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2014年7月 9日 (水)

カメラを長く所有できない時代

予約していたニコンD810の発売日が17日に決まった。ぶっつけ本番で北海道へ持って行くことになる。

その一方で今まで2年と少々使ってきたD800Eを下取りに出すが、まだ4300枚しかシャッターを押していないからもったいないと言われればたしかにその通り。しかし、こうも次から次へと新製品が出るデジタルカメラは、いくら好きなものでもいつまでも手元に置いておくわけにはいかない。長く持ち続けても日進月歩のご時世、性能がどんどん陳腐化して二束三文になってしまい、次のカメラを買う元手にもなりゃしない。下手に愛着を抱くと下取り価格が下がって痛い目に遭うから、そこはドライに割り切るのが賢明だろうと自分に言い聞かせている。

かつてカメラは愛着を持てる大切なツールだった。そのデザイン、シャッター音、感触など、さまざまな面でそのカメラの虜になった人も多かったはず。かく言う自分もニコンならブラックボディのF、F3、F5、オリンパスのOM1,2、ライツミノルタCL、ミノルタX1などに惚れ込んだくちだ。
今もまだそんなフィルムカメラが50台ほど残ったままだが、それらは下取り価格がどんどん下がっても未だ売る気も起きないほど。眺めているだけでも気持ちが満たされ、もう出番はなくとも、カメラそのものに見入ってしまう。

しかし思えば当時の高嶺の花、ハッセルブラッド以上の価格のデジカメに愛着が持てないのはおかしなものだ。大枚をはたいても執着がない。使い捨ての時代とは言っても、これほど移り変わりが激しいと、その性能をじゅうぶんに引き出す前に次の製品が出て、存分に使いこなすことさえままならない。現にこれまで使用してきたデジカメ、自分は動画を一度も撮ったことがないのだから今さらながらあきれる。でも案外、こういうユーザーは多いのではないかと思うがどうだろう。

けっきょく今のカメラに愛着を抱けないのはカメラ本体が写真の画質を決めてしまう部分が大きいからで、新しければ新しいほど写真そのものもきれいに撮れる。だから古いデジカメはどんどん切り捨てて代替わりさせていかないと時代に乗り遅れてしまうのだ。

なんだか言い訳めいていしまったが正直、そんな風潮に染まってしまった自分に、ある種のふがいなさを感じながら、まもなく発売されるD810を入手する。

(写真、文:U)

20129

一昨年、初めて撮影した「はまなす」。今では撮影者が増え、この場所から撮ることができなくなったらしい。

【ご注意】

アップしてある写真を見ていただく際、画像の上にカーソルを持って行って左クリックで拡大するよりも右クリックし、「リンクを新しいウインドウで開く」で見ていただく方が、よりオリジナルに近いクオリティで見ることができます。


 

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