で撮影できるのだから、それなら普段撮らない市電でも撮ってから移動しようと函館市内に戻った。

H氏と観光気分で港の見える坂の上から撮ったり、駅近くの電停でカメラを構えたりしての暇つぶし。たまにはこういう撮影も悪くないと気軽に考えて臨んだが、やはり撮り始めると入れ込んでしまう。けっきょく停留所で超望遠レンズを付けて本腰を入れてしまった。

ひとしきり撮影した後、遅い朝食でも取ろうと自由市場の方に向かったら、古めかしいレトロ車両がやって来たから、慌てて近道で先ほどの撮影場所に戻ってこの観光用の車両も押さえることが出来たのは拾いもの。労せずして面白いものに巡り会った。

北海道に行くと朝の撮影後、昔はDD51の貨物列車などのターゲットがあったが、昨今はヒマを持て余す。飛行機が好きならば函館空港などに行く手もあったが、自分のように旅客機に関心のない者は時間のつぶし方に悩む。酒でも飲んで昼寝でもしたいところだが、車の運転があるからそうもいかない。風呂上がりのビールも飲めないのであれば温泉施設に行くのも辛い。
そういう点では関心は深くはないものの、たまには撮影しておいても悪くないと思う市電のような被写体がある地はありがたい。

(写真、文;U)

_dsc0213

Img5451

上から2番目は1984年7月の撮影。JR(当時は国鉄)にかかる万代跨線橋近くで撮った記憶がある。函館市内から江差方面に分岐するあたり。
この日は五稜郭機関区で三つ目のDD51を撮影してから、18時すぎに市内に戻ったが、その途中のこと。この系統はなくなってしまったようだ。

これだけでは自分自身も面白くないので1978年2月に撮った都電の写真も↓

Img5471_2

19782161

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月28日 (日)

この飛行機で行くんです

今日はいつもとガラリと違う写真でいってみましょうか。
で、この写真です。
写真の状況、ちょっと説明が必要かもしれません。
飛行機が飛んでいる背景は海面です。
ずいぶん低空なので、墜ちない? 大丈夫? と心配されそうですが、平気です。
実は画面のすぐ下には飛行甲板があるんです。

飛行機はグレイハウンドという艦上輸送機。
そう、航空母艦に着艦寸前の状況というわけです。
画面左側の緑色の海面は空母が全速前進する航跡です。
グレイハウンドは空母に物資や人員を空輸するための輸送機なんですね。
空母の飛行甲板といったら艦上戦闘機や艦上攻撃機が発着艦するという印象が強いですが、こんな艦上輸送機も欠かせません。
作戦遂行中は簡単には寄港できないため、搭載している戦闘機や攻撃機が故障した際のリペア部品から、何千人もの乗組員の食糧や郵便物まで、陸地と接点を持てる唯一の手段として輸送を続けているんです。

そうなりますと、戦闘機や攻撃機はまだしも、このようなターボプロップの輸送機が空母の艦上を発着艦できるのかと疑問を持たれる方も多いことでしょう。
でも、大丈夫です。
グレイハウンドは戦闘機や攻撃機と同じ着艦の仕方、発艦の仕方をするんです。
写真は着艦する寸前ですが、機体後方の下面にフック状のアレスタが付いているのがおわかりでしょうか。
アレスタといっても、電気機関車の避雷器じゃないですよ。
アレスティングフックともいい、飛行甲板に張られたアレスティングワイヤにこれを引っ掛けて機体を停止させる装置です。
飛行甲板に最終進入したグレイハウンドは、接地と同時にアレスタをワイヤに引っ掛けることによって、わずか十数メートルで停止できてしまうのです。

対して、発艦はカタパルトを使用します。
カタパルトとは射出装置のことで、飛行甲板に埋め込まれた車輪のけん引装置を蒸気の力で一気に動かすことで機体を発艦させます。
カタパルトはおよそ200メートルほどしかありませんから、その間で機体を離陸速度まで持っていかなければなりません。
なので、凄い力で機体を一気にけん引し、動作開始1秒ほどで機体は時速200キロ近くにまで強制的に加速させられて、海上上空へと放り出されます。
余談ですが、カタパルトによって次々と戦闘機が離陸していく艦上には、まるで蒸気機関車が近くにいる匂いがするんです。
といいますのは、カタパルトは高圧蒸気の力で機体をけん引しているからです。
撮影中に「えっ、カマがいる?」と何度キョロキョロしたことでしょう。

話を戻しましょう。
グレイハウンドの機内に人員輸送用のシートを装備する時は、空軍や航空自衛隊の輸送機のようなロングシート(パイプと布っきれのやつです)ではなくクロスシートですが、後ろ向きに取り付けられます。
着艦時、発艦時とも相当大きな衝撃が伝わりますが、どちらかというと着艦時の方が大きいからです。
グレイハウンドの操縦プロシジャーを勉強したことがないので推測ですが、エアスピード110ノットで最終進入したとすると、空母が風上に向かって全速前進しますから、風速10ノット、機体発着艦時の空母の速力30ノットを引いて、艦上での見かけの最終進入速度は70ノットになります。
着艦寸前に思いっきりエンジンパワーを入れてプロペラピッチにもトルクをかけますから(そうしないとワイヤに引っ掛けそこなった時にボチャンと海に落ちます)、それにプラス20ノットしたとして、90ノット。
90ノットとは時速約167キロ、だいたいこの辺が艦上から見た実速度でしょうか。
こんなスピードで飛んできた物体が一瞬で止まってしまうのですから、機内で受けるGをご想像ください。
なかなかファンタスティックです。

その後ろ向きのシートですが、発艦時も少々厳しいことになります。
パイロットがエンジンをフルパワーに入れて地上に“Ready!”をコールしたら、あとはいつカタパルトを作動させるかは地上のオペレーターの手にかかっているわけです。
なので、タイミングというものがまるでわかりません。
パイロットですらわからないのですから、後部の乗員にわかるはずもないのです。
発艦する戦闘機を撮影していても難儀するところですが、乗っていても同じです。
シートバックに頭を押し付けていないと、数秒間頭を元に戻せなくなるほどのGが伝わります。

でも、グレイハウンドさまさまなんです。
艦上で撮影する時、この飛行機が飛んでくれないと、空母の長い航海を最初から最後まで共にすることになるのですから。

(写真/文:某I)

C2a

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2014年9月27日 (土)

困り果てた北の2会社

先日の北海道行きでは往路、エアドゥと全日空の共同運航便に搭乗した。共同運航と言ってもパイロットから客室乗務員までエアドゥが担当しているもの。自分としてはこれが初のエアドゥ利用だった。
第一印象は、それまでわりと乗る機会が多かったスカイマークに較べて、客室乗務員の女性が粒揃いといったもの。こんな年齢になっても女性への興味は尽きないから、比較するのは失礼と思いつつも、まずはじめにそのことに気づいた。スカイマークの化粧っ気のない客室乗務員に較べて立ち居振る舞いも、昔で言うスチュワーデスっぽくて優雅な印象。これまた失礼な例えだが、やはり料金が高いだけあって、歌舞伎町と銀座のホステスの違いだなどと感じ、たったこれだけのことながら次もエアドゥを利用してもイイと思ったほど。

しかるに昨日報道された同社社員の整備ミス隠蔽のデータ改ざん問題は、そんな気分をいっぺんに吹き飛ばすものだった。
整備計画をつくる男性社員が、規定の整備時期を最大約3カ月過ぎていたことに気づきながら、期限が来ていないように社内システムを不正に改ざんしていたというもので、この社員は「過去に何度か同じようなミスをし、会社に報告しにくかった」という趣旨の話をしているというのだからあきれる。ただでさえ事故が怖くて飛行機に乗るのを避けたい自分としては、もしかしたら先日乗った機体も、その社員がデータ改ざんしていたものだったらと後味が悪い。過去にも同じようなミスをしたときにもっと厳正な処分をして、その社員を担当から外すなどしておくべきではなかったか。組織的な改ざんではないとのことで発覚後、当該機を含む保有の旅客機計13機全ての点検を実施した結果、不具合などは確認されなかったというが、利用者としてはなるべくなら全日空だけで運航する便を選択したくなるのが自然だ。

それにしてもJR北海道といいエアドゥといい、どうして彼の地の交通会社は、データ改ざんなどと現場の社員の意識が低いのだろう。

*****************************************************************************

知人が教えてくれたうわさ話。根も葉もないものだとお断りしておくから、そのつもりで読んで欲しい。先日、彼が東大宮~蓮田で撮影してたときに知り合った方から聞いたもの。

「北斗星」はやはり来年の改正で廃止となって繁忙期のみ臨時で運転されるらしい。その際、牽引機がEF510からEF81に戻されるというのがその内容。
にわかに信じがたいが、「北斗星」が臨時となり「カシオペア」と同じ日に運転されないのであれば、たしかに田端に配置されている6両のEF81をもってすれば両数的には間に合う。仮に両列車が同じ日に走るとしても、現行のEF510と同数なのだから理屈は合う。

しかし新幹線開業の前、おそらく1年間だけの措置だろうが、どうしてそんな噂が出ているのだろう?JR貨物の機関車が不足しているのだろうか。

眉唾ものの話で何とも不可解だが、知人の耳には複数の人間から入っているというから取りあえず、ここに記しておいた。

また、カシオペア色のEF510―509号機に続いて510号機にも不具合が発生したらしく運用を外れている。そこでもしほかのEF510の都合がつかないような事態(検査や不具合)が起これば、EF81が代行となる可能性が出ているようだ。81号機が気になる方は要注意の話。ひょっとしたら来月の「カシオペアクルーズ」は81号機の登板とならないものか。

***************************************************************************

I氏が書いたように今や北海道の夜行列車には青いDD51がピッタリ。むしろ国鉄色の方に違和感を覚えるほどしっくりきている。

JRになって最も素晴らしい塗色の変更だったと言っても過言でないだろう。秋が深まると空気が澄んで、ますますその青さが際立つ。

(写真、文:U)

_dsc18864_2

_dsc18501_3

_dsc18282

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月25日 (木)

違和感ありあり 2題

1988年3月の青函トンネル開業時、特急北斗星の歴史が始まりました。
ED79やDD51はそれ以来ずっとこの列車をけん引してきているわけですから、凄いことですよね。
定期列車だった27年間、誰にも特急仕業を譲らずにやり遂げるなんて、なかなかできることではありません。

このうちDD51については、この年の9月に現在の北斗星マーキングが登場し、24系編成の青20号をベースに金色の星をあしらった素晴らしいものへと変貌しました。
これをもって「DD51北斗星」の完成です。
初めてその北斗星塗装となったDD51、しかも重連を見た時には、息を呑んだものでした。
重連だからと最初の塗装変更は2両をほぼ一度に施行したと思いました。
仕業への初投入もその2両が重連を組むように充当したんじゃなかったかなと思います。

でもね、であります。
その日以降、DD51重連北斗星の写真は北斗星塗装でなければならなくなったんです。
当時の北斗星は数あるブルトレの中でも最注目列車でしたから、3月以降北海道では事あるごとに北斗星を撮影しておりました。
今で言う原色のDD51です。
しかし、北斗星塗装の登場によって、それらの写真は一気に必要なくなり、再び一からのスタートとなったんです。
北斗星塗装機登場の喜びの中で、そのことについてはとても残念でした。

今、改めてポジを見返してみますと、正調DD51重連ブルトレはなかなかのものなんですが、それを特急北斗星という観点から見た場合、さすがに塗装変更から26年も経過してしまいますと違和感ありありです。
ですが、写真を見てほっとしますのは、前面窓のHゴムの色です。
まだこの頃はグレーだったんですね。
DD51の原色論議をするならば、Hゴムの色もグレーでなければなりません。
近年、北海道ではJR貨物所属機の更新工事にともなう塗装変更が続きまして、原色機、原色機ともてはやされた時期がありました。
でも、それは決して原色ではありません。
Hゴムが黒に変わっていたからです。
機関車の写真では前灯と前面窓というものがとても重要です。
そこに手を入れてしまうとちょっとダメなんですよね。
黒色HゴムのDD51オリジナル塗装というのもまた、思いっきり違和感ありありなんです。

とはいっても、黒色Hゴムは必要欠くべからざる装備だったことも事実です。
平成に入って登場してきた黒いHゴムは、なにしろ硬化しないといいます。
工場で話をうかがいますと、まるで従来品と質が違うといいます。
日夜、太陽と雨にさらされるHゴムは劣化が早いことでしょう。
Hゴムが劣化して硬化してしまうとそこから雨水が漏れますから交換ということになります。
前面窓のガラスを外して修繕することになるHゴムですが、硬化しなければ長い期間その修繕をしなくていいことになります。
それならば、撮る側の身勝手ですから、仕方ないこととあきらめることにしましょう。

どうでもいい話ですが、この写真の撮影日は1988年4月26日でした。
コダクロームのスリーブを見ますと、この前のコマも後ろのコマも被写体はC62 3号機です。
そうです、前日は復活C62 3号機の倶知安までの試運転初日、この日は二日目だったんです。
あの日のようにC62重連ではなく、3号機の単独けん引なのでさして期待はしていなかったんですが、たかが1両とバカにすることなかれ、かなりグッとくる運転でありました。

(写真/文:某I)

Dd51_1139dd51

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月24日 (水)

気の利いたキヤノンの新型レンズ

先日、久しぶりに書店をじっくり見たら鉄道誌の横にカメラ雑誌がひしめき合っていた。「アサヒカメラ」や「日本カメラ」「CAPA」などに混じって「ニコンD750の使い方」とか「キヤノンEOS7DMarkⅡの使い方」などの入門書も多い。しかし内容は新機能の紹介や周辺レンズのガイドなどで、果たしてそんな記事が即、役に立つのか疑問。それよりも取扱説明書をよく読んで実際にカメラをいじりながら試行錯誤した方がはるかに有意義ではないか。デジタルになってフィルム代もかからず、すぐに撮った結果を見ることが出来るのだから、わざわざ高い金を出してありきたりのテクニックが載った入門書を買うのは無駄だろう。

そんな思いでカメラ雑誌を見ていたらキヤノンが新たに発売した400ミリ、F4レンズの広告に目が止まった。白い鏡胴の売値が90万円近いものだが、F2・8の400ミリと比較すると遙かに小型で機動性が高そう。デジタルカメラの高感度性能が上がってF2・8とF4の違いなど、その差はほとんど感じなくなっている昨今、機動性重視のこういった製品は鉄道撮影などにかなり便利そう。かつてニコンでも400ミリのF3・5や600ミリのF5・6という大口径レンズを出していたが、カメラの高感度性能向上に伴い、その手のレンズが見直されても良い時機だ。キヤノンのこのレンズはなかなか気の利いた製品だと思う。もう少し安いとなお良いのだけれど。

************************************************************************

北海道へ渡る目的は夜行寝台列車の撮影であることは今さら言うまでもないが、今年の旅行では下りよりも上り列車の撮影に主眼を置いた。このへんはしばしば行動を共にするHa氏とも一致する意見で通年、ほぼいつでも撮影可能な下り列車よりも、日の長い季節に良い光線でとらえることができる上りの「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」がメイン。特に夏場の下り列車は陽炎で長いレンズが使えないポイントが多いから適当にこなし、夕方の上り列車の場所をあれこれ考えて行動してきた。

これは5月のもので、4月に初めて訪れ機材や光線状況を再検討して撮影に臨んだ。有名な撮影地はガイド本などに掲載されていて、構図や画角などを事前に知ったうえで撮影できるが、未知の場所だとそうはいかない。1回目より2回目、2回目よりも3回目と、何度も通ってやっと自己満足を得られるものだ。
元来、へそ曲がりな性格で、手垢にまみれた有名撮影地はあまり好きではない(もちろん素晴らしい場所もあるが)。北海道まで行ってガイド本片手に作例のまねをするくらいなら、自分よりも上手な方の写真を見れば良いし、わざわざ行くまでもないと感じるからなるべく人の来ない所を探す。今回の写真もそんな所で狙ってみた。

しかし早くも9月。上りの「トワイライトエクスプレス」も伊達紋別付近でなければ非電化区間での撮影は難しい。涼しくなって陽炎が出なくなれば、下り列車の撮影に力を入れたいが、正直あまり写欲をそそる場所が少ないのは悩ましい問題だ。ポピュラーな場所で長いレンズを使うなどして自分独自のアングルを求めていきたい。

(写真、文;U)

_dsc09042_4

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月22日 (月)

森の中のスポットライト

前回の記事でみやげ物について書いたが、ひとつ忘れていたことがある。

それは北海道へ行ったからといって、なにも現地の物を土産にする必然性はない。羽田に着いたらもっと珍しいお菓子がいっぱいあるのだから、そこで買えばイイ。東京に住んでいても知らないような新製品がいっぱい並んでいて下手なデパ地下よりも種類も豊富。家族にも新鮮に映る品物が多いだろう。

千歳空港などで似たりよったりのお菓子を前に、あれこれ悩むよりも目新しく喜ばれる可能性も高い。

***************************************************************************

長く鉄道撮影をしていると偶然、思わぬ撮影地に出くわすことがある。決して周囲の風景が良い所ではないが、季節によって光が面白い具合に当たったり、影の出方にメリハリがあって列車が立体的に浮き上がるような場所だ。

今回の写真はそんなところで撮ったもの。
海峡線で撮影後、非電化区間に先回りしてDD51牽引の「北斗星」をどこで撮影しようかと小沼周辺に行ったら、深い霧に見舞われて車の走行すら危ぶまれるほどの状態。しかしその先200メートルも直進したら不思議なくらい霧が晴れていて、しかもそばの森からわずかな部分にだけ光が差し込んでいた。昔、スキーに行っていた頃、大沼プリンスから何度も〝朝練〟に通った場所だが、秋になるとこんな光線状態になるなどとは思ってもいなかったからビックリ。適正露出よりもアンダーにセットして、さらに周囲を落として撮りたくなった。ダメ元で2段近く露出を切り詰めて通過を待つ。

撮影後、カメラで画像を再生するとその段階でもじゅうぶんアンダーだったが、RAW現像の過程でもう少し周囲を暗くした。500ミリでの撮影で、光が当たっている画面の端はトリミング済み。時間に余裕があればテレコンを使って700ミリにすべきだった。

これに味をしめ翌日もここに行き、今度は別のアングルで撮ることになる。

(写真、文:U)

_dsc45497

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月20日 (土)

北海道のみやげ

ふだん撮影に行くとまず、みやげなど買ってくることはないが、さすがに北海道だとそうはいかない。行くたびに必ずなにがしかのものを買うが、これがけっこうバカにならない金額となる。もちろん空港なんかでカニなどの海産物を買うような愚かなまねはしないが、それでもあれこれ買えば¥5000は軽く超える。特に千歳空港はまるでデパ地下のようだから、思わずあれもこれもと買い込んでしまい荷物袋が1つ増えるのは毎度のこと。気に入った写真が撮れたときの帰りなどは気も大きくなって財布のひもが緩んでしまう。羽田からもマイカーだから重さも全く気にならない。

いつも必ず買う銘柄は昔懐かしい「じゃがポックル」。このお菓子が出たての頃は夕方(帰り)の空港では売り切れてしまうから、行きがけの空港で確保していたほどだが、さすがに今はそんなことはない。息子が好きだからこれは毎回買ってくる。
後はそのときどきに目に付いたもの。大半がチーズケーキなどのスイーツだが、これもかつて大人気を博したスナッフルズのものは口当たりも良く好評。数年前は東京でも物産展のときにしか買えず、会社の連中が北海道に行くと頼まれたりしていたが、東京にアンテナショップが出来てからは徐々に入手しやすくなってきた。

ことしは6回ほど北海道に行き、その都度3~4種類のお菓子を買って試食してきたが、ポピュラーとはいえ上記2種の評判は不動。ロイズだ六花亭だルタオだ北菓楼などと、片っ端から買ってはみたが評判は今ひとつ。

そんな中、札幌に赴任していた後輩がある会社の(メーカー名を失念したので、後日あらためて書く予定)のロールケーキを勧めてくれたので、次回はこれを予約の上、帰りの千歳で入手しようと考えている。

今回は函館空港から帰途に就いたが、さすがに千歳ほどみやげ物売り場は大きくない。目新しいお菓子もなかったが唯一、まだ千歳では売っていないというふれこみのチーズケーキが目に付いたので、それと函館定番のトラピストクッキー(トラピスチヌのバター飴は苦手)、じゃがポックル、カミさんからリクエストの生ラーメンなどを買ってきた。家族に最も好評だったのはトラピストクッキー。かつてスキーで毎年、多いときは1シーズン3回も函館に行っていたから、その懐かしさも手伝ったのだと思う。自分自身も好きだし、千歳でも売っているから次回はもっと大きな箱のものを買って来ようと思う。

ところで酒飲みの自分だが海産物やチーズなどのつまみ類は買ってきたことがない。どれも東京で買えるものばかりで現地の空港と比較しても値段もほぼ同等。
これは札幌の二条市場や函館の朝市などの観光地などでも同様だが、海産物を買うなら市内のデパートの地下の方が安いし種類も豊富。特に生きたホタテなどは二条市場の半額以下で買える場合もあるし、その他のものも似たりよったり。函館の場合は朝市よりも市民が利用する自由市場が安くて新鮮。
空港でカニを買う人は、現地で時間がなかったか送ることができない人なのだろう。ただ、売れ残りが並ぶ朝市なんかで買うよりも良い品ではあると以前,、地元の居酒屋の大将が教えてくれた。

まあ、余計な出費を抑えるなら空港、特に千歳空港には早く到着しないでサッサと搭乗手続きを済ませて、すみやかに飛行機に乗ってしまうが利口。けっきょくは東京で買えるような品ばかりだから、案外喜ばれないことを覚悟して、帰りは時間がなくて、おみやげが買えなかったと報告すれば良い。

(写真、文:U)

_dsc45280_3

 

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月18日 (木)

フィルム時代のツケ

前回の記事でIさんがED79のことを書いていらしたが、ちょうど自分もこの機関車の写真をアップしたいと考えていた矢先。特に今回掲載するJR貨物のED79はおそらく自分にとって唯一のカットになると思う。

*****************************************************************************

この貨物会社のED79、ここ2、3年の間に数回、津軽海峡線に写真を撮りに行ったものの撮影は初めて。
と言うのも青森側で「はまなす」を撮影した昨年、一昨年はまだ定期「あけぼの」が走っていたから、「はまなす」の後に通過するのは知っていたものの、「あけぼの」を良い場所で撮るためには直ちに奥羽線に転戦する必要があってパス。
ことしは北海道側に3回ほど出かけたが、こちらも一連の夜行列車を撮影した後にやって来る。「北斗星」を非電化区間まで追いかけるためには、それまで残っている猶予はない。

どちらにしても夜行列車を追いかけるようなスジだが、次のポイントに移動する時間を稼ぐためには、こんな地味な機関車を切り捨てても痛くはない。そのためなかなか撮影する機会に恵まれなかった。

しかし今回の旅行初日は下り「北斗星」が函館を出た後に現地入りしたため、その日は1日のんびりと海峡線の撮影地を巡ることができた。そこで木古内を午後3時ごろ通過するED7950番台牽引の99列車がメインとなったのは自然の成り行き。決して興味ある機関車ではないが、まもなくこの車両も見られなくなるという思いから、是非撮影しておこうという思いにかられた。

残念だったのは大雨と雷という悪条件。生半可な降雨ではないし雷も頻繁で車の外に出るのも危険に感じたほど。最初で最後となるであろうED7950番台の撮影には最悪と言っても過言ではない環境だった。
撮影後は全身ずぶ濡れ、北海道入りした初日から靴の中までグチョグチョ。そこまでして粘る必要があったかどうかと反省するのも不毛だから、撮ることができて良かったと前向きに考えてはいるが、咳も治まらない状態で無理をした感じは否めない。

長年、鉄道を撮ってきたが、これほどの悪天候下での撮影は初めてだった。

*****************************************************************************

ところでこの機関車、実はまだ盛岡まで直通運転していた頃に奥中山で撮影したことがあった。当時はまだリバーサルフィルムだったが、あまりにも地味すぎてそのまま現像もせずにいたら、そのうちフィルムがどこかへ散逸してしまった。
今考えると、しっかり現像しておけば、最後になってこんなに苦労して撮らずとも良かったわけだ。

(写真、文:U)

_dsc45111

_dsc44841

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月16日 (火)

青函ブースター、ED79 100番台

津軽海峡線専用の旅客機として活躍してきたED79基本番台ですが、その活躍も残りが少なくなって参りました。
あと半年ほどで架線電圧とATCシステムが切り替わりますから、その時点で全機用途廃止となってしまうのです。
来年の夏臨ではEH800けん引のカシオペアなどが見られるかもしれませんが、このED79はもう物理的に走れなくなってしまうのです。

さて、今残っているED79は、ご存知のようにJR北海道所属のED79基本番台と、JR貨物所属のED79 50番台です。
でもね、少し前までJR北海道所属の100番台というのがあったんです。
この番台は国鉄のELとしては少し異端児でありました。
なにしろ、この機関車1両では海峡線を走れないんです。
ちなみに、走れないのは「海峡線」で、「津軽海峡線」ではありません。
ATCシステムのない津軽線と江差線は走れました。
どうして走れないのかといいますと、いわば貨物列車用の重連ブースターなんです。
ブースターなどといったら、ちょっと100番台に失礼ですが、けっこうそれに近い存在です。
ブースターとは、アメリカの貨物列車で時々見られる、機関車のくせに運転台のない車両のことです。
アメリカ中部の山越え区間を車を運転してますと、踏切でとてつもなく長い貨物列車に行く手をしばし遮られることがあります(これがけっこう楽しかったりするんですけどね)。
その時、先頭のDLの後ろ(編成の真ん中なんてこともありました)に運転席のないDLが付いていることがあるんです。
これがブースターです。
電車でいえば中間電動車に当たり、制御回路だけが先頭車からつながっていて力行するも、自車だけでは運転できない車両です。

ED79 100番台はここまで徹底してはいません。
通常のATS区間は単独でも走れまして、走れないのはATC区間だけなんです。
なにしろ、ATCのシステムを搭載してないんですから。
そう、100番台ATCシステムを完備する基本番台と重連で使われるための機関車だったんです。
No.2側(下り方)の運転台に車内信号装置だけを備え、ATC機器本体は搭載しません。
改造されたのは国鉄の分割民営化直前ですから、財政的にもっと厳しい時期だったですから無理もありません。
青函トンネル内の最急こう配は12‰です。
そこでED79が1000tの高速貨物列車をけん引すると、ちょっとスピードが足らなかったんです。
ED79は上り10‰こう配では1000tを持った時に75km/hで運転速度が均衡します。
ところが、上り12‰では60km/h台にまで速度が下がってしまうのです。
年中湿潤なトンネル内ですから、運転条件はそれ以下はあっても、それ以上はありません。
それでは特急電車などの障害になってしまうため(485系でもその後の最高速度は実に特例の140km/hでした)、ED79を重連にすることによってプラス10km/hほどの速度で運転できるようにしたんです。
この時、ATC装置は2両の機関車それぞれになくても、1セットあれば運転できます。
それなら、高価なATC装置をすべてのED79に積まなくてもいいじゃん、ということで100番台が生まれたんです。
100番台はアメリカのブースターと違って、No.2側運転室では運転もできます。
計器盤にATC信号計器を備え、次位の基本番台のATC装置によってATC信号が現示できるんです。
運転できるのは下り列車だけなんですけどね。

そんなことから、ED79 100番台は補機専用機として、1988年3月の津軽海峡線開業以来、旅客列車をけん引することはほとんどありませんでした。
なにしろ、重連が必要な旅客列車なんてありませんでしたから。
ですから、100番台は貨物列車の補機専用機として黙々と働き、EH500が台頭してきた2000年に入ると、全機廃車されてしまいました。
旅客会社の機関車でありながら、旅客列車を一度もけん引したことがない号機が多かったはずです。


写真は津軽海峡線開業前日の1988年3月12日、青森運転所から札幌運転区へ転配される24系編成です。
つまり、12日の朝“ゆうづる”で青森に到着した車両をすぐに転配させ、その日の札幌発の“北斗星”に使用するというわけですね。
その列車に貨物列車で乗務員のハンドル訓練を続けてきたED79重連が使用され、下り列車ですから100番台が先頭に立ったというわけです。
その後、“日本海”でしばしばED79重連を撮影しましたが、当然ながらそれらはすべて臨時列車運転に伴う回送重連ですから基本番台の重連でして、100番台が先頭に立ったのを私は見たことはありません。

(写真/文:某I)

Ed79_110_ed79_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月14日 (日)

でもね、たまにはいいこともあるんです

前の前の記事で、後逆回送のC61が上り25‰こう配でまさかの力行をしてきて、コンテがフイになってしまった話をしました。
今日はその逆の話をしてみましょう。
前回が煙にまつわる話ですので、今回も煙に関しての逆の話です。
Haさんおっしゃるところの珍プレーに対して、好プレーとでもいいましょうか。
でも、今回の写真は単に幸運ってだけ。
好プレーというのは技がすばらしいってことですので、ちょっと違うかもしれません。

この日は磐越西線でC57 180号機の試運転を撮影しておりました。
復元、車籍復帰の直後、まだ営業運転開始前ですから、1999年3月のことです。
なので、次位に妙な色のDE10がくっついております。
とにかくC57 180号機のいろいろな場所でのシーンを増やさなければならず、新津方面から喜多方を越えて撮影に来ました。
ビジが最高でしたから、まだ雪の残る会津磐梯山がくっきりとそびえていたことも理由です。
近年ですと、煙の少ないこういう平坦区間まで足を運ばず、喜多方や会津坂下あたりで悠長にお昼ご飯なんぞを食べている時間であります。

磐越西線の会津若松-喜多方間というのは会津盆地の中央の平坦地帯を走りますから、この線区としてはとても稀、こう配がほとんどありません。
それでも、塩川駅構内を会津盆地内の駅の最低標高として、喜多方からここまで下ってきた軌道は、再び会津若松に向かってわずかですが上っていくのです。
なので、発車直後ならわりと長めに力行してくれるはずと踏みました。
バックに会津磐梯山をあしらいつつ、サイドからの流しとコンテを決めましたので、線路がきれいに抜ける場所を探しました。
障害物のない最適な場所は構内からやや離れた場所でした。
非機関士側ですが、それはもう仕方ありません。

遠く駅構内のあたりが見えます。
発車後、最終的にはレギュレータを3分の2まで引き、カットオフは25%といったところで来るでしょうか。
すると、だいたい60km/hくらいまで加速している予測になります。
けっこう薄氷を踏む思いです。
でも、それよりも手前で撮っても障害物や背景から撮るだけムダという写真になってしまいますから、この場所に賭けます。
なんといっても、ここは電化区間ですから必ず電柱間の勝負になり、思うほど簡単にはいい場所がないんです。
長緩汽笛一声、発車したC57 180号機はハイピッチで加速してきます。
まだまだ寒い陽気に白煙がたなびき、とてもいい感じです。
あとは機関士がどこまでレギュレータを開けてくれるかの問題です。
果たして...

狙った真横の時点でレギュレータはまだ開いていました。
コンテ、成功です。
が、このシャッターを切った次の瞬間、機関士はレギュレータを閉めました。
たしか、次の電柱間では煙がなかったと思いました。
現像から上がった写真を見てみますと(これフィルム時代なんです)、機関士はレギュレータをほぼ満開まで開けています。
ぶら下がりのDE10を連結していますからね。
おかげさまで、平坦線なのに煙量たっぷりの力行シーンが撮れました。

原版のポジを16倍ルーペで拡大してみますと、機関士が何かを叫んでいますから、きっと「閉めるー!」と機関助士に通告しているんだと思います。
これが撮れましたのはツキ以外の何物でもありません。
重りになってくれたDE10もさまさまであります。
原版はRVPベルビアなんですが、発色だけでなくコントラストも強いですね。
もともと非常に優れたフィルムですが、黒い被写体もこうしてデジタル化することでコントラストの微調整ができて、さらにいいところを引き出せます。

(写真/文:某I)

C57_180_de10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月12日 (金)

9月の渡道

この記事を書いているのは11日。予定なら12日から北海道で撮影しているはず。先月はひと月じジッとして遠征をしなかったから楽しみではあるのだが、まだ体調が良くないので涼しくなっているであろう現地の気候が不安。大雨の恐れはなくなったが関東よりも最高気温が5度程度低いようだから咳への影響を懸念している。
良い空気を吸って美味い物を食べ、好きな写真を撮ったら良くなるのではないかと、気楽に構えているが年も年だからどうなることやら。
今回はH氏が同道してくれるから安心なのだが、もし1人だったら取りやめていたかもしれない。迷惑をかけないようにしなければと思う次第。

こんな弱気では来年、仮に「カシオペア」あたりが存続しても、それだけを撮りに渡道することは激減するだろうから、今後少なくなるであろう機会を大事に過ごしてきたいと思う。

(写真、文:U)

_dsc17911

かの有名な長万部のSカーブで350ミリを使うアホは自分くらいか。

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月10日 (水)

ゴルァ、どこで力行しとんじゃあ!

...っと、すいません。
写真見てましたらこの時を思い出しまして、ついはしたない言葉になってしまいました。
といいますのはね、今年の東北本線郡山-福島間でC61 20号機が走った時のことです。
下りはC61 20号機が正向でけん引するんですが、福島にテーブルがない関係もあって、上りはEL先頭の後逆回送です(本運転では営業列車なので正確には回送ではないです)。
本当なら、この区間は上り線が美味しくて、南福島-金谷川間に25‰、金谷川-松川-安達間と二本松-杉田間に20‰、杉田-本宮間に20.1‰といった上りこう配があります。
ですから、本当は上り列車を後△ED75を付けていいですから正向でけん引してくれるといいんですけどね。
でも、下りだけでもこうして時折東北本線でC61を走らせてくれるだけでも感謝しなければなりません。

さて、午前中にC61 20号機を撮影した午後は、それならそれでED75に焦点を絞ります。
見方を変えれば、何といってもED75+一般形客車6両ですから。
後ろにもう一つ黒いのがぶら下がってますが...
ED75はもちろん700番台なんですが、今時ナナゴーで何番台がいいだなんて言えません。
仕方ないんです、これしかないんです。
そう開き直れば、ED75がけん引する編成としてはこれが今ある最高ランクです。
「ゆうづる」マーク付きED75重連で24系12両なんてやってくれれば話は別ですけど。
だから、上りED75も下りC61と同じくらい真剣です。
光線だって、晴れたらベタ順って場所が多いことですし。

ですが、この日は天気がちょっとアレでした。
「ED75は晴れてる日に順光でしか走らないから」なーんて小生意気なことは言いませんが、あまりにもいただけない天候でありました。
考えましたのは「こんな日陽炎が出ない日こそ、長玉」です。
上り25‰こう配の途上に後追いを縦長で切り取れる場所がありまして、手前に後逆C61をあしらいながら、本務機ED75の存在感もきっちり出してやろう、などと撮らぬタヌキの皮算用をニヤニヤしながらしていたのでございます。

列車の通過時刻が迫ってきますと、かなり遠くの方からC61の景気のいい汽笛がたくさん聞こえてきます。
JR東日本はカマを走らせる以上は沿線サービスに徹するすばらしい態勢ができあがっています。
カーブの先から、まずED75が姿を現わします。
後逆C61を付けていますから45km/h制限がかかり、実速は40km/hを下回るほどゆっくりです。
続いてC61が姿を現わし...と、その前になんと黒煙が見えてきました。
「ゲッ、あいつ力行してやがる...」
周囲にビデオカメラがなければ、大騒ぎしていたことでしょう。
なんと、逆後C61はこの上り25‰こう配上でレギュレータを開けていたんです。
まぁ、列車を前から撮った写真は珍しい写真にはなりましたが、この時の私の本命カットは後追いです。
かくして、こんなんなっちゃいました。
後追い、一生懸命ピントのターゲットのC61を探したことが虚しいばかりであります。
でも、こんな番狂わせも楽しい撮影でした。
A運輸区の乗務員の皆さま、ありがとうございました。

いつも緊張感溢れるUさんの作品を楽しみにご覧いただいております皆さまには、こんな腑抜けな写真で大変ご無礼申し上げました。
考えてみましたら、ここは以前、通し重連の高速貨A以外の貨物列車にED71やED75後補機が活躍した場所そのものでありました。

(写真/文:某I)

Ed75_c61_20


ここから先は、この時の運転状態についてちょっと書いてみますね。
興味がおありの方はもうちょっとお付き合いくださいませ。

よくよく考えてみますと、これは本務機が交流機ED75だからできることなんです。
本務機がEF60やEF64、EF65など抵抗制御の直流機ですと、こういうまねはできません。
上り25‰こう配ですから、ブレーキ質量の関係から車体重量を思いっきり軽くされて粘着力がまるで不足してしまったC61だけに任せられません。
(現役時代も奥羽本線矢立峠ではC61けん引の6~8両程度の旅客列車でも速度をかせぐためにD51の後補機が付いていました)
なので、そこで力はきちんと出していなければならないにもかかわらず、後ろから押してるヤツがいる、でも最高速度は45km/h制限ですから速度を上げるわけにはいかない、というややこしいシチュエーションになるんです。
客車編成は220tしかない超軽量で、C61は自重を打ち消すくらいの力行をしてるでしょうから(おそらくシリンダ圧力1000kPaくらい、リバーのカットオフは25%程度でしょうか)、抵抗制御の直流機ですとマスコンのノッチがP(並列)最終段では大きすぎてしまうことでしょう。
ノッチは最終段まで持っていかないと抵抗が抜けず、主抵抗器の過熱で運転が継続できなくなってしまいます。
ところが、ED75は低圧タップ切換制御ですから、言ってみれば欲しいパワーが得られるノッチで止めやすいんです。
ですので、これは交流機ED75だからできたことだったんですね。
あ、直流機でもEF67やEF200以降の近代機なら簡単にできてしまいますが。

以上であります。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

(付記:某I)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 9日 (火)

ニコンの新機種は?

カメラに関するブログなどで話題になっている噂が本当ならば明後日、ニコンから新型のFX機であるD750(仮称)が発表される。
予想されている主なスペックは以下の通り。

①2430万画素
②秒6・5~8コマの連写性能
③チルト式液晶モニター
④51点AF
⑤2500ドル程度の価格

これらが新型FX機の主な性能だが、こんなスペックで発売されれば、革新的な目新しさはないものの、なかなか堅実なカメラだと考えられる。
おそらくキヤノンも今月中には人気機種のEOS7D後継機を発売するはずだから、これにじゅうぶん対抗できるだろう。7Dは秒10コマなどという高速連写が予想されているから、少なくともニコンも8コマは実現して欲しい。

この中で案外、注目しているのはチルト式液晶モニター。人混みの中や脚立がないときなどちょっとハイアングルで撮りたい場合に重宝するはず。自分の所有しているデジタル一眼は全て固定式の液晶モニターで、これまでもチルト式があったらと感じた場面も少なからずあった。チルト式はその耐久性に不安があって、堅実なニコンとしては高級機への導入に慎重だったようだが、ようやくそれが実現されるのはありがたい。

2400万画素もあればクロップで1・2倍にしても1600万画素ほどの画質だし、FX機を検討している人にとってはかなり魅力的な1台となろう。

*****************************************************************************

6月21日撮影の「トワイライトエクスプレス」

(写真、文:U)

_dsc42484

【ご注意】

アップした写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 7日 (日)

田端撮影会にまつわる噂

昨日、田端運転所の撮影会に行って来た。今回の目玉はお召し塗装に戻されたEF8181。ほとんどの方々がこの機関車を目当てに参加したと言っても過言ではないだろう。

しかし現地に行って愉快ではない話を聞いた。
それはこの2日ほど前に81号機にお召し装備をして撮影が行われたという噂。どうやら某誌の取材のためだったようだが、その雑誌社の人間だけでなくJR関係者の一部も撮影したらしい。

ただ、ここまではある意味、仕方がないことと目くじらを立てたりはしないが、その2日後に有料の撮影会が設定されているのなら、ここでも同じようにお召し装備を施した81号機を展示するべきだという意見はあって当然。自分のようにヘッドマークで良かったと思っている人間はともかく、工場から出たばかりのきれいな状態のうちにお召し装飾を施された81号機を撮りたい思っていた人は多かっただろう。今回の入場者が後でその雑誌を見て不快な気持ちになるのは間違いない(取材日を明記しないかもしれないが)。タダで取材の便宜を図ったのなら有料参加者にも同じ機会を設けるのが、せめてもの良心ではないか。つまり撮影会の参加者はその2日前に雑誌社の取材に便乗して写真を撮った現場関係者が見守る中、金を払ってありがたく黙々と3両の機関車を撮っていたと言うこと。

撮影会が終わった後ならいざしらず、それより以前にこのような取材を受ける感覚、あるいは取材依頼をする会社の厚かましさに驚いたし、その話が巷に流れてしまう情報管理の甘さにもあきれた。

(写真、文:U)

_dsc12052

【ご注意】

アップした写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

「富士」の復活(?)運転に寄せて

12月の東京駅開業記念行事の一環として、同月19日にブルートレインの「富士」が運転されるとの話はしばらく前にJRの関係者から聞きかじっていた。ただ、その方も運転区間など詳しいことについては知らないようで、こちらもあえてそれ以上のことはおたずねしなかった。

しかし「富士」と聞いて牽引機にどの機関車が使われるのだろうかとは考えた。常識的には田端のEF65PFが順当だが、うまくすればEF65501が任に当たるかもしれないという期待も湧く。さらにヘッドマークが円形のものならば、同機にはお似合いのデザイン。前回の記事に501号機の写真をアップしたのは、そんな思いもあって今まで撮影した写真を眺めていた挙げ句のことだった。

ただ一つ、寂しいのは運転区間が東京~伊東という点。このご時世に九州まで走るなどということは夢物語だが、冬の澄んだ空気の中、世界遺産にもなった富士山の眼下、三島~函南を走れない「富士」というのは画竜点睛を欠いた印象がぬぐえない。

(写真、文:U)

_dsc4126

_dsc4134

【ご注意】

アップした写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 3日 (水)

病院通いの日々

体調不良。
10日ほど前から咳が止まらない。内科にはこれまで3回通院し、薬をいろいろと変えてみたが好転しない。昨日、9月2日はレントゲンを撮り、診断では軽い肺炎という所見だったが、点滴をしたにも関わらずあまり緩和されない。この間、8月30日には咳のおかげで肋骨にひびが入り、整形外科のお世話にもなった。

肋骨は以前にも折ったことがあるが、腰痛のときに使用するようなコルセットを3週間巻いて骨がくっつくのを待つしかない。そのほかは普段通り。

幸い、6日の田端運転所撮影会は機材も軽いものだけだし、もともと三脚脚立の持ち込みは禁止だから体への負担はないが、北海道行きが控えている翌週までには少しでも回復できたらと思う。

まあしかし、そろそろ体力的にも長いレンズを担いで線路際をウロウロする年齢ではなくなってきているのは明白。そう考えればブルトレが衰退し、物理的にも撮る対象が消えていくのは、(非常に勝手な理屈だが)ちょうど良いタイミングと解釈できなくもない。

撮り鉄ジジィのカラータイマーが点滅し始めた。

*************************************************************************

昨日の会社帰り、濱嘉之の文庫「濁流資金」と楡周平の「介護退職」を買ったが、たまたまその横に置いてあったことから西村京太郎の「SL貴婦人号の犯罪」を買ってしまった。

帰りの電車と病院の待合室で気楽に読むのに手頃なのではと思ったのだが、読んでみたらまさに「買ってしまった」という表現にたがうことないひどい内容。文章は中学生以下のレベルだし、ミステリーなのに謎解きもなく登場人物の背景は「後で分かったことだが」などと、いきなり新事実が飛び出してくる。荒唐無稽、あまりにもひどくて、よくこんな本を出版したものだとビックリした。おまけに作者の紹介欄に「日本ミステリー会の至宝」とまであるのには失笑したが、ある意味これほどの本は滅多にお目にかかれないしギャグとしか言いようがない。そういう意味でぜひ一読をお勧めする。

(写真、文:U)

_dsc00952

【ご注意】

アップした写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年9月 1日 (月)

北海道で上り「北斗星」②

毎年この季節になると、うるさかったセミの声が静まり秋の虫に「選手交代」する。自宅の風呂の窓を全開にして外から聞こえる虫の音を聞きながらの入浴は例年の楽しみになっている。せいぜい2週間ぐらいしか楽しめない贅沢だが、ちょっと風流な気持ちになり、いよいよ四季の中で最も好きな秋の到来を告げる。

*****************************************************************************

さて、前回に続き北海道で撮った上り「北斗星」。今回は6月21日に撮影した写真。
この日はA氏、H氏と津軽海峡線の木古内で合流し、そこから転戦して午後早々に現地入りし、「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」「北斗星」と3本の上り夜行列車を撮った。

先の2本は雲ひとつない晴天下で撮ることができたが、「北斗星」通過時は太陽にかかっていた薄い雲が抜けようとするタイミング。薄日が程良く、DD51とその後ろに続く客車の青さがしっかりと分かる良い光となった。いくら光が当たっているとは言え、そこそこ速いシャッター速度は必要だから感度は昨日がISO1600でこの日はISO2000。運良くこちら側に列車無線のアンテナがない1083号機が先頭なのもラッキーだった。

個人的には前日の夕日ギラギラの色合いよりも、この日のように車両の色が分かる方が好みだが、そこは意見の分かれるところかもしれない。

(写真、文:U)

_dsc33735

【ご注意】

アップした写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »