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2013年4月 3日 (水)

私も東急の7000系を!

お仲間のお宝画像を見て直後に同じ車両の画像をアップするのは猿まねのようで甚だ申し訳ないとともにお恥ずかしいが、K・M氏と違いネガのスキャンを滅多にしない当方としては、たまたまこの写真を取り込んでいたのでお許し願いたい。

これは1977年11月に東急東横線・大倉山付近で撮影したもの。EF58撮影の帰りに親戚の家に遊びに行って、時間があったのとフィルムが余ったので撮ったカット。たしかステンレスの6000系が久しぶりに東横線で運転されていたのを見かけ、滅多に私鉄を撮らない自分の重い腰が上がったのだろう。
もとより自分もこの東横線には長いことお世話になり、さまざまなステンレス車にあこがれた記憶がある。特にこの7000系は貫通扉もありDF50やEF64などにも通じるスタイルで好感を持っていた。また当時、日産が開発した初代シルビアの品の良いフロントマスクを思わせるような印象を抱いていたことも鮮明に覚えている。

小学生の時、通学で急行に乗ると一番前で運転席のスピードメーターを見て100キロを超えると友達と喜んだ記憶もある。とりわけ学芸大学~自由が丘は高速で走ることもあり、ここが一番の見どころだった(東横線内で最も速度が出るのは日吉~綱島だったが、この区間は通学時には通らなかった)。なぜか7051編成は毎回100キロをオーバーして、この車両が一番調子が良いのだと、幼い自分たちは勝手に判断していたものだった。
後年、7200系が登場。7000系よりも複雑なフロントマスクをして、これもなかなかスタイリッシュに感じたが、自分にとってのベストはやはり7000系であることに揺るぎはなかった。

今回アップするのはたまたまY・M氏がアップしたのと同じ7000系の初期型。外観で分かるように側窓の下部に保護棒が設けられているのと、正面の車番が小さい文字なのが大きな特徴。車内も量産車とは異なり、ピンク系の化粧板だったが側窓保護帽が撤去されたころに量産車と同様なものに取り替えられた記憶が残っている。いずれにしても当時、最も幅をきかせていた下ぶくれの名車5000系に較べると、非常に洗練された車両に見えたものだ。
昨年。池上線90周年を記念して7000系から改装された7700系が、元のスタイルに近い姿に戻された。喜んで撮影に行ってはみたが編成が短いのと、池上線に好ましい撮影ポイントが見当たらないことに、いささかガッカリさせられたが、まだ走っている?のなら日曜日の午後に軽装備で再訪してみたい。

鉄道撮影に復帰するきっかけのひとつに2008年1月に行われた8000系のサヨナラ運転がある。通勤途中にこの予告を見て、久しぶりにカメラを持ち出し、かつて撮影したことのある、ここ大倉山に行ったら線路脇に防音壁が出来ていて、この辺りの風景も大きく変わったのに驚かされた。

(写真、文 U)

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コメント

ブレーキディスクが外側にある台車や、屋根上の台形の通風器が見えるアングルなのがいいです。
この2点、7000系の特徴として重要な部分なのですが、7700系への更新で台車交換、冷房化されてしまいます。
また、両開きドアの窓ガラスがHゴムで支持されているのも7000系初期車の特徴ですね。この写真を撮影されてから間もなく、後期車と同じ金属枠支持のドアに交換されたのではないでしょうか。

投稿: YM | 2013年4月 4日 (木) 16時58分

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