« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月30日 (日)

新たなターゲットを求めて

2010529_3055_df200107blg

眩しい朝の斜光線を受けて札幌を目指す”レッドベア”ことDF200  これからはコイツの時代がやってくる。将来JR北海道にもP型が新製配置され、ブルトレを牽引する時がくるかもしれない。          2010-5-29 (5:47)   3055レ        島松-北広島にて

この週末1日だけだが、駆け足で北海道に行って来たのでご報告したい。とは言っても、今回はポイントを絞り、時間の都合から札幌近郊の数箇所のみの撮影とした。

朝3時、部屋の目覚しが鳴る。とにかく今の時期、北海道の夜明けは早い。3時には、空が白みだし、4時には朝日が拝める。運よく1日中晴れの予報でもあったので、何のためらいもなく、そそくさとチェックアウト。レンタカーで撮影ポイントを目指した。こんな早朝でも案外車の往来があり面食らったが、何はともあれ、まだ4時過ぎだというのに、朝日が眩しく運転がしずらいくらいだ。一気に興奮し、アドレナリン急上昇、気合い満タンになった。

すっかり明るくなった撮影ポイントには、4時半には到着。しかし先客が1名おられ、その脇にお邪魔することにした。しばしこの方と歓談、彼も最近にない晴天に興奮を隠し切れない様子であった。朝日の力が増すにつれ、空が青々と澄み渡り、「ひばり」のさえずりが聞こえる。空気が澄み、そして草木の緑の初々しく美しいこと。これだけでも「来てよかった」と満足してしまった自分は、いったいどうしたことだろう。日常の現実が遠のいていき、心からリフレッシュしていく自分に気がつく時、また新たな活力が生まれてくるのである。

この時間帯のメインは、やはり今や唯一の客車急行「はまなす」であろう。(通過前には、約10名がカメラを向けていたが、ボロボロの14系は見るに絶えず、いつ廃止と言われても疑わない状況であることを付け加えておく。)しかし今回は、そのメインの前後にやってくるDF200に魅力を感じてしまった。かつてのDF50のように、形態もさまざまあるようで、箱型の好ましいスタイルも共通している。前面貫通扉こそないものの、将来双頭連結器付が現れたりして・・これからは目が離せない!かも。DF50との違いは、サウンドとパワーであろうか。とにかくDF200は、見るからにパワフル。重低音を聞かせて、長大コンテナを牽引し迫ってくる姿は、誰にも負けないだろう。そして、このでっかい北海道の大地にとてもお似合いだと思うのだ。

日中に休憩を挟んで、夕方も少しだけシャッターを切り、レンタカーを返し空港に急ぐ。19時を廻ってもまだ明るい。空港の展望レストランで、行きかう飛行機を見ながら、今日の反省をしていると、なんと目の前をDF200の貨物が現れた。石勝線だろうか?レッドベアが空港まで見送りに来てくれたようで、赤く夕日に染まる全く想像できなかった情景に変に感動してしまった。今まではなかなか馴染みのない機関車であったが、今後私にとってひそかに注目していきたいカマになったようである。   (写真・文 by K )

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月29日 (土)

二本木駅のスノーシェッド

1985年に異動で新潟の高田に転勤になり4年間過ごした。前任地の静岡ではEF58の最後の活躍を見届け、EF62の荷物列車やEF66のブルートレインにようやく馴染んできたきた時期だった。

赴任したはいいが、信越本線・北陸本線で何を撮ればよいやら心配ではあったが、それは杞憂に終わり、冬はシュプール号の全盛期、平時はEF62の貨物や北陸のEF81,各種特急群と毎週末充実した日々が過ごせた。

特にシュプールユーロ赤倉は、私が誰よりも一番撮影していると自負している。毎冬、毎週撮っているとだんだんロケーションにも工夫をして、信越山線の特徴である二本木駅のスイッチバックとスノーシェッドが何とか絡められないかと考えた挙句のカットがこれである。

時は20年以上前の田舎のことなので「どこでカメラを構えていたか」については大目に見ていただくしかない。

(写真・文:K.M.)

1987年3月 二本木駅にて 回9336列車

67r036247

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月25日 (火)

幸福駅と9600

 写真は先日アップした北海道周遊券で訪れた、広尾線幸福駅での1枚。

 3月31日の撮影だが、時ならぬ十勝地方の大雪でこのような形になってしまった。駅名標を入れようと思ったが、サイドに寄ると降雪で何も見えなくなると思っての結果だが、これはこれで妙に納得していた。

 この翌日、池田から池北線経由で北見に行こうと急行「池北」(キハ22だった!(・oノ)ノ)に乗ったものの、峠の小利別で吹きだまりに突っ込み立往生、お出迎えに救援のキ100+9600に来てもらったのも楽しい思い出である。

1975.3.31撮影 写真・文 T.A.

9600_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

EF64-1030「あけぼの」お別れ朝練

このところ、転勤準備で超多忙な日々で、案の定睡眠不足の状態が続いており、正直「鉄ちゃん」どころではなく、悶々としておりました。一方、KMさんはじめお仲間の皆様には連日精力的に貴重なショットをご披露して頂いており、当ブログも安泰だと思っております。(やはり、このメンバーはタダモノではないですね・・びっくりするような秘蔵画像のオンパレードですね・・)そうは言っても、新作も少しはないと正直やや寂しい気もしないではありません。そこで、今朝は朝から引越し業者の方が荷物の搬出に来られることになっていたものの、禁断症状を抑えきれず無謀にも北浦和で「あけぼの」のお別れ朝練をしてきましたので、一応画像をアップさせて頂きます。濃霧で数分の遅延があった為、京浜東北南行と裏被りになってしまいましたが、双頭機の1030号機が来てくれて満足でした。(北浦和での1030「あけぼの」は312日以来でした・・)いよいよ明日、正式に高知へ赴任します。アパートのインターネット(光)の設置工事に3~4週間程度待たなくてはならないらしく、このブログも次いつ見ることができるのやら定かではないですが、遠く土佐の地より皆様の力作を楽しみにしております。(写真・文:TBlog_2010525

| | コメント (2) | トラックバック (0)

EF5869(米) 呉線での工臨運用

呉線のEF62を出していただいたので思い出し、ネガを引っ張りだしてみた。

1980年の夏場、まだ荷37列車の広島ー下関がEF58の重連だったころは、かなりの日々を山陽本線沿線で過ごした。その合間に団臨や旧国を撮っていたが、この日は呉線にEF58の工臨が走るので天気は悪かったが忠海に向かった。

米原機関区の変A2運用で、荷39の間合いで糸崎で帯泊するカマを三原までの往復で工9572列車と工9573列車に充当するというものだった。当時広島に貸し出し中の69号機が里帰りのように充当されて、このような光景になった。

EF58本来の姿とは言えず、好き嫌いはあろうが、ちょっと珍しいカットではあろう。

(写真・文:K.M.)

1980年8月11日 EF5869(米)+ワフ+ホキ4+ワフ 工9572列車 呉線 忠海にて

67bw027

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月24日 (月)

飯田線の思い出 ED62 重連

飯田線の思いでは色々ある。初めて行った1975年当時は流電は現役バリバリだったし、ED18やED19もコツコツ貨物を牽いていた。

その後もEF10の重連貨物や旧型国電を撮りに通い、ED62のお召し列車も撮った。EF10が無くなり80系が入ったあたりから多少足は遠のいたが、団臨が入ったときなどには駆けつけたものだ。

1992~3年頃には北部でED62重連の貨物が冬場に設定されたので結構頻繁に撮りに行った。ED6217が唯一新塗装になっていたので17号機が先頭に出るときには車で追いかけながら撮ったものである。

その後EF58が北部まで入るようになったり、伊那松島で撮影会が行われるなどイベント色が濃くなったが、そこはあのようなローカル線だから、まあそれでものんびり撮れた。

最近行ったのは2007年11月のEF58157の最後の工臨のときだからもう3年近くご無沙汰ということになる。あのときは異常な人出で、豊川などは騒然とした雰囲気であった。

被写体はともかく、秋の紅葉の季節の平岡あたりの美しさは格別なので、またのんびり行ってみようかと思っている。

(写真・文:K.M.)

1993年2月 七久保にて

67r100411

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月23日 (日)

D51498+C58363+旧型客車8両の雪中行軍

重装備になったD51498も昨日から山梨方面での試運転に入っているようだ。ヘッドマーク無しの好ましい姿に多少食指が動いたが昨日は会社の行事で出動できず、今日は悪天候で見送った。来週末からの本番運転ではヘッドマークがつくであろうから行く気はない。

多くの蒸機ファンはなるべく現役当時の姿で撮りたいと思うのが心情だろう。

この条件を満たすのはなかなか難しい。「ヘッドマークなし」「旧型客車牽引」「非電化区間」とうのが三大要素だが、まあ2つを満たせば大満足といったところであろうか。

これまで3つとも満たしたのは陸羽東線でのD51試運転だったが、客車が4両というところが惜しかった。せめてもう1両、5両ならと思ったのは私だけではないだろう。

1994年冬、D51498とC58363が上越線で重連やら旧型客車、続行運転・・・とのバリエーションで試運転を行った。

最高の列車となったのは2月12日の回9335-回9738で高崎ー水上を往復したD51+C58+旧客8両だった。下りは大雪で大変な思いをしたので、上りはきっちり編成写真が撮れる八木原を選んだ。

雪景色の中を行く重連の列車、もうここまでくれば「非電化区間だったら」などと贅沢をいったらバチがあたるだろう。

(写真・文:K.M.)

1994年2月12日 回9738列車 八木原にて

67r100447

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月22日 (土)

天王寺を目指すキハ81「くろしお」

1978年夏に撮影したキハ81「くろしお」。
当時、わずかに残ったキハ81は名古屋と天王寺を結ぶ「くろしお」の天王寺方にのみ使用されていた。たしか1Dと2Dという列車番号で、したがって先頭に立つのは名古屋から天王寺に向かう1Dのみだった。

このキハ81「くろしお」はDF50撮影の副産物で、モノクロを含めればけっこう多くのカットが残っているが、リバーサルで撮ったのは3,4回程度。紀三井寺~黒江の直線区間で撮影したカット。

(写真、文 U)

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月18日 (火)

白い「ひたち」

Tさんの高知転勤で「朝練」のお仲間が減り寂しい限りです。これからますます日の出が早くなり高崎線内での撮影も可能となる時期に残念です。でもすでに多くの好写真をモノにしているので、あまり心残りはないかもしれません。
自分も関西で写欲をそそる被写体がないなどと言いながらも、けっこう線路際に立ってカメラを構える習性から抜けきれず、何だかんだと撮っていますからきっとTさんもなにがしかの車両にカメラを向けることでしょう。滅多に撮るチャンスのない四国の車両の再発見に期待します。

さてこのところ皆さまの精力的な投稿を拝見していますが、Y・M氏が前回アップの呉線のEF62+20系客車はなかなか珍しいカットです。自分自身が東海道、山陽本線に移動したEF62を写した機会がほとんどなく、そういう意味でも目新しく感じます。こうやって皆さまの秘蔵写真を見られるのは仲間としても大変興味深いものです。

さて僕はちょっとゲテモノの白く塗られたボンネット「ひたち」。
仲間の方々と水郡線に入線したサロンエクスプレス東京を撮りに行った際に寄った常磐線で撮影したカット。このあたりはEF80を精力的に撮影していたKさんのテリトリーで、彼に連れて行っていただいたと記憶しています。今でも常磐線には白い塗装の車両が多く、この汚れが目立ちそうな色の清掃は大変ではないのかと思いますがどうなのでしょう?

(写真、文 U)

Photo

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年5月16日 (日)

呉線のEF62+20系

Tさん、高知へ行かれることになりましたか。是非、現地で面白いものを撮影し、投稿してください。

 僕もかつて広島に長期間住んだことがあるのですが、時には東京ではまるで想像していなかったような被写体を見つけ、感激したものです。今回の写真はその一例。東海道・山陽本線の荷物列車牽引のEF58を置き換えた、下関配置のEF62が団体臨を牽引することがしばしばあり、時にはなかなか面白い列車になりました。この時は20系「ホリデーパル」(まだ青塗装の頃です)を牽引し、呉線を走行。撮影場所は、C59やC62の「安芸」などで有名だった安芸川尻~仁方です。僕はもちろん蒸機時代の呉線に行ったことはなく、C62の代わりにEF62で我慢したのでした。 文・写真:YM

201005_01

| | コメント (1) | トラックバック (0)

転勤先は「高知」

やはり異動が出て、「高知」に転勤になりました。引越し準備が出来次第、直ぐに赴任することになります。小生にとって、高知に行ったことがあるのは、785月の高知植樹祭の際に某I氏やA氏達と一緒にお召列車を撮りに行ったのが最初で最後。今やそれから32年が経過しており、3月にご出張で行かれたU氏のお話によれば最近随分と周辺部も宅地化が進んだとのことですが、鉄ちゃんの被写体としてはあまり魅力的なものがなさそうであるのが残念です。アパート探しに、引越し、先方での業務の引継ぎ等でやることはテンコ盛りです。ところで、このところ、皆様に精力的にブログの更新をして頂いており、大変楽しく、また懐かしく拝見しておりました。特にTAさんの北海道周遊券の下車印は本当に懐かしかったです。「追分」「紅葉山」「植苗」「北見」・・どこも、当時の撮影地と蒸気機関車の勇姿が瞼に蘇ってくるようです。当ブログは、小生は昨年8月から投稿させて頂いておりますが、このブログがあったお蔭で休眠状態であった「撮り鉄」を本格的に復活することができた訳で、Uさんはじめお仲間に深く感謝するとともに、遠くに行っても引き続きこの絆を深めてゆきたいと思っております。暫く投稿頻度は激減すると思いますが、住めば都と申しますので、また先方で興味のわく被写体を探して、このブログで近況をご報告できればいいなあと思っております。東京出張の際にチャンスがあれば北浦和や蕨でまた朝練をさせて頂きたいと思っておりますので、北浦和のPさんはじめ皆様その節はどうかよろしくお願い致します。また、恐らく寂しくしていると思いますので、皆様ご出張等色々と理由をつけて、高知の方へもお越しください。お待ちしております。さて、今回アップさせて頂くのは、785月のお召列車の写真です。牽引はDE10563+1037の重連でした。一号編成のお召列車の際のあの緊張感と感動はやはり独特のものがありましたね・・(写真・文:TBlog_20105161

Blog_20105162

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年5月14日 (金)

ブロニカ600ミリで「出雲」

1985年4月、当時大阪に赴任中の私は妻とこのブログにも登場するK・M氏の3人で島根、鳥取に出掛け、そのときに山陰本線の伯耆大山~淀江間で「出雲」を撮影した。

この頃、自分は所有していた6×6や6×7の中判カメラを使用することがなくなって35ミリ版一辺倒となっていたが、ブロニカ用の600ミリという巨大レンズを借用、それをもってこの「出雲」撮影に向かった。
この600ミリ、35ミリに換算すれば360ミリに換算される大型レンズで、ちょっとした ショックでもすぐぶれる。三脚もそれなりの頑丈なものが必要で、わずか一週間の借用期間のために5万円近くするハスキーを買う羽目になった。
ところが山陰本線は線路の周囲に雑草が生えている場所ばかりで、このレンズを使える場所が見つからない。車でいろいろ走り回ってようやく見つけた場所がこの伯耆大山~淀江の築堤だった。今となってはレンズの開放値がどのくらいだったか覚えていないが、当時のISO64のコダクロームでの走行写真は無理だったことを思い出す。

まだ国鉄時代のこと。昼間走行中、ヘッドライトは点灯されていない。

(写真、文 U)

Izumo_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月12日 (水)

北海道周遊券と連絡船

Photo_3

 ブログ1周年おめでとうございます。先日お仲間に入れていただいたばかりですが、愉しい思い出と近況を語れる場はホント嬉しい限りですね。

 さて、今日は古い切符を探し出してきましたが、写真と違って楽しみに欠けるかも。。。。

 モノは昭和50年3月に渡道したときの周遊券と青函連絡船の指定券。

 中学の卒業式が終わり、高校入試と結果を確認すると速攻で長路北海道に蒸機を撮影に出かけたのでありました。当時大学生のSL仲間と待合せの富山までは急行「立山」にて向かい、合流後は「白鳥」にて青森へ。そしてその指定券の青函1便で函館、乗り継ぎの「おおぞら」80系DCで苫小牧に向かったのでした。

 今見れば、ほんとSLの撮影地の下車印ばかりですね。。。。。

 切符で夢広がる北海道への妄想でした(笑)

文・写真 T.A.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松山、広島出張

来月、松山への出張が入った。久しぶりに地方都市への出張で今から楽しみ。撮影対象となるめぼしい車両はあまり期待できないが、自腹で伊予鉄道などを撮りに行く機会はないだろうからこういうチャンスに記録しておきたい。市内を走る蒸気機関車を模した観光用の車両も見てみたいがどれだけ時間をつくれるだろうか。
出張の翌日は海を渡って広島に移動する。大阪赴任当初から広島には行かなければならない用事があったが今まで放っておいてしまった。この際にそれもかたづけて来ようと思う。

で広島となれば、なんとか時間を確保して瀬野八にも寄りたい。学生時代はゴハチを撮影によく来たが、もちろん今やその姿はなく、せめて貨物列車を後押しするEF67でも見ておきたい。実はまだEF67という機関車を撮影したことがなく、もし見ることができたら初めてのこととなる。

さて今回はその広島で1980年3月に撮影した宮原機関区所属のEF5853。以前にも同じ時に撮影したものをアップしたが、もう少し長めのレンズで撮影したカット。この53号機もずいぶん人気が高かったが、東京に上ってくることは案外少なかったように思う。
広島に行くのはまだ1カ月以上も先のことだが今から楽しみだ。

(写真、文 U)

Photo_2


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月11日 (火)

EF5861

Uさんが本ブログを開設していただいたことで、私(K.M.)の全く個人的な狭い趣味の世界の一端を、このような公の場に公表できるということにひたすら感謝する次第です。

高崎第二機関区における旗開きは、結果的にある意味歴史的な機会だったのでしょうか。

あの、まったりした時間と空間の中で、少人数で「61の公式側での正規お召しの形式写真」を撮れたことは、私の鉄道写真史の中でも五指に入る貴重な経験になってます。

当時は当然「旗付き」でなければフィルムがもったいないという感じでしたので、このような旗無しの完璧な形式写真は私のストックには(多分)ありません。当日の本列車も、新町の鉄橋をわたる「普通の」お召しを皆撮っていたのに、Uさんは確か「そんなのつまらないから流す」といって、鉄橋の間近でロクイチのアップを撮ったんではなかったでしたっけ??

いずれにしても皆さん、一癖も二癖もこだわりを持つ面々ですので、30年を過ぎても色々な作品がアップされてくるのが日々の楽しみにもなっています。

では、私の「旗付き」をご参照ください。

(写真・文:K.M.)

1978年10月13日 高崎第二機関区にて

67bw052

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月10日 (月)

当ログ開設から1年

このブログを開設しどうにかこうにか一年。表題の「ロクイチ」にとどまらずさまざまな話題を書いてきた。仲間内の伝言板的意味合いも高く、お互いの近況を知るにも役に立ったかと思う。それぞれ秘蔵の写真なども見ることができ、今まで知らなかった仲間の趣向なども理解できた。私自身、これからももっとこまめにネガやポジのスキャンを行い、埋もれている写真の発掘に努めたいと思っている。
さらにK・M氏など、このところ鉄道撮影から遠ざかっていたお仲間の復帰なども大いに期待したく、近いうちに皆で撮影旅行などに行ければこれほど喜ばしいことはない。

見てくださっている方々には、かなり私的で独りよがりなブログであることは否めないかもしれないが、ある鉄道ファンたちが過ごしてきた時代に思いをはせていただき、今後ともご笑覧願えれば幸いだ。

今回の画像は何回か撮影した中で最も自分が気に入っているEF5861の形式写真。78年の長野国体の際に走ったお召し列車牽引時のもので、当時の高崎第2機関区で撮影した。
この写真を撮る前には日の丸を掲げていたロクイチだが、日の丸のない姿を撮りたいと粘って撮影させていただいたもの。ロクイチを本格的に撮影し始めてから間もない時期の画像で、この後何回もこのように機関区で止まっているシーンを撮ったがこれが一番自分好み。

(写真、文 U)

61_4




| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月 9日 (日)

ロクヨンの顔

Kさんは色々とご自身の写真のスタイルを模索されているようだ。年齢を重ねても常にチャレンジする姿勢は小生も見習わなくてはならない。昔はゴハチ(ロクイチ)を追いかけていたこのお仲間の中でも、今では好みの被写体、アングル、使用するレンズ等さまざまであり、皆さん結構こだわりのポリシーを追求すべく撮影に臨んでいらっしゃるので、そのあたりがまた面白いところであり、とても勉強にもなる。さて、私の場合は、近々JR東日本の車輛を被写体にすることはできなくなるが、果たして新天地で好みの被写体やアングルは見つけられるであろうか・・話は変わるが、ニュースによれば、上越線のD51498の撮影をされていた方が崖から滑落して亡くなっているのが発見されたとのこと。住所からすると「津久田~岩本」の鉄橋近辺を俯瞰する場所であろうか・・察するにご自身のポリシーを追求された結果であろう・・・何とも辛いニュースだ。心からご冥福をお祈りいたします。さてさて、この週末は、土日とも早朝からカラっと晴れ上がり、絶好の朝練日和となった。これだけ強烈に晴れてしまうと北浦和では光線があまりよくなくなってしまうので、仕方なく順光で撮れる場所を選んだ。飛び道具であるテレコンを常用してはいけないとは分かっているものの、そこはあると使ってみたくなるのが人情、空気も乾燥していてかつ早朝なのでまだ陽炎が出ていないと踏み、昨日は蕨のホームでドカンと正面から狙ってみた。「あけぼの」のカマは因縁の1052号機。(まあよくお目にかかりますこと・・)初めてここで長玉で撮ったが、編成が圧縮されかつガタピシに上下に弾んでいるように歪んで、なかなかこれはこれで面白い写真となった。そして、今朝は寝坊をしてしまって起きたら5時だったので、最短目的地のSカーブへ。「あけぼの」は一昨日に1032号機が上京したようだったので、今朝はチャンスがないかと思っていたが、心が通じたのか、大好きな双頭機・1032号機が来てくれた。(感激!光線の加減で正面に斜めに架線の影が入るのが玉にキズだが、それも贅沢というものだろう・・)来週末はもう異動が出てしまい朝練どころではない可能性も大なので、これが当面最後の首都圏鉄チャンになるかもしれず、とても嬉しいプレゼントとなった。ところで、こうして色々な角度や光線でロクヨンの顔を撮っていると、「痩せた顔」に見える時と「太った顔」に見えることがある。これはUさんも感じていらっしゃるようで、恐らくはクリーム色の警戒色の横に影の部分が出るかどうかで印象が異なるようである。例えば、5日のプログに掲載した尾久での写真は、ド正面から陽が当たっているので光線は良いものの、クリーム色の部分に影がなく顔が太って見えてしまう。一方、同じ正面気味の写真でも今日掲載した写真は影がある分スリムな顔に見えるのは、トリックアートのようで面白い。(どうでも良いが、これだけ同じ被写体を撮っていると結構こだわってしまうものです・・)(写真・文:TBlog_2010591

Blog_2010592

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 8日 (土)

ブラシ撮り!

2008_ed75

走行写真の場合、色々被写体と向かい合っていると写真の中に「動感」を表したくなる。その表現方法としては、「流し撮り」が一般的。しかしあくまで自分流にこだわると、その作風にも苦労する。

過日U氏も、望遠で捕えた大変綺麗な流し撮りを掲載していたが、私の場合もまず写真の仕上がりが「きれい」であることが大前提として条件決めをする。だから、シャッター速度も極端に遅いものは好きではない。昔学生の頃、私の先輩でMさんという「流し」を得意とする方がいらした。毎月のように雑誌に掲載されるその写真を見て、いつも唸らされていたのだが、一方で自分とは求めるものが違うと感じていた。それは、どの写真も、ビシッと1点にピントはきているのだが、激しすぎる動きで私には写真が見苦しく見えてしまうからだ。

今回の写真は、望遠レンズで、被写体に対して円回転で撮るのではなく、短レンズで被写体にできる限り近づき、動きに合わせてカメラを平行に振り切る流し撮りで撮ってみたもの。「ブラシ撮り」とでもいえるだろうか。数年前からチャレンジしている撮り方だ。ズームを引きながら撮ったものよりも自然に写り、被写体に対しピントのきている面積が大きい。かといって、周りは自然に流れているから動感も伝えられる。列車に合わせて身体ごと振り切るため、撮影ポイントはある程度スペースがないとやりにくい。

快晴のもと、深紅の75とのコントラストが冴えるコンディションではあったが、こういった努力は中々写真には現れないから辛いところ。これも、ナナゴが好きだからやれること。自分にとって最高の1枚が撮れるまでシャッターを切ろう。 (写真・文 by K )

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 7日 (金)

山陽電鉄

このブログも開設してそろそろ1年。どうにかこうにか続けていられるのも皆様のご尽力によるところが大だ。それぞれがアップする画像は今までに見たことのない秘蔵写真も多く、かつT氏のように近作を見せていただけるのもひじょうに楽しい。仲間内の掲示板的意味合いでも大いに活用していただければありがたい。

さてゴールデンウイーク最終日に古いポジを見ていたら、こんな画像が出てきた。たしか1980年代半ばに撮影した山陽電鉄850型のサヨナラ運転のときのもので、先頭車両はこの「288」と記された別形式だった。私鉄には全くずぶの素人で形式すらも分からないし調べようもないのだが、どういう心境でこういうイベントを撮りに行ったのだろう???今となっては皆目記憶がない。

一つ覚えているのは撮影後、廃止が迫っていた別府鉄道に行ったこと。実はそちらの方がメインで、これはあくまでも「ついで」だったように思う。
就職後、最初の転勤先でまだ新婚時代のことだった。

(写真、文 U)

Photo

855

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 6日 (木)

久々の有名撮影地

5月1日に水上でD51を撮り旧友に会い、翌日はその仲間達と終電までの飲み会だった。EF5861が眠りに就いて以来、あまり線路端に出ることなくもっぱら飛行機を撮りに滑走路脇に通うことが多くなっていたが、このGW前半の「鉄道」の雰囲気に後押しされて4日(火)は久しぶりに有名撮影地での鉄道写真を撮ってきた。

昨今の「場所取り」問題にも嫌気が差して(なにやら磐越西線の咲花では桜の季節を狙って1ヶ月以上前から「置きゲバ」があったとか・・)、三脚は車のトランクから数年間出していない。手持ちの利点は場所の心配をあまりしないで良い事と、特に蒸機の場合には風向きなどで急変する煙の処理に臨機応変に対応できることであろう。

この津久田の超有名撮影地に行ったのは1983年10月14日の朝以来である。そう、あかぎ国体のお召し列車のロケハンで様子を見に行ったのが「直近」である。結局お召しは津久田鉄橋で撮ったので、このSカーブで写真を撮ったことはない。その後線路の間にロープが張られてしまって、寄り付くことは無かった。

ところが5月1日に電車の中から見ていたらロープはなく、それでは一度行ってみようかと出動した次第である。やはりかなりの人出があったが、立ち位置を確保し久しぶりに線路端の雰囲気をのんびりと味わった。

幸い天候にも恵まれ、良い光線の中をD51は通過していった。私のカメラは毎秒5コマとかの高速モードラ(死語?)が付いていないので、うまくロッドが真下にくるところでシャッターを押すことに集中した。煙も幾分右に流れはじめてしまったし、蒸機もいくら速度が遅いとはいえ、このタイミングは結構難しい。ファインダーに見える動輪の動きにリズムを合わせて煙をなるべく切らないようなフレーミングで数枚撮った。Kさんおっしゃるとおり、確かにこれは一種のスポーツに近いものがあるのかとも思う。

左上のケーブルが邪魔ではあるが、昨今の情勢を考えれば、これ以上線路に近寄るのもはばかられ、まあ所詮趣味の世界、自分が満足できればそれで良しである。

仲間の皆様のおかげで、徐々にエンジンがかかり始めたようなGWでした。

(写真・文:K.M.)

D51498100504

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年5月 5日 (水)

有名撮影地巡り

K氏は、標準から超望まで様々なレンズを駆使されているが、実は短いレンズの方が好きなのではないかと思うことさえある。いずれにしても、両刀使いで、小生にはとても真似できない特技(腕)である。さて、5連休最終日、天気予報では朝から晴れの予報であったが、朝4時に起きると何だか霧がかかったように白く、じめじめしていた。この天気では、長玉は向いてなさそうであったし、どうせ「あけぼの」は1052号機であろうから、それならまだ撮ったことのない場所にチャレンジしてみたかった。宮原のホームか尾久の踏切かという選択肢であったが、結局自宅からのアクセスが勝っていたことと以前下見を済ませていたことが決め手となり、尾久を選んだ。(後で知ったが、Uさんは北浦和でPさんと楽しく撮影されていたようだ)5時半頃に現地に到着すると既にお二人が三脚を構えていらっしゃったが、まだ大丈夫そうであったのでポジションを確保。「能登」の頃から待望の太陽も登場し、上り列車の正面から朝陽を浴びせ始めた。(そうは言っても、ここは架線柱の影がボコボコ入り、高速連写機能の助けがないと非常に危険で、K氏のように一発勝負は私には無理で~す)「あけぼの」が前方から見えてくると、望遠レンズ越しに双頭機特有のイカつい面構えが「エロ光線」を浴びて迫ってきた。待ちに待った1032号機である。背筋がゾクゾクするような快感を感じつつ、美味しく戴くことができました。女性を含めて最終的には8名程度が集結し、やはりここは有名撮影地なのだと再認識した。気を良くして、「カシオペア」・「北斗星」も綺麗な光線の下で撮りたくなり、これまた悩んだが、尾久同様に下見はしているもののまだ撮影はしたことがない、あの不吉な有名撮影地・浦和橋で、禁断の飛び道具で遊んでみようと思いついた。(Uさんのブログにもあった通り、小生も以前下見に行った際も只ならぬ不吉さを感じた場所であったが、まあ明るい時に行けばオバケも出ないでしょう・・)ここもさすがに有名撮影地であり、大勢の同業者の方々で賑わっていたが、光も正面には当たっていたので、まあ遊び写真としては十分であった。家に戻って、早速午前中に愛犬の散歩と網戸洗いを済ませたので、午後はまったり過ごすことにしたい。(写真・文:TBlog_2010551_2

Blog_2010552_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鉄ちゃんはスポーツ?

先日の宴会の席で、

乗り物撮影の中で、「鉄道撮影は難しいか?」

という質問をこの仲間たちにぶつけてみた。

結果はっきり言えることは、鉄道は飛行機よりも難しいこと。そして自動車はさらに難しいらしい。まあ、自分は好きなものを好きなように撮っているので、どうでもよいことではあるのだが、写真は、ある程度の考察と、それに伴う技術力が必要であることを再認識させられた。

昔どこかの本の中で、

「鉄ちゃんは、スポーツだ!」という一文が載っていたことがある。

当時は、訳わからないで半分バカにした思いがあったが、近年何となく理解できる気持ちになっている。それは、スポーツ=運動 だけではないということだ。もっと広い意味を指して、武士道の精神とでもいうか、目に見えないものまでスポーツとしていることのようだ。

で、投稿する写真は、今年1月に捕えた正調「北斗星」の写真。

機関車も、何の変哲もない北斗星塗装の96号機だ。でもこの姿こそ、本来の姿であろうし、このヘッドマークも大変似合っている。

当日は、寒風吹きすさむとても寒い日であったが、日の出とともに柔らかい朝日が照りつけてきた。ここは、一発勝負するか!ってことで、みんなの向こうを張って標準レンズでいざ出陣!

日の出から30分くらいの朝日は、大変美しく神々しい。特に冬場の光は、柔らかくて写真にすると綺麗に写る。列車の足回りはもちろんレールの腹までが朝日を浴びるくらいの斜光線で、あとは定時に列車が現れるのを待つだけだ。カメラ手持ち1台、標準レンズで、どこまでアップに耐えられるか挑戦だ!

刻々と露出が変化する。この構図だと、連続シャッターは使えないから、文字通り一発切り。カマは前パンタも振りかざしてくるから、このくらいで構えて・・色々とイメージが頭の中を駆け巡る。そうこうしているうちに、ほぼ定時で北の使者が誇らしげにファインダーに飛び込んできた。無意識に息が止まっていただろうか。一点に集中していた全神経をシャッターとともに解放した。自分の歳になると、たとえ短時間でも集中力を保持して待つことは大変だ。被写体がイメージ通り現れれば良いのだが、色々な誤算は付き物で、そうなったときの瞬時の対応力は、悲しいかな最近衰えを隠せないのだ。また、鉄ちゃんには、判断力やもちろん行動力も必要。だからスポーツと言われた由縁なのかもしれない。でも俺は決してスポーツマンではないからね。 (写真・文 by K )

2010124_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月 4日 (火)

家族連れで朝練

最近1032号機が2回続けて「あけぼの」の運用に入ることはまずないので、今朝も半分以上の確率で1032ではないと踏んでいたが、そこは「行かないで後悔するより行って後悔する方がまだまし」ということで、出撃することに。今日は家族サービスも兼ねて佐野のアウトレットに行こうと家内とも話をしていたので、家内と愛犬には申し訳ないが、早起きをしてもらって、朝練に付きあってもらってから佐野に向かうことにした。北浦和に到着すると、決して申し合わせてはいないが、予想通り既にコインパーキングにはU氏の愛車が駐まっていた。この地の主のPさんもスタンバイされている中、慌てて三脚を立てていると既に向こうには「能登」のヘッドライトが見えていた・・お二人にウチのワンコにも挨拶をさせ、おしゃべりしているとあっという間に「あけぼの」の時間になってしまったが、やはり来たのは1032号機ではなかった。(1053号機の前面の貫通扉脇の錆を拭き取って頂いたようで、クリーム色が非常にすっきり・綺麗に見えた。PさんUさんお疲れ様でした。)その後ワシクリの定点観測場所で88号機の「北斗星」をやっつけてから、アウトレットに行ったが、家族共々クタクタになり、帰宅後に愛犬のシャンプーを済ませると早々に全員ダウンと相成った。いよいよ明日でGWも最終日か・・5連休なんて早いものだな・・(写真・文:TBlog_2010541

Blog_2010542

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 3日 (月)

ヒガジュウ初朝練

昨晩は、お仲間達との飲み会をK氏が企画してくださり、久々に登場のH氏や大阪から参加のTA氏も含めて一同が集まり、わいわい、がやがや、鉄道談義から、昔話、(我々にとってはお決まりの)お下品な話やエッチな話とかまで、まああちこちに話題が飛び、時間の経つのも忘れて歓談した。皆様お疲れ様でした・・かなり調子に乗って遅くまで飲んだので、今朝の朝練はパスしようかとも思ったが、また「あけぼの」は1052号機だと勝手に思い込んでいると危険であると思ったし、U氏の「そろそろ1052は外れてもおかしくないでしょ」という言葉も妙に説得力があったので、保険の意味もあり今朝も出撃することにした。実は、この連休の撮影に備え、×1.4のテレコンを購入したので、その試運転も兼ねて今朝は初めてのヒガジュウに行ってみることにした。皆様のブログでも超有名な場所であるが、小生の自宅からのアクセスは必ずしも良くないことや光線が順光にはならないことでこれまで訪れるチャンスがなかったが、1052号機は既に色々なポイントで撮影済なので、Uさんのマネをして超望ポイントにチャレンジしてみることに。しかし、100-400ズームとキャノンのテレコンの相性は最悪で、AFも使えずにMFで操作せざるを得ず、さらにトリミングでお茶を濁す必要もありそうであったが、架線柱もなくブチ抜ける構図で編成も思いっきり圧縮できるので、満足することができた。「能登」の時には頭に陽があたっていたものの、残念ながら「あけぼの」の時にはすっかり曇ってしまい、メリハリのない出来になってしまったが、テレコン試運転は無事終了と相成った。申すまでもなく、カマはやっぱり1052号機でした・・本当に相性が良いのやら悪いのやら、このところ、ず~とこのカマとは腐れ縁である・・今日は早朝だけで撤収です。(写真・文:TBlog_2010532

| | コメント (0) | トラックバック (0)

T氏に脱帽!(↑)

昨夜は趣味のお仲間たちとの飲み会で大いに盛り上がり今朝は「朝練」どころではなかったが、T氏は↑のように東十条に出掛けたようだ。
昨夜の話しぶりからして、ほぼ間違いなく出撃するだろうとは思っていたが転勤を控え、このGWにかけるT氏の熱意には鬼気迫るものを感じる。曇ったことを残念に思われている様子だが、この東十条は晴れない方が良いのではないかと思うこともある。
つまり晴れると新幹線の高架橋の下から差し込む光が車両前面に当たる一方、高架橋の影が周辺に出てこの部分が青っぽくなってしまう。要するに列車周辺の線路部分はほとんど影になってしまうから、どことなくスッキリしない写真になるからだ。
その点、画面全体が同じトーンに写る明るい曇りの方が良いような気がするのだが…。

ともあれT氏の熱意には脱帽。このブログは同氏より後にアップするが、敬意を表してT氏のブログを上に掲示したい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて1日撮影のD51498。自分のブログにはカラーでアップしたが、同じ画像をモノクロでアップする。白黒で見れば古き良き現役SL時代をほうふつできないかとやってはみたが、その効果はあまり出なかった。

(写真、文 U)

D51498

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年5月 2日 (日)

最高の休日

昨日は、最初から最後までUさんにおんぶに抱っこで、これというポイントは全て連れて行って頂きました。また、TAさん、KMさんとも本当に楽しい時間を過ごすことができ、最高の休日となりました。本当にありがとうございました。私はD51499は知らないのでそれ程のこだわりはなかったのですが、それでもずっと見とれてしまう程の美しさ・完成度の高さだったと思います。それにしても、水上での皆さんは、本当に少年のような顔つきで無邪気な顔して写真を撮ってましてよ・・また、昨日はD51498だけでなく、Uさんのお蔭で憧れの神保原で「あけぼの」の撮影もでき、心残りなく東京を離れられそうです。(1052号機でも満足ですが、Pさんのブログを拝見すると、今朝は何と双頭機の1032号機が投入された様子。今日は1051号機だと勝手に判断した自分が甘かった・・)持つべきものは、友人。いつまでも大切にしたいお仲間達です。(写真・文:TBlog_201052_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水上でミニ同窓会

昨日、水上へD51498を見に行ってきた。
感想は最高!重装備の蒸気機関車ファンとしてはたまらない。プロトタイプとなった499号機以上に好感をもったのはナンバープレートの大きさとその取り付け位置により、表情が引き締まって見える。スノープローが取り付けられていて、その形状もなかなか似合っている。
中央線のトンネルの高さを考慮して集煙装置の厚みが薄いのはちょっと残念だが、このスタイルをチョイスした関係者のセンスにただただ敬服する。

しかも1日の運転ではデフレクタに動輪のマークが付く凝りよう。このマークは後藤工場で整備を受けた機関車に付けられたもので本来は「GT」となっているところが「JR」となっているのはご愛敬。ここまでこだわるとは…。

この機関車のおかげできのうはT氏、M氏、A氏らとご一緒してさながらミニ同窓会の趣でひじょうに楽しく過ごすこともできた。
新緑の上越線沿いの撮影行は疲れた神経をリフレッシュさせてくれた。

(写真、文 U)

D51498

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 1日 (土)

D51498を懐かしい友達と撮影

連休初日、まずは衣替えしたD51498を見に行こうと水上に向かった。高速道路は大渋滞だろうし、水上での撮影が主目的なのでのんびりと普通電車での移動とした。

私は現役の頃の499号機は知りませんが、皆さんがアップしている昔の姿と、目の前にある498号機が重なって見えるほど良いスタイルでした。スノープローが付いているので下回りも引き締まってますます魅力的でした。これでヘッドマークが付いてなければ完璧なんですが。

そんなD51498を水上の転車台付近で撮影していたら、Tさん、Uさんにお会いしました。そして関西から遠征のT.Aさんとも、なんと(多分)30年振りの再会!!

昔は「お召し」が走ると、こういった再会が良くありましたが。。。そろそろ私も「鉄チャン」の冬眠から覚めないといけない時期かもしれません。

(写真・文:K.M.)

2010年5月1日 水上にて

Dsc_5500

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »