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2011年3月18日 (金)

素人の発想ですが…

震災当日にアップし記事から1週間が経った。
本来ならば明日からは横浜の自宅に戻り、やはり赴任先から帰っているTさんと〝朝練〟で一緒になっていたかもしれないが、大震災のためにそれどころではなくなった。K・Mさんもお仕事の性質上、きっと超多忙なのだろう。世の中が落ち着くまでにまだまだ時間はかかるが、また皆さま方との再会、一緒に鉄道を撮影できる機会が戻るのを待望している。

せっかくお仲間の方々と立ち上げたこのブログ、震災によって粉砕されるのは口惜しい。細々とであっても何とか続けていきたい。

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震災で鉄道もあちこちでかなりの被害を受けた。東北新幹線は仙台のホームがかなりの被害を受け、全線復旧までには相当な時間を要しそう。在来線も常磐線では列車が横転したり、貨物列車を牽くED75が立ち往生している姿をテレビで見かける。東北本線は語るまでもないだろう。
そうなると首都圏から東北方面につながる路線は高崎、上越(または信越)、羽越、奥羽の各線を経由するしかなさそうだが、このルートは今はまず旅客輸送よりも貨物輸送の方を優先すべきだと考える。今後、少しずつ東北本線などの線路が復旧していけば旅客輸送にも力を入れていくべきだが、まだそんな段階ではない。
一方、電力の復旧も必須。線路が復旧しても電気が以前のように供給されなければ間引き運転が続く。計画停電で首都圏の鉄道が混乱しているのを見ると、素人の発案で恐縮だがディーゼル車両の活用は出来ないものだろうかという思いが浮かぶ。
そのためには燃料の輸送や貯蔵施設、運転士の確保など、考えただけでさまざまな問題が立ちはだかるが、先ごろ引退したキハ181系や余剰となっているDD51の復帰などは検討するに値しないか?(もちろんDD51が復帰したとしても牽引する客車がないから電車を牽くような形になると思われるが)
JR西日本やJR貨物などにはまだ解体されないそれらの車両も残っており、ある種の〝救援物資〟として東に送ることは難しいのだろうか?
ド素人の浅はかな考えだが電力の本格的な復旧までにはまだまだ時間がかかると予想される今、こんな考えがふと浮かんだ。

Photo
1978年、多度津で撮影した「しおかぜ」。まだDF50が残っていてそれを撮りに行った際に撮影した。多度津の駅に架かる跨線橋は当時、もちろん架線がなかったから撮影には最適な場所のひとつだった。
キハ181系はつい最近、お別れ運転を終えたばかりで、まだJR西日本には残っているかもしれないが、震災復旧には内燃車両の活用は選択肢のひとつとして検討しても良いような気がする。

(写真・文 U)

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コメント

Uさん、久々のアップありがとうございます。私の勤務先も全国規模で支店があるので、昨日まで13名の安否不明者がいて気を揉んでましたが、なんと全員無事のニュースが昨夜飛び込んできました。この震災で1万人ちかい社員が全員無事だったというのは奇跡的のような気もします。勇気付けられました。
しばらくは震災対応に追われますが明日あたりからストックからアップしていければと思ってます。K.M.

投稿: K.M. | 2011年3月18日 (金) 21時57分

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