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2010年11月

2010年11月30日 (火)

明日からもう師走

先日の山口線では、津和野周辺をはじめ景色そのものにも魅了される場所も多かった。ここ四国の地もそうであるが、非電化区間であることで当然のことながら架線も架線柱もなく、首都圏鉄ちゃんでは味わえない自然とのコラボもあるように思えてきた。魅力的な被写体がないのはまぎれもない事実ではあるが、まあ、この地に住んでいるのも何かのご縁でもあるので、もっと色々と新しい場所も開拓して、非電化区間ならではの写真も撮って行きたいと思う。(高知県の山地率は何と89%であるので、なかなか綺麗に撮れる場所の開拓も難渋であるが)一方でUさんがご自身のブログで披露されているような、鴬谷の「あけぼの」超望推回なども大変インパクトがあり、首都圏鉄ちゃんも、これはこれで捨てられない魅力があることも事実。やれやれ、小生の場合はまだまだターゲットを絞り切れない中途半端な雑食鉄なのでしょうね。どこかのお騒がせの歌舞伎役者ではないが、芸の修行の前にまだまだ人間修行が必要なのかもしれない。ところで、「龍馬伝」もついに最終回を迎えてしまった。桂浜にある「坂本龍馬記念館」に行った際には、「近江屋」の一室を再現したものもあり、暗殺の首謀者には諸説あることや最期の瞬間はもっともっと壮絶かつ凄惨な死であったことを学んでいたので、福山龍馬が斬られたあとも中岡慎太郎と会話しているシーンはドラマとは言え大変興ざめしてしまった。高知在住の人間として最終回まで見たものの、大河ドラマとしては個人的には、満足度が低かったように思う。むしろ、来週から始まる年末恒例の「坂の上の雲」の方が楽しみである。全く、何を言いたいのがよくわからないブログになってしまったが、明日からもう師走。何だか月日の経つのは早いものである。結局12月のダイヤ改正までには東京には戻れる予定はないので、もう常磐線で見慣れたEF81牽引貨物の最期も見送ってあげることはできそうもない。(写真・文:TBlog_201011301

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2010年11月29日 (月)

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山口線C571は本当に素晴らしいですね。非電化区間での大型蒸機という設定と、あの素晴らしい煙、そして記事にあるように地元の方々のご理解という環境。しかしながらやはり遠方の地では通えずに、皆さんの作品をため息つきながら拝見させていただいています。

それに触発されたというわけではありませんが、上越線のD51に行ってきました。

最近は特に鉄道関係の情報を積極的に集めることもせずにいまして、この秋の運転ではヘッドマークが外されていたことをつい先日知りました。

前回(5月)のときは、あのデフでスノープラウ付けたまま、ヘッドマークが無ければどんなに格好いいか・・と思ってましたので、まさに今回は待ちに待った機会でした。知ってれば何回か通えたのにと思いつつ、最初で最後の機会がこの週末になってしまいました。

お手軽場所で簡単に撮りましたが、煙もまずますで、久しぶりに鉄分を補給してきました。

人もそれほど多くなく、のんびりとした撮影が出来ました。風が比較的あって煙がなびいたので手持ち撮影で正解でした。

(写真・文:K.M.)

2010年11月27日、28日撮影

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2010年11月28日 (日)

川奥信号場

Uさん同様先週の山口のインパクトがあまりに強烈であったので、蒸気以外は撮るのは止めようかと真面目に思ったくらいであったが、ついつい天気が良いとカメラを持ち出さないと気が済まなのはやはり一種の病気であろう。というか、この地に居ると他に娯楽がないのである。週末も仕事が入ったりして、今朝も窪川まで行く用があったので、ついでなので早起きして以前からまだ未開拓であった、川奥(信)・荷稲・伊与喜あたりを真面目にロケハンしてみた。先週の山口は紅葉が見頃であったが、高知はかなり南である分まだ色付き方が中途半端であったが、少しでも秋らしい風景を求めて車を走らせた。(南国とは言え、窪川あたりでは道路沿いの温度計が3℃を指しており、結構冷え込んでいた)朝から快晴ではあったが、山が深いのでなかなかきれいに朝陽があたる場所がなく、また当初目論んでいた場所が手前に電線がかかりボツになったので、どんどん山奥に入っていってしまった。(要は、先週の津和野の本門前踏切に行く途中のようなすれ違いもままならない林道のような道である)結局、川奥(信)に辿り着いた。ここは、中村線(現土佐くろしお鉄道)と予土線の分岐点であり、中村線側は、この先ループ線になっている文字通りの山奥にある。ここで、「南風10号」は背景の赤く色付いた木をワンポイントに縦位置で撮影してみた。かなりの急こう配をさすがの2000系もフルスロットルで登ってきて、山深い暗闇から出てきて斜光に近い朝陽を一瞬浴びた姿は、いつも見慣れた被写体ではあるものの、この山奥の場所ならではの独特の雰囲気の写真が撮れたような気がする。(ここでSLなら最高の煙を吐くのだろうが・・)いつもならば、置きピンをして撮影するのであるが、被写体が遅いことから先週山口でオートフォーカスで撮ってそれなりの写真が撮れたので、今日は初めて試験的にAIサーボを使ってみることにした。要は今までこの機能を信用していなかったのであるが、この程度の速さであれば十分にピンを追ってくれることがわかった。次の「南風」を待ちながら、伊与喜から旧道を線路伝いに戻って来ながら、トンネルを出てきた直線で意外にすっきりした場所を見つけた。9時過ぎだともう頭には光が当たらなかったが、もっと陽の長い季節の早朝であれば、順光でいけそうな感じであり、またトライしてみたい。ちなみに、くろしお鉄道の車両の前面に掲出されているヘッドマークのようなものは、「だるま夕日」。大気温と海水温の差が大きなこの時期に高知の海岸線で見られる現象とのことだが、まだ私は自分では目にしたことはない。(写真・文:TBlog_201011281

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2010年11月25日 (木)

「SLやまぐち号撮影の旅」(Part3)

前日からのピーカンの晴天は、まだまだ続いており、良い写真が撮れそうな予感はしていたが、K氏以外はみんな前日にとりあえず「お腹一杯決めてしまっていた」ので、余裕含みで2日目には臨んだ。目指すは宮野~仁保の18.6Kポイント。8時過ぎには、お立ち台は既にかなりの部分が埋まっていたが、みんな思い思いのアングルで場所取り完了。ここでは、これまた約30年ぶりに関西のT氏にも再会し、かつてのゴハチ大窓を撮りまくっていた役者達がいよいよオールスターキャストで集結した形となった。(T氏は私のようにブランクもなくバリバリに鉄ちゃんを続けていらっしゃり、年間相当回数山口に通いつめていらっしゃるとのことでもあるので、小生などはとても同列には語れないが、旧知の大御所にお会いできて本当に懐かしかった)こういったメンツが勢ぞろいなのだから、このお立ち台の壮観さはご想像いただけるかと思います。撮影後早速撤収して長門峡以北を目指したが、さすがにSL最終日であることに一般の方の紅葉狩りの車も加わって、国道は大渋滞。H氏の先導で必死の裏道ワープをして頂いたが、結局下りは追いつけずに、そのまま上りの場所取りに行くことに。白井の場所見に行ったものの、やはり光を考えるとみんな結局本門前踏切に戻ってくることになった。(約1名最後までどちらで撮るか悩んでおられましたが・・)そうこうしているうちに、津和野発車まで10分をきり、みんな最終チェックに余念のない頃、何だか聞いた事のある声が踏切の向こうでするかと思ったら、何と某I氏が登場。さすがにこれには一同驚いた。津和野発車の汽笛を聞いてからおもむろに機材を手にするなど、この人はさすがにただ者ではない。やや黒い煙が目だったものの昨日とは違うアングルで撮ることができてこれまた大満足。(だだし、欲を言えば煙が真後ろに流れて背景の紅葉が消されてしまったことは残念)さすがに途中の道は渋滞しており、追っかけは無理かと思われたが、何とか篠目の発車に間に合い、発車も撮ることができた。これも、TAさんやH氏はじめ皆様のお蔭であり、本当に楽しく充実した2日間を過ごすことができた。(さらに、H氏先導での大ワープには本当に驚いたが、お蔭さまで予定より早い新幹線で戻ることができた。)あと、Uさんも記されている通り、今回の撮影行では、地元の方々のご厚意にも強い感銘を受けた。JR東日本管内であれば、ヨソ者の車が無断駐車していると警察を呼んで間違いなく規制されるのがオチだが、わざわざ個人の駐車スペースまで提供してくださるなど、随所に温かさを感じた。あと、お仲間の皆さんは大きなレンズに機材・三脚を持っても元気に山道を登っていかれているのを目の当たりにすると、自分ももっと体を鍛えなくてはならないと思う。是非またお仲間と第2回をやってみたいとすでに盛り上げっているが、次回は是非今回参加できなかった方々もご参加いただき、さらに大盛り上がりしたいと思っております。いずれにしても、SL(という言い方より「蒸気機関車」という言い方の方が好きであるが)のたくましさ、あるいは全身の力を込めてゼイゼイいって勾配を上ってくる生き物のような姿、野性味あふれる雄叫びのような汽笛、スマートな姿からは想像もつかない程噴き上げる爆煙等々その魅力には心から心酔した。今回多数お目にかかった「山口線専門の鉄」の方々が何度も山口に通われているのも納得である。疲れ果てて高知に戻ってきて、Pさんのブログを拝見すると、何と北浦和の雑草が一掃されたとの朗報があり、何だか疲れも吹っ飛んでしまった。これで東京に帰った時の楽しみが増えたというものだ。(写真・文:TBlog_201011251

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2010年11月24日 (水)

山口線の魅力をあらためて痛感!

T氏が述べられているように今回の山口線撮影行はひじょうに楽しい2日間だった。詳しい行程については自分のブログにも記したが、T氏も詳細な報告を書いているのでお仲間の方々はそちらをご覧になってください。

久しぶりに山口線に行って気づいたのは地元の方々がわれわれ鉄道ファンにひじょうに親切だったこと。一部ではトラブルもあるようだが、われわれが行った各撮影地では駐車のためのスペースを提供してくれたり、「良い写真が撮れましたか?」などとフレンドリーな対応に心が安まったことが挙げられる。また、大勢のファンが集まる沿線ではこの2日間、罵声や怒鳴り声などを耳にすることなく撮影を堪能した。地元の方々だけでなく初日、2日目に行った各撮影地は和気あいあいの雰囲気で、そんなことも今回の撮影行を大いに満足させる要因となった。2日間でつごう8回ほど「山口号」を撮影したが、Tさんの報告にあるように篠目で後ろの人を振り返らないで線路に入った人がいた他は取り立てて気になるようなこともなかった。
また、初日の宮野~仁保など女性が「山口号」にカメラを向けている姿も目立ち、復活後30年を経過したC571が老若男女を問わず多くの人々に受け容れられているのを感じた。

自分にとっては関西のお仲間たちとの再会や、新たな友人にも恵まれたことが大きく、趣味のもつ魅力をあらためて思い知った。50歳を過ぎると新たな友人をつくるよりも古い友人との付き合いが中心となることの方が多いが、関西の方々のざっくばらんな性格に起因することが大きいように思う。関東での静かな列車待ちの時間よりも大いに愉快だったことは紛れもない事実だ。

さて今回いろいろとC57を撮影したが、こちらのブログにはアップ系の画像を掲載する。サブカメラに持ち替えたり、本来の構図よりも手前に来たC571を狙ったもので煙がよく出ているものについては次回以降かわがブログにアップする。
現役時代、あり得なかった形の集煙装置を外したC571は蒸気機関車の晩年、人気を集めたC575号機をほうふつさせると同時に、ボイラ性能をじゅうぶん発揮した走行音や汽笛の魅力も素晴らしく、鉄道に興味のない一人息子にぜひ見せてやりたいと心から思ったものだ。

(写真、文 U)

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2010年11月23日 (火)

「SLやまぐち号撮影の旅」(Part2)

知る人ぞ知るいなり寿司のおいしい食堂で遅めの昼食をとって本門前踏切に戻ると、すでに三脚の砲列ができており、自ずとテンションは高まっていった。しかし、首都圏でよく見かける、罵声やマニア同士のトラブルもなく、上々の晴天の下でまったりと本命の到着を待った。1520分の津和野発車の汽笛のあと、紅葉で色づいた津和野の山の下をゆっくりとC57 1は登って来た。山口での集煙装置がないC57は私にとっては初めてであったが、個人的には格段にスマートかつ美しく映った。(中学校在学中の昭和47年秋に千葉~銚子間を当時の新津のC57 1が引いたイベント列車に友人と乗ったが、何だかあの頃の姿を思い出した)さて、超望使いのお仲間の方々はもっと正面がちの縦位置で心行くまで楽しんでいらっしゃったが、小生の場合は100-400ズームすら東京に置いてきてしまっているので、冒険はせず、ひたすらノーマルな写真に徹した。言い訳がましくなるが、光線が文句なしだと腕と道具がお粗末でもそれなりに写真の見栄えも良くなるもので、小生としては大満足のカットとなった。(いつも「あけぼの」なんかで画面いっぱいに引きつけるパッツンパッツンの写真ばかり撮っているが、こういう景色の中で多少画面に余裕をもたせて撮るのも良いものだ。背景の木々の色も最高で、好天に恵まれたのは本当にラッキーだった・・)余韻に浸っている暇もなく、即追っかけ開始。TAさんの的確な選択のお蔭で篠目の発車に間に合うことができた。ここでは、全く非常識な輩が発車直前に左側から線路側に飛び出して来てしっかりハンディカムの映像には入ってしまったが、いい煙を吐いてくれ、大満足のうちに1日目は終了。(ムービーを回していると、声をあげれば自爆行為になってしまうので自重したが、全くやられ損である。こういう良識のない輩には二度と遭遇したくない。)夕闇迫る頃、湯田温泉のホテルにチェックインし、お決まりの「宴会」へ。ここで、何と九州までブルトレ(さくら)を撮りに行っていたK氏も合流し、さらに盛り上がってきた。(わざわざ山口を捨てて九州までブルトレを撮りに行かれるとは、K氏の行動力と守備範囲の広さには敬服です・・)ここでの話題は、鉄道の話に留まらず、このメンバーでは定番のエッチな話やお下品な話など、トメドを知らず出てきて、学生の時のように楽しかった。こうして飲んでいると、あっという間に30年前に戻れるから、やはりこういう同じ趣味をもったお仲間というのは本当に有難いと感じた。湯田温泉の露天風呂から見た満天の星空も最高であった。(さらに続く・・)(写真・文:TBlog_201011231_3

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2010年11月22日 (月)

「SLやまぐち号撮影の旅」(Part1)

僅か2日間の出来事であったのですが、あまりに色んなことがあったので、どこから話を始めてよいのやら困ってしまいますし、小生だけではなく今回は参加者も多数なので、とりあえず小生の方で口火はきりますが、随時「突っ込み」や「皆さんご自慢の画像」を追加して入れて頂ければ幸甚です。さて、19日(金)の夜から旅は始まります。仕事を早々に切り上げ1837分高知発の「南風26号」で岡山乗り換えし、「のぞみ59号」で集合場所の広島に向かいました。万事TAさんにご手配をして頂き、駅前のビジネスホテルでUさん、TAさん×2名さまに加え、Hさんとも約30年ぶりの再会を果たしました。直ぐに「お好み村」へと繰り出し、お腹一杯になり爆睡するとあっという間に起床時間の5:30。まずは広島始発の「こだま823号」で新山口に向かったのですが、下車するとUさんのご希望もあり「100系レールスター」からみんなで打ち揃って撮影開始しました。(Uさんはこの段階から相当テンション上がっておられました)レンタカーに5人で乗り込み、まず目指すは仁保の手前のSカーブ。小生にしてみれば本当に久しぶりの山口でしたが、みんなでワイワイやっていると待ち時間も全く苦にならないし、むしろそこでの昔話や雑談が何とも楽しかった。今回は、高知へ持ってきている機材(カメラ・レンズ・三脚・カメラバッグ全て)が限られているので、皆さんに比べて私が格段に軽装備でしたが、長玉を多用されるこのお仲間が揃うとちょっと周囲を圧倒しておりました。道をよくご存知のTAさんのお蔭で効率よく追っかけができ、下りはさらに、長門峡、徳佐でも撮れたので大満足でした。雲ひとつない晴天に恵まれた上に、丁度見頃を迎えた紅葉も抜群の演出をしてくれ、「やはり来てよかった」という気持ちになっていました。徳佐では、山口は裏道まで完全に熟知されているH氏が合流され、上りの場所取りに津和野の本門前踏切に向かいました。(今回は、H氏がいらしたお蔭でどれだけ効率的に撮影できたことやら・・本当にお世話になりました)既に、太陽はベタベタのエロ光線であり、待ち時間の間にも自ずとテンションは高まっていきました。(上りの写真は次回のお楽しみです・・)腕も機材も一番お粗末な小生が写真を載せるのは甚だ僭越ですが、まあこれを捨て石にして気合の入ったお仲間の皆様の「長玉写真」で、是非どんどん上書き公開をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。(続く・・)(写真・文:T Blog_201011221_4

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2010年11月21日 (日)

山口線 C571営業運転初日

この週末に山口線出撃の皆さんの成果はいかがだったでしょうか?

1979年に山口線に蒸機が「復活」してから31年・・・国鉄から蒸機が消えたのが1976年だから、その31年前というと1945年、そう終戦の年である。

つまり、終戦の年から現役蒸機が無くなるまでと、C571の復活から今年までは同じ年月が経っているということになる。

そんな歴史を経ている山口線のC571、いくつもの試練を乗り越えての「今なお現役」は、関係者のご尽力に敬服するばかりである。

写真は復活初日の上り記念列車。津和野で自転車を借りて撮影地まで行ったような記憶がある。

つまり、これは追分で最後の9600の入れ換えが終結を迎えたあのときに、終戦の年にはこんな列車が走ってましたよ~って出しているようなものである(複雑な心境・・・)。

行かれた皆様、是非作品をアップしてください!!

(写真・文:K.M.)

1979年8月1日 津和野ー船平山にて

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2010年11月19日 (金)

オバマ大統領搭乗のエアフォースワン(Air Force One)

APECによるVIP機のお祭り騒ぎも15日(月)のチリの大統領機(B767)で終わった。私も金曜日の午後から月曜日一杯の3日半の参戦で、一応「おなか一杯」の成果を収めることができたと思う。

仲間内では月曜のチリの専用機もかなりのレアものらしいが、一般受けするネタではないので割愛して、やはりここはアメリカ空軍の大統領専用機をアップしよう。

結局オバマ大統領は日本に2泊したが、専用機もフェリー(回送)されずに羽田空港に居た。

多少離れた場所に駐機していたが、新しく出来た国際線ターミナルの駐車場屋上からだと良い横の位置から予備機とともに並びが撮れた。注目すべきは飛行機よりもその周り(手前)の軍用自動車の多さ。写真でも十数台のタンク車が写っているが、これは恐らく「燃料補給車」。新聞などによれば、この2機の専用機の燃料は横田基地から運んでくるタンクローリーから補給されるとのこと。別に特殊な燃料で飛ぶわけでないから、羽田で一般機と同じように給油しても問題はないはずだが、やはりセキュリティーの観点から米軍基地で積み込み、検査された燃料を使ったのだと思う。

そして2枚目がオバマ大統領が搭乗して羽田のRW34Rへ向けてタクシイングする正真正銘のエアフォースワン。実はこの時面白いことに気づいた。

この飛行機が前述の駐機場所から大統領が搭乗する場所(VIPスポット)へ自力移動する際に使っていたコールサインは「Air Force 001」だったのだが、搭乗後のコールサインは「Air Force 1」。001(ゼロゼロワン)と1(ワン)は明確に使い分けられていたのだった。

そして14日の15時47分、Air Force Oneは無事に離陸していった。

(写真・文:K.M.)

2010年11月14日 羽田空港にて

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2010年11月17日 (水)

かわいかった頃の「ニーナ」

さて週末は15年ぶりの山口線。高知からTさんもやって来るし、京都のH氏も一緒だ。さらに昨年、ある場所で知り合ったHさんも集まるようでC571撮影もともかく、皆でワイワイとやれる鉄道撮影およびその後の宴席に期待もふくらむ。このところ酒を飲む日が続いているので2日ほど禁酒し山口に備えようと思う。なにしろA氏のパートナー、Kさんは酒豪のようだから太刀打ちできないまでもそこそこ酒の量も進むだろう。今のうちに肝臓をいたわっておく必要がありそうだ。

今回アップするのは1980年に当時の東京機関区で撮影したEF6627。現在残っているEF66で唯一、正面の飾りが残されている機関車で「ニーナ」との愛称で人気が高いらしい。数字からそのように呼ばれているのだろうが、EF5861を「ロクイチ」と呼んでいたようなものなのだろう。2年半前から鉄道撮影に復帰して、しかも今は大阪でEF66を見かける機会は多いというのにまだこの「ニーナ」は見たこともない。
ただ、この機関車もあの不格好なクーラーを頭に載せているわけで、「ニーナ」という外人女性をほうふつさせる愛称とはマッチしない思いもある。

(写真、文 U)

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2010年11月14日 (日)

大統領専用機 APEC

APEC開催で各国のVIPが集まり、都内などはかなりの厳戒体制になっていた。その究極は恐らく羽田空港周辺。ほとんどの要人が金曜の夜に着いて日曜の夕方に出発というパターンだったので、今日の羽田はまざにVIP機のラッシュとなった。メキシコにはじまりブルネイ、ロシア、中国、韓国、アメリカ、マレーシア・・と次々と離陸が見られた。

世間的な興味から言えばその筆頭はアメリカの大統領専用機エアフォース・ワン・・というところだろう。正確には大統領搭乗の飛行機がエアフォース・ワンと呼ばれるので飛行機の機体そのものがエアフォース・ワンというわけではないが、一般的にはアメリカ政府の青いジャンボジェットがそう呼ばれることが多い。

今日も当然オバマ大統領搭乗の真正「エアフォース・ワン」も撮れたし、その予備機(SAM29000)もおさえられた。

でも個人的にはこの韓国の大統領搭乗機が一番の収穫だった。元大韓航空の機体なので機番つぶしにはならないが、この渋い塗装には惹かれるものがある。

(写真・文:K.M.)

2011年11月14日 15:01 羽田空港にて HL7465

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2010年11月13日 (土)

「海王丸」との出会い

今日と明日、須崎港に大型帆船「海王丸」が寄港すると高知では報道されていたので、帆船など見たこともない好奇心旺盛な小生としては、とりあえず野次馬根性で見物に行くことにした。高知道は、現状高知より先須崎まで「社会実験」と称して高速料金無料区間になっているのも行き易い所以でもあった。さて、小生は乗り物系全般は好きであるが、なかなか船に関しては予備知識もないし、ましてや撮影などしたこともない。(敢えて言えば、ニューヨーク港に一年に何回か寄港していた「クイーンエリザベスⅡ」を通勤途上のフェリーから撮ったくらいか・・)こう言うときに、インターネットの検索機能は本当に便利である。WikipediaGoogleを調べれば直ぐに何者かわかってしまう。ちなみに、Wikipediaによれば、「海王丸Ⅱ世号=航海練習船で大型帆船。総トン数-2,556トン、全長-110.09m、総帆数-36枚等々」とある。現地に到着すると、遠くからでもその巨大な白い帆が見えており、近づいて行くとその大きさには圧倒された。ただし、岸壁側から撮影するしかなく、見物客でごった返していたので、あまりすっきりとした写真は撮れなかったが、黄金色の船首像の「紺青」は荘厳かつ神秘的な輝きをしていて何か惹きつけられた。そうこうしているうちにお決まりの絶滅危惧種到来のお時間となった。須崎手前のド順光の場所を探しておいたのであるが、ドン曇りの上にハイビーム攻撃に遭い、ゴーストまで出てあえなく撃沈↓また、天気の良い日にリベンジしてみたい。(それにしても、21532154ばかりで、いい加減飽きてきたが・・)今晩は、豚肉とキムチ鍋の素で先週に引き続き一人鍋に挑戦した。寒くなってくると、鍋が恋しくなるが、オール電化のアパートなので土鍋が使えず、味は美味しくできたのだがフライパンだと非常に味気ない。しばらく高知を出られずこのような被写体ばかりでフラストレーション爆発寸前なので、TAさんにすっかりご手配頂いた来週の山口行きを非常に楽しみにしております。(写真・文:T

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昨日の「あしずり1号」 & 高知上空の飛行機雲

昨日、仕事の合間に偶々近場で撮った「あしずり1号」。例の2153が先頭車両で、何事もなかったように通り過ぎて行きました。まあ、故障らしき箇所を修復したのであればよいのですが、この間の現象は何だったのか結局のところ謎です・・ついでに、季節はずれの黄砂が舞っていた空を見上げると、東の方からこちらに一直線に向かってくる飛行機雲。ジェットエンジンからは、4本の筋が綺麗に噴き出していました。ジャンボ(B747)の機影だと思われます。さすがに70-200ズームだったので航空会社までは地上からは確認できなかったのですが、いよいよ普段見慣れていたジャンボの姿ももうすぐ見収めかと思うと非常に寂しい気持ちです。国際線・国内線も含めて、いったい何度搭乗したのか数えきれません。(ニューヨーク、ロンドン、パリ、大西洋線、シンガポール、香港、バンコック、台北、デンパサール、ホノルルetc・・)特にダッシュ400は、私にとってはA340とともに大好きな4発機でした。JALB747は早足でカウントダウンが始まっているようですが、もう搭乗するチャンスはないかもしれない・・B747の話をし始めるとKMさんが黙っていないはずなので、私の話はこれくらいにしておきますネ。(写真・文:TBlog_201011131

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2010年11月 9日 (火)

振子装置の故障?

大歩危~小歩危のトロッコ列車など全く興味はないし、ほかに撮るものもないので、当分気の済むまで「絶滅危惧種」を追いかけてみることにした。先日は国道沿いにロケハンしてあまりすっきりした場所が見つからなかったのだが、仕事で須崎まで行った際に帰りのDCの後方でずっと撮れる場所はないかとロケハンしてきた結果、いくつかの候補地が見つかり、今度は現場検証をしながら車で現地に行ってみることにした。6日(土)は、晴天であったので、波川~伊野間に行ってみた。光線状態は抜群であり、先行する(珍しい3連の)DCもいい感じで捉えることができたので、ゆっくりと本命「あしずり1号」を待った。伊野を出て仁淀川橋梁を渡ってくる音がし、R300のカーブを回ってきたのだが、遠目にもどうも様子がおかしい。右カーブなので振子列車は大きく右に車体を傾けるはずなのであるが、逆に左に傾いており、直線に入っても結局妙に車体が傾いたまま戻らず、下り10パーミルの勾配をディーゼルエンジンを響かせながらスピートを上げながら走り去って行った。あっけにとられ、モニターを確認したが、やはり大きく左に傾いている。(ご丁寧に三脚まで使用したので、レベルの合わせ違いではない)さらに、2両目はどうやら逆側に傾いているようにも見える。そんなことがあるのかと思って、他の方のブログやYou Tubeを確認してみたら、四国の2000系気動車だけでなく、JR東日本のE351系でも同様に先頭車両ないし最後部車輛が傾いたまま走っている画像や映像を目にした。これって、安全運行上問題はないのであろうか?カーブを高速で曲がるために振子の原理を応用して車体を傾けているのは皆様ご認識の通りであるが、逆に傾いたまま高速でカーブに突入すれば、さらに遠心力が加わり、ホームやトンネル等の障害物への接触や最悪脱線の危険等もないとは言えないはず。乗務員の方も乗っておられて当然違和感は感じられているはずなのだが?小生の場合技術的なバックグラウンドが全くないし、ネット上で無責任なことは軽々しく言及できないが、何だか見てはいけないものを見てしまったような嫌な後味だけが残った。(もちろん、写真も使い物にはならないのだが・・)とにかく安全運行に支障がなく事故等のないことを願うばかりである・・どなたか専門の方が居られて、「これは安全運行上、全く問題ないですよ」と断言して頂ければ、胸の痞えがとれるのですが。ご参考までに、先行のDCおよびアングルは違うが同じ場所で翌日撮った画像を見比べて頂ければ、この日の2153が「異常」なことは一目了然かと思います。(写真・文:TBlog_20101181

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2010年11月 8日 (月)

181系「おき」

このところ大阪では「はまかぜ」撮影に力を向けていた。と言っても4,5回ほど出かけただけだが、この181系気動車にはちょっとした思い入れもあり、あの田舎くさい車体色にも関わらず夜の大阪駅にまで出没した。自分の年齢を考えるとずいぶん活発に動いたものだ。

もともとキハ82が好きで、スタイルがそっくりな181系に惹かれたのも自然の成り行き。しかも山陰や四国にDF50などを撮りに行くと「南風」や「しおかぜ」、「おき」などでその活躍を目にすることも多く写真もけっこう残っている。
92年、福岡に転勤になったころはまだ細々と鉄道撮影をやっていたが、九州の派手で毒々しい電車などを撮る気力は全くなく、比較的近い山口に181系狙いで行ったほどだ。「くにびき」「おき」など、このときはC57などよりもそちらの方に力を傾けたものだ。

今回、横浜の自宅に帰って古いポジを見ると出てくる出てくる、さまざまなキハ181系の写真。それらをすべてスキャンするのはとてもじゃない。今回は92年10月に撮影した「おき」をアップする。

(写真、文 U)

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2010年11月 7日 (日)

皆さん、ご一緒しませんか?

去る10月下旬、A氏宅でお酒(何と「魔王」!)をごちそうになりながらビデオを見ていると山口線のC571が登場した。ここ久しく現地には行っておらず、前回行ってからすでに15年以上が過ぎている。福岡に赴任していた頃で、3年の任期を終え本社に戻る際にしばらく来る機会はないと思って出かけて行った。当時はあのわけの分からないスタイルをした集煙装置が嫌いであまり行くこともなかったが、子どもが生まれセカンドカーとして乗っていたユーノスロードスターを手放さなければならなくなり、最後の長距離ドライブとばかりにC57を撮りに行った。
そんなことを思い出しながらA氏と鉄道談義に話を咲かせているうちに、「山口に行きません?」という話になった。10月のサロンカー「なにわ」や「あすか」が入線した際にはかなりの人でにぎわって、それなりに煙も出たという。C56とのプッシュプルということもあったからひときわ素晴らしい煙の競演だったのだろう。今年の運転は11月の20、21日でお終い。集煙装置も外しているようだからちょっと行ってみようかという気分になった。今月は会議や土曜出勤があってスケジュール的にはちょっとタイトだが、一人で行くことは絶対にあり得ないから、誘ってくれたときこそチャンス。是非もない。

その後、高知のT氏も誘ってみようかという話になったが、現地を離れることが難しそうでどうしようかと逡巡していたら当の本人から前向きな投稿がわがブログにあり、そこから先はとんとん拍子。話が決まるとけっこう楽しみになるもので15年ぶりの山口への思いが募ってきた。
さて、これをお読みになっているお仲間の方々で、どなたかご一緒に参加される人はいらっしゃらないだろうか?今のところA氏とのプランでは新幹線で山口入りし現地でレンタカーを借りて行動する予定だ。
皆さん久しぶりにいかがですか???

(写真、文 U)

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2010年11月 5日 (金)

181系「はくと」

この数日キハ181系を撮影している。明日6日を最後に「はまかぜ」から撤退するこの車両はキハ82とほぼ同様のスタイルで自分にとっては好きな車両のひとつだった。
昨年、大阪に赴任して1年が過ぎ、当初は来年3月に新型のキハ189系と交代すると聞いていたから、いずれゆっくり播但線内で撮ろうとのんびり構えていた。それが半年ほど前倒しとなり、最後のチャンスにいそいそと撮影に通っている次第だ。
キハ181系は「しなの」、「つばさ」、「しおかぜ」、「南風」、「くにびき」、「おき」、「はくと」(「まつかぜ」もそうだったかな?)などで活躍し、けっこう撮る機会も多く思い出深い。最後の定期列車となる「はまかぜ」では地味な塗装となって写欲をそそる対象ではなくなったが、国鉄時代の一世を風靡した車両のひとつがなくなるということで沿線にはファンも多く集まっているようだ。

この「はくと」は1995年夏、東京から鳥取に出張した際に智頭急行の大原駅付近で撮影した。車を当時は数が少なかったBMWのワゴン(E30)に買い換え、嬉しくて鳥取まで乗っていたのも懐かしい。今ではとてもそんな芸当はできない。撮影に使ったのはキヤノンEOS1Dnも今やお蔵入り。ベルビアの発色も彩度が高く、画像補整で調整した。

(写真、文 U)

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2010年11月 4日 (木)

これもゲテモノ?

評判の悪いJR四国の画像はさっさと自ら上書きしますね・・ところで、大糸線の昔の旧国の写真を懐かしく眺めていて、「あれ?こんなの最近どっかで見たな・・」と思ったら、今年4月に北陸(高岡)で遭遇したコイツ(クハ455-47)でした。やや、色合いは違うようですが、青一色の塗装。実物に遭遇した時には、思わず「ゲッ!」と思ってしまいました。せっかくデカ目なのに、なんと勿体ない!不思議なことに、大糸線の旧国の青一色塗装は非常にマッチしていたと思うのですが、何故かこの455系の場合は「ゲテモノ」に見えてしまうのは、私だけでしょうか?そもそも103系や201系のように、最初から単一塗装に見慣れていれば違和感がないのですが、455系のこの塗装は単に「手抜き」のようにしか見えません。ところで、「ゲテモノ」の定義をネットで調べてみると「①大衆向けの値段の安いもの。並の品。(反対語として:上手(じょうて)物=出来や品質などがよいもの。特に、工芸品などで、一品制作の精密な作をいう。)②一般の人からは価値を認められない風変わりなもの。珍奇なもの。」(出典:大辞林)とあります。ユニークなのかゲテモノの類なのかの境界線は、個人の主観によることになるのでしょうが、まあ上記の定義で言えば、581/583系中間車改造の419系なんかもゲテモノなのではないでしょうか。これは、クモユニ74系列の顔ではあるので、見なれてくれば愛嬌のある顔に見えないこともなく、賛否両論あろうかと思いますが、私としては、やはり手抜き工事のゲテモノの類にしかみえないのです。鉄道マニアの一方的な思いとしては、あの美しい581/583系が改造されて一生顔を公衆の前に晒すのですから、何だか可哀想に思えてしまいます。今風に言うとリサイクルの「エコ」ってところなんでしょうが、やはりデザインにも多少美的感覚が欲しかったところです。ロクイチはまさに上記の定義で言えば反対語の「上手物」の最高峰でしょうね。高尚なブログをゲテモノネタで汚して申し訳ありませんでした。でも、こういうくだらん投稿も、皆様の息抜きとしてご笑覧頂ければ幸いです。(写真・文:TBlog_20101141_2

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2010年11月 3日 (水)

南国も秋景色

南国土佐では、つい先週の頭までは半袖シャツを着ていたのに、早朝の気温はもう8℃台で、家の外に出ると晩秋のきりっとした空気に包まれていた。山々の木々も所々色づいてきており、この分だと秋の気分に浸ることなく、一気に初冬が訪れてしまうのかもしれない。昨夜から、UさんやTAさんと今月後半の具体的な話がトントン拍子で決まり、何かウキウキしながら布団に入ったが、6時前に外を覗くと雲ひとつない快晴で、例によってそのまま寝ているのがもったいなく感じてしまい、7時発の「しまんと2号・南風4号」を撮りに近場に出掛けた。さすがに高知の日の出時刻は626分であり、赤みを帯びた太陽は強烈な光線を地平線から放ってはいたが、7時ではまだまだ日射しは低く、建物が邪魔して線路まで陽光があたる場所はなかなか見つからなかった。(小生の場合、「あけぼの」の朝練もそうだが、徹底的に朝陽が当たるかどうかに拘ってしまう・・)結局、7月の夕方に逆光下で撮ったことのある土佐一宮近くの踏切周辺が比較的開けており、正面に朝陽があたりそうであった。しかしポール等の障害物が多く、結局あまり好きなアングルでは撮れなかったが、例によってかっ飛んできた5両編成の列車の先頭は、案の定、朝陽でギラギラ輝いていた。天気が良いので一旦帰ってシーツも含めて洗濯を3杯こなし、N2000系であることが多い「南風8号」を撮りに先日の場所に行ったが、これは肝心のポイントに陽が当たらず撃沈↓しかも、何だか全体的にピリっとしない仕上がりで非常に納得がいかない結果に終わった。(もしかしてこれが7Dの欠陥現象なのか?)思い直して、午後は順光の場所を探して西へ。例の「あしずり1号」をできるだけ多くのアングルで押さえておきたかったので、伊野から西はずっと線路沿いに注意深くロケハンしながら行ったのだが、土讃線は開けた場所が極めて少なく、経費節減なのか何処も彼処も線路脇の雑草は一切手入れしてなく伸び放題で、築堤のような見通しの良い場所でも全く撮影ができないところばかり。長玉など使えるようなまともな場所はどこにもなく、結局土佐加茂の進入でお茶を濁すしかなかった。全く最高の秋の光線であったのだが、それを生かせず、またフラストだけが溜まって終わってしまった。今週末の大糸線も指をくわえているしかないし、まあ、今月は後半のイベントに楽しみをとっておくことにしよう・・(写真・文:TBlog_20101131

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2010年11月 2日 (火)

大糸線の想い出

大糸線と言えば・・・これもお仲間の皆さんと一緒に撮った79216日の記録。嗚呼、夢のような古き良き時代。Kさん、今週末は良い天気だといいですね。(写真・文:TBlog_20101121

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2010年11月 1日 (月)

豪雨の軽井沢へ

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この週末は、どこへ行っても台風の影響か天気が良くなかったようで、自分も出鼻をくじかれた感じ。本当だったら、北東北まで遠征し色々と物色する計画だった。各地でイベント列車も多数運転されるから、色々絡めて動きやすいのに残念だ。

しかしこのままでは、どうにも気持ちが治まらず台風接近は百も承知の上で信州へ出かけることにした。朝方は小降りの雨も、徐々に激しさを増し、撮影地に着く頃には、本降りになってしまった。この雨の中では、どこでどう撮ろうかなんて考えられなくなり、せめて3両という短編成を目立たせないように撮ることだけで終わってしまった。続行でやってきた湘南色の169系にも、急行信州を彷彿とさせるマークが取り付けられていたが、やはり3両という短編成では、往年を偲ぶには無理があり過ぎる。先日の185系湘南色よりはすんなり受け入れたものの、やはりこの天気のこともあって空しさだけが残った。

今週末、今度は大糸線で旧客が走る。天気が良ければ素晴らしいロケーションだけに期待してしまう。雪辱戦と行きたいところ! (写真・文 K )

2010-10-30   9622レ EF6438 ハハフX3  平原-小諸にて

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