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2010年10月 3日 (日)

鹿児島本線 八幡~枝光の好撮影地

おかげさまでアクセス数も10000を超えました。普通だったら決して日の目を見ない写真を図々しくもこうして披露するのは心苦しさも伴いますがどうかお許し下さい。

さて先日まで続いた猛暑もどこへやら、いきなり涼しくなって過ごしやすくなりました。しかしながら大阪での鉄道撮影は8月下旬以来行っておらず、愛用のキヤノンEOS7Dも部屋の片隅で眠ったままになっています。再来週あたりはサロンカー「なにわ」をDD51が牽くという情報もあり、出撃したいと考えています。

今回の画像は1978年3月に鹿児島本線八幡~枝光で撮影した冷凍貨車を引くED75300番台。
今、この場所はスペースワールドという遊園地になって様相は一変した。ちょうどこの写真の場所には駅が新設されているらしいが、かつてはご覧のように中望遠で撮るには最適の場所だった。最後にここを訪れたのは福岡赴任時代の92年の夏だったと思う。デビューしたばかりの787系電車の試運転を撮りに訪れたのが最後。
何度も書いてきたように78年当時は単身赴任していた父が福岡に住んでいて、西のEF58撮影の拠点としていたが、その行き帰りの時間を利用して何回かここでいろいろな列車を撮ったものだ。長い貨物列車だと下の2枚の写真(1980年3月撮影)のように編成が切れることもあったが、おおむね画面に収まった。手前の2本が旅客線で向こう側2本が貨物線(例外もあった)と使い分けられていた。決して有名な場所ではなかったが、門鉄デフのレポートで有名な関崇博氏の出身地近くということもあり、氏がここで撮られた作品を誌上で見かけたことはある。
ED75の300番台というのは10両前後しか製造されず、このころは華やかな列車を牽くことはなかったが、後にヘッドマークを付け長崎本線に入る「さくら」を牽くチャンスがめぐってきた。

(写真、文 U)

Photo_5

Photo_6


編成が長いとこのように後ろまで入らないことも多かった。全部入れようと機関車を引きつけた結果、ご覧のように架線柱と機関車が重なったように見えてしまった。2年前にあった後ろの製鉄所の煙突がなくなっている。

Ed7222_2




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コメント

この頃は貨物も最盛期で 小倉駅の貨物線もひっきりなしにいろんな貨物が走っていて楽しかったです…

門司機関区もあの頃は沢山の機関車があり賑やかで良かったですね…

投稿: 機鉄 | 2010年10月 4日 (月) 22時50分

機鉄さま、こめんとありがとうございました。また、お返事が遅くなり申し訳ありません。
ここ八幡~枝光は本当に楽しい場所でした。一日いても多分、飽きることはないぐらい頻繁にいろいろな列車が行き来していたことを思い出します。正直、交流用の車両にはあまり興味がない自分でしたが、ここはほどよいカーブで撮影すること自体、ひじょうに面白かった場所です。ブログにも述べましたが今では大きく様変わりしたようで、好撮影地がなくなったのは大変残念です。

投稿: U | 2010年10月 9日 (土) 16時20分

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