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2014年9月25日 (木)

違和感ありあり 2題

1988年3月の青函トンネル開業時、特急北斗星の歴史が始まりました。
ED79やDD51はそれ以来ずっとこの列車をけん引してきているわけですから、凄いことですよね。
定期列車だった27年間、誰にも特急仕業を譲らずにやり遂げるなんて、なかなかできることではありません。

このうちDD51については、この年の9月に現在の北斗星マーキングが登場し、24系編成の青20号をベースに金色の星をあしらった素晴らしいものへと変貌しました。
これをもって「DD51北斗星」の完成です。
初めてその北斗星塗装となったDD51、しかも重連を見た時には、息を呑んだものでした。
重連だからと最初の塗装変更は2両をほぼ一度に施行したと思いました。
仕業への初投入もその2両が重連を組むように充当したんじゃなかったかなと思います。

でもね、であります。
その日以降、DD51重連北斗星の写真は北斗星塗装でなければならなくなったんです。
当時の北斗星は数あるブルトレの中でも最注目列車でしたから、3月以降北海道では事あるごとに北斗星を撮影しておりました。
今で言う原色のDD51です。
しかし、北斗星塗装の登場によって、それらの写真は一気に必要なくなり、再び一からのスタートとなったんです。
北斗星塗装機登場の喜びの中で、そのことについてはとても残念でした。

今、改めてポジを見返してみますと、正調DD51重連ブルトレはなかなかのものなんですが、それを特急北斗星という観点から見た場合、さすがに塗装変更から26年も経過してしまいますと違和感ありありです。
ですが、写真を見てほっとしますのは、前面窓のHゴムの色です。
まだこの頃はグレーだったんですね。
DD51の原色論議をするならば、Hゴムの色もグレーでなければなりません。
近年、北海道ではJR貨物所属機の更新工事にともなう塗装変更が続きまして、原色機、原色機ともてはやされた時期がありました。
でも、それは決して原色ではありません。
Hゴムが黒に変わっていたからです。
機関車の写真では前灯と前面窓というものがとても重要です。
そこに手を入れてしまうとちょっとダメなんですよね。
黒色HゴムのDD51オリジナル塗装というのもまた、思いっきり違和感ありありなんです。

とはいっても、黒色Hゴムは必要欠くべからざる装備だったことも事実です。
平成に入って登場してきた黒いHゴムは、なにしろ硬化しないといいます。
工場で話をうかがいますと、まるで従来品と質が違うといいます。
日夜、太陽と雨にさらされるHゴムは劣化が早いことでしょう。
Hゴムが劣化して硬化してしまうとそこから雨水が漏れますから交換ということになります。
前面窓のガラスを外して修繕することになるHゴムですが、硬化しなければ長い期間その修繕をしなくていいことになります。
それならば、撮る側の身勝手ですから、仕方ないこととあきらめることにしましょう。

どうでもいい話ですが、この写真の撮影日は1988年4月26日でした。
コダクロームのスリーブを見ますと、この前のコマも後ろのコマも被写体はC62 3号機です。
そうです、前日は復活C62 3号機の倶知安までの試運転初日、この日は二日目だったんです。
あの日のようにC62重連ではなく、3号機の単独けん引なのでさして期待はしていなかったんですが、たかが1両とバカにすることなかれ、かなりグッとくる運転でありました。

(写真/文:某I)

Dd51_1139dd51

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