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2011年3月19日 (土)

大震災から1週間

大変な災害が起こった。まずは犠牲者の方々のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方々へお見舞いを申し上げたい。また現地で復興へ向けて昼夜を問わず努力されている方々への敬意を表したい。

私自身は東京の本社ビルで大きな揺れを感じ、商売柄、すぐに緊急対応に追われて今日に至っている。その後、原発問題、首都圏も計画停電や物資不足など、まさに前代未聞の事態に陥っている。加えて株価の大幅下落と急激な円高など、暫くは予断を許さない緊迫の日々となろう。

幸い身近な家族も、全国1万人の社員も全員の無事が確認されたので、あとは今後かなり長期化するであろう諸対応に注力していくことになる。すでに部下200名のかなりの社員を現地や本社の支援要員に送り込み、皆、連休も関係なく被災対応をしてくれている。福岡の社員を宇都宮に、札幌から千葉へと、当然支援は全国規模になっている。

津波の大きな被害を受けた地域、鉄道撮影においても思い出深い地名が並んでいた。宮古はその昔、ラサ工業のC108を撮りに何回か通ったところ。気仙沼線では先般DD51のお召し列車を撮った。

掲載写真は釜石線で運転されたD51の試運転列車。

1992年8月の本番運転を前に7月下旬に試運転列車が運転されたので遠路撮影に赴いた。7月24日にED75などを撮りながら東北本線に沿って北上し26日から28日までD51試運転を撮影した。

7月27日(月)の運転では下り列車が上有住で立ち往生してしまい、その後陸中大橋までたどりついたものの動けずに夜を迎え思わぬバルブ撮影が出来た。その後何とか釜石まで運ばれ、翌日に釜石のターンテーブルに乗る姿が下の写真。このあたりが今どうなったのかはわからない。

(写真・文:K.M)

1992年7月27日 陸中大橋にて

67bw8269

1992年7月28日 釜石にて

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