« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

2012年3月31日 (土)

ジェット燃料輸送の貨物列車

ずいぶんご無沙汰してしまった。
鉄道撮影にかまけて古いネガのスキャンを怠け、こちらのブログにアップする画像が枯渇してしまったという言い訳は情けない。K・M氏のようにこつこつとスキャンしなければ古いネガが日の目を見ることはなくなってしまう。3月はずいぶん撮影に行ったから、4月は少し真面目にネガの取り込みにも力を注ぎたい。

このところ総武線の貨物列車に注目している。今回のダイヤ改正で好きなEF641000番台が鹿島貨物の運用を持つことになったためだ。また近いうちにEF65にも何らかの変化があるという話もあって、その両方が狙える総武線の新小岩~千葉間に出没するようになった。高架線を走る区間とあって撮影ポイントは駅のホームがほとんどだが、長ダマを使える場所が随所にありなかなか楽しそうだ。小岩、津田沼などのホームは下り貨物列車を撮るにはもってこいの場所ではないだろうか。陽炎がきつくならないうちに、これらのポイントを(大げさだが)制覇してみたいと思っている。
その後は有名な佐倉付近にも行ってみようと思う。以前、この周辺で撮影した検測列車の画像をアップしたが、昔からあのあたりは田園地帯で列車撮影にはもってこいの場所だった。鉄道写真家のカメラ教室なども催すことができるくらいだから、ある程度の人数が集まっても問題なさそうだし列車密度もそこそこ高く、一日いても飽きることはあるまい。食料を仕入れピクニック気分で、来る列車来る列車を撮るのは楽しいだろう。可能ならどこかに一泊して小湊鐵道やいすみ鉄道、JR久留里線なども撮ることだって面白い。暑くならないうちにぜひ、そんな鉄チャンをしてみたいものだ。

今回アップするのは大学生時代、1980年に撮影したジェット燃料輸送の貨物列車。千葉県内に会社の同僚とゴルフに行く父を車で送り、迎えに行く間、足を伸ばして撮影した。
当時はDD51重連の貨物列車など全国的に見て珍しくもなく、足回りの隠れるこんな場所で撮影してしまった。
その後、この燃料輸送列車は過激派のゲリラによって放火されたり、パイプラインも整備されたことから廃止になったが、もっと真面目に撮っておくべきだった。当時の写真を見ると毎度毎度、同じ感想にとらわれる。後悔は後に立たない。

(写真、文 U)

Dd51_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月21日 (水)

今期「朝練」開幕戦

会社のキャンペーンもやっと終わり、久しぶりに東京の自宅にトンボ返りで戻りましたが、ダイヤ改正も既に終わっており後の祭り。家の前を通る「スーパーひたち」も好きになれないE657系に替ってしまっていました。(TAさんは、「日本海」のお見送りに行かれたのですね・・)当方は、親を墓参りに連れて行ったりしながらの、ドっと疲れる週末でしたが、とりあえず「あけぼの」の朝練開幕戦は19日(月)と20日(火)に決行しました。何と言っても、今や「ブルトレ」というもの自体が絶滅危惧種になってしまいましたし、昭和の香りのする国鉄型の機関車であるEF641000が牽く「あけぼの」は少しでも記録に残しておきたいもの。19日(月)は風が強かったものの、早朝から朝陽が期待できたので、本当に久しぶりに蕨のSカーブに行ってみました。先客1名様の後ろで我が定位置を確保できましたが、結局ほかに同業者の方は来られませんでした。日の出が早くなったとは言っても、彼岸の入りではまだ手前のビルの影が伸びていて、編成全部を入れると機関車の頭は影ってしまう状況で、已む無く手前から連写しましたが、お目当ての1031号機はどこかでビニール傘を台車に引っ掛けてきて、かなり不満足な結果に終わってしまいました。(それにしても、この時期は機関車の頭には架線の影が全くかからず結構良い感じだったのに・・残念)翌、20日(火)の早朝は曇天で、露出も上がらず、ISO1250がやっと。機関車も残念ながら1052号機で、何ともメリハリのない写真になりましたが、今やそんな贅沢は言っていられません。今回は早々に高知にトンボ返りしたので、Uさんはじめお仲間の方々にはお目にかかれませんでしたが、ゴールデンウイークにはどこかでご一緒したいものです。本来なら開幕戦は、北浦和に行きたかったのですが、PさんやUさんのブログを拝見していると、私の脚立では到底雑草の高さには太刀打ちできそうもないので、今回もお邪魔できませんでした。今期もずっと北浦和という選択肢が選べないとするとかなりダメージは大きいです・・(Pさんのブログを拝見すると何やら目立つポールも林立してしまった様子、とても残念な限りです)(写真・文:T

Blog_20123211

Blog_20123212

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年3月19日 (月)

ダイヤ改正後のちょっとした変化

このところ花粉症に苦しめられながらも比較的頻繁に鉄道撮影に出掛けている。大阪は花粉の飛散が少ないのかマスクなどをして撮影に行くことはあまりなかった。メガネをしているのでマスクを着用しているとレンズが曇りがち。カメラに顔をくっつけるるとすぐにメガネが曇ってしまいひじょうに撮りづらい。本命の列車が来る直前になってからようやくマスクを外して撮影に臨むのだが、面倒くさいと言ったらありゃしない。こんな状態があと2、3週間は続きそうで、せっかく日の出が早まったのに気分はスカッとしない。

このところ東十条で朝日を受けて上京する「あけぼの」を3回ほど狙った。毎年冬になると少しでも上野寄りで日の出時刻に近いここで撮ってきたが、脚立も不要なうえコインパーキングも多く何かと便利だ。板橋本町からの首都高速が渋滞していたら、帰りは入谷からいつも空いている首都高速1号上野線に乗れば良いこともこの場所の魅力だ。そのまま横羽線、第三京浜を経由すればラッシュ時でも渋滞に巻き込まれる確率は低い。それに駅のそばにはいつも清掃が行き届いた公衆トイレがあるのも寒い時期にはひじょうに助かる。
EF57が走っていた頃は赤羽方で撮った経験はあるが、東十条の駅のそばで写真を撮ったのは2010年の1月が初。「北陸」や「能登」が走っていた頃で6時過ぎに上野着とあって現地はまだ暗く、線路に沿った道路のあちこちに酔漢のまき散らした吐瀉物があって悪い印象をもち、あまり来たい場所ではなかった。
ところがその後、天気が悪いときなどにこのポイントに来ることがあったが、そういう光景はそのとき1回限り。南口の歩道橋のそばには鐘のある小さな祠が祀られ、街ゆく人がそれを鳴らし手を合わせて行く。前述のように公衆便所の手入れも行き届き、あらためて観察してみるとなかなか風情がある。撮影ポイントもレンズを変えるとさまざまに展開できて、今年はここにすっかりはまってしまった。
駅ホームの明かりを頼りに夜、上野を出る夜行列車を流すファンもいるようで、東十条の魅力は尽きないようだ。

今日19日もここに〝朝練〟に行った。浦和界隈では「あけぼの」を待っていると後ろ(すなわち上野方)から来る下り貨物列車がきれいに撮れるようなポイントは限られるが、ここはすぐに振り向けば大丈夫というのも強みの一つ。どんな色の機関車が来るか期待しながら前後に目を光らせて列車を待つひとときも楽しい。
今朝はEF210、EF64、65の3機種をキャッチした。貨物時刻表によると3074列車はダイヤ改正後、少し時刻が繰り上がり本来なら仙台のEH500の担当になったはずだが、19日の時点ではまだEF65で、トヨタロンパス、5585列車ともに変化がなかった。
変わったのは「あけぼの」の2本前(休日ダイヤなら1本前)に来ていた185系の回送。「草津1号」の時刻が遅くなって送り込みの回送が消滅した。この185系の回送、「あけぼの」前の肩慣らしでもあり、14両の長大編成はなかなか見応えがあった。昨今は湘南色やあまぎ色に塗られた編成もあって、好みはあるものの、ちょっとしたクジ引きのような楽しみもあったのだが。
185系自体はまだまだ活躍するだろうが、「あけぼの」のついでに記録できていたのは楽と言えば楽だった。
けっきょく最後の送り込み回送は16日。ちょっとしたことだが〝朝練〟の常連としては寂しい気分だ。

(写真、文 U)

Photo

Photo_2

Photo_3

こうしてみると連結器カバーが、事後、コンドームを付けたままの○ニ○(まさに「連結器」)のイメージで、あまり良い印象ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月18日 (日)

「日本海」のお見送り

しばらくご無沙汰しております。

とうとうダイヤ改正で、新幹線では100系.300系が姿を消し、関西からも「日本海」「きたぐに」がダイヤから消えてしまいました。毎度改正の度に消滅する車両や列車が多くなっているのも寂しい限りです。

で、関西ブルトレの最後となった「日本海」、普通なら雨と云うだけで出動中止なのですが、最後の姿だけでもと思い、塚本でお見送りしてきました。

またひとつの時代が終わったような気がしました・・・

写真・文 T.A.

Aaa_2964_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年3月16日 (金)

近所の撮影地

うちの近所、徒歩90秒ほどの所に東急池上線の踏切があります。現在の自宅に住むようになって丸6年以上の間、100回以上その踏切を歩いて渡っています。で、今年に入ってから、「季節によってはその踏切の脇から、夕方の下り電車が良い光線で撮れるのでは?」ということに気づきました(6年もの間、全然気づかなかったであります)。以来、夕方の日の向きを気にしていたのですが、そろそろ良い角度になってきたので、昨日試しに撮ってみました。これがその写真です。

201203_001_2

時刻は16:27。レンズの画角は35mmサイズ換算で560mm相当です。手持ちで撮影したのですが、恐ろしい強風で体が大きく揺さぶられ、構図が全然定まらずに変な具合になりました。とりあえず、トリミングせずに貼ります。自宅を出るの少々遅く、最初にこの写真を撮った時点で、側面に少し建物の影がかかっています。1本か2本前あたりがベストな光線だったのではないでしょうか。で、この写真のから6分後に来る次の電車では、前面に大きく建物の影がかかっていました。長いレンズで迫力ある写真をものにされているUさんに刺激され、こんなことをやってみたのですが、なかなか面白いです。日が高くなる前に、7700系や7600系もここで撮っておきたいです。 文・写真:YM

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年3月12日 (月)

1977年春 太平洋炭鉱専用線

フィルムのデジタル化も順調に進み、今月で85本、3000枚のネガをスキャンした。今は1977年の3月、高校2年の春休みのときの写真になったが、丁度自分の息子がこの年齢になっている。

1年前に蒸機が無くなり、このときの主目的は「乗りつぶし」であった。冬季割引で買った北海道周遊券を持って単身20日間の北国への旅行。今、自分の子供が行きたいと言ったら絶対にNO!といっていたと思う。しかも携帯電話など想像だにしない35年前である。今思えば本当に「親の心、子知らず」であった。

乗りつぶしをしながらも当然色々と撮っている。忘れてしまったような所へも行っているのだが、その一つに釧路の太平洋炭鉱専用線があった。

何でここに行くことになったのかなど覚えていないのだが、ネガを見る限りでは半日ほどここで撮影していたようだ。610ミリの軌道に8両の特徴あるかわいい機関車が一所懸命石炭輸送を行っていた。

(写真・文:K.M)

1977年3月 釧路の太平洋炭鉱専用線にて

35n044179

35n044166

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 8日 (木)

鉄道雑誌

鉄道関係で毎月購読している雑誌は6誌。「鉄道ファン」「RMマガジン」「とれいん」「RMモデルス」「鉄道模型趣味」「鉄道ダイヤ情報」。これらの本が増え続け自分の部屋だけではストックできなくなってきた。そこで先日、この4年間たまっていた「鉄道ダイヤ情報」を処分した。好みの激しい自分の場合、鉄道車両の構造や鉄道会社の沿革などといった硬い話題はあまり興味がなく、掲載されている写真を中心に眺める。ダイヤ情報の写真が悪いというのではなく、掲載されている読者が撮った写真の撮影地が毎月同じ場所のことが多く、翌月発売される本にもまた同じ場所で撮ったものが続けて出ることが多いため、わざわざ古い号を取っておいても仕方がない。武蔵野線の東浦和などはほぼ毎月といって良いほど掲載されている。
そんなふうに決めたものの、やはり大事な記事がないかと大阪から戻って1カ月半、未練がましく入浴の際に1,2冊ずつ丁寧に読み直して、必要なものは取っておき、そうでないものについては処分を完了した。そこで気づいたのは、この本の写真コンクールのレベル。高いときもあるし、「どうしてこんな写真が選ばれたの?」と首をかしげるものがあること。もちろん写真の良し悪しは好き嫌いと表裏一体だから、一刀両断する気はないが、選者の宮沢孝一氏の評も苦し紛れなのではないかと感じたものも一つや二つではない。宮沢氏の美辞麗句も限界に達するのではないかとすら心配になる。
(失礼を承知で言えば)レベルが低い月があるのは題材にも大いに左右されているようだが、「該当作品なし」という厳しい判定があっても良いのではないかと思う回もあった。
いずれにしても「鉄道ダイヤ情報」誌は臨時列車運転情報を見たくて買っているわけで、その列車の運転が終わってしまえば自分にはそれほどの価値はなくなる。処分を考えるうえで優先順位が上位に来るのは本の性格上仕方のないことで、決して軽視しているわけではないことをお断りしておく。

一番長く購読しているのは「鉄道ファン」。小学校3年生の時から、多少間は抜けても何だかんだと40年以上見ている。自分自身の拙い写真も掲載していただき、少し前に創刊50年を迎えた別冊には、当時の宮田編集長がわざわざ名前を刻んでくださった。光栄きわまりなく、今後も購読を続けることだろう。
そんな愛着ある「鉄道ファン」だが、先日じっくり読んでいたら頭が痛くなる記事があった。昨今の電気機関車の状況をまとめたものだが、この記事、列車番号をはじめとしてやたら数字が多い。機関車運用を記事だけで紹介しようとしている構成に無理があるのは明らかで、数字に弱い自分は記事を読んだだけではまるで咀嚼できない。写真も小さなサイズの羅列で老眼が進んだ私のような年寄りにはハード。好きな機関車の話だけに必死で読むのだが、記事だけではバカな自分の頭にはスッポリと収まらなかった。
作者はこれまで何度もこのような記事を書いている方のようで、電気機関車に知悉しているようだから、せっかくの内容なのにもったいない。編集部も読む人が多いであろうこのような注目度の高い最新情報の記事に、もっと紙面を割いて地図や運用表などを併用しビジュアルに展開してくれなければ不親切のそしりを免れないのではないか。せっかくの労作をさらに分かりやすく見せるよう配慮するのが編集者としての責任でもあるはず。最近、本屋で立ち読みしていて思わず購入してしまったコスミック出版の「ラストラン 日本海」などは読みやすさの点ではこの記事を凌駕している。
「鉄道ファン」誌が好きだからこそ文句を言うなどときれい事を述べるつもりはない。このまま読者を失うのも良いだろう。それも時代の趨勢だ。しかし文庫本サイズじゃないのだから、ゴチャゴチャとした小さな写真をたくさん載せるようなレイアウトではなく、もう少し年取った読者にも優しい編集方針を考えて欲しいと、老眼の自分はそう感じたものだ。

*******************************************************************

画像は福岡に赴任していた1994年ごろ、出張で行った際に撮影した「有明」。しばしば出張で訪れる会社がすぐそばにあり、ちょっとした時間つぶしにこの「有明」や8620の「あそボーイ」などを撮った記憶がある。鹿児島線の熊本から豊肥線水前寺までは当時、非電化だったがDE10のエスコートによって乗り入れていた。このDE10の中には国鉄特急色に塗られた1755号機もいたが、晩年は一般色の機関車と共通運用されていたようだ。近いうちに、その1755号機もアップする予定。

(写真、文 U)

De10

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年3月 5日 (月)

昭和56年、佐倉~物井で

3月に入って初めての更新。自分自身も半月以上、記事をアップせずK・M氏やT氏、Y・M氏にお任せしてしまっていた。このブログを始めようと誘った当事者でありながら、お恥ずかしい限りだ。まもなく3年を迎えるこのブログ、ここまで続いたのは皆さまのお力のおかげで、今後もぜひ存続させて行きたいと願っている。

3月に入り、すでに3度も鉄道撮影に行った。昨日は伊豆急下田まで運転された国鉄特急色の185系「あまぎ」を撮りに行ったが、3日は朝から夕方まであちこちを転戦。東十条では年齢も顧みずに思い機材を持って撮影ポイントへ疾走したから、その反動が出たのか、今朝はひざが痛む。寒い冬もそろそろ終わりに近づき、動物的本能が目覚めて活性化してきたのだろうが、無理をせずに年齢にふさわしい趣味活動をしていきたい。

さて先日、「あけぼの」を撮影に行った場所でお会いした方に、そろそろ新鶴見のEF65も撮っておいた方が良いというお話を聞いた。具体的な計画については不明だが、たしかに見かける頻度が少なくなっているのを実感している。昨日、「あまぎ」を撮影に行った帰り、通りすがりに新鶴見機関区をのぞいたら、駐泊している機関車の大半がEF210でEF65はポツリポツリといった状況。時間的なタイミングもあり、たまたまそんな顔ぶれだったかもしれないが、前述の方の話が裏付けられたような気がした。
そのEF65PF(「PF]としなくても、今や65はこれしか存在しないが)、今最も目にしやすいのは総武本線の貨物だろう。昔は房総地区の貨物列車といえば大半が佐倉のDD51だった。初めてEF65PFが定期貨物で総武線に入るときは市川でDD51が次位に付いた列車を撮って「鉄道ファン」誌に載ったことがあるが、その65の灯火にもそろそろ風が吹き始めたようだ。
今から30年ほど前は千葉方面に列車を撮影に行く機会はひじょうに少なく、当時は立ち入りが許されていた佐倉機関区でDD51を撮ったり、今回アップする検測車両の入線やお座敷列車が入ったときに行った程度。1988年から成田臨にEF58が入り始めて、少しは記録も増えたが、それでも本来、千葉を走る定期列車の記録は圧倒的に少ない。
最近有名な撮影地、物井~佐倉や佐倉~酒々井、下総神崎あたりは長いレンズを使うには最適だから、そろそろこちらにも足を伸ばそうと思っている。

(写真、文 U)

Photo
1981年6月4日 総武本線 佐倉~物井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »