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2010年9月

2010年9月29日 (水)

お召し列車の「主と従」

同じネタでの連続投稿ですみません。でもこれで多分最後です。

今回のお召し列車撮影テーマとしてた「人と作業」の人編。

当然のことながら主役は天皇皇后両陛下。しかし今回のE655のお召し列車のスピードはさすがに早く、かなり遠めからでないとなかなかキャッチできなかったような感じ。

でもなんとか駅のホーム撮りで、すぐ横を高速で通過するところを写真におさめることは出来た。しかも普通はお二人は進行方向で左右に分かれてお立ちになっていることが多いのに、八積通過のときにはお二人ともこちら側にいらっしゃり、また天皇陛下の「目線」までいただいてしまっていた。

しかしホーム上に居た人が車体側面に鏡のように写っているのがなんとも凄い。もし「真横」で撮ったら多分自分の姿も写っていたのだろう。。。

長時間茂原駅に停車中は職員と警官で常にE655は警備されていた。当然だが特に御料車の前には横一線での警備。昼過ぎまではかなり見物客でごったがえしていたが、最後の頃には閑散としてきて、こんなすっきりした状態であった。

(写真・文:K.M.)

2010年9月26日 八積駅通過時

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2010年9月28日 (火)

E655お召し列車の「旗」

YMさんからいただいたコメントに関する写真をアップしましょう。

今回からごらんのとおり左右の旗のそれぞれの下隅に穴があけられ、ここから紐を張って列車側面にフックで引っ掛ける方法がとられていました。取り付けのときも、この紐の張り具合を何度か調整して作業をしてました。これにより走行中は下から捲れることも、左右どっちかになびいてしまうこともなく、常に綺麗に左右に開く工夫が施されていました。

旗取り付け時の横からはこんな感じです。YMさんの模型製作時にでもお役に立てば幸いです。

(写真・文:K.M.)

いずれも2010年9月26日 茂原駅にて

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EF64のお召し列車

Kさん、YMさん、KMさん、お召し列車撮影お疲れさまでした。当方はどうもこのE655系に食指が動かず今回はパスしました。個人的には機関車が牽かないと魅力を感じないというのが正直な気持ちです。
その昔、われわれがもっともっと鉄道撮影に熱を入れていた頃、お召しと言えば無我夢中で追いかけましたね。へそ曲がりな自分は列車そのものよりも御料車を牽く、ピカピカに輝く機関車の方に目が向いていて走行シーンはかなりいい加減に撮っていたように思います。
ロクイチだって旗のない姿の方が魅力的で、ある雑誌に大窓を隠す日の丸はない方が良いなどと書いたことを覚えております。そんな憎まれ口はともかく、お召し列車牽引のためにきれいに整備された機関車は新製直後の姿以上に神々しく見えたものでした。

もはや一号編成は使われることはなくなり、機関車がお召し列車を牽く機会も滅多なことでは実現しないかもしれませんが、E655系が非電化区間に入線するチャンスがあればその時こそお仲間の方々とご一緒したいと考えております。

1978年10月、長野国体の際に走ったEF64のお召し列車をアップします。この時、私は下りのお召し列車を牽いたロクイチを高崎第2機関区で撮影、大いに満足し篠ノ井線にまで追いかけた皆さまとは別れて帰京しました。そして数日後、東京に戻るこの列車を単独で撮りに行きました。この時はどこで撮ったら良いのか分からず、ダラダラと列車に乗ってなんとなく撮影しやすそうな駅構内の広い上野原で下車しました。
ご覧いただくとお分かりのように光線状態も悪く、しかも両陛下の乗る御料車も側面がよく見えないひどいアングルです。数日前に撮影したロクイチの姿に満足していましたから、これはついでとばかりいい加減な姿勢で撮ったことが見え見えですね。

(写真、文 U)

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2010年9月26日 (日)

お召し列車に敬礼

Uさんが書かれているように私も休日でなければ出動していなかっただろう。

しかし、まあ日曜だし天気もまずまずということでショートズームを付けたカメラ1台だけ持って千葉方面へ出かけることにした。途中KさんやYMさんにも久しぶりにお会い出来た。

沿線はやはりかなりの人出。これまでの近郊区間(大月や北鎌倉)のお召しと比べればかなり撮りやすそうだが、恐らく数千・数万カット撮られるであろう普通の走りの撮影には興味なく、今回は「人と作業」をテーマに力を抜いて臨んだ。

一番色々と見られそうかな?と踏んだのが当然茂原駅での長時間の停車中と発車までの各種作業。

昼過ぎまでは見物の方々で大賑わいだった茂原4番線も14時前には人も少なくなり、そして旗の取り付け作業が目の前で始まった。風が強かったのでかなり苦労されていたようだが無事に作業は終わり、ご紋章も磨き、最後には「一礼」して一連の作業が完了した。

もうこれでほぼ目的は達したが、一応走っているとこも撮ろうと直前の電車で移動して駅撮りをした。ここも、警備の方も「もうすぐ来ますよ~」といたって平穏。通過中、御料車の天皇皇后ご夫妻がこちらに手を振られているお姿も撮影することが出来た。

(写真:文:K.M.)

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千葉県内を走った列車

自分のブログに記したように本日の〝朝練〟はやむなく中止。持病のぜんそくの発作というやむを得ない事情はあったものの、朝方にはいくらか睡眠がとれたのだから決行しようと思えばできたかもしれない。撮影機会の少ない1032号機牽引の「あけぼの」を南浦和で撮りたいという希望は8月に続いてまたもや自分の気力のなさで実現できなかった。それでも「あけぼの」自体は今後も存続するし、好きな撮影ポイントもずいぶんと網羅してしまったわけだから、これからゆっくりチャンスをうかがえば良い。早い段階で何もかもかなえられてしまっても目標を失うだけ。どのみち「あけぼの」は夏の日の出の早い時期でも高崎以南しか撮れないから、焦らず一回一回地道に撮影に通っていればいずれ気のすむ結果を迎えられよう。

ただ、今回の帰宅では最後まで線路際でカメラを構えることがなく、それが少々悔しい。先週。南浦和でK氏に千葉国体のお召し電車撮影に誘われたものの、「あんな気持ちの悪い電車など撮りに行かない。そのくらいなら双頭連結器のEF64ではなくとも『あけぼの』に行く」と断った手前、なんとも情けない気持ちも残る。要は気持ちの衰えをそろそろ自覚する年齢ということに一抹の寂しさを感じた。

とは言え決してお召し電車の撮影に行く気はなかった。一昨年11月に話のタネと思って常磐線を走ったE655系初のお召し列車に行ったが、あのグロテスクで何とも言えないご面相と塗色に愕然として(あくまでも主観の問題として述べさせていただく)、機関車にでも牽かれない限り二度とあの電車は撮りたくないと感じた。
きっと今頃、お召し電車の撮影を終えた畏友K氏は満足して東京湾横断道路で帰途に就いているのだろう。撮りたい対象を撮りに行ける彼の気力には心から敬服するが、自分の中でお召し電車はもはや、あのお祭り騒ぎやその中で繰り広げられる喧噪を我慢してまで出かける対象ではなくなってしまった。そんな騒ぎを我慢しても行きたくなるようなお召し列車はもう走らないのだろうか?かつて仲間が集まって撮影に行った頃が懐かしい。
明日も房総半島にはお召し電車が走る。最後は夕方、京葉線経由で東京地下駅に到着すると言うから楽しみにしているファンも多いだろう。自分の好みは別として、それぞれが良い記録を残さんことを願ってやまない。
今回は昔撮影した房総方面を走った列車の画像を見つくろった。いずれも地味な存在だった。

(写真、文 U)

Photo_6     1979年9月2日撮影の「アポロ号」 津田沼のホームで撮影したが今となっては どういう経緯で走ったかは不明だ。

Photo_7     1979年4月15日にこれもまた津田沼のホームで撮影した「思い出の房総号」

 

Ef803_2     1977年4月15日に下総中山で撮影したEF803とDD51の貨物列車。おそらくDD51は無動力扱いで回送されていたのだろう。  

Ef80_4     1977年4月23日に下総中山で撮影したEF8018とDD51の貨物列車。手前のホッチキス状の柵が目障り。

Photo_10     東京と千葉県内各所を結ぶ急行には「犬吠」「外房」「内房」「鹿島」「水郷」があったと記憶している。このうち「水郷」と「鹿島」は意識しないと撮りづらいスジの列車だった。
1982年5月船橋~東船橋で撮影。

Photo_11     1977年4月23日 津田沼のホームで撮影した「犬吠」

 

Photo_12     1977年5月14日 下総中山で撮影した「内房」。グリーン車(手前から2両目)の帯もまだ健在だった。

 

Photo_13     1980年12月17日 成田~久住で撮影した「鹿島」。この日はDD51のお座敷列車を撮りに行った(2009年6月29日のブログ参照)

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最後におまけ。1977年4月23日に新京成 薬園台~前原で撮影した800系電車。つい先ごろお別れ運転を行った記憶は新しい。

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2010年9月25日 (土)

お恥ずかしい写真

きょうはお恥ずかしい画像。現役蒸気機関車がなくなってしばらくしてから鉄道撮影に復帰した当時の写真。1977年9月撮影のヘッドマーク付き「つばさ51号」。ちょうど33年前のもので尾久付近で撮ったもの。
まだ臨時列車などの情報が集まらず、やみくもに列車を撮りに行ったらそこで居合わせた方に教えてもらってキャッチできた。田端機関区に勤めていらっしゃった方が作成したマークとの記憶がある。上野駅に向かう推進回送と本列車の2本を撮ろうと欲張ったが、どちらもフレーミングがめちゃくちゃの酷い写真だ。なにしろ「つばさ51号」などと聞いても、何時何分に上野を出るかすら分からずあてもなく待っていた。
それにしても今思うとなかなか気の利いたデザインであることが分かる。この前後、何度かヘッドマークを付けて走ったらしいが、自分が撮れたのはこの一回限り。実にへたくそな写真だが33年前の記録としてアップする。

(写真、文 U)

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2010年9月22日 (水)

朝練4日目

どうせ、「あけぼの」も1052号機か1051号機であろうから全くテンションが上がらないまま、家を出た。行った先は、かつての定点観測地点。しかし、このところ雑誌でここの写真が載ったり、「お立ち台通信」なるガイドブックにも紹介されてしまったから、土日はかなり早く行っても絶対に誰か先客が居るようになり、非常に撮りづらくなってしまった。逆に今日は平日でかつ双頭機でもなければ誰も居るまいと踏んで、520分に現地着。やはり、誰も居ない。雑誌等で見るとこの場所は比較的簡単に撮れそうに思えるかもしれないが、歩道橋のフェンスはそれなりの高さがあり、それをつま先立ちで無理な体勢で手持ちで撮ろうとすると、カメラを水平を保つのは至難の業である。しかも、定員1名のところに、土日は直前になって前後に無理に入ってこようとする輩が居るから、何度も苦い思いをした。正直、定員1名のような場所は、お立ち台通信などには載せて欲しくないというのが本音だ。こちらは、三脚の置き位置から、シャッターをきる位置まですべて決めてあるので、相当この場所の写真にはコダワリがあるのだ。それにしても、この場所には何回通ったであろう。昨年の秋のブログでも紹介したが、陽があたるギリギリの晩秋まで、この歩道橋で粘ったのが最早懐かしい。(あの頃はまだ有名ではなかったのであるが・・)さて、太陽が線路にも当たり始め、満を持して来たのはやはり1051号機であった。落胆している間もなく、今日の朝練はこれでは終わらなかった。昨日の昼1657レの単機で95号機が下ってゆくのをこの目で見ていたので、当然今朝の96レは95号機のはずであった。被りの可能性が少なく、第一に光線を考えると目指す場所は馬橋のホームしか思い浮かばなかった。通過1時間半前に到着すると、すでにお1人セットアップをされており、後ろ側に入れさせて頂いた。小生と世代が同じ方のようで、かつての田端・尾久界隈のお話しなんかを楽しくさせて頂いているうちに、9時半頃になると、急に同業の方が増え始めた。平日にも拘らず、さすがに95号機は人気がある。ほぼ定刻に遠くから真っ赤なボディーが順光の太陽を一杯に浴びながら満タンのコキ20両を牽いて登場した。やはり、圧巻である。見慣れたこうした光景ももう少しで見ることができなくなるのかと思うと本当に寂しい気持ちである。「北斗星」の任務は解かれたが、95号機は81号機とともに、名実ともに、やはり田端の81のエースであり、今朝の姿も本当にカッコ良かった・・家に帰ってから気づいたが、流山電鉄の車両が裏被りになってしまっていたが、まあ、お愛嬌ということでご容赦ください。(写真・文:TBlog_20109221

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2010年9月21日 (火)

青カシ&安中貨物

今朝も4時前に起きて、朝練決行。もうこの時期でしかできない、高崎線内の目的地に向かった。自宅を出た際には、星は見えず曇っているように見えたが、首都高与野を降りたあたりから薄っすらと夜が明け始め、雲ではなく薄い靄のようなものであることがわかった。じきにそれも晴れてきて、正面にうっすらと陽は当たりそうであった。しかし、実際に目的地に行ってみると、建物の影でシャッターチャンスの位置には陽が当たらないことがわかり、急遽別の場所で1053号機牽引の「あけぼの」を型どおりにカメラに収めた。その後、今日は「北斗星」はトップナンバー、「カシオペア」は青ガマということのようであり、時間もあったので、久しぶりにワシクリに行ってみることにした。(ヒガハスで正面がちに撮るのも悪くはないが、ワシクリの定点観測ポイントもそろそろギリギリで正面に陽が回るのではないかと思ったので、結局行き慣れたワシクリを選んだ。)昨日のようにお仲間と楽しく会話をしながらターゲットを待つのは楽しいが、同業者に気を遣うこともなく、のんびりと自分のベストポジションで好き勝手に撮れるのも悪くはない。しかし、ここでも夏草が思った以上の猛威を振るっていた。手前の草は何とかハスキーのエレベーターを目一杯伸ばしてかわしたが、編成後部にかかる草はさすがにどうにもならず、脚立なしの方々の「一般席」ではちょっと悲惨な状況であった。薄い雲越しに次第に陽も出てきて、何とかわずかに正面にも陽が回ってきた。「青カシ」・「501号機(トップナンバー)の北斗星」とも小生にとっては初物であり、昨日の「1051号機牽引のあけぼの」よりも何だか満足度は高かった。(本当にいい加減な人間だ・・)一旦帰宅後、「安中貨物」を狙いに、銅像山踏切へ。まだまだ猛暑の中、熱中症になりそうであったが、最高の光線で撮ることができ大満足!!ちなみに、カマは18日に同じ安中貨物を撮ったばかりの96号機であった。フル編成を従えた美しき赤ガマは、順光に映え、とても誇らしく見えた。(写真・文:TBlog_20109211

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2010年9月20日 (月)

長い一日

今朝は、U氏もおられるであろう南浦和へ向かった。天気予報では、曇りの予想であったし、雑草を気にしないで望遠で撮れる数少ないポイントであるということで、相談した訳でもなく、期せずして二人の意見が一致した。・・しかし、現地に到着すると、意外に手前の草が伸びていたし、線路付近のバラストも高く積み上がっているように見えた。予想外のK氏も加わり、他に全く同業者がいないまま、同窓会のような時間が過ぎ、あっという間に「あけぼの」の時間となった。結局薄日が当たることもなく、来たのは最悪のカマ1051号機。撮影後にモニターで再度確認したが、やはり例の汚い顔のままであった。果たして、これで将来の記録になるのであろうか・・かつてゴハチを追いかけていた頃、白Hなどには見向きもしなかったが、それでも撮ってしまうと結局1度もプリントしないコマが山ほどある。今日は1051号機を撮影後、何か同じような興ざめというか後味の悪さを感じてしまった。せっかく2人のお仲間と楽しくご一緒できたのに、非常に残念である・・今日は、早々に南浦和を後にし、一旦柏まで戻ってカミさんと愛犬を乗せて、杉並の実家まで行き、80歳を超えている両親を乗せて多磨霊園へ墓参りし、夕方にまた自宅まで戻ってきたので、ヘトヘトである。正に長い一日であった。小生はまだ夏休みが続くので、明日も朝練はしようと思っているが、綺麗な双頭機は何とか来てくれないであろうか・・それにしても、錆だらけの1051のド・アップ写真は醜悪で、アップするのを何度も躊躇したが、まあ「泥と虫まみれの南風」よりはまだましなので、ご容赦願いたい。(写真・文:TBlog_2010920

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2010年9月19日 (日)

朝練の醍醐味

Uさんに先駆けて、今日のブログをアップしてしまうのは、気が引けるのですが、ご勘弁ください。さて、今朝は、何とか3時半に起床できたので、4時に家を出て久々に蕨のSカーブへ向かった。現地に440分に到着したら何と一番乗り。(去年の秋の連休の際には、3時半くらいでないと一番乗りできなかったのだが・・「ボンネット能登」や「北陸」がなくなり、「あけぼの」も当面存続されることがわかっているので、皆さん慌てていないのであろうか。)程なくUさんも登場し、久しぶりに会話をさせて頂きながらゆっくりとセットアップを楽しんだ。こういうアクセクしない撮影はなかなかホンワカしていて良いものだ。天気も上々で、徐々に明るさを増してきた。(そうは言っても、ビルの影が延びているので、頭に朝陽を当てようとすると、機関車がクっと首を傾ける一番好きな構図までは引き付けられなかったが・・)やはり、来たのは1052号機でUさんも小生もいささかゲンナリであったが、それも随分贅沢な話で、四国に居ることを考えると文字通り「天国」である。ファインダー一杯に迫ってくる被写体を目一杯引き付ける緊張感は、やはりこのポイントならではの醍醐味だ。撮っておきたいと思うものは、何でも撮っておきたい。撮影後、一応小生だけ北浦和の雑草の様子を偵察に行ってみたが、こちらは小手先の対応では全くお手上げで、諦めざるを得ない状況であった。帰りの外環で東北道等の渋滞表示を見ていると、結構あちこち渋滞しているようであり、朝練だけやって早々に退散するのが正解のようであった。(写真・文:TBlog_2010919_2

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2010年9月18日 (土)

久しぶりの赤いEF81

7時の「南風4号」に乗り、岡山で「のぞみ」に乗り換えて、やっと東京に戻ってきました。三連休とあって、列車の中も駅も人・人・人・・・十分に旅気分は味わえたのですが、周囲の複数のお子チャマたちの騒音が強烈で、東京に着いたらゲンナリ・・・おまけに、「のぞみ」の車内アナウンスの背後では、ワンコがワンワン吠えている・・・(これは、乗客一同苦笑・・)旅慣れないワンコをクレートに押し込んで車内に持ち込み、吠え始めたため、車掌室に引き取ったのであろうか・・ウチの場合、車内で長時間大人しくしていられないと思うからこそ、わざわざ900キロも車を転がして帰ろうとしているのに、世の中図々しい人が居るものだ・・(恐縮しているならまだ許せるが、何とも感じていないギャルやオニイチャンであったら、説教でもしてやりたい気分だ)さて、上野から常磐線に乗ってやっと地元まで戻ってきたら、丁度「安中貨物」が来る時間・・大きな荷物を持ったまま、移動している時間もないので、車で出迎えに来てくれたカミさんを待たせたまま、とりあえずそのまま駅テツすることに。いい感じの順光ではありましたが、持ちあわせが70-200ズームと×1.4のテレコンしかなく、思いっきりトリミングしてます。でも、久しぶりに赤いハチイチに再会できました。(せっかくタキ12両+トキ6両の長大編成であったのに、ケーブルの影で額がざっくり・・これには参った↓) 赤い81 も、あと何回撮ることができるのであろうか・・やはり、「安中貨物」のカマは赤であって欲しいものだ。さて、だいぶ疲れたが、明朝朝練できる気力と体力が残っているであろうか・・(写真・文:TBlog_2010918

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2010年9月17日 (金)

配給電車

このところけっこう忙しかった。ブログではあまり自分の仕事の内容については触れられないが、正直いろいろな仕事が重なりひじょうに疲弊している。もうしばらくこのような状況が続くが、なんとか乗り切りたい。

ところでこのところニコン、キヤノンからデジタル一眼レフの新機種が発表になった。キヤノンは60D、ニコンはD7000。どちらもフルサイズのハイエンド機ではないからそれほど興味をもっていなかったが、ニコンのD7000はかなり力の入った新製品といえよう。画素数も上がり、秒6コマで明らかにキヤノンの7Dを意識しているのを感じる。スペックは上位機種のD300Sをも超える勢いで鉄道撮影にも大いに活用できそうだが、何より10万円ギリギリの価格設定が凄い。買うつもりはなかったが、コンパクトな外観とも相まってちょっと気になる。ボディ単体で10万円を切ったときが判断のタイミングだろう。

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今日から横浜に帰宅し充電し。久しぶりに朝練に出向きたいが、このところ「あけぼの」は双頭連結器のEF64が入っておらず、以前に比べるとやる気も下降気味だ。ただずいぶん涼しくなって朝練も清々しそうな季節になったから、いつもの場所にでも行ってみようかとは考えている。新たなアングルなど開拓することはできそうもないが、気分転換には良いだろう。

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1980年3月に神田で撮影した配給電車。EF58を撮影のおり、たまたまやって来たのだが、当時けっこう見かけた割には撮る機会があまりなかった。田町のホームなどで数回しか撮っていないが、この種の電車をしっかり狙っていれば面白い記録になったかもしれない。
(写真、文 U)

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2010年9月13日 (月)

多度津工場のC58333

しばらくぶりにこちらのブログに書くことになる。自分自身のブログにも記しているように最近、撮影から遠ざかっている。自宅に帰っても「あけぼの」には双頭連結器のEF64が入っておらず写欲が高まらない。それに夏の間に伸びた雑草が北浦和という最もお気に入りのポイントで猛威をふるっているらしく、そんなことも気乗りがしない要因だ。それでもまだ暑い高知で寸暇を惜しむように撮影に出掛けているT氏を見習って再び撮影を再開したいと思う。

さて今回は四国ネタ。と言っても保存SLの話。
SL現役時代、私にとって四国はあこがれの地だった。それは大好きなC58がゴロゴロしていて、しかもそのほとんどが集煙装置付きという、最もお気に入りのスタイルだったからだ。しかしながら四国の電化は早く昭和45年にはほぼSLはなくなり、当時小学生だった自分は祖父母との旅行の際にわずかに撮った(そのほとんどは祖父に撮ってもらったもの)数両だけ。それも小学校低学年だったから当時の記憶はほとんど残っていない。
そこで1978年春の旅行ではそんな思いを晴らすように、四国各地に保存してあるC58を訪ねた。そのなかで最も現役時代の姿をとどめていたのがこの多度津工場保存の333号機。
現役時代、多度津工場最後の修繕SLとして同工場を出場した機関車だ。多度津式と言われる集煙装置もそのままで保存状態も上々(今はどうなっているのだろう?)。なんとか動かないものかと思うほどだった。
鉄道撮影を中断している間、金岡工房というところからこの多度津式集煙装置がロストワックス製で発売され、このようなマイナーなものを製品化したことに驚いたが、さっそく購入して四国タイプのC58を製作依頼したこともある。

その後、この333号機、胴体保存に向けての話も出たようだがそれもいつしか消え、四国でSLが走るのはJR西日本のC56を借りるのが常となった。
JR四国の財政事情と本州からのアクセスを考えると、SLを維持するのはたしかに難しくファンが期待するほど甘くはないだろう。それは承知の上だが風光明媚な四国各線、SLを走らせるダイヤの余裕もあるだろうから、もしこの333号機を復活できたらあと数年、大阪にとどまっても良いと思うのだが…。

(写真、文 U)

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2010年9月12日 (日)

温故知新

すみません、どなたかすぐ上書きして頂いて結構です。単なる田舎者の日記ですので・・さて、今朝は天気が良かったので、ちょっと足を伸ばして、大歩危~小歩危まで行ってきた。31年前に訪ねた場所がどうなっているか興味があったのと、この場所は四国でも有数の豪雨地帯かつ山深いところなので、私のポンコツ車では、晴れている時でないと心配であったということもあり、天気が良いのをみて決行してみることにした次第。そもそも高速を走らせるのも初めてだし、エンジンの回転数をあげるとエアコンのコンプレッサーまで焼きつきそうな有様なので、高知道でも80キロ以上は出さず、勾配を上る際にはエアコンを切りながら、途中でJAFのお世話にならないように、ゆっくりと車を進めた。大豊ICを出て国道32号線を進むと、既にそこは山深き道。吉野川に沿いながら、秘境といった表現がぴったりくるような景色の中をカーブが続く。一方、土讃線の線路も、よくこのようなところに線路を敷いたと感心してしまうような岩場の崖の縁を進む。今のような重機のない中、手作業で鉄道を敷いた先人達を思うと、本当に頭が下がる思いだ。今や吉野川はラフティングのメッカになっているようで、徳島県境を越えたあたりから、あちこちでラフティング屋のマイクロバスから若者達が川の方へ降りてゆくのを目にした。30年前には日本では全く見かけなかったスポーツでカナダあたりでしか味わえないのかと思っていたが、日本も随分変わってきたものだ。例の大歩危~小歩危の鉄橋を狙う場所の近くには大きなドライブインやレストランも出来て、国道側の光景はかなり変わっていたが、土讃線の鉄橋は懐かしいままだった。午後でないと光が回っていなかったが、とりあえず、N2000系の「南風8号」をカメラに収めた。そのまま、ロケハンがてら32号線を戻りつつ、醜悪なアンパンマン特急「南風3号」が来る時間でもあったので、これも31年前に急行「あしずり」を撮った角茂谷の先のトンネル出口で一応記録だけは残すことにした。線路脇は随分と草木が茂ってしまっており、7月に中村のカーブでも思ったが、JR四国の線路に対する愛着の無さをここでも感じざるを得なかった。経費削減も結構だが、何か大事なものを失っている気がしてならない。往復140キロ程度、正午前には帰宅。3時間のプチ旅行であった。(写真・文:TBlog_20109121_2

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2010年9月11日 (土)

残暑厳しき中の鉄ちゃん

先週までで、かなりの仕事の山を乗り切った感があり、この週末は久しぶりにアパートでゆっくりできる。私の場合、忙しいとサボりたくなるが、暇だとじっとしていられないという天の邪鬼なので、今朝も天気が良さそうだったし、布団の中でじっとはしていられなかった。6時前から起きだし、洗濯機を回しながら、朝食をとり、9時過ぎの上り「南風8号」を撮ろうと勝手に心の中では決めていた。ましてや単身赴任者であるので、誰に遠慮する必要もない。そうは言っても、いつものように一番の問題は被写体である。(先週、一応禁断症状を防ぐだけ「あけぼの」のカンフル注射は打ってあったが、せめて機関車の写真を撮りたいよなあ・・)土佐大津の国道からの俯瞰場所は、背景がうるさいが、朝の上り列車は順光で撮影でき、今日はN20003連が来てくれたので、まあ良しとしたい。(N2000系は順光下では、初めて撮影できた)それにしても、9月になっても、さすがに南国土佐の暑さは半端ではない。ちよっと待っているだけで汗がダラダラ流れ落ちる。一旦帰宅して、今後は部屋の掃除をしたりしていたが、午後になっても天気は良いままであったので、近場で例の絶滅危惧種「あしずり1号」を撮ってみることにした。アパートから僅か5分ちょっとの踏切でのお手軽写真と相成ったが、例によって2連のL特急は振子の作用で、目一杯車体を傾けながらカッとんできた。先日の2154もそうであったが、今日の2155も普段は中間車として使っているのであろうか、前面にホロ付きで、(ガラスは虫だらけであったが)スカートのあたりの汚れはあまり目立たなかった。この場所の滞在時間も僅か20分程度であったが、真昼間の太陽光線は厳しく、汗だくになってしまった・・ところで、今日は911NY駐在時代に7年間仕事をしたWTC(ワールドトレードセンター)の悪夢の日からもう9年が経ってしまったかと思うと、何だか時間の経過が随分早い気がする。皆様にとっては、ある程度テレビ画面の中での出来事であろうが、私にとってはあの日は一生忘れることができない・・(写真・文:TBlog_20109111

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2010年9月 9日 (木)

美しい顔

最近、ブログの更新の頻度が落ちており、反省しているのであるが、要はここにいるとネタ不足なのです。ところで、このところ機関車や列車の顔の汚れを話題にしているが、やはり美しいと見栄えも良いし、物言わぬ車輛も格段に誇らしげに見えるものだ。特にヘッドマークが朝陽に映える姿は、清々しい。アップする写真は昨年829日に西川口で撮った1052号機牽引の「あけぼの」。当ブログには前日の28日の同じ場所での1030号機牽引の写真を昨年掲載済みであるが、天気も良かったので、連荘で同じ場所に通ってしまったのだ。双頭機ではなかったが、1052号機はまだビカビカに輝いていた。(構図的には、もう少し引きたいところであったが、ご覧の通り陽が当たるのがこの位置までで、この次のコマにはもう頭に陽が当たっていない・・以上言い訳です)当時は、まだハスキーも脚立も購入しておらず、大人しく駅テツしていたのだから、この1年で如何に本格的な朝練にハマってしまったか十分にご想像頂けるであろう。さて、来週18日から、1週間やっと小生も夏休みがとれる予定。どこかに旅行する訳でもなく、自宅に戻って「朝練」を楽しんだあと、連休中に家内と愛犬を乗せて高知までETC割引を使って愛車で来るつもりなのであるが、さてさてどうなることやら・・(写真・文:TBlog_201099

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2010年9月 5日 (日)

DD51重連の寝台特急列車

金曜の午後の札幌での会議に出席のため、木曜から北斗星で渡道した。青函トンネル開通前はまさに海を渡って北海道に入るので「渡道」だが、今は上野から直通で札幌にいけてしまうのでどうなのかな…というより、ほとんどの方々は飛行機で行くのでやはり「渡道」となるのでしょうかね。

これまで何回も北海道には行っているが1回のフェリー(新潟→小樽)を除いてほとんど「鉄道」で往復している。今回も曜日の並びも良かったのと往復B個室が取れたので、青函トンネル経由となった次第。

会議のあとは結構遅くまですすき野で飲んでしまって起きたら二日酔い状態だったが、シャワーを浴びていざ出発。札幌近郊での撮影をしてきたが、やはり数時間のうちにDD51重連の寝台列車が3本も来るのは圧巻である。

昔はもっと本数も多かったしDD51も赤い普通のものだったが、まあ贅沢を言えばきりがない。お手軽場所での何の変哲もないショットしか撮れなかったが、まあ出張の余禄としては十分なものだった。

(写真・文:K.M.)

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↑(カシオペア:苗穂にて)

↓(トワイライトエクスプレス:長都にて)

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9月5日「あけぼの」朝練

今日は、もう午後の飛行機で高知へ戻らなくてはならず、KM氏の乗られた「北斗星」まで粘ろうかとも思ったが、この暑さの中EF510自体それほど撮影意欲が湧く被写体でもなかったので、「あけぼの」だけ狙うことにした。昨日のブログにも記したように、撮影場所はなかなかいい場所が思いつかず、意を決してこの時期でしか撮れない高崎線内まで足を伸ばすことにした。U氏からは優しいお声をかけて頂いていたが、同氏の好みの超望が使える場所があるとも思えず、ひとりで地図を頼りにロケハンをして、手頃な雑木林近くの小さな踏切を見つけた。ここは、自動車は通れず、人間と自転車だけが通れる踏切であったが、早朝の時間帯はご近所の方々の散歩道になっているようで、たかだか40分程度の滞在時間中に20名くらいの方々と「おはようごさいます」という挨拶を交わした。こちらも、一応通行の邪魔にならないように配慮はしているが、そうは言っても公共の往来の一部を拝借して撮影している訳であるので、人が通る度に脇へ寄る必要があったのだが、愛犬連れの方々も多く、こちらからワンコに声をかけることも多々あった。中には、「あけぼの狙いですか?」と問い返されたご婦人もいて、こちらも「よくご存じですね・・」と返したが、いい親爺が何だかちょっとバツが悪かった。結局、同業者は現れず、早朝の新鮮な空気の中、まったりとした時間を過ごすことができた。今日の牽引機は、できればまだきれいな1053号機に来て欲しかったが、来たのはちょっと汚れた1051号機であった。それでも、高知での撮影に比べれば十分に満足できる被写体だし、最近なかなか撮れていなかったワンパ的な写真も撮れたので、一応早起きした甲斐があったというものだ。さて、また明日から「仕事」である・・(写真・文:TBlog_201095

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2010年9月 4日 (土)

結局誘惑に勝てずに・・

今朝は9時から大学病院で胃カメラのアポが入っており、24系・プッシュプルの団臨が7:53上野発の設定であったので,ちょっと無謀な冒険であり、自ずと躊躇していたが、とりあえず撮らないと後悔しそうなので、最終的には誘惑には勝てずに、410日のEF8184+EF64100112系プッシュプルと同じ場所で頭とケツの二兎狙いをすることにした。(Uさん、急に決断したので、ご連絡できず、申し訳ありませんでした。)先客が居ると不快な思いをするので、久々に3時過ぎに家を出て、現地着が415分。さすがに、誰も居なかった。(恐らく、主なマニアの方々は高崎線や上越線へ遠征されているのであろう)「能登」のあたりから、どうもこの場所の陽当りの悪さが顕著にわかり始めてきたが、今から場所を変えることもできず、そのまま「あけぼの」を待った。何とか頭はムラにはならずに済んだが、肝心の下り側は8時近くなってもビルの陰が出て、どうも陽当りは駄目なままターゲットを迎えざるを得なかった。(どうしてもケツ撃ちもしたかったし、病院にも行く必要があったので、他の場所の選択肢が考えられず、まあ仕方あるまい)EF6437は私にとっても本当に久しぶりの対面であったが、こんな逆光の写真しか撮れず誠に残念である。(全くブログに載せるような写真ではないことは自覚しておりますが、まあ一応記録ということでお許しください・・)この後、大急ぎで撤収して病院に向かったのは、言うまでもない。さて、明日はもう高知に戻らなくてはならず、ちょこっと朝練だけはしたいのだが、いい場所が思いつかず、どうしたものか思案している次第・・(写真・文:TBlog_2010941_3

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2010年9月 3日 (金)

現在、夏休み中

日曜日から家族で沖縄旅行に行ってきた。詳細についてはわがブログに記すが、9月の5日まで夏休みは残っている。
沖縄では台風に見舞われたが、部屋のジャグジーで読書をしたり考え事にふけった。休み前に大阪での懸案に一定のめどがついて、来週以降はその実現に向けた作業を着実に進めなければならない。いろいろとやることが多く、てきぱきと片付けなければ10月頭からのスタートに間に合わない。そのための作業分担も決めなければならないなど準備も多いが、沖縄で茫洋と過ごした頭はなかなか切り替えがきかない。地元の人にとっては自然との共生にはそれなりに苦労も多いことだろうが、それがうらやましい。会社勤めで部下や周囲との人間関係を気にしながら仕事をしなければならない日常に戻るかと思えば正直なところウンザリだ。
社会人になってやりたい仕事に就けることができたものの、今では現場を離れて管理職。人を説得したり希望を聞いたり査定をしたりと本来やりたかった仕事とはどんどんかけ離れていく。しかも周囲の人間が世の中の移り変わりを敏感に理解している人間ばかりではない。新しい仕事や方針などを受け入れるだけの感覚に乏しい者も少なくはない。会社の方針だとはいえ、嫌々従っている者も多い。中には水面下に潜んで計画自体をつぶそうとする人間がいるとの報告まで上がってくる。
そんなマイナス面ばかりの対策を考えていると沖縄から帰った後の現実に辟易しそうだ。
まあ大阪にいる間は仕方がないとしても、来年本社に戻ったら、そういった人間を説き伏せなければならないようなポストだけは勘弁してもらえるよう、今から根回しを始めようと考えた。

本来、沖縄でリフレッシュして仕事に対してリセットするべき時間なのに、どうやらちょっと情けない方向を模索しそうだ。
それというのも沖縄で見た人の優しさ、ゆったり流れる時間、目の前に広がる美しい海などの空間に今しばらく身を置きたかったからなのだろう。もともと対人関係が苦手なだけに、人の少ない場所にいるとそれが実にうらやましい。仕事があるうちは仕方がないとしても定年後の移住について真剣に考えておこうと思った。その頃には撮りたい鉄道車両もなくなっているだろう。

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さてTさんが東京に帰っているらしい。ブログによると残念ながら明日4日は病院で検査とのことで「朝練」はできないようだ。明日は寝台客車を使用した臨時列車もあり(下り方EF6437、上り方EF8195のプッシュプルのもよう)「朝練」の効率も良いだけにちょっと残念。一人では行かないが越後湯沢まで行けばEF641001のDC牽引列車もあるという。せめて明後日の「朝練」でお会いできれば嬉しいが…。

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1977年9月、品川の新幹線基地で撮影した911型DL。電車故障の際の救援用や軌道検測車を高速で牽引するために3両が製作された。1100PSのエンジンを2基搭載していた。
昔からこういう〝ゲテモノ〟が好きな変人だから対人関係が苦手なわけだ。

(写真、文 U)

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