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2014年1月16日 (木)

気になるEF640番台の去就

大学を卒業し、しばらくして関西に転勤していた友人が昨年秋に東京に帰ってきた。学生時代はEF58を追いかけてあちこち一緒に行っていたが、社会人になってからは1997年秋の山田線のお召し列車で遠征したのが唯一。その後は彼が休暇で東京に戻っているときに希に会う程度だった。

14日、泊まり明けで帰宅し仮眠を取ってから彼の勤め先に近い横浜で旧交を温めたのだが、こちらに帰って来てからすでに何度もSL撮影に出かけているという。驚いたのは昨年12月の磐越西線「クリスマストレイン」にも遠征し、自分と同じ喜多方のホテルに泊まっていたという。早く知っていればもちろんともに行動したのだが、そんなこととはつゆ知らず、せっかくのチャンスを逸してしまった。

話のネタに持参した磐越西線の写真を大いに気に入ってくれて、3月に行われる試運転には是非とも一緒に行こうという話しがトントン拍子で決まったのは自然の成り行き。「あけぼの」がなくなればSLが撮影対象としてクローズアップされるのは間違いなく、そんなタイミングで彼が東京に帰ってきたのは心強い。ことしは釜石線にもC58が復帰するから、彼と同行できるチャンスも昔ほどとは行かないまでも、そこそこの回数になるだろう。

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中央線でEF641001と12系客車を使ったハンドル訓練が行われた。このところ撮ってみたい列車もなかったから出かけても良かったのだが、泊まり明けの疲弊した身にむち打って行くほどでもないとパスした。

しかしこの列車、なぜこの時期に中央線で運転されたかと言えば、当然考えられるのは「あけぼの」廃止後、長岡のEF641000番台を転属させて0番台車を淘汰するためで、そのためのハンドル訓練とみるのが妥当ではないかと思う。自分の耳にはこの件については一切入ってきていないが、時期が時期だけにそんな風に受け取れる。実際、高崎のEF6439が先日、土崎へ回送されたのも廃車のためだという噂もある。長岡時代「あけぼの」牽引に当たった0番台が、かつての僚機に駆逐される可能性が高まったわけだ。0番台車が今後、どうなるのかという点に注目したい。

(写真、文 U)

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