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2013年9月

2013年9月29日 (日)

短めのレンズで

いささか間が空いてしまったが東北旅行の続きから。

22日は午前4時すぎに起床し5時からホテルの1階にある大浴場で朝風呂。温泉ではないがなかなか快適な湯加減だった。外はうっすらと明るくなってきたがまだ暗くて雲の様子が分からず、天気予報を見ながら支度をして6時すぎにホテルを出た。途中、コンビニに寄って飲み物を買う頃には明るくなってきたが、前回の旅行の時と同じく霧が深い。「あけぼの」通過まで2時間ほどあるから霧は晴れるだろうと楽観しながら撮影地に向かう。

昨日、下見をしておいた富根の小高い丘に到着したのは6時20分。新潟ナンバーのレンタカーが1台止まっていて先客が1名、その方の少し後ろに機材をセットする。 事前に通過する普通電車や特急、貨物列車などを写しながら「あけぼの」の編成の長さを予測し、それに見合った画角をズームレンズで見積もると240ミリあたりが良さそうだ。もう一段短い80~200ミリのズームでも良いが、D800Eの高画質を無駄にしたくはない。
そうやって準備をしていると徐々に人が増え、最終的には自分を含めて5名ほどが集まった。眼下には色づいた稲が一面に広がり、霧も晴れ見事なほど鮮やかな景色だ。ここを走る「あけぼの」 の写真が撮りたくて1年間じっくり待っていた。本来ならば先週の敬老の日の連休に来ているはずだったが、台風で来ることがかなわず、1週間延期してしまったから稲刈りが終わってしまうのではないかと危ぐしたが、ギリギリで間に合った。おそらく明日からこの周辺の稲は刈り取りが始められることだろう。田んぼの周囲には作業の手順を打ち合わせているのか、あぜ道に集まる農家の人たちを見かけた。

こういう所に来ると浅ましく複数のカメラをセットして「柳の下の2匹のドジョウ」を狙いたくなるが、架線柱と架線柱の間にちょうど良いタイミングで機関車を写し込むには、ファインダーから目を離して撮影するのは邪道。特に連写速度の遅いD800Eでは要注意だ。

8時前、目当ての「あけぼの」は東能代方から見えてきて目の前をそこそこのスピードで通過して行った。そんなパノラマを見てしまうと、もう一台は動画にしておくべきだという考えがよぎったが、スチールの出来具合を見ると狙い通りのタイミング、露出に加えて画面内に車はおろか住民など人の姿も一切なく、自己満足できたから気分は上々だ。

天気が良いのでこのまま残って10時すぎの大館行きEF81牽引の貨物を撮る人もいたが、特急列車など派手なカラーリングの車両でないと周囲の風景に埋没してしまう。機材を片付けていったんホテルに戻り朝食を取ることにした。

その後は特にやることもない。EF81の貨物もそれほど撮りたいと思わないから、五能線の下り「リゾート白神」を鳥形の北で撮影し、いったん能代市内へ戻って自宅に忘れてきた薬を買おうと探し回った。郊外型の大型ドラッグストアはたくさんあるのだが、いつも使っている薬はなかなか見つからず右往左往し、けっきょくイオンの薬局で見つけることができた。再び五能線へ。

沿線は途中から海沿いを走り、どこでも絵になりそうなのだが、鉄道撮影にふさわしポイントは案外少ない。そもそも超望遠レンズの画面に海を取り入れ ようという魂胆が間違っているのだが、200ズームにしてもそんな場所が見当たらずズルズルと陸奥岩崎の辺りまで来てしまった。もちろんこの先に行ったら もっと良い場所はあるのかもしれないが、なにしろ列車本数が少ない五能線。いつまでもポイントを探しているわけにも行かずここで折り返すことにする。しばしば写真を見かける大間越~岩館の海を見下ろすドライブインにも寄ったが、ここで編成の短い五能線列車を撮影してもゴマ粒のようにしか写らず、かつ国道が線路と海岸の間を走っているために目障りでフレーミングが難しい。自分の評価軸からは大きく外れた撮影地で、話のタネにでも一枚撮っておこうかと迷ったが潔くパスした。
けっきょく来るときに立ち寄って普通列車と上りの「リゾート白神」を撮った岩館~あきた白神にある鉄橋を望む場所で再度、超望遠で普通列車を撮ることにした。

それにしても五能線はけっこう撮影者の姿が多い。たまたま自分の目にかなった撮影地は見つからなかったが沿線の風景が美しいのは間違いない事実。もっと丁寧に探していけばきっと未知のポイントが見つかるのではないだろうか。

大館発上りのEF81貨物を撮りに二つ井のそばに行ったが、思っていたよりも上り列車に良い場所がなく玉砕。再び五能線に戻り、東八森と沢目の間のオーバークロスから上りの「リゾート白神」を撮ったが日没でかなり暗い。あと10日ほど早ければ日本海に沈む夕日が列車を赤く染めただろうが、そうは問屋が卸さなかった。

途中、夕日をコンデジで撮ったり、行ってみようと思っていた能代市内の居酒屋を外から下見してホテルに戻ったのは昨日と同じ18時半ごろ。ニュースをチェックして今夜もまた東能代の駅に上りの「あけぼの」を撮影に出掛けた。同業者がほかに3名。連休のせいなのか、こんな所でファンに遭遇するとは思わなかった。

撮影後、ホテルに戻って荷物を置き、先ほど下見した能代市役所そばの居酒屋まで歩く。夜9時ともなると能代市内は暗く、おまけにホテルからは遠い。 けっきょく片道7000歩ほど歩いて到着したが、どの料理も美味しく、わざわざ出掛けて来ただけの価値はあった。お通しにでた「ミズ」という山菜(?)のおひたしが抜群で追加してしまったが、ほかのイカ、アジの刺身、もつ煮込み、比内鶏の焼き鳥(特に皮)、ブタの軟骨も最高!年内にもう一度「あけぼの」を撮りに来て、夜間撮影はやめて早い時間からここに来ることにしようと決めた。鍋料理もいろいろあったが、さすがに1人では食べきれない。次は是非、どなたかお付き合い下さい。日本酒の揃えも豊富でAさんご夫妻が喜ぶのは確実だ。
10時を過ぎてカウンターには自分のほか1名になって、その方とお話をしている内にお酒を一杯ご馳走になってしまった。帰りはタクシー。ホテルに帰って直ちにベッドに横たわったのは言うまでもない。

23日も4時半起床。前日と同じように5時から風呂に浸かって6時ちょうどにチェックアウト。今朝は昨日の丘の下、線路脇で撮ろうと決めていた。引き続き天気も良く、きょうもD800Eでまかなえそうだ。雑草を抜いたりしながら足場を固め、500ミリに1・4倍テレコンを装着して待ち構える。振り返るとこの時点では昨日の丘の上には撮影者は皆無。もし後からいらしても常識的なフレーミングをすればこちらの姿がフレームインしないような場所に構えた。線路脇のあぜ道にきょうから使う稲刈り機がドーンと置かれて、画面の中に位置してしまうから昨日のように人が来ないのか?。丘の上から撮影する場合、普通の感覚ならこの機械を画面に入れないような構図で撮らざるを得まい。
ともあれ俯瞰撮影を昨日のうちに終えておいて良かった。1日違いで天と地ほどの差になってしまうところだった。

無難に「あけぼの」を撮り終え、12時10分盛岡発の「やまびこ」に乗るため帰路に就く。帰りは、ついひと月ほど通った道を十和田ICまで走り東北 自動車道に乗る。軽自動車は加速が悪くてイライラするが、結果的は3日間で650キロを走り30リットルほどの燃費だからありがたい。
盛岡には11時前に到着しインターを下りて給油を完了した後は、駅の南側に建設中の来年復活予定のC58239の機関庫建設現場を下見した。
車を営業所に返却して来るときに入ることのできなかった駅前の「盛楼閣」で冷麺の特辛にありついた。一番辛いグレードだが全く辛さを感じず、その点では物足りないが、ここの麺は太くて腰があり歯ごたえが良い。

「やまびこ」の指定席は押さえてあったが、荷物を置くのにはデッキに一番近いシートが良く、始発で空いていた自由席に移動したら希望の場所を確保することができた。
東京着15時24分、大手町経由で帰宅したのは17時。急な旅行だったが目的の刈り入れ前の穀倉地帯を走る「あけぼの」を撮れ、課題の一つを片付けることができた。

24日は夕方からの出勤。
昨晩は早く帰ったものの、録画しておいた「半沢直樹」や「あまちゃん」などを見たし、撮ってきた写真を数枚ばかり処理して、寝るのが予定よりも遅くなってしまった。おかげで起床は昼近く。
仕事の方は順調で、この夜も前の職場でやっている酒盛りに参加して午前3時半に帰宅。

25日は泊まり。9時ごろに起床しダラダラと過ごす。残っていた写真の処理をすませ、今回最大の目的だった写真をプリントして、実際のピントなどをチェックしたが問題なく安堵。気を良くして出社した。この日も写真部の酒盛りに参加して午前4時半に仮眠室に入る。

26日は午前6時から始動。眠かったが忙しくなかったのは幸い。朝の会議に出席して正午に帰宅、その後はベッドで昼寝。起きてから次の撮影旅行についてあれこれ計画を練る。10月から12月にかけて583系や寝台客車を使用したいくつものイベント列車が計画されているようだが、 ファンの混乱などを危ぐしてか、どれも走行撮影に難しそうな時間帯のダイヤが組まれている。北上線を走る「おが」が走りを撮るには最も適しているが、ほかは大宮駅がまたファンで大騒ぎになるようなスジばかりだ。「カシオペアクルーズ」を除けばあまり興味が湧かないものばかり。「ゆうづる」が会社の違うJR北海道内でヘッドマークを付けるかどうか気にはなるが、もし付けるとなると無理しない範囲で行くかもしれない。
眠気がとれず9時ごろに就寝。

27日は久々の〝朝練〟
台風一過で好天が見込まれたから、かねてから一度行ってみようと考えていた場所に行くことにした。ここは今の時期になると朝日が瞬間的に建物の間から差し込み、機関車がスポットライトに浮かぶと考えていた。
午前3時起床で4時に出発。給油して一般道で現地に向かった。思えばマイカーで鉄道撮影に行くのはほぼ1カ月ぶり。関東で「あけぼの」を撮りに行くのも久々だ。初めての場所だが以前にグーグルマップで調べておいてすぐに行き着くことができた。線路脇の柵も低く、脚立も不要だがコインパーキングがそばに見つからず、迷惑にならない場所に車を止めさせていただいた。6時の到着。わずか15分程度の滞在で、「あけぼの」の前に来る普通電車を1本撮影しただけで本番を迎えた。思惑通りの光線だが、日が当たる場所が瞬間的で連写速度の遅いD800Eは怖くてD4を三脚にセットした。

期待した双頭機はやって来ず、このクール4回目のループとなる1053号機だったが狙い通りの絵を撮ることができた。ただし、単に機関車の正面が強い朝日に照らされるというだけで、それほどの充実感はない。
帰りは大宮から首都高速、東名高速を経由して8時40分に帰宅した。

夕食は出前。久しぶりに和食料理店からの仕出し弁当。ちょっと贅沢だが、家族3人で外食することを思うとそれほどでもない。種類も豊富なおかずで酒も進み午後10時に就寝した。

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23日の撮影分。この日は2台のカメラで撮影したが、1台は700ミリでこれは200ミリ。どちらもファインダーを見ながら指でシャッターを押している。こんなに短い画角の写真をアップするのは希有なことだと思われるだろうが、ファインダーをのぞかずに写真を撮るのはどうも自分の流儀にそぐわないから焦点距離の大きく異なる2台を並用した。全くのノートリ。

(写真、文 U)

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2013年9月28日 (土)

EF5861と「ゆとり」

いわゆる「ジョイフルトレイン(というこの言葉も死語になりつつあるが)」のはしりとなった東京南鉄道管理局の「サロンエクスプレス東京」が1983年8月20日にデビューしてから30年余が経った。登場当時は5両編成で、初運転の9001列車にはEF5861、ロクイチが充てられたのは当然の流れであり私は静岡ー用宗で撮影した。そしてその後客車も7両編成になって、EF5861が専用機的な感じで運用に入れられ、かえって青いゴハチが牽くほうが珍しかったような感じもあった(といっても一般機の時には私があまり出動しなかっただけでもあるが)。

その後、この組み合わせは客車が「ゆとり」と名前を変えて6両編成になってからも営々と続いていた。私が最後に客車を牽引するEF5861を撮ったのも2007年6月17日に横川まで入った「ゆとり」の団臨運用であった。

ただ、イベント列車や記念列車では邪魔なヘッドマークが付いてしまうことが多く、綺麗な姿での牽引を撮るには回送(品川ー東大宮ー尾久)や試運転列車が狙い目となっていた。

2007年3月25日、EF5861+ゆとりの団臨が黒磯までヘッドマーク無しで運転され、帰路は回送での運転となった。

うす曇の天気であったので、綺麗に編成が入り絶対に被りのない野崎の鉄橋脇に脚立を立てて、手持ち撮影で昼過ぎの回9522列車を迎え撃った。一番エンド公式側から撮れ、ワイパーの位置も良くなかなかの成果だった。

(写真・文:K.M)

2007年3月25日 回9522列車 EF5861+ゆとり 東北本線 野崎にて

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2013年9月25日 (水)

実りの秋を行く「あけぼの」

9月22日の撮影。
自分の芸風ではないが年に数回はこういう俯瞰撮影をしたくなることがある。昨年9月に訪れ、稲が色づくのは下旬だろうと予測し「あけぼの」を撮っておきたくなった。

台風で一部の稲が倒れていたが、まあ予想通りの絵が撮れたのではないかと思う。翌23日もここの線路際で撮影したが、22日の夕方に稲刈り用の機械が線路脇のあぜ道に置かれてしまったから、実質的にはこれが稲刈り直前のギリギリ最後となったと思う。なにしろこの界わいは先週の13日頃から晴れなかったようで、そういう意味でも本当に絶妙のタイミングで行くことができたのはラッキーだ。

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2013年9月23日 (月)

変形機 EF1325

鉄道の機関車も航空機の世界も「原型」「改造機」「変形機」などのバラエティーが多いほど面白い。私たちの世代でのEF58やEF15などはその典型だが、蒸気機関車は一両として全く同じ形態のものは無かったのではないかと思うくらい変化に富んでいる。 

航空機もB747ジャンボやDC8などのように長年の製造過程のなかで多くの派生型が生まれるなど、奥が深い。 

そんな中、かなり渋めの変形機であるEF13の25号機の写真が出てきたのでアップさせていただく。側窓が4枚でガーランドベンチレータが無く、車体断面は高、エアフィルタは大で運転席側窓水切り原形というもの。 

よく知られているようにEF13の車体は旧EF58から譲り受けたもので、このEF1325は旧EF58の8号機のもの。1978年8月28日の朝に保土ヶ谷にブルトレと荷物列車を撮りに行った折、たまたまホームの横によい位置で停まっていたので、ついでに撮影したもの。

今となってはブルトレの写真より貴重なものになってしまった。

(写真・文:K.M)

 1978年8月28日 EF1325 保土ヶ谷駅にて

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2013年9月18日 (水)

どこにも行けない4連休

秋の虫の声が盛んになって、それまでパワフルな鳴き声を聞かせていたセミたちの姿を見かけなくなっていたら今、ツクツクボウシが庭で鳴いている。今日は残暑が厳しそうだから、夏のピークに乗り遅れてしまったセミたちが最後のひと鳴きを競っているようだ。
今年はこれでセミの声を聞くのは最後だろうが、同時にこの年齢になるとセミの声を聞くこと自体が最後になるかもしれないという、漠然とした寂寥感を抱かずにはいられない。7年後の東京五輪の時に自分はどうなっているのだろうか。

そんなことを考えていると五輪の招致活動に携わった方々の中でも、自分の目でそれを見ることができずに世を去ってしまう人も存在するかもしれない。 7年という歳月は短いようだが、中高年にとってはさまざまなことが当然のように起こりうる、決して安穏ではない時間になる。

誰も口にしないが天皇、皇后両陛下なども、年齢からすればご健在でいられるかどうかは微妙だ。これからは公務などにも無理をしないで2020年には五輪ホスト国の象徴と して健在でいて欲しい。もし現在の皇太子が即位しているようなら、雅子妃があのような状況なだけに、また頭の痛い問題が発生しそうだ。病気だから仕方がないとはいえ、それならそれで宮内庁をはじめとする関係者は、2020年に向けて早々に何らかの手当を高じる必要がある。

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13日は泊まり。
この朝、上京した「あけぼの」に久々、双頭連結器の1031号が充当されたもよう。このままなら15,17日と続くのだろうが、台風のおかげで撮影に行くのは難しそうだ。天気予報を見ると17日はかろうじて曇りになっているが台風一過、晴れることも考えられる。台風に絡んで 運休などがなければ良いのだが。

19時半から勤務に就いたが特に問題は無し。。
午前2時すぎに仮眠室に入ったものの、いつものように眠れず1時間ほどウトウトしただけで、14日は6時すぎから業務を再開した。10時すぎに退社。土曜日はわずらわしい朝の会議がないから楽だ。

妻とあざみ野の寿司屋で待ち合わせ。2人とも寿司を食べたくてがまんできず、夏に寿司を食べるのは嫌だという息子を放って外食した。昼間から酒を飲むことに決めていたので妻も自宅からタクシーでやって来たが、勘定を払う段になって大いに飲んで食ったことに気づいた。食後は次の江田駅まで歩き、最寄りの市が尾のスーパーで夕食の買い物をして帰宅したが、夜のしゃぶしゃぶは昼間の暴飲暴食のおかげでほとんど食べられず。

15日から4連休。希望もしていないのにシフトの関係からたまたまこうなった。本来ならここで秋田、青森方面に行くつもりだったのだが天気が悪く断念。なかなか思うようにならない。朝から雨が降ったり止んだりで、「あけぼの」の牽引機が1031号であることは知っていたものの、〝朝練〟には行けない。美容院に行きたかったが台風がもたらす雨がときおり激しくてこちらも断念。何かやることはないかと思いついたのが自室の机の配置換え。窓に向かって置いていた机を90度回転させ。机の左手に窓がくるようにしたら、それまで机に遮られていた写真集が入った本棚が全開できるようになった。
ついでに鉄道模型が6両ほど入るガラスケースを寝室の出窓に移動したが、そのおかげで窓枠の掃除やカーテンの洗濯もしなければならないような大がかりな作業になってしまった。たっぷり3時間ほどかけて部屋の模様替えと寝室の出窓周辺を掃除し、少しは有意義な休日となった。
夜 はドラマの「半沢直樹」。原作の方が現実的だが、ドラマにするにはより単純化しなければならないのだろう。視聴率が高いというのは共感する人が多いのかも しれないが、そんな人たちも実際にはどれだけ会社や組織の役に立っているのか。イエスマンに限ってこのドラマに感情移入しているのではないか。自分も含めて恥ずかしく なってしまうようなブームではある。

16日は台風接近で未明から大雨。風は「あけぼの」が上野に到着した後、7時すぎから強くなったが、思ったほど激しくはない。そこで9時すぎに車で美容院へ行くことにした。いつもは開店の9時と同時に行っても混雑するが、さすがにこの日は9時を過ぎても2番目の客。なんだかいつもより丁寧にやっても らえたような気分だが、店を出たら激しい風雨にずぶ濡れになってしまった。
車のドアの内側に汚れたところを発見。いつ汚したのかまったく記憶はないが、染みになりそうなので帰宅後、ガレージで手入れをした。近所の人はこの台風のさなかにいったい何をやっているのだろうと怪訝に思ったことだろう。
その台風は1時半頃には神奈川県から遠ざかり雨風はともに弱まった。サークルの発表会の手伝いに行く妻をあざみ野まで送った後は洗車。先日の東北旅行から帰って、かなり入念に掃除したばかりだから特に汚れてはいなかったが、何か体を動かさなければならないと思った結果だ。

17日は台風一過で絵に描いたような快晴。しかし「あけぼの」は運休。ローテション通りなら1031号機だったのだが悪い予感がした通り運休。もう2週間以上もカメラを持っていない。
老い先短い我が身、何かしなければと思って午後はセンター南の本屋までウオーキング。だいぶ気温も下がって汗だくにはなりそうもなく、結果的には14000歩以上を踏破したが、帰宅する頃にはビールが飲みたくなった。せっかく歩いてカロリーを消費したのに、ビールでは元も子もないと思って糖質ゼロでカロリーオフの発泡酒にしたが、歩いた後はそれでもじゅうぶんに美味い。これほどおいしい発泡酒は初めてだ。
本屋で買った「鉄道ダイヤ情報」はさすがにネタ切れ。カシオペアクルーズの大まかな時刻が出ていたから買っては来たが、ほかに参考になるような情報は少なかった。

夕方、さあ明日は〝朝練〟と思ってJRのHPを見たら「線路支障」とかで「あけぼの」は明日も運休。台風による影響で線路の道床でも流されたのだろうか?「支障」という表現が曖昧で原因がはっきりしないのは利用者にも不親切に思う。

18日もウオーキング。ららぽーと横浜往復で11200歩ほど。昨日よりも気温は高い気がしたが、Tシャツだけだったからほとんど汗もかかなかった。紀伊國屋書店で文庫本を2冊購入。これで5冊ほどストックができた。

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一昨年の11月、大阪に赴任していた頃にH氏に連れて行ってもらった北陸線の南条付近での撮影。後にJR貨物のEF81が700番台となるなど思いもしなかった。この142号機は今年の6月、742号機となって秋田新幹線のE6甲種を牽引したが、このときもH氏と一緒だった。早いものでそろそろもう2年が経つ。

(写真、文 U)

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2013年9月13日 (金)

うわゎゎ~

公開された「ななつ星in九州」。個人的な感想は辞退します。とてもじゃないけれど凝視できません。むしろ皆さまの感想を聞かせていただきたく思います。

(提供写真 文 U)

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2013年9月12日 (木)

弘南鉄道

このところ撮影に出掛けていない。「あけぼの」の牽引に双頭機が入らないことや休みと天候がうまくかみ合わないことが主な理由だが、近場の撮影地に 飽きてきたことも事実ではある。ここへ来て撮影意欲が失速してしまった感じだ。こういう時はいつもと違う環境に身を置いて、普段撮れない被写体を追うのが 気分転換には一番で、そのために14日から秋田方面に行く予定にしていたのだが、それも天候が芳しくなく断念せざるを得ない状況に なってしまったのは残念だ。

10日は16時半からの出社。この夜も前の職場での酒盛りに参加し帰宅は午前3時。

11日は休み。このところの睡眠不足を一気に解消させるべくひたすら寝て過ごした。11時に起床後、昼食を挟んで眠り続け、気が付いたら夕方4時に なっていた。さすがに後ろめたさを感じたが、すでに日も傾きかけ、行くつもりだった本屋にも美容院にも出掛けずじまい。実に怠惰な1日を過ごしてしまった。おまけに就寝したのも午後8時半と、最初から最後までだらしない1日だった。

12日は午前10時からの勤務。いつものようにNHKの朝ドラを見てから家を出た。そろそろ涼しくなって駅まで歩けそうな気候だが、何となくバスを 使ってしまった。先日から読み始めたのは浜田文人の「崖っぷち チーム・ニッポンの初陣」。新聞社の各部から集められた記者が特別取材班を組み、町工場経 営者の自殺の真相を追うというストーリーだが、この作者の常で、いつものように言葉や状況を説明する文章が省略されて理解に苦しむ場面が多い。説明的な文 章や会話を省いてニヒルで職人的な世界を醸し出そうとしているのかもしれないが、分かりづらい場面も少なくない。

仕事の方は珍しく何ごともなく終了したが、久しぶりに飲み友達の女性からの電話があってドッキリ。相変わらずお酒を楽しんでいるようで何よりだ。
18時に帰宅。

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私鉄電車の画像をアップするのは久しぶり。
秋田、青森方面に行っても朝、「あけぼの」や「はまなす」を撮り終えたらJRに関してはほかに撮 りたい被写体もなくなる。「あけぼの」を青森付近で撮影するのなら海峡線で貨物列車や、新幹線開業で間違いなく廃止になる「白鳥」などの在来線特急を撮る こともできるが、秋田県内で「あけぼの」を撮ると青森に引き返すのも億劫になってしまう。先日もそんな状況になったから2017年度の廃止が予告された弘 南鉄道でも撮ることにした。ローカル私鉄といっても今やそれほど古い車両が走っているわけではなく、義務的に記録しに行ったわけだが、自分が好きなかつて の東急7000系ともなると少しは真面目に撮っておきたくなる。ヘッドマークはいただけないが、スノープローを付けて走る姿は東急時代よりも重厚なイメー ジ。緑の多い環境もマッチして第二の人生としては良い働き場所だと感じた。

(写真、文 U)

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2013年9月10日 (火)

お召し牽引時の区名札

5日は帰宅したのが翌日の午前3時。久しぶりに前の職場で泊まりの連中と酒を飲んだ。以前はもっと頻繁だったが、中には一緒に飲んでも楽しくもない連中もいて、こちらも面子を見ながら付き合っている。この日はたまたまそういう意味では良いメンバーだったので参加したが、おかげで帰りが遅くなってしまっ た。
そんなわけで6日の起床は午前11時。この日は泊まり勤務だからたっぷり睡眠を取った後は午後、1時間ほど洗車して20時からの勤務に就く。 そろそろ2020年の五輪開催地が決定するから、その前段階の仕事も多くそこそこ忙しいときているのに、担当職場の次長たちにやる気がない。午前2時ごろまで気が抜けず綱渡り状態だったが、何とか無事に片付けることができた。

7日は6時半から業務に復帰。人が指示した仕事をなかなか着手しない女がいて、催促したら通常、この仕事は指示されたような処理はしないという。 「通常」ではないから、そういう指示をしたのだが、それならそれで早く応えるべきなのに、そんなことも言わないで放置しておくなどもってのほか。後で彼女の上司にその人物の個別事情を聞いたら、突発性難聴やらメンタル系の病になった経験がある人物らしい。なるほど。

10時すぎに勤務終了。この日は土曜日で朝の定例会合はないから早々に退社。
昨夜、老人ホームの母の様子を弟が電話で伝えてくれ、その件で直接話をするために急きょ弟宅へ出向く。会社からは地下鉄を利用してで直通で行ける。駅まで車で迎えてに来てくれ、いったん弟宅へ行きシャワーを借りてサッパリする。その後、2人で老人ホームへ顔を出し、母を連れて近所にオープンしたコンビニへお菓子などを買いに行く。ここしばらく腰が痛むとのことでベッドから起き上がれない様子だったが、往診のマッサージが効いたようでこの日は体調も良さそうだった。

弟の家に戻ったのは3時前。弟の妻も交え3人で立石へ酒を飲みに繰り出す。彼女には普段、何かと母のことでお世話になっていて感謝の言葉もない。
ちょうどお祭りをやっていて、サンバのダンサーが通りを練り歩き、露わなおしりや胸などにカメラを向けるオヤジどもが多いが、オカマのようなダンサーばかりだから、顔を写す気になれないのは当然かも?

有名なモツ焼き屋「宇ち多」は休業だったものの4軒をはしご。最後の1軒は甥と姪も来たので夕食を兼ねて焼き肉屋になったが、ほかの3軒はどれも良い店。久しぶりにディープな立石を味わった。10時に解散し押上経由で午前0時前に帰宅。

8日は午前9時に起床。2020年の五輪開催地が東京に決まったことは早朝、スマホで知っていたが、案の定テレビはこのニュースの繰り返し。個人的には他人のやるスポーツなど全く関心がなく、東京五輪などどうでも良いが、そんなことよりも7年後の自分がどうなっているかの方が気になる。当然、定年になっているが何よりも健康でいられるかどうかが最も心配だ。
今後、多くのニュースの冒頭に「2020年の東京五輪開催を前に…」という枕言葉が付きそうで辟易するのは間違いない。

いつも使っている薬を買いに近所のドラッグストアに行ったら、処方箋の受付店ではなくなってしまったとかで買うことができなくなっていた。自宅に帰ってどこへ行けば買えるか調べたら、最寄り駅から2つ目にある同じチェーン店で取り扱っていると知り、面倒くさかったが車で買いに出掛けた。
その後は弟と電話で今後、母を連れて行く旅行の件などを打ち合わせた。涼しくなって夕飯は久しぶりに鍋。そろそろ味覚の秋が近づいてきた。

9日は10時からの勤務。2020年オリンピックの東京開催決定の余波が残っていて多忙を極めた。17時に勤務終了し、本屋で浜田文人の新シリーズを買って18時に帰宅。

10日は夕方4時半から勤務に就く。このところやや夜更かし気味だったのでたっぷり睡眠を取る。

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このところ休日と天候と「あけぼの」の機関車がうまくリンクしないため〝朝練〟から遠ざかっている。黒磯訓練に「あけぼの」で上京した長岡のEF64が当てられることは前月から聞いていて、ちょっと関心があったものの、実際にブログなどで拝見すると、どうということのない列車で意気消沈。ヘッドマークを付けたまま運転されれば面白いが、7月にEF8195が「あけぼの」に入った時の騒動を考えれば、そんなことはあり得ないだろう。
故障していた1051号機も戦列に復帰した一方、双頭機は1030号機が工場入場中で「あけぼの」入りの確率が低くなっている。1052号機以外ならがまんして〝朝練〟に行かなくては、だんだん体がなまってきそうだ。

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お召し列車牽引時の際のEF5861の区名札2態。
JRになって車体色が変わり、妙に派手になってしまったのが下の写真でもよく分かる。なんだか葬儀の時の仏具のようで、国鉄時代の方がシンプルで品があるような気がする。

いずれも原宿宮廷ホームで撮影。国鉄時代の「御召」の札差しは、少し曲がっていたようだ。

(写真、文 U)

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2013年9月 5日 (木)

東北旅行から④

東北旅行最終日の28日は某市内の駐車場で5時半すぎに目が覚めた。前夜の酒が残っているかと思ったらそうでもなく、いたって爽快。もう少し眠ってこのまま帰途に就くつもりでいたが、この体調ならこの日も鉄道撮影が可能と判断した。もちろん今から津軽海峡線に行っても到底、「はまなす」には間に合わないし、天気予報によると青森は降水確率が高い。したがって撮るとしたら「あけぼの」からなのだが、さてどこへ行こうか。順当に考えるなら富根付近か昨日、一昨日と2日続けて行った糠沢。いずれにしても同じ方角だから車を発進させ十和田ICを目指すことにして、着いた段階で判断することとした。「はまなす」を撮影しない分、スタートが早くICを下りて大館を通過してもギリギリ6時台。コンビニへ寄ったり「道の駅」で車を拭いたりしているうちに、今回は糠沢で全うすることにした。田舎の集落の一角に3日続けて朝早くから他県ナンバーの車を止めるのも何となく気が引けるが、有名撮影地だけに「どうせまた、どこかの鉄道ファンだろう」と理解してくれるだろう。今日もまた舗装された道路に駐車し、そこで長靴に履き替え必要な機材だけを持ってポイントに向かう。今回はややサイドに回って編成をもう少し画面に入れるつもりだ。
暑さが激しく列車を待つ間、汗がしたたる。誰もいないのを良いことに裸になって濡れたタオルで体を拭くと風が心地良い。蚊もいないしトンボも飛び交って、わずかだが秋の気配、東北にいることを実感する。このままのスタイルで「あけぼの」を迎え撃とうかと迷ったが、さすがにそれはみっともない。

「あけぼの」は定刻。上りの快速との被りもなくファインダーをしっかりのぞいて撮ることができた。ただし一昨日の画像よりも陽炎が目立つ。ほぼ同じ気温だったはずなのに釈然とせず、いろいろと考えたらカメラの高さの関係であることに気がついた。サイドに回った分、カメラを構える位置が線路の道床より も低くなって、レール面と同じくらいになったものだから陽炎の影響が大きく出たのだ。ほんの10センチにも満たない差だが、超望遠レンズを使うには心しておかねばならないことをあらためて学習した。もっともその影響は気にするほどのことはなく、じゅうぶん使用に耐えるので安堵したが、そう言えばまだ夏、しかも8月だったことを思い出させる一幕だった。

これで帰途に就こうかと思ったが毒を食らわば皿まで。せっかくだから富根に移動して後続のEF81貨物を撮り、そのまま日本海側を経由して山形道で帰ることにした。我ながらご苦労なこったと思う。
まずは富根と鶴形の間にある踏切で特急「つがる」を狙ったが、4両編成では物足らず、貨物列車は別の踏切に移動した。
こちらはきわめてオーソドックスな直線区間で、500ミリだとバックの秋田杉も入りなかなか良い。EF81の貨物は前回のダイヤ改正で秋田より北へ入るのは、この大館までの1往復だけになってしまったから希少。EF81などに興味はないが、EF510にウンザリしていたから、そういう意味では新鮮に映る。田端からJR貨物に移籍したEF510が実戦配備されたら、ますますEF81の運用エリアは狭まるのではな いだろうか。

撮影後、二ツ井白神ICから自動車専用道に入り仁賀保までダラダラと走行。途中で「いなほ」でも撮ろうかと思ったが、逆光なので見送り昨年9月にも 行った出戸信号場と仁賀保の間にある浜館公園の展望台に寄った。しかしうまい具合に列車はなく、いつまでも待っているのも時間の無駄と判断し、再び山形方面に車を走らせた。この頃になるともう列車撮影はどうでも良く、都内の渋滞に巻き込まれないような時間帯に帰れることを考えるようになっていた。そんなわけでノロノロと酒田方面に向かっていたのだが、酒田みなとのICに着く頃に上りの貨物列車があることを知って「帰りがけの駄賃」に撮影することにした。6月にHa氏と秋田に行った際、E6の甲種回送や「いなほ」を撮った鳥海山を臨める踏切だ。
ここで窓が汚れてワイパーで拭いた跡が見苦しいほどクッキリ見えるEF510牽引の貨物を撮って今回は打ち止め。

その後はいつも通りに山形道、東北道経由で15時に酒田を出て21時半に帰宅したが、さすがにクタクタ。朦朧としながら少しだけ画像処理をして就寝。トータル2305キロ、燃費の14・7㎞/ℓは排気量その他を考えるとなかなかの数字。自分が乗った車の中では1600ccのユーノ スロードスターを静かに運転したときの燃費に迫るほどの好結果だった。

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4日は10時出社。いくらか涼しくなって薄い上着を着用した。上着があるとポケットが増えて便利。携帯電話や財布、会社の入館証などをその都度、カバンから出さずに扱える。夏が嫌いなのはこのあたりにも原因がある。
久 しぶりに読書を復活した。磯田道史の「龍馬史」。昔から明治維新に至る幕末期には関心があって様々な本を読んではきたが最近はとんとご無沙汰だった。今になって思うのは大阪に3回もいたのだから京都へ行って有名な寺社仏閣だけでなく、明治維新に関わった人々のゆかりのある史跡や墓などを巡るべきだった。鉄道に撮りたいものがなくなってしまったら、そういう旅行も良いものだと思いながら読み進んだ。

仕事ははいつも通りで16時半、勤務を終え18時前に帰宅。

5日は16時半からの勤務。未明から激しい雷雨で特に朝方の雷は凄かった。なかなか鳴りやまず眠れなくなって、おかげでベッドを出たのは9時になってしまった。ニュースを見ると相鉄線や京浜東北線、京王線がストップしていた。

15時ごろ家を出る予定、雨が止めば良いが。

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26日朝に撮影した「はまなす」。お盆を過ぎ、ここを訪れるファンが減ったのか、線路際の雑草も伸び始め、かなり高い脚立を利用した。
この日の牽引機は「肌荒れ」の激しい9号機。この角度から当たる光を1年間待ちわびていた。

線路際にある背の低いポールは画像処理した。

(写真、文 U)

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2013年9月 3日 (火)

東北旅行から③

東北旅行3日目の27日は26日に続き津軽宮田~油川へ。電話で設定するモーニングコールを午前4時にセットしていたのに、2時に目が覚め眠れなくなってしまった。そのままゆっくりとシャワーを浴び持参した資料などに目を通してノロノロと支度を完了、起きるはずだった4時にホテルを出発して、前の日に下見していたポジションに到着した。前回と同じ場所だが今朝はもう少し線路に近づいて超望遠で機関車の正面をアップにしたい。空は晴れているが日が昇るあたりに雲が多く朝日が差す可能性は低そう。空を見ながら晴れた場合と曇った場合の立ち位置をじっくりと見極める。ほかに5,6人がいたが、その人たちは撮影地ガイドと同じようなポジションにスタンバイ。こちらはゆうゆうと超望遠レンズ用のポジションを2カ所確保でき、慌てることもなく列車通過10分前になってカメラをセットする。

さてどうやら今朝は朝日は期待できそうにない。真上の空は快晴だが、東の低い位置に雲が多くて太陽が遮られている。ならば線路に近づいて客車などほとんど見えなくて良いから機関車の正面をドンと狙うか。そう覚悟して線路脇に三脚をセットしカメラとレンズを装着した。「はまなす」の8分前に来る貨物3054列車でリハーサル。その結果を見て立ち位置やフレーミングの微調整を行い本番に備える。「はまなす」を待つ間、何度もファインダーをのぞき、シャッター速度や絞り、ISO感度などをチェックしていると、わずかずつだがD4の露出のインジケーターが上の方に移動し始めた。明るくなってきているのだ。それに合わせてカメラの絞りやISO感度を変更していると、いきなり強い朝日が線路をオレンジ色に染めた。昨日よりも鮮やかな朝日、だがすでに「はまなす」通過の3分前。できることは立ち位置をもっと線路から離れた場所にすることと、カメラをヨコに構え直してフレーミングすることだけで精一杯。すでに上りの信号機は青になって踏切も鳴り始めている。目印を付けておいた、晴天時のポジションに三脚ごと機材を移動し、ようやくカメラをのぞくとほどなく遠くの影の中からED79のヘッドライトが見え始めた。間一髪とはこういうタイミングを言うのだろう、ここはオートフォーカスに頼らざるを得ず、左手でレンズのフォーカスボタンを押しながら「はまなす」をとらえることができた。

手応えはあったから即撤収に入ったが、周囲では露出がオーバーになってしまったことを嘆く人もいて、いかにきわどいタイミングで日が差したかを物語っていた。

この後の行く先も昨日と同様。青森ICから東北道に入り、今日は碇ヶ関ICで下りたが、鷹ノ巣~糠沢に移動した。7時すぎに着くことが可能だと分かっていたから、途中コンビニに入ったり「道の駅」で汚れた車を拭いたりして時間をつぶしながら現地を目指す。
今日はどなたも来ず、1人で周囲のじゃまになる雑草をむしったりしながら前回よりも鷹ノ巣寄りにポジションを取って撮影した。しかしこの日の「あけぼの」は定刻よりも約30分遅れ。おかげで陽炎が出て、こちらはスッキリしない結果に終わった。

その後は昔、仕事で頻繁に訪れた町に寄り、かつてお世話になった人たちと酒を酌み交わした。おかげで青森へ引き返すことはできず、車を止めた駐車場で夜を明かすことになったが、こんなにうまい酒を飲めたのは久しぶり。いったん鉄道を離れてこういう時間を持つのも良いものだ。。

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まだ疲れが残っているのか2日も休養日。夏休みを1週間以上取得することが勧奨されているから、今回の旅行で使わなかった3日間をここに分割して取得した。25日からの天候が悪ければこちらで東北に行こうと、予備日としても考えていた。結果的には1日など「あけぼの」が運休するほどの雨が降ったから、当初のプランで良かったが、今年は天気が安定しない日が多く計画を立てるのも運に左右される。Ha氏と東北を回るつもりだったのが、やはり天気に恵まれそうもなく断念したのが7月下旬のこと。

ポッカリ空いてしまった連休だったが旅の疲れが残っていて1、2、3日と取り立てて何もしないで茫洋と過ごしてしまった。留守にしていた間に録画したNHKの「あまちゃん」やTBSの「半沢直樹」をリビングのソファでだらしなく見た程度。「あまちゃん」は面白いが、こういうボケた部下が職場にいたら頭に来るだろう。半沢直樹も楽しめるが非現実的。実際、視聴率は高いが銀行員は見ないらしい。日曜日の午後9時という、サラリーマンの休みを狙って放映するから視聴率を稼げるのだろうが、そうでなければこれほどヒットしなかっただろう。それを知った上で見るのならじゅうぶん楽しめる。

浴室の窓を開け放って入浴すると、今まで日が暮れかかっても聞こえていたアブラゼミの声が減り、ツクツクボウシやニイニイゼミのそれに替わってきた。日が沈んで暗くなると秋の虫。うるさかったセミからちょっと風流な秋の音(ね)にうつろう時期が巡ってきた。

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鷹ノ巣~糠沢で撮影した「あけぼの」。ご覧のように編成後部はカーブに残るからもっと長いレンズでやると面白そうだと考えたが、実際に試してみると陽炎の影響と、編成の短さでそうはうまくいかない。ただ、個人的にはこういう角度が好きだからお気に入りのポイントとなった。
これからの季節、そろそろ羽越線内では時間的にも「あけぼの」の撮影は難しくなり(秋田到着が7時前)、おまけに頭に日が当たる場所は限られるから、今後は能代~大館間での撮影がメインになる。その中で最も人気が高いのは言わずと知れた富根~二ツ井のセパレート区間のトンネルを出た地点だが、長いレンズが使え ないから自分としてはこちらの方が好き。

(写真、文 U)

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2013年9月 1日 (日)

東北旅行から②

さて2日目の8月26日は未明の3時起床のつもりでいたら2時半に目が覚めてしまった。このままあと1時間寝ても仕方がないので、昨日の画像をいじったりしながらゆっくり支度をして午前4時にホテルを出発した。目指すは海峡線・津軽宮田~油川の有名撮影地。ポピュラーな場所だがすでにこの時期、朝日が当たるのはこの周辺だけだからやむを得ない。ただ、晴れれば上ったばかりの太陽の光はほぼ真横から、しかも水平に近い角度で列車を照らし、かなり劇的な光線状態となるはず。昨年11月に磐越西線の山都の鉄橋で撮影したC57180のような雰囲気を想像している。1年前からそんな光を期待して、じっくりとプランを練っていたが、ようやく本番を迎えた。

閑散とした未明の青森市内だったが駅近くの朝市にはそろそろ開く店もあり、その周辺だけがやや慌ただしい。フェリーターミナルのそばを通って油川の撮影地に着いたのは4時15分。下りの「北斗星」が通過して行ったがまだ誰もいない。そのまま左堰~奥内のもうひとつの撮影地を下見したものの、やはり油川の方が良さそうと判断し先ほどの場所に戻ったら3名がスタンバイしていた。
さて、どこから長ダマを使って撮ろうか?長い直線区間ではないからアングルはかなり制限されるが、神社の横あたりまで下がって、どうにかポイントを定めることができた。編成に高さ2メートルほどのコンクリートポールがかかってしまうが超望遠を使う以上、仕方なく目をつぶることにした。

雲の合間から朝日が差し込み EH500の貨物を照らした後、「はまなす」はオレンジ色の光に煌々と照らされ通過、取りあえず1年間待ったシーンを撮影完了。機関車正面の左半分には貫通扉やHMから横に伸びた影が広がりやや見苦しいが及第点か。直ちに機材を撤収して次の目的地、鷹ノ巣~糠沢の撮影地へ移動する。「あけぼの」の鷹ノ巣発は8時16分。ゆうゆう間に合うはずだが、カーナビゲーションは8時5分到着を予告している。東北道を青森ICから入り碇ヶ関ICで出るつもりだったがナ ビの指示に従って小坂IC経由とした。
車も少なくほとんど制限速度で走ったが徐々に到着予定時間は短縮され、7時すぎには撮影地周辺にたどり着く ことができた。ここも初めての訪問。あちこち見て回ってようやくポイントを見つけ出すことができ、機材のセットを完了したのは7時半頃だった。直線区間でほんのわずか線路がうねっているだけだが、長いレンズも使えてなかなか良い。後から4名ほど金沢ナンバーの車でやって来た方々は羽越線の上浜で一度「あけぼの」を撮ってからの転戦とのことだが、こちらも飛ばさずにゆうゆう追い抜くことができたらしい。列車通過15分以上前にはスタンバイ完了していた。

「あけぼの」の牽引機はEF81136。双頭連結器でナンバーが切り抜き文字の機関車だ。数字の塗りがはがれている箇所があるのは惜しいが立体的なナンバーは青森で唯一。
けっこうな暑さの中、撮影を終えこれで本日のメニューは終了。さて、このあとは後続の大館行き下りのEF81貨物でも狙うことにする。いったん富根あたりの直線に行くべく車を走らせたが、糠沢でのんびり片付けたおかげで間に合わない可能性が出てきてUターン、先ほどの場所に舞い戻った。ところがいくら待てども貨物は来ない。通過時刻になり遂に断念し暇つぶしを兼ねて奥羽線の陣場~白沢にでも行ってみることにした。ここで撮るつもりなど毛頭ないが、そばの風穴よりも上から俯瞰できるところを下見するためだ。

先ほどまで晴天だったが大館を過ぎ山間部に入った途端、激しい雨。風穴のそばの木々の下で雨が弱まるのを待ち、山道を登ったが遂に撮影地は見つからず(と言うか、本気で探したわけではないから当然)、おまけに熊の出没も報告されているため、弘前へ下って廃止が予告されている弘南鉄道でも撮ることにした。
ここまで朝から何も食べていなかったので碇ヶ関の「道の駅」で冷たい塩ラーメンを昼食としたが、これが美味。自然薯(じねんじょ)を麺に混ぜ合わせたとかで味付けもふくめなかなかのもの。

国道7号から大鰐温泉付近に入り、適当に走り回って弘南鉄道大鰐線の石川プール前という駅のそばに長いレンズで正面のアップを撮れそうな場所を見つ けた。後で考えたらもっと長いレンズでも良かったかもしれないが、この時間帯は暑さも増して陽炎を懸念した。上り下りそれぞれ1時間に1本しかないダイヤだから 下りを1本撮り終えて撤収。どこへ行くあてもなくなったので、取りあえず津軽鉄道の五所川原駅へ向かうため再び国道7号を北上していると、弘南鉄道の弘南線をオーバークロスする地点で撮影に良さそうな場所を見かけた。目的もないドライブだから直ちにUターンし、列車の通過時刻を確かめるために遠くに見えた駅に行ってみると何と8620形蒸気機関車が保存されている新里駅だった。前照灯がシールドビームで背の低いデフレクタ、おまけにパイプ煙突という本来の姿からは大いにかけ離れたスタイルだが、こういう変わりダネは大好き。比較的最近、塗装し直された様子で大切にされているようだ。煙室扉ハンドルがずいぶん前に出っ張っているのが玉に瑕だが、どことなく愛嬌を感じた。

近くの踏切付近から上下2本の列車を撮影したが旧東急の7000系はやはりスタイ リッシュ。先ほど石川プール前でも撮った車両共々、かつて東横線で通学などでお世話になった車両だと思うと懐かしさもひとしお。雪国らしいスノープローが似合っていた。

津軽鉄道の五所川原駅に着いたのは午後4時前。車庫に行ってみると骨董品のような客車やラッセル車が所狭しと留置されているが、完全に逆光で無理して撮影するまでもなく、眺めるだけにとどめた。はっきり言ってみすぼらしい、昭和30年代を感じさせる構内は、個人的にはすごく良い雰囲気でぜひとも再訪 したい。

国道7号に戻り昨日583系をカメラに納めた大釈迦~鶴ヶ坂を通って青森市内に戻ったのは18時すぎ。車をホテルの駐車場に止め、今日も駅構内に入り上りの「あけぼの」を見ると朝撮った136号機が先頭に立っていた。市内のガソリンスタンドで給油後、部屋に戻って夕食へ。札幌行 き「はまなす」は朝の撮影で満足 したから、ゆっくり酒を飲むことにした。
ホテルのフロントで飲み屋街の場所を聞き、その周辺で入ったのは津軽三味線の生演奏のある居酒屋。食べ物はそこそこ美味かったが、店のスタッフがどうもその筋の人間の持つ雰囲気を漂わせ無口で目つきが鋭い。ちょっと冷やかしてみようかとも思ったが、リピーターと なるほどの店でもないから、新聞をチェックしたりスマートフォンで鉄道情報を見たりしながら独りで飲み続けた。

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25日、浪岡~北常盤で撮影した583系の回送列車。

(写真、文 U)

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新里駅保存の48640。弘前機関区で廃車になったとの記録があるが、当初は鰺ヶ沢町役場に保存されていたようで、2011年11月にここに移転したら しい。五能線で活躍した機関車だが、前述のように前照灯はシールドビーム、パイプ煙突でフロントデッキのステップも原型ではない。テンダーにはリベットが なくキャブの屋根も雪の吹き込み対策のためか延長されている。写真では見えないがキャブの屋根にリブが入っているのは現役時代からの改造なのだろうか?大 きな窓とともに高速道路のサービスエリアにある屋台のような雰囲気も漂う。

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