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2013年5月

2013年5月30日 (木)

C5833の記録

梅雨入りで暫く「あけぼの」の朝練もお預けになる可能性大なので、私には珍しく過去ネタから。さて、UさんのC5833のお写真を拝見していて、「そう言えば自分も昔C5833を撮っていたよな」と思い、昭和4912月のネガを引っ張り出してみた。やはり、まぎれもなくJNRマークも誇らしげな大雪5号崩れの1527レを牽引するC5833である。恐らく美幌あたりで中学時代の悪友連中と一緒に撮ったもので、高校一年冬の北海道旅行の写真の一部。この時の撮影行は、女満別~呼人で同じく大雪5号崩れを撮ったり、その後湧網線や常紋、深名線や留萌なども回って来たとの記憶がある。この写真も今から考えれば、もっとマシなアングルがあったろうに、若気の至りでもったいない限りだ。当時は、ニコマートFTNを使っていたが、当然モードラなんかなかった時代なので、夢中で手動で連写していた。ちなみに編成の5両目にはオロハネ10の姿も見える。それにしても、当時は古き良き時代だった。(写真・文:T

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2013年5月27日 (月)

今朝も「あけぼの」朝練

25日(土)に双頭機1030号機牽引の「あけぼの」をいい加減なポイントで撮影してしまった後悔の念もあり、今朝は4時半起きして出勤途中に西川口に寄り道してみた。薄雲はあったものの早朝は太陽も元気よく顏を出し意気揚々と家を出たが、常磐線に乗っている間にみるみる雲行きが怪しくなり、京浜東北線で西川口を目指している時には全くのドン曇りになってしまった。書込み情報もなく、本当に1030号機が来てくれるのか疑心暗鬼になったが、その間に何とか奇跡的に雲越しに太陽も見え隠れし、少しは露出を上げることができたのは幸い。いつも西川口でお逢いするKさんも来られ、和気藹藹と撮影することができた。しかし、ホームの端には、前回にはなかった注意書きの看板が掲出され、明確に三脚、脚立、そしてケースに乗ることもダメだしされていた。(まあ、正確に読めば、「注意してください」という記述で「禁止」とは書いていないのだが、そんなことで駅員さんと揉めても大人気ないだろう。最近、何かトラブルでもあったのであろうか。)いつもの通り撮影後に鶯谷まで追いかけたが、同業者は皆無で拍子抜け。(双頭機が入っても世の中ではその程度の認知度なのかと思うと悲しい気もする)今朝はハラハラドキドキのタイミングで横を普電がすり抜けて行ったが、やはり、双頭機が撮れると一日のスタートが気持ち良いものだ。(写真・文:T

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2013年5月26日 (日)

せっせと連日「あけぼの」朝練

最近は、昼間はもう夏と同様のハイコントラストの日差しなので、とても鉄ちゃんをする気にはならない。そうなると、梅雨入りまでで陽の長い今の時期が一年中でも一番朝練し甲斐のある季節ということになろう。そうは言っても、なかなか湿度が少なくカラッと晴れる朝はチャンスが少ないのが現実。しかも、双頭機がその日に来る確率はさらに低くなる。24日(金)は先週末の出勤日の振休であったので、18日(土)から今日まで計5回「あけぼの」朝練に出撃したが、晴れは19日(日)と24日(金)の2回だけ。晴れとなれば、定番構図ではあるが順光となる蕨のSカーブに出掛けたが、この場所も何度となく通っているので、いくら光線が良くても最早双頭機が来ないと自分としては満足はできなくなっている。最近双頭機の登板がかなり少ないので、25日(土)と26日(日)は半ば諦め気味にロケハンを兼ねて高崎線内まで出かけた。しかし、なかなか思うようなポイントには巡り会えず、昨日(25)などは時間切れでどうでもいい構図で妥協したら双頭機の1030号機が来る始末。今朝も、クマギョウまで出掛けたが、ポールが邪魔で長玉はおろか200ズームで何とか手持ちで撮るのがやっとだった。撮影後、岡部近辺まで場所見した上で戻ってきたが、長玉で十分満足できそうなポイントをひとつ確認できたのが唯一の収穫。次回是非チャレンジしたいと思う。(写真・文:T

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2013年5月25日 (土)

ED16の思い出

18機の小世帯だったED16という機関車、昭和50年代は全機が立川機関区(西国立)に集結し青梅線・南武線などの貨物輸送にあたっていた。

首都圏から近いながら飯田線にも似た雰囲気も残る青梅線で、設定本数も多く、なにより小型機ながらも旧型電機の好ましい特徴を良くもったスタイルが好きでよく通った。

また一時期、浜川崎からの5191列車が土曜日の午後にED16の重連になる運用もあって八丁畷あたりでEF58の荷物列車などと絡めて撮りにいったものだ。

そんなED16にも1984年春に終焉の時が訪れ、何回かのサヨナラ運転やイベント列車に充てられた。普段は貨物列車しか担当していなかったがこの時ばかりは12系客車を牽くということで沿線に繰り出したが人出も多く、ヘッドマークが付いてしまったりと、珍しさはあったがあまり興味の湧くものではなかった。

その中でも思い出に残るのは12系牽引のシンプルな姿で品川駅で回送の出発を待つ姿。写真だけ見ているとごく一般の団臨を牽引しているようにも感じられる1コマである。

(写真・文:K.M)

1984年3月 品川駅にて

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2013年5月24日 (金)

律儀なマーク

先日、この夏の臨時列車が発表された。期待してJR東日本のホームページを見たががく然。今年は例年に較べて客車列車の設定が著しく少ない。目立ったのは高崎支社の高崎線開業130年記念号程度。過去2年設定された甲府からの電気機関車牽引列車もSLの重連運転も高崎同時発車も行われない。正直、肩すかしを食らったよう。
まあ、あと数年すればブルートレインなどもなくなって、こういう状況が当たり前となるのだろうが非常に残念だ。

しかし考えようによってはその分、定期列車をしっかり記録にとどめるにはちょうど良かったのかもしれない。臨時列車などにうつつを抜かさず「あけぼの」「北斗星」「カシオペア」などの、毎日運行される定期列車を撮るには、脇目を振るような被写体がない方が好都合。浮気をする相手がいないからカミさんを大事にできるという例えは突飛か?
いずれにしろ北海道まで新幹線が延びたら今のブルトレだってどんな変化がもたらされるか予想もつかないのだから、今こそ定期列車をしっかりと撮っておくべきだろう。

今回アップするのは先日撮影したEF510の流し撮り。
車体側面に付けられた「つなげよう、日本。」の表記に句読点がしっかり入っているのが律儀な印象。こういう場合、句読点など必要なのだろうか。「モーニング娘。」の表記を思い出してしまった。

(写真、文 U)

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2013年5月20日 (月)

秩父のC58に後藤工タイプのデフ

18日の土曜日、秩父鉄道・広瀬川原車両基地で行われた「わくわく鉄道フェスティバル」を見学した。同鉄道のC58363がかつてC5833号機が付けていたものと似た形状をした、後藤工場タイプのデフレクタを付けたからで、この件については自分のブログでも報告するので一部重複をお許し願いたい。

ここ数年、秩父鉄道はさまざまなタイプのデフレクタを準備し、ナンバープレートも現役時代と同じ形式名のないものにするなど、ファンの心をくすぐる演出を続けて来た。今回のデフ交換も現役時代の33号機や、もともとそのデフを付けていた385号機を知っている者にとって心をくすぐられるもので、C58ファンの自分も早い段階から楽しみにしていた。

さて当日、やはり現役時代の蒸気機関車を知っているA氏もわざわざ大阪から奥様と一緒に駆けつけ、自分とともに撮影を楽しんだ。日本一暑いとされる熊谷の日差しは容赦なかったが、そんなことも気にならずフェスタの最後の最後まで現場に残りさまざまな角度からC58363を記録した。
その中で気になったのがスノープローに関すること。かつて363号機は上越線などで走った際には一時的に装着したこともあったが、最近は取り付けた実績がない。おそらくATS車上子の取り付け位置がフロントデッキ下の先輪のすぐそばにあり、その保守の関係でスノープローの常時取り付けが困難なのではないかと推測するのだが、そうすると同じ大宮総合車両センターで復元される239号機はどうなるのだろうといった疑問。
現役時代、C58のATS車上子はテンダーの前後2つの台車間に付けられていたが、模型でもこの狭い空間に取り付けるのは走行性能を阻害するものとして非常に厄介だし、実物でもなるべくならこの狭隘なスペースを避け、363号機ではこのような場所に決められたとも考えるが、雪の多い東北地区を中心に運転される239号機ではスノープローは必需品。かつて山陰地区で見られた観音開き方式のスノープローなどが考慮されるのか、別のアイデアが取り入れられるのか、はたまたAT車上子が現役通りの位置に落ち着くのか大いに関心がある。

自分のブログでC57180の記事などにスノープローの有無について何度も書いているが、これがあるのとないのとでは重々しさが違ってくる。239号機にはぜひとも装着して欲しいが、晩秋と言われる239号機の試運転まで気にかかる問題で、今回の秩父の363号機を眺めながらそんなことを考えていた。

(写真、文 U)

 

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2013年5月19日 (日)

田端機関区撮影会 EF80ゆうづる EF65あけぼの

1984年秋は9月下旬のフルムーンお召しで大いに盛り上がっていた。EF5861も正装で国府津電車区での撮影会などにあらわれた。

そんな中、鉄道記念日の10月14日には東京機関区では恒例のEF5861とEF65にブルトレヘッドマークを付けての展示会があったが、田端機関区ででEF8036に「ゆうづる」、EF651046に「あけぼの」のヘッドマークを付けて展示されていたので掛け持ちで撮影に行った。

華やかな東京機関区での展示と比べ、田端は地味だったがなかなか雰囲気もよく、今となってはこっちのほうが気に入っている。

(写真・文:K.M)

1984年10月14日 田端機関区にて

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2013年5月18日 (土)

今朝の「あけぼの」

先週は、仕事の方もかなり立て込んでおり、会社のキャンペーンが始まったので明日の日曜日も出社予定。したがって、今日だけが休息日なので体を休めることにした。しかし、前日の天気予報によれば朝から天気は晴れマークばかりだったので、「あけぼの」朝練だけはやることにした。ところが、朝起きると東京地方は太陽が出る気配はなく出撃を止めようかとも思ったが、途中から晴れ間が出てくることも期待して久しぶりの北浦和へ。例のタイガーポール(こんな言い方があるのかは知らないが・・)が3月に出現してから初めての北浦和となったが、思った以上に黄色と黒の虎塗り棒はファインダーの中で目立ち、あとで画像処理で消そうかと思ったくらい。残念ながらPさんにはお目にかかれず、また天気の方もご覧の通りドン曇りのISO800、おまけにカマの方も警戒色のクリーム色が汚れた醜い1051号機とトリプルパンチで、さっさと帰宅することにした。すると、帰路の外環も事故渋滞で、越谷経由で下道で帰らざるを得なかった。全くこういう日は外出してもろくなことがないので大人しくしているに限る。(写真・文:T

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2013年5月16日 (木)

14日の1032号機牽引「あけぼの」

Uさんには田端の撮影会の貴重な情報を頂戴し、速攻で申込みました。いつも情報を頂戴するばかりで申し訳ない限り。さて、この週末は所用があり、12日(日)の1032号機牽引の「あけぼの」にも出撃できず涙をのんだこともあって、14日(火)は引き続きループが続くことを祈りつつ、515分に家を出て出勤途中にちょっと寄り道して西川口に出撃した。天候は申し分なく、嬉しいことに予想通り1032号機が来てくれた。お久しぶりに出勤途上のKさんにもお逢いしたが、手際よくムービーに映像を収められていた。あまり会話している時間がなかったのが残念。マンダーラを気にされる方も居るかもしれないが、小生は順光であれば全く気にならず、ホッチキスのない西川口の「あけぼの」に大満足。(ブログで拝見しましたが、Uさんは、浦和のホームにおられたようですね・・)小生はそのままケト南行で鶯谷まで追いかけたが、蒲田行きケト南行と、いつも並走するラビットも先に抜け、すっきりと望遠で頂くことができた。全く早起きした甲斐があったというものだ。ちなみに先週末には、転籍前の会社で同期だったM氏と会社関係の会で再会し、「あけぼの」話しで意気投合することができたのだが、結構同じようなターゲットを追いかけていたことにお互い大変に驚いた。田端の撮影会をはじめ、今後ご一緒できそうな機会が増えそうで大変楽しみです。(写真・文:T

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2013年5月14日 (火)

近鉄のビスタカー

大阪に赴任していた2年間はJRの被写体に事欠くこともあって私鉄電車にも目を向けることが多かった。それ以前にも大阪の地には2回ほどお世話になったが、いずれも私鉄まで目をくれず、今にして思えば悔やみ切れない名車を撮り逃している。そこで3度目の正直とばかりに阪急や京阪を撮ったのだが、それはそれで非常に興味深かった。A氏やHa氏、Hi氏のおかげによるところ大で、私鉄に明るくない自分も心から撮影を楽しむことができた。この場を借りてあらためてお礼申し上げる。

しかし東京に戻るとJRに撮りたい被写体が多く、なかなか私鉄撮影にまで足が向かない。昨年は小田急のロマンスカーなどを撮りに行ったが、それも一過性の行動。無くなるから撮りに行ったという、今の言葉を借りれば「葬式鉄」。その車両に興味があって割いた時間ではなかった。

それが最近、「あけぼの」に双頭連結器のEF64が入る確率が低くなってターゲットが枯渇し、思いつきで東武電車を撮りに行ったところ、どうやら私鉄への関心がまた高まってきた。先日の会社帰りの東急田園都市線撮影も、わずか1時間だけだったがじゅうぶん楽しむことができた。
思うにそれは普段訪れないところで撮り慣れない被写体を撮影するという点に原因があるようで、国鉄やJRの車両とは違った新鮮さを感じた。

古いフィルムを見ると蒸気機関車が現役だった頃はともかく、その後電気機関車やディーゼル機関車を撮るようになってから、私鉄の車両を記録したネガが出て来る。
今回アップするのは有名な近鉄のビスタカー。小学生の頃、父が名古屋に単身赴任していた時に夏休みで訪ねて行くと、鳥羽などへ連れて行ってもらうのによく利用した。当時はまだ関西本線や参宮線に蒸気機関車が走っていたから、貴重なフィルムを消費することはなかったが、後年引退間近になって3連で運転された際、DF50撮影のついでに撮ったもの。場所はたしか近鉄弥富だったように記憶しているが定かではない。何しろどこが良いポイントかも分からず、時間が迫ってしまい慌てて撮影した記憶がある。
せめてこの調子で他の私鉄にも関心を持って接していれば、東武の「けごん」や小田急の初代ロマンスカー、西武のレッドアローなども記録に残せたと思うと口惜しい気持ちになる。

(写真、文 U)

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2013年5月 8日 (水)

EF8195牽引黒磯訓練

GW 終盤の5日と6日は、黒磯訓練に95号機が入ったので、午後の部も出動してきました。こちらは、マンネリ打破はできず、毎度お決まりの場所で。思い切って、蒲須坂あたりまで遠征したかったのですが、遠出する時間的余裕もなくGW中の大渋滞のリスクを考えると、結局近場になってしまいました。まあ、単なる記録ということで・・・足利藤祭りはオマケです。(写真・文:T

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2013年5月 6日 (月)

高崎線内の「あけぼの」3連発

GWも早くも最終日。前半は、お仲間の皆さまとの楽しい宴会もあったが、今年はGW期間中を通して家族最優先で遠出はしなかった。後半戦も家族最優先ではあったが、天気が良かったので近場には出撃することにした。ところが、残念ながら「あけぼの」は、1032号機の運用が外れてガッカリ。特に4日(土)は、神保原まで遠征したが1052号機が来て最悪だった。まあ、これにメゲず、カマ番は気にせず、撮影地新規開拓のつもりで3日連続で早起きし、高崎線内で「あけぼの」を迎え撃つことにした。いずれも、以前から気になっていた場所であったが、カーブに差し掛かる場所のアウトカーブ側なので、当然全くの敷地外の立ち位置から撮影しているものの、長玉で圧縮するとかなり正面がちの画角で狙えたのは目論見通り。敢えて順光側ではなく、編成には陽が当たらない場所を選択したが、早朝の清々しい空気の中、頭に朝陽を浴びた「あけぼの」は、一般機であってもまあそれなりに凛々しく見えた。Uさんも色々な画角を試行されているが、マンネリ打破はそう簡単ではないことを改めて痛感した。(写真・文:T

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2013年5月 1日 (水)

臨時「鳥海」に行って来ました

ゴールデンウイークの前半、列車撮影のために山形まで行って来た。詳しくはこちらのブログに報告したが、EF81牽引の「ニコニコ超会議号」とその編成を使用した臨時のブルートレイン「鳥海」がターゲットだった。

「ニコニコ超会議号」の方は半分、お遊び的な被写体で、上野から青森へ向けて運転された「鳥海」の方が本命。何しろ鉄道撮影を中断していた時期に登場して消えて行ったブルトレだから撮ったことがない。それが編成こそ短いものの当時のヘッドマークを付けて走るのだから、自ずとこちらの列車の方がメインとなるのは当然だ。大阪から駆けつけたHa氏とともに山形県の鶴岡付近に狙いを定めて車で1泊2日の日程をこなした。
結果的には天気が今ひとつだったが、そこはデジタルカメラの強みが生きて、フィルム時代のような悲惨な結果を招くようなことはなかったから満足だった。

本当は「鳥海」撮影後、もう1日日程を延ばして北上し、翌日の「あけぼの」や臨時の583系なども欲張りたかったが、28日の夜には1年ぶりのお仲間の方々との宴会もあり、長年の友人たちとの顔合わせと「あけぼの」を天秤に掛けた結果、酒席を優先させることとした。自分もいい年になり、せっかく関西から帰ってきているH氏や、同じく大阪、京都からいらしたA氏やHi氏と旧交を温めるチャンスを大事にしたい。趣味のお仲間たちとは仕事を離れて何の利害もなく心おきなくうまい酒が飲める。趣味界の先輩であるI氏もいらして密度の高い時間を過ごすことができたから、東北での「あけぼの」撮影に未練は残っていない。いずれ別の機会を作ることにしよう。

さてその「鳥海」、結果は自分のブログに掲載するとして、1983年10月5日に上越線の津久田で撮った電車時代のモノクロが出てきた。群馬国体でEF5861によるお召し列車が設定され、その訓練を撮りに行ったときのものだ。実は結婚式を挙げてから3日後のことで、新婚ホヤホヤの身ながら新妻を放っておいて鉄道撮影しているのだから不届きもよいところ。
電車にあまり興味のない自分でも、これだけ長い編成だとなかなか見応えを感じる。

(写真、文 U)

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