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2013年8月

2013年8月30日 (金)

東北旅行から①

25日から3泊で青森、秋田方面に撮影に行って来た。もちろん目的は「あけぼの」と「はまなす」。特に「はまなす」をこの時期の光線下で撮りたく、かねてから温めていたプランだった。6月~8月の上旬よりも日の出の光が良い感じで、有給休暇を取得しこれに備えたが結果は上々。ビギナーズラックとも思える2日連続の晴天にも恵まれ、1人で2300キロを運転した甲斐があった。

ザッと経過を書くと当初は24日から出発予定だったが、25日の「あけぼの」に双頭機が入ったため日程を1日に遅らせ、〝朝練〟を終えてから東北道を北上した。この日の狙いは青森から秋田に返却される583系の回送。撫牛子の鉄橋で撮ろうと、大鰐弘前ICを午後3時前に下りて現地に到着した。しかし初めて訪れた場所は期待外れ。「あけぼの」なら良いかもしれないが、6両編成の583系だと中途半端は否めない。そこで急きょ、こちらも初訪問となる鶴ヶ坂~大釈迦へと転戦した。しかし正直言ってここもあまり満足はできない。日の当たり具合こそ良いが、700ミリの画角で撮影しても望遠の圧縮効果は期待したほどではなくガッカリ。せっかくだから30分の大釈迦停車中に北常盤~浪岡の田園地帯に先回りして再度撮影したが、こちらは夕日に雲がかかってしまった。

まずは鶴ヶ坂~大釈迦のカットをアップする。

(写真、文 U)

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2013年8月24日 (土)

大井町今昔

Uさんが新子安などの懐かしい撮影地を紹介されていた。1970年代後半から1980年代初頭にかけて主に首都圏でEF58や団臨などを追いかけていた時代、手ごろな定番撮影地がいくつもあった。そのほとんどは駅のホームから撮れるところ。田町・原宿・高田馬場・高円寺・川口・鶯谷、そして「EF5861あおもり号」で登場していた御徒町など。そして最も通う頻度が高かったのが大井町駅だったと思う。東京駅発の団臨だと送り込み回送を田町で撮り。東京駅で機関車の入れ換えを撮影後、下り走行を田町か大井町で撮るのが定番。汐留発の荷物列車だと品川進入を撮り、荷35のEF58重連などは入れ換えを撮ってから走行を大井町といった具合。大井町はホームの東京寄りの階段の小さな窓から撮ると高さも少し稼げて安全に撮影できた。

そんな大井町に行ってきた。東京総合車両センターの開放だが、ロクイチが展示されないのはわかっていながらも手軽に行けるので何が展示されているかだけ確認し、現地滞在時間15分で退散してきた。しかし部品オークションでEF81のプレート・・・といっても正面の切り取りなので私としてはプレートとは言えないのではないかと思うが・・・が最低入札価格10万円で出ているのには驚いた。だれが買うのか、オークションだからおそらく20万位にはなるのかもしれないが、世間の一般常識からすれば「趣味の世界はわからん」といった感じなんだろう。もし蒸気機関車や旧型電気機関車の正式なプレートがオークションにかけられたら、はたしてどのくらいの値段がつくのか知りたいところである。

さて、ということでようやく8か月ぶりに鉄道の写真を大井町で撮ってきた。

大井町駅の東京側階段はエスカレーターになっていて小窓もふさがれてしまっていたが、ホームの端からの眺めは大きく変わっていなかった。

単なる電車の写真を並べても面白くないので、昔のEF58の写真を添えさせていただく。

(写真・文:K.M)

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1979年10月25日 回8111列車 EF58158+オールグリーン6両

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1979年12月27日 荷33列車

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旅行の支度

22日は泊まりで19時半の出社。それまで秋田、青森への撮影旅行のプランニングをするも、天気が安定せず宿泊地が定まらない。24日の未明に出発するつもりで計画を練ったが、コロコロと変わる天気予報に翻弄され、24か25日の未明に出発するとして会社に向かった。

会社に着いて午前中の仕事の点検後、勤務に就く。いろいろと問題はあったが午前2時すぎにいったん業務を終え、ウイスキーを少し飲んで仮眠室に入ったが寝付けず、1時間ほどウトウトして23日は6時半に職場に戻った。

10時半、朝の会議に参加し業務終了。掲示板を見ると今朝の「あけぼの」に双頭1032号機が入った。しかも9日と同じく2エンドを上野に向けているから、これは撮りたい。青森行きは25日にして〝朝練〟をやってからという出掛ける方向で検討しよう。同日、E6系の甲種輸送もあるが、双頭機の「あけぼの」に較べりゃ、屁でもない列車だからパスしても良いだろう。

正午帰宅。昼寝しようかと思ったが東北行きの準備などもあり、それに時間を取られ、けっきょく横になることはなかった。

24日は9時起床。E6の甲種が上ってきているようだがパス。「あけぼの」も予想通りの1053号機。明日からの旅行に備え訥々と資料のコピーや機材のチェックに専念しよう。妻は金沢時代の高校の同窓会で今夜は上野泊まり。明日は東京スカイツリーや浅草へ引率したりと幹事役で大変そうだ。

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考えてみたら鉄道撮影に復帰直後、まだ「あけぼの」はEF81の担当だった。おまけに青森のEF81がしばしば運用されていたから、今回何もわざわざ青森まで足を伸ばさなくても良いのだが、やはり東北の風景は首都圏のものに代え難い魅力がある。EF81にそれほどの関心があるわけでもないのに、一度足を運んでしまうとリピーターになるにはそう時間がかからなかった。向こうで見るEF81はこちらで見るものより格段にイイ。どうせ東北に行っても長いレンズを使うのだろうが、それはそれとしても身を置く環境が格段に違う。〝朝練〟を終えた後にどういう行動をするかが最も悩ましい課題だが私鉄巡りも面白そうだ。

(写真、文 U)

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2013年8月22日 (木)

広島機関区のEF58二態

20日は休みだが〝朝練〟はなし。「あけぼの」には一般タイプの1053号機が充当されると予想したため。遂にお盆期間中、双頭機が使われることはなかった。長岡配属の6両のEF64のうち2両が戦列を離れていることもあって、通常なら「あけぼの」運用には続けて3回使用されて交代というパターンが大きく崩れた。現在、1052と1053が交互に当てられているが、このまま6回ずつ運用されそうな気配を感じている。週末から東京を離れるので今月は双頭機による「あけぼの」は見られないかもしれない。

6時半に起床し9時の開店と同時に美容院へ一番乗りした。今日は家族で御殿場のアウトレットへ行く予定になっているから早めにすませたかった。10時すぎに帰宅し、さあ出発しようと道路情報を見たら最寄りのICから厚木付近まで13キロほどの渋滞。並行する246号も混んでいるからやむなく東名高速に入った。けっきょく思ったほど停滞しておらずダラダラとは流れ、いつもより多少時間はかかったが、さしたるストレスもなくアウトレットに到着した。
まずはザッと見て直ちにFAUSHON(フォション)で昼食。その後、それぞれ思い思いのショップを見て回り自分はTシャツなど3着のほか「TUMI」のショップで500ミリレンズを収納するのに良さそうなリュックを購入した。正規の価格なら躊躇したが、たまたまバーゲンとなっていて半値近くで買えた。

帰りも「緊急」とかの道路工事で渋滞。平日の日中に迷惑な話。実際に工事区間を通ったがコーンが立てられているだけで作業など行われていない。夜間の工事に備えて明るいうちから1車線をふさいで準備をしたらしく、その時間にそこを通ったドライバーは釈然としなかっただろう。おかげで2時間半もかかって非常に腹ただしかった。

家に着いてさっそく買って来たリュックにレンズを入れてみると驚くくらいにピッタリ。しかも脇にボディ2台とテレコンや小型パソコンまで入りそう。ニコンに持って行って、こういうケースをもっと安価で作れないか提案したいほどだ。久しぶりに良い買い物をして気分も上々、夕食に行ったイタリアンレストランのハウスワインがいつもより美味しく感じた。

21日は10時出社だったのだが、ちょっとしたトラブルから1時間ほど遅らせてもらった。特に目立った案件もなく仕事には差し支えなかったが、人生何があるか分からないものだ(どういうことかについては割愛させていただく)。
15時半に業務を終え、会社近くの本屋で「鉄道ファン」を買って帰宅。帰りの電車で池井戸潤の半沢直樹シリーズの第3作「ロスジェネの逆襲」を読み終えた。テレビドラマにはうってつけのストーリーで、非現実的でマンガのような話ではあるがたしかに面白い。シリーズ3作の内、個人的にはこれが最も楽しめるかもしれない。自分の頭にはこれくらい単純明快な話がピッタリだ。

帰りのバスの中で出掛けていた妻とパッタリ。東急コーチという、停留所以外の降車したい所で止まってくれるバスの中でのこと。本数は少ないが市営バスよりも若干、家に近い場所で下りることができるのでたまに利用する。ところが今日は降車ボタンを押した地点で止まらず無視されて、下りたいところから100メートル近く過ぎてようやく止まった。もちろん運転手には激しくクレームを言ったし、帰宅してからもバスの営業所に苦情の電話を入れた。局地的に激しい雨が降っていたことも手伝って本当に頭に来たが、ふだん温厚な妻も珍しく怒っていた。

帰宅後、「鉄道ファン」にザッと目を通したら、またもや投稿のコーナーに滑稽な記事。家族で行った広島旅行の合間にEF67を撮影したことを書いているのだが、文面が29歳のイイ大人とは思えない。「僕」にはじまって「カッコいい」「ケータイ」「カマ」といった表記が文中に並ぶ。素直で良い性格のお父さんなのだろうが、あまりにも幼稚すぎないか。ブログの文章ならともかく、紙の媒体にこんな記事を書くとは恐れ入る。文末に「この撮影を決行できたのは、家族旅行の中で時間を割くことを許してくれ、子供たちの面倒を見てくれた妻の協力があってこそ…本当にありがとう」とくるのだからあいた口がふさがらない。
まあ、そんなことをここで取り上げる自分も自分なのだが、実名入りで掲載されるのだからもう少し考えるべきではないのだろうか。恥ずかしくないのか?つい失笑してしまった。

「レイルマガジン」は「北斗星」の特集。この列車、北海道内のDD51が牽く区間には関心があるが、EF510の担当区間にはあまり興味がない。それでもさすがというか何というかK氏の撮影地ガイドは役に立ちそう。長い長いレンズが使えそうな場所だらけで、時間のあるときにゆっくり精査したい。

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Y・Mさん、1979年12月27日は御徒町ではご一緒しましたよ。ニアミスどころではありません。並んで撮影したじゃないですか。私自身のブログにもこのときの写真は掲載しましたが、あちらをPW制にしましたので近いうちにあらためてアップします。続けて同じ写真を2回出すのは能がないので。
それにしても長い付き合いになりましたね。この後、様々な場所で写真を撮り酒を飲み、模型や車の話もしてきましたね。相変わらずのご活躍を拝見しておりますが、そんなお姿を見て嬉しく感じています。また近いうちに酒を飲みたいですので、時間が許すときに声を掛けてください。

さて今回は当時広島機関区の所属だったEF58の9号機と20号機。
上の9号機は2号機とともに正面のナンバーの貼り位置が微妙にずれているのが異色。
20号機は正面の窓がHゴム化され、PS22Bのパンタと一体型のヒサシが特徴の晩年の広島タイプ。

(写真、文 U)

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2013年8月21日 (水)

EF58 61牽引「あおもり」、もう1点

1979年12月27日のEF58 61牽引臨時「あおもり」、僕も撮っていました。メモを残していないのですが、場所は御徒町だと思います。
ひとつの列車が、これだけ狭い範囲で別々に記録された例もあまりないでしょうから、写真を投稿いたします。
その時の行動は全然記憶にないのですが、UさんやK.Mさんと思い切りニアミスしていますね。もしかしたら、撮影の前後にお会いしていたかも知れません。
写真・文:YM

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2013年8月20日 (火)

フルムーン旅行へ旅立つ昭和天皇ご夫妻

あちらのブログをPW制にすると決めてからいつまでもダラダラやっているのもみっともないので、予定よりも早くこちらに本拠を構えることにした。勝手ながらお許しください。

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19日の「あけぼの」は担当機関車が替わるのではないかと思う一方、長岡配置のEF64の双頭機1両、一般機1両がリタイアしている状況を鑑みると1052号機の続投もあり得ると思って〝朝練〟をパスした。午後3時からの勤務なので行けないこともなかったが、そんな予想をしていたし、盆明けで道路が渋滞するということも手伝った。予感は見事に的中し出掛けていたら後悔する1052号機の登板が続いた。「行かないよりも行った方がマシ」というネガティブな考え方もあろうが、ここは「行くよりも行かなくて良かった」と、これまたネガティブに考えたい。

家を出たのは午後1時半。先日から読んでいた池井戸潤の「民王」はマンガのような話で楽しめるには楽しめるのだが、読んでいて得るものがない。感想がないのだ。総理大臣と、その息子のバカ大学生の中身が入れ替わって、それぞれがその立場になってお互いを理解しまっとうしていくという、誰にでも考え得るストーリー。最初の15ページも読めば結末が想像できる、種明かしもクソもない話。「つまらなくはない」と言えるが、日ごろ本を読まない人が久しぶりに読書をして楽しめるという程度の内容で、いい大人が読む本でもない。本を読むことで通勤電車内の不愉快な光景から自分を隔絶するには効果的だが、家でじっくり読んだらバカバカしくなりそうなストーリーだろう。人それぞれだが…。

しかし帰りに読み始めた半沢直樹シリーズの第3作「ロスジェネの逆襲」は楽しめそう。もちろん、その業界にいる人には荒唐無稽なのだろうが、門外漢である自分には知識となるようなネタもあって結末は見え見えだが、同じ作者の「民王」よりははるかに偏差値の高さを感じる。

仕事は相変わらずで何度言っても分からない次長にはウンザリ。何から何までフォローしなくてはならず「管理業務」どころか「介護業務」のよう。ここまでいくと本人よりも、そんな人間をそういう立場に置いた先輩の無能さが恨めしい。

22時すぎに帰宅。翌20日は休みとあって酒を飲みながら、録画してあった高倉健主演の映画「あなたへ」を見たがガッカリ。「駅 STATION]の降旗康男監督の作品とあって期待していたのだが、深みも何も感じない駄作。「信者」の多い出演者、監督の映画だけに、良い評価が先行し過ぎていたようだが、見せ場もなく心に残る物がない。金を払って映画館に行かないで正解。まさに1052号機と知っていて〝朝練〟に行くような愚を犯すところだった。

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自分のブログとダブルが同じ写真をアップする。昭和天皇のフルムーン旅行の際の原宿宮廷ホームでの撮影。

(写真、文 U)

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個人的に自分は「昭和」と言うと、真っ先にこのお二方を思い浮かべる。

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2013年8月19日 (月)

EF5861 あおもり号 1979年12月27日

Uさんから「ワイパー・カバー」のフォローリクエストをいただいたが、私も103号機を初めて撮ったのが宇都宮転属後の1979年7月7日の荷2935列車@田町駅であったので米原時代のネタはない(なぜすぐに103号機のデータが出せたかは、いずれこの場でご披露したい。学生時代の暇を持て余していた時に、結構すごい記録を作っていたようで、この前過去の書類を整理していたら忘れていたデータ記録を見つけてしまった)。

また、ワイパー・カバーでほかのネタもすぐには思い浮かばない。

そこで「1979年12月27日のあおもり号」でフォローさせていただく。

Uさんは東京駅進入を撮られていたが、私はその日、大井町と秋葉原駅で9312列車を撮り、さらに上野から品川までの単機回送(単9312)を東京駅と新橋駅で撮っていた。ということで、多分Uさんが東京駅進入のシャッターを切っていた時、私は京浜東北線で浜松町あたりを走っていたのではないかと思う。そして私が秋葉原に先行して2度目の撮影を準備しているころ、Uさんは山手線(か京浜東北線)で御徒町へ・・・・というニアミスの連続だったようですね。

客車後部のテールサインもちょっとご愛嬌なのでついでに掲載させていただいた。

(写真・文:K.M)

1979年12月27日 臨時急行あおもり号 EF5861+14系 9312列車(→単9312)

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18日の「あけぼの」

皆さまのゴハチの勇姿の数々、大変懐かしく拝見しております。さて、そんな中割り込ませて頂いて甚だ恐縮ですが、当方は相も変わらず19日(日)の「あけぼの」朝練ネタです。朝から晴天だったので84日のリベンジのつもりで南浦和に向かいましたが、結果としては、既に建物の影が予想以上に伸びてしまって、リベンジならず。短い玉では、もうこの場所も終了のようです。最近1052号機と1053号機のローテが続き、どうにも写欲が湧きません。(写真・文:T

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2013年8月18日 (日)

ワイパーカバー付きのEF58

17日は家でのんびり。「あけぼの」も1052号機のはずで当然パス。妻は高校の同窓会のうち合わせで外出、息子も午後の早い時刻まで留守。特にやることもなく今日も昔のネガのスキャン。さりとてこの作業、いったんスキャナーにネガをセットしてしまえば、あとは取り込むまでひたすら待つだけで退屈きわまりない。気の短い自分にとっては歯がゆいと同時にイライラさせられることは間違いない。だから飽きたらすぐに作業をやめることにして、一度に何十枚も処理することはしない。イライラが募れば画像の補整も乱雑になってしまう。ネガにはほこりやゴミも付着しているものが多く、それらを修整する作業がいい加減になりかねない。無理して一度にたくさんデジタル化するよりも、少しずつ着々と、飽きない程度に続けていくのが自分には合っているようだ。

正午過ぎ、妻に頼まれていたものを買いに近くのショップに行く。妻が仕事で関与している、食料品などを扱う店で、生産地が明らかなものしか扱っていないので安心。得体の知れない中国産や輸入の食料品などが蔓延している昨今、少々価格は高めだがいつもお世話になっている。頼まれた食材などをメモにして買い出し完了。その後はリビングで夕方までウトウトし、少し涼しくなってから庭の草取り。ちょっとうっかりしていると見事なくらい生長する雑草を約2時間ほどかけて根こそぎ引っこ抜き、少しはきれいになった。

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ワイパーカバーが特徴のもと米原機関区所属のEF58103号機。米原時代、なかなかお目にかかることができず、宇都宮に転属後初めて上野駅で撮ることができた。自分が写した同タイプのEF58の写真の中で最もワイパーカバーがよく分かるショット。

何だか、長いつけまつ毛を施した場末の飲み屋の女性のようで下品かつケバイ印象を受ける。特異な感想かもしれないが、K・M氏がまた別の写真でフォローしてくださることを期待している。

(写真、文 U)

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2013年8月17日 (土)

1979年3月15日のEF58124

Uさんが懐かしい写真をアップさているので、そのフォローをさせていただく。掲載の写真はまさに同日の同一列車を真鶴で撮影したもの。この日は午後に伊豆急下田から原宿へのクロ157のお召列車が運転されたので少し遠征した。この列車の上りは石橋の鉄橋で撮っている。SGの蒸気も懐かしい。

(写真・文:K.M)

1979年3月15日 回8103列車 EF58124+スロ81 真鶴にて

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東京機関区のEF58124号機

15日の「あけぼの」は1052号機と知りつつ、〝朝練〟に行こうかと考えていた。お盆で道路が空いているのが魅力で、撮影よりもドライブの方に重きを感じていた。しかし起きてみたら、やっぱりそれも無意味のような気がしてベッドに戻った。なにしろ家族が実家に行ってしまって1人でのんびりできるのに、わざわざお気に召さない1052号機を狙いに行ってまったりできる時間を無駄にすることもあるまい。どんなに条件の良い場所や光線状態であっても、この機関車が来ると満足感は得られない。自分のブログにも書いてきたが外見上、忌み嫌う理由などどこにも存在しないくせに、これまでの相性が災いしてしまっている。双頭機を期待して出掛けた際に、何回となくこの機関車が来てガッカリさせられた苦い経験が作用している。

再度目を覚ましたのは午前9時。イイ女が夢に現れイイ眠りを取れたから、目覚めの悪い1052号機の「あけぼの」よりも得した気分。家族がいないと夢の中でまで羽を伸ばそうとするのか?本性が現れる。

その後は昔のフィルムをスキャンして過ごす。このところ徐々にスキャン作業のコツが分かってきたようで、当初スキャナーを導入した頃よりもマシな画像を得ることができる。昔は暗室で覆い焼きや焼き込みなどをしていた頃に較べ、格段に楽になったが、反面モノクロプリントの味わい深さも懐かしい。

午後はちょっと本腰を入れて風呂の掃除をしたぐらい。本も読まず、のんべんだらりとした1日を堪能した。

16日は〝朝練〟一週間ぶりだ。
この日は1053号機のはず。双頭機でないのは残念だが1052号機よりははるかに良い。もともと妻の実家に顔を出すつもりだったし、その後に老人ホームにいる母と昼食を取りに行くつもりだったから、少し早めに家を出て「あけぼの」を撮ってから回ろうと考えていた。
3時半起床。給油して午前5時ごろに蕨のSカーブに到着した。鉄道撮影に復帰した頃、しばしば通ったポイントだが長いレンズの重なり効果が反映できず、その後はここで撮る頻度も低くなっている。加えて夏休みなどは多くのファンが集まり隣の人とのクリアランスが取れず、撮影にも気を遣うし、駐車のマナーが悪いと住民が警察に通報するなどのトラブルもあって、ここ2年ほどは2、3回しか定位置では撮っていない。
それが今回ここを訪れたのはいつもよりも低い位置で撮るとどんな感じになるかを確かめたかったから。しかし盆休みとあって人も多かったし、さらに残念なことにT字路の曲がり角に車を止めるような奴がいて、無用なトラブルに立ち会いたくもなくほかへ移動した。

移動した先はKiさんを含め3人。Kiさんと雑談しながらのんびりと「あけぼの」を迎えることができた。

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1979年3月15日に新子安で撮影した東京機関区のEF58124による回8103列車。
当時の124号機はスノープローにHゴムではない正面窓というスタイルで、それなりに特色ある機関車だった。
ここ新子安は午前中の下り列車を撮るにはなかなか良いポイントで、東京から横浜の間で編成に架線柱などの障害物がかからない数少ない場所だった。後年、グリーン車の帯も消え、124号機もHゴム化されてしまったが、自分が撮影したうち、124号機に関してはこの写真が最も手応えを感じている。

以前も新子安について記事にしたが、そのときのものはこちら

(写真、文 U)

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2013年8月14日 (水)

東京駅進入のロクイチ

9月からこちらのブログを主体に記事をアップしていきたいと思う。どうかよろしくお願いします。

盆休みに入って、「あけぼの」にはもっと双頭機が運用されると予測していたが、どうやらそんな考えは甘かったようだ。現在、6両配置されている長岡のEF64は双頭機の1030が工場入り、一般型の1051号機が故障中(修理は完了しているのかもしれない?)で双頭機2両、一般機2両の4両体制。だから配給運用がなくなる盆の間はもっと双頭機が使われるとふんでいたのだが、実際にはそうではなかった。大雨で3日間、運休した「あけぼの」が再開となってからの初列車が1052で今日が1053でガッカリ。都内の道路も空いていて〝朝練〟にはもってこいの時期だというのに残念だ。先日、いつもより少しだけ撮影ポイントを変えて撮ったアングルが気に入って、そこにしばらく通い詰めようと思っていただけに、出足をくじかれた。

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久しぶりにEF5861の写真をアップする。撮影は1979年12月27日。年末の臨時急行(特急?)「あおもり」用の14系×12の回送で東京駅進入を京浜東北線ホームで迎え撃った。この後、御徒町へ先回りして再度撮影したが、日の入りが早いこの時期、ビルの影が伸びて撮りづらかったことを思い出す。

(写真、文 U)

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2013年8月12日 (月)

EF5853の「銀河」

さあ、お盆休みだ!と思って〝朝練〟三昧の日を迎えようとしていたら大雨の影響で「あけぼの」は3日連続の運休。この列車に乗って古里に帰ろうとしていた人や旅行を計画していた人も多いだろうから影響は多かったはず。秋田新幹線もストップしていたし花輪線も運休で、秋田北部や青森南部に向かう人たちは、どのようにして移動したのだろう?飛行機や長距離バスも予約していないと難しい時期だから、われわれが考えているよりもはるかに大変だったと想像する。そういう方々のことを思おうと、単に撮影できなかったという愚痴を書いても自分勝手なぼやきにすぎないが、やはり残念なことに間違いない。そう遠くないと想像する「あけぼの」の廃止が現実の事態となったらこういう、茫洋と過ごす日々が日常となってしまうのか?そんなことを思うと、そろそろほかに打ち込めるものを(鉄道に限らず)探さなければならない時期に差し掛かっていることを痛感する。

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そんなことを考えながら昔は多少、入れ込んで撮っていたEF5853の写真をアップした。今さらながら告白すると自分はヒサシのない大窓機の中でこの53号機に対する評価が高くなかった。どうしてだか今でも合理的な説明はできないが、それ以上に定期列車では上京しなかった広島や下関の大窓機へのあこがれが強かったのだと推測する。特に広島の69号機は個人的にはロクイチよりも好んでいたかもしれない。パンタグラフがPS22Bになってしまっていて本来の姿ではなくなっていたが、窓の大きさがほかの同タイプの機関車よりも大きく見えたのも一因だろう。
それでも宮原で当時唯一のヒサシのない大窓機である53号機はそこそこ追いかけ回した。「銀河」を牽く姿はほかにも何枚かあるが、下り列車をわざわざ大阪まで追いかけたのはこの写真を撮ったときだけ。乗客を降ろした後の回送列車だが塚本は東京の田町同様、回送シーンを狙うには良い場所だった。その後、30年の時を経て3回目の大阪赴任を経験し、「日本海」の回送を何度かここで撮影したが、こんなに短いレンズを使うことは皆無だった。

(写真、文 U)

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2013年8月11日 (日)

真夏の撮影の思い出 DF50

ついに鉄道写真撮影から離れて8か月を経過してしまった。なんか撮りに行かなければとは思うが、さほど興味を惹く列車もなく、またこの春から業務上やむを得ずゴルフを始めたので週末はなかなか時間が取れない状態が続いていた。

しかし暑い。35度とか37度とか聞くだけでげんなりしてしまう。学生時代に夏休みは周遊券を使って2週間ほどの撮影旅行を2回ほどしたもので、20キロ近い背負子をしょって線路端を何キロも歩き、炎天下の撮影地に一日三脚を立てていたものだ。

猛暑の思い出の場所といえば、瀬野ー八本松や金谷ー菊川などがあったが、紀勢本線もその一つ。まだDF50やキハ81が走っていたころに何回か通った。

写真は1978年8月に紀勢本線の波田須で撮ったもの。この場所、当時は撮影ガイドなどにも載っておらず、沿線をロケハンしながら歩いていたら偶然見つけた場所。とても気に入ってその後何回か行ったが、とにかく暑かった思い出がある。

(写真・文:K.M)

1978年8月紀勢本線 波田須にて DF50の普通客車列車

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2013年8月 8日 (木)

広島のEF58の「被り」

久しぶりに投稿いたします。
こちらにも「被り」写真をデータ化したものがありました。1980年3月頃に田町駅で撮影したカットです。広島のEF58が牽引する団体臨時列車が走るというので出かけたら、一体ヒサシ+小窓の8号機が来ました。
撮影中の様子は全然記憶にないのですが、このようにかなりヤバイ状況になっています。
客車編成がほとんど見えず、つまらない写真なのですが、今となっては113系電車も、横須賀線がまだ総武線と直通せずに東京まで地上を走っていたことも、貴重な記録なんですね。
文・写真:YM

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私が好きな「被り」

暑い中、土日も〝朝練〟に出掛けたTさんには脱帽。まるで高知時代の憂さを晴らしているようだ。たしかに関西の友人にしても、昨今は撮影したい被写体が少なくなっていることを嘆いておられるが、まして高知となったらさらに鉄道撮影の対象には枯渇していたことだろう。しかし、それを差し引いてもTさんの行動力には感服。それに刺激を受けて来週以降、自分も攻勢をかけたい。

それにしても大雨で橋脚が流された山口線の被害は甚大なものらしい。小耳にはさんだ噂によると復旧まで1年近くかかるのではないかとのこと。「SLやまぐち号」はともかく、秋の観光シーズンにも多大な影響が出るのは必至、1日でも早く復旧してほしいものだ。首相の地元だから、少しは早まるかもしれないが…。

さて6日のTさんのお写真を拝見すると、真ん中の南浦和北方の跨線橋からの撮影は非常に良いタイミングだったと感じる。Tさんご自身は被りについて悔やんでいらっしゃるご様子がうかがえるが、こういう写真はきっと何年か経ってみるととても貴重になることだろう。2本の列車が完全に並んでしまっては困るが、主役である列車の大半が写って、その隣の被写界深度内に別の列車が写っているというのは記録写真として懐かしく思えるときが必ずやって来る。自分も昔、ロクイチの団体列車と下りの183系「あまぎ」が東神奈川で交差したシーンを撮ったことがあるが、撮影したときには「クッソ~!」と思ったものだ。リバーサルとモノクロで撮影したが、直後はどちらもプリントするまでもないように感じ、長年お蔵入りしていたのだが、このブログを始める頃になってようやくその価値に気づき、あらためて眺めてみると、これはこれで意味のある瞬間だったと振り返ることができた。そうは言っても183系とE233系では???と、Tさんはおっしゃるかもしれないが、ぜひ長い目でご自身の作品を評価されることを願う次第。この撮影の時だって、きっとここまでじっくり「あけぼの」を引き寄せ、焦らずにシャッターを押したのはまさに年季のなせるワザ。もちろん、そんなこと私ごときに言われなくてもじゅうぶんご承知のこととは思うが、このブログを見ている方の中には、こういう写真を失敗だと思い込んでしまう若いファンがいるのではないかと思い、老婆心からあえて述べさせてもらった。

もう一つ気づいたのは、私もここで何度か撮影したが自分のシャッターチャンスはもっと向こうの、ちょうど京浜東北線の最後部あたり。1400ミリ換算の画角なのだが、それだとこの場合、完全に被られていたはず。この日、ここに行くことも頭をよぎったが、結果的には行かなくて良かった。そんな観察もさせていただきました。

ところでTさん、神保原のロープの件は大変ありがたい情報です。時期的に言えばもう神保原での「あけぼの」はシーズン終了ですが今後、何かのイベント列車や「あけぼの」が遅れた場合、ここを最初から度外視できます。高崎線内随一ともいえるポピュラーなポイントでしたから、なにかあると一応ここで撮ることも検討し、いくつかある撮影地の候補から外すことに踏ん切れませんでしたが、今後はそんなことも考えず、迷うことなく自分の目指す場所に行けます。

最後になりますが来週は前述のように私も足繁く浦和界隈に出没しますので、ご都合が良ければ一度ごゆっくりファミレスでおしゃべりでもいかがでしょうか?楽しみにしております。

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昨今、EF6627が注目されているらしい。今残っている0番台のEF66の中で最も原型に近いスタイルが人気のようだ。そんな風潮に水を差すようなことを言うのは大人げないのを承知した上で、この写真をアップさせていただく。1980年3月30日に山陽本線の嘉川~本由良での撮影。この日の荷物37列車(EF61との重連列車)の前が大窓のEF5869だったのでH氏と撮影した。スロープを下ってくる場所でちょっと長いタマを使って撮りたく、いろいろと検討してここをチョイスした。この貨物列車はその前に来た。
EF66のこういう時代の写真を見てしまうと、どうしても現在のクーラーを載せたスタイルは受け容れがたく、自分の中ではすでにEF66(0番台)は消滅したものと解釈している。

(写真、文 U)

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2013年8月 6日 (火)

先週末の「あけぼの」+黒磯訓練

83日(土)は、双頭機の1032号機の牽引が想定されたので、早起きして高崎線内まで出撃。現地の天気を見ながら場所を決めようと思いながら245分に家を出た。関越を花園で出て岡部近辺に向かうか本庄児玉まで乗って神保原まで行くか迷ったが、何とか天候は良さそうだったので、54日以来の神保原に向かった。現地到着は4時半。ハイシーズンであれば既に何人かの方はスタンバイ完了されている時間帯であるが、先着の方はおひとりだけで、駐車しているクルマは皆無。この段階で何か嫌な予感はしたのだが、とりあえずいつものポール脇に三脚と脚立を立てて場所取り完了。最近日の出の時刻が遅くなっているので確実に明るくなる時間も遅くなっている。少し周囲が明るくなってからカメラをセットしようとすると初めて異変に気付いた。上下線の間に数十センチの高さのロープが張られてしまったのである。最初は暗くて気づかなかったが、これでは全くお話しにならず、急遽岡部まで戻ることとした。家に帰ってから、ある方の先週の28日の画像を見たが、このようなロープは見当たらず、ごく最近張られたものなのか?いずれにしても、大宮駅でのトラブルといい、もし最近のお行儀の悪い一部マニアのために、他の大勢の同業者が肩身の狭い思いをすることになるのであれば、不愉快極まりないものだ。一時的な措置ならよいが、半永久的にロープが張られたままなら、有名撮影地がひとつ消えてしまったことになる。さて、曇ってしまって頭に陽は当たりそうもなかったので、岡部の駅の東側で妥協したものの、何とも神保原の衝撃が頭から離れず、予定通り1032号機であったのだが、構図も平凡なもので、なんだか撮った気がしなかった。84日(日)は、天気も曇りで1052号機の予想であったので、半ばお遊びのつもりで南浦和に。1052号機でコダワリは全く無かったので今回は駅の北側にトライしてみた。(Uさんは、駅の南側にいらっしゃったのですね・・それがわかっていればご挨拶していたのですが。))しかし、雲は厚く露出が上がらないまま、定刻になってしまった。背後の駅のチャイムが鳴り637分発の京浜東北北行の発車音が聞こえるとほぼ同時に前方に「あけぼの」のヘッドライトが見えてしまった。「最悪!」と心の中で叫んだが、京浜東北北行はフルノッチで加速してくれ、何とか「あけぼの」の顏は出したものの、ご覧の通りの悲惨な結果となってしまった。能天気に言えば「離合」と言えないこともないが、何とも中途半端な「被り」で、テンションもガタ落ちでした。今朝は、少し「あけぼの」が早めに来たみたいですね。昨日も今日も、同じ場所ではご一緒された方はゼロでしたが、でもHM付きの「あけぼの」はいいですね。先週のようなお祭りだけではなく、むしろこういう定期列車を地道に撮っておきたいと思っています。オマケは、4日(日)のEF8195牽引の黒磯訓練。順光を想定して別のアングルで撮ることを考えていましたが、にわか雨の後で天候があまり好転せずに、仕方なくお決まりの面白くも何ともないアングルになってしまいました。あと、蛇足ですが、山口線は豪雨の影響で年内のSL運行は全て取りやめのようですね。線路が浮き上がってしまった写真も見ましたが、ダメージは予想以上に大きいようです。一部報道によれば、地福~徳佐間の第4阿武川橋りょう・第5阿武川橋りょう・第6阿武川橋りょうが流出したほか、鍋倉~徳佐間と船平山~津和野間で盛土崩壊や倒木などの被害が発生とのこと。山口線の沿線の方はご自分の敷地を駐車スペースに開放して頂いたり、マニアに好意的な方々が多いとの印象が強いのですが、今回の甚大な被害を思うと心が痛みます。(写真・文:T

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本拠地移転

自分のブログに記したように、諸般の事情から鉄道に関する記事についてのみ、こちらのブログを本拠とさせていただきます。同じ内容が重なることはありますが、あちらのPWの発行についてはかなり制限させていただきますので、同じ記事が被る可能性は少ないと思われ、どうかご理解下さいますようお願いします。実際にPWを設定するのは今月中旬以降にする予定で、それまでの移行措置として同じような写真をアップしていきます。この件についても重ねてお許しを請う次第です。

では早速、先日の115系M40編成による「ホリデー快速鎌倉号」の撮影談を。

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東海道本線から定期の客車列車が消えてから自分の足はもっぱら「あけぼの」や今はなき「北陸」に向けられた。それにつれ、かつてEF58やブルートレインを撮影した東神奈川には足が遠のいたが、ここは今でも手軽に行け、好きな場所であることには変わりない。「富士・はやぶさ」が廃止後も団体やイベントの列車が走るたび、ここを念頭に置いて撮影計画を練ってきた。だから年に1、2回は行くことがあるが、最近はとんとご無沙汰。昨年8月のEF6019による団体列車以来、ちょうど1年ぶりの訪問となった。

そもそも115系という車両はその外観が総武、横須賀線や東海道本線で当たり前のように走っていた111系、113系とうり二つで、あらためてわざわざ撮影に行く機会はなかったが昨今、さすがにここまで国鉄時代の塗装の車両が世代交代して、見かける機会が激減すると気になってくる。昨日、このM40編成がもうすぐ終焉を迎えるとのお話をtoyodakimudanさまから頂戴したが、それまで引退が差し迫った状況だったとはつゆ知らず、ただただ国鉄色の車両、しかも種類が少なくなった貫通扉のある電車にマークが付いていて、それが好きなポイントを走るという観点から撮りに行ったというのが真相で、いわゆる「葬式鉄」のように、あわてふためいて出掛けたわけではない。

お仲間の方々は現役時代、電車などに見向きもしなかった私が今になってこのような電車にさえカメラを向けるようになったのを意外に感じると思われるが、鉄道撮影に復帰して、その面白さを再認識したときに被写体としては最近の車両よりもはるかに魅力があるのは間違いない。けっきょく相対的に撮りたい被写体が少なくなって、今やこんなものでも撮らなければ撮るものがないというのが実態で、どちらかというと車両よりも長いレンズの使える東神奈川で何か撮るものはないかと虎視眈々としていたときに、この列車が設定されたというだけのこと。昔のように好き嫌いの激しい性格に成長はない。

さて、そんな言い訳はともかく、今回もここは700ミリ換算の画角。500ミリに1・4倍のテレコンを装着し撮影したが、カーブに差し掛かる前の直線なら800ミリの方が無駄はなかった。しかし、頭を曲げたシーンまで押さえたく、無理をしないで700ミリで狙うことにした。もちろん長くすればするほど陽炎の不安は高まるということも考慮したのは言うまでもない。
それにしてもシングルアームのパンタグラフ、まるでちょんまげのようでカッコ悪いことこの上ない。EF200などは志村けん演じる「バカ殿様」のようで、青函トンネルを走るED79も前のパンタが上がっている下り列車だと間抜けな印象だ。
それでも国鉄色のまま走っていることに満足し今回の撮影を終了した。

(写真、文 U)

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下段は換算850ミリ。10両編成だとギリギリ。

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2013年8月 4日 (日)

復活したC623

今回は1989年夏に撮影した函館本線のC623をアップする。

C62と言えば今でもウンザリするほど函館本線の「ニセコ」の写真を見かける。国内最大級の特急用蒸気機関車が重連で峠を越える迫力は見たことのない人でも容易に想像できるだろう。かく言う自分は駅で停車中の「ニセコ」しか見ておらず、峠越えの凄さは目の当たりにはしていない。しかし、ある冬、父の出張について行った時に函館本線の雪の中で見たD51による列車の迫力ももの凄かった記憶が鮮明で、それをも凌駕するのだろうから虜になる人たちが多かったのは当然だろう。
ただ個人的にはこのC62という機関車は好みではない。丸みを帯びた太いボイラがなんとなく鈍重なイメージで、実際の速度はほかのSLを上回ったのだろうが太った女性、役者で言えば京塚昌子さんのような印象を抱いていた(誤解されるといけないが、京塚さんのドラマ「肝っ玉母さん」はよく見ていて「ファン」とは言えないものの好感を持っていた)。
ただし模型では別。2号機は天賞堂製と珊瑚のキットを名人に組んでもらった特製品をもっている。好きなC58やD51、C57の横に並べるだけで往時の北海道を思い出せる効果がある。つまり自分にとってC622は実物とは反対に中型機の脇役。したがってこの3号機が復活するというニュースを聞いても全く興味を持つこともなく、わざわざ撮影に行くことなど考えもしなかった。

これを撮ったのは仕事で札幌に行き、1日だけポッカリとスケジュールが空いてしまって、1人でやることがないから時間つぶしのためだった。小樽で止まりを撮影し、目名あたりで上りを撮った後、下りをここ塩谷~蘭島で迎え撃った。さすがにSL現役時代からこの路線の撮影地ガイドや写真はゴロゴロしていたから、どこで撮るのが良いのか判断に迷うことはなかった。A新聞社のTカメラマンとここでパッタリ遭遇したが、彼とはその後も肥薩線の8620、香港の空港(路面電車を撮りに行ったときのこと)、大井町の模型店などでも鉢合わせし、最近も磐越西線や水上で会うから、お互い「相変わらずやってるね~」といったところだ。

いかにC62といどもそこは蒸機。ニコンF3にマニュアルの200~400ミリズームを装着して撮影したが、手ピンでもじゅうぶん合焦でき、36枚撮りを丸々1本使い尽くした。

(写真、文 U)

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2013年8月 1日 (木)

約10時間遅れの「あけぼの」

本日からもう8月。先月の休日出勤の振替休日として急遽休みをとれることになった。「あけぼの」の方は双頭機の1032号機のローテーションが期待できたので早朝から情報収集をしたが、案の定新潟地区の豪雨で下りは長岡、上りは新津で抑止の模様だった。ここのところの毎朝の日課である朝5時からの愛犬の散歩を終え、ゆっくり朝食をとっても運転再開の目途がたっていなかった。今日は、カミさんと有楽町のジムトンプソンまでタイ料理のランチに行く約束をしていたが、いつ「あけぼの」が上ってくるかわからないと気が気ではない。11時前の運転再開であったので、最短でも新津から尾久まで5時間、まあ回送扱いだともっとゆっくり来るのが常なので、尾久17時位と踏んだが、ゆっくり有楽町まで行っている場合ではないので、妻を説得して急遽五香にある以前からトライしたかったタイ料理の店に行先変更をした。本当に久しぶりに食べた、プーバッポンカリーやパッタイなどは、タイ出身の方がやっておられる店だけあって、値段を考えれば十分に堪能できる味だった。今度は、是非電車で来て、シーハビールでも飲みながら、色々なメニューを味わってみたいものだ。さて、大分話は脱線したが、そんなことをしているうちにいい時間になってしまったし、太陽が顏を出して気温が上がりだし、先週末の炎天下の陽炎のトラウマがまだ記憶に新しかったので、比較的短い玉で、しかも俗にワンパと言われる直線狙いのポイントを選択した。夏休み中とはいえ、さすがに平日で、別に世間の方にとってはネタ釜でもないので、部活帰りの地元の学生さんとご一緒にまったりと撮影することができた。陽が斜め後ろに回ってしまったので光線状態は悪かったが、まあ双頭機の1032号機を真昼間に捉えることができたので贅沢は言えない。先日の件があったので、内心、回送扱いだとHMを外してくるかと心配したが、杞憂に終わった。今晩も新潟地区はまた雨が懸念されており、明朝の2022レも定刻には来ないのかもしれない。せっかく、貴重な双頭機連投なのだが・・(写真・文:T

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