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2012年7月

2012年7月30日 (月)

連日の双頭機「あけぼの」

今週は、小生は夏休み。といっても単身赴任で家族を2年間放ったらかしておいた罪滅ぼしに、今晩からちょっと南の島へ。「あけぼの」はどうせ1051号機の牽引であろうと思ったが、天気も良さそうだったし、陽の長い時季しか撮影できない高崎線内にロケハンの気持ちで出かけた。時間に余裕をもって到着し線路沿いをチェックして回ったが、踏切からでもポールや障害物が多く、なかなかすっきりとした場所が見つからず、やっと何とか長玉で抜けそうなポイントを見つけたのがもう6時過ぎ。あわてて脚立と三脚をセットして、遥か先から見えてきたEF64は遠目にも顏の回りがごちゃごちゃしていて双頭機と判った。来たのは昨日に続いて双頭機の1032号機。意図せずしての連日の双頭機捕獲に気を良くして帰宅。そう言えば以前Uさんのブログで同じような構図のお写真を拝見したような気もしたので念のため遡ってチェックしてみると、何と全くの「パクリ」ではないですか。大変失礼致しました。でもこれには私もちょっとショック!やはり、周囲に家も建て込んでおり、この近辺では撮影ポイントは限られてしまうんですね。陽の長いうちに何とか色々と撮影地の新規開拓もしておきたいが、どうなることやら・・(写真・文:TBlog_2012730

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2012年7月29日 (日)

やっぱり「あけぼの」は双頭機のロクヨン

皆さま、連日猛暑となっておりますが、暑中お見舞い申し上げます。先週は急用が発生してしまい、Uさんからお誘いを受けていた福島遠征は断念せざるを得ず、Ha氏やKMさんにも残念ながらお逢いすることができませんでした。今朝は天気も良く「あけぼの」の朝練だけはやろうと心霊スポットの呼び声高い新浦和橋に出かけました。この時期の光の当たり具合が心配ではありましたが、何とかギリギリで朝陽がピンポイントで線路を照らしてくれ、まったりと撮影を楽しむことができました。来てくれたのは小生にとっては久々の双頭機の1030号機。朝陽を一杯に浴びながらヘッドマークも誇らしげにファインダー内で迫るEF64は、やはり早起きしなくては味わえない醍醐味です。でも、この暑さでは日中の鉄ちゃんはかなりシンドイですね。(写真・文:TBlog_2012729_2

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2012年7月26日 (木)

8ヶ月振りの鉄道撮影遠征 C61、ED75試運転

かなりの期間が空いてしまった。6月末からの新たな職場で連日超多忙を極め、あまり外に出る気分ではなかったのと、データ整理などに追われていたこともある。そして気づけば前回鉄道写真を撮りに遠征したのは昨年11月の大井川鉄道と8ヶ月もブランクをつくってしまったので、先週末は突然思い立ってC61とED75に試運転に参戦してきた。

どちらかと言うとED75のほうがメインで、混雑覚悟で20数年ぶりに有名撮影地に行ってみたが、想像よりは人出も少なく、のんびりと撮影することが出来た。しかし沿線は線路の間のロープと、高い雑草に阻まれてかなり撮影地が限定されてしまっていた。

やはりヘッドマーク無しで旧型客車を牽く姿は一味違った雰囲気があった。

(写真・文:K.M)

Ed751

C61202

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2012年7月25日 (水)

上野駅のEF801,2号機

皆さんお忙しいようでブログの更新がストップしてしいる。

暑さに弱い自分だが、さる21,22日は大阪のHa氏と福島にED75の旧型客車を撮りに行くなど、チマチマ撮影に出ている。夏を乗り切れば四季の中で最も好きな秋。空気も澄んで長いレンズも心おきなく使えるから、それを楽しみに撮影計画を立てたい。

今日は1980年9月、上野駅で並んだEF80の1号機と2号機の「ゆうづる」。ヘッドマークがあったら最高だったが、当時ブルトレでヘッドマークを付けていたのは東京~山陽、九州方面の列車だけだった。今でも何かとお世話になっているA氏が注意喚起してくれたおかげで撮ることができた。50ミリレンズでギリギリ撮ることができた記憶がある。

(写真、文 U)

Img2121

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2012年7月19日 (木)

今度の土日は…

梅雨も明け暑くなりましたが皆さまいかがお過ごしですか。それぞれ夏休みの旅行などを計画されているのではないでしょうか。私はこの夏、残念ながらオリンピックに忙殺されそうで、家族旅行どころではありません。寸暇をついてチマチマと近場で〝朝練〟などをするのがせいぜいでしょう。
しかしながら五輪の開幕は7月下旬の27日。それまでもう少し余裕がありますから次の土日はちょっぴり遠出して鉄道撮影をしようともくろんでいます。幸い大阪からHa氏も上京され、ご一緒できそうですから楽しみにしています。行く先は福島方面と言えば、知っている方は「ああ、あれか」とお分かりかと思います。夏休みに入って最初の土日ですから道路の渋滞が懸念されますがHa氏と会話しながら行けば、そんなことも苦痛にはならないでしょう。

もし参戦される方がいらっしゃればご連絡下さい。

暑いので少し涼しげな写真をアップします。

(写真、文 U)

Img2512

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2012年7月16日 (月)

東京帰還第二弾

 

本日(16日)は、11時から休日出勤の日。無謀な賭けではあったが、後で後悔しないように出社前に出撃。昨日同様EF651118牽引のEL碓氷があったので蕨のSカーブは7時半過ぎなら空いているかと思いきや、さすがに盛況でした。それにしても、EF81139のナンバープレートにはガッカリ()!!どういう事情があるのか知らないが、最低!!遠出されたお仲間の皆さんもさぞや不愉快な思いをされたのではなかろうか・・(写真・文:T)Blog_2012716_2

 

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2012年7月15日 (日)

東京帰還第一弾

皆さま、大変ご無沙汰しております。また、ブログの方もすっかりサボっており、申し訳ない限りです。細かい経緯は割愛しますが、高知での2年間余りの単身赴任生活にピリオドを打つことができ、やっと先月東京に戻ってきました。発令から東京への帰還まで日がなかったことで引越しや不用品の処分等で翻弄され、さらに本社の配属部署も今までとは畑違いの部署で、オマケに高齢の両親の老化も急に進み毎週様子を見にいかなければならないと入った事情も加わり、結局今日までカメラを握ることもできませんでした。今日はUさんにお誘いを受け、やっと出撃ということに相成りました。残念ながら「あけぼの」は1051号機だったものの、「そよかぜ」やEF651118牽引の「EL碓氷」等盛りだくさんの被写体を欲張りながらゲットでき、大満足でした。それにしても、暑かったですネ。ご一緒させて頂いた皆々様、お疲れさまでした。(写真・文:TBlog_2012715_2

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2012年7月11日 (水)

肥薩線のD51170

毎年そうだが、暑さと梅雨のおかげで鉄道撮影の機会が減っている。双頭連結器の1030号機が先月の15日からほぼ1日おきで連続15回も続けて「あけぼの」運用に入っているから、もっと〝朝練〟に行って然るべきなのだが、休みと天気がうまくかみ合わず、今日11日をカウントしても3回しか出かけていない。

そんな中、古いネガをスキャンしていたら福岡在勤時代、出張で鹿児島に行った帰りに撮影した8620と、肥薩線真幸駅前に保存されているD51170の写真が出てきた。
これを撮った当日、8620はちょうど熊本から人吉間で運転されていたのだが、走行シーンは撮っておらず、元人吉機関区の煉瓦の機関庫をバックにした停車中のカットのみ。前後のコマを見ると当時、まだ走っていたブルートレイン「なは」を撮るために走行する場面は捨てたようだ。両者を天秤にかけた結果、あの水戸岡某の影響で妙な色に塗られていた8620よりも、先行き短い「なは」を選んだのは当然の判断だろう。

人吉では1983年の大阪在勤時から顔見知りになっている某新聞社のTカメラマンと偶然にもバッタリ(このT氏とは香港の二階建て電車を撮ったときやC623の復活時代、函館本線の塩谷などでも予期せぬ遭遇をしている)。ネガを見てそんなことも思い出した。

それにしてもすでに撮りたい列車もなかった肥薩線の真幸駅まで、わざわざD51170を撮るだけのためによく車を走らせたものだ。なぜそんな衝動にかられたか今となっては記憶が薄れてしまったが、考えられるのは当時、天賞堂から発売された肥薩線用D51重装備タイプの模型を購入するか否かで迷っていたためではないかと推測される。
92~94年の福岡時代もコツコツと模型を収集していたが。天賞堂の模型を買うとなったら(通販を除いて)東京に出て行ったときか博多の「新王様もけい」しかない。ところがその「新王様もけい」ではほとんどが予約販売で店頭に陳列されることはまずなかった。まして九州で活躍した機関車の模型となれば予約ですぐに埋まってしまう。実際に模型を見ることが出来ないからせめて実物はどんな雰囲気の機関車だったかを思い出して、買うか買わないか判断するつもりだった。

また本来、日本の模型は80分の1の縮尺なら線路幅は13ミリ前後でなければならないのに、16番と言われているものは線路幅が16・5ミリと幅広。前から見たらガニ股でカッコ悪い。そこでそのガニ股を隠すべく、自分の模型のほとんどに取り付けているスノープローを九州タイプののD51に付けたらどうなるかということも確かめたかったと記憶している。
余談になるがこの鹿児島工場製集煙装置のルーツは敦賀式のもので、そのスタイルは両者さほど違わない。敦賀機関区のD51は当然、スノープローを付けていたからおかしくはないのだが。

ちなみにこのときはほかにも欲しいものがあったからこの天賞堂製は購入しなかったが、買っていたら直ちにスノープローを取り付けていただろう。この頃の自分はけっこうな勢いで次々と模型を買っていたから、さすがに自らの芸風とは異なる九州のSLまで手が回らなかったが案の定、後年になって入手したものには装着した。

ところでこのD51170、現役時代、肥薩線・大畑で撮影したコマがある。1971年7月のこと。乗っていた列車との交換で停車しているシーンで、ほんのわずかな邂逅だったが、保存された写真と比べると煙室扉ハンドルの形状が変わっている。このタイプは九州のカマによく見られるものだが、自分としては現役時代のものの方が好みだ。
ご存知の方も多いと思うが、JR九州で復活した58654は、かつてこのD51170の隣に保存されていた。

(写真、文 U)

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2012年7月 1日 (日)

EF5861(ロクイチ)と超望遠レンズ

今でこそ望遠系のズームレンズは当たり前で、初心者でさえ300ミリでも便利なオートフォーカス・手振れ防止機能やデジカメの性能向上で一定の写真が撮れる様になっているが、一昔(二昔?)前までは精々200ミリまでが一般的で、300ミリや、まして500ミリは「超」望遠レンズなどと呼んでいたものだ。

私が「超望系」に踏み込んだのは1990年のこと。海外留学中に貯めた本邦給与などを原資に一気に機材のグレードアップを図った。新宿のカメラ屋でニコンのF4Sボディー、300ミリF2.8と500ミリF4を一度に買った。

丁度航空機撮影を始めた時期でもあり、またU氏や某I氏の影響で特にEF5861の正面を撮ってみたいと思ったのが端緒。

1990年9月上旬に購入し、ロクイチが運用に入る週末を待っていたら御殿場線に入線の情報が舞い込んできた。迷わず足柄に車で乗り込んだ。

9月29日(土)の10時40分過ぎ、500ミリレンズの向こうにロクイチの姿が見えた。思ったより低速で来たので慎重にピント合わせを行いながらシャッターを切った。そう、もちろん500ミリレンズはマニュアルフォーカスだったのである。

なかなか雰囲気の良い写真になったが、唯一「2番エンド」だったというのが玉にキズだった。

この2本のレンズたち、最近出番は少ないものの年に数回は活躍の場がまだあるので、すでに22年の付き合いになる。

(写真・文:K.M)

1990年9月29日 9623列車 EF5861+14系6両 御殿場線 足柄にて

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