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2011年10月10日 (月)

岡多線お召し列車 本運転後の世紀の豪華列車

Uさんがアップされた岡多線でのお召し訓練運転に関連して。

この愛知植樹祭ほど(私の経験の中では)華やかなお召しはなかった。最初で最後のED62のお召し、EF5860+1号編成+EF5861という列車が2本走り、当然EF5861のお召しも2本、そして前代未聞のEF5861が1号編成を推進運転(新豊田→北野桝塚)するなど、当時の国鉄の様々な知恵と技術の結晶のような祭典だった。当然、本運転に至るまでの訓練運転、試運転は通常より入念に行われたことと思う。ただしこの頃は1号編成を使用しての試運転は通常行われず、訓練には旧型客車7両を使用することが多かった。

1979年5月26日、早朝にEF5860+1号編成+EF5861のプッシュプルの回9002列車を東海道本線の岡崎の矢作川鉄橋で撮り、EF5861のお召し列車は永覚で待ち受けた。

お召し列車は新豊田まで運転されたが、機回しが出来なかったためEF5861が1号編成を単独で推回9007列車として北野桝塚まで「押し込んで」いった。新豊田発が10:54で北野桝塚着が11:13だから、19分間も本線上を逆行したのは1号編成史上初ではなかったのかと思う。本来なら本番お召しが無事に終わってホッと出来る回送列車なのに、先頭の客車で誘導をする係員や、推進運転をするEF5861の機関士の方々の緊張は並大抵ではなかったことだろう。

私たちは永覚での撮影を終えてその日2回目のプッシュプルを撮るべく北野桝塚の鉄橋に赴いた。迎えに来たEF5860の単機が橋を渡り、推進で入ってきた列車の先頭につけられ、汽笛が2回聞こえたら橋上にEF5860牽引の回9007列車があらわれた。そして当然後部にはEF5861の姿があった。

一つだけ疑問なのが、なぜEF5860は新豊田まで迎えに行かなかったのか?そうすれば岡多線内の回送を「推進運転」しなくてもよかったのに。スジはお召しの続行運転すれば問題は無いはず。私が考え付くのは新豊田か、途中駅の線路の有効長の問題で7両運転が出来なかったのかと思っていたが、UさんのEF58+客車7両の訓練運転をみて、それが理由では無いようにも思えてきた。どなたかご存知の方が居たらご教示くだされば幸いです。

(写真・文:K.M)

1979年5月26日 回9007列車 北野桝塚にて

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