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2012年12月

2012年12月31日 (月)

「あけぼの」大晦日撮り納め

今年は高知から東京に戻ってきたり、仕事の面でも全く新しい部門に異動になったり、色々とありましたが、東京に戻った割には撮影の回数はあまり多くはなく、なかなか満足のいく写真も残せなかったように思います。その中でUさんには、度々お付き合いいただき、面倒くさがりの自分の背中を押していただいたような気がします。現地では何度かお仲間の方々ともお逢いする機会はありましたが、関西のお仲間とはなかなかご一緒できる機会がなかったことが残念です。さて、仕事は28日(金)が仕事納めのはずだったのですが、高校・大学の先輩にあたる方が57歳で急逝され、その葬儀が実質的な仕事納めとなりました。まだまだ人生これからという御歳であり、さぞや無念であったろうと何とも重苦しい気持ちで一杯になりましたが、翻って自分はこうして健康で居られることに感謝しつつ、悔いの残る人生は送りたくはないので、大晦日も朝練に出かけることにしました。天気予報は6時から晴れのマークでしたが、またもや大外れのドン曇り。おまけに小雨もパラつく始末。先般は無理をしてISO感度を上げて走行写真にトライし、ザラザラの写真を撮って失敗したので、今朝は学習効果を狙って珍しく大宮でのバルブをすることに。周囲が明るくなってはバルブではなく、ただの駅撮り停車写真になってしまうので、逆に言えばバルブに適した時期はこの時期しかないと思った次第。しかし、駅撮りなんかするものではないですね。色んな意味で不快な思いをすることに・・おまけに手前のホームの宇都宮線上り電車が10分遅延で入線し、危うく被る寸前。ろくにセットアップする余裕もなくまたまた完成度の低い写真で年内の撮り納めとなりました。さて、来年こそは実りの多い年にしたいものです。皆さま、どうか良いお年をお迎えくださいませ。(写真・文:T

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2012年12月30日 (日)

年末のEF57牽引、臨時「あけぼの」

このところJR東日本にたった1編成だけ残った国鉄色の583系が、臨時の「津軽」「はくつる」「あけぼの」などに使用され注目を浴びている。29日の「あけぼの81号」などは上野や大宮には大勢のファンが集まったらしい。自分もちょうど午後7時過ぎに仕事が終わったので、上野駅にでも立ち寄ってみようかと思ったが、大騒ぎになっているだろうと思って遠慮した。
しかし年末の上野駅に多くのファンが跋扈するのは今に始まったことではない。むしろ最近は在来線の特急が減ってファンの姿は減っているくらいだから、今回の臨時「あけぼの」はかつての賑わいをほうふつさせた感もある。

まだ東北新幹線が開通していない頃の上野駅は年末になると様々な臨時列車が増発され、次から次へとEF57や58などに牽かれた客車列車が北へ向かって行った。中には上野駅が満杯で品川から出る列車もあったくらい、その密度は高かったことを思い出す。

「八甲田」「津軽」「はくつる」「あけぼの」「つばさ」「十和田」などには51号という数字が与えられた臨時列車が増発され、EF57人気もあって年末の上野駅は除夜の鐘がなる頃までファンの姿が絶えなかった。

今回アップするのはEF57牽引の14系使用の9003列車「あけぼの51号」。まめに記録を取らない自分にしては珍しく1976年12月26日、上野駅18番線で撮影したとある。つまりEF57が臨時とはいえ特急列車牽引に当たったわけだ。
寝台車使用ではないから、20系使用の急行「新星」よりも格落ちのように見えるが、これでも正真正銘の特急列車だった。

年末を迎えるたびに当時の上野駅の活況を思い出す。
来年もよろしくお願いします。

(写真、文 U)

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品川駅の列車案内板


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2012年12月28日 (金)

苦手な作業

2012年もあとわずか。今年もいろいろと鉄道撮影に出かけた。2年間の大阪勤務を終えてこちらに戻ったら、やはり撮りたい被写体は多かった。「あけぼの」はもちろんだし、磐越西線のC57180や583系電車、それにいろいろと運転された各種臨時列車など、やはりJR東日本はネタが豊富だ。高校や大学生時代よりも撮影頻度が高くなったのではないかとすら感じる、

半面、模型やネガの整理などにかける時間が少なかった。模型店などにはこの1年、ムサシノモデルと珊瑚模型に2回ずつ、原宿と大井町のイモンにそれぞれ1回の計6回しか行っていない。模型自体は5両ほど買ったが、ナンバープレートを付けるなどの軽作業程度しか行わなず、あとはブログ用に写真を撮影しただけだ。
ネガの整理もほとんど進まない。K・M氏のようにまめにやりたいところだが、スキャンする時間がじれったく好きな作業ではないから、ブログにアップするネタに困り出さないと着手しない。一度に35ミリフィルム36枚を2、3分で手早くきれいに取り込めるスキャナーはできないものだろうか。本当はデジタルのデータにしておきたい画像はそこそこあるのに、どうしてもそういう作業を頻繁に行う気力が湧かない。
いずれブルトレが無くなって撮影に行く機会が減ったら、否が応でも模型いじりやネガの取り込み作業に費やす時間が作れるだろうと安穏としている始末だ。

このブログも開設してから足かけ5年に入る。寄稿してくださる方も3、4名に限られるようになったが、まだまだ懐かしく、そして珍しいネガを豊富にお持ちの方たちだ。画像のデジタル化をさぼっている自分としては偉そうなことは言えないが、今後も面白い写真が掲載されることだろう。

(写真、文 U)

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1972年2月 長万部機関区

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2012年12月24日 (月)

東京都心の非電化区間を走るDD51貨物列車

今年も残すところあと1週間、振り返ると「撮影趣味」的には不作の部類の年で、年間撮影日数も久しぶりに50日を下回るのが確実になっている。鉄道撮影の遠征は7月の福島C61のみ。飛行機も海外は行かずにもっぱら成田と羽田で用を済ませていた。

一番力が入ったのがフィルムのスキャン作業。特に今年後半は職場が変わって休日に疲労回復のため在宅することが多かったので、かなりはかどった。

ブローニと35ミリのネガは全てデジタル化し、今は残る35ミリポジも1991年まできた。ただし1992~2004年までのポジの本数が2500本あるので、作業完了までどんなに短く見積もってもあと3年はかかりそう。

今日スキャンしていて「こんなのあったんだ」というのがこの小名木川貨物線のDD51。当時は亀戸に住んでいたが、天気の思わしくない土曜日に何回か撮った程度で、今となってはもう少し色々なアングルで撮っておけば良かったと悔やまれる。なにしろこの撮影地まで徒歩数分だったので。。。

(写真・文:K.M)

1991年6月1日 亀戸付近にて

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2012年12月23日 (日)

「1030号機牽引あけぼの」

一昨日の「あけぼの」運用に双頭機の1030号機が入ったとのことだったので、一応出撃体制で就寝したものの、5時頃の空は曇り空で寒風が吹いていた。「あれ、今日は朝から快晴じゃなかったの?」と、またまた外れた天気予報を恨みつつ、家を出た。6時になっても6時半になっても一向に明るくならないまま、仕方なくカメラを出したが、ISO3200でも全然アンダー。思わず帰ろうかと思ったが、掲示板を見ると何と1030号機が牽引とのこと。ダメ元で三脚をセットしたが、とてもカメラを振れる構図ではない。仕方なくISO32001/2505.6開放というヤケクソの露出で挑むことにした。すると、やや早着気味だったのか、非常にゆっくりとした速度で「あけぼの」のライトが見えたので、急遽ISO16001/160に修正して撮ったが、やはり真っ暗だし、お肌荒れ荒れ。まあ、それでもこの時期に双頭機の「あけぼの」が撮れただけよしとしますか。推回の時間になってもギラリどころか露出も大して上がらず、ひたすら寝台特急の雰囲気を体全体で味わった。Pさんはじめ他のブログを拝見しても、果敢に出撃された同士の方々が大勢おられたようで、心強い限りです。皆さま、お寒いなかお疲れさまでした!また、到底ブログに載せられるような写真ではないのですが、自己満足の世界にお付き合い頂ければ幸甚です。(写真・文:T

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2012年12月22日 (土)

ロクイチ@有楽町

自分としては久しぶりのロクイチの写真。記録には1980年8月16日の回6314列車とある。
当時、主力のカメラだったペンタックスの6×7で撮影したが、走行シーンを手持ちで、しかもタテで撮るというのはカメラの大きさやレリーズ時のミラーショックから考えると無謀だったという他はない。そういう意味では併用していた同じブローニーフィルムを使用するブロニカのECーTLの方が、クイックリターンミラーのショックは大きいものの、ウエストレベルで構えられたからブレの危険度は低かっただろう。とにかくペンタ67をタテで使って走行シーンを撮った画像はほかに見当たらない。
言い方を変えれば、当時はそれほどEF5861を見る機会は頻繁で、取り損なっても「次があるさ!」という気安さもあったのだろう。特にこういう写真は自分の〝芸風〟ではない街並みを記録するような風景写真とも言えるもので、デートか何かの合間にたまたまロクイチが来るからと、時間を割いて交通会館の屋上で「押さえた」ものだったと記憶している。

今でも交通会館は存在するが、周囲の様相はもう少しお洒落になって、新幹線を見ながら食事ができるレストランなどもできている。
山手線などほかに列車は写っていないが、今にして思えば手前に新幹線の0系などが走っていてくれたら良かったなど勝手なことを考えてしまう。

(写真、文 U)

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2012年12月20日 (木)

ED75のお座敷列車

このところ近場でポツポツと鉄道撮影をしているが、年齢を重ねて寒さは応えるようになった。数年前まではスキーにはまっていて一冬に3、4回、多いときには8回行ったシーズンもあるが、今ではとてもそんな気になれない。たとえ行ったとしても数本滑って、後は温泉にでも浸かって酒を飲んでいるのが関の山だろう。

古いネガを見ていたらまだスキーを始める前に行った雪中撮影の記録が出てきた。1980年の今ごろ、ED7569の牽くお座敷列車を撮りに行ったときのものだ。
南福島の有名撮影地へHo氏と行ったときのもので、午後の上り列車だからもちろん順光を期待して行ったのだが、結果はご覧の通りの降雪。雲が厚く周辺は暗く、とてもカラー撮影どころではなかった。本来はもっと南の黒磯付近で撮ろうかと思っていたのが、何を考えたのか急に北上して名撮影地で写そうと方針転換。おかげで革靴のままの雪中撮影となってしまった。
雪さえ降らなければもっと長いレンズを使用したかったのに、雪が舞うおかげで近距離からの撮影を余儀なくされ、消化不良の結果となってしまった。

それにしても防寒対策などもせずにいきなりこんな寒い場所に行こうと考えるだけの若さ(愚かさ?)があった時代が懐かしい。撮影後、駅へ戻る時には靴の中はずぶ濡れ。帰りの列車の中で靴下を脱いで乾かしたことを思い出す。

(写真、文 U)

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2012年12月17日 (月)

C58239復活に伴う新たな噂

前回のTさんの記事にあるように私も「あけぼの」撮りたい!
今年の秋以降、双頭連結器のEF64が充当されることが希有になり、重い腰が上がらないでいるうちにとうとう年の瀬になってしまった。この冬は雪をまとった「あけぼの」に焦点を合わせ、天気図を見ながら寒気団が南下するの心待ちにしていたが、肝心の牽引機に双頭機が入らないという困った事態になっている。1031号機が全般検査で工場に入り、1032号機の不調が噂されているから、残った1030号機は不測の事態に備えて「あけぼの」運用から外されているらしい。せっかく策を弄して北浦和の旧ラオックスカーブの雑草を除去してもらったというのに、とんだ誤算が生じてしまった。年末になれば配給列車の運用は減るか途絶えるはずだから、虎の子の1両である1030号機の登板も期待したいが、果たしてこちらの勝手な願いは実現するかどうか。
ともかくTさん、そしてPIKAさんをはじめとする北浦和のご常連諸兄、年末はまた現地で再会できることを楽しみにしております。

さて話は飛ぶが来年度の冬以降、東北でC58239が復活する。釜石線を中心に年間80日ほどの走行が予定されているようだが、このC58239の復活時期についてさまざまな憶測が飛び交っている。「来年度の冬以降」という表現がいつになるのか?2013年度の冬なのか2014年度の春になるのか?、あるいは来年の暮れには試運転ができるのか?皆、復活を楽しみにしているゆえの想像なのだろうが、いかにしっかりメンテナンスされていた機関車とはいえ廃車後40年も屋外に置かれていたのだから、想定外の腐食や部品の欠損なども考えられる。JR東日本としても復活時期をガチガチに固めてしまうのは難しいのではないだろうか。いろいろなブログやJR東のプレスリリースなどから考えると、2013年暮れあたりに復元工事が終了すると思われるのだが今後、作業が進む中で少しずつはっきりした時期が定まってくると考えるのが妥当だろう。
しかし唯一はっきりしているのは、どんなに遅くなっても再来年の3月11日(つまり東日本大震災が発生した日)には、間違いなく釜石線での営業運転が行われるはず。復興のシンボルとしての役目も担っている事業だけに、この日より遅れることはまずあり得ない。最も遅い場合でも、この日を基準に考えれば試運転が始まる時期は想像できる。
いずれにしても次の冬は着雪の「あけぼの」狙いから岩手・釜石方面へと行動範囲が広まるのは間違いなさそうだ。

もうひとつ、このC58の復元に伴った噂の中で、かなり信憑性の高いニュースとして聞いたのが予備機の復元。要するにC58が復活した後、JR東はもう1両、予備的にSLを復元させるらしい。これはC58が故障した時の予備なのか、あるいは釜石線以外の路線に出張した際の代打なのかは不明だが、ともかくそんな話を耳にした。機種は東北地方のローカル線で使用されていた機関車らしく、そうなると候補は会津、只見、日中、大湊、左沢、阿仁合線などで活躍したC11、あるいは五能、花輪線で走っていた8620あたりが有力なのではないだろうかと予想するのが普通だが、この2形式はすでに他のJRや私鉄にも存在する。特にC11はJR北海道、真岡、大井川鉄道などですでに4、5両が活躍中。いささか食傷気味でもあるから米坂、長井、磐越東線で使われた9600なら目新しい。実際、東北~関東にかけて同じ大正時代の8620よりも保存状態の良さそうな個体が多そうなのは強味でもある。個人的にはもう1両、C58を復活させて同形式どうしの重連運転を見てみたいものだが、何はともあれこの件に関しても様々な想像をめぐらせるのはファンならではの楽しみの一つになる。大いに期待したい。

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今回アップするのは1987年秋に花輪線で撮影したDE10重連の盛岡のお座敷列車。社会人になって1回目の大阪転勤から戻り、紅葉を見に奥入瀬へ行った時に撮影した。先頭が1111号機というのも今にして思えば懐かしいが、この花輪線は釜石線よりも景色の良い路線で、至る所撮影ポイントだらけだったことを思い出す。

(写真、文 U)

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2012年12月12日 (水)

「あけぼの」撮りたい!

いつまでも失敗作を晒しているのも心苦しいので、9月30日に撮った同じ1053号機の「あけぼの」画像で上書きします。今季最後に「あけぼの」を撮ったのが10月16日で、かれこれ2ヶ月近くご無沙汰しており、いい加減禁断症状が出ている感じです。ましてや、双頭機の「あけぼの」となると7月30日の1032号機から実に約4か月半のご無沙汰。トホホ・・北浦和で着雪という贅沢は言わないので、嗚呼、双頭機の「あけぼの」撮りたい!(写真・文:T)

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2012年12月 9日 (日)

「あおもり」号撮影行

金曜日は仕事で出撃できなかったが、丁度いい時間帯に24系団臨が走るのでUさんと共にかなり期待をしていた。しかも、金曜日の牽引機は何と双頭機の1030号機でヘッドマークも一応無難なものであったので、さらに期待は高まった。爆弾低気圧の影響でウヤないしかなりの遅延も想定されていたが、一応所定時刻に合わせて315分起床で345分に自宅を出て神保原を目指した。この場所は夏の時期にUさんも相当嫌な思いをされたように、官憲の出没が頻繁に報告され躊躇したが、時間を考えても光線を考えても、どうしてもこの場所がベストに思えたので、Uさんには我儘を言わせて頂いてこの場所を自分としての行先に定めた。また、助平心を吐露すると圏央道を使って短絡すれば楽勝で鳥沢や裏高尾あたりには間に合う計算でもあり、ダメ元で5時半過ぎに現着した。当然まだ真っ暗で夜明けの気配すらなかったが、すでに先客の方がおられ駐車位置等についてアドバイス頂いた。何とか普段の立ち位置は確保できたが、先客の方に伺うと「あけぼの」は所定で通過したとのこと。その間にUさんは高崎以北のポイントに到着されたようであったが、2人とも相応の遅延を想定していただけに、ちょっと意外であった。目論見通り太陽は順光側の正面から顏を出し、7時前に通過した8760レの時にはすでにエロ光線になっていた。しかし、肝心の「あおもり」号では、痛恨のミスを犯してしまって、正直かなり凹んでいる。エロ光線は良かったが、架線柱の影が丁度撮影ポイントのあたりに出ていて、パンタや架線柱の位置の観点からも、連写した11コマ中満足できるコマは1コマもないという大失態を演じた。今回も貴重な情報を頂戴したUさんとMさんへのご報告の意味で写真は一応アップするものの、ブログに載せるには大変お恥ずかしい代物だ。1053号機でヘッドマークなしということでそもそもテンションは下がっていたが、エロ光線の中でも今季初の着雪だったなか、大いに落胆し中央線への追いかけの元気も失せて、自宅に帰って愛犬とのウオーキングで気持ちを紛らわせた。まだまだ全然修行が足りないことを実感した日であった。UさんMさん今回も情報ありがとうございました。(写真・文:T

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2012年12月 3日 (月)

DD51重連の北斗星

もはや風前の灯となったブルトレ。本当に青いブルトレは北斗星とあけぼのだけだなんて今でも信じ難い衰退状況である。

その北斗星も走り始めのころはローズピンクのEF81から青函経由で赤いDD51に引き継がれていた。この写真はC62を撮りにいったついでに撮ったもの。当時は青いDD51のほうが珍しく、赤の重連で来たときには正直ガッカリしたものだが、いまからすると赤2両の正統派DD51重連のほうが貴重になってしまっている。

(写真・文:K.M)

1988年6月 長万部にて

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2012年12月 2日 (日)

EF5861のサロンエクスプレスそよかぜ

11月は業務多忙で本ブログへの参加も滞り気味になってしまった。久しく鉄道の撮影にも行っておらず、本日未明のクロ157の送り込みなどもパスしてしまった。

久しぶりにブログタイトルどりにロクイチのネタをご紹介しようと思う。この30数年ロクイチを追いかけていた中で、何回か空白期間が発生している。新潟(高田市)と海外に居た期間、1985年から1990年と1994年から1998年である。さすがに海外勤務時代はロクイチのために帰国することはできず、両毛線のお召は涙を呑むことになった。

しかし新潟時代は年に数回は撮影機会もあり、中でも帰省途中に撮れる高崎・上越線での運転は重宝した。ゴールデン・ウィークなどは往復ともサロンエクスプレスそよかぜ等のEF5861充当状況をみながら実家にもどっていた。しかも高速道路は往復とも渋滞と反対方面に走れる利点もあった。写真は1988年GWのもの。

(写真・文:K.M)

1988年5月1日 9041列車 岡部にて

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