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2013年4月22日 (月)

JR西日本のキハ181系

発作的とでも言うのだろうか、まったく発作的にキハ181系の写真が見たくなってこの前の大阪赴任時代に撮影したときの画像をあらためて見た。「はまかぜ」が竹田に停車するのを記念してヘッドマークを取り付けるというニュースも手伝ったのかもしれない。

よく撮影した被写体は、住んでいた新大阪から手軽に行けた北方貨物線での「日本海」の回送。数えたことはないがずいぶん撮影したものだ。次いで赴任当初によく撮ったのが引退間近のEF65一般型貨物。これも北方貨物線での撮影が圧倒的。
キハ181系は運転区間が大阪よりも西側だったし、向日町からの回送は「日本海」と掛け持ちするには不便な時間だったから、最後の最後になって通う程度だった。したがって播但線や山陰線では全く撮影しておらず、今になってみるといささか悔いは残る。テリトリーでもあった北方貨物線には、塚本側から入線することがなく、そういう意味でも「日本海」やEF65に比較すると撮影機会は少なかったが、まあ数回は自分の好きな長ダマで撮れたから良しとしている。

今、当時の画像を見ると、ツベコベとケチを付けていたJR西日本の車体色もかつてほど違和感を覚えなくなったが不思議。大阪にいた頃は実に地味な印象で、これを採用したJR西のセンスを小馬鹿にしていたものだが、時間の経過とともに受け容れられるようになった。
キハ181の場合、走って来るシーンを撮った後、振り向いて過ぎ去るシーンを撮ろうと欲張っても排煙が残って画像がもやったり、オートフォーカスでのピント合わせができず、カット数を稼ぐことができなかった。なかなか手強い被写体でもあったのだ。
甲南山手、尼崎、さくら夙川、塚本などで撮ることがほとんどだったが、「日本海」と違って1日に何本も設定されていたのだから、もう少しカット数が残っていると思ったら案外そうでもなかった。

今回アップした上の写真は尼崎のホームから撮影したもので1000ミリほどの画角になる。下は言わずと知れた塚本で600ミリ。
キハ181の中には幌枠が黒っぽいものと、そうでないものがあったが個人的にはこのように黒っぽい車両の方が厳ついイメージがあって好きだった。
引退後、海外に譲渡されたものもあるが、かつて全国的に広く使われていた車両だけに、もうその姿を見ることができないと思うと今さらながら寂しさを感じる。

(写真、文 U)

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※大阪時代の写真を見ていたら、画像処理がいささか稚拙なのもの多く今後少しずつ再補整してこちらにアップしていきたい。

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