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2010年8月15日 (日)

30年の歳月

私が鉄道写真を撮り始めたのは高校1年から。1975年のことだから、ここに登場される方々が小学生の頃から始められてるのと比べれば遅咲きの部類である。

蒸気機関車も最後の夕張線のD51の活躍と追分の9600の入れ替えにようやく1975年12月に間に合った程度であった。

初めての写真は1975年5月3日、船町駅のホームから撮った8列車(富士)である。コダックの110(ワンテン)のミニサイズのカメラだったから画質などは問題外だが幸いネガもなんとか残っていて一応この1枚目のように現存してるし、当時のプリントも手元にある。

(ここらへんは2005年に発刊された某雑誌(MOOK)第一号でEF57が表紙の「旧型電気機関車デッキへの招待」の中で公表させていただいている)

時は過ぎてそれから丁度30年後の同月同日同時刻、私は同じ船町駅のホームにいた。1975年と同じように東京駅から大垣行きの夜行に乗り、豊橋で降りて船町駅に向かった。手にもつのはデジタルカメラ、自分自身も15歳から45歳になっていたが周囲の雰囲気にはまだ当時を思い出すものもあった。

30年前のプリントを手に、当時の撮影ポイントを探す。電柱やビームの位置、線路の曲り具合を頼りに名古屋側に進み、決め手となったのは背後の三角の瓦屋根の家。恐らく数十センチも違わないであろう立ち位置を確定し、手前の飯田線の線路と写っているホームの端の関係を頼りに高さを推測し少し低位置にしゃがんで、同じ「富士」を待った。列車番号や牽引機、客車も当然変わってはいたが、ヘッドライトを付け、ヘッドマークも誇らしげにその姿が見えてきた。

慎重に30年前に近いシャッター位置にきたときに撮ったのが下の写真。

出来上がりを見るとやはり少しづつずれてはいるが、まあ、ほぼ同じような感じで仕上がって30年間のタイムスリップ写真が出来上がった。

もうあれから5年が経ってしまった。5年後の40年目にはもう富士もなくこの写真の続きはない。

でも、ここにご登場の方々と、たとえばあと15年後くらいに、「あの時撮った○○から50年」とか言って、のんびり集まれれば幸せかなと思う。

(写真・文:K.M.)

上:1975年5月3日

下:2005年5月3日

いずれも船町駅の横を通過する寝台特急富士。

67bw303

0505032

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コメント

K・Mさんの記されたようにわれわれにとってこの鉄道趣味とのかかわりはもう30年以上になりますね。高校生、大学生の頃はそのときからさかのぼって30年前というと終戦直後という時代になるわけで、そういう風に考えるとかなり昔のことというイメージでした。
翻って自分たちが50歳という年齢に差しかかると、案外昨日のような印象もあり、意外な感慨もあります。
私は一時期鉄道撮影にブランクがあり鉄道模型に熱中していましたが、一昨年から本格的に復帰し、また皆さまとも関われるようになって昔のことを思い出しました。K・Mさんが言われるように、近いうちにまたみんなで線路際に立てるチャンスを楽しみにしています。

投稿: U | 2010年8月16日 (月) 10時28分

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