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2011年11月

2011年11月29日 (火)

ローピン「日本海」2連発

小生も本当に久々の登場です。お召は仕事の関係でどうしても都合がつかなかった上、頸椎を痛めて結局最終週の山口にも行けず、かれこれ1か月以上カメラにも触っていませんでした。詳細はUさんのブログに記されているので割愛させて頂きますものの、TAさんとKeiさんのブライダルトレインに乗せて頂くために、高知からノコノコ大阪までやってきたのですが、TAさん、Uさん、Hiさん、Haさんらのお心遣いにより、非常に密度が濃く楽しい2日間を過ごすことができました。また、久々にゆっくり再会できたTa氏ご夫妻のお案内で、大阪のディープな一面も垣間見ることができ、貴重な経験をさせて頂きました。阪堺電車は、小生は初体験でしたが、関係者の方々のご配慮や車両の保存状態の良さに感激し、土佐電やことでん同様,レトロな電車の魅力に酔いしれたのでした。それにしても、ブライダルパーティーの夜半から新疋田遠征に新郎TAさんを引っ張り出した格好になってしまったのは、非常に心苦しく思っております。また、ローピンのハチイチ牽引の「日本海」を連日モノにできたのは、ひとえに、アレンジを頂いたHaさんのご厚意の賜物と大変感謝しております。さらに、関西圏在住の鉄道をこよなく愛する皆様ともこれをご縁にご一緒させて頂くことができたのも、とても楽しかったです。東日本のEF81も今となっては貴重な存在になってしまいましたが、こうやってブルトレの先頭に誇らしく立つローピンEF81の雄姿と出会えたのは、感動モノでした。皆様本当にありがとうございました。ちなみに、小生が高知に居るのも段々カウントダウンが始まってきている気配を感じており、後悔しないように、西日本の被写体を今のうちに満喫したいと思っております。Uさんとは、また東京で再会したいものですが、撮りたい被写体も減ってきてしまいましたねえ・・(写真・文:T

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2011年11月28日 (月)

除雪用車両

こちらのブログ、自分で立ち上げたにもかかわらずご無沙汰してしまった。約1カ月ぶりに記事をアップすることになる。

そろそろ師走。大阪での単身赴任生活もあと半月でピリオドとなる。2年2カ月前にやって来たときは自宅と大阪を行ったり来たりする生活に不安を感じていたが、慣れてしまえば新幹線の往復も楽しいものだった。月に2回、多いときはほぼ毎週のように「のぞみ」に乗車していたが、考えてみればゴージャスな環境でもあったわけだ。
転勤直後の一昨年10月、旧知のHi氏と大阪・鶴橋の焼き肉屋に行き旧交を温め、その後やはり旧知のA氏と25年ぶりに再会、10年ぶりに復帰した鉄道撮影にはずみがついた。
その後、Ha氏やNa氏をはじめとする関西の鉄道ファンの皆さまと知り合い、実に密度の高い趣味生活を送ることができ、東京に戻るに際し強い寂寥感を覚えている。
今後、関西の皆さんが上京する際にはぜひお声を掛けていただきたいものだ。「あけぼの」や「北斗星」、上越線や磐越西線のSL、その他お気に入りのイベントでもあればぜひお越し下さい。

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そろそろ雪の便りが聞こえるシーズン。古いモノクロネガから除雪用車両をアップする。

ラッセル車は1984年に釧路で撮影。SL現役時代も見たことはあったが、雪のない状況下で撮ったのはこの時が初。模型では昔、エンドウがひじょうに簡素な製品を販売していたが、その後モアからさまざまな鉄道管理局の表記が入ったディーテフルなものが出た。残念ながらこの製品を入手することはできなかったが、蒸気機関車と除雪車という組み合わせはなかなか絵になったものだ。最近、このキ100、どこかで見たことがあるなと感じていたら、南海のラピートの先頭部分がこれにそっくりなのではないかと気づいた次第。

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新津車両センターでDD14を撮ったのは1977年8月。除雪用のヘッドが付いている状態では何度か撮影したことがあるが、ヘッドが付いていない機関車本体をこちら側から撮ってみたいと思っていた。この時はDD21を撮影に行ったのだが、その横におあつらえ向きの姿で止まっていた。

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(写真、文 U)

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2011年11月24日 (木)

羽田空港 11月20日

一連のお召し、そして海外遠征がひと段落して通常ペースに戻った11月20日、終日羽田空港で過ごした。

その理由は報道で「野田首相がAPECから朝に政府専用機で帰国」するということと、外務省のHPにこの日から「イラクの首相が随行員とともに来日」という掲載があったから。

イラク首相についてはそれ以外の情報は全くなく、専用機で羽田に来るという保証も無く、民間機で成田とか、関西空港に着く可能性もある。羽田に専用機が来るにしても夜になるかもしれず、これはひらたすら待つしかない。そして明るいうちに来なければ帰ればいい。

政府専用機は防衛庁の公式発表からも間違いなく羽田に着く。ただし時刻が「朝」というだけで、着陸滑走路も直前まではわからない。

この「朝」というキーワードが意外と重要。もしかしたら正式な使い方があるのかもしれないが、自身の経験から「0時から2時あたりが深夜」「3時から5時が未明」「6時から9時が朝」「9時から正午までが午前中」「正午から15時までが午後」「16時から18時が夕方」「19時から24時は夜」という感覚で居る。

ということで、この時期の日の出時間が6時40分なので7時に羽田に行き、ひたすら待つこととした。

そして6:50に羽田の駐車場に車を入れていたら丁度政府専用機が降りてくるところであった。首相の降機や旗の格納作業などを撮っていると7:30になった。ANAのB787が出発する時間なのでターミナルに撮りに行く。そうこうしていると政府専用機が8:30に千歳に向けてのフェリー(回送)として飛び立っていった。この専用機は1102号機で、どうやらサポートで行った1101はハワイから千歳に直帰したようで撮れなかった。

さ、あとは来るか来ないかわからないイラクをじっと待つだけ。11:30に岡山から戻ってきたB787を撮る程度で、あとは無線を聞きながら車の中で昼寝状態。

そして14時あたりからVIPスポットあたりに動きが出て、イラクの国旗と日の丸が掲揚された。こうなればあと1時間程度で飛来するのは確実。そして15時にイラク首相を乗せたB737が到着した。このB737自体はあまり興味ある機種ではないが、VIP機として羽田で撮るという事が大切。

そしてこれで終わりかと思っていると、15:20にもう1機の政府専用機1101号機が34R滑走路に降りてきた。メンテナンスのためと思われるが、綺麗な夕日の中撮れたのはラッキーだった。

ほとんど情報が無い中で、粘りだけで結構な収穫があった1日であった。

(写真・文:K.M)

2011年11月20日 羽田空港にて

野田首相の帰国フライト

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政府専用機

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2011年11月23日 (水)

香港でB747ジャンボつぶしの航空機撮影

10月31日に倉吉でお召し列車を撮ったあと夜行バスに乗り11月1日の早朝に浜松町に着いた。ちょうどB787の初営業フライトは羽田7:30発だったのでモノレールで第二ターミナルに直行し、軽く撮り帰宅した。

翌11月2日から7日までは5泊6日で香港に行っての飛行機撮影。例によって空港ホテルに宿泊し、朝6時半の日の出から17:40の日の入りまで延々と屋外での撮影に費やした。

主目的は未撮影のB747ジャンボの「つぶし」である。1400機強が製造された中ですでに1261機を撮影しており、未撮影のまま解体されたり墜落したものも50機ほどあるので、残る現役の未撮影機は100機程度。結構あるようだが、これまで20数年の撮影で、普段撮れるものはほとんど完了しているので、たとえ成田空港や羽田空港に年に何十回か通っても、つぶれるのは良くて数機、この1年はほとんどつぶれない状態が続いている。

であれば「出ていく」しかない。本当は中東や欧州に行きたいが、お手ごろなのがアジアの香港やシンガポールである。そこでこのところ年に1回は香港に行くパターンが定着している。行けば何らかの収穫があるし、コストもそんなにかからないのが良い。特に羽田が国際化されてからはさらに手軽になった。あるときは金曜の夜に羽田を出て土曜の未明に香港着、土曜一杯撮影し空港ホテルに1泊。日曜終日撮影し月曜未明に香港を出て月曜早朝に羽田に着いて、月曜朝には何食わぬ顔で出社。。。ということもあった。

今回は5泊6日と十分な日程を組んで延べ60時間以上の撮影時間を確保。天候には恵まれ、B747ジャンボも10機ほどがつぶれ、また私には初となる800型貨物機も撮る事ができた。もちろん、そのほかのB777やA330なども大量に「つぶす」ことが出来た。

残るB747未撮影機はいよいよ二桁になった。少し油断すると800型のデリバリーがあるので三桁にもどらぬよう頑張らねば。

(写真・文:K.M)

2011年11月6日 香港 チェクラプコック空港にて撮影

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2011年11月16日 (水)

東京駅発のお召し列車(2)

発車10分前ほどに乗務員の方々は列車に乗り込まれ、しばらくすると列車中央部あたりが慌しくなってきているのが聞こえる。皇太子殿下が来られたのだろう。そして運転士の方の信号の指差し確認後、列車は音も無く発車。駅員の方の深いお辞儀の中流れる様に走り始め、そして名代の皇太子殿下の姿を菊の紋章とともに捉えることが出来た。

さて、このところ、お召しネタで本ブログを独占してしまっているので若干心苦しい。ここで一息つかせていただこうと思うので、是非Uさん、Tさん、他皆様のご参加をお願いいたします。

(写真・文:K.M)

信号の指差し確認

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列車は発車

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職員の深いお辞儀

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そしてついに皇太子殿下のご登場

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2011年11月15日 (火)

東京駅発のお召し列車(1)

このところお召し列車ネタが続く。当初予定では天皇皇后両陛下が甲府へ行かれるために運転される予定だった655系のお召し列車だが、今回は皇太子の代理出席となった。普通、皇太子の列車は御乗用列車となり日章旗や菊のご紋はつかないが、今回は天皇の代理であるから正装での運転となったのだろう。

さて、今回の目玉はなんと言っても「東京駅1番線(中央線ホーム)からの発車」と「皇太子と菊のご紋」という組み合わせの2点に尽きる。

2011年11月13日(日)、午前8時40分に豊田駅中線に据え付けられた編成の後部(甲府方)には、カバーがかかってはいるがしっかり「旗」と「ご紋」が確認できた。私は例によって一連の「作業」を撮影するため、沿線の撮影地ではなく、そのまま東京駅に向かった。お召し列車編成が1番線に停まっている19分間、中央快速は2番線のみを使っての運転となる。よって絶対にホームから排除されるわけもないと考えていたが、想定どおり規制でロープは張られたが、十分にお召しならではの「作業」を撮ることが出来た。

まずは旗を掲出する際のものをご紹介する。昨年の茂原の際には「一礼」であったのが、今回は「敬礼」であったのは新鮮だった。

(写真・文:K.M)

2011年11月13日 東京駅1番線にて

まず、作業前に「敬礼」。左端に写っているのが専用の踏み台。2セットある。

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カバーを外し、紋章を丁寧に磨

Ssc_6148 国旗の掲出が完了すると最後に締めの「敬礼」

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作業完了後は記念撮影が行われていた。

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2011年11月14日 (月)

お召し列車撮影行 山陰本線 鳥取ー倉吉(5) 旗2

先般のDD51重連お召し、幸い日の丸クロスで旗が掲出されたが、付いたら付いたで「綺麗に開くか」など贅沢な悩みも尽きない。鉄橋やカーブのところでは横に靡いてしまうことが多かったり、旗ざおに変に巻きついてしまったりとこれまでも苦い経験をされた方も多いのではないだろうか。記憶の限りでは1984年9月27日のEF5861最後となった日の丸クロスのお召し列車の黒磯ー原宿間は、ほとんどの場所で完璧な開き方をしていたというのが珍しいことなのかもしれない。

今回、私のカットで一番綺麗に開いていたのはこれである。

(写真・文:K.M)

2011年10月31日 倉吉駅にて

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2011年11月13日 (日)

お召し列車撮影行 山陰本線 鳥取ー倉吉(4) 旗1

お召し列車も様々な形態で運転される。機関車牽引の客車、電車、DC,新幹線などであるが、新幹線は別としてやはり「旗」が付くかどうかでその被写体としての魅力は天地の差があると思う。

今回のDD51重連お召しは、運転時間が43分間とわずかの時間であったので、走行区間以外で旗を開いている場面はなかなか無かったように思う。

そんな中、画質や構図、光線などは度外視し、とりあえず撮った(いわゆる証拠写真程度)ということで何枚かご紹介しよう。

(写真・文:K.M)

2011年10月31日 7:53分 車輌基地で旗開きの記念撮影中の風景(上り列車226Dの車内から撮影)

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2011年10月31日 9:48分 鳥取駅に停車中のお召し列車(スーパーおき3号車内から撮影)

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2011年10月31日 10:32分 倉吉駅にて真横のカット

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2011年11月12日 (土)

お召し列車撮影行 山陰本線 泊ー松崎(3)

2011年10月31日朝、鳥取駅で3番線に据え付けられたお召し列車編成の各種作業を撮影後、お召し列車に先行する9:46発のスーパーおき3号に乗った。鳥取発時点で4分の先行、倉吉基準では21分なので沿線には多くの撮影者や見物の方々が居るのが見えた。数分後ろをお召しが追いかけて走ってくる特急列車に乗るというのもなんか不思議な感じだ。2001年3月28日の北鎌倉EF5861お召しの時も同じように1本前に乗ったが、あれは横須賀線の普通列車だった。

沿線の警備にはかなりの人員が割かれ、全踏み切りはもちろん、山間の短い区間や田園の中にもオレンジ色の帽子の係りの方や警察・JR関係の方々が配備されていた。

この列車が最後のピントや構図合わせの対象になるので、撮影者の方々は一様にファインダーをのぞき、最後の確認をされているのがよく見えた。

そして10時07分、沿線で最大の人数が集まっている泊ー松崎を通過した。やはり相当の人数はいらっしゃったが、事前に聞いた情報で想像していたよりは、比較的撮影場所にはゆとりがあるように感じられた。

窓ごしの撮影で画質も落とし個人の特定は出来ないと思うのでお召し通過20分前の情景の記録としてご紹介しよう。

(写真・文:K.M)

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2011年11月10日 (木)

お召し列車撮影行 山陰本線 鳥取ー倉吉(2)

10月末のお召し運転から、かれこれ2週間近くが経とうとしている。前回以降、もっと写真をアップしたかったが、香港に5泊6日で飛行機撮影に行っていたりしたのですこし滞ってしまった。

今回ご紹介するのは、撮れてそうで、多分意外に残っていない数枚の写真である。

今回のお召し、短区間で1本のみの運転。しかも始発の鳥取駅と終着の倉吉駅では列車先頭部のホームにはロープで立ち入りが規制されていた。よって、旗を開いた姿での停車写真は(内部関係者が撮っていない限り)ほとんど存在しないであろう。また、同様に2両のDD51に挿された金色の区名札と「お召」の札の写真も、よほど通過時に近くで撮っていないかぎり撮影は難しかったはずである。

まあ、別に金色の区名札に興味がある人もそれ程は多くないと思われるので、一般的にはどうでもよく「だから何?」っていう感じかとは思う。でも私は意外とこんなところに拘っているので(所詮単なる趣味ですので)、今回も何とか撮ろうと努力はした。

その結果、鳥取駅で係員の方が、まさにその金色の札を機関車に挿す場面や、倉吉駅にゆっくり進入の折に、至近真横でDD51のナンバープレートと一緒に2両分のものを撮ることが出来た。倉吉駅でも停車後かなり早い段階で旗は仕舞われ、菊の紋章には白いカバーがかけられ、金色の札も引き抜かれてしまっていた。

今回のDD51重連お召しの一情景として、ささやかな記録を残せたことに満足している。

(写真・文:K.M)

2011年10月31日 鳥取駅にて。 白い手袋と、大事そうに添える手が何ともいえない。

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2011年10月31日 倉吉駅にて。停止位置まであと150m程度の状態で、キャブに居る職員の方の緊張も最高潮といった感じか。

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2011年11月 2日 (水)

お召し列車撮影行 山陰本線 鳥取ー倉吉

Uさんも記されているように、10月31日に鳥取→倉吉で運転されたDD51重連のお召し列車撮影に行ってきた。

私の場合、装備は至って簡単で、カメラ(ニコンD90)1台に18-200ミリのズーム1本、その他雨具や着替えなどだけ。三脚も持たず、はなから手持ちでの撮影に決めている。撮影地も行ってからの状況次第という何とも気楽なもの。今回は遠方でもありなんとか時間的にもコスト的にも効率のよい手法はないかと考えた挙句、初めての「夜行バス」という選択肢となった。

29日の土曜日は成田空港でB787の遊覧飛行があるので初めは行くつもりだったが、どうも風邪気味で熱っぽく、お召しを前にこれはいけないと薬を飲んでおとなしく自宅療養。そして夜に品川から倉吉行きの夜行バスに乗った。思ったより快適で30日(日)の早朝に現地入りして、午前中は沿線を列車で往復してロケハン。午後は早めにホテルに入り昼寝を決め込んだ。

夕方、Uさんからの連絡をもらい総勢24名ほどの大前夜祭に参加させていただいた。Uさん、Aさん、Hiさんや、MさんHさんなど旧知の方々のほか、お互い雑誌などで名前だけは知っていたが初めてお会いする方々、電話参加(?)の後輩のNさんなど・・・正直私はお召し撮影より、この宴会に参加することが出来て、遠路来た甲斐があったと思った。風邪気味だったこともあり少し早めにホテルに帰っったが、残った皆さんはまだまだ大盛り上がりだった。

31日(月)の撮影は倉吉から上り列車に乗り湖山を過ぎたところから開始。進行方向左側の窓にカメラを構えていると、予想通り車輌基地では「旗開き」で記念撮影の最中。大したカットは撮れないが、一応雰囲気は写真に収められた。鳥取駅では厳重な警備なるも反対側のホームからの撮影はOK.といっても中線には目隠し車輌が置かれ、ホーム端には行けないのでDD51重連を後方から眺めるだけ。でも区名札をお召し用に差し替える作業などを撮ることは出来た。

そしてお召しの数分前を走る露払い列車の「スーパーおき3号」に乗車。鳥取駅発車直後に後方にカメラを向ければ、案の定ホーム停車中の発車直前のお召し列車の編成を撮影することが出来た。そして沿線のカメラの砲列などを見ながら倉吉駅に到着。

お召しの終着となる倉吉駅も緊張感には包まれているものの警備の方々のご理解もあり、無事に撮影許可をいただくことが出来た。今回、なぜ倉吉駅を選んだのかといえば、単線のこの区間において、お召し列車とここで交換する上りの「スーパーまつかぜ6号」の存在がある。この列車が多少の時刻変更があたっとしても運転される限り、倉吉の1・2番線ホームは絶対に立ち入りは排除されないし、前日のロケハンで番線の具合と停止位置表示のテープを確認して、1・2番線ホームにさえ居られればホーム両端に立ち入り規制がかかったとしても、3番線に入るお召しは確実に撮影できるという確信があったから。

もくろみどおり10時半を少しまわったころ、カーブの向こうに日の丸をはためかせたDD51が最徐行で姿を現し、ゆっくりと目の前を通過していった。そして最後部の車両、線路をはさんだすぐ目の前ににこやかに手を振られる両陛下のお姿があった。ここでの撮影者は4名ほどで、なんとものどかな撮影となった。

絵的には全然良くないし、光線も逆光、単なる駅進入のワンパ写真ではある。でも警備の人や、その後ろで肩車されて日の丸を振っている子供たちの姿もお召しならではのものであり、自分ではこれで良かったと思っている。

その後、回送列車を3回ほど撮影、31日夜に倉吉を出る夜行バスに乗り帰京。1日の朝に浜松町に着いたのでそのまま羽田空港に直行し、全日空651便、新規導入のB787の定期国内線初就航便を撮ってからようやく帰宅した。交通費・宿泊費・飲み代など含めても、全費用で3万円もかからないという、1泊4日の充実した撮影行であった。現金なもので「風邪」はいつの間にかどこかに吹き飛んでいた。。。。

(写真・文:K.M)

2011年10月31日 お召し9001列車 倉吉駅にて

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2011年11月 1日 (火)

感謝!

10月31日、山陰本線鳥取~倉吉で運転されたお召し列車の撮影に行って来た。この区間、晴れれば順光になる撮影地はあの有名な泊~松崎間しか思い浮かばず、28日に仕事を終えてから場所取りのため友人Ha氏の車で現地に向かった。詳しいことは自分のブログに記すが、何とか予定通りのポジションを確保し本番を迎えることができた。

この撮影行では懐かしい方々との再会もあったが、それ以上にありがたかったのは関西の同好の人たちと知り合えたこと。同行したA氏、Ha氏、Hi氏らとのかねてからの知り合いであったこともラッキーだった。
とにかく撮影ポジションの確保にしても自ら率先して地主の方にお願いして、大勢が撮れるようにはからっていただいたり、駐車の件でも何かとご尽力いただいた。この方々のおかげで、ともすれば罵声が飛び交うようなお召し列車撮影も実に穏やかに終えることができたことは、今回の撮影行で特筆すべき点として心に刻まれる。
どうやら彼らは一部、非常識な連中が残していったゴミや場所取りの杭などまで片付けたようで、倉吉から米子に向かう回送列車を撮るために早々に現地を離れた自分としては頭が下がる。ここで現地にゴミや空き缶などを残していった人間のマナーを議論しても全く無駄だが、とにかく彼らのおかげで心地良い撮影ができたことに感謝したい。

さて大阪での勤務もあと1カ月半。「SLやまぐち号」の今年最後の運転日にはその中の何人かの方々とお会いできるかもしれない。
撮影ばかりではない趣味の楽しさをあらためて確認した撮影行だった。

(写真、文 U)

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自分のブログに掲載した次のコマをあえて掲載する。こちらは「DD511086」の文字のうち最初の「D」が見えない。

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