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2011年12月21日 (水)

1985年、鳥取国体のお召し列車

大阪から東京(横浜)に帰ってそろそろ1週間。出社もしていないのにまだ鉄道撮影には行っていない。風邪をひいてしまったことも原因の一つだが、日の出時刻が6時46分と「あけぼの」が東十条を通過する時刻と同じで暗くて撮れないということが大きい。鶯谷で推進回送を撮る手はあるのだが、あのアングルはあまり好きでなく、あの角度で双頭連結器のEF64を撮るのは好まないというのが最大の理由。大宮でバルブという苦肉の策も考えたが、風邪をひいているし荷物の片付けもあり、そこまでして撮りに行かなければなくなってしまうものでもない。などと自分の怠慢に理由付けしている。ここが大阪ならHa氏やA氏が誘ってくれて重い腰も上がるのだが、と言うのはますますの甘えだが…。

家でだらだら過ごしているので、こんな画像をスキャンしてみた。1985年の鳥取国体の際の1号編成によるお召し列車。10月20日に鳥取~倉吉で21日に、浦安~伯耆大山で運転されたもの。仕事の都合で21日しか行けなかったが、K氏やH氏らとお召し列車を伯耆大山~淀江で、回送列車を泊~松崎で撮影した。
このころ正直言うと、日の丸で機関車の正面が隠れてしまうお召し列車というものにそれほど大きな興味がなく、友人たちとの小旅行ていどの感覚で参加していた。ちょうど1回目の大阪赴任時代でもあって東京から仲間の方々が集まったから、そんな意識がよけいに強かった。何しろふだんはリバーサルで撮っているのに、露出アンダーになりがちな1号編成だからネガカラーでいいや、という軽い気持ちで撮影したほどだが、今見てみると変色も激しい。手抜きの結果に今さらながら後悔している。

このときに紹介されたのが鳥取のNa氏で今年のお召し列車ではお会いできなく残念だった。

(写真、文 U)

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執筆者U」カテゴリの記事

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コメント

 懐かしい画像をアップしていただきありがとうございます。当時は私たちも若かったです(笑)。Uさんのお名前とEF58等を撮影された作品は存じ上げておりましたが、このときお会いしたのが初めてでしたね。今回はお会いできずに残念な思いをしました。
 現在と1985年を比較すれば、山陰も当時はまだまだ撮影したい被写体がありました。伯備線のEF64も0番台だらけ(1~3号機もいました)でしたし、“出雲”も2往復ありました。ご自宅にお帰りになられたということで、今後は関東エリアの素晴らしい超望作品を楽しみにしております。

投稿: Na | 2011年12月23日 (金) 19時10分

Naさま
後ろ髪を引かれつつとうとう自宅に帰って来ました。大阪での2年間はお仲間に恵まれてひじょうに楽しい人生の1ページとなりました。
特に鳥取のお召しでは関西の方々とも知り合えたうえ、倉吉ではひじょうに大勢の方々とお話ができ充実した撮影旅行となり、思い出すだけでも
あの時に戻りたいぐらいです。
「山陰」という語句には暗いイメージかつきまといますが、鉄道ファンにとってはメッカともいえる地域で、関東に住んでいながら蒸気機関車現役時代
から何度も足を運んできました。しかしながらひょっとすると今回のお召し以降、次回行きたくなるようなネタがあるまでご無沙汰してしまうかもしれず、
Naさまにもお会いできる機会が困難になる可能性も考えられます。Naさまにおかれましては、こちらにいらっしゃる機会がありましたならばぜひ声を
かけて下さいますようお願いします。撮影はともかく、あれから30年ぶりの邂逅を楽しみにしております。僕も年を取りましたからね。

投稿: U | 2011年12月23日 (金) 21時34分

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