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2011年7月28日 (木)

陸羽東線川渡駅で

1973年4月、中学の同級生と行った陸羽東線の川渡駅での撮影。
上野発の夜行列車(もう列車名すら覚えてない)で早朝、新庄に到着し機関区に待機する小牛田行き1790列車牽引を前に待機するC58187、C58122を撮影、普通列車で川渡に先行し撮影した。重連の貨物列車だったが次位機の122号機を撮りたくて給水、石炭の積み込みを行うためにいったん切り離されるここを選んだ。
ずいぶんと長い間、停車していたように思うが新庄に向かう228号機牽引の下り貨物もこの時間、停車していたから一度に3両のC58をじっくり撮ることができた。
陸羽東線は19、50など、古くから東北にゆかりの深いC58が活躍していたが、この頃になると他から転入してきたC58が取って代わり、東北に縁のあるのは山田線で活躍した356号機だけになっていた。
187号機は津山から、122号機は小郡から、228号機は敦賀第1から小牛田に転入した、いわゆる外様の機関車だった。

この122号機、煙室扉ハンドルが広島工場特有のものでナンバープレートが普通のものよりも少々大きい。前年に小郡で入れ替え中の姿を「さくら」車中から撮って気になっていたカマだ。

この撮影旅行のすぐ後、奥羽線で土砂崩れが発生。「あけぼの」や急行「男鹿」などが陸羽東線を迂回した話は今でも語り継がれているからご存知の方も多いと思う。

(写真、文 U)

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