« カメラを長く所有できない時代 | トップページ | 4回目を迎えるカシオペアクルーズ »

2014年7月10日 (木)

がに股

Uさんの比喩がまた絶妙でした。
はい、「EF65並び?@自宅」のアーカイブのコメント「がに股のD51 170」のことです。
D51 170号機はかつて人吉機関区に所属し、肥薩線人吉-吉松間の山線で運用されたD51の1両です。
連続30.3‰こう配に対し、前後から長大編成を挟んで押し上げていた、頼もしい奴らでした。
高速から低速大負荷まで担う蒸気機関車の足回りは、とかくメインロッドの小端部に過大な応力がかかり、しばしば故障を発生させましたが、人吉機関区ではそれを防止するため、D51のメインロッドに肉盛りをして臨んでいたくらいです。
そして、彼らの最大の特徴は敦賀(機関区)式集煙装置にエア式化などの改良を加えた鹿児島工場式集煙装置を装備していたことです。
人吉-吉松間にはサミット近くの延長2000m超の矢岳隧道を筆頭に多くのトンネルがあり、それを通過するために装備されました。
集煙装置はトンネル内で煙突から噴出した排煙をスムーズに後方へと導き、排煙がキャブに不用意に入ってこないようにする装置です。
トンネル内では蒸気機関車の煙は20km/h以上の速度が出ていればキャブにはまったく入ってきません。
たとえば、上り25‰こう配のトンネルでボッコボコに煙を吐いていても、本当に見事なほど入ってこないんです(重連の次機でも不思議と大丈夫なんです。後補機には入ってくるでしょうけど)。
でも、速度が20km/hを切るとトンネルの天井に跳ね返った自機の煙がキャブを巻いてしまうのです。
肥薩山線の30.3‰勾配区間での貨物列車に対する均衡速度は、D51二台運転をもってしても10km/h台前半でしたから、集煙装置のふたを閉めると有効に働くというわけです。

で、鹿工式の集煙装置は鷹取工場式や長野工場式なんかのものに比べてめちゃめちゃ大きいんです。
容量が大きくないと、あのバカみたいに大きい肥薩山線D51の排煙の脈動を後方に逃がしきれないんでしょうね(ボイラ圧力計の赤線がD51定圧の15kg/cm2ではなく15.5kg/cm2に入っていたなんて、今なら書いちゃって大丈夫かしらん...)。
その結果、D51の煙突にはド迫力の集煙装置が被さります。
これ、庫でただ止まっているカマを見ているだけで圧倒される迫力加減なんです。
ところが、前端梁から下はD51はちょちょんと排障器があるだけで、先輪がむき出しなんです。
それがあのド迫力の上半身と実にアンバランスなんです。
Uさんがおっしゃる「がに股」とはここを指しているのでしょう。
実に言い得て妙であります。
人吉機関区は九州ですからもちろん冬季でもスノープロウは付けませんでしたが、もし付けてたらそれはそれでカッコイイだろうな...と私も思います(見ながら一杯やってみたいなぁ...)。

D51_170_02a_2

写真は、件のD51 170号機です。
(理由あって画面全体をクリアにお見せできなくて大変申し訳ありません...周囲、失敗しちゃったんです)
大畑ループをダブルルーフのスハフ32 43を1両だけけん引して上っていきます。
これは肥薩D51最後の正月でして、貨物を1本の混合列車にまとめてくれて、それ以外の混合列車はこのような貨物なしで、後補機も付きませんでした。
この1本前の混合列車では、本務機D51 687号機、後補機D51 1058号機による豪快なフル編成を、あまりの迫力に足がガクガク震えながら堪能しましたから(この写真の10倍くらいの煙でした)、こんな軽編成は拍子抜けでした。
でも、どうしても撮りたかった170号機とスハフ32ダブルが来て幸せでした。
私が生きた170号機に出会ったのはこの1回だけでして、10年ほど前に宮崎の新田原で仕事が1日空いてしまった暇つぶしに、同機が静態保存されている矢岳を訪れ、涙の再会を果たしています(泣いてないですが)。


(写真/文:某I)

|

« カメラを長く所有できない時代 | トップページ | 4回目を迎えるカシオペアクルーズ »

執筆者某I」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1215589/56747931

この記事へのトラックバック一覧です: がに股:

« カメラを長く所有できない時代 | トップページ | 4回目を迎えるカシオペアクルーズ »