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2012年8月

2012年8月29日 (水)

DD51のファーストナンバー

そろそろ8月も終わり。暑さに弱い自分にしてはこの夏、比較的頻繁に鉄道撮影に出向いた方だろう。7月の福島遠征や遅れ「あけぼの」の上越線内での撮影、千葉・四街道への2日続けての〝朝練〟など、まあまあの戦果ではなかったかと振り返る。昨年の早春に買い換えた車の走行距離ももうすぐ2万キロ。前の車が10年で6万6千キロだったことを思えば、かなりの頻度で運転していることになる。今度の車にはカーナビが標準装備されていたこともあって、それを頼りに気軽に遠出もできるようになって、そんなことも走行距離が伸びたひとつの要因になっている。地図で目的地を調べながらたどり着くというのも楽しかったが、鉄道撮影の場合、最寄りの駅をカーナビにセットするのも簡単だから、初めて訪れる撮影地にも容易に行くことができるのがありがたい。この秋はそんな一度も行ったことのない、あるいは過去に行ってはみたものの、忘れてしまっている撮影地に足を伸ばしたいと考えている。
大まかに言って自分の場合、昔からあまり訪れていないのは東北地方。蒸気機関車現役当時も奥羽線、羽越線、陸羽東線などへ行った程度で、常磐線の平機関区や福島の会津若松運転所には行ったものの、走行写真などは撮っていない。SLがなくなってからも盛岡、奥中山周辺にED75の「ゆうづる」を、そのついでに花輪線に行ったぐらいで、あとは山田線のDD51お召し列車撮影がせいぜい。信州や北陸などとともに鉄道撮影の機会が最も希薄だった地域だ。

昨今、ブルートレインの撮影密度などから秋田・青森付近の奥羽線北部が注目されている。「日本海」は夏の臨時運転に際して、かなり多くのファンが陣馬~白沢などの有名撮影地に集まったようだが、その喧噪もすでに収まり「あけぼの」しかブルトレは撮れなくなって静かになっている様子。稲穂も色づき始めただろうから、何を撮ってもきれいな絵をモノにできそうだ。
「あけぼの」は双頭連結器のEF81が惹く姿をほとんど撮影していないから、一度は行ってみたいと思うのだが、一人で往復2千キロ近くを運転するのはしんどそう。大阪転勤から戻ったら行ってみたいと思いつつ、まだ実現に向けての気力が伴わない。
そんな自分に較べれば、大阪のHa氏などは凄い。ゴールデンウイークには単独で山形周辺まで臨時「日本海」を撮影に行ったし、東京にも「あけぼの」撮影などでしばしば来て東北線船岡や郡山などに同道した。おまけに7月に続いて9月も北海道へブルトレ撮影に行くというのだから感心する。いくら自分よりは若いとは言え、その行動力には脱帽せざるを得ない。

自分ももう50代、ブルトレの行く先と自分の年齢を重ねて考えたら、あと何回日本の秋を楽しめるか予断は許されない。そろそろ重い腰を上げなければ後悔することになる。

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1980年9月、秋田機関区で撮影した保留車となっていたDD51のファーストナンバー。
丸いヘッドライトは1号機のみの特色だが、見た感じちょっとユーモラスな表情に感じる。駅のホームから直接歩いて撮影に行ったが、非常に狭隘な場所に置かれていて標準レンズでも撮りにくかった。
秋田に滞在したのはほんの2,3時間。当時、駅前にあった秋田鉄道管理局に寄って2分目の列車ダイヤをいただいたことを覚えている。

(写真、文 U)

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2012年8月26日 (日)

ひたちなか海浜鉄道三昧の一日

26日の日曜日は、「あけぼの」の朝練から始まった。前日に新しい車が納車になったので、試運転も兼ね、どうせ1053号機とは腹をくくっていたが、天気も良さそうなので宮原で撮るべく5時前には家を出た。しかし、現地に到着すると撮影ポイントの前の敷地で焚き火をしており、煙が立ち込め完全にNG。人の家の軒先で勝手に撮影している訳だから文句も言えず、悶々としながら、蕨に移動するも、当然のことながら場所は占領されており、こちらもNG。やり切れない思いで一杯であったが、この日はひたちなか海浜鉄道で待望の2222両編成で登場することが告知されていたので、迷わず常磐道へ。クリーム色と紺色の222は小生にとっては何せ初対面。期待に胸を膨らませながら那珂湊へ向かった。那珂湊の駅は想像していたよりもかなり地味な印象で、9時でも同業者の姿も殆どなく閑散としていた。中根~金上近辺ではさすがに熱心な同業者の方々がすでにスタンバイされていたが、至ってのんびりムードだった。朝とはいえ、すでに太陽は容赦なくジリジリと照付けコントラストもキツくなっていたが、205222も元気一杯に我々を出迎えてくれた。このようなレトロな車両が残っているだけで奇跡と言うべきだが、よくありがちな派手なヘッドマークを仕立てたイベント列車ではなく、通常の営業列車として活躍しているところが、さらに魅力をかきたてる。同業者の平均年齢も高く、やはり昭和の薫りのする車両に郷愁を感じる方々が多かったように思う。それにしても、昨年の震災からも復興し、恐らく経営は厳しい中、こうして地元にもマニアにも愛されながら奮闘されている吉田社長以下社員の皆さまの並々ならぬご尽力には、本当に頭が下がる思いだ。心から応援のエールを贈りたい。さて、午後になってやっと222側(勝田側)に陽が回って順光になったが、目星いポイントにはかなりのマニアが群がることとになった。偶々通りかかった、地元のおばちゃんが、「木陰で涼しそうだけど、ここはマムシがいるわヨ!地元じゃあ、男の人だって散歩のときには気をつけてるんだから・・」と。そのあたりの一同が、言葉にならない恐怖心を急に味わったが、知らないとさらに藪の中に足を踏み入れていたかも知れず、クワバラクワバラ・・。無事に撮影を終了してから、今日は初めて中根から勝田までの区間の往復を、実際に列車に乗ってみた。土讃線で味わったような、ローカルな雰囲気を満喫できたが、それにしても中根~勝田往復380円ではとても申し訳ないような気持ちだった。いつまでレトロな車両が生き永らえてくれるかもわからず、是非またこのような企画があれば足を運んでみたいものだ。(写真・文:T

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2012年8月24日 (金)

〝朝練〟も良いけれど〝夕練〟も

8月も下旬に入ってまだまだ容赦のない暑さが続く。
ロンドンオリンピックなどという、どうでも良いイベントのおかげで忙しかったかが、それでも東北に遠征したり、五輪終了後は近場で何とか撮影を続けてきた。そして22日から3連休となり、発作的に千葉へEF64の鹿島貨物撮影や浦和周辺でのお手軽鉄チャンを楽しんだ。
8月11日に東浦和の老人ホームに母を入居させ、若干の「後ろめたさ」を感じていたから、鉄道撮影にかこつけて見舞いに行くのは照れ臭さを家族に見せない虚勢でもあった。老人ホームというところは、外出や間食、刃物類の持ち込みなどにさまざまな制約があり、見舞いに行っても「顔を見せるだけ」で正直時間を持て余すものだが、このホームは近くで諸々の写真撮影ができるため、そんな合間に暑さをしのぐにはちょうど良い。けっきょく自分の感じていた「後ろめたさ」も忘れ、鉄道撮影の仮拠点にし始めてしまった。

ところで、鉄道撮影に復帰して〝朝練〟が常態化して、東京では「能登」「北陸」「あけぼの」「カシオペア」「北斗星」、大阪の2年間は「日本海」や貨物列車などを撮ってきた。「朝練」という言葉もブログで頻繁に使うようになったため「〝朝練〟」と単語登録までするほどになった。
しかし22日、母の見舞いを終え何となく下りの「カシオペア」を撮ろうという気分になって北浦和の歩道橋に行ったら夕方の光がなかなか素晴らしい。日陰から日の当たる場所に現れる車両に強い光が当たって機関車の陰影がクッキリする。「カシオペア」は銀色の専用機という幸運もあったが、貨物列車のEF64にも斜光が差し〝朝練〟の時よりも一層精悍さを増し自分好みの絵を撮ることができた。おまけはEF651118のコキ配給列車。「カシオペア」撮影後、そこにいた方とスペーシアを待っていたら突然現れた。最高の光の中に赤いボディが鮮やかで、実にフォトジェニックな舞台に登場した。
やはり夏場の撮影は朝夕の斜光が指す時間帯が最高。夕方16時半前後にここを通過する「カシオペア」や貨物列車は、もうあと2カ月もしたら暗くなって撮ることが難しくなる。撮るならこの時期を逃す手はない。そんなわけで本日も午後まで快晴ならば出撃するつもり。きょうは青いEF510の「カシオペア」を撮ってみたいと思っているのだが…。朝練に加え〝夕練〟という単語も辞書登録する必要が出てきそうだ。

一方、〝朝練〟の「あけぼの」も日の出が遅くなり始め、ビルなどの建物の影が伸びてきて撮りにくくなり始めた。特に浦和のホームは9月も10日になるとビルの影が落ち、列車後方の日向との明暗がはっきりし始める。
北浦和の旧ラオックス前も、シャッターチャンスが難しくなる。特に今年は線路際の雑草が刈られることがなかったから、それを回避できるわずかなポイントで列車に日が差すかどうか見極めに行かなければならない。編成全体が日陰になるのなら割り切れるが、列車の一部や機関車の前面半分など、部分的に光が当たるのだけは避けたい。
暑さが過ぎれば次はこんなことに気を遣わなければならなくなる。

アップするのは昨年8月15日と9月18日に撮影したもの。下の写真で機関車に当たっている光は、直接の太陽光ではなく、ビルに反射したもの。モデル撮影のレフ板のような光になってしまったうえ、編成後方の光に照らされた部分との乖離が大きい。

(写真、文 U)

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2012年8月21日 (火)

山陰地区の開閉式スノープロー

先週の東京都内は帰省した人も多く閑散としていてのんびりしていた。盆休みと並んで年末年始もこんな状況になるが、大みそかや三が日は基本的には多くの店などが休業する。それに比べて盆休みは休日などではないから営業している店も多く、すなわち平日にもかかわらず空いている都心部は食事をするにも混雑することもなくありがたい。正直、田舎へ戻った地方出身者の方々が東京に戻ってこなければなどと不埒なことを考えてしまうほどだ。反面、帰る田舎がある人がうらやましいのも事実で、子どもの頃、釣りや昆虫採集などが大好きだった自分には憧れがある。磐越西線の五泉を流れる水のきれいな早出川などでは、川原でバーベキューをしながら浅瀬で子どもたちが水遊びをするという、牧歌的な光景が展開しているのだろう。

先日、、ムサシノモデルのEF57を買った。聞きしに勝る素晴らしいモデルだ。自分が金を出して買った初めての金属製電気機関車で、単体で見ているだけでも上野駅13番線を想起させるほど。続いて発売予定のEF65も東京駅12,13番線を思い出させる好製品になるのだろう。今年はこれで鉄道模型を4両購入したことになるが、金岡工房特製のC58山田線仕様以外はいずれも予定外の出費。もちろんどれも満足しているがC11はどちらかというとあまり好みの機関車ではなかった
それがどうして大枚をはたいて手に入れたかといえば、この41号機が装備していたスノープロー。開閉式のもので山陰地区の蒸気機関車が装備していた。どういう理由から開閉式にしたのかと言えば想像の域を越えないが、夏場にわざわざ外す手間を省くためではないかと考える。バック運転の際の前部連結器への干渉も、倉吉線などでは年間を通じてバック運転が行われるのだからこの理由はあまり考えられない。前輪周辺の保守点検についても、冬だから省略されるというものでもない。やはり夏の間、外す手間を省略するというのが妥当な理由だと思われるが、本当のところを知っている方はご教示願いたい。ついでに言えば先輪のすぐそばにATS車上子を付けた秩父鉄道のC58でも、このタイプのスノープローなら保守も比較的楽なのだから、ぜひ採用して欲しいもの。
とにかく、こういう一風変わった装備が好きな自分はパーツとして発売されていない、このスノープローを自作し装着されたC1141という特定番号機に心をくすぐられた。

アップする写真は1973年の1月、冬休みを利用して訪れた米子機関区での撮影。この時に機関区の方に聞いたのは、真冬でも雪の少ないときはこうやってスノープローを開いた状態で使用することが多いということ。積雪がそれほどでもない山陰地区では付けっぱなしにしたまま適宜、開閉して走行していたのかも。中学1年生の自分としては、そこまで聞くのが精一杯だった。ちなみにそばに置いてあるカメラバッグ、三脚は自分のものではない。銀箱以前はこんなバッグが流行ったものだ。

(写真、文 U)

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2012年8月19日 (日)

今日の「あけぼの」朝練

Uさん、お仲間の皆さま、暫くブログをサボっておりまして申し訳ありません。相変わらず、Uさんは精力的に動かれており、また色々なアングルも開拓されておりいつも感服しております。Uさんのブログで捜索願を出されてしまったからという訳でもなく(笑)、今朝は早朝からピーカンの天気でしたので、1052号機は覚悟の上で「あけぼの」朝練に出かけてきました。そんなに仕事が忙しい訳ではないのですが、先週まではついつい連日のオリンピック観戦の寝不足で朝練する元気が湧かなかったのと、このゲンナリする猛暑で日中は外に出る気が起きなかったので、ついつい撮影から遠ざかってしまっておりました。陽が長いうちに高崎線内の新規開拓もしておきたかったのですが、今朝は家を出たのが5時だったので諦め、南浦和の北側を物色してみました。29683様はじめ、他の方のブログでも拝見した構図もヒントになり、機関車入れて10両なら何とか料理できるかと思ったのですが、実地で構えてみてもどうもしっくりこず、しかも光線の影もマダラであったので仕方なく通い慣れた蕨へ。何十回も撮っている場所なので、ありきたりの構図もいい加減飽きており、脚立に乗った上、プレートを使って三脚からさらに線路側に10センチ以上カメラを移動して強引にホチキス1個分向こうで切ってみました。双頭機ではなかったですし、架線の影やホチキスも気になりますが、順光だとやはりメリハリの利いた発色になりますネ。朝は、この勢いでひたちなか海浜鉄道に遠出しようかとも思いましたが、愛犬の朝の散歩で大汗かいて即メゲました。(写真・文:TBlog_2012819

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2012年8月16日 (木)

8月も後半に突入

ようやく鬱陶しいロンドンオリンピックも終わり、仕事の方も一段落。ようやく明日17,18日に今月初めて連休となる。当てにならない週間天気予報ではまあまあの空模様だから、〝朝練〟ぐらいはしようかと思っていたら、「あけぼの」は一般形のEF641000番台である1051号機が運用に入り始め、双頭機の1032号機に取って代わってしまった。出鼻をくじかれた形になってしまったが、せっかくの休みだから贅沢を言わずに少なくとも1日は〝朝練〟に出撃しようかと思っている。

さて今後のネタとしては8月31日,9月1日に高崎~上野~高崎でELが12系客車を牽く。「SLみなかみ」に乗車する団体列車だが、「鉄道ダイヤ情報」には何が牽引機を務めるのか記されていない。ヘッドマークの有無も分からないが、どちらにしても早朝(撮影可能時間帯)、高崎から尾久へ回送され、9時過ぎに高崎、水上方面に向かうから大宮以南であれば短い時間の間に2度撮影できるわけだ。願わくば今年になってまだ一度も撮影していないEF641001号機が充当されれば、1エンド、2エンドの両側が撮れるのだが、検査出場したばかりのEF65501の可能性も考えられる。詳しい友人に聞けば、予定されている機関車が何であるか分かるだろうが、ふたを開けてみる楽しみもあるからあえて知らなくても良いだろう。
他には9月8日の185系特急色を使用した「そよかぜ」。7月にも撮影したが、次回はまた違った場所で狙ってみたい。この日は「しなの鉄道」でもイベント列車があるから、電車ファンは楽しいかもしれないが、自分としてはそこまでの気力はないだろう。行っても高崎あたりがせいぜいか。
それよりも手軽に楽しめそうなのは8月29,30、31日に東武で走る8111Fを使用した団体列車。同社の広告には8111Fは旧塗装の写真が掲載されていて、その姿で運転されると考えられるから要注目だ。昔、自由が丘に住んでいたころ、小学校に通うときに中目黒まで乗り入れていたこの塗装の電車が懐かしい。写真を残せなかったから、リバイバル運転されれば何とか撮っておきたい。31日の高崎線12系客車列車を撮影した後に行くのが効率的だ。

ほかにもD51498の旧型客車など恒例の企画もあるが、無理しない程度に撮影に行ければ良いと考えている。

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記事とは何ら関連はない写真。小学校4年生のころに撮った、数少ないまともな写真。ダイヤも分からず、線路際を歩いていていきなりやって来たD51。

(写真、文 U)

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2012年8月11日 (土)

篠ノ井機関区撮影会

Uさんが米原での撮影会について書かれていたので、その関連で書かせていただく。

私が初めて撮影会的なものに行ったのは1977年10月16日の東京機関区開放(と当時は言っていた)。毎年鉄道記念日(当時)近くの日曜日に東京機関区で、何台かの機関車を並べ、機関区内でお祭りのような感じでのイベントが行われていた。当然その中心にあるのは旗を付けたEF5861であったが、当時はEF15やEF65Pなどもあたりまえの様に登場していた。

私は撮影会は所詮イベントと割り切っているので、あまりこだわりはないが、これまでの中で最もよかった撮影会は1985年10月に篠ノ井機関区で行われたものだった。

ちょうどこの年の8月に静岡市から新潟の上越市に転勤になり、アクセスがよかったということもあるが、本当はこの日は山陰本線で運転されたDD51のお召列車に行きたかったというのが本音。しかしお召は日曜の夕方と月曜に走るので、新潟から鳥取往復ではどうやっても難しく、やむなく諦めたところに撮影会の情報が入ってきた次第。また、この日は塩尻(大門)から南松本までの貨物列車(5377列車)がEF64の三重連で運転される予定というオマケもあった。

10月20日(日)の朝に篠ノ井機関区に着くと、あまり人も多くなく、また何といっても変な飾り付けなどされない普段着のEF62の1,2,3号機がきれいに並べられているのが素晴らしかった。一般の方々には普通の青い電気機関車が並んでいる程度にしか思わないであろうが、まさに玄人受けするような演出に、じっくりペンタ67を三脚に付けて撮影することができた。

ほかにお召機のEF6458、ユーロ塗装のEF6466、ED621やDD16なども撮影しやすいようにならべられていた。

思う存分撮影して、夕方はEF64の42+48+16が6つのパンタグラフを全部上げて5377列車をけん引する姿を撮影後帰宅した。

(写真・文:K.M)

1985年10月20日(日) 篠ノ井機関区にて

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2012年8月 8日 (水)

ペテン撮影会

いつもブログを書くとき、タイトルは一番最後につける。文章を書き終えてから、内容に似つかわしい題名を考えるのだが、今回は最初からこのタイトルで決まり。

忘れもしない84年の8月、米原機関区でEF58を並べた撮影会あ開催されるという。当時、大阪に最初の転勤で行っていたころの話で、住んでいた西宮からスカイラインRSという車で現地に駆けつけた。通常ならこのような撮影会には積極的ではないが、東京から畏友I氏やA氏が来るということもあって参戦した。
ところが現地に行って愕然。
並べられた4両のEF58の順光側には、この塗装(特急色)で付けられたことのないヘッドマークと、指定されたこともない機関車にお召し装備がなされている。ひじょうに非現実的でまるで子供だましのごとき演出。実際に走ったことのある「つるぎ」「あかつき」「日本海」「彗星」などのヘッドマークは日の当たらない反対側に付けられていた。いくら伝統ある「さくら」や「つばめ」「かもめ」であっても、EF58がブルトレ色になってからは走った履歴はないはず。それが堂々と並べられている光景にガッカリして、機関区の関係者に実際この車体色で走ったヘッドマークを順光側のものと取り替えて欲しいとお願いしたことを思い出す。
リクエストは全く聞き入れられず、人を馬鹿にしたような撮影会にウンザリしたことを思い出した。
きっと現場は人さえ集めればそれで良いという、きわめて安易な考えだったのだろう。一昨年秋にJR九州がED76三重連と称して、パンタグラフの上げられない機関車を2両組み込んで走らせたいんちきイベントに相通じる安直な催しだった。ちょうど25年前の今時分のことだ。

(写真、文 U)

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2012年8月 6日 (月)

久大本線の客車列車

社会人になって3回ほど大阪に勤務したが毎年、夏になると広島原爆の日や高校野球が始まり忙しくなる。日本人は野球好きだし高校球児の一生懸命なプレーはスポーツ好きでなくとも応援したくなるから、オリンピックが開催中とはいえ高校野球に関する業務は例年と同じ規模で展開しなければならない。うち2回は単身赴任だったが夏休みなどと悠長に構えていられず、世間とは反対にひじょうに忙しい思いをしたものだ。
今年もそんな時期になったわけだが昨年、一昨年の大阪での夏を思い返すと、住んでいた新大阪のマンションから淀川の花火大会が見えたことが懐かしい。東京では混雑する二子玉川や隅田川の花火大会などに全く縁がないが、自分の部屋から目の当たりに花火が見えるという環境はなかなか贅沢なものだった。狭いワンルームの部屋にA氏夫妻やHa氏がみえ、酒を飲みながらベランダから眺めたものだ。

昨年、一昨年の今ごろの記録を見ると、前述のような理由から撮影に出かけた回数は圧倒的に少ない。忙しい時期だし暑さに弱いことが加わってカメラを持つ気力が萎えていたことがよく分かる。
それでも北方貨物線で撮った下り「日本海」が残っているのは大阪の友人たちのお誘いがあったからにほかならない。車を持っていなかったから撮影はたいてい徒歩。自分一人では重い腰が上がらないのが当たり前なのに、A氏やHa氏の好意で様々なものを撮り逃さないですんだ。ただただ友人たちのおかげで、今になって後悔することなく大阪の趣味生活を堪能することができたわけだ。

さて今年は?
どうにか一人でも撮影には出かけているが、今朝などはEF65の(ほぼ)原色機である2119号機がE657系の甲種回送を担当して上京していると聞いても食指が動かない。大阪だったら間違いなくお誘いを受けていることだろうが、そんなことがなければパス。今のご時世ではそれなりに貴重なはずなのにもったいないことだが、泊まり明け翌日のご老体に無理はきかないのだと開き直って納得している次第。

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画面の中に鉄道車両の占める比率が低い写真というのは芸風ではない。バックに富士山や有名な山、建物などを入れて列車そのものが小さくなる撮り方は自分の流儀から外れている。もちろんそんな撮り方にはそれ相応の楽しみもあるから、あまり関心のない列車などではそういう撮り方を試みることもある。

今回はそんな中の一枚。93年に湯布院で撮影したもの。
その頃住んでいたのは福岡。3年ほど転勤で赴任していたが、JR九州には好きな車両がなかったからこんなカットもある。久大線や筑豊線の客車列車が消滅するという時期だったと思う。50系客車などはデビューした1978年当時から見ていたし格別な思いはなかったが、湯布院や小国、日田などには何度も遊びに行ったから、そのついでに押さえた一枚がこの写真。由布岳バックの有名な撮影地だ。マンガのようなヘッドマークで、しかも機関車の前面の白線(ナンバーの下)が消されたDE10など、ウンザリしながら撮ったものだが、今になって眺めてみると記録しておくことの価値が身にしみる。
EF510の牽く「北斗星」や「カシオペア」なども、あまり関心はないが、そろそろブルトレの編成美という観点から〝芸域〟を越えて俯瞰撮影でもしてみようかなどというスケベ心が芽生え始めた。

(写真、文 U)

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2012年8月 2日 (木)

もう今年も8月

8月のトップバッターに立たせていただきます。

今月は多くの方々が夏休みを取ることでしょう。Tさんなどは奥様と海外へ行かれて、今頃は南の島で優雅に〝罪滅ぼし〟のことと思います。かく言う自分はTさんのように品行方正な単身赴任などしておりませんから、ちょっとやそっとでは罪など滅ぼしようもありません。それに私の場合、単身赴任となったのは家族のことを考えてのことですから、むしろこちらは〝被害者〟であり、そういう意味では反対に〝罪滅ぼし〟をしてもらいたいぐらい、などと言っては夫婦間が気まずくなるのでしょうか。絶対に妻の前では言えない話です。

さて8月に入って注目のイベント列車というものが途絶えました。わずかに4,5日に逗子からEF6019またはEF65501が牽引する12系の列車ぐらいですが、それとてあまり前向きに撮影に行きたいようなものではありません。お盆になれば貨物列車の運休も多くなって何をターゲットにするか、目下思案の最中ですが、おそらく浦和界隈のいつもの場所で「あけぼの」をはじめとする〝朝練〟ということになるのでしょう。変わり映えする絵はアップできそうにありません。

何かおもしろそうなネタがあったら是非、ご教示くださいますようお願いします。

1971年に吉松での撮影。古いペンタックスでゴースト、フレアが目立つ。

(写真、文 U)

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