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2013年9月10日 (火)

お召し牽引時の区名札

5日は帰宅したのが翌日の午前3時。久しぶりに前の職場で泊まりの連中と酒を飲んだ。以前はもっと頻繁だったが、中には一緒に飲んでも楽しくもない連中もいて、こちらも面子を見ながら付き合っている。この日はたまたまそういう意味では良いメンバーだったので参加したが、おかげで帰りが遅くなってしまっ た。
そんなわけで6日の起床は午前11時。この日は泊まり勤務だからたっぷり睡眠を取った後は午後、1時間ほど洗車して20時からの勤務に就く。 そろそろ2020年の五輪開催地が決定するから、その前段階の仕事も多くそこそこ忙しいときているのに、担当職場の次長たちにやる気がない。午前2時ごろまで気が抜けず綱渡り状態だったが、何とか無事に片付けることができた。

7日は6時半から業務に復帰。人が指示した仕事をなかなか着手しない女がいて、催促したら通常、この仕事は指示されたような処理はしないという。 「通常」ではないから、そういう指示をしたのだが、それならそれで早く応えるべきなのに、そんなことも言わないで放置しておくなどもってのほか。後で彼女の上司にその人物の個別事情を聞いたら、突発性難聴やらメンタル系の病になった経験がある人物らしい。なるほど。

10時すぎに勤務終了。この日は土曜日で朝の定例会合はないから早々に退社。
昨夜、老人ホームの母の様子を弟が電話で伝えてくれ、その件で直接話をするために急きょ弟宅へ出向く。会社からは地下鉄を利用してで直通で行ける。駅まで車で迎えてに来てくれ、いったん弟宅へ行きシャワーを借りてサッパリする。その後、2人で老人ホームへ顔を出し、母を連れて近所にオープンしたコンビニへお菓子などを買いに行く。ここしばらく腰が痛むとのことでベッドから起き上がれない様子だったが、往診のマッサージが効いたようでこの日は体調も良さそうだった。

弟の家に戻ったのは3時前。弟の妻も交え3人で立石へ酒を飲みに繰り出す。彼女には普段、何かと母のことでお世話になっていて感謝の言葉もない。
ちょうどお祭りをやっていて、サンバのダンサーが通りを練り歩き、露わなおしりや胸などにカメラを向けるオヤジどもが多いが、オカマのようなダンサーばかりだから、顔を写す気になれないのは当然かも?

有名なモツ焼き屋「宇ち多」は休業だったものの4軒をはしご。最後の1軒は甥と姪も来たので夕食を兼ねて焼き肉屋になったが、ほかの3軒はどれも良い店。久しぶりにディープな立石を味わった。10時に解散し押上経由で午前0時前に帰宅。

8日は午前9時に起床。2020年の五輪開催地が東京に決まったことは早朝、スマホで知っていたが、案の定テレビはこのニュースの繰り返し。個人的には他人のやるスポーツなど全く関心がなく、東京五輪などどうでも良いが、そんなことよりも7年後の自分がどうなっているかの方が気になる。当然、定年になっているが何よりも健康でいられるかどうかが最も心配だ。
今後、多くのニュースの冒頭に「2020年の東京五輪開催を前に…」という枕言葉が付きそうで辟易するのは間違いない。

いつも使っている薬を買いに近所のドラッグストアに行ったら、処方箋の受付店ではなくなってしまったとかで買うことができなくなっていた。自宅に帰ってどこへ行けば買えるか調べたら、最寄り駅から2つ目にある同じチェーン店で取り扱っていると知り、面倒くさかったが車で買いに出掛けた。
その後は弟と電話で今後、母を連れて行く旅行の件などを打ち合わせた。涼しくなって夕飯は久しぶりに鍋。そろそろ味覚の秋が近づいてきた。

9日は10時からの勤務。2020年オリンピックの東京開催決定の余波が残っていて多忙を極めた。17時に勤務終了し、本屋で浜田文人の新シリーズを買って18時に帰宅。

10日は夕方4時半から勤務に就く。このところやや夜更かし気味だったのでたっぷり睡眠を取る。

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このところ休日と天候と「あけぼの」の機関車がうまくリンクしないため〝朝練〟から遠ざかっている。黒磯訓練に「あけぼの」で上京した長岡のEF64が当てられることは前月から聞いていて、ちょっと関心があったものの、実際にブログなどで拝見すると、どうということのない列車で意気消沈。ヘッドマークを付けたまま運転されれば面白いが、7月にEF8195が「あけぼの」に入った時の騒動を考えれば、そんなことはあり得ないだろう。
故障していた1051号機も戦列に復帰した一方、双頭機は1030号機が工場入場中で「あけぼの」入りの確率が低くなっている。1052号機以外ならがまんして〝朝練〟に行かなくては、だんだん体がなまってきそうだ。

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お召し列車牽引時の際のEF5861の区名札2態。
JRになって車体色が変わり、妙に派手になってしまったのが下の写真でもよく分かる。なんだか葬儀の時の仏具のようで、国鉄時代の方がシンプルで品があるような気がする。

いずれも原宿宮廷ホームで撮影。国鉄時代の「御召」の札差しは、少し曲がっていたようだ。

(写真、文 U)

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