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2012年4月

2012年4月29日 (日)

《番外編》ひたちなか海浜鉄道

浦和での朝練の後、ひたちなか海浜鉄道の4周年記念の旧型気動車3両運転に行ってきた。ド渋滞の中、何とか3時間以上かけてひたちなかに到着したが、とにかく訪れたのも初めてなので、地理も撮影ポイントも全くチンプンカンプン。他の方の過去のブログを参考にして頂きながらとりあえず中根駅近辺に行ってみたが、何とすでに100名は優に超える同業者の方々で大賑わい。良識ある同業者の皆さんは標準系ないしワイド系のレンズで思い思いの構図で撮影をされていたが、望遠で正面から狙うバカ者は、私くらいなもの(笑)。でも、のどかな雰囲気と昔懐かしい旧型気動車はとても親近感があり、またゆっくり訪れたいと思った。これから、色々と被写体が限られてくる中、こうした「昭和の香りのする車両」が自分にとってのこれからのターゲットになってくるような気がしてならない。次回は、クリームとブルーの塗り分けの222を是非撮ってみたいものだ。お仲間の皆さま、こんなの追いかけていて宴会に遅刻し、申し訳ありませんでした。(写真・文:T

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お仲間の皆さまとの久しぶりの再会

関西から、TAさんご夫妻・Hiさんがわざわざ駆けつけてこられ、期せずして2日続けて新浦和橋での朝練となった。以前にも記したが、この場所は独特の陰気臭さがあり、滅多に足を運ぶことはないのだが、最近アングルのマンネリ化を反省している我が身としては、せめてもの悪あがきを試みたといったところ。それにしても、昨日の宴会はで滅多にお逢いできないAさんやHoさん、Mさんなど、久しぶりに再会できたお仲間も加わり大盛況でしたネ。皆さま大変お疲れ様でした。そして、幹事のYMさんありがとうございました。何十年の年月が流れていても、すぐに昔のように話が弾むというのは何とも楽しいものです。こうした共通の趣味を持つ昔からのお仲間は大切にするべきだと改めて思った次第。さて、アレンジ役をお願いしたYMさんの粋な計らいで、何と二次会からはスペシャルゲストの重鎮Iさんが参加されたのには驚いた。この方には、直接的であれ間接的であれ、どれだけ多くの鉄ちゃんがお世話になっているかと思うと、その影響力は絶大な方なのであるが、その気さくなお人柄は昔から変わらず、改めて敬服した次第。こういう方がいらっしゃる限り、日本の鉄道趣味界もまだまだ発展しそうな気がしてこれからも大いに楽しみである。さて、アップするのは29日・30日に新浦和橋近辺で撮った駄作の数々。お仲間の面々の顔ぶれを思い起こすと、ブログにアップするのも憚られるが、まあ一応活動報告ということでご容赦ください。昔のようにお仲間みんなで撮影をかねてどこか温泉にでも繰り出して、合宿・大宴会ができれば楽しいのだが、各界で現役でご活躍の皆さまばかりなので、まあ老後の楽しみにとっておきますか・・・(写真・文:T

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2012年4月28日 (土)

ヒサシ付きEF81を美味しく戴きました

本社での会議もあって26日(金)から東京に戻ってきていたが、天気も悪く朝練は今日が初めて。一応4時半前には起きて外の様子を見たが、白っぽく霧がかかったようで、とても長玉が使えるような気もしなかったので、「あけぼの」は即座にあきらめて二度寝。HMを見るとあまり気は進まなかったが、今や貴重なEF81牽引の団臨なので出撃することに。昨日マナーモードにしたままだったので気がつかなかったが、Uさんからもメールが入っておりすでに出撃されているようだ。慌てて7時前に家を出て南浦和を目指したが、先客様が多数おられたのでUさんが先着されている北浦和へ行き先を変更した。3段脚立しか持っていない小生にとっては、雑草がかなり邪魔であったが、好きなポジションでのんびり撮影できるのがこの場所のメリットだ。残念ながらPさんにはお逢いできなかったが、Uさんと久しぶりにあれこれお話ししているうちに、あっという間に団臨の時間になってしまった。途中で薄日が差しそうな天気になったりもしたが、最終的には今にも雨でも降りそうな暗くじめっと視界の悪い状態の時に遠くにターゲットのヘッドライトが見えてしまった。その時、背後には下り電車の姿が確認でき、まさに最悪のタイミングになってしまったが、間一髪1秒弱の差で団臨が先に通過した。しかし、ピンは合っているものの、天候のせいか何だか締りのない出来栄えの写真となってしまった。(残念!)UさんからEF81133牽引の乗務員訓練があると伺ったので、二人で南浦和に移動。二人とも正確な時刻を把握していないなかで、ここでもUさんと雑談しているうちに、「あれ、何か来てますよ!」とUさんに促され、慌てて脚立に駆け上ると、もうすぐそこまで133号機が来ていた。全く、これで撮り逃がしたら洒落にならなかったです(笑)。思いがけず、ヒサシ付きのEF81を連チャンで仕留めることができ、上機嫌で本日の撮影は終了。明日は関西のお仲間も含め、このブログでお馴染の面々が勢ぞろいされるようで、今から大変楽しみです。YMさん、いつもアレンジありがとうございます。(写真・文:T

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2012年4月26日 (木)

東急の名車7000系

先日Uさんから教えて頂いて知ったのですが、現在東急7700系で赤帯を外してオリジナルに近い姿にしたものが走っているそうですね。僕の地元、池上線の定期運用に入っているので、是非撮影したいと思っています。
 さて、この7700系というのは、日本初のオールステンレスカーである7000系を種車に、VVVF化や冷房化などの改造をしたものです。で、種車の7000系は登場が1962年だったので、今年で50周年です。
 今回の赤帯外しは池上線蒲田~池上間開業90周年記念でやっているのですが、実は今年は7000系にとってもアニバーサリーなのであります。

その7000系が最も華やかだったのは、やはり東横線の急行運用でしょう。当初は6連でしたが、1970年代に入って8連化され一段と魅力的になりました。ということで、そんな7000系の名場面?の写真を投稿します。

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1979年6月、学芸大学駅での撮影です。「急行」の表示は、やはり方向幕よりもサボがいいです。東横線では、20m級で冷房化された8000系が投入されてからも、長い間18m級非冷房の7000系が急行の主力でした。
 。「桜木町」という行先表示も、今となっては懐かしいです。そして、間もなく東横線と地下鉄副都心線の乗り入れもはじまり、上り列車の「渋谷」の行先表示も見られなくなります。便利になるのは大変いいことですが、さびしくも感じますね。

本ブログのメンバーのうちの多くの方と、近々集まれることになりました。とても楽しみです。 文・写真 YM

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2012年4月25日 (水)

関東鉄道のDD50

このゴールデンウイークは後半に「日本海」の臨時列車が走る、ちょうど奥羽線の青森口では583系の臨時列車もあって、「あけぼの」と絡めるとひじょうに密度の高い鉄道撮影が可能だ。
先日来、大阪のHa氏とこれらの撮影に行くか、行くとしたならどういう交通手段を使うかということが話題となってる。おそらく「日本海」は今回の運転と夏のお盆のシーズンに運転されれば、そのまま消滅するのではないかと個人的には考えている。年末年始は雪や強風で運休も多く、そんな時期に臨時列車を走らせるとは思えないからだ。したがってこのゴールデンウイークの運転は夏と違って暑くもなく、太陽も高くはならず、撮影には条件が良いだろう。
さてどうする。
まもなく連休に突入するというのに、まだ予定が決まらない。わざわざ青森に行くよりも、東京に残って渋滞のない道で〝朝練〟するのもなかなか魅力的だ。このところ「あけぼの」は双頭連結器の64が運用から外れ、一般型の1052と1053がローテーションを回しているが、連休中は配給列車が少なくなるから双頭機が入る可能性を期待している。また、そろそろJR貨物のEF65に変化が出るとも言われ、連休でウヤが多いながらも貨物列車にカメラを向けるのも良いだろう。それに高知からT氏も一時帰京しているから、浦和界隈でご一緒するのも楽しみ。青森方面での新緑に囲まれてのブルトレハンティングも捨てがたいが、人の少ない都心での撮影も悪くはなく、高崎線北部での「あけぼの」撮影や、まだスノープローを装備しているとしたら、磐越西線に行くことも容易だ。
どうしたものか。

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かつて鉄道記念日に当たって運転された関東鉄道のDD50が牽くイベント列車。怠慢にも撮影日をメモっておらず日付が曖昧になってしまった。94~96年のいずれかの秋だったはず。発売前のニコンF5で撮影したから96年かと思うが、鉄道雑誌のバックナンバーを調べれば分かるだろう。
このDD50、最近は水海道の車庫に留置され、本線を走ることは少なくなっているようだ。水海道の車庫もこのころは事務所に行って見学を申し込むと、名簿に住所氏名を記載すれば許可が下りたが、最近はダメになったらしい。
小さい車輪の回転でチョコチョコと動く、ロッドの動きが愛らしく、今度撮る機会があったらぜひ動画も記録しておきたい。

(写真、文 U)

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2012年4月23日 (月)

EF5861牽引の荷38列車を戸塚で

過去のフィルムスキャンも大分進み、1979年9月あたりまで来た。1979年と言えば5月には飯田線でED62の御召列車が走り、伝説のEF5861とEF5860がプッシュプルで1号編成を牽いたり、8月に山口線でC571が復活、そしてEF58もだんだん廃車が加速していった時期でもある。

私のEF58の取り潰しは1979年12月11日に長岡で50号機を撮ったことで終了。21と28が撮れなかったが170両(+EF18を3両)までは行き着いた。

そんな中、ロクイチはまだ現役バリバリで、東京機関区の一員として活躍していた。今回の写真は1979年7月7日の荷38列車を牽引したときのもの。午後から夕方にかけての上り列車ゆえ、正面に陽が当たる順光の場所は静岡県内の一部に限られていたが、午後の陽のまわりの早い夏至近辺の時期は首都圏近郊でも何ヶ所か順光場所があった。

その一つが戸塚駅で、ホームの大船寄りからの正面の構図はなかなか良い雰囲気を醸し出していた。1番エンドでワイパーも片側はKW3D、窓の丸いステッカーも懐かしく、もちろん無粋な無線アンテナなど付けられるはるか前の姿である。正面窓下の手すりが銀でなく同色に塗られてしまっているのが少し惜しい。

(写真・文:K.M)

1979年7月7日 荷38列車  戸塚駅にて

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2012年4月22日 (日)

ボンネットバスの勢揃い

昨日、4月21日は大阪のHa氏と東北線・船岡と磐越西線に行って来た。船岡は天候に恵まれず、桜も満開とはいかなかったが、磐越西線はスノープロー付きのC57180を堪能した。

大阪から戻って初めての遠距離鉄道撮影でトータルで1100キロの行程だったが、空気の良い地方の道をドライブするのは気分の良いものだ。次の土曜日からはゴールデンウイークにはいるということもあるのか、人も少なくラーメンで有名な喜多方の「坂内食堂」も昼時だったがあまり待たずに入ることができた。
喜多方の街はいずれゆっくりと泊まりがけで訪れてみたいと思っている。古い造りの建造物も多く、それらを見て歩くのも面白そう。かつて「鉄道模型趣味」で 見た河田耕一氏のストラクチャー記事に出ていたような家屋が目につく。昨日は残雪の山々もきれいに見え、ひじょうに気持ちの良い撮影旅行だった。

道中、Ha氏と話題になったのはゴールデンウイークに運転される臨時の「日本海」や583系で運転される「弘前さくら祭り号」などの撮影行。大阪から車を 運転して青森へ行くつもりにしていたHa氏だが、やはりその距離や時間を考慮するとかなりしんどそう。渋滞も当然、予想されるわけで通常よりも体力的にか なり疲弊するのではないだろうか。新幹線を使い、現地でレンタカーというのが無難な選択だと思うが、さあどうするだろう。
かくいう自分は「日本海」の牽引が、期待していた青森ではなく敦賀のEF81だということで少々意欲減退気味。行くとしたら大阪よりも現地に近いとはいえ、やはり新幹線+レンタカーだろう。
それにしてもHa氏、今月は7日の田端運転所撮影会にも来たし、6月下旬からは2週続けて北海道へブルトレ撮影に行くという。いくらお若いとはいえ、並々 ならぬ意欲で鉄道撮影に取り組んでいる。関西では「日本海」が廃止され撮りたい被写体が減ったこともあるのだろうが、全国を股にかけた撮影行脚には脱帽 だ。

さてゴールデンウイーク中の北東北への撮影旅行、果たしてどうなるか。自宅にいてもゴロゴロしているだけなら、自分も参加すべきなのだが、ここ数日で身の振り方を考えたい。

今回アップするのは87年11月に妻と行った十和田湖、奥入瀬、八幡平旅行の際に撮影したボンネットバスの勢揃い。このときは観光旅行の合間に「ゆうづ る」を撮ったが、宿泊先に向かう道中でこれらボンネットバスが並んでいる姿に遭遇した。観光用に走らせている「やらせ」のための車両かと思ったが、まんざ らそればかりではなかったようだ。
先ほどこのバスを所有している岩手県北自動車株式会社のHPを見たら、どうやら残っているのは「61-11」の1台のみになったようだ(間違っていたら申 し訳ない)。さすがに雪深い地域で活躍するだけあって、中にはウインチを装備したバスもある。蒸気機関車で言うならばまさに北海道形の耐寒耐雪仕様。
夕暮れ時とあってコダクロームには辛い露出だったが、車を止めてまで撮っておいて良かった。どなたか詳しい方がいらっしゃったら、このバスについてご教示下さいますよう。

(写真、文 U)

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2012年4月17日 (火)

高知の春

また暫くブログをさぼってしまっていて申し訳ありません。いよいよ高知での在任期間も秒読みになってきているものの、当地では相変わらず大したネタもありませんが、15日(日)にアイランドエクスプレスⅡが、めずらしく土佐くろしお鉄道の安芸まで乗り入れたので、赤野~穴内の太平洋を臨めるポイントでちょっとだけ狙ってきました。(ところが、三脚まで構えて待っていたのに、定刻を20分以上過ぎても来ないので、「ウヤか!」と諦め、三脚をたたみカメラをカメラバックに収納していると、遠くから遅延のターゲットのヘッドライトが見え、結局大あわてで手持ちで撮影するはめに・・)その後、ついでに高知での桜も最後かと思い、かなり遠かったのですが、仁淀川町(結構愛媛県境に近い秘境のようなところ)の有名なひょうたん桜(樹齢500年とも言われ、県指定の天然記念物になっている)もカメラに収めておくことにしました。(残念ながらもう見頃は過ぎて葉桜になりかけていましたが・・それにしても我がワゴンRは大活躍で、この日だけでも200キロは走ってました。)さて、Uさんのブログを拝見しているとニコンの優勢が確定的なようで、取り残されたEOSユーザーとしては本当に肩身が狭い限りです。まあ、今年のGWは、首都圏も美味しいネタは少なそうですが、気候も良いし、欲求不満気味の小生には「あけぼの」でも気分転換にはなるのではないかと期待しております。(写真・文:TBlog_20124171_4

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2012年4月15日 (日)

C57180の車入れ作業

実は今日(4月15日)、「あけぼの」の牽引機は双頭連結器ではないEF64だと予想していて、近郊区間での鉄道撮影のネタが思い浮かばず、それならいっそ磐越西線にC57を撮りに行こうかと考えていた。しかし昨日が一日中雨でダラダラと読書をして過ごしてしまい、同線へ行くための準備を怠り、結果的に今朝はいつものように北浦和での〝朝練〟となった。「あけぼの」は良い方に予想が外れ双頭機が来たから、先日入手したばかりのニコンD800Eの使い初めとしてはラッキーで後悔はしていないが、そろそろC57180の姿も見たいことには変わりない。
時期的に考えれば、スノープローを外してしまう可能性もあり、ボヤボヤしてはいられない。これがあるのとないのとでは、見た感じが大きく違うから、なるべくなら4月中に行っておきたいが、腰の重い自分としてはどうなることやら。
磐越西線に行くためには、車のフロアマットを泥などの汚れから守るカバーや、山都の鉄橋を見下ろすポイントで不可欠な長靴も買っておきたい。今年は雪が多かったから、舗装していないところは雪解けの水でぬかるんでいることだろう。帰宅後の洗車を軽減する意味でも、ともに不可欠なアイテムだ。

ところでC57180は2009年2月に千葉で運転して以来、まともに撮影していない。昨年7月、復活したC61と重連を組み高崎~水上間で走った際に水上で停車中の姿をスナップしたが、列車の先頭に立つ姿は3年以上見ていないことになる。
スノープロー姿を見られずとも風光明媚な磐越西線には暑くならないうちに行っておきたいと考えている。

今回アップするのは1999年2月9日、大宮工場で復元中のC57180の車入れ作業と、同じ年の4月に新津で撮影した試運転に臨む直前の姿。この年は7月に3,4回ほど仕事も兼ねて磐越西線に行ったが、この年の秋から大阪に3年間の単身赴任となって、しばらく同線とはご無沙汰することになる。ちょうど鉄道撮影から遠ざかった頃だ。

(写真、文 U)

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2012年4月11日 (水)

琴平電鉄のデカ1など

先日、古いポジをスキャンしていたら出てきた高松・琴平電鉄の画像。
大阪在任時代、琴平電鉄のレトロ電車を撮りたくて2011年の6月、徳島出張時に1日休みをもらいレンタカーを借りて撮影したが、それ以前に琴平電鉄には3度ほど行っていた。「行っていた」と言っても、それはほんの少しの時間を割いてのぞきに行ったようなもので、じっくり撮影したわけではない。残っているのはご覧のような、いい加減なカット。
それでも長年、鉄道撮影をやっていると記憶に残っていないのに、今になってみれば懐かしい車両を撮影していることもある。自分の場合、私鉄には全くといって関心はなかったが、それでも国鉄の撮影の合間、時間が余ったときなどにのぞきに行った私鉄はそこそこの数になっているようだ。ネガ、ポジを今後もスキャンし取り込んでいくうえで、これらの私鉄の優先順位は低いかもしれないが、追々それらもアップしていきたい。

さて今回のスキャン作業で意外だったのは琴平電鉄の事業用車・デカ1のパンタを上げている写真を撮っていたこと。この車両、いわゆる電動貨車の範疇に入るもののようだが、今やこの類の車両、全国的に見ても珍しい存在なのではないだろうか。昨年、仏生山車庫に行ったときにもパンタを上げた姿を撮りたいと思ったが、なかなかユニークなスタイルでマニア受けしそうだ。本線走行するようなことはないのかもしれないが、味のある車両であることは間違いない。昨年11月に大阪のA氏の結婚パーティーの際に撮影することができた阪堺電車のデト1に共通する好感を覚える。83年7月、高松高裁の裁判の関係で出張した際の帰りに撮影した、たった1枚のカット。当時はまだ茶色に塗り替えられていない3000形の300と同じ形式の345が写っている。

最初に琴平電鉄を撮影したのは78年3月。狙いは四国のDF50だったのだが、当時の四国はまだまだDF50の天下で、ほぼ半日、高松駅で来る列車を片っ端から撮影していたら飽きてきて、近くの琴平電鉄・高松築港に気分転換に行った。そのときはモノクロしか撮影していないが、それから4年後の82年。就職が決まり中学の同級生と旅行した際に京浜急行から譲られた元230形を見たくて立ち寄った。あまり時間が取れず、やはり高松築港付近でお茶を濁したが、これが最初で最後の琴平時代の230形となった。

(写真、文 U)

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2012年4月 9日 (月)

特急色のDE10

3月8日の記事で福岡赴任時代に撮影した特急色のDE101755を近いうちにアップするとしたが、あれからすでに一ヶ月が経ち、ようやくポジから取り込んだので今回掲載する。

福岡には92年から3年間赴任した。自分が大学時代、父がやはり福岡に単身で転勤していたし、祖父母が長崎にいたこともあって九州は幼い頃からしばしば訪れていた。しかし、やはり実際に住んでみると、食べ物のうまさは格別で、特にサバやクエの刺身をはじめとする海産物は最高だった。仕事のエリアが九州全域、沖縄だから管内の出張はどこへ行ってもうまいモノばかり。30代はじめの頃で酒も飲んだし、いろいろと悪さもした。ほぼ毎晩、当たり前のように4,5件のはしごは当たり前、ひどいときには明け方の魚河岸で酒を飲んで出社などということも度々だった。だから派手な塗装のJR九州の車両などに割く時間などなく、3年も住んだ割にはあまり写真が残ってない。
それが福岡時代後半、久大線や筑豊線に残っていた客車列車がなくなると知り、少しは撮っておこうかと重い腰を上げたのだった。JR九州のDD51やDE10は正面のナンバーの白帯がなく、決して好きにはなれない姿だったが、久大線沿線の景色の良さは写欲をかき立てるとともに、酒飲み友達と何かあるごとに湯布院へ遊びに行ったから、撮影を億劫と感じることもなくなっていた。
行き始めると「ほどほど」ということを忘れてしまう性質。休みのたびに久大線。筑豊線へ通うようになり、鉄道撮影の楽しさを思い出し始めることとなった。94年11月、「鉄道ファン」誌で唐津の有名なお祭りである「唐津くんち」に際して、ブルトレ車両をホテル代わりとするために、DE10による客車の回送が熊本から唐津に走ることを知った。前年にも走っていたことは知っていて、その時の記事に出ていた唐津線の厳木~多久周辺の撮影地に行くと、現在九州鉄道記念館の宇都宮照信氏と出会うことになるのだが、その際にこの回送列車を車で追い抜き、何度目かに撮影したのがこのカット。
入手したばかりのキヤノンEOS1(フィルムはベルビア)で撮影し始めの頃の一枚だ。

(写真、文 U)

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2012年4月 7日 (土)

EF6211 御召旗開き

今日は田端運転所の撮影会に行ってきた。3回設定のうち最後の回の弁当が「カシオペア スペシャル弁当」ということで、これに申し込んでおいた。

受付に行くと丁度撮影を終えられたUさんと、遠方から来られたAさん、Hiさん達とお会いすることが出来た。撮影会自体は5両の機関車がヘッドマークを付けて並んでるというシンプルなものだったが、少人数であり三脚や脚立の持込も禁止ということで、いたってのんびりと撮影を堪能できた。30分の撮影時間であったが、撮影自体は10分くらいで十分で、あとはのんびり機関車を眺めていた。

撮影会後に渡されたカシオペア スペシャル弁当をどこで食べようかと思案。飛鳥山や上野公園での花見も考えたが、やはり鉄道系の雰囲気の中で食したいと思い、上野駅13番線に赴いた。発車まで15分くらいある停車中のガラガラの電車の先頭のボックスシートに陣取り、なかなか高級な駅弁を食べ始めた。そのうち動き出し、久しぶりにボックスシートで駅弁を食べるという懐かしい雰囲気に浸ることができた。

昨日アップした高崎第二機関区旗開きの第二段。美しく輝くEF6211の姿をご紹介する。

(写真・文:K.M)

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2012年4月 6日 (金)

お召し列車運転時の機関車「旗開き」

この数ヶ月、あまり撮影には行かずにフィルムのデジタル化に集中して取り組んでいた。Uさんのように1枚づつ丁寧に手を加えながらではなく、私の場合には「量」で勝負・・・ということで、休日に丸一日作業をすると500枚くらいはスキャンを出来ている。

非常に単純な作業をしながらも、大変懐かしい写真に出会ったりして、これはこれでとても楽しい。

今回ご紹介するのは1978年10月の長野国体の御召列車運転時のEF6211と予備機のEF6218の旗開きである。まだ初心者だった私は、このブログにご登場のUさん、某Iさんたちについていかせていく形でこんな写真を残すことが出来た。

これは運転前日の夕方の高崎第二機関区での「旗開き」。2両の美しいEF62が、綺麗な日の丸をはためかせ、夕陽の中静かに佇んでいた。このあとわざわざEF6211を広い場所に移動していただき、旗付きの形式写真も撮ることが出来た。

そして翌日は新町の鉄橋でEF5861の御召列車を撮影後、再び高崎第二機関区を訪問し、EF5861の旗開きも初めて撮ることが出来た。今から思えば夢のような出来事である。

(写真・文:K.M)

1978年10月12日 高崎第二機関区にて

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2012年4月 2日 (月)

飯田線の貨物列車

今日4月2日は休み。〝朝練〟で北浦和に行ってからは時間があったので少しだけ過去のポジをスキャンした。

当時を振り返ってみるとリバーサルはほとんどがコダクローム。変色や退色に強いということから、保存性を重視していつもこのフィルムを使用していた。ISO64という感度は晴れなければ、シャッター速度が稼げず、今のデジタル時代とは隔世の感がある。撮影の主力はモノクロで、これまたコダックのトライXが主流だったが、ちょっと珍しい被写体があるとカラーでも撮影していた。後年、富士フイルムのベルビアがコダクロームにとってかわるのだが、その頃はあまり鉄道撮影に出掛けることがなくなっていたから、自分で使ったリバーサルはコダクロームが圧倒的だ。

学生時代、主に使用していたカメラはオリンパスのOM1、2。肥大化する一眼レフに逆行して小型軽量を売りに、一躍ベストセラーになった。このカメラ(OM1)を最初に使用したのは昭和48年夏の北海道旅行で、50ミリの標準レンズだけで2週間、道内の各機関区を訪れた。
とにかくシャープな形状のペンタプリズムをはじめ、スタイリッシュさが魅力で、ブラックボディが出たときはすぐにクロームボディから買い換えた。モータードライブやワインダー(懐かしい!)などのシステムも豊富で、本当に愛着あるカメラだった。
その後、ブロニカECTLや鉄道ファンの必需品、ペンタ6×7も加わったが、ブローニーはモノクロ、オリンパスはリバーサルといった棲み分けが自然と確立していった。今思えば、ブロニカなどはフィルムマガジンが交換できたのだから、形式写真などを撮る場合はカラーとモノクロの両方撮影できたのに、コダクロームの保存性ばかりを重視してブローニーでのカラー撮影は滅多に行わなかった(後年、コダクロームもブローニーを出すのだが)。
今回はそんな中から数少ないブローニーのリバーサルで撮った飯田線の貨物列車をアップする。

そもそもどういう風の吹き回しでこんなものを撮影していたか記憶にない。覚えているのはこれを撮ったのは多分1994年の11月初頭だということぐらい。小海線の小淵沢のカーブで早朝のアルプスをバックにしたディーゼルを撮りに行き、地図を見たらあまり遠くないと知って車を走らせた記憶がある。当初から狙いを定めて撮りに行った対象ではない。
この写真を見て気づいたのは平日にも休みがある今の職場環境。中央西線のEF64重連などに行こうと思えばいつでも可能なのだいうこと。まだまだ撮っておきたい被写体はある。

(写真、文 U)

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2012年4月 1日 (日)

新年度の風景

新年度。
今年の4月1日は日曜日とあって企業の入社式などは2日に行われるところがほとんどのようだ。月曜日の朝はそんな姿の若者が携帯電話片手にワンサカ、通勤電車にあふれるのだろう。

聞くところによると東京メトロでは平成24年度中に地下駅構内、トンネル内で高速モバイルインターネット通信WiIMAXを利用できるよう準備するという。事故、災害発生時などに情報収集の手段として役に立つという一方、駅構内でだらしなく使用する客が増えるのが予想される。
今でさえ携帯電話を見ながら歩いてくる人間とぶつかることが多いのに、この計画が進めばそういうことはさらに増えるのは間違いない。東京に帰って何が最も不愉快かといえばそういう輩が多いこと。もちろん大阪にもそういった奴らはいたのだが、その数は圧倒的に東京の方が目に付く。大阪の人たちは話し好きだし、電車に乗っている時間も短いこともあるのか、携帯電話を見るよりもおしゃべりする人たちが多いように思えたが、東京の電車は気持ち悪いくらい静かなうえ、どいつもこいつも携帯電話やタブレット端末の画面を眺めている。望遠レンズの効果である「重なり効果」を利用して、そういう車内風景が撮れたら異様な絵になるだろう。
とにかく、電車の扉が開いても端末を見るのをやめず、そのままノロノロ歩いているし、自動改札を通るのもモタモタしているから、じゃまなことこの上ない。いずれ何らかの事故や諍いが増えるのは間違いないだろうが、電車の遅延などにもつながりかねないこの計画、東京メトロも余計なことをするものだ。

話は逸れたが4月の第一週は歓迎会で酔った新入社員が徒党を組んで騒いでいる姿や、自分の会社への道が分からず、携帯電話を片手に最寄り駅でウロウロする姿が多く見られるだろう。とにかく、社会マナーをわきまえたうえで、一日も早く戦力になってもらいたいものだ。

さて新年度最初の画像はやはりロクイチにしたい。
1980年3月、言わずと知れた近江長岡~柏原での撮影。紀勢本線で走行した「きらめく紀州路」に使用された客車の返却回送だが、時間の都合で柏原駅から近い場所でしか間に合わなかった。架線柱がじゃまだ。

(写真、文 U)

 

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