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2013年12月 3日 (火)

30年前のロクイチの記録

先日の「ゆうづる」撮影は前回の記事にも書いたように完全な消化不良。ああいうカーブでのアングルが嫌いな自分としては日没が迫る中、仕方なく妥協して撮影した写真で、見れば見るほど嫌になってしまう。ただ単に撮ったというだけの結果で、ブログから削除してしまおうかとも考えたが、今後の戒めという意味も込めて残しておくことにした。いつか振り返って、痛恨のミスを懐かしく思う日が来ることを願うばかりだ。

しかし今回のダイヤは撮影する立場から言えば非常に悩ましいスジだった。自分としては珍しく多くの方々のブログを拝見したが、やはり皆さまも私同様、日の光を受けたシーンを撮るのに四苦八苦した様子がうかがえる。もし次があるのなら〝撮り鉄〟泣かせではない時間帯に設定して欲しいものだ。そして正真正銘の「ゆうづる」を牽引したことのあるED75という機関車があるうちに東北線で再現してもらえたら喜ばしい。

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これで今年の寝台客車を使用した主な臨時列車は残すところ7日の「越後」だけとなった。「ゆうづる」の雪辱を晴らすなどと意気がらずに、肩の力を抜いてどこかで1枚、写せたら良いなと思っている。

ところでこのところ相次いだブルトレ団臨、いつも青森から客車を回送して来て、下り列車で客を乗せるのだが、せっかく青森から回送してくるのなら上り列車でも客を乗せて走らせれば良いと考えてしまうのは短慮なのだろうか。きっと都会ほど客を募れないなどのネガティブな予想があるのだろうが、片道だけの運転よりもいくらかでも収益に結びつくのではないかと想像してしまう。上りの長距離回送列車で空気を運ぶよりも人を乗せた方がマシなのではという素人考えだが、どうして上りでブルトレ団臨を設定しないのか釈然としない。
もちろん撮る側の一方的なわがままな期待も大いに込められているが、願わくば「ニコニコ超会議号」のような東京へ向かって上って来る団臨がもっとあって欲しいもの。

上りは「はくつる」下りは「ゆうづる」とか、上りは「鳥海」下りは「出羽」などというのはダメなのだろうか?

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久々にEF5861の画像をアップする。1983年11月30日に有名な山陽本線の須磨~塩屋で撮ったもの。サロンエクスプレス東京の8203列車。
このころは社会人2年生で最初の転勤で大阪に赴任していた。カメラはニコンFM2でレンズは300ミリ。当時、このポイントは海側の防波堤に上がることが可能で、そのための階段まで付いていた。

今さらどうしてこの写真をアップしたかといえば、撮影したのが先日の「ゆうづる」と同じ11月30日だから。ちょうど30年まえのこと。

(写真、文 U)

Img1761

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