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2012年9月

2012年9月30日 (日)

お召し列車

もう9月もおしまい。夏の暑さにへこたれていたのはついこの間のようだが、気がつくと富士山にも初冠雪があり、もう本格的な秋へ向かってまっしぐらとなっている。鉄道に関して諸々のイベントがある来月が終わってしまえば、街はもうクリスマスや年末へ向けた様相を呈してくる。一年なんか早いものだ。
自分にとっては昨年末、大阪から戻って1年という区切りが近づいて、去年の今ごろは何をしていたかと振り返れば山陰線のお召し列車のための情報収集。列車の走行区間が鳥取~倉吉という短区間とあって撮影地に関しては選択の余地もなかったが、ポイントを確保するためにはどのくらい前から先乗りしなければならないかということが焦点だった。
けっきょくお召し列車の公式試運転が本番のちょうど1週間前、10月24日に行われたから、その日に現地の様子を見ることができて大まかな感触がつかめた。特に地主さんと交渉を進めてくださったMa氏の知己も得て、本番の3日前である28日の深夜に三脚を設置したことで肩の荷が下り、安堵して当日を迎えることができたことは大変ありがたかった。

まあ、かようにお召し列車撮影は早い段階からの場所の確保ということが良い写真を得る要素になるわけだが、以前はそれほどでもなかったような記憶がある。78年の長野国体、79年の愛知県植樹祭、80年の栃木国体などはいずれも撮影地には3時間ほど前に着いてもじゅううぶん場所は確保できたものだ。それが徐々に熾烈なっていったのは自分が覚えている限り、今回アップする97年秋のベルギー国王夫妻を乗せたお召し列車だったのではないだろうか。
それ以前、例えば1983年の群馬国体や昭和天皇ご夫妻のフルムーン東北旅行などは、自分自身、人の多い場所に行くのが面倒になって原宿の宮廷ホームでの撮影で済ませていたから分からないが、そのころ撮影地ではすでに激しい場所取りが展開されていたかもしれない。しかし実際にそれを身をもって感じたのは97年のお召し列車だったのは間違いない。事の真偽は不明だが、本番の3カ月前から(地主の許可を得て)ロープで場所を確保していたなどという話も聞いたが、当時はまだ脚立を使用するファンもあまり多くはなく、けっきょくそれほど早く乗り込まなくても何とかなった。

10月6日に中央線でお召し列車が走る。電車使用で機関車の出番はないから、それほどとは思うが、やはり腐っても(失礼!)お召し列車。撮影する人はそれなりの戦略を練っているのだろう。

(写真、文 U)

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2012年9月29日 (土)

気軽な飛行機と鉄道撮影

先週末に雨の中初営業フライトを撮ったJAL鶴丸のMD90、悔いの残らぬよう早めに片付けようとカメラ1台持って羽田に行ってきた。

どの運用に就いているのかはわからなかったが、大体昼前に羽田に戻ってきて昼過ぎに地方に散っていくのがMD90のパターンなので10時半頃ターミナル1に行ってみると目論見どおり11時過ぎの宮崎からの1883便で降りてきて11:55発の熊本行き1807便で飛び立っていった。光線はイマイチだったが、これだけ撮れれば合格点。

そして所用のため高田馬場に行ったところ偶然にも検測車らしき列車に遭遇。ホームの端からワンカット撮る事が出来た。何かの雑誌で見たような気もするが詳細は私にはわからない。真ん中に挟まっていた車輌には「マヤ505001」との記載があった。

(写真・文:K.M)

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2012年9月26日 (水)

志木で撮った東武電車

このところ私鉄電車も引退間近の電車を当時の塗装に戻したり、そのまま走らせるケースが目立つ。
大阪にいた2年間は京都のHi氏のおかげで京阪の旧3000系を何度か撮影したが、いよいよ来年3月の引退が決定し、この29日から前面のマークなどを往時のスタイルに戻し、本格的な引退興行が始まる。
東急では旧7000系の7700系を「クラシックスタイル」と称して赤帯を外して運行、10月6日の池上線90周年イベントではヘッドマークを付けて走行する。
京成はすでに「赤電車」「青電」などが走っていて、運転が始まってしばらく経ったが、今でも高砂の駅などで撮影しているファンが多い。
そして東武。こちらは9月29日から11月25日までの土休日にリバイバルカラーの8000系を大宮~東京スカイツリーの間で走らせる。8月に同じダイヤで8000系を使用した団体列車が走ったが、すでにその段階から今回の話は聞いていて、光線状態が良くなる秋になったら撮りに行こうと思っていたが、いよいよそれが始まる。

その東武、古いネガを見ていたらこんな写真が出てきた。わざわざ撮りに行ったわけではなく1978年、高校受験する弟の入学願書を代わりに取りに行った際に写しておいたもの。今もって形式すら分からないが、おそらくすでに引退した車両だろう。こうしてみるとなかなか味のある電車だ。
しかしその頃の自分は大学生。EF58など国鉄形一辺倒で、こういう雰囲気のある車両の良さを本当に理解できていなかった。

(写真、文 U)

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2012年9月25日 (火)

EF66@セノハチ

昨年10月、まだ大阪に赴任していた頃、Ha氏と広島にEF67を撮影に行った。取り立てて好きな機関車ではなかったが、出張で広島に行ったときに立ち寄った西条駅で停車中のEF67を見て、ここなら安全に、しかもきれいなライティングで夜間撮影も可能だと感じていたからだ。そんな話をHa氏にしたところ彼の車で連れて行ってくださることになりご好意に甘えた。
実際に行ってみると予想通り。ちょうど良い位置でバルブ撮影ができ、宿泊先の三原で彼とうまい酒を酌み交わした。

しかし翌日、EF67の走行写真を撮ろうと、瀬野~西条間を下見していたところ、ちょうど瀬野西トンネル付近で国鉄色EF66が牽く上り貨物列車が目の前を通り過ぎて行った。今や貴重な国鉄色の66。内心ではかなり残念に思ったが、やせ我慢して言葉にはせず、忘れてしまうことにして心に秘めていたのだが今回、古いネガを見ていたらその瀬野西トンネル上から撮った66の貨物列車の写真が出てきた。長い編成で補機は切れてしまっているが、有名撮影地で撮るべきものを残せたということを再発見して、1年経った今になってあの時の思いに決着を付けることができた。
古いネガ、それも意識しないで撮影したカットには案外、貴重なものが写っている場合があるから面白い。

(写真、文 U)

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2012年9月24日 (月)

忘れていた1枚

今回の写真をご覧になった方の中には、EF5861と53が並んでいるのに、どうしてパンタが上がっていないこんな写真を掲載したのか疑問に思う方もいるだろう。

答えは単純、撮っていないからないのだ。

では、なぜ撮らなかったか?

往年の「さくら」のマークまで付ける自由をいただきながら、そんな写真がないのは単に逆光だから撮る気が起きなかったからにほかならない。

ロクイチの「さくら」はこの5日ほど前に撮らせていただき、この日のメーンは53号機の「さくら」。順光側からパンタグラフを上げた写真を散々撮らせていただいた後、まあ隣にロクイチがいるからついでに並んでいる姿も撮っておこうとシャッターを押したのがこの1枚。
せっかくのチャンスを生かせなかったのにはわけがある。ロクイチの順光側が他の機関車と連結されていて切り離してもらっても、53号機と並べるスペースがなかったからだ。仮に切り離したとしてもロクイチの順光側はカーブにかかって台車回りと車体上部がずれていたため、並べるためには構内の入れ替えを大がかりに行わなければならず、さすがにそこまでは頼めなかったというのが実情。しかたなく逆光側から1枚だけ撮影して来た忘れていた1カット。

そんな風に当時のわれわれは順光至上主義。とくにこれを撮影したのは7月31日の白昼とあって、きついトップライトにも見舞われ早々に音を上げた。
「さくら」のマークはともかく、61と53号機の並びという組み合わせが撮れれば良かったが、それすら、その1週間前に広島で69号機と並んだ61を撮った後では、あまり痛切に感じることはなかった。

しかし、あれから32年経った今、逆光をものともしない、あるいは画像補整で逆光も救えるデジタルカメラや画像ソフトが一般的になってくると、あの時せめてパンタグラフだけでも上げてもらっておけば良かったと後悔している。
若い方々には「撮れるときに何でも撮っておくこと」を是非、お勧めする。

(写真、文 U)

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JALのMD90に鶴丸が

JALとJASが経営統合してから、それまでJAL塗装になったことのない機材にJALカラーが施されていった。B737やA300、そしてDC9(MD82等)やMD90である。しかし塗り替えのピーク時に「鶴丸」はなく、鶴丸復活前に消えたA300の尾翼に鶴丸が掲げられることはなかった。

DC9も同じ運命をたどり、もうMD90にも無いのかと思っていたところ、何と本日からJA8070に鶴丸機が登場した。羽田に行っても概ねVIP狙いでカーパーク3に居るか、光線状態の良いANA側の第2ターミナルが多いので、次いつ撮れるか判らないということで悪天候であったが浮島に行ってきた。

かなりの雨が降っている中だったが予定通り大分からの便で降りてきた。

思い返せば10年前の今頃、退役を半年後に控えたMD11が鶴丸塗装から(当時の)新JAL塗装に1機だけなったときは毎週末成田に通い、名古屋遠征までした経験がある。今回はそれほどまでではないが、VIP機や政府専用機を羽田に撮りに行く際には気にかけてみることにしたい。

(写真・文:K.M)

2012年9月23日 浮島にて

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2012年9月23日 (日)

途中経過

先日、このブログにムサシノモデルが発売を予告しているEF65について、どのタイプにしようか迷っている旨の記事を書いた。
昔のネガをひっくり返して、あれやこれやと見てみたが、圧倒的に多い画像は77~78年当時米原機関区に所属していたF型。ちょうどEF58重連の荷物35列車が品川を発車する際、隣に並ぶ貨物列車を牽くのがこの米原区の65だったためだ。荷35列車はずいぶん撮影した。回数などはどうでも良いが、当時のほとんどのネガには品川駅の総武線ホームで撮った荷35列車があるから、自ずとその隣には65も写っている。
ところが残念なことに、いずれもただ単に「撮っただけ」というもので、画像としては面白くもおかしくもない単調な記録。この中から思い入れのある機関車といっても選べるはずもない。
それでも米原からは12系客車を牽いた場面を撮った533号機が残った。

いっぽう、当時EF65F型は吹田第2機関区にも配置されていた。こちらはその頃、関東地区にはあまり来ることがなく、定期列車を持っていたかどうかは古い資料を繰ってみないと定かではないが、とにかく関東で撮影した記憶はあまりない。浜川崎や八丁畷などの写真があるにはあるが心に残る画像がない。
しかし1枚、1980年7月に芦屋~西宮で撮った貨物列車に写っているEF65517だけは印象に残っている。デフロスタが目立ってかっこ良く見えたことを思い出す。ロクイチが下関から24系客車を牽いてくると思って待ち構えていたが、けっきょくEF65PFに代わっていて肩透かしを食ったときのもの。そういう意味でも印象深い。運転席のひさしがなく復心装置カバーのないタイプだが、最近調べたらこの機関車は東京機関区に配置された記録もあり、ブルートレインの先頭にも立ったことがあるらしい。そういう意味では「さくら」や「冨士」「はやぶさ」のマークを付けても似合うし、連結器回りもゴチャゴチャしていて自分の好み。これならこの1台でブルトレ牽引も貨物牽引の姿も味わえる。

さて533号機と517号機、どちらにしたものか。欲しい物を手に入れる前のこういう悩みはいい年になっても楽しい。じっくり考えて今月中には結論を出したい。

(写真、文 U)

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2012年9月20日 (木)

女性同伴の鉄チャン

本日は自分のブログにも書いたように古いネガのスキャンに没頭した。以前よりスキャン作業のコツが分かってきたようで、少しだけ画像も良く見えるようになった。前は取りあえずネガを取り込み、フォトショップで調整していたが、最初にスキャナーであるていど画像を調整しておいた方が、その後の補整が楽になることに気づいた。何を今さらと思う人もいるだろうが、試行錯誤の末に得たコツ。もし役に立つなら試して欲しい。ちなみに自分のスキャナーはかなり昔のエプソンGT―X750。新型がどれほど進歩したかも知らないが、そろそろメーカーのHPなどで調べて、格段に良くなっているのなら買い換えても良いだろう。こちらの方面に明るい方がいらっしゃれば是非、アドバイスをお願いしたい。

それにしても古いネガから女の写真が出るわ出るわ。こんなにたくさん、自分の身の回りに女性が存在していたことが不思議なくらい。鉄道撮影に入れあげていて女性などと話す機会もなかったように記憶しているが、案外そうでもなかったらしい。
お仲間の方々が若い頃、たまに鉄道撮影に女性を伴って来たことがあるが、自分はそんなことをした覚えがない。にもかかわらず根府川や三島~函南などの有名撮影地で撮ったネガの間に女性が写っているのだから動かぬ証拠だ。そのうち、これらの女性の画像を羅列してみるのも良いだろうが肖像権の問題もあるし…。
とにかく当時からワイド系のレンズには縁がなかったから、そんな女性たちの写真はほとんど望遠レンズ使用。中には線路端で400ミリとおぼしき画角で撮影したコマまで残っている。

感心するのは、よく一緒に鉄道撮影に付き合ってくれる女性がいたものだということ。今でこそ「鉄子」などと言って、女性自身が鉄道を撮影して いるのを見ることがあるが、昔は完全に「オタク」の世界。そんな趣味に同道してくれたのだから、僕に対してまんざらでもなかったのかなどと振り返っている。もっと遊んどきゃ良かった!

今回アップした画像もコマの間に女の子が写っている。高校生のくせに真夜中に女性を連れて紀伊田辺でバルブしていたら、機関区の人に妙な目で見られた記憶がある、高校の文化祭に来た子で、女子校のその子は写真部に在籍していた。それがきっかけでノコノコ付いてきたように記憶しているが、健全にも夜行列車の乗り継ぎ。ここ紀伊田辺は夜行の普通列車「南紀」が上り下りともちょうど良い時間に到着する。新宮方面から乗ってきて、ここでバルブをして和歌山方面から来る上りに乗ると時間に無駄が生じない。ラブホテルなんぞ一般的ではなかったから、妙な下心など芽生える余地はなかったが、今になって重連の貨物列車の写真を見ると、自分たちこそ臨時の重連運用を組むことになってもおかしくない状況ではあった。

(写真、文 U)

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2012年9月18日 (火)

南部縦貫鉄道

振り返ってみると本来、自分の〝芸域〟ではない私鉄も、長い間この趣味を続けているとそこそこカバーしている。決して自慢できるような写真ではなく、ただ「撮った」というだけの自己満足の記録だが、それでも今はなくなってしまった私鉄もいくつか含まれている。
別府鉄道、加悦鉄道、岡山臨海鉄道、片上鉄道、鹿島鉄道、有田鉄道、野上電鉄など。当時はそんなささやかな鉄道の良さが分からず、取りあえず撮っておこうという通り一遍の記録で、披露するにはおこがましい映像ばかり。いずれ再訪しようと思っているうちに廃線になってしまった。

そんな中で最も悔やまれるのが今回アップする南部縦貫鉄道。東北本線の野辺地から七戸を結んでいた線路だ。
ここには愛らしいキハ101と102というレールバスが在籍していた。丸っこい車体でとても愛嬌のあるスタイル。1987年11月に訪れるはるか以前から気になってはいたが、EF58ばかり狙っていた自分には遠い存在だった。しかし「訪れた」と言っても「ゆうづる」撮影の旅行の合間に野辺地の駅に降りてちょこっと撮影しただけのもの。走行シーンなどは撮っていない。

しかしこの車両、ちっぽけなわりには雰囲気があり、防雪林のある野辺地の駅の片隅に止まっているだけでもムード満点。そのときはまだ鉄道撮影に付き合ってくれていた妻も一緒になって見学した。残念なのは車内を撮影しなかったこと。

幸いこのレールバス、いまでも七戸に保存されていて機会あるときに車庫から出して撮影会が催されている。残念ながらスケジュールが合わず参加できないが、今年も10月下旬に夜間撮影ができる機会が設けられているようだ。ぜひともそういうイベントが存続することを願ってやまない。

(写真、文 U)

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2012年9月17日 (月)

朝練 パネッタ米国防長官のE4A 73-1677 @横田基地

久しぶりに早起きして朝連をしてきた。といっても鉄道でなく航空機の撮影。

国鉄がJRになってしまい興味のある被写体も少なくなりつつあった1990年に航空機の撮影を始めた。以降22年間、国内・海外の空港でかなりの頻度撮影をしてきた。鉄道でもEF58の全機撮影を目指す「つぶし」をやってきたが(結果170機撮れた)、航空機でのターゲットはB747(ジャンボジェット)に的を据えた。現在1450機あまりが製造されているが、1280機の撮影を終え、すでに消えた機体(解体や墜落など)を除くと未撮影機体は90機程度しかない。年間20回ぐらい成田空港に通っても新たにつぶせるのは数機、それも新製された400型・800型の貨物機がほとんど。

そんな中アメリカの国防長官が使用するB747の派生型軍用機のE4はめったにお目にかかれない珍機の部類。4機存在するが撮影済みは2機、残る2機をいつ撮れるかはまさに努力と運次第。私にとっては大統領専用機のエアフォース・ワンなどはE4から比べれば「ただの飛行機」といった感じである。

これまで国防長官来日時などにかなり羽田や横田に通ったが、ろくな成果は無かった。この週末もパネッタ国防長官の来日ということで16日は羽田に張り込んでみたがE4は夜に横田に降りてしまった。そしてその機体番号もその時点では不明。撮影済みのものかどうか確率は50%だった。

となれば日の出とともに横田での撮影を決行するしかなく、朝4時に車を出して横田基地に出動した。薄暮の中、基地の外周から偵察すると良い位置にE4が停まっていて、レジも73ー1677と未撮影のものであった。曇りがちの天気のなか、一瞬朝陽が射すのを待って綺麗な姿を捉えることが出来た。

私にとって1281機目のB747。

(写真・文:K.M)

2012年9月17日 米軍横田基地にて E4A 73-1677

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2012年9月15日 (土)

「あけぼの」蕨Sカーブ今季最終

3連休とはいえ、実家の親のケアもしなくてはならなかったりして、なかなかゆっくりはして居られそうもない。「あけぼの」は双頭機が運用から外れているのでサボることも考えたが、一応太陽も期待できたので今季最終のつもりでSカーブにお邪魔してみた。ここは、イベントの際などは近づきたくないが今日のようにのんびり撮影するのであれば悪くはない。(ご一緒させていただいた方々お疲れさまでした。)「一村一山」の送り込み回送の時はまだまだエロ光線だったが、「あけぼの」は直前に陽が陰り何だか全然メリハリのない結果に終わってしまった。影の状態ももう限界で、やはり今季は終わりでしょうね。ところで、この場所の一番上の有刺鉄線の2面分が何者かに切り取られていた。我々も歩道上に大型三脚やら脚立やらたてて地元の方には大変ご迷惑をおかけしているのだが、迷惑行為と犯罪行為では訳が違うと思う。そもそもここは近隣の家からも通報を受けるのに、撮影禁止にでもなったら、とんでもない話だ。そういった分別もつかない(恐らくはイベントの時しか来ない)不届者が同業者として居るのは全く嘆かわしい限りだ。大体、ここのフェンスもクリアできないような装備なら来る資格もないが、自分の程度に合わせてフェンスの一部を切り取るなど、いったいどういう知能指数の輩なのか・・。ところで、Uさんに教えて頂いたのでEOD7Dのファームウエアを2.0.3にアップしてみた。RAW+JPEG連写時のストレスを全く感じさせず、カメラ自体が新しくなったような感じです。カメラの性能はハードウエアの部分で勝負がついてしまっているのかと思いきや、今時のカメラはやはりソフトも重要なのですね。いやー、びっくりです。(写真・文:T

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2012年9月12日 (水)

金属製電気機関車第2弾は…

先日、いろいろ悩んだ挙げ句、ムサシノモデルのEF57を入手したことは自分のブログにも書いた。蒸気機関車やディーゼル機関車にとどまらず、遂に金属製の電気機関車購入に踏み切ったのは、そのできばえの良さ以外に理由は見当たらない。棚においたそれを眺めるのは至福のひとときだ。買う前はいろいろ悩んだが、手にしてみると16番の違和感は感じず、それどころかたった1両なのに周囲には上野駅13番線ホームの雰囲気が漂い始める。ディテールが細かいこともさることながら、このあたりは設計者のセンスが大いに反映しているためだろう。
こうなると次のEF65も欲しくなる。ブルトレの先頭に立っていた現役時代、自分はすでに一線を退役し急行列車や荷物列車の牽引が多くなっていたEF58ばかりを追いかけていて、65にはそれほどの興味を持たなかった。しかし実物に対するやや希薄だった興味も、模型としての出来が素晴らしければ、ましてそれを製作するのがムサシノモデルとなると話は変わってくる。同社のHPで試作品を見るだけでもその凄さは理解できる。さまざまなタイプを製品化するようだが「買うか買うまいか」という領域から「買うならどのタイプにしようか」と、すでに買うことを前提に考え始めた。
一般的にはブルトレの先頭に立ったP形なのだが、ヒサシ付きで連結器周りがゴチャゴチャした、EF64双頭機のようなF形が良さそうだ。
少し前まで金属製のELには手を出すまいと決めていたのに、EF57のおかげで早くもその方針は転換。古い雑誌のEF65特集や昔撮ったネガを出して検討を始めている。

(写真、文 U)

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1979年6月20日、当時としては珍しいEF65F形が牽く東京駅発の12系客車使用の団体列車。他は1978年5月米原機関区にて撮影。

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2012年9月10日 (月)

羽越本線道川付近

Uさんが突然思い立ち秋田・青森まで行かれたという。。。私も7月には急にC61とED75を撮りに福島には行ったがスケールが違う。その行動力には感服する次第。

そしてそのときの作品を拝見すると、なんとなく見覚えのある場所「道川」。この冬にデジタル化していた写真を見てみると1985年のゴールデン・ウィークに「出羽」を撮った場所と同じようであった。

1985年はまだ静岡に居たが、春に東海道ブルトレにEF66が投入され、全国の夜行特急にヘッドマークも復活して忙しかった。4月にはUさんご夫妻の車に乗せていただき山陰に出雲を撮りに行き、GW前半は関西で「つるぎ」、後半は東北のブルトレ、6月は板谷峠でED78の「あけぼの」などを追っていたら8月に新潟に転勤になった。

(写真・文:K.M)

1985年5月5日 道川にて

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2012年9月 9日 (日)

久しぶりのC6120

今やすっかり東京の生活に慣れてしまっているが、よく考えればつい数か月前までは高知での退屈な単身赴任生活を送っていた訳で、今のように周囲に豊富な被写体のある環境の中で「あけぼの」ばかり撮っているのではもったいないという気がしてきた。Uさんの行動力とその素晴らしい成果に比べ、我が身を振り返ると、東京に戻ってからまだ一度もSLを撮っていないという体たらくだ。上越やら碓氷やら真岡やら身近にいくらでもチャンスはあったのだが、我が身の怠慢ゆえにお恥ずかしい限り。一度、岩本の火の見櫓元からの俯瞰をやってみたかったので、1052号機の「あけぼの」を近場でやっつけてから関越道経由で一路岩本を目指した。とはいえ、今日はレトロでもなければ、重連でもないし、看板なしでもない。であれば、そんなに早く着く必要もあるまいと、ゆっくりと岩本には9時頃に到着した。恐る恐る現地をチェックに行くと、どこを見ても人影は一切見当たらなかった。唖然として、「今日は本当にSLの運転日だったか?」と思うほどで、しかも肝心の火の見櫓の丘は、下から見上げた限り夏草で埋め尽くされ、とても足を踏み入れられるような状況には見えなかった。無理に草を分け入って、大嫌いなヘビにでも遭遇したら困るので、早々に退散し、「これだけ人出が少ないのであればまだ間に合うかも?」ということでベイシアSカーブに向かった。案の定、駐車スペースも三脚をたてるスペースも確保でき、まだまだ暑いなか、ターゲットを待った。それにしても、9月なんだから、少しは秋の気配がしてもよさそうなものだが、今日も先般のひたちなか同様の暑さと太陽光線であった。お目当てのC61は、シャカシャカと随分あっさり通過してしまって、煙もショボく、SL特有の喘ぎのようなドラフト音はなかった。何だか拍子抜けでやる気も失せ、上りはやらずそのまま帰宅した。やはり、架線のある区間のSLは満足できないのだと、今更ながら思い知った次第。(写真・文:T

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2012年9月 8日 (土)

「そよかぜ」」第2回

Uさんとお会いするのも何だかんだ前回(7月15日)の「そよかぜ」以来となってしまった。心配した天候も何とか雨は回避できそうな予報であったので、心霊現象づいているUさんにあやかって浦和橋に向かった。さすがにまだ暗いうちから心霊スポットに立つ勇気はなく、少し明るくなってきた5時10分に現地に到着した。意外にも定番スポットにも階段にも人影はなく、正面狙いの階段に場所を確保。しかし、この周辺だけ早朝に雨が降っていたらしく、階段もビチョビチョで、陰気な雰囲気が倍増した。カメラのセットアップは通常6時過ぎてからするのだが、たまたま試しにカメラをセットしていると、何やら接近灯が点滅し始めた。まだ初電も来ない時間帯なので、「何だ?」と思っていると、何とEF81140に牽引されたDE10の配給列車で、露出がかなりアンダーではあったが、何か得した気分だった。でも、「これじゃあ何を牽いているかわからない」って?「おっしゃる通りです」。程なくしてUさんがご到着。「あけぼの」は1053号機だったので今日は全く事務的にこなし、「そよかぜ」の送り込み回送を待った。その後、秋田や青森での成果のお写真を拝見したりしながら、「北斗星」まで久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。雨の中のSカーブも貴重な経験になりました(笑)。お付き合い頂き、ありがとうございました。秋の撮影行も色々と楽しみです。そういえば、関西のお仲間の皆さんのご近況もお聞きしたいですネ。(写真・文:T

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2012年9月 6日 (木)

オリエント機の「八甲田」

自分のブログで報告したように突然思い立って秋田、青森へ行って来た。以前から一度、行ってはみたかった場所だが、来年以降に計画しようと考えていて喫緊の課題ではなかった。それを突然、実現したのはまさに衝動的な感情によるものでしかない。来年になったらなったで行ってみたい場所も出てきそうだし、自分もこのまま同じ職場にいられない可能性もある。現在の職場は食事も外に行けないくらい、仕事の密度はかなり高いが、休みに関してはまともに取得できる。その利点は利用できるときこそしっかり使っておくべきで、後になって後悔しても始まらない。そんなある種の強迫観念めいたものに突き動かされた。

その突発撮影行については引き続き自分のブログで報告するが、やはり地方でのんびりと撮影するのは心地良い。色づき始めた稲や青い日本海を眺めながら、あるいは「道の駅」で名産品を手に取りながらの撮影行はリフレッシュする。そんな心のゆとりが、ふだんあまり興味のない私鉄などを訪ねてみたくさせる。時間が許せば今回も秋田内陸鉄道や弘南鉄道、あるいは津軽鉄道などに足を向けたかったが、思いつきの1泊2日では叶えることができなかった。いずれまたゆっくり再訪したいものだ。

今回の写真は87年11月2日に小繋~小鳥谷で撮影した当時の急行「八甲田」。それ以前の旧型客車や寝台車の編成から、ずいぶん近代化されたもの。イベント用のオリエントサルーン機が紅葉の山あいから姿を見せた。知っていればカラーで撮ったものを。

(写真、文 U)

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2012年9月 1日 (土)

EF65501牽引団臨送り込み

以前お仲間も記されていたと思うが、「Pトップ」などという呼び方は我々の世代にはあまり馴染みがない。でも、EF58を「ゴハチ」なんて呼び方を我々はしていたが、大先輩からすれば違和感のある名称なのかもしれない。さて、そんなことはどうでもよいが、昨日に引き続き今朝はEF65501の連投。「あけぼの」よりもさらに早い時間帯で、かつての「能登」「北陸」の頃と同様に3時過ぎに起床。前の晩にカミさんと酒盛りをしたので、起きるのが辛かったが、何とか気持ちを奮い立たせて出撃した。前日の同業諸氏のブログを拝見するとSカーブなどではまだ太陽光線が当たらないようであったし露出も暗そうだったので、場所は悩んだ。案の定Sカーブに4時台に寄ったが、すでに激パ状態。光もあたらないのであればマイペースで撮影したいということと、次の「あけぼの」のアングルのマンネリ化も勘案して、2年半ぶりに蕨のストレートに落ち着いた。ホッチキスは相変わらずウザいし、編成や背景には朝陽が当たってしまったし、裏カブリもあって満足のいく写真は撮れなかったが、まあ記録としてはこんなものか。「あけぼの」も予想通り1051号機だったので記録だけは残したが、やはりケーブルの影もNGで、暑いので下りはパスして終了。(Uさんにでもお逢いできていれば、下りの時間まで時間調整が楽しかったのだろうが、なかなか最近お目にかかれないですネ・・)時間もあったので、北浦和の雑草の状態を偵察に行ってきたが、「絶句・・」して戻ってきました。それにしてもPIKAさんはどれだけ高い脚立で撮られているのであろう・・どうかお怪我のないように(写真・文:TBlog_2012911

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