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2011年12月

2011年12月30日 (金)

早川を行くロクイチの南シナお座敷列車

転勤から戻ってようやく初の鉄道撮影に行って来た。狙うはもちろん「あけぼの」。日の出時刻が遅くなって終着駅の上野付近で撮るより仕方なく東十条へ行った。鶯谷、尾久などはもう少し明るくなっているのかもしれないが、アングルとしては好きでないから東十条が南限だ。
結果はわがブログを見ていただくとして、こちらのブログにはタイトル通り「ロクイチ」をアップする。

撮影したのは1982年3月の早川~根府川。品川のお座敷客車で組成された9105列車。
ここの鉄橋は電車だと早川駅から歩くのだが、けっこう距離があったように記憶している。このころはほとんどの場合、車で撮影に行っていたが、この日に限っては電車を利用したように覚えている。もう少し、低い位置から撮ればバックに海が入ったのだが、そのようなアングルはそれ以前にも何度か撮影しており、この日は少し高い位置から狙った。この品川や宮原のお座敷列車は青に白のラインが入り、グリーン帯のお座敷列車より自分にとってはランクが下がる被写体だった。

東海道本線からEF58や荷物列車、ブルートレインが消えた今、次にこの場所に行くのはいつになるだろうか。

(写真、文 U)

Photo

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2011年12月28日 (水)

佐倉のDD51牽引お座敷列車

わがブログでも述べたように大阪から戻ってまだ鉄道撮影には赴いていない。もちろん一番撮りたいのは「あけぼの」なのだが、日の出時刻が遅くなってなかなかその気になれない。せっかく一週間ほど家にいたのに、パソコンの設定、荷物の片づけ、リフォームの相談などであっという間に休日が終わってしまった。

そう言えば高知のTさんもそろそろ帰省されるのではないだろうか。年末の出撃は家族に後ろめたさを感じるが、ご一緒できる機会があれば深甚だ。

K・Mさんとも近いうちにご一緒したいし、久しぶりのKさん、N・Mさんともお会いしたい。Y・M氏とは模型談義を交わしたいものだ。

1980年12月、成田~久住で撮影したDD51(佐倉)の牽くお座敷列車。以前、カラーを掲載したが、これはブローニーで撮影したもの。

(写真、文 U)

Dd51

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2011年12月24日 (土)

国鉄本線蒸機最期の日 12月24日

毎年12月24日なると思うのは1975年に夕張線で撮影したD51のこと。世間はクリスマスイブだろうが、そんな行事ごとにはほとんど興味も無いので、イブが平日の日は以前から鉄道発祥の地「新橋」で鉄道仲間と居酒屋での飲み会が恒例となっている。

写真は1975年12月24日の夕方、夕張線滝ノ上駅で撮影した5792列車を牽くD51465。以前アップしたD51241と本線上で昼間に蒸機同士で交換したときの上りの列車である。今ではちょっとした列車や車輌のサヨナラ運転でさえ混乱状態(今流で言えば「激パ」)になるが、こんな歴史的な日にもかかわらず本当にこの日は至って普通の感じで一日が過ぎた。

この日、ここに居られたことはこれまでの人生の中でも本当に思い出に残る日の一つだと思う。もちろんそのときはそんなこと思ってもみなかったが、時が経つにつれて、その思いは深くなってきている。そんな記念的な日をあと2つ挙げるとすると、1978年4月4日と2001年3月28日だろうか。

前者は後楽園球場で催されたキャンディーズのファイナル・カーニバル・フォー・フリーダム。あの5万人の中の一人であった。後者はもちろんEF5861(ロクイチ)最期のお召し列車となった北鎌倉御召。勤め先の会社合併を4月1日に控えるなか、合併事務局に居た私がその3日前に会社を抜けることはほぼ不可能に近かったが、あらゆる「合法的」手段を講じて捻出した時間で昼の北鎌倉駅に駆けつけ「ロクイチ最後の御召」を天皇陛下とのツーショットで撮ることができた。

人の価値観はそれぞれでいいと思っているが、最近、特にネット社会になってからは鉄道や飛行機趣味の世界でも何か造られた絶対的価値観によって踊らされているような気がする。すでに趣味の写真撮影3000日を超えた私は、これまでどおり自分だけの価値観をしっかりもっていつまでも現役で趣味を続けたいと思っている。

(写真・文:K.M)

1975年12月24日 D51465 5792列車 夕張線 滝ノ上にて

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2011年12月21日 (水)

1985年、鳥取国体のお召し列車

大阪から東京(横浜)に帰ってそろそろ1週間。出社もしていないのにまだ鉄道撮影には行っていない。風邪をひいてしまったことも原因の一つだが、日の出時刻が6時46分と「あけぼの」が東十条を通過する時刻と同じで暗くて撮れないということが大きい。鶯谷で推進回送を撮る手はあるのだが、あのアングルはあまり好きでなく、あの角度で双頭連結器のEF64を撮るのは好まないというのが最大の理由。大宮でバルブという苦肉の策も考えたが、風邪をひいているし荷物の片付けもあり、そこまでして撮りに行かなければなくなってしまうものでもない。などと自分の怠慢に理由付けしている。ここが大阪ならHa氏やA氏が誘ってくれて重い腰も上がるのだが、と言うのはますますの甘えだが…。

家でだらだら過ごしているので、こんな画像をスキャンしてみた。1985年の鳥取国体の際の1号編成によるお召し列車。10月20日に鳥取~倉吉で21日に、浦安~伯耆大山で運転されたもの。仕事の都合で21日しか行けなかったが、K氏やH氏らとお召し列車を伯耆大山~淀江で、回送列車を泊~松崎で撮影した。
このころ正直言うと、日の丸で機関車の正面が隠れてしまうお召し列車というものにそれほど大きな興味がなく、友人たちとの小旅行ていどの感覚で参加していた。ちょうど1回目の大阪赴任時代でもあって東京から仲間の方々が集まったから、そんな意識がよけいに強かった。何しろふだんはリバーサルで撮っているのに、露出アンダーになりがちな1号編成だからネガカラーでいいや、という軽い気持ちで撮影したほどだが、今見てみると変色も激しい。手抜きの結果に今さらながら後悔している。

このときに紹介されたのが鳥取のNa氏で今年のお召し列車ではお会いできなく残念だった。

(写真、文 U)

Buroguyou

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2011年12月18日 (日)

最も西で撮影したロクイチ

転勤に伴う送別会、引っ越しで長らくご無沙汰してしまった。
この間の動静は自分のブログに記したとおりだが、せっかく自宅に戻ったというのに風邪をひいて復帰第一戦の鉄道撮影にはまだ出掛けられていない。
主に趣味の雑誌であふれかえった部屋の片付けに勤しんでいるものの、様々ながらくたをため込んでしまったため、いっこうに整理できない。おまけに年明けからリビングなどのリフォーム工事が始まるということもあって、きちんと片付けるのはその工事が終了してからでも良いといった甘えもある。母のところにも顔を出さなければならないし、クリスマス、正月をどう過ごすか、年賀状などのことまで考えると憂鬱にもなる。
ゆっくりと焦らずにひとつひとつを処理していきたい。

今回の画像は1980年7月23日に山陽本線大野浦で撮影した回9412列車を牽引するEF5861。前日7月22日施行の東京機関区臨A126仕業で、宇都宮学園高校の修学旅行生を岩国で落とし、広島へ戻る12系×12の回送列車。自分が最も西で撮影したEF5861の画像でもある。

(写真、文 U)

Photo

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2011年12月 5日 (月)

30年前と今年、同じ撮影地で

昨日、所用があって自宅の近くのセンター南駅付近に行ったら大渋滞。年の瀬を控えてボーナスが出た会社も多いのか、家電量販店の入るショッピングセンターの前には駐車場に入る車が列をなしている。その光景は9カ月前の東日本大震災発生直後、ガソリンの供給が不安定となりスタンド前で列を作っていた車を思い出させた。

新聞とともに入って来る家電量販店やカー用品店などの折り込みチラシをけっこう真剣に見てしまうのは昔から。金もないのに、あるいは使いこなせもしないのに最近は流行のスマートフォンやタブレット型PC、パソコン周辺機器などに興味をそそられる。息子にそれらの機能を聞いても何がどう違うのかすら、よく理解できず情けないことこの上ないのだが、人が便利そうに使っている姿を目の当たりにすると時代にしがみつくがごとく物欲が湧き出るのは困った習性だ。
そんな中、気づいたのはニコンのデジタル一眼レフカメラが広告から全く消えていること。キヤノン、ソニーなどはいくらか見かけるが、わが家に入るチラシの中にはニコンの一眼レフカメラが皆無。タイの洪水の影響で操業がストップし品薄になっているのは知ってはいたが、これほどまでに市場から消えるとは思いもよらなかった。聞くところによれば発売が迫っていたニコンD700の後継機もこの影響で発表すらできなくなり、おまけにD7000などの比較的廉価な機種ですら超品薄の状態が続いているという。何しろニコンは一眼レフカメラの92パーセントをタイの工場で製造しているとも聞くから、洪水の影響は他のメーカーよりも深刻なのだろう。年末商戦に売るべき商品がないというのは相当なダメージなのではなかろうか。中国で製造しているミラーレス機のV1とJ1に期待するしかないのだろうが、この手のカメラはコンパクトデジカメと一眼レフに挟まれて、まだまだ知名度が低いから苦戦しているのではないかと想像する。

話はそれたが、とにもかくにもタイのニコン工場が早く操業を再開して3600万画素といわれる次期D700後継機を発売してほしい。導入したデスクトップパソコンの大型モニターでその画質を早く見てみたいものだ。
本日、街にあふれる買い物客を見たせいか、自分の中の物欲にも火がついてしまった。

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上は1980年7月に夙川(西宮~芦屋)で撮影したEF60重連。この日はEF5861が宮原のお座敷列車を牽くというので、A氏をはじめとする関西のお仲間たちと撮りに行った。現在、この少し向こうに「さくら夙川」という駅ができている。
当時、貴重な10枚撮りのブローニーフィルムを珍しくもないEF60などに使うことはなかったが、さすがに無動回送ではない正真正銘の重連とあってはシャッターを切らないわけにはいかなかった。阪神間で名物の並走する電車もほど良いタイミングで走ってきた。

下はこの4月中旬、その当時と大きく体型が変わったわれわれ2人がほぼ同じ場所(上の写真より少しだけ「さくら夙川」寄り)で撮影したもの。岡山に配置されたEF65をわざわざ撮りに出かけた。昔はこれまたこのありきたりの機関車など、わざわざ撮りに行くようなことはなかったはずだ。しかし貨物列車の編成もコキばかりになって様変わりしたものだ。

(写真、文 U)

Ef60

Ef65


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2011年12月 3日 (土)

36年間、撮影続けて3000日

1975年5月3日に最初の「趣味の撮影」を始めて36年が経った。当初は鉄道一筋、1990年からは航空機の撮影が加わり、途切れることなくこの趣味は続いている。

記録は結構しっかりつけてる(といっても手帳に簡単に書き込んでいるだけだが)ので、10年くらいまえにデータ化し始めた。最初は「何を撮ったか」が中心のデータ整理だったが、あるときから自分の行動記録も併せてまとめるようにした。

今日は天気も悪かったので自宅でのデータ整理をしていたところ、これまでの撮影日数が2999日であることが偶然判明した。年間平均で80日程度の休日を鉄道・航空機等の撮影に費やしてきたことになる。

内訳では鉄道撮影に出向いた日が1949日、航空機撮影が956日である。そのうちでEF5861を撮ったのが402回、成田空港には370日、羽田空港に158日、ロンドンヒースロー空港に221日という記録になっている。

数字だけ並べると「結構撮ってる」くらいにしか自分でも感じないが、2999日というと、毎日欠かさず出動しても8年以上かかる計算になるし、成田空港には丸1年以上連日通ったのと同じだから、継続は力なり・・・ということであろうか。

さて、記念すべき3000日目はどうするか。まあ、自然体で明日晴れれば371日目の成田空港にでも行こうかと思っている。そして、もうすぐ鉄道2000日、航空機1000日も射程圏内に入ってきた。それは多分2年先あたりかもしれない。

ご紹介するのは1980年10月のEF5861(ロクイチ)のお召し列車。ちなみに、この日が671日目の出動でロクイチは60回目の撮影である。この時、この先2300日も撮影に費やし、340回もロクイチが撮れる事など、当然考えてもみなかったわけである。

(写真・文:K.M)

1980年10月11日 お召し列車 東北本線古河にて

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