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2012年10月

2012年10月31日 (水)

女性同伴なら…

いきなりの話で恐縮だが結婚後、妻ではない女性を同行して趣味活動をしているうらやましい人は確実に存在する。しかしお願いだから気を遣っていただきたいことがあるというお話。今回はそんなことを記すこととする。この夏のこと…。

7月、ある有名撮影地で自分と同じぐらいの年齢の男性が女性と共に三脚をセットし「あけぼの」を撮影していた。朝も早くから奥さん同伴でほほえましく感じていたが、2人が話しながら再生しているデジタルカメラのモニター画面に映し出されているのはその女性のヌード写真。たまたま見えたのだが、なにぶんアップ系の写真が多いから近眼で乱視の自分でもその場にいた女性の姿だと分かってしまう。もれ伝わる会話を聞いているとどうやら奥さんではない女性だったようで、前の晩どこかのホテルで一戦交えたときに撮ったエロ写真だったらしい。
浦和方面の国道沿いにはラブホテルも多いから、その辺で夜を過ごし、〝夜練〟から〝朝練〟にしけ込んだカップルのようだが生々しさが満ち満ちしたお二人だった。
しかし普通だったらこちらもうらやましくなるのだが、幸いと言うべきか残念と言うべきか、とにかく女性がかわいそうなくらいの悪相。裸になりゃ男なんぞバカだから、メス豚にでもありつくかもしれないが、そんなお相手を有名撮影地に連れて来るとはどういう了見なのか。噛んでいるガムはその辺にはき出すし、ブラウスの襟は立ったまま、スニーカーのかかとは踏んづけられ、身なりからしても醜悪。おまけに話していることはブルトレの中でコトに及んだときの昔話。

少なくとも鉄道ファンというものは被写体に対するこだわりは人一倍のはず。あの車両がかっこ良いだとか悪いだとか。浅はかだけど美醜や笑顔が女性を判断するひとつの材料になり得るのは間違いない。そんな集団がたむろするところに朝も早よからイカ臭い、しかも決してうら嫉妬心も起きないような風体の女性を連れてくる男の感覚、迷惑以外の何ものでもなかった。

女性同伴は大いにけっこう。大歓迎。むさ苦しい男性ファンが集まる中にある種の潤いをもたらす。しかし申し訳ないけれど家族以外の女性を同伴するなら、それ相応の方にしてもらいたいと、このときばかりは切に願った。

今回は1985年の筑波博の際のお召し

(写真、文 U)

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2012年10月23日 (火)

ひたちなか海浜鉄道撮影行のおまけ編

21日のひたちなか海浜鉄道の2004+2005の旧型2連は、それだけでも十分に魅力的だったが、ついでに撮ったおまけ編をアップさせていただきます。まずは、朝方の旧型2連を待っている最中に爆音を轟かせて低空を編隊飛行していた百里基地の戦闘機たち。あとで知ったのだが、当日は百里基地の航空祭が開催されていたようで、門外漢ながらついついカメラを向けてしまった次第。次にアップするのは、当日走っていた「納豆列車」。Uさんの撮られた「伊勢海老列車」といい勝負かも。そして、午前の午後の順光の入れ替わりの時間帯に、ちょっと寄り道して東海~佐和の有名カーブで撮った安中貨物。514号機は綺麗なカマであったが、そう言えば先週ワシクリで「北斗星」を牽引していたっけ。それにしても安中貨物の前に来たスーパーひたちのE657系はどう見ても宇宙人の顏にしか見えない。E655系の顏同様、全く好きになれない面構えだし、グロテスクな感さえするが、そのうち目が慣れる日来るのであろうか。(写真・文:T

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2012年10月21日 (日)

ひたちなか海浜鉄道 2004+2005

 

今日はやはり、ひたちなか海浜鉄道にお邪魔することにした。200420052連で運転されるとあり、天気も良さそうだったので、ほぼ2ヶ月ぶりの訪問となった。準急色の2004とホロ付きの2005は留萌鉄道からの兄弟でありながら、それぞれの個性があってなかなか魅力的だ。トンボ返りのつもりで出掛けたが、光線の関係で2005方が順光になるのが午前中、2004方が順光になるのが午後からとあって、天気が良かった分、結局滞在時間もそれなりに長くなってしまった。222の運転された826日に比べれば人出は少なく、焦ることもなくまったりと撮影を楽しむことができた。この鉄道は、いつ訪れても、のんびりした雰囲気で迎えてくれ、ついついまた来たくなってしまう温かみがある。(写真・文:T

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2012年10月20日 (土)

田端運転所撮影会

Uさんのご厚意により、今日は田端運転所の撮影会にご一緒させていただいた。当然EF8195も並ぶものと思っていたが、意に反して75レに充当されたらしく、常磐快速で亀有辺りですれ違った。しかしながら、5台の真っ赤なEF81が整然と並んだ姿は壮観だった。しかも、さすがに田端のカマは手入れもよく、どの機関車も美しいヘッドマークを掲げとても誇らしげだった。天候も素晴らしく、また人数限定で結構まったりと撮影できたので、お蔭さまで楽しい撮影会でした。5台並びは広角系にせざるをえなかったが、そそくさと白レンズを取り出してしまうところは場をわきまえずやはり病気のようだ。先週末以来、EF81 三昧が続いているが、EF510がとっくに配置されていることを考えれば、このような並びがあること自体奇跡のよう。まあ、参加費の金額や2名様からという企画にしたJR東日本の商魂にはあまり感心しないが、女性の参加者も多くみかけられ、和気藹藹とした雰囲気であったことは救いであった。Uさんありがとうございました。明日はDD51重連も捨てがたいが、さんざん10月は家族に不義理しているので、ひたちなか海浜鉄道のとんぼ返りで済ませようか思案中。(写真・文:T

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2012年10月14日 (日)

カシオペア三昧

今朝は、EF8180牽引の「あけぼの」からスタートした。そのままカシオペアクルーズまで居座るつもりで浦和橋に5時半に到着。難なくポジションは確保できたが時間の経過につれ、撮影者の数は増え続けた。途中Mさんからお電話を頂戴したので場所をお伝えし、久しぶりに一緒させて頂いた。徐々に周囲が明るくなっていつもの時間を迎えたが、通常は先に通過する京浜東北の北行が遅れており、救いようのない完全な被りになってしまった。EF8180は綺麗なカマであったし、とても残念!Mさんと2人でしばらく撃沈されたショックから立ち直れなかったが、カシオペアもここで被ると目もあてられないので、急遽被りの心配のないワシクリに場所を移動することにした。ワシクリも最近全然行っていなかったが、目指した定位置は雑草で全くお話しにならず、水沢踏切で場所を確保した。いったい何人居るのかわからない位の異常な人出であったが、場所が広いだけあって意外に和気藹藹とEF8195牽引のカシオペアクルーズを待った。Uさんはその頃遠征をされておられたようでいつもとはかなり違った芸風に挑戦されたとのこと。蓮田SAで待ち合わせし、最終的には3人でカシオペア編成方向転換を迎え撃つため、地元柏を目指した。その際の経緯は居合わせた良識のあるご同業者はおわかりだが、そもそも「マナー」とか「場所取り」ということに無頓着なごく一部の連中に翻弄され、4時間待ちのあげく撮れないかと思うような心臓によくない思いをした。やはり、先に場所とりをしている人はその場で撮る権利はあるが、きちんとポジション決めを通過直前までしないのは重大なマナー違反であることを肝に銘じてほしい。Mさん、Uさん、ご一緒された大勢の皆さまお疲れさまでした。(写真・文:T

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2012年10月13日 (土)

EF65501を品川駅・東京駅で

これまでの鉄道撮影経歴の中で、もっとも多く撮影した駅は恐らく品川駅だと思う。荷35列車がEF58重連の頃から、各種団臨や品川ー尾久間の回送など、事あるごとに品川駅は起点となっていた。

しかし波動用客車が消え、EF5861も引退したあとはあまり撮るものもなくなり自然と足が遠のいていた。

この週末、久しぶりにEF65のP型が品川や東京駅に姿を現すという臨時客車列車が走ったので、遠出せず懐かしの「駅撮り」をしてきた。

13日(土)朝の送り込み回送は品川駅7番線と環境も良く、また本当に久しぶりに東京駅に入るEF65P型ということでホームの端から特徴ある交通会館をバックに入れて狙ってみた。その先も行こうかと思ったが辻堂で人身事故があったとかでダイヤが乱れていたのでパスし、午前10時前には自宅に帰ってきた。

(写真・文:K.M)

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2012年10月12日 (金)

カシオペアクルーズ

Uさんと先週「ELみなかみ号」を2日にわかって追いかけたが、岩本のジャングルのような火の見櫓の丘のイバラの草刈りを済ませておいたので、今朝も最終的には同じ場所を目指すことにした。しかし、Uさんと2人で、散々どこで撮ろうかと考えあぐねたのも事実。天気、光線、構図、背景、追いかけの可否等様々な要因をシミュレーションし、結果的にUさんと小生は撮影地の選択が分かれた。家を3時過ぎに出て岩本の現地着が5時半過ぎ。ようやくぼんやりと明るくなりかけただけでまだまだ周囲は暗い。誰かと一緒でないと待ち時間がやたらと長い。先週同様に雲に太陽が隠れることを願ったが、やはりほぼ快晴のまま「カシオペアクルーズ」は定時にゆっくりと通り過ぎていった。その後、EF8195牽引のカシオペアを追いかけて、一路見附~帯織を目指した。ナビのシミュレーション上はギりギリの計算だったが、軽々追い越すことができ、通過の約35分前には現地に到着した。(しかし、さすがに定番の林がバックのポイントはすでに相当の混雑が予想されたので、2つ程手前の踏切で我慢した)1051号機であったことと、カマの全面が非常に汚かったことやヘッドマークが付かなかったことなど残念な点は多かったが、事前に色々と情報を教えてくださったUさんとMさんのお蔭で、無事貴重な記録を残すことができました。ありがとうございました。それにしても、未舗装の道路を周囲におかまいなく土埃を上げながら走り抜けたり、背後に何の配慮もせず踏切の内側に通過直前にチョロチョロ乱入してくる馬鹿者など、追いかけ組のマナーの悪さには閉口した。(写真・文:T

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2012年10月 8日 (月)

お召し列車と両陛下

E655でのお召し列車は数回撮影してきたが、単に綺麗な走行写真を撮るのではなく、毎回何かテーマを決めて臨んでいる。千葉では運転に際して働く職員の各種作業、昨年の皇太子代行のときは日章旗の取り付け作業といった具合。

昨日運転されたお召しでは「両陛下へのお辞儀」と決め東京駅に足を運んだ。湘南日光を撮った後に向かったので東京駅に着いたのは結構間際になったが、カメラ1台ぶら下げての気軽な装備で見物の方々に紛れて何とかポジション取りをすることができた。

この「お辞儀」本当は昨年のお召し運転時に東京駅で撮ろうと思っていたが、急遽皇太子殿下の代行になってしまったので、そのときは「旗の取り付け作業」を優先し見送った経緯がある。今回は両陛下揃い踏みということで役者は万全(失礼)。

発車時間2分ほど前にホームにお姿が現れご乗車され、御料車の菊の紋章の位置につかれてからほどなく滑るように発車していった。その際駅長以下の職員の方々は列車に向かって深々とお辞儀をするのが通例であり、今回もそのような光景が展開された。

また、これまで何度も生の両陛下のお姿は見ているが、わずか数メートル先という至近距離で拝見できたのは初めてであった。

(写真・文:K.M)

2012年10月6日 東京駅にて

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2012年10月 7日 (日)

湘南日光

私が鉄道写真を始めた1975年当時はかろうじて157系が現役で残っており、あまぎ、白根などを少しだけ撮る事が出来たが、その後のクロ157牽引用としてのお召し電車での馴染みのほうが強い。

そんな157系をイメージできる185系の塗装変更はなかなか良い感じ。ただ運用がつかめないのであまり撮る事ができていなかった。

10月6日は湘南日光号として走ることが公表されていたが、詳しい時刻も知らず、中央線のお召しとの兼ね合いからどうしようか迷っていた。新宿を9時前頃との連絡を知り合いから受け原宿で待ち受けることにした。

Uさんが新子安のことを書かれていたが、ここ原宿も新宿よりのホーム先端から南下する列車を撮る構図が有名だが、光線は悪いものの逆パターンも私は昔から比較的好きで、EF13やEF15の貨物などは結構撮っていた。

数名の撮影者が待ち受ける中、幸い山手線ともかぶらずに湘南日光を撮影することが出来た。そしてその後東京駅に向かい無事お召しの撮影を終えた。

(写真・文:K.M)

2012年10月6日 原宿にて

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2012年10月 5日 (金)

新子安のホーム

蒸気機関車が国鉄から消え、鉄道撮影をいったん中断していた自分が再び線路際に立つようになったのは高校時代の友人K氏の影響による。もう30年近く、音信不通となっている彼が今どうしているか不明だが、間違いなく彼のおかげで蒸気機関車以外の車両に目を向けるようになった。そのころのターゲットはEF57。それもすでに晩年となっていて、やみくもに上野あたりに行っても全く運用に就いていない日も多かった。
K氏はEF57もさることながら、デッキ付きのEF15も好きで、彼に付き合って大宮や長岡、八王子などへ行く機会が増えていった。
当時、電気機関車やディーゼル機関車の撮影地ガイドは少なく、「SLダイヤ情報」から発展した「鉄道ダイヤ情報」や「鉄道ファン」の撮影地ガイドを頼りに撮影していたが、1976年になって交友社の「電気機関車快走」が出て、山手貨物や東海道、東北線などの、まだあまり知られていない撮影地が紹介され、それによって活動範囲は飛躍的に広がっていった。われわれの世代の電気機関車を撮っていた者にとって、この本の存在はとても大きかった。

その本に掲載された撮影地の中から最も早く行ってみたのは田町のホーム。夕方16時半の「さくら」を筆頭にブルートレインが相次いでやって来る。日差しの障害となる建造物は少なく開けていてひじょうに撮りやすい。ブルトレ以外の団体列車などもしばしばここで撮影したものだ。
東海道本線の東京口には他に大井町の電車区脇や大井町~大森などの区間があって、どこも手軽で小遣いの限られている高校生には便利なポイントだった。
しかしさすがに同じ場所ばかりでは飽きも来る。そうしてもう少し撮影地を西に求めるようになって発見したのが新子安のホームだった。「発見」と大げさに言っても、すでに知っている人は存在していたのは当然で、ただ単に雑誌等に紹介される機会が少なかったというだけのこと。しかし実際、今になってもEF65のブルートレイン時代にここで撮影された写真は見たことはないから、当時の高校生としては新たなポイントを見つけたという、ちょっとばかし誇らしい気負いは確かに存在した。

その新子安。今では東京寄りホーム先端が有名だが、実はK氏と初めて行ったのは横浜寄り。しかも上り列車を撮影するのではなく下り列車がカーブに掛かるところを135ミリレンズで撮る位置。東京方先端が下り列車の撮影に適していることに気づいたのは、さらにしばらく経ってからだった。あのころは新子安まで行かなくても蒲田や大井町のホームでも手軽に撮れたから、手を抜いて多摩川を渡ってまで西に行くことは希だったことも、その〝発見〟を遅らせる要因になったのだろう。

しかし、東京発のブルトレが消滅するまで自分はここでただの1度もそれを撮ることはなかった。好ポイントとは知りながら、どういうわけで行かなかったのだろう。長いことこの趣味を続けている中のいくつかある疑問の一つだ。
2008年に鉄道撮影に復帰して1度はここで、消滅が決まっていた「富士・はやぶさ」を撮りたいと思ってはいたが、とうとうそれすら実行できずに終焉を迎えてしまった。あれだけ撮影回数の多いロクイチですら1,2回しか撮っておらず、横浜寄りで下りを牽引する姿なども撮ることはできなかった。もっとこのポイントを活用するべきだったとの後悔はかなり強い。来る10月13日はそんな思いを胸に、この日運転されるブルトレ団体列車をここで狙って、そんな慚愧にけじめをつけるのも良いかもしれない。

(写真、文 U)

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