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2010年2月

2010年2月26日 (金)

卒業

永年勤めた会社も、今日で一区切り。次の関連会社へ赴任するまでの間、明日からちょっと海外へ脱出して息抜きをしてこようと思う。自分へのご褒美でもあり、どんな時も支えてきてくれた家内への労いの意味もある。送別会続きで休肝日が殆どなかった上、無謀にも平日朝練までやってしまったので、体も少しのんびり休めたい。早いもので来週からもう3月で、東京は昨日春一番も吹いた。巷はこれから卒業式のシーズンでもあり、車でFMを聞いているとAKB48の卒業ソング「桜の栞」なんかも流れている。自分の会社の卒業と重ね合わせると、何だか少ししんみりした気持ちにもなる。(この季節はキャンディーズの「微笑がえし」という貴方は相当古いですよ・・) 職業柄海外赴任も含め数々の転勤は経験してきたが、「卒業」となるとやはり感慨もひとしおである。会社でも本当にさまざまな人と出会い、色んな方々にお世話になった。また新しい会社でも心機一転頑張らなくてはと思う。さて、アップするのは、昨年8月に撮った「能登」。我々の世代には本当に馴染みの深い国鉄・ボンネット型の「能登」にとっての卒業式ももうすぐそこだ。彼に似合う曲は、昨年の「富士・はやぶさ」の最終の頃によくかかっていた、小田和正の「さよならは言わない」であろうか・・(写真・文:TBlog_2010226

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2010年2月25日 (木)

平日朝練

この週末は、東京地方は雨マークの予報だ。ダイヤ改正まで、もうカウントダウンが始まっている中、あと何回「能登」「北陸」が撮れるかもわからない。そこは通勤途中の地の利を生かして、天気予報はまあまあだったので、火曜・水曜の2日間、平日朝練を決行することとした。もともと小生の場合、5時半前には目覚まし代わりのテレビのタイマーが入ることになっているので、4時台起床であっても、まあ1時間程度早いだけと割り切ればよい。・・とは言っても、「能登」「北陸」の時間はまだまだ暗いので、できるだけ上野寄りで撮るしかない。(この時間は、1分違っても明るさの上では結構変わるものだ)日暮里の跨線橋は、恐らく土日だと激パになるであろうが、平日であればさすがにそんなに同業者はいないであろうと高をくくっていたら、何とも驚くほどの人出になっていた。最終的に「あけぼの」の時間には、7名~9名に膨れ上がっていた。結局、晴れを当て込んで朝練してみたものの「北陸」「あけぼの」の時間帯も空が曇っていたため、思ったような明るさにはならず、早起きの甲斐もあまりなかったようだ・・それにしても、どうやらまだ38号機は復帰していないようで心配である。(写真・文:T

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2010年2月23日 (火)

朝練再開(その3)

気分も乗ったので、20日(土)はワシクリへ。更科踏切脇の立体交差工事の様子も見に入ったが、やはり望遠での好みの構図では無理そうであった。仕方なく、水沢踏切へ。先日のキハ30回送の際に、これまで踏切から一番近い架線柱にぶら下がっていて邪魔だと思っていたコンクリート製のウエイト(?)がなくなりかなりすっきりしていたことに気付いたので一応行ってみたが、定時通過だと今度は光線が駄目。もう真横まで回ってしまっていて、もうこれからの季節は頭には陽が当たらなくなってしまうようだ。一応お馴染み88号機の「北斗星」を撮って退散run

21日(日)は前日のワシクリの光線がイマイチだったので、超有名撮影地ヒガハスへ。いつも人出が多いことが報じられていたので敬遠していたが、まあ82号機であれば大丈夫だろうと高をくくって現地に到着すると、アレレ、何と凄い人出だった。通過1時間以上前に着いたが、すでに3040人はいらっしゃったであろうか。その後もどんどん同業者の数は増え続け、最終的には70人程度は居られたのではないであろうか。(数える気もおきなかった・・)しかし、困ったことに、周囲の田圃で野焼きが行われて始め、82号機の床下から煙幕のように巻き込んだ煙が舞い上がり(?)撃沈downここもかなり日が北側に回ってきているようで、正面に陽が当たるのも、季節的にそろそろ終焉が近づいていそうだ。20日(土)は、さらに先日「北斗星」を牽引した97号機の「安中貨物」まで近場でゲットできたが、何とも、普段見ないような、長~い編成であった。(写真・文:T

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2010年2月22日 (月)

朝練再開(その2)

「北陸」撮影後、「あけぼの」の時間になると、晴天であったこともあり、かなり明るさも増してきた。20日(土)のカマは、小生にとっては今年初の37号機。何度も「不調」を報じられていたが、元気な姿を見せてくれた。そして21日(日)は双頭連結器の1032号機。(まあ、1032の「あけぼの」はダイヤ改正後も見られるのであろうが、床下に雪を付けての姿はこの季節しか拝めないはず・・)しかし、最近38号機は運用から外れているのであろうか?何とか復帰して37号機とのコンビを復活し、有終の美を飾って欲しいものだ。(写真・文:T

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2010年2月21日 (日)

朝練再開(その1)

K氏ははるばる北東北まで遠征されたらしい。やはり、Uさん同様わざわざ雪の中へ出撃されるとは、気合いが入っておられる。東京も、ここのところ、天候不順で何度も雪が降るような天気を繰り返し、太陽がなかなか顔を出さなかったが、今週末は天気にも恵まれ、日中は日だまりに居ると、「春はすぐそこまで来ている」と感じさせるような陽射しであった。しかも日の出時刻は一頃に比べると随分早まってきているので、迷わず土日とも朝練に出撃した。・・とは言っても日の出はまだ623分程度で「能登」はまだまだ闇の中である。一応カメラを向けてはみたものの、周囲に適当な明かりがないと私のカメラと腕では歯が立たなかった。「北陸」になると、何とか夜はうっすら明けてきているものの、それでも日の出時刻前だとまだまだ暗い。2日間とも、無理やりISO3200f2.8(開放)で1/30。それでも露出計上ではド・アンダーであったが、これ以上はさすがに無理であるので、ナンバープレートのあたり目がけて無理やりレンズを振った(さすがに、小生としても高速で走り過ぎる特急を1/30で、しかも斜めに流す勇気はなかったが、とにかく暗い以上やるしかなかった・・)まあ、写っていただけ良しとするか・・カマは、昨日は双頭連結器の1031号機で、今日はお馴染1052号機。この勇姿が見ることができるのも、あと僅かと思うと何とも言えなくやりきれない気持ちで一杯だ。(写真・文:T

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東北遠征 2

さて、この後午後の日程は、東北線側に移動、この区間唯一残っているED75の貨物を狙いに行く。しかしその前に弘前に寄り、本当にED75が運用されているかチェックした。この弘前までやってくるED75が、午後は東北線を重連で上るためだ。

確かにED75の入れ替え作業を確認して、東側へ高速道を使って移動。こちら側は、かなり雪も減ってしまった。今回は、行ってみたいポイントがあったので迷わずそこへ向かい、目当てのED75貨物を待った。しかし、重連とはいえ、たった1本のED75のためにここまで来たかと思うと、何かやりきれなくなる。天気も、西側から雪雲が流れてきてほぼ曇ってしまい、やる気を喪失させる。ダイヤ改正で、どう変化するかわからないが、まずこの区間のED75重連は消失するだろうから、撮り収めのつもりでシャッターを切った。(写真・文 K )

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2010年2月20日 (土)

恐るべし!大植のアルペン

待ちに待った大阪フィルの東京公演の日がやってきた。毎年1回だけ大フィルは、大曲を引っさげて東京に乗り込んでくる。去年は、マーラー、今年は、R.シュトラウスのアルプス交響曲だ。それこそ朝比奈隆現役の頃は、ベートーヴェン、ブラームスそしてブルックナーと、ドイツ物レパートリーで東京のファンを”とりこ”にしたが、現在の常任指揮者「大植英次」もまたファンが多い。その情熱的な指揮ぶりや、人間性に心引かれるのだろう。何を隠そう私も今最も注目に値する指揮者に、今日の演奏を聴いてさらにその想いを深くしてしまった。

本日のメインである、「アルプス交響曲」は、フルオーケストラにプラスして、舞台裏にまで管楽器を配置し、またパイプオルガンも響きわたるような大掛かりな曲で、夜明けから頂上を目指して山に入り、自分に降りかかる色々な出来事、情景を音楽で表している、いわゆる表現主義音楽であり、どちらかというと、私の好みではない楽曲。ただ、この手の曲は、中々生演奏は聴けないので、その意味では大変楽しみにしていた。が、演奏が始まってまもなくもう自分自身がアルプスの山に入って頂上を目指していた!色々な場面が手にとるように浮かび上がり、頂上についた時(山の頂という部分)には、涙が止まらなくなってしまった。こんな経験は何年ぶりだろう。その大きな大きなスケールと、色彩豊かな響きに飲み込まれてしまったのだ。ふと我に返ると、もう下山し夜の闇に消えて行き、私自身いくらか落ち着きを取り戻していた。こうしてこの音楽絵巻は、波乱万丈の中幕引きとなった。昨今はかなり減ってしまったが、それでも年に15回くらいホールに足を運ぶ。でもここまで心に突き刺さる演奏会なんていったい今までどのくらいあっただろう?何年かに一度の名演で、私にとって一生の宝物になったと断言しておこう。

帰宅しても、今だ興奮が冷め遣らず、本来なら書くことではないかもしれないが、いたたまれなくてあえて活字にさせて頂いた。お許しを・・ (写真・文 K )

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東北遠征

前回予告した通り、先週末雪の中の鉄がしたくなり、北東北を廻ってきたのでご報告したい。

この冬は、暖冬と言われながらも雪が多いようで、特に年末からのドカ雪で、東北~北陸からの長距離列車は、軒並み運休か大幅遅れが続出していることは、周知の事実であったが、実際自分が出向いてみて、やはりそれは、近年にない大雪であることがわかった。ここ数日は、大量に降らないまでも、年末からの雪が根雪として残り、積もり積もって、県境など、2mはゆうに越えていた。弘前市内や青森市内などは、交通に支障はないものの、車道と歩道の間に行きの壁ができていた。東北でこれほどの雪は、私にとって初めての経験で、まるで上越にいるような雰囲気であり、これだけで満足してしまった。

朝一の飛行機で青森へ降り立ち、そこからレンタカーで移動。まずは、奥羽線へ急いだ。うまくすると、下りの「あけぼの」に間に合うからだ。数年前は、毎月のように来ていた青森も、この雪のおかげで別世界。景色が違って見え雪道であることもあって、思うように線路に近づけない。ナビを頼りに何とかお手軽撮影地(津軽新城)に到着できた。近くには、名撮影地の大釈迦もあるのだが、今日は無理せず国道から狙うことにした。晴れれば逆光のこのポイントも運良く雪雲に陰っている。あとは、遅れなく「あけぼの」がやってくれば幸先良いスタートとなる、なんて考えているうち、ほぼ定時でパーイチのライトが見えてきた。このあとは東側へ移動する。(続) (写真・文 K )

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2010年2月15日 (月)

紀勢本線のEF5866

1982年3月、紀勢本線の岩代~南部で撮影したEF5866牽引の124列車。就職が決まり今の人たちなら「卒業旅行」と称して海外へでも行くのが時流なのかもしれないが、当時の自分は海外なんかに興味はなく、ひたすら国内でゴハチを中心に撮影に出かけていた。
和 歌山には親戚があり、小学校の頃からちょいちょい蒸気機関車を撮影に行く基地として利用させていただいたが、SLがなくなった後もDF50を撮りに行った し、おまけにEF58までが紀勢本線に入線するようになったから、ひじょうにありがたい環境だった。おまけに叔父の車を利用させていただけたから友人と連 れだっての撮影も出来た。

国道42号線はかつて本気で住民が数字を替えて欲しいと望んだという話もあるが、たしかに風景の素晴らしい場所も多く、脇見運転が原因の事故も多 かった。紀勢本線はそれとほぼ並行して走るから海を入れて撮るポイントも多かったが、やはり一番印象深いのはこの岩代と南部の間だと思う。

紀勢本線のEF58末期には就職して大阪に転勤していたから、ゴハチの撮影チャンスは多かったはずだが、ひさし付きの大窓機であるこの66号機しか 残らなかったこともあり(大窓機はひさしのないタイプが好きだった)、だんだん足が遠のいてしまった。66号機は終末期、ヘッドライトが一灯に戻された が、すでに人気が高まってファンが多く、その喧噪の中に混ざって撮影するのを良しとしなかったからこの画像が最後の66号機の姿ということになった。

(写真、文 U)

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2010年2月14日 (日)

1年前

ちょうど1年前に何をしていたのかと思い返すと、「富士・はやぶさ」がいよいよ最終に近づき、一方で内房では門デフのC5718012系の「SL春さきどり号」を牽いて走るということで結構盛り上がった頃で、さすがにまだ鉄チャン復活後間もない小生も迷わず出撃したのが記憶に新しい。14日(土)は休日出勤でどうにもならなかったが、15日(日)は天気にも恵まれ、「富士・はやぶさ」も捨て難かった小生は、二兎の獲物を狙う作戦を考えた。とにかく容易に「アクアライン」に乗りやすいと思われた生麦で「EF6648の富士・はやぶさ」を撮ったあと、首都高経由で急いで海を渡った。有名な巌根の土手のお立ち台に30年来現役のSLICKマスターを置きゲバしてから五井近辺まで戻り、適当にロケハンしてC57の到着を待ったのを覚えている。常磐線沿線住民の小生にとって、アクアラインはこれまで無用の長物であったが、この時ばかりは本当に便利なものができたと感激したものだ。そういう意味では非常に充実した1日だったし、気候も今年のように凍える寒さではなく、まさに「春さきどり」のような朗らかな一日であったような気がする。(このブログのお仲間もかなりの方が出撃されていたのではないだろうか)

やはり東海道筋のブルトレ消滅は我々の世代にとっては本当に辛い出来事であったが、一方で3月のダイヤ改正でEF64 37 38が「あけぼの」運用に就き、新たに燃えるものも奇跡的に出現したのは不幸中の幸いだった。しかし今年の春以降では無くなるものばかりが目につき、新たな楽しみなどありそうにないので何ともやりきれない。Uさん同様、特に最新鋭のEF510を見ている限り、当分本能を刺激してくれそうもなく、北斗星牽引の81も近々引退を余儀なくされれば、小生も出撃回数が激減することは否めないであろうと思っている今日この頃である。(写真・文:T

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2010年2月11日 (木)

お仲間に感謝

複数のお仲間から貴重な情報を頂いたので、あいにくの天気の中何処に向かうか悩んだ。先日ハプニングで負傷したハスキーのパン棒の部品が届いたとの連絡が午前中にヨドバシからあったので急いで取りに行き、戻ってすぐにウエザーニュースを確認すると、蕨あたりだと14時頃から16時あたりは雨マークであり、北に行く程雪の予報だった。同じ降られるならやはり雨ではなく雪の方が絵になるかと思い、結局いつものワシクリへ。(あと大宮以南だと「被り」も心配かつ人出も半端ではないのではないかという読みもあった。)通い慣れた場所といっても、北斗星ばかり撮っているから下りのポイントとなるとよくわからない。陸橋の上であれば確実に撮れるであろうが、どうしても線路端から面構えを狙いたくなるので水沢踏切より一本栗橋寄りの踏切を目指した。しかし現地に着くと尋常ではない数の車が駐車しており、皆さん上り方向を向いて構えていらっしゃる。しかも完全にセットアップが終わっており、もうすぐターゲットが来そうな只ならぬ雰囲気を感じ、上りなら水沢踏切の方が撮り易かろうと慌てて移動し、何とか手持ちでカメラを構えると程なくEF651118+キハ30が来た。(人間知らないとは恐ろしいものである)車をUターンし、元の踏切へ戻ると何と50人はゆうに超えていたであろうか、今度は一斉に下りのポイントに民族の大移動。復活したハスキーと脚立を車から出し、「後藤さん」の牽引試験を待った。15時半を過ぎてくると、朝練並みに暗くなってくるし、霧雨も降ってくるし露出も苦労したが、何とかISO800で無理やり切った。しかし悲しいことに上りの普電と裏被り・・(まあ線路の反対側にも多数の方が構えていらっしゃったので、それに比べれば撮れただけ幸せだと思わないとバチがあたりだろう)踏切を通過すると突然非常制動がかかり目の前で急停車。信号が青だったからマニアでも線路内に立ち入ったのであろうか・・とにもかくにも、お仲間達の貴重な情報のお蔭で81の宿敵EF510の初撮影を成就できた。有り難や。それにしてもUさんの別ブログのお写真があまりに決まり過ぎているので、愚作を掲出するのが恥かしい限りであるが、まあご報告代わりにアップすることとした。(写真・文:T

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最後に写したEF58

EF58、総勢172両。ラストナンバーは175号機だが3両はEF18として旧車体で残ったから、両数としては172両と数えられる。このゴハチ全てを撮るのにほぼ3年半を要した。
最後に撮ったのがこの59号機。1980年の夏のことだ。
この日は上越線に試運転が始まるEF641000を撮りに向かった。上野発の夜行列車の先頭に立ったのがこの高崎第2機関区所属の59号機だった。最後の1両となっても耐寒装備の高崎のゴハチにはあまり興味がなく、運用を調べればもっと早く撮影もできたのだが、それほど自分は好き嫌いが激しかったのだろう。

それにしてももっとラッキーだったのはゴハチの仲間で最も廃車が早かった竜華機関区の21、28号機をたまたま写していたこと。76年夏のことで、DF50を撮りに行った和歌山操車場などで偶然に撮っていた。その頃はゴハチには全く興味がなく、どうして写していたのかよく覚えていない。DF50撮影の余録がゴハチの全機撮影を達成するきっかけとなったのだった。

さてこの59号機を撮影した上野駅13番線。昨年も下り「あけぼの」を撮りに行ったが、30年前と全くと言っていいほど変わっていないのには驚いた。移り変わりが激しい東京の街の中にこれほどまでに昔のにおいが残った場所があるというのはある意味、新鮮ですらある。
「能登」「北陸」の廃止でまたもやこのホームはファンで賑わっていることだろうが、消えゆく名列車を何度見送ってきたことだろう。

(写真、文 U)

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2010年2月10日 (水)

根府川を行く「銀河」

「銀河」という夜行列車は今にして思えばなかなか魅力的な列車だった。蒸気機関車が国鉄線上から消滅して以降、電気機関車などの撮影に通うようになってからはすでに10系客車から20系に変わっていたが、東北本線にはまだ「津軽」や「八甲田」のような10系客車を使用していた急行があったから、あまり出遅れた感はなかった。
20系客車は幼い頃蒸気機関車の写真を撮りに九州や山口へ行ったときに何度か乗っていることもあって親しみがあったし、その後の24系などの新しい客車よりもクリームのラインが美しかった。ひょっとしたら三段寝台の最上部は屋根の高さもあって、その後のブルトレ用客車よりもクリアランスにゆとりがあったのではなかろうか。

電気機関車の撮影に本腰が入るようになって主な被写体はEF58に移り、そのゴハチの中でも大窓機が本命となった。「銀河」牽引の宮原機関区所属機は43,47,53号機が人気で自分もこの3両を中心に狙っていたが、大窓機が充当されるといきおい正面がちの写真を撮ってしまうから、こういう編成側面がよく見える写真が少ない。そういう意味では小窓機やHゴム機が入ると20系客車が見えるアングルになるから、記録としては勝っているかもしれない。

今は高い風よけが設置されてしまった根府川の白糸川鉄橋は、いくら蒸気機関車一辺倒だった自分でも昔から知っていた名所。その根府川を行く「銀河」も消滅して早2年。最後まで20系客車とはいかなかったが、その後「冨士・はやぶさ」も消え今では東海道本線を走るブルトレは「日本海」のみになってしまった。

(写真、文 U)

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2010年2月 9日 (火)

新旧のシェルパ

古い写真を見ているとその頃、自分の身の回りで起きた事を思い出す。受験を控えてもどうしても撮りたくて出掛けた写真や、担任の教師が嫌で逆らったこと、仮病を使って撮りに行った広島のゴハチの団臨。学生の頃は親に隠れていろいろと悪さをやって来たから、写真を見るとそういう思い出(前科?)が蘇る。
特にネガを見ていると鉄道以外の何かが写っていることがある。若かりし母の姿、亡くなった父が庭仕事をしている姿、学生服の弟‥。幼い頃に住んでいた家や免許を取って初めて運転したマイカー。写真を撮るという行為は自分にとってほぼ記録に他ならないから、それらの古い写真はかなりいい加減に撮影したものであっても懐かしさを覚える。二度と戻れない空間がそこにある。

この写真を撮ったころは比較的、落ち着いた日々を送っていたように思う。まだ大学3年生。そろそろ希望の会社を目指して就職勉強を始めた頃だ。好き嫌いの激しい自分はいろいろな業種を掛け持ちすることはなく、ひとつの業種にしぼって、しかも1社だけを受験するつもりでいた。親の説得もあって最終的には数社を受けたが、なんとか志望通りの会社に入ることができた。
その会社も入って20数年経ってみると様変わり。かつて必死で目指した頃とは大きく社風も変わった。今の世の中、昔のまま変わらないでいられることは難しいが、一枚の写真から古き良き時代を思い出す。

ここ瀬野八の補機を務めた電気機関車は今、もみじ色のEF67に変わった。技術発展が著しい昨今になっても補機が必要とされているこの事実は、ある意味ちょっと驚かされる事実でもある。

(写真、文 U)

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2010年2月 8日 (月)

「継続は力なり」

T氏は相変わらず「北斗星」の記録に勤しんでいらっしゃる。昨日の画像は全般検査出場直後のピカピカの97号機で、こうやって見ると95号機や81号機よりもある意味、目立つ存在だ。EF81の牽引もそう長くはないはずだから、検査出場後の機関車が先頭に立つ姿は貴重な記録になるだろう。しかも「北斗星」を牽く機会が少ない機関車であることは北浦和の主であるP氏のブログにも出ている。「通好み」の一両をモノにできたことはまめな出撃による成果だ。繰り返し繰り返し撮影に出掛けて〝獲物〟を得る。写真(記録)とはこうあるべきなのだろう。

一方、K氏も今週は雪中撮影を企てているようだ。長岡の夜間撮影に行くのか「北斗星」を雪の中で撮影するのか、それとも大糸線にでも行くのか、はたまた???いずれにしても結果をブログで拝見するのが楽しみだ。K氏の古い写真を見ていると自分が撮影から10年も遠ざかっていたことが悔やまれる。いまでこそ頻繁に撮影に出向いているが、月にせいぜい1,2回だけでも〝出撃〟を継続していれば貴重な記録を残せただろうに。「継続は力なり」を地でいくK氏の記録を見れば、この言葉の持つ意味をひしひしと感じる。

さて今日はEH10の画像。この機関車、以前にも4号機の写真をアップしたが、とにかく地味な存在だったように思う。黒い車体に黄色のラインという塗装の地味さもあったし、単なる箱型のボディは見方によれば味も素っ気もない武骨なスタイルだった。東海道、山陽本線の貨物列車牽引にその生涯のほとんどをささげ、客車列車の牽引などの機会は(ほぼ)なかった。全廃される際もイベントもなく、そういえば機関区の公開でも展示されたことがあるかどうか???
こういう武骨な機関車を超望遠レンズで一度くらい撮影しておきたかった。四角いボディゆえ、トリミングなど不要だったかもしれない。
これは1980年に撮影したEH10の晩年の姿。パワーあふれる同機にとってこのくらいの貨物は軽々といった風情だ。確か向日町付近で撮影したものと思われるが記憶が定かではない。確認次第、記載する予定。

(写真・文 U)

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2010年2月 7日 (日)

さぶ~

この冬一番の寒波だそうだが、お蔭でそろそろ日の出時刻が早くなってきて、走行写真も可能になってきた「あけぼの」もウヤ続きで、ダイヤ改正までにあと何回3738が撮れるのかと焦ってもくる。

仕方なく、「北斗星」狙いに蒲須坂方面を目指そうと思って準備をしていたが、4時頃家を出ようとネットをチェックすると、蒲須坂辺りは何と雪マーク。四駆の車でもなく、滑り止めも持たない私としては断念せざるを得ず、仕方なく2度寝してから、いつもの定点観測場所を目指した。現地に着くと先客はなしで何だか拍子抜け。先週なんかは顔面に傷のある93でも10人近くも居た場所なのに、いつまで待ってもココの常連の方と私の2人だけ。ただただ会話も「さぶいっすね~。あんまり遅れて欲しくないっすよね」。北浦和の主のPさんもブログにお書きになられているように、97なんて最近にないレアものをみんな分かってないようだ。(私なんぞは定点観測に関しては足許にも及ばないが、こういった「通」を理解されている同業者が居ると嬉しくなる・・全く、ネタガマだけが81じゃあないぞ。。) こうして「北斗星」の番号潰しをしていると、1両潰した時の達成感は何とも言えず、昔の58の番号潰しを思い出す。さて、今朝は氷点下の寒さになることは覚悟してそれなりの装備で出たが、何と言っても「風」が凄すぎた。しかもこういった時の遅延は堪える。ネット上で遅延の情報はそれなりに入ってくるがガセ情報もあるので一応いつでもスタンバイはしていなくてはならず、さすがに今日は心が折れそうな寒風であった。(Uさんの北海道遠征の際の寒さはこんなものではなかったであろう。Uさんの根性の入り方にはいつもながら執念を感じる。)

今日の本命97は全検出たてのようで屋根上までビッカビカ。遠目にも通常の81の赤より「深紅」に見えた。強風で吹っ飛び、残念ながら期待した着雪は殆どなかったが、まあ寒い中待った甲斐はあったというものだ。家に帰ってきても強風は収まらず、今日も愛犬の散歩もウヤと決定し、「行かないの?」と恨めしそうに人の顔を睨んでいる。「そりゃそうだろ、昨日シャンプーしてあげたばかりなんだから、埃だらけの強風の中、お外にはいけないんだよ・・」(写真・文:T

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寒波襲来

今朝の夜行列車は、軒並み運休のようだ。

今週は、天気はまずまずだったが、気温が低く寒かった。いわゆる強い冬型ってヤツで、日本海側は大雪となり、交通網はズタズタにされていた。これで今年は本当に暖冬なの?

最近は、ヤボ用が重なり出撃時間が思うようにとれない。撮りたい被写体も減ってしまったことは事実だが、今日もカメラを持って出かけたい衝動が身体に蓄積してきて、何かと苛ついている。我ながら情けない。これが世間でいうところの「鉄分不足」ってもんか?

さて、ブログ更新は、最新作中心なんて言っておきながら、そんな事情で中々ご披露も出来ないので、今日も旧作からで失礼する。大雪を頭に描いていて目に留まった写真を・・

もうすでに20年近く前になってしまったが、雪国から誇らしげに上ってきた特急「鳥海」を岡部~本庄間で捕らえたもの。列車の着雪状況からみて、新潟県はドカ雪であることが想像できるが、たしかこの時は、定時で現れたと思う。空っ風の中、凍える手で夢中にシャッターを切ったことが昨日のことのようだ。このEF641029号機もすでに廃車されてしまっており、列車自体もないけれど、同様の運転区間である現行の「あけぼの」がかろうじて継承していることが奇跡のように思えてくる。「山男ロクヨン」とファンの間では言われているが、まさにその通り、頼りになる力強い機関車であることを再認識させられた。来週は、雪の中へ出かけてみようかな。(写真・文 K )

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2010年2月 1日 (月)

東京は雪・・

だいぶ冷えてきた・・

今夜は、未明から東京でも雪になるという。この歳になっても、雪と聞くとなぜかワクワクしてしまうが、どうせ積もることはないだろうな。

白くなったらなったで、色々と誘惑があるからかき消すのに大変だ。

受験シーズン真っ只中!朝の交通機関に支障のないことを願うばかりである。

東京に雪が降り、白くなると必ず出撃していた東海道線のブルトレ狙い。普段と同じ場所なのに、全く違う発見があり新鮮だ。でも、あまりいつもと撮り方変わらないのはどうしてだろう?ハッハッハッ!これも記録さ、ご勘弁。

さて、明日白くなったら何処に行こうかな・・   (写真・文 K )

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