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2010年7月

2010年7月31日 (土)

N2000系

今週は、本社の社長が出張で当地を訪問されたので、2日間フルケアとなった。しかも1日目はVIPハイヤーを借り切り、自宅を6時に出て宇和島まで社長を出迎えに行った。その際、宇和島駅で特急「宇和海」を初めて見たが、高知でも見ているお馴染の顔なので写真を撮る気も起きなかった。その後もフルアテンドであったので、3週間以上に亘ったキャンペーン期間の疲れとも相まって、はっきり言って疲れ果てた・・さて、単身赴任者にとって、土日とてのんびり休んでいる訳にはいかない。溜まった洗濯を片づけ、全部屋の掃除、食事と朝から汗だくになりながらこなした。午後は、買い物に出る必要があり、ついでに時刻表を見ながら、近場で土讃線の鉄チャンを決行した。土佐一宮(トサイックと発音します)の駅近くの踏切で下りの特急をアウトカーブから撮るつもりであったが、光線は良いものの、どうも構図的に納得できないでいると、丁度上りの特急が高速でかっ飛んで来た。「しまんと4号・南風20号」であった。(当地では長い部類の6両編成)どうやら、先頭車両は見慣れた2000系とはちょっと違うので、家に帰ってネットで検索してみるとN2000系と言うらしい。(未だに四国の車輛は形式すら知らない・・)逆光ではあったが、まあ、それはそれで初物ということで満足し、下りは薊野(アゾウノと読みます)の跨線橋から「南風11号」を撮ったが、背景にバイクの人物が被って撃沈↓。早いもので、もう明日から8月である。9日から始まる「よさこい祭り」には戻ってくる必要があるが、高知の車輛にもいい加減飽きたし、愛犬の顔も見たいので、リセットがてら来週末はちょっと東京にトンボ返りで帰ってみようかと思っている。(写真・文:TBlog_2010731

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2010年7月30日 (金)

秩父のC58がプレート交換

秩父鉄道のC58363が形式名のないナンバープレートに取り替えられ、明日31日から8月いっぱい営業運転される。個人的にだいぶ以前から期待していたスタイルで、現役時代に撮影したときのようなプレートになるのは大変喜ばしい。デビューした頃は煙室扉やテンダーにに「パレオエクスプレス」の文字が入っていて大変興ざめしたが、このナンバープレートなら個人的にも秩父詣でが盛んになりそうだ。
煙室扉ハンドルがD51498のようなおとなしいものになればさらに魅力が増すのは言うまでもないし、スノープローや鷹取式集煙装置でも付けば現役時代からのC58ファンとしては最高なのだが、さすがにそこまではやらないだろう。
ただし今後、C58112のようなデフレクタ前方が斜めの切り取りデフが登場すると言うから、それも期待したい。

デフレクタ、ナンバープレートの交換作業を拝見したが、このC58は秩父鉄道の方々の深い愛情が注がれているのがよく分かった。今後、「あけぼの」の朝練後、このC58363,「SLみなかみ」号のD51498と高崎周辺は鉄道ファンのあこがれの地になりそう。大いに期待したいスポットだ。

(写真、文 U)

C58

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2010年7月29日 (木)

広島市電を出張の合間に

2泊3日で、大阪、広島、名古屋と出張してきました。当然バッグにはカメラは入れていきますが新幹線の移動だけでは特に撮るものもなく新大阪駅で久々の500系をおさえた程度でした。しかし広島に着くと市電が走っているのに気づき、少し早起きし帰京の新幹線に乗る前に軽く撮影をしてきました。

原爆ドームをバックにしたり、いわゆる被爆電車がまだ走っていたり、転入前の懐かしい塗装のままで走っていたりと結構楽しめました。

(写真・文:K.M.)

2010年7月29日撮影

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2010年7月27日 (火)

太平洋バック

毎度つまらない四国の写真ばかりで興ざめにして申し訳ないので、ちょっと昔の写真で昭和の薫りに浸って頂こう・・「土佐くろしお鉄道」で太平洋バックの写真を撮ったのは既報の通りであるが、昔のポジを眺めていたら、首都圏でも太平洋バックの写真を撮っていたのを思い出した。ついでに、「猫顔」写真のブログでお召し電車に触れたこともあって、どうせなら157系お召しの太平洋バックの写真もないか探してみたら、結果的に、2枚のカットを発見。(79年~80年頃の写真と思われる)かつては、ゴハチの団臨を追いかけて、早川~根府川~真鶴近辺にどれだけ通ったかわからない。大宗は根府川(白糸川)橋梁を海側のみかん畑から狙った写真であるが、午後は山側からが順光となり、太平洋バックの写真も撮ったものだ。被写体も、ゴハチ牽引の団臨、ゴハチ牽引の荷レ、ブルトレ、153系等々どれも個性的で一日居ても、全く飽きなかった時代であった。ゴハチもブルトレも無くなり、もう根府川へ行くこともまずないであろう。最近は、感性を動かしてくれるような被写体が本当に少なくなってきたものだ・・(ブツブツ)(写真・文:TBlog_20107272_2

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2010年7月26日 (月)

高知でも朝練

KMさんもいよいよ本格的にハマってきましたね。昨年の私も、撮れば撮ったで、また次の欲が出て、毎週末出撃していたのを思い出します。さて、当方も被写体に不足があると文句を言っているばかりでは能がないし、かと言って寝台特急なんてモノは走っていないので、今度はせめて「かっ飛んで来る特急」をターゲットにしようと考えた。こちらに居ると、路面電車やローカル線といったのんびりした被写体が多いので、本線上をかっ飛んで来る特急は少ない。特急と言っても、山線区間はいくら振り子式気動車でもスピードは限られているが、岡山から乗った「南風」で「土佐山田~高知」間はかなりかっ飛んでいたのを思い出し、正面から朝陽を浴びた構図では撮れないものかとあれこれ地図と睨めっこした結果、昨日の朝、土佐大津の先で朝練を行うことにした。(今時めっきり珍しくなったエル特急)「南風」・「しまんと」は何往復も走っているが、3両編成のものが多く、5両ないし7両のものはごく一部の列車に限られ、今回は高知7:00発の上り特急「南風4号・しまんと2号」をターゲットに定めた。(何だかんだで、中古のスズキワゴンRは大活躍してくれている。)何とか周囲に建物がなさそうな場所を遠くから見定めたものの、さて、どうやって線路付近まで近づこうかと悩んだ。結局、大嫌いな蛇がどこから出てきてもおかしくないような藪を一脚を振り回しながらかき分け、やっとの思いで線路脇まで出た。(実際、白のチノパンは、帰って洗濯しても跡が残ってしまうくらい草木の汁や泥で汚れてしまった・・)もともとインカーブで引きつける構図は決して好みではないが、そんな贅沢を言っていられる場合でなく、既に遠くの踏切の警報機が鳴り、緩いカーブを物凄いスピードで「南風4号・しまんと2号」はかっ飛んできた。振り子列車である2000系気動車は、これでもかと言う位、思いっきり車体を傾けつつ、一杯の朝陽を真正面から浴びながら、眼前を高速で通り過ぎて行った。これだけ、カーブの都度左右に車体を傾けていたら乗り心地が悪いのも納得である。(実際乗っていると、酔いそうになった位である)案の定これと言った達成感もなく、かえってストレスが溜まった感があったので、一旦帰宅後高知龍馬空港に再出撃したが、暑過ぎて陽炎が出てしまって撃沈↓。やれやれ真夏の昼は何をやっても駄目だな・・(写真・文:TBlog_2010726

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2010年7月25日 (日)

カシオペア下り またEF510509が牽引

Uさんのリクエストにお応えし・・・というわけでもないが今日の下りカシオペアはこんな感じだった。聞くところに拠れば今日の牽引機はEF510-510の予定だったようだが、とあるトラブルで直前に509への差し替えが行われたようだ。

南浦和で待っていたが定刻を過ぎても8009列車は来ず、周囲では激しい落雷や突然の降雨など荒れた天気の中待つ事30分強、朝と同じ509号機に牽かれたカシオペアが姿を見せた。

ということは、同じ機関車がカシオペア2往復までは連続で運用に入れるということ。1編成しかないところに専用機関車2台であれば、今後ますます青いEF510がカシオペアを牽引する機会は珍しくなることだろう。逆にカシオペア塗装の509,510が北斗星にでも充当されたら、沿線は大変な人出(今の用語(?)で言えば「激パ」)になるんでしょうね。

この場所、京浜東北(南行・北行)と東北旅客上りと被る確率が高い場所。まあ、被らなかったことだけでも良しとしなければならないが、もし定時で来ていたら小雨の中であったから、遅れて少し天候が回復していた分、結果的には良かった。撮影者は私だけだった。

さて、8月第一週は夏休み。諸般の事情で1日から5日まで4泊大阪(といっても堺市南区)に滞在する予定。基本的には久しぶりの関空(KIX)での撮影を考えている。

(写真・文:K.M.)

2010年7月25日 8009列車 南浦和

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カシオペア専用機 EF510509デビュー

Uさんのコメントにもあったが、おとといの下りカシオペアで専用機がデビュー、今朝順調に上ってきた。

「青いEF510のカシオペア」を狙っていた私にとっては先週のEF8198の迂回や専用機デビューはある意味少し残念でもある。しかし改めて写真を見れば、やはり専用機の魅力も十分感じられる。

20系のデビュー以来特急寝台はブルトレと呼ばれてきたが、ここにきて本当のブルトレは北斗星と直流区間の北陸だけになってしまったようだ。

昨日は母校の高校野球応援で猛暑の神宮球場に行って体力を使い果たしてきたが、今朝は頑張って午前3時に起きて野崎の鉄橋に行ってきた。このカシオペアと北斗星だけを撮影し現地滞在時間小一時間で帰宅。昼からのマンションの管理組合の理事会に出なければならない。もし理事会が早めに終わったら再度下りカシオペアに出動しようかと思っている。

(写真・文:K.M.)

2010年7月25日 8010カシオペア 野崎にて

Ef510509

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2010年7月24日 (土)

ロクイチのお召し試運転

暑中お見舞い申し上げます。
皆様相変わらず趣味に時間を割いていらっしゃるようで何とも嬉しい限りです。中年の男性が昔と変わらず飛行機や鉄道に夢中になっている姿は、「まだまだ現役」といった様子で洒落た趣を感じます。まして最近の鉄道雑誌の表紙をお仲間の方々が相次いで飾ったり、本を出すなどというのは「快挙」といっても過言ではなく、実に喜ばしく思っている次第です。
また最近、鉄道撮影に復帰したMさんなどもその後はいかがお過ごしでしょうか?昨日はいよいよ下り「カシオペア」に専用機がデビューし、明日には上ってきますから〝出撃〟されるのでしょうか。特にあのようなグレー基調の塗装ではすぐに汚れが目立ちそうで、私も次回の帰京の際に撮りに行っておきたいと思っています。時間の都合であまり遠くには行けませんからチャンスがあれば浦和周辺でご一緒できれば幸いです。

大阪では「日本海」の存続が決まったようで、たぶんそうだとすると「きたぐに」も残るのかもしれません。いずれにしてもひと安心ですが、そのかわりキハ181系「はまかぜ」の引退が11月6日に前倒しとなりました。国鉄時代の塗装が最高にマッチしていたと思っているので、今のカラーリングでは写欲も高まりませんが、そろそろ非電化区間でも撮っておくのも悪くありません。皆様方、ぜひ関西にも撮影にいらしてください。

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1984年、結婚式を3日前に終えた私は妻を先に当時の赴任地だった大阪に戻し、一人東京に残って群馬国体のお召し列車試運転を撮りに行った。まったくひどい新郎である。同行はM氏とH氏。すでにブローニー版カメラの出番はなく、ニコンF3が主力となっていた。社会人になってすぐに明るい長ダマを購入し、その組み合わせでロクイチを撮ることが多くなっていた。私のような変わり者は日の丸が付くとEF58の大窓が見えなくなりそうだから、このようにお召し列車直前のきれいな状態で何も付けない姿が一番のねらい目だった。
この時以後、この場所には行っていないが、今このポイントには入れなくなっているのだろうか?

(写真・文 U)

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2010年7月23日 (金)

猫顔

ボンバルディアが昆虫に似ていると思ったついでに、動物顔と言ったら、さしずめ、キハ81はカバ顔、185系や253系は猫顔といったところであろうか・・(そう思うのは私だけ?)朝練で「あけぼの」を待っているといつも直前に185系の回送が通過し、構図等の最終チェックに使わせてもらっているし、「北斗星」の続行では185系「あかぎ」が上ってくるので、陽の目をみないまま、ストックにはそれなりに185系の姿が記録されている。また、随分後輩の253系は早くも引退ということのようであるが、こちらの方も朝練の際にそれなりに記録には残しているはずである。253系が1991年にデビューした一方、185系のデビューは1981年であり、そろそろ車齢30年近くになることになる。その昔、お召し電車(クロ157の相棒)が157系から183系に引き継がれたのが1980年、さらに185系に引き継がれたのが1985年ということのようであり、さらに、かつてよくお目にかかった157系「あまぎ」・「白根」の営業運転の最後は1976年ということのようで、随分時間が経ってしまったことを感じる。185系も、まだ具体的な置き換えの話はないようであるが、だんだん国鉄時代の残り少ない遺産になってゆくのかも知れない。小生は、ペットの好みとしては、断然、猫よりは犬派であるが、なかなか犬顔の電車は思い浮かばない・・(写真・文:TBlog_2010723_3

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2010年7月21日 (水)

高知龍馬空港(2)

何故か、このブログでは、航空機ネタは連鎖反応で続く傾向がありますね・・(そういった支離滅裂な自由さがこのブログの良い点でもあるのだろうが・・)さて、昨日のブログで「悪名高きボンバルディア」と記したが、ご記憶にある諸兄もあるかと思うが、ANAのボンバルディア機は20073月にまさにこの高知龍馬空港で火花を出しながら胴体着陸をするという大事故を起こしている。これまで、本チャンの航空機マニアではない小生にとってはまじまじとボンバルディア機を見ることはなく、主翼が胴体上部に付けられていて乗客にとっては視界に主翼が邪魔にならないというのは、今回初めて気づいた。その昔「フォッカーF-27フレンドシップ」というフリートが全日空にはあり、父が地方出張の際によく乗ったという話を思い出した。この機体もボンバルディア機同様に、機体の上部に主翼が付いている構造であり、その特徴から今でもよく記憶に残っている。(機体のシルエットは全く異なるが・・)ところで、昨秋に下総基地で撮ったP-3Cの時もそうであったが、プロペラ機はあまり高速シャッターで切るとプロペラが止まってしまって、写真としては違和感があることが多々ある。今回は望遠+テレコンに一脚という装備であったので、あまり低速シャッターで切るのは勇気がなく、1/250で切ったが、果たしてどの程度のシャッタースピードで切るのが適切なのであろうか?是非お詳しい方々にご教授賜りたいものである。ところで、この写真を見ていると、ボンバルディア機は何かの昆虫に似て見えないこともないと思うのは私だけであろうか・・(写真・文:TBlog_20107202

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2010年7月20日 (火)

高知龍馬空港

一昔前なら東京で何が走ろうと情報も入ってこなかったので、一喜一憂しようもなかったであろうが、インターネットの世の中になると聞かなくて良いニュースまでは容赦なく入ってきてしまう・・EF510に置き換わったばかりの「カシオペア」をEF8198が牽いて迂回運転などという刺激的な写真を眼のあたりにすると、さすがに動揺するが、そこは見て見ぬふりとするしかない・・さて、6日間高知に居てくれた家内も、いよいよ昨日(19)は千葉の自宅に戻る日であった。単身赴任の身だと、とかくスーパーの弁当や飲み屋の食事で済ませてしまい、栄養バランスが偏ってしまうが、野菜やフルーツもたくさん使ったカミさんの手料理は本当に有り難かった。最終日の昨日は朝から高知城や五台山の県立牧野植物園などを2人で散策し、ANAの最終便で帰る家内を高知龍馬空港まで送りに行った。どうせなら、飛行機の写真も撮れるかもしれないと、一応70-200ズームと×1.4のテレコンをリュックに詰めて車に乗り込んだ。案の定、空港には少し早目に着いたので、家内を乗せたまま、空港近くの海岸線のあたりへロケハンに行った。何の予備知識もなかったが、遥か海上からRunway32に進入してくるB767の着陸灯が見え、慌ててカメラを構えた。本当に自分の上スレスレの高度で通り過ぎて着陸する航空機は、なかなか迫力満点であった。家内を空港に送って2人で軽く食事をとってから、今度は防波堤の上からRunway14を直接狙ってみた。(この空港は正真正銘ローカルなので、よほどの風が吹かない限り、通常、着陸機は海側から32に進入し、離陸機は逆に海に向かって14で離陸することが多いようである)さすがにテレコンを付けても、長さが少々足りなかったが、100-400ズームにテレコンを装着すれば一応何とかなりそうな感じであった。ついでに撮った悪名高きボンバルディアDHC-8も私にとってみれば初撮りであった。空港までは45分程度で行けるので、たまには航空機にカメラを向けるのも気分転換には良いかもしれない。(写真・文:T Blog_20107201_3

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2010年7月19日 (月)

デルタのアップ写真

前記事の写真の作業部分のアップを掲出しましょう。

丁度デルタとエアカナダの位置関係から、パイロット同士は目が合う感じにとまっていたので、結構ばつが悪かったんじゃないでしょうかね。

K.M.

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猛暑の珍事@成田空港

本当に今日は暑かった。

この3連休、初日の土曜は子供の学校の保護者会があったので、真面目な父親をやり、日曜未明から東北本線へ出動した。目的地は黒田原。午前6時前に到着したが結構な人出で、EF510の人気のほどを改めて実感。天気は思わしくなかったが8010レのカシオペア、その後の2レ北斗星とも青いEF510に牽かれ定時で通過した。

その後国道4号を上り、途中真岡のC11を撮って時間をつぶし、夕方の下りカシオペアを狙うべくひらすら国道4号を南下していると、なんと今夜のカシオペアは上越経由で牽引機はEF8189・・・赤ガマ・・・との情報がM氏より入った。

行こうと思えば高崎線の岡部あたりは可能だったが、あまり無理せず予定通りの南浦和でヘッドマーク付きの赤いEF81カシオペアを撮る事が出来た。

今日は久しぶりの成田空港へ。モンゴル航空がいつもと違うリース中の白いA330だった以外は特に目立ったものはなく、ひたすら暑い日だった。

ところが夕方になって、この暑さが珍事を引き起こしてくれた。

17時過ぎにRW16Rから飛び立とうと離陸準備でエンジンを噴かすデルタ航空のB767,いくらエンジンを噴かしても機体が前に進まない。管制塔も「なにが起こったのか」と聞くが、デルタのパイロットも「車輪がロックして動かない」と繰り返すだけ。デルタの後続にはユナイテッドのB747とエアカナダのB777がすでに待機しており身動きが取れない状態。

ついにデルタは離陸をあきらめ牽引車両を呼ぶ羽目に。20年ほど飛行機の写真を撮っているが、滑走路のど真ん中から牽引車に牽かれる飛行機を見たのは初めてだった。

この間約1時間。滑走路は閉鎖され、後ろの2機はエンジンを停止させられ待期状態であった。

そしてデルタが動けなかった理由だが、暑さで滑走路のアスファルトが軟化して、そこに入っていったん止ったデルタのメインタイヤが飛行機の重みでめり込んだためだとか。滑走路に4つの穴が空いていて、2つは深さ6cm、もう2つは深さ3cmだったようだ。

デルタが悪いわけではなく、猛暑が原因だが、わずか数センチの穴でも、エンジンを噴かしても飛行機って動けないことを始めて知った。あんな重い機体を空に浮かす力のあるエンジンなのに。。。

そんな作業を目の前で眺めていた。通称「ゲジゲジ」と呼ばれる場所から。。。

(写真・文:K.M.)

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次期マイカーの選定に向けて

今朝、「あけぼの」を撮りに南浦和~蕨のSカーブに行ったら、奈良からいらしたファンの方とお話をする機会を得た。昨夜、車で地元を出て事故渋滞で2時間もストップを食らった挙げ句、蕨のそばのホテルに入ったのは午前0時頃だったという。今朝は5時に起きてこのポイントにいらしたとのこと。そのガッツに頭の下がる思いだ。自分自身、車を使った鉄道撮影で最も遠距離を走ったのは山田線のお召し列車の際ではなかっただろうか。今から十数年前のことだ。鳥取で仕事があって、買ったばかりのBMWワゴンに喜々としてカメラ機材を載せて、キハ181系を撮りに行ったのは95年の夏だっただろうか。車を撮影に使うことは多かったが、いずれにしてもあまり遠くまで行ったことはない。
最近は高速道路の料金値下げの影響もあって鉄道を使うよりも安く遠出が出来るせいだろうか、昨日の南浦和では和歌山ナンバーの車で来られた方もいらした。
昔、免許取り立ての頃、車などは鉄道撮影のために活用しようと思ったから、当時(79年)からパジェロなどのRV車(当時はそんなカテゴリーで呼ばれることはなかった)に興味があったが、いざ免許を取るとやはりスタイリッシュな車が欲しくなった。最初の車は日産のバイオレット。中古車で当時としては珍しくオートマチック車だったが、あちこちぶつけながら2年ほど乗りスカイラインのRSに乗り換えた。以来、今日まで7台の車を乗り継いだが多いのか少ないのかは分からない。3つ下のわが弟などはこれまで10台くらい乗り換えていて、酷いときは車検ごとに買い換えていたようだ。

現在、2台の車を乗っているがうち1台はまもなく21年目に入る旧車。それでも欲しくて欲しくて買った思い出の1台だから大事に乗っているし手放す予定もない。もう1台はBMWのカプリオレ。3リットルの直列6気筒エンジンのなめらかなフィールに惚れて、これまたそろそろ10年目を迎える。今朝も首都高速で少々、鞭を入れてみたが今もってスムーズな吹き上がりには満足できる。
それでも10年ということで経年変化も出てきたから、そろそろカミさんからも買い換えを考慮し始めても良いとのお達しだが、このエンジンの感触は捨てがたい。
思い切り鉄道撮影に便利な車も考えてみるが、機材輸送のためにスタイルを後回しに出来るほど割り切れていない。そういう車を買っても今朝会った奈良からいらした方のように長距離運転するほど若くもない。

じっくり時間をかけて10年近く乗り続けたくなるような車を選びたいものだ。

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こんな機関車を撮っていたのを思い出した。きっと87~90年頃のことだと思う。お盆休みの頃に臨時列車で東京に上ってきたときのもの。藤沢の駅の下り側先端で撮影した。本当はこの場所から階段を上がったところがお気に入りのポイントだったが、そのころはすでに立ち入り禁止となってしまい、仕方なくホームからお茶を濁した。

(写真、文 U)

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2010年7月17日 (土)

梅雨明け

高知もついに待ちに待った、梅雨明けとなった。入道雲があちこちに出現し、セミはクマゼミやら色々なセミが一斉に鳴きだし、正真正銘南国土佐の夏本番である。ところで、今週水曜日から家内が高知入りしてくれていて、普段行き届いていないモノの洗濯やら掃除やらしてくれて大変助かっている。実は、今日は二人で北川村(奈半利の北)にある、「モネの庭・マルモッタン」に出掛けようと計画していた。ところが、昨夕になって、安芸にある職場のエアコンが故障したので今日は修理作業に立ち会う必要があることになり、結局安芸で家内を(書店や喫茶店で)2時間以上時間潰しをさせることになってしまった。「モネの庭・マルモッタン」は、フランスにあるあのクロード・モネの庭を再現したものとの触れ込みであったが、実はさほど期待はしていなかった。実際、睡蓮の庭自体は、真夏でもあり、「まあこんなものか・・」という域を出なかったが、園内のフレンチレストランで食べた「モネ・ランチ」は久々に感動した見事な出来栄えであった。肉も魚も野菜もその素材の新鮮さが一口でわかり、正直また来たいと思った。さて、安芸と言えば、先日もご紹介した通り、「土佐くろしお鉄道 ごめん・なはり線」が通っており、梅雨明けの今日こそは、先日の(雨模様の)リベンジに挑んだ。天気は申し分なく良く、太平洋も真っ青に輝いていたので格段に綺麗な写真は撮れたものの、最初の写真は(海をバックにすると逆光になるので)あえて、海側から海岸線を入れてダイナミックな構図を狙ったが、このブログの写真のサイズだと、景色の中に飲み込まれてしまって、ちょっとどこに車輛が走っているのかコメ粒以下でお判りづらいかもしれない。(中央右脇あたりにコンクリート橋を渡っているのだが・・残念!)さてさて、東京では、予定通りEF81の「北斗星」は静かに終焉を迎えたようだ。また、最終日が87号機と聞いてびっくり!何とも渋いカマを最終日の運用につけたものだ・・これで、「あけぼの」も当分存続とのことであり、地方に居てもまあ一喜一憂せずに済むというものである。(写真・文:T)Blog_20107171

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2010年7月13日 (火)

青いEF510のカシオペア

前回アップしたEF81133の北斗星を野崎で撮ったあと、しばらく貨物列車を撮り帰路についた。

別に急ぐ旅でもなく国道4号線をひたすら走り午後には首都圏に入った。

そういえばカシオペアの下りは撮れるのかな??と時刻表を見れば16時20分に上野を出るスジ。すこし時間をつぶせば撮れると場所探し。

なにしろ10年近く来ていないので適当にウロウロしていたが、ようやく蕨ー南浦和で撮れそうな場所を見つけた。京浜東北線の南北と東北線の上りとのかぶりはリスクだが、小雨の中待つことしばし。

EF510502に牽かれたカシオペアが通り過ぎていった。

(写真・文:K.M.)

2010年7月11日 8009レ 蕨ー南浦和

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2010年7月11日 (日)

EF510とともに復帰(?)

ここ数週間、久しぶりの本線での電気機関車撮影に出かけている。EF5861が眠りについてからは鉄道写真は行っても蒸機か安易なイベント程度だった。

5月の連休中のUさん、Tさん、某Iさんたちとの飲み会を機に、そろそろ復活しようかと雑誌などを見ていたが、なんとなくEF510が気になってきた。そしてこの機関車にカシオペア塗装が出るとわかり、久しぶりに「本線復帰」してみた次第。

狙いは青いEF510の牽くカシオペア。専用機が2両そろえば、まず青い510がカシオペアを牽く機会はなくなると思われ、この1ヶ月ほどが勝負と判断した。

昔と違って何も情報はなく、頼るのは市販の時刻表だけ。それでも結構撮影は出来るのもで、今朝は野崎の鉄橋に行ってきた。

本命のカシオペアは狙い通り青いEF510506。久しぶりの高速列車に少し戸惑ったが、今はオートフォーカスでピントに心配はなく、意外なほど自然にシャッターが切れた。

カシオペアの20分後に北斗星が来るが、今日は133号機だった。私には133号機がいいのやらなんやらわからないが、ヒサシ付が人気らしい。明日は81号機、最終日は95号機が上ってくるらしく、相変わらずファン・フレンドリーな田端機関区といったところでしょうか。

ということで、題名とは異なるが、EF81133の北斗星をアップしよう。

(写真・文:K.M.)

2010年7月11日 2レ 野崎にて

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一つの時代の終焉

まず、カウンターを見ると、お蔭様で80000をヒットしているようで、立ち寄って頂ける方々のためにも何とかネタを捻出しなくてはならないと思うものの、地方で身動きがとれない我が身にとっては、何とも辛い思いで一杯である。さて、「カシオペア」に続いて、「北斗星」のEF81の運用もいよいよ終焉間近のようである。以前にも記したが、自宅前の常磐線を☆マークも誇らしげに駆け抜けていた田端のEF81を日常の光景として見慣れていただけに、私にとっては感慨もひとしおである。最近はカシ釜が、貨物運用にも入っているそうであるが、「カシオペア」・「北斗星」限定であった3機のそのような光景は一度カメラに収めておきたかった。本日の2レも133号機であったとの皆様のブログを拝見していると、さすがに禁断症状が加速するというものだ。Pさんのブログを拝見していると、北浦和の雑草も相当嫌な感じで伸びているようですし、蕨のSカーブも恐らく同様なのでしょうね。(昨年もこの時期は、日は長いものの、梅雨の悪天候と夏草で苦労していた記憶がある)そういった中、「あけぼの」存続は久しぶりの明るいニュースであるが、さて、今度いつお目にかかれるやら・・「北斗星」のヘッドマークが一番よく似合っていた☆釜のエース、EF8181に遠くからエールを送りたい。さてさて、最終日は81号機か、95号機か、はたまた133号機なのか?(写真・文:TBlog_2010711                      EF8181牽引2レ @西川口 2009921

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2010年7月10日 (土)

夏が嫌いなワケ

7月になって暑い日が続く。日の照る時間は少ないのだが、ジメジメジトジトした毎日で不快指数はうなぎのぼり。単身赴任先である大阪には車を持ってきていないので鉄道撮影はもっぱら電車。今日も朝から近くの踏切や山崎へと行ってきた。

夏は大嫌い。特に梅雨の前後は湿度が高く汗かきの自分にとってはひじょうに苦手な時期だ。通勤で乗る地下鉄御堂筋線もエアコンの利きが悪く、車外の方が涼しいくらい。大阪市交通局がケチなのかと思っていたらさっき山崎から乗ったJRの電車も暑かった。地下鉄の最寄り駅から会社に向かう地下街も暑苦しく、大阪全体で節電に励んでいるのかと思う毎日だ。

深夜、マンションに帰れば部屋の入り口を開けっ放しで寝ている住人が多く、なんだか昔の長屋の光景を見るようで貧乏ったらしくて見苦しい。生活臭が廊下に流れ出て、これまたひじょうに不快。

きょうはこの夏初めてセミの鳴き声を聞いた。撮影に行った踏切近くの街路樹にとまっていたクマゼミがシャワシャワシャワシャワと泣いていた。東京ではアブラゼミが目立つが福岡あたりは圧倒的にクマゼミの天下。ほぼ中間の大阪はどちらが多いのかと多少の興味を抱いていたが、この夏初めてのセミはクマゼミだった。このセミの鳴き声、アブラゼミもクマゼミもうるさくて大嫌い。

スーパーに買い物に行ったらレジにカゴを持った男性客が目立つ。土曜日で会社が休みの僕と同じ単身者だろうか、その姿は一様に皆短パン。僕はこの男性の毛ずねが丸見えの短パンスタイルも吐き気がするほど大嫌いなのだ。

以上、ダラダラと夏に対する〝悪態〟を列記したが、鉄道撮影を趣味にする者にとっても決してありがたい季節ではない。太陽が高いから日中はコントラストが高い写真ばかりが増える。大阪では「日本海」が到着する頃はすでに太陽が高くなってしまう。今日も朝は雲が多かったから「しめた!」とばかりにいつもの踏切に行ったが、「日本海」(回送)が来る頃には日がカンカン照りになってしまった。

Df501

この1983年7月に多度津で撮影したDF501号機も高く上った太陽のおかげで側面にはあまり日が当たらず、せっかくの編成写真が良くなかった。仕方なく多度津駅構内の有名な跨線橋からDF50試作型の特徴である大きな窓を強調した。

(写真、文 U)

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2010年7月 7日 (水)

路面! その2

Tさんに「それにしても、車だけでなく、人だって入ってこれる訳で、どこまで入ったら列車が停まるんだか・・」というコメントを頂きまして、「確かに」と思いながら、ほかのカットをチェックしてみたら、こんなのが見つかりました。

直前横断する人間(望遠で撮っているので、実際より近く見えますが)、路上駐車の車両と列車の間の幅が狭いために停止を余儀なくされた乗用車、こんな具合です。

この区間、寝台列車は1日1往復だけですが、アムトラック・カリフォルニアの中距離の昼行客車列車がたくさん走っています。写真の列車はそれです。客車はやはり2階建てで、機関車は1両です。

201007_02

くどくて恐縮ですが、ついでにもう1枚投稿します。

この複線、片方が旅客線、もう片方が貨物線で、単線が2本並んだような使い方をしています。貨物の方はこんなのが来ました。ディーゼル機関車の三重連が牽引し、貨車には長尺の海上コンテナを上下2段に積んでいます。祝日のため編成が極端に短いですが、通常は編成長が1マイル(1.6km)位あるのが来るようです。寝台列車以上にインパクトのある列車かも知れません。  文・写真 YM

201007_03

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土佐くろしお鉄道 ごめん・なはり線

インターナショナルな写真のあとに、またまたローカルな田舎の話題で恐縮です。さて、先日の土曜日が出張のため出勤扱いになってしまったので、昨日(6日)に振休をとり、県東の安芸まで行ってきた。朝から、我が友のポンコツ軽自動車に乗り、国道55号線を一路東へ。この道は室戸からさらに徳島まで続く国道であるが、海岸に沿った幹線はいわばこの道しかない。先月、前任者との引き継ぎで室戸までは行ったことがあったが、その時は鉄ちゃんどころではなかったから、ゆっくり足を伸ばせるのは実質今回が初めてである。ご承知の通り、高知は大河ドラマ「龍馬伝」のおかげで、全国から観光客の方が来られており、「土佐・龍馬であい博」も開催されているが、そのメイン会場は高知、サブ(サテライト会場)は梼原(県北西部:龍馬の脱藩の道で有名)と安芸にある。これはご存知の方は少ないかもしれないが、安芸は三菱グループの創始者である、岩崎弥太郎の誕生の地である。(やや、脱線するが、大河ドラマでは香川照之が演じていることで皆様よくご存知の通り。香川氏は「坂の上の雲」でも正岡子規役を熱演しており、私の最も大好きな役者さんの一人であるし、あの演技は他の者の追随を許さない「天才」だと思って、いつも感嘆しながら拝見している。)安芸に着くと、「であい博」のサテライト会場の「安芸・岩崎弥太郎こころざし社中」、「岩崎弥太郎の銅像」、安芸名物の「野良時計」、「岩崎弥太郎の生家」を巡ってきた。香川照之氏も案内ビデオの中で語っていたが、安芸という土地は極めて静かな中に、黒潮踊る太平洋を眼前にして、何か物凄いエネルギーを秘めた場所のようにも感じられた。この近くには、阪神タイガースのキャンプ地や、ゴルフのKochi黒潮カントリークラブ、土佐カントリークラブがあり、太平洋を望む極めて風光明媚な土地であるが、ついでと言っては失礼であるが、土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線も撮影してきた。行きに大方ロケハンをしておいたが、丁度列車が行ってしまった後で、東京から役員が来た際の下見も兼ねて土佐ロイヤルホテルを偵察して時間を潰し、小雨の中傘を差しつつ、藪蚊と格闘しながら「穴内~赤野」間で太平洋バックの写真に挑んだ。やはり、小雨模様であると、背景が太平洋であることが判別しづらい写真になってしまったが、是非天気の良い時に再訪して、雄大な太平洋バックの綺麗な写真をモノにしたいものである。(恐らく、ピーカンだと逆光なので、なかなか難しそうであるが・・)ちなみに、写真だけ見るとのんびりと列車が走っているように見えるかもしれないが、この区間上下線とも相当な速度でかっ飛んできたので、上りは慌てて1/1000でシャッターを切った。(太平洋バックに流しても面白いかもしれない)いずれにしても、長大編成の寝台特急を超望遠で狙うような写真ばかり撮っているので、どうもこういう雄大な風景を前にしてもどう料理していいのか正直戸惑ってしまう。路面電車同様、まだまだ修行が必要のようである。(写真・文:TBlog_2010761

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2010年7月 6日 (火)

路面!

Tさんに対抗し(?)、路面の写真を投稿します。

路面の鉄道といえば路面電車が相場ですが、道路上にある線路を幹線の列車が走るのも、面白いものです。

写真はアメリカ西海岸、サンフランシスコ郊外のオークランドで撮ったものです。幹線が市街地の道路上を通る区間があります。列車は西海岸沿いにシアトルからロサンゼルスまでを走破する、アムトラックの「コースト・スターライト」という寝台列車。客車はステンレス製の2階建てです。幹線でも非電化で架線がないので車両限界が大きく、こんな客車が走っています。

この日は祝日(メモリアル・デー)で道路の交通量が少なく、自動車とカブることもなく、楽に撮影できました。でも、道路上がガラガラで「路面」らしさがないのも物足りません。といって、「コースト・スターライト」は1日1本しかなく、これがカブッてしまったのでは、はるばる日本から訪ねていった甲斐もないので、これで良かったことにします。 文・写真 YM

201007_01

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2010年7月 4日 (日)

幡多地区(高知県西部)への出張

金曜、土曜と県西部の幡多地区(四万十、宿毛、土佐清水)に1泊出張で行ってきた。他の社員2名と一緒であったのであるが、ドライバーがスモーカーであったことと自分で先に見ておきたいものもあったので、一足先に高知発8:21の「しまんと1号」に乗り、中村経由宿毛までしばし「乗り鉄」を楽しんだ。土讃線は、山間や深い木々の中を縫うように走り、文字通りのローカル線である。さて、ここでハプニング。中村到着前にどうもズボンのポケットに入れておいたSONYCybershotが見当たらない・・そう言えば、1時間程前に後部でガシャといいう物音がしたのだが、後部座席の乗客の何かが落ちたのかと思って、よく確認しなかった。実は、その時の物音は自分のカメラが落ちた際の音であったようだ。慌てて後部座席も含めて床の上を探したが見つからず、窪川から替った若い女性車掌にも聞いてみたが、心当たりはないという。どうせ昼過ぎにはまた中村まで戻ってくるので、駅事務所に問い合わせればいいかと思い、そのまま宿毛行きの土佐くろしお鉄道のディーゼルに乗り込み直ぐに列車は発車した。すると、別の職員の方が10メートル程走った列車の運転手さんを「おーい」といって声をかけて停め、私のカメラを手交してくださった。本当に冷や汗モノであったが、一旦発車した列車まで停めてくださったことには本当に申し訳ないと思うとともに、この場をお借りして心から感謝を申し上げたい。(東京でそんなことで列車を停めたら、確実にお咎めモノであろう・・)土佐の方の何とも温かい人情に触れた気がした。さて、金曜日は宿毛と四万十(中村)で一日仕事を済ませ中村のビジネスホテルに一泊した。四万十で採れる、川エビのから揚げ、土佐清水の清水鯖、窪川ポークの角煮等々川の幸、山の幸を堪能したが、翌朝は駅の近くに宿泊したこともあって、32年前にDE10牽引のお召列車を撮った、後川(ウシロガワ)手前のカーブ(当ブログでは516日に投稿の場所)に散歩がてら徒歩で行ってみた。コンデジで撮ったので写真の質はご容赦願いたいが、当時の面影はなんとなく残しているものの、脇には建物も建ち、しかも草木が鬱蒼と茂り撮影には全く適さない状況になっていた。(列車も走っていない風景写真で申し訳ありません)中村駅周辺(下の写真)も駅前も含めあまり当時の面影を思い出させるようなものは残っていなかった。ただし、四万十在住の女性社員に「実は32年前に天皇陛下の乗った列車を撮りに、中村まで来たんだよね・・」と言うと、「ああ、天皇陛下きたきた・・」と喜んで答えてくれた。この地域の方々にとってみれば、天皇陛下が来られること自体一生のうちに滅多にあることではないので町をあげて歓迎したのであろうし、鮮明に記憶に残っていたようだ。また、東京から来た新しい管理者がそもそも中村まで来たことがあること自体、驚きであり、感激でもあったようだ。その点、私も含め、このブログに登場するお仲間は、日本全国大概のところは足を踏み入れているので、アドリブでその土地の話に溶け込むことは皆さんお得意なのではないであろうか?昼は、四万十川を眺めながら四万十産の鰻を堪能できる四万十屋で天然鰻のうな重を堪能し、雨の中を車で戻ってきたが、休憩も含めて土佐清水から3時間近くはかかり、帰宅すると疲労困憊して布団に倒れ込んだ。(写真・文:TBlog_2010741

Blog_2010742

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2010年7月 3日 (土)

キハユニ171

キヤノンの次期EOS1の後継機は凄いらしい。年内の発表はないにしても、ニコンD3系の躍進を食い止めるべく開発に力を入れているとのうわさだ。話の出所は明かすわけにはいかないし具体的なスペックなどは皆目分からないが、キヤノンと関わりの深い関係者の話で、過去にも彼女の予想は全て的中していたからかなり確度の高い情報とみている。
すでに行き着くところまで行き着いた感のあるデジタル一眼だが、それでも「凄い!」と言えるとしたらはたしてどんな性能なのか今から楽しみだ。高画素化とか高感度性能の向上といった誰にでも予想できるものなら「凄い!」という時代ではないだろうから、かなり画期的な機能や性能を備えてくるものと期待したい。
それに対し当然、ニコンもそれなりの製品を出してくるはず。これまでの延長上の高性能化ではパソコンなど周辺機器もグレードアップする必要に迫られ、この不況下それらまでへの機器更新の体力が衰えている報道関係が発売即導入するとも思えない。ミラーレスなどの新たな機構改革により今までのような価格で、周辺機器に投資しないでも買い換えるだけのメリットがあるフラッグシップ機が登場するのかもしれない。報道関係のニーズが動画からのコマ落としに変わっていくことを見据えた製品ではないかと個人的には予想している。

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1979年9月、山口線の名草駅で撮影したキハユニ171。この年の7月、同線にC571が復活しC58の1号機も予備機に指定された。8月に行われたC58の試運転は撮影ずみだったが、このときはそのC58がいよいよ「SLやまぐち」に初登場するといううわさにつられ、のこのこ2度目の山口線にやって来たら、残念ながら「SLやまぐち」はC57の1号機だった。なんとなくやけくそで煙も出ないこんな平坦な場所でうろうろしているときに撮ったのがこのキハユニ17だった。
この後、上りの「山口号」を津和野~船平山でとらえようと借りたレンタカーで事故を起こしたのも、今では懐かしい思い出だ(そう言えば、そのときの写真もあるはず)。コダクローム25で撮影。

(写真、文 U)

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